【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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26話

 

宛の南西の山林の中。暗くひっそりと息を潜めるように広く展開した8009の人間。

山林には月明かりは余り入ってこないしかし所々に月明かりが、カーテンのように地上へと降り注ぎ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

さらに、冬が間近な為、降り注いでいる光に向かって空を見上げれば、満点の星空が顔を覗かせていた。

 

視界を地上に向け、山林から平地へと目を向けると、多くの焚き火や松明が幅広く点在し、地上の星を模っていた。

だが、その星達を一気に崩しに行く為、この森林に大勢の人間が息を潜めているのだ。

見失わないように慎重に進軍し、迂回し、賊に向かって一気に奇襲できる位置へと回った。

 

この山林にいるのは、徐晃、夏候惇、許緒、楽進、関羽、張飛、趙雲、文醜、黄蓋そしてその兵士達である。

 

彼女達を先頭に一気に戦場をかき乱す決死の奇襲戦。趙雲と黄蓋は軍議に参加しており、弓での遠距離攻撃に対しては

昼間よりは安全性は高まっている。それは認めよう。しかし、正気の沙汰ではないのは確かである。

が、此れを行えば同盟軍が勝つのは目に見えている。

 

「……ふふ」

 

皆がそれぞれ胸中で何かしら渦巻いている中、それでも気持ちが全く揺れ動かない人物が居た。徐晃である。

月夜の晩のお陰なのか、その髪は何時もの蒼を見せず、漆黒の長髪を腰へと流していた。

 

賊との距離は…4里。この暗い、電気が無い時代では1.6km先の団体は見えない。

そのシルエットが見えたとしても、今は山林の中である。やはり、見えない。

 

徐晃の後ろに控えていた楽進は相手の多さに身震いをしていた。

本当に奇襲を加えて生き残れるのかどうか。むしろ、死にに行くようなものなのではないのか。

奇襲部隊として名が上げられたときは、今の正反対の心境であったが、今は違う。

 

(怖い)

 

だがそれを表へは見せない。見せてはならない。何故なら後ろで楽進たちを信じて前へと赴く兵士がいるのだ。

 

ならば臆することは将失格。

 

楽進の耳にカチカチと、音が聞こえてきた。何処から来ているのか、周りを見回したが、そんな音が聞こえるような物は無い。

いや、漸く聞こえた。そう、自身の歯から聞こえているのだ。そう、全身が本当に小さくだが、恐怖に震えていた。

 

他の将は皆冷静の中、自分だけ震える何と、なんと情けないことか。そう思うが、震えは中々止まらなかった。

 

「楽進」

 

その声が聞こえてふと、顔を上げる楽進。そこには月夜に照らされている天女が彼女の目に飛び込んできた。

しかし、その天女は美しい外見とは裏腹に、内心は人を殺せることが出来る機会に、何時も通りにわくわくしていた。

 

「ふふ、あんなにわらわら居る中で賊を殺しまくれる何て、本当に最高だよ」

 

本当に綺麗な笑みを浮かべるなこの人と、冷静に見つめる楽進がそこに居た。

言っている内容は、血みどろだが、外見は本当に綺麗なのだ。下手をすればこの中で一番整っていると楽進は思う。

 

「ああ、楽進も暴れたいのかな?ふふ…武者震いってやつでしょ?でも、駄目。先陣は私が切るよ」

 

そして視線を賊が展開している陣へと向ける。暗くてよく分からないが、恐らくあそこには100000以上の賊がいるのだろう。

だからこそ、徐晃は興奮している。部隊を引き連れているのはあれだが、それも楽進が自分の後ろで何とかやってくれるだろうという楽観的な考え。

その何時も通りな徐晃を見て、楽進はふっと笑みを零した。

 

「……徐晃隊長」

「ん?どうしたの?」

 

視線を楽進へと戻す徐晃は本当に何時も通りであった。だからこそ信頼できる。

 

徐晃の部隊の参軍として付けと言われたときには本当に大丈夫なのか?という思いでいっぱいであったが、上司の命令なのだ。やるしかない。

そして、今回が始めての徐晃隊の発足だ。しかもかなり重要な局面での初陣。付いてくる兵士達は恐らくこのまま徐晃隊の一部として扱うのだろうし

上司の言葉の端から既に部隊の兵士は用意されているとも読み取れた。

 

そう、ならば目の前の人物のように迷う必要など無い。

 

彼女が必ず自分の道を先陣で切り開いてくれると、彼女の目と台詞を聞いて、確信した。

 

「我が名は姓は楽、名は進、字は文謙。真名は凪と申します」

 

だからこそ、命を預けるに値する人物だと。此れまでの経緯を経て。そう確信した。

 

「……ふふ。本当に、曹操軍は変な人が多い。…………私の名は姓は徐、名は晃、字は公明。…真名は甘菜だよ」

「甘菜様。我が命、お預けいたします」

「……本当に、不思議な人が多いよ。……参軍、任せたよ」

「は!」

 

部隊もいいかもしれない。ほんのりと思った徐晃。しかし、やることは変わらない。

それは徐晃だから。徐晃が徐晃な限り、この殺しは絶対に止まらないのだ。

にやりと楽進を見て笑う。それに楽進もにやりと憎らしい笑みを返してくる。

 

「凪、隊を纏めて蜂矢の陣を敷いて。……今夜は宴だよ」

「はは!!」

 

それと同時に他の将達も声を上げて部隊を纏めていく。全員蜂矢の陣だ。

矢は一本では軽く折れてしまう。だが、何本も重なり合えば……簡単にはへし折れない。

 

全員が思うのは一点突破

 

恐らく半刻もしない程の短い奇襲戦。しかし、これで後々の戦運びが決まると同義。

 

「関羽」

「夏候惇か…どうした。安い挑発は乗らんぞ」

 

関羽の隣に出てきた夏候惇が、地上の星を見つめながら語りかけた。

 

「ふ、心配は無用だったな。……必ず成功させるぞ」

「無論。全ては桃香様とご主人様へと」

 

青龍偃月刀を突き出し、月の光が反射した。煌くその刀身から夏候惇は、関羽の生き様を垣間見た気がした。

それに答え自身も愛剣を抜き放ち、月の光に照らす。関羽の武器と同じく光るその刀身は、美しかった。

 

「…ほう、やはり何処の軍も統率が取れとるのぅ」

 

隊の一番端に陣取っているのは孫呉の猛将、黄蓋。彼女は弓が得意だが、剣もそれに追随する武技を持っている。

何より、呉で一、二を争う武の持ち主なのだ。その黄蓋から見て、彼女達の武技は光るものがあった。

いや、彼女以上に光っているかも知れないのだ。

 

そして兵士の統率。いくら奇襲でも、恐怖がわきあがる人数差。だが誰も取り乱していない。

逆に闘志が漲っているのが見て取れる。

 

それに笑みを零し、黄蓋も剣を抜き放ち、隣の趙雲へと語りかける

 

「…理想の隊ですな」

「無論。我らこそ、最強の隊ですぞ……黄蓋殿」

 

にやりと趙雲が黄蓋を見て笑う。そう、予感しているのだ。この先、これほどの者達と肩を並べて戦は出来ない。

黄巾賊という国の敵がいるからこそ、今は共に歩をあわせているだけだ。

 

そう、既に水面下では戦の準備が行われているのだ。

 

この国は腐敗しきっている。国を見れば分かるし、上の人間を見ても分かる。

だからこそ、誰かが覇を唱えてくる時代となるのは、少し学んだものであれば理解しているのだ。

 

無論、黄蓋も既に分かっているし、孫策が覇を唱えるに値する人物だと確信している。

 

しかし、あの天幕内で見た。曹操。彼女も孫策以上の王としての風格を感じ取った。

 

そして将来、その者たちと戦となることも、予感している。

言うなれば、この部隊の誰かと殺し合いをするということである。

何とも皮肉な世の中ではないか。こうして肩を並べて平和を守る人物と、今度は剣を交えて殺しあうのだ。

 

だが、黄蓋はそれでいいと思っている。

 

この場の誰よりも人生を謳歌しているであろう黄蓋は、それでいいと思っている。

 

それが、今の世の中なのだ

 

「ふっ。そうであったの」

 

剣を握っていた手に力を込めて、静かに気勢を高めていく。

隣の趙雲もその空気に触発され、槍を走りやすい位置へと構えて、静かに集中していった。

 

「すぅー…はぁー……」

 

小さい体に新鮮な空気を送り込み、体の熱を吐き出し、緊張を抑える。

これほど大勢に奇襲を仕掛けるのだ。緊張して当然だ。故に部下の人間は誰もそれで士気を落とすことは無い。

 

「へへん。緊張してるのかなー?」

 

その光景を横で見ていたこれまた小さい人物…張飛が許緒へと向かって発破をかけた。

 

「もう!集中してたの!ちびっこだって、緊張してるじゃない!足が震えているよ!」

「なにおー!鈴々のは武者震いなのだー!」

 

むーと額を付き合せて威嚇する二人は、だが、一時もせずに笑いあった。

 

二人とも震えていたのだ

 

額から伝わった相手の温度、そして震え。それを自覚して笑ったのだ。

 

「……いけるよ」

「…そうなのだ。鈴々が敵を吹っ飛ばしてやるのだー!」

「あ、私も吹っ飛ばすよ!負けないもんねー!」

 

その光景を兵士達が見て、緊張が解かれる。あの小さな二人がこうも頑張ろうとしているのだ。

ならば、自分達は自分達が信じる将の背中を追いかけて、敵を倒すだけ。前へと進むだけなのだ。

 

二人とも武器を抜き放ち、隊の最前列へと出る。そう、彼女達の小さい肩に大勢の命がのしかかっている。

二人とも理解している。故に自身で自身を鼓舞するように気勢を高めて行った。

 

 

 

 

各部隊が静かに気勢を高めていた中、作戦開始直前の時間となった。

 

「さて、あたいらの出番だな」

 

文醜が黄金の鎧を纏いながら部隊の前へと立つ。

この奇襲隊のトップは文醜だからだ。確かに彼女はこの中に居る女性達より一回り弱い。

恐らく楽進より若干強いといったところだ。しかし、だからといって長を勤められないわけではない。

 

というより、文醜は袁紹の右腕なのだ。ならば文醜が号令を出した方が誰もが納得する。

 

「まぁ、何だ。あたいはあんまり頭が良いから上手いこと言えないけど…………喰らい尽くすぞ」

 

一気に武器を、大剣を抜き放ち眼前の賊達へと向かって構える。

その瞳は鷲のように鋭くなり、強者の気風を起こす。

 

それに呼応するように徐晃を筆頭に、彼女達が先頭へと並ぶ。

そしてその後ろに大きな矢を形成している楽進を筆頭とした陣が臨戦態勢になる。

 

 

 

 

 

山林に一陣の風が吹いた

 

 

 

 

 

「行くぞ!!!」

「「「「「応!」」」」」

 

その声と共に、全員が応と答え、夜の道を静かに駆けていく。誰も彼も軽やかに、その地響きを抑え、駆ける。

風を纏い暗闇を走る彼女達は、ただただ目前の獣へと喰らいつく矢となった。

 

ぐんぐんと視界に賊の灯火が見えてくる。深夜な為、真面目に見張りをしている者が少なく、暗いから発見も困難である。

更に足音も、1里以内にまで来ないと中々把握しきれないというのもあった。

 

 

 

「あーあ…官軍が攻めてきたとか、ほんと間が悪いぜ」

「ああ、明日は三姉妹の芸がみれるってのに……ん?おい」

「あ?なんだ?」

 

簡易な見張り台の上で黄巾賊の男が、西側の方を指差して隣の男に知らせる

そこに映っている黒い塊を漸く月明かりが捕らえた、そう奇襲部隊であった

 

「き、奇襲だ!!おい!奇襲だぞ!!」

 

銅鑼を精一杯鳴らして奇襲を知らせるが、その反応は鈍い。

真夜中でもあり、既に寝静まっている賊が多数なのだ。見張りの交代の人間がぎりぎり起きていた程度で

賊の方が人数が多く、また、この多さでは奇襲は無いだろうと楽観視していた結果であった。

 

「あ、ああ……ああああああああああ!!」

「うあああああああああああああ!!?」

 

黒い強大な暴力が彼らを飲み込んでいった。

 

 

 

奇襲部隊の先陣を走るのは徐晃。その斜め後ろに関羽、夏候惇さらに展開して許緒、張飛、趙雲、黄蓋。そして兵をの先頭を走るのが楽進と文醜。

この奇襲形態はあの場に集合して決められたものだ。まず武力が高いものが先頭。ということで、黄蓋は疑問を浮かべていたが、ほぼ満場一致で徐晃であった。

故に、徐晃が先頭。その次に夏候惇と、関羽。武力が安定しており、体力も抜きん出ている。故に徐晃が討ちもらした敵を薙ぎ倒して進む。

 

更に広く展開して他の者達が賊の混乱を巻き起こす。そして兵達の一部を黄巾賊と同じ格好をさせて突貫させているのだ。

 

「き、きしゅうだああああああ!!」

「くそ!見張りは何してたんだ!!」

 

賊から見れば暴風が形となって大きな陣を食い破っているという認識しか持ち得ないだろう。

灯火で服装がはっきり見えるが、それでも暗いのだ。悪夢でしかない。

 

そして

 

「あっはははははははは!」

 

先頭で笑っている黒い髪を振り回しながら神速で両の剣を振るう何か。

その何かが通った後はぺんぺん草も残らない勢いで賊を刈りつくしている。

そのくせ、進軍速度が全く劣らないのだ。

 

「矢だ!遠距離から殺せ!!」

「言われなくても!行くぞてめーら!」

「「「「おお!!」」」」

 

異常事態で漸く起きてきた賊が漸く矢を構えて発射した。

しかし、暗くて距離感が分からない上に、先頭のものはその矢を軽く避けたり、吹き飛ばしたり、切ったりしているのだ。

 

「クソ!次だ」

 

そう賊が声を上げようとしたときに、彼の頭に矢が刺さった。

…味方の矢が刺さったのだ。

 

「お、おい!誤射してるぞ!?お」

 

その声を張り上げようとした人物も、矢の雨でその顔に数本刺さる。そしてその体を大地に沈めていった。

 

「クソ!クソ!暗くてよくみえねぇ!」

 

一人が狂乱になって、相手に切りかかったが、薄明かりの下よく見たら同じ黄巾を纏っているものであった。

その黄巾を纏っているものは、目の前に躍り出た賊の腕を切断した。

 

「ぐああああ!!…てめぇ!このやろう!!やりやがったな!!」

 

先ほどの黄巾を纏った人物ではない、その隣に居た人物を狂気をもって切りつける賊。

そして、その連鎖が奇襲部隊が去った後でも拡大して行き、そして奇襲部隊を追いかけるように、陣全体に広がっていった。

 

 

 

 

 

「おらおらおらぁ!文醜様のお通りだ!どけどけい!!」

 

兵を率いている文醜と楽進は前方の豪傑たちが切り開いた血路を、割り込んできた賊を殺しながら、駆ける。

群がる賊はこの奇襲を完全に把握し切れていないのか、動きが鈍い。

 

「…強い」

 

楽進も賊に対して気弾を放出したり、その篭手で尽く敵を葬ってきたが、それでも前方を走っている人物達と比べると、遅い。

彼女達は一振りで数人もの賊を殺しながら駆けていっているのだ。比べ楽進は一体一体を確実に殺していっている。

 

(まだまだ世の中は広い)

 

胸中そう思って、しかし確実に敵を殺していく。そう、今は嫉妬をしている場合ではない。徐晃に参軍を任されたのだ。

といっても、決められた中では他の隊も文醜と共に引き連れるといった形だが。それでも、導かなくてはならない

 

「全軍!深追いはしなくて良い!目の前の敵をなぎ払え!!」

「「はは!!」」

 

もはや阿鼻叫喚の陣中で、規律が取れているのはひとえに楽進と文醜の統率が高いお陰であった。

もう一つの理由に、この奇襲部隊はやることが単純である為だ。そう、一点突破。故に兵士は迷うことは無い

 

「一人も遅れるなよ!我らに続け!!」

「は!!」

 

隊全体が一つになった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「45!!」

「48!!どうした夏候惇!以前は遅れを取ったが今回は私が上を行くようだな!!54!!」

「ちぃ!その減らず口、何時まで叩けるか見ものだな、関羽!!51!!」

 

徐晃の後ろを走る二人の武人。いや、武神。

夏候惇と関羽はこの場においてもぶれなかった。以前の雪辱を晴らすように、関羽が敵陣を縦横無尽に、かといって深追いすることなく賊を切り裂く

その隣の夏候惇も、近寄ってくる敵を全て一刀両断し、さらに踏み込んで敵を掃討していっている。

 

二人が起こしている旋風は本来であれば隊を率いてた時には出来なかったであろう、全力全開の動き。

もし隊を率いていたら、それらを気にして行動範囲が狭まってしまう。それは彼女達も承知である。

だが、やはり何処かでフラストレーションが溜まっていたのだろう。

 

そして、それを開放する機会を得て水を得た魚のように彼女達は跳ね上がったのだ。

 

「66!!」

「ふん!68!」

「やるな、関羽!!」

 

暗いにもかかわらず、その輝きは鮮烈に写る。賊の断末魔を演奏するように動く二人は正に演奏者。

彼女達が武というタクトを動かすたびに鳴り響く醜い音は、相手に絶望を与えていくのだ。

 

「止めろ!こいつらを止めるぞー!!」

 

見当はずれの所へと降り注ぐ矢、同士討ちを始める賊達。それでも懸命に声を出す賊。

だが、時既に遅しであった。彼らの油断が招いた結果なのだ。そう、袁紹率いる連合軍の策略に乗り、踊っているだけなのだ。

 

「どけい!!我は曹孟徳様の剣、夏候元譲!その身をもって知るが良い!!」

「我は関雲長!我が武を冥土の土産として、持って逝けい!!」

 

切り込んできた賊達をその武器で薙ぎ倒し、進む。徐晃が狩り残した賊や、間から入ってきた賊などを一瞬にして大地へと返す。

正に無双だ。彼女達の一振りで数多の賊の命が費えていくのだ。

 

「がああああ!?」

「くそがあああ!!」

 

二つの閃光が賊を蹂躙し、風となってその平野を紅く染め上げていった。

 

 

 

 

「何と…馬鹿げた力じゃの……」

 

前の人物達の武勇を見ながら、賊を掃討している黄蓋。この奇襲隊の力は恐らくこの数倍の敵軍相手でも真正面から打ち倒せる力は持っている。

しかも今回は相手の陣を撫でる様に浅いところを突破するというだけだ。火は使わない。ただ、同士討ちを相手全軍に拡散していくのだ。

だから、彼女達に付いていくように黄蓋もその武技を持って賊を仕留めて行く。

 

そしてその零した言葉の先には……一番先陣を文字通り斬って隊の血路を確保する徐晃であった。

 

彼女に群がる賊達はその速度のよって、肉眼では見えない速度で振っている刀身によって全員が両断され、断末魔を上げながら絶命していく。

何時も通りの光景を放っていた徐晃だが、黄蓋は徐晃をはじめて見る。そう、鮮烈に移ったのだ。

 

暗いはずの夜中に、灯火に反射して紅く煌く軌跡を自由自在に操り、血の花を咲かす。

 

純粋に綺麗だと、場違いな感想を黄蓋は抱いた。ああも、綺麗に人を殺せるのかと。

 

その後ろの夏候惇と関羽も一級品であるが、それでも徐晃と比べると一回り…いや、二回り以上も実力差があると分かる。

あの剣風は黄蓋ですらも死の予感しかしない。そう思っている内に

 

「しねええええ!!」

 

少し隙が出来た所に丁度よく賊が黄蓋に斬りかかって来る。

しかし、捌けない速度でもない、音がした方向から勘で防御を入れようとした瞬間に

 

「がああああ!?」

 

隣の趙雲が黄蓋の付近へと近づいていており、その賊の心臓を一瞬で突いた。

断末魔を上げて崩れる賊の後ろから顔を出す趙雲は、苦笑していた

 

「油断大敵ですぞ、黄蓋殿」

「全くじゃ。面目ない」

 

そして前を向いて、気を張り巡らせる。弓で培った相手の動きを読む技能で、素早い先制で敵を切り伏せて言ったり、その弓で遠くの敵も殺していく。

それを援護するように趙雲が狩人のように姿勢を低く素早く動き、神速の槍捌きで数多の敵を葬る。

 

「ふむ。…まぁ大方徐晃殿の武勇であろうな」

 

敵を葬りながら前方を切り開いていく徐晃をちらりと見る趙雲。もはや戦術レベルの戦力を個人で有する彼女の戦い方は凄まじいの一言であった。

自身も徐晃に負けた日から厳しい訓練を自身に課していたが、遂に追いつくことは無かった。もはや人間の動きを超えていると言っても過言ではない。

それを支えているのは彼女の「気」である。趙雲も気を扱えるが、あのレベルや力強さには遠く及ばない。

 

だが、他のところで勝てばいいのだ。

 

そう思って、自身を奮い立たせる。無論、武でも勝ちたいとも思っているが、霞むような素早さで神速の剣を振るっている徐晃を見ると、笑いしか浮かばない。

 

「うむ。あれは本当に、人間なのか疑問だわい!」

 

言葉に勢いをつけて近くに来た賊を切り伏せる。断末魔を上げる賊を尻目に、前二人に置いていかれない様に黄蓋も進軍する。

二人に切りかかれている趙雲は一歩前へ出て二つの剣をやり過ごしたのと同時に、槍を回転させ一気に二人切り殺す。

 

「ふむ。…そうですな」

 

賊を突き殺しながら進軍する趙雲は片手間でも十分らしい。神速をもってして賊を打ち破っていく

 

その中で考え、結論を出す。

 

「……うむ。人間ですな!」

 

その言葉と共に三人を一瞬で突き殺し、黄蓋の一歩前へと出て進軍していく。

脳裏に浮かべるのはあの時の表情。以前逢ったときより生き生きしている表情は、やはり人間のものであった。

 

「…そうか、なら安心じゃの!!」

 

黄蓋はそれで思いを振り切って近くの賊にその手に持っている近接用の剣で敵を両断し、遠くの敵を射止めるため矢を放った。

 

その矢は暗闇にもかかわらず賊の眉間を目掛けて真っ直ぐ飛び、見事命中した。

 

「…まぁ、どんな相手もワシの弓で射止めるまでよ!!」

 

黄蓋の宣誓に趙雲は笑みを深く刻み、二人は嵐となり、進軍していった。

 

 

 

 

 

「とりゃー!!」

「おりゃー!!」

 

左翼の最前列には小さき猛将がその武を極限まで振るう。

鉄球が、蛇矛が前方に居る賊達を尽く食い破るその様は金城鉄壁でも軽く打ち破れるような勢いだ。

その暴風に晒される賊達は紙屑の様に宙を舞い、重力に引かれて地上へと落下し、絶命する。

 

「まだまだなのだー!!」

「なんのー!わたしもまだまだだよ!!」

 

そしてその勢いを増す要素がもう一つあった。それは

 

「絶対、お前なんかに負けないのだー!」

「絶対、ちびっ子なんかに負けないよ!」

 

ライバル意識。夏候惇、関羽より幼稚なやり取りだが、それでもその気持ちは彼女達に負けないくらい大きい。

張飛がその武器で4人纏めて吹き飛ばすと同時に、許緒も4人纏めて賊達を吹っ飛ばす。

遠くから見ると、賊達が宙にぽんぽんとお手玉のように跳ね上がり、血風を作っている。

 

「ぎゃああああ!?」

「ああああああ!?」

 

賊の断末魔が陣へと響いて恐怖を蔓延させていく。

正に魑魅魍魎が跳梁跋扈しているような、賊にとっては地獄のような軍勢がありえない武をもってして自分達を殺している。

 

正に悪夢

 

そして彼女達の活躍のお陰で、それを見ている兵士達の士気が際限なく上昇する。

この大群相手に翻弄するほどの活躍をしている将達。そして兵としての自分達。彼らは戦場特有の高揚感に包まれていく。

その高揚感は動きを洗練にさせ、次々と賊を葬りながら、目的の場所へと向かっていく。

 

そして、135000の陣を8009という極僅かな人数で突破したのであった。

 

 

 

 

 

 

相手は22000と甚大な被害を被った。その半分が同士討ちというのが現実だ。埋伏の毒が賊全体を蝕んだ結果である。

それを各将達が静めたが、その心証は直らない。互いが互いに疑心暗鬼になったその軍は、もはや機能しているとはいえない烏合の衆であった。

 

対する奇襲隊の被害は僅か800という驚異的な数値をたたき出した。これには先陣を突っ切った猛将がそれぞれ獅子奮迅の活躍を見せた結果であった。

 

そしてその将兵達を大いに労い、死した英雄に黙祷を捧げ、見張りを立て眠りついた。

 

賊達も奇襲をしようと躍起になっていたが、それはもはや意味が無い。何故なら連合軍は既にその事を読んでいる。

やったらやりかえされる。賊達のその浅い考えは軍師たちにとって、手に取るように分かる。

そして、黄巾の将も今奇襲を行っても意味が無いと悟っている。

 

だが、最大の原因は数刻経つまで賊の混乱が止まらなかったのだ。その為彼らを纏めることすらも出来なかった。

故に、数千人が連合軍陣営へと奇襲を仕掛けてきたが、対策を立てて見張りを増強していた為、直ぐに鎮圧されたのだ。

 

こうして黄巾賊本体と連合軍の第一戦は連合軍が完勝するという形で夜が明けるのであった。

 

 

 

 

 

そして夜が明ける前、各軍が既に宛から10里程南に隊列を組んで朝日を迎えた。

 

各兵士の吐く息は白く、気温が10度以下ということが分かる。

それでも彼らの内側は冷め切っていない。何時でも出陣できるよう各々体を動かしていた。

 

斥候兵で確認した黄巾賊の三つの陣は夜通して建て直しを行ったのか、陣形は整っている。

しかし、各陣の人数は昨日展開していた人数よりも見劣りしていたのは一目見て分かった。

 

現在黄巾賊の陣三つとも40000の数である。全軍が均等に揃うように、城の中から賊を補充したのだ。

しかしその士気は低い。何故なら殆ど眠れなく、さらに何時また夜襲が来るか気が気でなかったからだ。

そして同士討ち。これが決めてとなり、完全に疑心暗鬼に陥っている陣は体裁こそ保っていたが、もはや機能してない。

 

その事は夜が明ける前に斥候兵と共に偵察へと行った夏候淵が確認してきている。

 

この野戦で先陣を切るのは連盟軍である。そう、前曲だ。そして中曲に袁紹軍、後曲に孫策軍だ。

 

今回の策を軽くおさらいしてみよう。

 

まず先陣を切る連盟軍が、列となして陣を引いている東側二つの軍を舐めるようにして突破し、東側へと釣って行く。

よって、陣を浅く広く展開する長蛇の陣にて神速をもって東側へと進軍していくのだ。

 

中曲はそこから生じた隙間から西側の一陣に突撃を行い、他の軍から引き離し、西側へと押し込んでいくのが仕事である。

 

最後に後曲。袁紹軍と釣れた賊軍が開けた隙間を縫うようにして袁紹軍が挟み撃ちにならないように、孫策軍が間へと入っていき

東側の賊軍を挟み撃ちにするのだ。

 

そこからは殲滅戦だ。挟み撃ちをした黄巾賊8万は曹操、劉備、孫策と後に三国志を飾る英雄達を筆頭とした将達に囲まれるのだ。

更に、南側には何時でも駆け込めるように道を僅かに開けておく。此れにより、窮鼠猫を噛む様な激しい抵抗に見舞われることは無い。

 

故にこの戦は策通りに動けば勝てるのだ。

 

そして曹操軍の徐晃隊は街に蔓延る賊を退治し、民の救出の命も下している。と言ってもこれは表向き。

本当は張三姉妹の身柄を確保するのだ。そう、城に入れば軍が居ない北側から逃げることは必須。

城に居なければ必ず町の何処かに身を潜めている。そう、彼女達が捕まるのは時間の問題なのだ。

 

今の所、張三姉妹が逃げた様子は無い。以前から密名を受けていた斥候兵と細作を使い宛周辺に目を光らせていたが、彼女達の影は確認されなかったのだ。

 

故にこの機会を逃すわけには行かない。

 

改めて連盟軍の面子を確認しよう。

 

前曲が公孫賛の騎弓隊の10000と夏候惇隊、参軍に于禁をつけた騎馬隊6000。

この二隊で先陣を切り、東側への道を切り開いていく役目だ。

 

中曲が徐晃隊、参軍に楽進をつけた歩兵隊5000。関羽隊参軍として鳳統と張飛も加えて6000の歩兵隊。

前が切り開いた道を更に傷口を広げるように、拡大していく役目だ。また、後曲の壁となる為、激戦にもなる。

 

そして最後に後曲が夏候淵隊。参軍に李典をつけての5000の弓隊そして攻城兵器井蘭が付いている。

曹操隊は荀彧、許緒をつけて3000の歩兵、劉備隊は北郷、諸葛亮をつけて3000の歩兵。それぞれ雲梯を運用する

この二つの隊は傷口に残っている賊をすべて平らげて、東側の後ろへと回り、軍の鼓舞を勤める。

 

そして、その後の攻城戦を意識し、兵器を積んでの進軍となるのだ。

 

高い士気を維持しながら賊軍を食い破り、そのまま東側から攻城戦へと向かう流れである。

 

 

 

 

太陽が完全に顔を出し、遂に出陣の時間となった。天気は良好。風も北側へそよ風程度吹いているだけである。

各隊が長蛇の陣を形成し、盟主曹操が軍の前へと歩みだした。

 

その姿を整然とした態度で向かえ、彼女からの言葉を待つ。

 

前へと出た曹操はその手に絶を携え、黄金の髪と一緒に煌いて神秘的な雰囲気を放っていた。

 

しかしそれ以上に彼女の覇気が凄まじく、正に王としての風格も備えている。

 

全軍の気勢が高くなったその時、彼女は口を開いた。

 

「我が連盟軍の精鋭達よ。我々は民の為、平和の為に戦い続けてきたこの半年間、国中を回りながら黄巾賊を討伐してきた。

……この乱とも言える大事件で本当に沢山の命が失われてしまった。民の命、兵の命、友の命、恋人の命。そして、家族の命さえも。

だが、貴方達は見てきた筈。それでもその手で救って来た者達の暖かい笑顔を。そしてその笑顔の影に散っていった命を。

この連盟はそうした者達によって支えられてきたのだ。…ならば、我々が取る行動はもはや一つ」

 

静かにを紡ぐ曹操のその言葉には不思議な力があった。誰もが彼女の言葉に耳を傾け、その内なる気持ちを増幅させていく。

それを感じ取り、曹操はその手に携えている絶を太陽が顔を出し、何処までも蒼い空が続く天へと掲げた。

煌く絶の刀身の輝きは眩しいほどだ。そう、彼女の生き様を物語っているように、これから紡ぐ物語のように…鮮烈であった。

 

「武器を抜き放て!」

 

その言葉と共に全軍が腰に携えた槍、檄、剣、弓、鉄球、篭手、刀を抜き放ち、天へと掲げる

 

「この乱で平和の礎となった英雄達に勝利の歌を聞かせよ!我々がこの乱の終止符を打つのだ!散っていった命の為、平和の為

何より未来の為に!我らは龍となり、賊を喰らい尽くし、天まで雄叫びを響かせてやるぞ!その雄叫びこそが、英雄に捧げる勝利の歌となるのだ!…全軍、出撃!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

何処までも広がる蒼穹の空。目の前に小さく広がっている黄天を飲み込む勢いで、地上の龍が、雄叫びを上げ進撃を開始した。

 

 

 

 

 


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