蒼い空を飛ぶ鳥。飛びながら視線を下に向けるとそこには漢の広大な大地を駆る一団。
鳥から見れば大きな黒い影が緑の旗を携えて疾走しているように見える。
その一団に滑空して近づき、併走する。
そこから視線を前に向ければ同じような黄色い集団が遥か大地の地平線にぽつりと、姿を現した。
「前方に陣を確認!黄色い布を纏っている模様!」
「分かった。総員!陣を組め!我らの力で敵を叩き潰してくれようぞ!」
「「「おお!!」」」
同盟軍の中で曹操軍は徐晃一人。あとは兵士が1500人だがそれぞれ関羽隊と鳳統隊に統率されている。
それぞれ3000人と小規模の隊だが、その進軍速度は速く士気も高い。人数も同盟軍の方が多いし、曹操軍からの支給品で装備も整っている。
負ける要素は何一つ無い。
今回の策は必要ない。これは殲滅戦だ。…と、徐晃は思っていたが、今回は蜂矢を敷き、そこから展開し鶴翼の陣での挟み撃ちで一気に殲滅させる策だ。
先陣は……徐晃一人。その後に関羽隊。鳳統隊がなだれ込み、後ろの二隊が陣を突き破ったら、そのまま展開して包囲殲滅である。
地鳴りを轟かしながら、攻め入る同盟軍。
それを迎え撃とうと黄巾の賊もどこで習ったのか、魚鱗の陣を敷いていた。
しかし、逆に好都合。賊の逆鱗をそのまま剥がす勢いで攻め入るのだから。
「それでは、一足先に敵を錯乱させてきます」
陣が組み終わり、進軍速度が速まる頃合を見計らって徐晃は関羽に声を掛ける。
「……納得いかないが、私が徐晃殿に指示できる立場ではないのでな」
「あ、愛紗しゃん!?」
つんと関羽は徐晃にそう言葉を放つが、徐晃はその気持ちは、まぁまぁ分かる。
強さなんてやはり実際見ないと信じられないものだ。劉備もそうであったと同様に。
……因みに鳳統は馬で移動している。
「ふふ…では、徐公明突貫します」
そして気を使い、極限まで肉体を強化した。先の黄巾賊討伐でまた強さの壁を粉々に砕いたのか、以前の気より力強いと徐晃自身がそう思った。
まだまだ強くなれる。そして、多く殺せる。その事に喜びを覚えながら一気に加速した。
「な!?」
その加速に驚いた声を置き去りにして姿勢を低くして疾走する。徐晃の耳には風を切る音しか聞こえない。
残り5里の所での爆発的な加速。その距離を5分もせずに埋た。
「おい!一人馬鹿が突っ込んできた」
ぞ!と言おうとしていた賊の首を一閃。先ずは一輪の花を咲かせた。
刀を振り切った徐晃が、ニタリと笑い体勢を整えて一振りの刀を矢を放つように構える。
その瞬間ぞわりと、賊の魂に何かが襲い掛かる。あれは人の形をした何かだ。
あの美しい容貌の皮を被った何か。しかし、ここで引いたら確実に殺されると、賊達は悟った。
「こ、殺せ」
先頭の槍を持った男が徐晃に切っ先を向けながらそう叫ぼうとした。
しかしその男も全ての言葉を出し切らずに、その空いた口内に刀を突き刺され
頭から刀の刀身が姿を現した。
何度か痙攣を繰り返して討ち捨てられたその死体をみて、賊達の士気は下がる。
ぴっと血糊を振り払い、また同じ構えをする徐晃。彼らにとって彼女の姿はどう見えていたのか。
「ば、化け物だああああ!?」
錯乱しながら徐晃に切りかかる賊、それを見て一斉に賊が動きだした。
そう、彼女を殺さなければ自分達が死ぬ。…まるで自分達が今まで殺し、犯し、奪ってきた人間のように。
「化け物で結構。私は殺しを楽しみに来ただけだよ」
その深い蒼を秘めた瞳を見開き、歯をむき出しにして笑う。
その瞬間、目の前で剣を振り下ろそうとしていた賊を神速をもって相手の心臓を突き抜き
そのまま隣の賊の心臓も両断する
断末魔も無く崩れ去る。しかし止まらない。徐々に速度を上げて、激しい血風を巻き起こす。
「がぁああああ!?」
「ひぎゃ!?」
満たされない。あの時より、飢えが満たされない。
だから殺す。
「しねぇえええ!」
「化け物がぁあああ!!」
振り向きざまに二人を切り捨て、姿勢を低くして突き出された複数の槍をやり過ごし
刀を一瞬で納刀してその槍を二つ奪う。
その勢いで持っていた賊の腕が付いてきたが、それを振り払い、両手に槍を持ち
気で強化して暴風を舞い起こした。
その槍の勢いで人は宙を飛び、肉が断ち切られ、骨が砕ける。
そこは一瞬で地獄絵図と化した。
「な、何なのだ……あれは」
関羽は徐晃の凄まじさを漸く受け止めた。しかし、やはり理解が出来ない。
進軍をして徐々にその全容が見えてきたのだ。
そこは既に地獄絵図。
夥しい量の血液が地面へと流れ出しており、小さな小川を作る。その川の水源を辿ると暴風が見える。
関羽も人を飛ばせるほどの力があるからあの光景は自身でも作り出せる。
驚くべき点はその量である。
まるで彼女中心に上昇気流が、竜巻が舞い起こっていると錯覚するほど人と血と武器の残骸が舞い上がる。
「…あ、愛紗さん!号令を!」
はっと気を取り直したのは鳳統。
関羽の攻撃している風景もあれほどの規模でないにしろ、人間が吹っ飛ぶ。
そして、軍師として策を実行せねばならない。その気持ちで気を取り直し、関羽に指示を出した。
「あ、ああ。関羽隊!右翼の部隊へ突撃!!」
「鳳統隊!左翼に突撃でしゅ!!」
「「「「おおー!!」」」
気を取り直した関羽は、予定通り部隊が厚めの右翼へと先陣を切って突貫し、それに続いて鳳統隊も、鳳統と親衛隊を残して突貫した。その時、徐晃が生み出した暴風は止んでいた。
「徐晃さん…!?」
心配そうな声を上げた鳳統。しかし、次の瞬間には何かの軌跡が通った。そして賊の体が切断されていく。
ぼとぼとと体の切られたところが地面に落ち、血を噴出している光景は流石の鳳統でも気分がいいものではない。その血の雨を降らしている所から、血化粧を纏った徐晃がちらりと見えた。
鳳統からは徐晃が今何を得物にして敵を倒しているのかは判らない。何故なら見えないから。
彼女の動体視力では徐晃の剣撃を見切ることは不可能なのだ。
(本当に、一人で4000も…)
その光景を見て討伐前の徐晃の言葉を思い出す。
ありえないと思っていた。しかし、現実は目の前に広がっている。
今も流麗に淀みなく動いている彼女を見れば、負傷していないと予想できる。
(この戦は長くないですね)
鳳統の回りには賊の影は一切無い。その事を確認して空を見上げる
そこには蒼い大きな空が一面に広がっていた。
鳳統が思ったとおり、戦自体は凡そ一刻半程度の時間で賊を殲滅した
賊や味方の死体を全て埋め、その場を後にした。
徐晃が1000以上の戦果を上げており、劉備軍の負担は相当少なかった。
だからこそ、鳳統は頭をフル回転させて徐晃の対策を考えている。
まず、彼女を止めるのは関羽、張飛でも不可能。徐晃一人で最悪、現在の劉備軍に匹敵する力を持っている。
個人のために戦術級の策を練らないといけないと思うと、思わず身震いする
しかも、まだ完全に傷が癒えていないのだ。
徐晃を倒す為には関羽、張飛が防戦しながら遠くから弓での弾幕で、彼女達もろとも射殺するのが一番手っ取り早い。
それが可能かどうかは正直やってみなければわからないが。武官ではないので彼女の強さの正確性がまだ掴みきれていない。
よって、物量を武器に味方もろとも叩き潰す。それが一番だと結論を付けた。…奇しくも賊達がとった行動と一致していたのである。
しかも今回で判った彼女の異常な性癖。殺人快楽者。
笑いながら敵の体を裂くその声は夢に出てきそうなほど透き通っていて綺麗で…怖い。
賊のほとんどが最終的には混乱しており、その異常性が伺えるだろう。只一人の人間であそこまで出来るのはかの項羽でも不可能である。
「雛里?」
難しそうな顔で悩んでいるのを見かねた関羽が心配そうな顔をして鳳統の顔を覗きこむ。
さらっとしたポニーテールが風に靡いて、周りの兵はその姿に目を奪われていた。
「あわわ、だ、大丈夫でしゅ!」
馬の上で帽子を押さえ、固定してガッツポーズをする彼女の姿はほほえましい。
周りの兵士ははぁはぁ言いながら目が充血しているのにも関わらずその瞼を閉じて瞬きをする間を惜しんでその姿を目に焼き付けている。
しかし、鳳統のその視線の先には馬に乗っている徐晃。
血糊を落として馬に跨っている彼女の姿は正に天女と言っても差し支え無い程の完成された美貌。
だが、兵士達はその美貌に恐怖を感じていた。間近で見た異常性はその美貌はただの内なる狂気を隠す為の皮。
しかし、どこか完成されたそれらは不思議な魅力が出ていた。
「……嘘は言ってなかったな」
「はい」
徐晃を見ながら関羽はそういう。確かに嘘は付いていなかった。
しかし、底知れない程の実力。止めるには自身の武では足りないであろうとも悟っている。
これが張飛なら戦いたいと言い出しそうだが、関羽はそこまで戦闘狂ではない。
無論、武を競いたいとは思うが今はそんなことをしている時期ではない。
それにまだまだ機会はある。この先、劉備と北郷一刀を先頭に軍は拡大していくと予想している。
鳳統と諸葛亮を加えブレーンの部分も強化され、野戦でも関羽、張飛がいる。
更に人を惹きつける人間が二人、劉備と北郷だ。
時間が経てば自然と大きくなるのは間違いない。
「今はまだ味方で良かった」
「はい…恐らく我が軍だけで止めるのは至難かと」
頷く関羽。あれほどの武、今まで名前が知られていないのが逆に恐ろしい
しかし、ふと少し前の噂を思い出す。
「……盗賊狩り」
「愛紗さんも思い浮かべましたか」
「ああ」
半年前から噂された盗賊狩り。
一人の黒髪の女性が各地の賊を壊滅させているというでたらめな話。
半年と今の賊の数はかなり違うが、それでも狂っている。曰く1000の賊が瞬く間に殲滅されたとか
その眼光は4里先の賊を捕らえ、あっという間に距離を詰められる等
本当に意味がわからないほど噂であった。
尾ひれが付いていたのだろうと判断していたが…
「噂以上」
ぽつりと関羽が零すその言葉。噂以上なんていうものではない。良くここまでの噂で留まったものだと逆に感心する。
「…ふ、これからさ」
「はい、これからです」
だが、それがどうしたというのだ。彼女は確かに強い。しかし、一人で来るのならばこれから手を考えればいい。
幸い、もう一人の天才軍師諸葛亮を加え、天の知識を持っている北郷一刀が劉備陣営に居る。そして鳳統。
この三人で搾り出した策は正に神算鬼謀の如く。
二人顔を見合わせながら頷く。
兎に角今はまだ敵ではない。ゆっくりと対策を練れる時間が取れる。
しかもこの戦で名を上げればその勢力を拡大することも可能なのだ。
そうして馬を駆りながら本陣を目指して走って行った。
「賊討伐、ご苦労様」
「「は!」」
本陣へ戻ると既に曹操が天幕で待機していた。その理由は鳳統が先に伝令兵を放っていた為である。
「春蘭、秋蘭、季衣と残りの劉備軍での賊討伐隊も明日には帰還してくるらしいわ」
残りの陣営は大規模な賊を討伐する為、軍を編成して事に当たっている。
伝令が既に曹操の所で経過を報告しており、諸葛亮の策を中心にスムーズに事が進んでいるとの事である。
その事を曹操が直接彼女達に伝え、ほっと胸を撫で下ろす。その姿を曹操は爛々とした瞳で見る。
そう、人材マニアの悪い癖である。この二人の武力と知略は曹操が認めうるほどの者であるから。
だが、勧誘してもそれを蹴るだろうとも予測している……今はと頭に言葉がつくが。
「それでは各自、次の戦に備えなさい」
その言葉に礼をとり、関羽と鳳統が仲良く退出した。
残ったのは曹操と徐晃。
「それで、あの二人はどうだった?」
二人が完全に退出したのを見計らって徐晃に声を掛けた。
その声に徐晃は軽く臣下の礼をとり、口を開いた。
「鳳統さんはかなり頭が回りますね。知識はどれくらい蓄えているかは判りませんが、地図無しで賊がいた地形を言い当てていました」
「へぇ……関羽は?」
それ自体は確かに素晴らしい。だが、荀彧も一度見れば覚えられるのだ。
だが鳳統の事より関羽が気になっている。部下に出来るならあの美しい黒髪の女性だ。
その瞳、体、声、武、覇気。全てが曹操の納得いくものである。
そう、あの体を味わいつくしてみたいのだ。
曹操がそういう気持ちを持つ人物は基本能力が高い人間である。今は男性でその感情を持ったことは無いので、曹操は同性愛者として知られている。
その点を曹操は否定するつもりは無いが、能力があり、美形の男性ならそういった感情を持つ可能性はあるのだ。
「関羽さんは兎に角武勇に優れていますね。兵の統率も夏候惇さん並ですし、猪突猛進ではなくちゃんと策や兵の事を考えて動いてる印象です」
年齢も20になり、理性が利いてきたのか、色々見ている徐晃。
…理性が利いてきたというより、満足する戦場ではないのと、得物が二振り無い時点で、まぁ楽しめればいいか。程度の期待だったのだ。
故に敵を倒しながら周りを見ることは可能なのだ。
「なるほど…ふふ、欲しいわ。関羽」
ギラギラした瞳で劉備陣営の天幕がある方向へと視線を向ける。
しかし、無理なのではないのかと徐晃は思うが、さらに火を付けそうなのでその事は言葉に出さない。
そう、こちら側へと引き込んだら彼女と殺し合いが出来なくなるから。
武器に気を纏わせていたのだ。そしてあの動き。必ず徐晃を満足させてくれると自身で確信している。
そう、まるで数年前の趙子龍との戦いみたいに甘美なひと時になるだろう。
あの時は邪魔が入ったが、敵同士になれば殺すか、殺されるかだ。
自然と笑みが浮かび上がる。
「……言っておくけど、関羽は殺さずに召し取りなさい」
「…………え?」
絶望した表情で曹操を見る徐晃。その顔が妙に曹操のツボを刺激してクスリと笑みが零れた。
「完膚なきまでに叩き潰すのよ。彼女の柱を折りなさい。砕きなさい。そして私という存在を彼女の柱とする」
徐晃を見据えてそう宣言する曹操の覇気は徐晃も威圧感を感じるほど迫力がある。
あの小さな体にこの覇気を何処に隠していたのだと問いたくなるほどだ。しかし、徐晃はそれくらいでは引かない。
彼女もまた、曹操に匹敵するほどの冷たい覇気を秘めているのだから。
そんな覇気を感じ取り、表情を引き締めた徐晃。
「…それほどですか」
「ええ、彼女一人引き込めれば我が覇道の明かりとなる……でも、まぁ明かりは無くても道は進めるわ」
ふっと表情を緩ませた曹操。実際居なくても何とかなるビジョンは彼女の中にある。
しかし、あれば道を安全に歩くことが出来るということだ。
「……殺されないかどうかは相手次第ですよ」
にやにやと下卑た笑みを浮かべる徐晃。そう、殺し合いの中で楽進みたいに気絶すれば殺す対象ではない。
…運よく気絶すればだが。
それ以外は自身の快感の為に首や体、腕足などを跳ね飛ばすだろう。
「それも天命…か」
ポツリと呟いた曹操の一言は誰の耳に届くことなく、風が漢の大地へと運んでいった。