【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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27話

 

強大な龍となった曹操軍の士気は高かった。兵士達は胸中に黄金の輝きが渦を巻いているのではないかと思うほど、輝かしい煌きが宿っていた。

そう、我らは平和の為に立ち上がり、民を守るものだ。ならば進軍しかない。例え相手が強大でも、その足を止めることは無い。

彼らの魂から叫びが聞こえる。そしてその叫びは天まで届く勢いだ。

 

その使命による高揚感が軍を包んでいる中、徐晃隊もその勢いで兵を率いて、中曲の殿に位置する所での進軍だ。

隊の陣は長蛇の陣。作戦通り舐めるように動いていく為だ。決して深追いをする為ではない。

既に前曲は正面の賊部隊に取り付いて、舐めるように進軍しているのが徐晃の目に映った。

 

「徐晃隊、遅れないでね」

「徐晃隊!!遅れるなよ!」

「「は!!」」

 

全軍の勢いと賊軍の勢いは正に天と地の差である。あちらは覇気が全く無く、昨日敷いていた陣もほとんど無陣形である。

何とか体裁を保とうと数人で組んで攻撃を仕掛けてくるが、動きに機敏性が無い。

故に容易く此方の進軍を許してしまっているのは、当然の結果なのだ。

 

「さて、ふふ…徐晃隊。広く浅く展開して、後曲の道を固めていくよ」

「全体!徐晃様に続け!!」

「「おう!!」」

 

中曲がとうとう賊軍と衝突をした、関羽隊の張飛が先陣を切り、関羽は鳳統と共に行動し部隊を巧みに動かし、且つ鳳統を守るようにして戦っている。

そして徐晃隊は、その隣だ。徐晃の目の前に広がっているのは切り殺して良い人間の塊だ。目の前に人壁に一刀を入れるのを、漸くかと言わんばかりに

笑みを張り付かせて、その壁をまるでケーキに入刀するかのような背筋がぞくぞくする感触と共に、神速の抜刀で目の前の賊を二人切り殺した。

 

「徐晃様に続け!我らも武功を華琳様へと英雄達へと捧げるぞ!!」

「「おおおお!!」」

 

徐晃は心の奥底から出る笑いを余り表へと出さないように敵を殺していく。

そして気付く。この焦燥感にも似た。欲望を押さえつけているこの煮えたぎる紅い感覚。

切り殺す感覚には満足しているのに、心では満足していない。

 

しかし、何故か逸る。

 

もっと殺せと、もっと快感をと。気持ちが逸るのだ。そして賊達の断末魔。醜い表情、絶望する瞬間。

それが徐晃の何かを刺激するように、獰猛な笑みを貼り付けながら敵陣を浅く入り込み翻弄する

 

「徐晃隊!関羽隊を見失わないように私に付いて来て!」

 

逸る気持ちを少し開放するように徐晃は声を出す。何故か気持ちいい。殺し足りない感覚が付きまとうのが。何故かいい。

徐晃が発した言葉に隊員が返事をして、彼女に付いていく、楽進もその手足と気の弾で敵を容赦なく殺していく。

そして徐晃と楽進を見て兵士は士気を更に上げていく。我らの将はこれほどまでに強いのだと。

 

故に徐晃隊の背から進軍してくる後曲が東側へと進軍するのは時間の問題であった。

 

 

 

 

 

「麗羽様。ご出陣のお時間ですよ」

「あら、華琳さん達の軍はもう東へと?」

「そうみたいだぜ、姫様」

 

斥候が顔良に臣下の礼を取り、連盟軍が順調に東側へと二軍を釣っている事を伝える。

その事を聞いた顔良は袁紹へと声を掛けた。

 

連盟軍が出陣した位置から南に1里程離れた所で整っている横陣を敷いて、その時を待っていた黄金の部隊。

彼らの装備品は他の軍より質がよく、またお金に物を言わせ、充実した訓練も受けている。

そして、糧食や設備も一番恵まれている。そのお陰で士気が常に高く保たれていた。

 

また、袁紹の独特のカリスマでもその軍の士気が保たれている。

兵士にとっては策でちまちま動くより、袁紹の方針みたいに相手を叩き潰すといった単純明快な指針の方が受けがいい。

それは武官に通じる人間が数多く入っているからだが、それでも確かにこの物量だと有用性がある方針なのは事実だ。

 

整然と整った陣の先頭に立派な馬に駆っている美女が三人。

中心に袁紹、右に文醜、左に顔良だ。太陽に反射して煌く武器と鎧を纏い、彼女達が光っているように見える。

その神々しさも士気を保っている要因の一つだ。

 

袁紹が軍の方へと振り向き、残り二人も振り向いた。

そして三人とも各々の武器を天に掲げた瞬間、軍の全ての人間もその手に携えている武器を天に向かって突き出す。

 

「皆さん!わたくしから言う事はただ一つ!雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

黄金の部隊の進軍が始まった。先陣は文醜隊の10000による騎馬隊が先行し、賊と賊の間を押しつぶすように突破する、

陣は蜂矢の陣を敷き、高い攻撃力でそのまま押しつぶす心算だ。

 

「文醜隊!姫様の部隊が悠々と通れるように敵陣を分断するぞ!続けぃ!!」

「「「おお!!」」

 

そこから大将袁紹隊が進軍する。陣形は魚鱗の陣。袁紹を中心において士気を高く維持し、敵陣にぽっかりと穴を開けていくのが仕事だ。

また、袁紹の周りには親衛隊が置いてあり、その前方に矢を防げるように盾の部隊も配置している。

 

「さぁ、わたくしたちも斗詩さんの隊に続きますわよ!」

「「おおー!!」」

 

最後に顔良の部隊も横陣を敷いて袁紹の部隊を援護するように弓隊を配置している。無論、近づかれても対応できるように

各々短剣も装備している。かなり豪勢な装備はやはり、名家の力があってこそだが、袁紹もそれなりには頑張っているお陰もあるのだ。

 

「麗羽様には指一本触れさせないように!我らも続けー!!」

「「応!!」」

 

袁紹軍が進軍を開始した。騎馬の速さと重さで連盟軍が作った隙間を広げるように賊を押しつぶして行く。

 

「おらおらどけぃ!この文醜様のお通りだ!!」

 

馬上で賊をその手に持っている大剣で一刀両断するその姿はまさに猛将だ。

それに呼応するように騎馬隊も士気を上げていき、進軍が止まる気配が無い。

 

更に、顔良が援護をするように10000もの弓隊での一斉射撃で見る見るうちに賊を減らしていく。

そこに袁紹率いる15000の部隊の軸が怒涛の勢いで押し寄せて賊を潰していった。

 

「オーッホッホッホ!わたくしの名は袁本初!その名を刻み、わたくしの前にひれ伏しなさい!」

 

勢いが違う。賊達はそう認識していた。彼らの士気は解体していないのが本当に不思議なのだ。

陣を解体しないように保った将の手腕は、中々見るところがあるが、一晩で回復できなかったのはそれが彼らの限界である。

元々、軍とは関係ないように生きてきた人間を纏めること自体、困難を極めるのだ。それを省みると、黄巾の将は一角の将へと変わる可能性も持っている。

 

しかし、それはありえない。何故なら今日この日で天命が尽きるから。

 

 

 

袁将軍が賊達を西へと押し込んでいく中で、歩兵8000を率いて孫策軍がとうとう袁紹部隊と賊軍の間へと入り込み、完全に策が決まった瞬間であった。

ぐいぐい押し込んでいく孫策軍と連盟軍。押し込まれている賊軍は身動きすら取れないほど、両軍には圧力がある。

 

さらに孫策隊の後ろに黄蓋隊の弓兵と東側の夏候淵隊と公孫賛隊の弓兵で中央の身動きが取れない賊達は的となり、その数を見る間に減らしていく。

 

賊軍もそれらを突破しようと前へと進撃するが、彼女達が率いる歩兵が壁となり、さらに後ろから一撃離脱を繰り返す騎馬隊で勢いをそがれていくのだ。

 

だからこそ、その死地からどう生き残るかを見つけるように動く人間がいる。

そして見つける、南西に軍が張っていないことに。故に賊軍から離反していく者が出てくるのは当然の帰結であった。

 

離散していく賊達を見て各賊軍の将は篭城することを決断する。幸い南門からはまだ危険性はあるが、入れる余裕がある。

近くの賊に伝令を持たせて、門が開いたと同時に賊軍は、殿の賊達を犠牲にして篭城していった。

 

 

 

 

「…そろそろ頃合ね。徐晃隊に伝令。市街地へと潜入し蔓延っている賊の討伐の命をだしなさい」

「は!」

「それと、例の件も忘れずにとも伝えなさい」

「分かりました。では、出立いたします」

 

順調に賊達を討伐している中賊達が予想通り南側の方へと離反していった賊達。その中で曹操は徐晃に密名を遂行するよう、伝令を回した。

 

「桂花」

「は!」

 

荀彧は隣で戦況を確認し、曹操軍内の隊が連携するように伝令を出していた。

伝令を回した曹操は荀彧の方へと視線を向け彼女を呼ぶ。その声に応じて簡易な礼を取る。

 

「機を見て市街地へと向かいなさい。必ず張角達がいる筈よ。……おそらく徐晃では彼女達を説得しきれないわ。念のため部隊を回しなさい」

「はは!」

 

この城に居るという情報を残し、姿が見えない張角達は必ず北門か市街地に出現する。

篭城した時点で黄巾賊の将達が彼女達を逃がす為に手を打つだろう。それがなくても、必ず誰かが手引きするか、彼女達が逃げるか。

どちらにせよ、状況が動かない限り向こうは動けない。故に、状況が動き始める今、市街地へと手を回せばいいのだ。

 

「賊達が城へ退避している間に攻城兵器を東門へと取り付けるわ、秋蘭、李典。出番よ」

「は!お任せください!」

「よっしゃ!任せといてください!」

 

井蘭と攻城兵器の将として夏候淵、李典を起用し、東門へと取り付くように指示を出す。

攻城兵器が先行して、その後ろに夏候惇と于禁、公孫賛が城へと取り付き、雲梯で内部から扉を開けて本体を呼び寄せるという形だ。

恐らく、なりふり構わず北門からも逃げる賊が居るが、徐晃隊と荀彧が多数の兵士を回しているからほぼ討伐は可能なのだ

 

「さて、どう動くかしら…」

 

その目に期待を孕んで戦場を見る曹操は、既にこの乱が終わった後の展開をその瞳に移していた。

 

 

 

 

「伝令!曹操様より、市街地攻略へ部隊を進めるようにとの事です!」

「わかった。ご苦労」

「はは!」

 

徐晃が徐晃隊本体より突出しており、荀彧の危惧が完全に当たっている形となった。しかし、楽進はそれでいいと思っている。

何故なら、徐晃という人物はこれでいいのだという、悟りを開いてしまっているからだ。

それに、部隊の人間もあの強さを見て奮起し、賊に対して猛攻を仕掛けていたのだ。

 

既に賊達が城へと退避し始めているのが、目に見えて分かる。

つい先ほどまでは徐晃隊として完全に一体となって敵を蹂躙していたが、戦場の空気を機敏に感じ取り、徐晃は楽進に

 

「宜しく」

 

の一言を残し、賊の壁の中へと突貫していったのだ。しかし、今は直ぐにそばの所で賊達を切り殺している。

何故ならいくら見えなくても上空に舞う血煙は誤魔化せない。近いところで徐晃が暴れている事には直ぐに気付くのだ。

 

「徐晃隊!徐晃様を呼び戻しに行くぞ!」

「「はは!」」

 

楽進が気弾で道を切り開き、徐晃が暴れている所へと進軍し、徐晃を見つける。

笑いながら何時も通りに斬る彼女に一歩近づいた。その瞬間その暴風は止まって空間を生むように徐晃は周りの賊を掃討し、楽進の隣へと歩いて移動してくる。

 

楽進は内心、無茶苦茶だなこの人はと思い苦笑しながら徐晃に伝令兵が持ってきた内容を報告した。

 

「うん。丁度一区切りしたし、徐晃隊は市街地に居る賊の討伐を行いますか。あと、あれ……そう、捕獲ね」

「捕獲?」

 

適当に徐晃がその二振りの刀で切りかかってくる賊をその場で気の斬撃等を駆使して切り殺していく。

その中で、冷静になっていく脳内で状況を思考し、判断を下す。そして、密命をとうとう楽進に話すこととなる。

 

「うん。まぁそれは移動しながらね。徐晃隊私に続いて」

「分かりました。…徐晃隊!我らに続けー!!」

「「は!!」」

 

既に賊達は連合軍の策で軍の体裁すらも保てない状況になっている中、徐晃軍が戦線を離脱して少数を生かして神速をもって北の市街地へと歩を進める

 

「これは密命でね、この乱の首謀者を捕獲し曹操軍で起用するという話なの」

「まことですか?そのような危険な人物を起用するなど…」

「ああ、大丈夫だよ」

 

そうして、前を向き、一直線で市街地へと走りながら張角達の本当の姿を楽進に伝える徐晃。

その事実に驚いた表情を作り、納得する楽進。

 

「分かりました。桃色の髪の女性ですね」

「うん。見かけたらその場で判断してね。私を呼ぶか捕まえるかを」

「了解です」

 

楽進はその事を了承し、徐晃が速度を上げたので、楽進も速度をあげ、後ろの兵士達も速度を上げて、そのまま市街地へと行軍していった。

 

 

 

程なくして徐晃隊は市街地へと歩を進めた。そこで見たのは憂さ晴らしにだろうか、襲われている民と襲っている賊の姿であった。

その姿を認識した瞬間、徐晃は神速の抜刀と共に気の斬撃を飛ばして襲われている街の住民を救った。

 

「…街の救援を」

「分かりました」

 

楽進は内心、怒りを燃やした。恐らく定期的に賊が街に現れて好き勝手やったのだろう。道端などに誰とも分からない死体や、陵辱された女性や少女の姿が目に飛び込んだ。

今正に、その弱りきった女性を襲おうとした賊を楽進は気を使い近づいた

 

「あ!?何だ」

「喋るな」

 

その篭手で賊の頭を掴んで壁に叩きつけて断末魔すら許されずに絶命する。そしてそのぐったりしていた女性を抱え、自身の衣服で汚れを拭った、

意識が朦朧としているのか、その女性は特に反応せずに、ただ涙を流した。それを見た楽進は女性を隊の人間に任せて、拳を握り締める

 

「徐晃隊」

「…は!」

 

兵士もその女性を見て怒りが湧き上がる。こんな結末は望んでいなかった。

 

「街の救援を急げ…生きている民を一箇所に纏めて警備するんだ。……私は打って出る」

「……お気をつけて」

「ありがとう。…警備兵以外は町の探索を。…女性は街の外へ出さず保護するように」

「は!!」

 

そして駆け出す楽進。目に付く賊を片っ端から絶命させていく。彼らは許されない。許してはならないのだ。

 

「我が名は楽進!この様な所業をして、おめおめ生きていられると思うなよ!!」

 

そう叫び、彼女は駆け出した。まだ被害にあっていない人間が居るはずだと、希望を持って。

そして、目の前に広がる絶望を打ち砕くように彼らを掃討していった。

 

一方徐晃も目に付く賊達を神速を持ってして討伐していく。彼女は勿論密命を忘れていない。

しかし、この広がっている光景は今まで忘れていた理不尽な世の中を思い出させてくれる。

だが、殺しとは関係ない。徐晃は賊を殺せればいいのだ。

 

徐晃がまた目に付いた賊を殺す。しかし今までとは違う気迫が宿っていた。

 

徐晃はそれがよく分からない。だが、一昔前まで湧き上がったことが無いような、何か。

その何かが徐晃を突き動かす。任務を遂行しろと、賊を殺せと、心が叫んでいる。

それをかみ締めて徐晃は市街地の隅々まで歩を進め、時には屋根に登り、動く。

 

そこで見つける。倒れている黄巾の賊を。しかし、可笑しい。

楽進はまだあそこまで進軍しておらず、兵士もまだ浅いところで救出をしながら街を回っているのだ。

だからこそ、違和感を覚える。そして、すぐさまその倒れている賊達へと駆けていった。

 

 

 

徐晃が彼女達を見つけるその前に、張三姉妹は命からがらに逃げてきた彼女達のファン達と共に城を脱出し、軍が居ない市街地へと足を運んだ。

 

「天和さま、人和さま、地和さま。俺たちが必ず逃がしますんで、安心してください」

「そうなんだな、おいら達に任せるんだな」

「へへ、大役ですね。兄貴!」

 

少人数で動いたほうが良いと判断した彼女達から発足した黄巾賊は護衛を腕が立つ三人に任せて、彼らはその時間を稼ぐ為に城へと残る。

そしてそれぞれの将が張角達の名を名乗って、篭城したのだ。

 

「お願いするわ」

 

冷静に状況を判断して逃げて再起を図ったほうがいいと、姉二人を説得して、この宛の城から逃げ出す。

身の着のままだが、それでも生きていれば設けものだ。

そう、ここまでは彼女の予想の範疇であった。しかし、賊は一枚岩ではない。

 

「へへ…よう、おめぇら。その女連れて何処行くんだよ」

 

ぞろぞろと入り口を出た辺りから賊が彼女達を囲んだ。その数は200は下らない。

丁度軍が隊列を組めるように広い場所が災いして、その大群に取り囲まれたのだ。

 

「な、なんだよ、お前ら。俺は天和ちゃん達を軍から逃がそうと」

「は!それで逃げるのかよ。…まぁいい。おい、殺されたくなかったらその女三人を此方へ渡せ」

 

囲んだ賊はこの市街地で好き勝手していた生粋の山賊や盗賊の類であった。

今までは確かに賊軍に居て戦闘に参加していた。それも門の上で弓を打っていたが、もはやこの宛が落ちるのも時間の問題であった。

故に彼らは最後に軍が守ろうとしているものをぶっ壊そうと思い、同志を集めて街へと繰り出したが、化け物が二人に軍が既に浅いながらも街を探索していた。

 

そこで彼らは悟る。自分達の未来を。故に怒った。この仕打ちに納得できなかったのだ。自分達が蒔いた種とは思いもせずに、この現状に怒ったのだ。

 

どうするかと、街の裏道を使い逃げた先に彼らが見たのは、事情を知らないこの賊の長の女三人にチビにノッポに男。計6人が城から姿を現したのだ。

そこで全員の意思が一致した。女を犯す。官軍に見つかって死ぬのなら、目の前の原因を犯して最後に殺そうと思い立った。

 

そして、もしかすれば、彼女達の首を上げれば生き残れるかもしれない。とも思ったのだ。

 

「……」

「おい、黙ってんじゃねえよ。渡せ。そしたら殺さないで」

「うるせぇよ」

「…何?」

 

この人数で脅せば護衛と見る三人は直ぐに女を渡すかと思った。しかし、帰って来た返答はその逆。

その事に苛立っていたせいか、余計苛立ちが彼を蝕む。

 

「てめぇ…死にてぇようだな」

「はん!俺達はな、例えこの命が尽きても天和ちゃん達を守る使命があるんだよ。お前らみたいに弱者を虐める事しか出来ない、下半身でしか会話が出来ない馬鹿とは違うんだよ」

「そうなんだな!分かったら早く道をあけるんだな!」

「おうおう!俺たちは地和ちゃんたちが居れば無敵だぜ!」

 

しかし、冷静に見ていた張三姉妹は気付いている。彼らの体が若干だが震えていること。剣を抜き放ち、確実に死ぬであろう人数さでも臆しない彼ら。

 

「わたし達もあんたらの様な野蛮人何かとまぐわいたく無いよーだ!」

「ちぃ姉さん!」

 

気丈な地和がその舌をだして、下世話な言葉を吐いている賊に対してそう宣言した。

しかし、今その選択はまずい。人和が直ぐに咎めるように姉の名前を呼ぶが

 

「…は!そうか……嬲り尽くしてやるよ!!殺せ!女は傷つけるなよ!」

「「「おおー!!」」

 

そうして、各人武器を抜刀して、彼らに群がった。

 

「うおおお!天和ちゃん達は逃げろ!」

 

彼らを必死に止めるが、多勢に無勢すぎた。一番小さい黄巾賊がその身で地和を守り、そして引き剥がされて串刺しにされる。

一番大きい賊は複数のほかの賊からリンチを受け、滅多刺しにされる。そして、最後の男も天和を守ろうと、その道を切り開こうと

賊を斬って、その身が切られても、立てるその一瞬まで力を振り絞った。しかし、望みは適わなかった。

 

「いや!離して!!」

「へへ、捕まえましたぜ!!」

 

逃げ出そうとした三姉妹を大勢の男が群がり捕獲する

 

「よし!この街の隅に行くぜ!そこで官軍が来るまで犯しつくそうぜ!!」

「「おおおお!!」」

 

三姉妹の衣服を破く賊。絹が裂ける音と共に女性の悲鳴も彼らの鼓膜を打ったが、それが逆に被虐心を沸き立たせた。そして拘束されて、男達に運ばれていく。

 

「ま……まて…」

 

その姿を死にそうになりながらも、這い蹲って追おうとしたが、すでに力が入らない。

男は悔しかった。以前、1200の賊を引き連れて悪徳の官僚の住まいを襲撃し、進軍する中で一人の女性にあった。

その女性は鬼神の様な強さを発揮して瞬く間にその数を減らされた。

 

直ぐに全軍を逃がして、その被害を最小限まで食い止めたが、それでもあの強さは異常であった。

 

(俺にも、あの女みてぇな強さが……欲しかった…)

 

鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔で連れ去られる天和達を地べたで這い蹲って見ることしか出来ない自分が、本当に嫌いになった。

 

「ぐぅ…うう……」

 

視線をずらせば血が止まらない腹の刺し傷と骨が見えている程の深い切り傷、何時も一緒であった部下の死骸。そして、既に姿が見えない賊達。

やるせない気持ちが彼を支配し、感情があふれ出した。その時、彼を覆うように影が出来た。

 

その原因探るように体をずらしてみると、あの時の鬼神が男を見ていた。

男はそれを認識し、精一杯の力で天和達が連れ去られた方向を指差し

 

「はぁ…あ……て、てん…ごはぁ!……てん、わ…ちゃ……すけ」

 

男は、何かにすがりたかった。…いや、託したかったのだ。しかし、自分達も悪い事を沢山やってきた。だから受け入れてくれるとは到底思わなかった。

霞み行くその視界の果てに、彼はその鬼神が頷く光景を見た。それに満足し、既に言葉にならない口だけの動きで礼を伝え、息を引き取った。

 

その最後を看取った鬼神……徐晃は、死して尚指を指されている方向へと、一遍の迷い無く駆け出した。

胸中に埋め尽くすこの気持ちは何かは分からない。しかし、彼が死しても伝えたい事は確かに徐晃の胸に届いたのだ。

 

そして徐晃は彼が伝えたかった一団を遠目で見つけた。

 

「おら!」

「あぐ!」

 

徐晃のその優れた耳に人体を何かで打つ音が響き、その度に女性のくぐもった声が上がる。それが何度も何度も。

 

「ひひ、いい体してんじゃねぇか」

「いやぁ…」

 

徐晃のその優れた目で捕らえる。裸の女性の体を陵辱しようと、いや既に始まっている男達が行う陵辱劇を。

 

「やめて!やめなさいよ!」

「ああ?お前もああなるんだよ!」

「きゃあ!?」

 

悲鳴と同時に押し倒された紫色の髪の女性を覆うようにして男達が群がる。

 

 

 

 

 

徐晃の内なる何かが爆発した

 

 

 

 

繰り出された右足に限界を超えた力を入れて地面が大きく陥没するほどの踏み込みで、消えるような速度で女性に群がって陵辱を始めている賊を斬る。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

その声と同時に、陵辱をやめてその悲鳴がした方を見る賊達。

そして捕らえる。黒髪の美女を。しかしその手に持っているもので彼女が何者なのかを悟った

 

が、それでも相手は一人なのだ。

 

「へへ、一人でこんな所まで来るたぁご苦労様で」

 

神速の抜刀で気の斬撃を放ち、言葉を発した賊の首を斬った。

金属と金属が擦れる子気味良い音と共にその男の首が跳ね上がり、宙で血を噴出しながら舞う。

 

「こ、ころ」

 

その異常事態に他の賊が徐晃に向かって、大声で殺せと言おうとしたが、それは適わなかった。

 

「ふ、ふふ…あは、あははははははははははは!!!」

 

賊の言葉を遮るように、突如笑い出した彼女の狂気と圧倒的な冷たい覇気。

絶対に死ぬと予測が出来るほど濃密な何かを発しながら笑う。

誰一人動けなかった。暴行を受けていた彼女達も、その恐怖で支配され、動けなかった。

 

「そうか……だから私は…………殺すんだ……いや、関係ないのかな……ふふ」

 

今は襲われていない三姉妹を見て、そうポツリと呟き、また笑う。だが、その顔は無表情。そしてその胸中は誰にも分からない。

しかし、無表情で笑うその姿は、何故か彼女達には悲しく映った。

 

そして笑い声がぴたりと止み、その姿が消えた。

 

「ぎゃああああ!!」

「ぐあああああ!?」

 

風を切る音と共に黒い閃光が賊達の間を縫うように物凄い速度で走っていき、血の霧を作る。

余りにも速く、姿勢を低くして縦横無尽に動く彼女に目が追いつかず、彼らには黒い何かが動いているという認識しか持てなかった。

 

「ひゃああああ!」

「にげ」

 

言葉を発する前に死ぬ賊。動脈を切られて血の海に沈み迫り来る死を恐怖と共に待ちながら絶望し、絶命する賊。

その余りにも現実離れしたその光景に三姉妹は呆然と見ていた。

 

 

 

そして気付いた時には全てが終わっていた。

 

 

 

「……」

 

衣服を破かれた彼女達は傷が付いており、暴行などを受けていた形跡があるが、完全に陵辱はされていなかった。

陵辱後の特有の臭いが徐晃の鼻を刺激しなかったから、そう判断したのだ。

 

呆然と見つめてくる彼女達を自分が身に纏っていた衣服を三等分にして、胸と秘部を隠すように覆う。

そして、彼女達の手を引いて立たせて血生臭い場所から離れる。

 

「あ、ああ……そ、その」

「何も言わなくていいよ」

「は、はい」

 

天和が呆然としながら、しかし面識があった為、何かを言おうとしたが、徐晃は無理する必要が無いと、その言葉を遮る

 

そこで楽進が徐晃の笑い声を聞いたのか飛んでくるような勢いで駆けつけた。

 

彼女の目に飛び込んできた光景は惨殺された賊達に裸に近い格好の女性四人の姿。

 

楽進は何が起こったのかを察した。

 

そして、桃色の髪の女性を見つけ、楽進は納得する。彼女達だったかと。密命が遂行できて良かったと。

 

だが、内心は彼女達には良い心象はない。

 

この乱を引き起こした張本人なのだ。

 

「……お前達を曹操様の前に連れて行く」

「……え?…曹操って、州牧の!?」

 

いち早く気を持ち直したのは余り被害を受けなかった紫色の髪の眼鏡を掛けた女性が驚いたような声を上げた。

 

「ああ」

「そ、そんな……」

「ど、どうしたの?れんほーちゃん」

 

絶望したような表情で呟く人和の隣の桃色の髪の女性。天和が気を取り直して、人和に問う

 

「…曹操は州牧でわたし達黄巾の賊を討伐していた人物よ。恐らく捕まったら…」

「ええー!嫌だよ!ちーほうまだ芸を皆に見てもらいたいもん!」

 

気を取り直した地和が人和のその懸念に反発する。そう、彼女達はこんな乱を起こすつもりは全く無かったのだ。

それに曹操の所へと連れて行かれたら確実に自分達の首を飛ばすだろう。その事は簡単に予期できた。

 

「駄目だ。連れて行く」

 

しかし地和の言葉を切り捨てるように楽進は宣言する

 

「嫌だよ!それに貴方達が本当に曹操の配下なのか分からないもん!」

「ちぃ姉さん!」

 

しかし、駄々っ子のようにそれを却下する地和。無理も無い。あれほどの事があったのだ。

恐らく混乱しているのだろうか、それとも素が混じっているのか定かではないが、冷静になった人和がそれを咎めるように声を出す

 

「…お前達は……」

 

言葉を浴びせられている楽進は俯いて、拳を震わせながら、言葉を振り絞った。

その声を聞いて、静かになる。しかし、楽進にとってそんな事はもう関係なかった。

 

「お前達は!ここで!今まで!何が起こったのかわからないのか!知らないのか!人々が殺され!犯され!奪われた!人も、物も、平和さえも!!」

 

怒りで涙を流す楽進は、その胸中に渦巻いている激しい赤い色の怒りを、拳を限界まで握りながら吐き出す。

そう、見てきたのだ。この半年間。義勇軍から始まり、曹操軍へと入った。そして今まで黄巾賊を相手にしてきた。

街を守ってきた、村を守ってきた。しかし、守れなかったものもあった。その手から零れてしまったものがあった。

 

楽進は、その積もりに積もった気持ちが爆発してしまったのだ

 

「それなのに何故!何故そんなことを言っていられるんだ!!お前は、お前達は!!それでも人間なのか!!答えろ!!」

「そ、そんなこと…言われても……」

「……ふざけるなあああ!」

 

涙を流して訴える楽進に言葉に、うろたえる地和。その曖昧な答えに楽進の堪忍袋がとうとう切れた。

一歩踏み出して、その拳を繰り出そうと思った瞬間に、彼女の動きは止められた。

 

「凪」

 

振り上げられたその拳を包み込むように、徐晃がその手を止めた。

涙を流しながらそれでも前へと進もうと、楽進は力を入れるが、それは叶わない。

その楽進に距離を取るように、三姉妹は後ずさる。

 

「それでも、私たちは……守れた」

 

何かを悟ったような、表情で徐晃は楽進に言う。そう、守れたのだ。目の前の女性と曹操の密命。

そして、民家に隠れていた人や、殺されそうになっていた人を。それにはっとして、拳に入れていた力を抜いた。

 

「…わたしは……」

「大丈夫」

 

その言葉に顔を上げて徐晃を見る楽進。

 

「……ありがとう、ございます」

 

そして、拳を下ろして、その力を完全に抜いた。

そう、今ここで彼女達を殴ったら、楽進が最も嫌う賊達と同じ、感情に任せて行動する人間へと成り下がってしまうのと同義。

だからこそ、止めてくれたこと、そして励ましてくれたことに感謝したのだ。

 

「…さて、付いてきてもらいますよ」

「……」

 

涙を拭って、三姉妹を見る楽進と、声をかける徐晃。しかし、それでも彼女達は動かない。

いや、動けない。あの目の前の惨劇を見れば、自分達の命がどうなるかなんて、分かりきったことであった。

 

「大丈夫です。曹操さんは貴方達を登用するつもりです」

「そ、そんな保障は」

「あるわよ」

 

そこには居ない筈の第三者の声が、人和の声を遮るように入ってきた。

その根源へと全員が目を向けると、猫耳フードを深く被った少女。荀彧が姿を見せていた。

 

「初めましてね。私は荀彧と言う者。華琳様……曹操様の軍の軍師を勤めさせてもらってるわ」

「曹操の、真名…」

 

はっとする人和。その荀彧と名乗ったものが発した言葉の中に曹操の真名とみられる名前が混じっていた。

楽進たちの方を見ると、それに呼応して頷く。そして、少しばかり眼鏡を右手でかけ直した。

 

「…分かりました。従います」

「れんほーちゃん!?」

 

もうどうしようもならない。それが人和の胸中を占めていた。

その心情を知って知らずか、地和は驚きの声を上げる。

 

「わかりました…」

「姉さんも!?」

 

とうとう折れた天和。そして人和が諭すように地和に語りかけた。

 

「ちぃ姉さん。ここに荀彧さんが居るならおそらく、この市街地から抜け出せないわ。……彼女達が真実を言っていることを祈るしかない」

「……あーもー!分かったわ!」

 

漸く観念した地和はふんとそっぽを向きながら、そう言った。

それに苦笑する人和。地和も分かっているのだ。この現状がどうにもならない事なんて。

だけど、それでも人間は文句の一つでも言いたくなるのだ。

 

「納得して頂けた所で、華琳様の元へと参じるわよ。ついてきなさい」

 

そうして三姉妹を護衛しながら荀彧とその兵士達で曹操が待つ陣へと参じていった。

 

「…さて、徐晃隊はこのまま市街地の警備にあたるよ。……賊がそろそろ北門から逃げてくる時期だからね」

 

荀彧がここに来ていたという事は、考えられることは複数ある。しかし、一番可能性が高いのは

曹操に言いつけられたからという事だ。が、緊張状態である戦場で荀彧を外すかといわれれば、それは殆どないと言っても過言ではない。

それらを踏まえて考えると、一つの結論が出る。そう、この戦場はもう長くないと。

 

徐晃隊が移動したのは丁度、賊が離散したり、篭城しようとした時だ。そこから一刻程度は立っている。

故に、この戦争はもう大勢を決した可能性が高いというわけだ。

 

…それ以前に、曹操から市街地の攻略以外の指令を受けていない手前、勝手に市街地から抜ける事は許されないだけだが。

そも、それだったら荀彧がそう伝えてくるはずだ。故に、徐晃は市街地の攻略……いや、防衛を続行する事を決めたのだ。

 

「はっ!」

 

力強く返事をする楽進に迷いは無かった。

まだこの街に残っている民が存在しているのだ。ならば、その命を好き勝手させるわけには、いかないのだ。

 

楽進は部隊を引き連れて行くために、市街地の出口付近に駐屯させていた部隊を呼びに言った。

そして徐晃は、北門の正面口に立ち、二振りの刀をだらりと下げて、駆けてくる賊を待つ。

 

そう、一人もこの町へと足を踏み入れないように

 

その前に、徐晃は気付く。放置されていた三人の死骸。しかし、二人は既に原型を留めておらず、持つところすらない。

だから、徐晃に何かを託した男を持ち上げて、丁寧に民家の壁際へと持っていき、寝かす。

 

そしてまた門の入り口から20歩位離れた所で刀を構える。

 

「おい!北口から逃げれるぞ!!」

「ちょっと待て…おいおい、女が居るぞ!」

「へへ、しかも向こうは準備万端だな」

 

構えて、一息ついたとき、徐晃の鼓膜に下世話な言葉が届く。

目の前の賊が情欲等が混じった視線で徐晃を捕らえた瞬間に、彼女は神速をもって彼らを一息で切り殺す。

 

断末魔は無い。

 

そして後から続いてくる賊達も、楽進たちが合流して片っ端から討伐していった。

 

徐晃たちが賊を討伐している中、張角ら首謀者と名乗る男三人の首が劉備軍の関羽と孫策軍の孫策、曹操軍の夏候惇によって各々上げられた報が、徐晃に届いた。

 

 

 

 

 


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