【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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28話

 

一週間後、此度の戦の事後処理がなされている中、漸く全てが終わり、投降した黄巾賊の処遇が決まり、各々の領地へと帰還していった。

最後に残ったのはやはり連盟軍で、その中、曹操が西園八校尉の一人に任命され、劉備は平原の相へと任命された。

領地を持てた劉備は曹操へ感謝し、この半年間一緒に頑張ってきた仲だから、最後に大きな宴を企画した。

 

曹操軍に通達して、全員がそれに了承する。

 

最後の節目に、宴を行う。それは祝杯の意味も確かにある。だが、それ以上に追悼の意味がある。

この乱で散っていった英雄達に、笑い声を聞かせてやるのだ。我々は元気でやっていると、もう眠っても大丈夫だと。天にまで伝えるのだ。

 

「おらー!のめのめ!」

「あー…酒が旨いわー……」

 

準備に二日以上使った大規模な宴は、陣を引き払い、大きな町の近く…かつて救った街の門の外に宴用の天幕を張って、そこで騒いでいる。

広く場所を取り、各陣営関係なく、ドンちゃん騒ぎを起こす。生き残った喜びを分かち合う為。

 

「曹操さん」

 

ドンちゃん騒ぎをしている、将兵達を見ながら夏候淵と荀彧を侍らせて酒を楽しんでいた曹操に、聞きなれた声が掛かった。

 

「劉備。どうしたのかしら?」

 

にこにこして立っている劉備を仰ぎ見て、にやりと笑う。

半年前と全く変わらないその瞳の炎は、連盟を組んでいた時でもその炎は成長していった。

そしてその期間、曹操も中々充足を得た期間となった。

 

しかし、まだまだやることはある。今回見えてきた課題。これらをどうクリアするかを、宴を見ながら脳内に展開していたのだ。

 

「いえ…この連盟。曹操さんから誘っていただき、本当にありがとうございました」

 

お辞儀しようとする劉備を片手を突き出し止める曹操。その劉備の姿に苦笑いする

 

「駄目よ。貴方は平原の相を賜った身分。簡単に頭を下げれば、品位が傷つく事を自覚しなさい」

「私は、お礼をする価値があると思ってます」

「……見なかったことにするわ」

「はい!」

 

そうして、お礼をする劉備。そして、もって来たお酒を曹操へと注いだ。そして劉備の杯に夏候淵が酒を注ぐ。

 

「ありがとうございます」

 

そうして曹操と劉備は、互いに乾杯をする。その乾杯にはどれ程の意味が込められているのか。

それは当人同士にしか分からない。だが、今はこの平和を祝う為だというのは、荀彧、夏候淵両名共に理解した。

 

杯の中の値が張る酒を揺らして、その表面に移っている月を見る。

そこから見る天は簡単にゆらゆらとうごめいていた。

 

「……天は私達の手で動かせる。劉備…貴方もその一人よ」

 

近くに座った劉備に視線を向けることなく、その杯を見てそう呟く。

その劉備は、真剣な顔で曹操を見つめて、杯に視線を落とす。そこに移るのは綺麗な満月と満点の星空。

 

そう、天が映っていた。

 

「そう…でしょうか」

「ええ、私と貴方…そして、孫策」

 

北郷と言おうとしたが、彼はまた何か自分達とは全く違う雰囲気を纏っていた。指導者としては優柔不断な所があるが、その器は大きい。

器としては恐らく劉備といい所で勝負するだろう。しかし、決定的に違う。故に名を上げなかった。

 

そう、立ちはだかるのなら劉備と孫策。その両名だと曹操は確信している

 

「理想があればまた違う理想がある。私が見ている天と、貴方が見ている天がまた違うように」

「私は……」

「焦る必要は無いわ。揺れ動く天もまた一興」

 

沈黙を貫く劉備。救いたいと思っているのは確かだ。此れだけは譲れない。だが、誰しもがそう思っていたのだ。

過程が違うが結果は皆、劉備が思うように「平和」を願っているのだ。

目の前の曹操も天下泰平を謳っている。そして自身もそれと同じように天下泰平を願う。そう平和を願っているのだ。

 

そうすれば徐晃も違うことに眼を向けて、殺しから遠ざかると思うから。

 

杯を見ている劉備を観察する曹操は思う。

 

まだ、まだ彼女は英雄としての自覚が足りない。いや、自身を英雄として見れないといったほうが適切か。

彼女は優しすぎるのだ。部下を仲間と表する人間に、王は成り立たない。

何故なら、王は只一人からなる存在だからだ。

 

しかし、それでも彼女が曹操の覇道の前に立つと予感している。

自身が見えない天が彼女に瞳に映っている。それは誰かを通して映る天かもしれない。

故にぶつかる。大きな理想を通す為には、別の大きな理想を叩き潰さなくてはならないからだ。

 

ふと、北郷を見る曹操。彼は兵士達と一緒に笑いながら酒を飲んでいる。

その隣には諸葛亮と張飛が付き添っており、時折兵士に何か言われているのか、苦笑しながら酒を飲む姿が見られる

だが、その雰囲気は優しいの一言。

 

「頂きます」

 

そして劉備も、杯を傾け、嗜む。その様は北郷と同じような雰囲気を醸し出している。

 

それを見て、少し笑みが零れた曹操もまた酒を嗜んだ。甘い味が彼女の口腔に広がった。

 

 

 

 

 

 

その宴の最中、徐晃は月を見上げながら何時もの杯で手ごろな石に腰掛けて、酒を嗜んでいた。

あの時と、劉備を救った日の月夜と変わらない空。しかし、刻々と変化を続ける月されど、また同じ形へと戻る。

それはこの世の中の動きを表しているような気がした。

 

張三姉妹を助ける前に、賊の一人が死の間際まで彼女達を心配し、徐晃に助けて欲しいと、守って欲しいという意志を託して逝った。

 

その様を見届けた時、彼女は何かを感じ取った。

 

彼らも人を襲い、うまい汁をすすって来た者だ。慈悲を与える何て徐晃にとって到底ありえない行為であった。

本来であればあの時、疑問に思いながらも首を刎ねようと思ったのだ。だからこそ、現場へと向かった。

しかし、結果は死に行く彼の意志を受け継ぎ、張三姉妹を救った。

 

あの時感じた何か。彼らも同じ人殺しなのに何かを感じた。

いや、徐晃以外の曹操軍内は全員人殺しである。あの許緒や荀彧ですら人を殺しているのだ。

しかし、徐晃と決定的に何かが違う。それは自覚していた。

 

そして、彼の最後の生き様を見て、その何かが見えてきた。

 

守る

 

漠然としていた実態。雲の様な塊が雨になり見えてきた様に、その手でつかめる様になった。

だけど、自分の性癖や思考を考えれば、誰から見ても自分から見てもその逆だろうと、徐晃は思い、杯に映る月を見ながら苦笑する。

 

なんと歪んだ月なのだろうか。

 

まるで自身のその歪みを皮肉るような、そんな訳が無いのに、そう思ってしまった。

 

こんな歪んでいる自分が、何かを、誰かを守るなんて出来るのか。いや、出来ない。

今はセーブできているが、もし関羽や張飛などの猛将達が引き連れた部隊が一斉に襲い掛かってきたら。

おそらく理性をかなぐり捨てて、突貫し彼女達の首を上げるのに躍起になる。

 

その場合、楽進と兵士達はどうなってしまうのか。守れるのか。

そう自問自答し、首を振る。そう、守れないだ。彼女達がいるという事は他にも軍があり、動いている。

故に関羽と張飛の部隊を一人で止められたとしても、他の者達を守るような余裕は無い。

 

結局は一人で出来ることなんてたかが知れているのだ。

 

だけど、それは関係ないと切り捨てる。そう、自身の快楽が一番なのだ。

 

しかし心の隅で引っかかるのだ。守るという概念が。

 

悶々と一人で考えても答えが出ず、杯に注いであった酒を一気に煽り、喉の熱を逃がすように息を吐いた

冬に入っている為、その吐いた息は白く掴み所が無い雲の様に、しかし一瞬で消えていった。

 

「甘菜様」

 

一本丸々持ってきた酒を自ら注いで、飲んでいたらふと、後ろから声をかけられた。

徐晃が真名を預けた人物はこの半年以上の期間で三人だ。故に、振り返らなくても誰だかわかる

 

「どうしたの?凪」

 

そうして振り向く徐晃は楽進が持っている空の器に視線を流した。

じっと手元を見つめる彼女に感づいて、その空の器を見せるように前へ持っていく

 

「これは、あの三姉妹に御裾分けです。…それより、甘菜様は何故ここに?」

 

徐晃の内心の疑問に答えるように楽進は答える。

張三姉妹は捕まった当初、まだ混乱が抜けきらずに、まともな答えを出せないと曹操が判断した為

捕虜の扱いとして、他の捕虜とは隔離された所へと収容されている。

 

お世話は後方部隊や、時折楽進が行っている。あの時の叫びはしっかりと彼女達に届いていたのだ。

それに双方どちらも混乱か感情的になっており、冷静な対応が出来なかったという点が楽進の負い目になっていたのだ。

その事について、本人の性分だからと悟っている、于禁と李典は見えない絆で結ばれているのは間違いない。

 

そしておすそ分けの帰りに、徐晃が一人月見酒をしているのが気になり、声を掛けたのだ。

 

遠くから見た彼女は戦場に居るときと打って変わって、酷く儚い印象を受けた。

まるで今にも消えそうなほど揺れている。そんな印象だった。

 

「んー……何となく。かな」

「何となく。ですか」

「そう、何となく」

 

別段、話すことではないと割り切っている徐晃。今までも誰かに何かを相談するようなことは無かった。

そしてこれからも無いであろうとも思っている。自身の力を客観視して考えれば、大抵の事は行えるし、それ以外なら金で解決できる。

精神性の問題は、最終的には自身で結論を出さなければならない事だ。故に、話す必要は無いのだ。

 

「……そうですか」

 

少し引っかかる所があった楽進だが、納得する。彼女の生き様を今まで見てきて、何より武を交えた相手だ。

何かあっても、彼女なら大丈夫だろうと、楽進は確信する。そう、自身の道を切り開いてくれた時のように

徐晃の道は徐晃自身で切り開ける強さを持っていると、楽進は確信しているのだ。

 

ならば自身がすることは何も無い。ただ、待つのみ。

 

「ふぅー……苦いかも」

 

くいっと杯を傾けて酒を煽る徐晃の感想はそれだけだった。

既に儚い雰囲気は出していない。何時も通りに存在している徐晃だけであった。

 

そして、また一口飲んだとき、すっと楽進の方へと杯を差し出した。

 

「いる?」

「い、いえ……少し嗜んできたので大丈夫ですよ」

「そう、何かじっと見てたから、酒でも欲しいのかなと思ってね」

 

その言葉に顔を若干赤くし苦笑する楽進。そんなにじっと見ていたとは不覚だと思ったのだ。

 

「ですが、お気遣いありがとうございます。……それでは、私は真桜や沙和と飲む約束をしておりますので」

「うん。暗いから気をつけてね」

「ありがとうございます」

 

そうして楽進は空の器を持ちながら、喧騒が漏れている天幕へと足を運んでいった。

 

楽進は思う。漸く、民を苦しめていた賊の首謀者を捕まえ、黄巾の賊も後は残党を残すだけ。

一区切りが付いた時代から、どう進んでいくのか。

 

そこまで考えて楽進は考えるのをやめた。それこそ、やることはただ一つ。平和の為に。曹操の為に。

そして、徐晃の後姿を見ながら、時代を走っていく。これだけだと。

 

「凪っち~。遅いで!」

「凪ちゃん遅いのー!もうお先に頂いてるのー!」

 

器を置いてきて、喧騒が漏れる天幕に近づいていた。

その時丁度、李典と于禁が楽進を探しにいこうとして、その出入り口に楽進の姿を見つけ、文句を言ったのだ

その姿にくすっと笑い、今日は二人の面倒を見ようと気持ちを切り替えて、天幕内へと入っていった。

 

「何をわらっとんねん。うちらはな……」

「はいはい、悪かったから、食事を頂くとしよう」

「そうそう!おいしそうな料理がねー……」

 

何時もと変わらないなと、楽進は内心そう思い。それがたまらなく幸せなことだとかみ締めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹操さん。お世話になりました」

「劉備こそ、達者でね」

 

各陣営が宴用に敷いた天幕を引き払い、後片付けをして、各々の軍に纏まり整列していた。

兵士は元々付いていた形で分けるようになり、劉備軍が結果的には金銭的にも全て得している。

だが、曹操はそんな事で貸しを作らない。

 

「劉備」

 

曹操が後ろへと下がろうとしていた劉備に声を掛けた。

その爛々と光っている瞳から放たれる覇気。それを真剣な眼で見返し、姿勢を正した

 

「貴方はどんな天を見る?」

 

天。それは天下統一した後の事を指す。天の御遣いと呼ばれている北郷一刀から聞いた天の世界。

結論から言えば、あまり変わらなかったというのが印象であった。どの地域でもどの時代でも戦争はある。

平和が維持されるほうが奇跡。しかし、その奇跡を保っている国も存在している。

 

「…私は、ご主人様と私の天をこの眼で見ます」

 

だからこそ、良き所を取り入れて行き平和を実現させる。そう、まだ揺れ動いている曖昧な形だ。

けれど、揺れ動くからこそ、臨機応変に対応が出来るのだ。そして最終的には皆が平和を謳歌し、皆が笑える世界。

それが劉備の揺れ動く天の果てに見えるものだ。

 

「そう……期待しているわ」

 

そうして曹操は自陣へと戻っていった。劉備も後ろを振り返り、自陣へと戻る。

眼に見える四人の女性と一人の男性。全員が劉備にとって宝物以上に大切な人たちだ。

彼女達と一緒に笑いあえたらいいなと、胸中で呟き、何時も通りの笑顔で陣へと駆け出していった。

 

 

「そう……期待しているわよ。劉備」

 

必ず曹操の覇道の前に立つ。だからこそ、その覇道に価値が出る。敵が存在していない覇道は只の道へと価値が下がる。

そんな道を歩むつもりは毛頭無い。曹操は獰猛な笑みを作り、自陣へ悠々と歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、桂花」

「は!」

 

自陣へと戻り、陳留へと帰還している最中、曹操は一つ確認したい事があった。

 

「張三姉妹をここへと連れてきなさい」

 

現在、とある街へと駐屯している。

そこの一級品の宿の一室で、今回の各将の報告書などを纏めている中、荀彧が書類を持ってきた時に曹操は彼女にそう伝えた。

 

「了解しました。…他の将も連れてまいります」

「頼んだわよ」

 

そうして下がる荀彧を見送り、彼女達を、自身の配下達を待つ。

 

そして全員が入室し、最後に楽進と共に連れられてきた張三姉妹。

当初は混乱しており、正直言えば脅迫紛いの事を行って強引に納得させれば良かったが、それでは面白くない。

何より、曹操はその人物の意思を見る。そこに光るものが無ければ、自身の覇道を歩ませる事は出来ないのだ。

 

「久しぶりね。……結論は出たかしら?」

 

食事などは不自由なく配給し、顔色や健康状態は良好だが、この場ではさすがに元気が無い。

まるで蛇に睨まれている蛙のように縮み上がっているのは仕方がないといえば、仕方が無い。

だが、彼女達は蛙ではなかったようだ

 

「…はい。曹操さんのお手伝いをします」

 

何処と無く劉備と似た雰囲気を持つ張角が、姉妹を代表してそう宣言した。

手伝うに当たっての条件は初日に突き出した事。まず曹操領内でしか芸を行ってはいけないという事。

それと、張角、張宝、張梁の名前は捨てて生きていくことだ。

 

そして民を集めて彼らに曹操軍として協力してもらうように働くこと。

 

以上三つが条件である。もし頷かなかったらその場で殺していただろう。

 

「その理由を述べなさい」

 

殺すとも言っているが、怯えながら仕事をしていても余り身が入らないのは必須。

だからこそ、冷静な頭で三姉妹で相談してもらったのだ。……ここで本当のことを言えば、彼女達を殺すつもりは無かったのだ。

張角の首は世間的には既に上がっている。劉備軍の関羽が挙げたのだ。

 

よって既に開放しても問題はないのだ。といっても、また黄巾の乱みたいにならないように、事前に手を打つが。

 

「はい。…私たちでこの一週間話し合って、やっぱり今回みたいな事になったのは本当に申し訳ないと思ってます」

 

そうして三人一斉に頭を下げる。

 

「だからこそ、今度は私たちの芸で平和を謳い、曹操さんの手助けをしたいと思いました。それに、楽進さんが叫んだあの言葉。わたし達が行ってきたその結果を見て

これがどうしようもない現実だと理解しました。…確かに、ここで断ればそれも出来なくなるという理由もあります。

けど、やっぱり私たちは旅芸人です。人に笑顔をずっと届けて生きたいのです。それがどんな形であれ、叶えてくれた曹操さんの手助けをしたい、恩を返したいです」

 

輝いた眼で曹操へと伝える張角。覇気などは無い。そして何処かちぐはぐな言葉だが、それでも曹操が認めうる様な物があった。

そう、彼女達は旅芸人。何を求めているのか、何が出来るのかを理解している。そしてそれを曹操に役立てると、宣言したのだ。

 

「貴方達の所業は許されない。しかし、その咎を背負い謳う平和はどんな形になるのか……期待するわ」

 

平和を奪った自覚がある者が平和を謳う。普通ならありえない。しかし、曹操はその事を今更掘り返すつもりは無い。

彼女達の力は非常に危うい。彼女達三人で、結果的に見れば数十万人以上もの人間を動かしているのだ。

そのカリスマ性は曹操よりも上だ。いや、人を惹きつける才覚が曹操よりも上である事は間違いない。

 

そう、危険なのだ。これが知能を持たない動物であれば可愛らしいものだが、知性を持った人間を集められるのだ。

この乱世においてそれは最大の武器。だからこそ、手中に収める。

 

「ありがとうございます!」

「よかったー」

「ちぃ姉さん。気を抜いちゃ駄目でしょ」

 

一気に気が抜けたのか、余計な肩の力が抜けて素面になる面々。それはそうだ、曹操軍の将が集まり、その中心で思いを語ったのだ。

それだけで評価が出来る。そして、正式に曹操軍へと入った為、その先の展開を脳内で予測していく曹操にふと、声がかかった。

 

「ねぇ曹操さん」

 

既に先ほど見せた真剣な表情を何処に捨てたといわんばかりに、にこにこしながら曹操に問う張角。

それに毒気を抜けられ、苦笑しながら答える。

 

「どうしたのかしら?」

「あのー、お風呂に入ってもよろしいでしょうか?」

「あら、いいわよ」

「わーい!ねぇねぇ、ちぃほうちゃんも、れんほーちゃんも、一緒に入ろう?」

 

そうして三人一緒に、わいわい騒ぎ、失礼しますとと声を上げて扉から出て行った。

 

「…春蘭。あなた、よく声を上げなかったわね」

 

呆然とそれを見ていた荀彧がふと、疑問に思った事を口にした。

そう、曹操に対しての言動と態度が余りにも眼に余るほどであった。

しかし、その事に夏候惇は声を上げなかった。荀彧は純粋に疑問に思ったのだ。

 

「いや…何と言うか……毒気を抜かれたというか」

 

夏候惇は一瞬だが激高しそうになった。しかし、彼女達の表情や言動、声を聞いていると何となく、まぁいいやという気持ちになる。

此れには曹操も舌を巻いた。この場にいる全員が、その才覚に飲まれていたことに他ならない。

……曹操は油断していたというのもあるが。

 

「まぁ、姉者もそんな時があるさ」

 

苦笑しながら、冷や汗をかいている夏候惇を見る夏候淵。確かに何時もなら、華琳様に何と言う無礼を、そこに直れ!!

と、発していたはずなのだ。だが、そんな時もあると夏候淵は結論を出した。何故なら、彼女自身も毒気を抜かれていたからだ。

 

「でも、華琳様の軍もすっごい賑やかになってきましたね!」

 

眼をきらきらさせて、夏候惇へと言葉を投げる許緒。

彼女が曹操軍内へと入ってきた当初よりもかなり賑やかになってきたのは事実だ。

 

「ふふ、季衣。もっと賑やかになるわよ」

「本当ですか!華琳様!…それでしたら、私の親友も華琳様の軍へと推挙したいのですが……」

 

だが、曹操はこの程度の人数だけで満足はしない。何故ならまだ、野には曹操が思いもよらない人材が転がっているのだ。

まだ満足していない曹操を感じ取ってなのか、許緒がおずおずと自身の親友を曹操へと推挙する。

 

「その親友は、どんな人物なのかしら?」

「はい!ええとですね…料理がすっごく上手で……私と同じくらいちっちゃくて」

「料理が上手なの?……それもいいわね」

 

曹操自身も料理の腕前はそこらへんの料亭レベル以上と表現しても全く差し支えないほどのレベルだ。

多数の方面で才能を有する曹操は正に完璧超人である。しかし、超一流にはなり得ない。

故に人材収集を行っているのだ。

 

「はい!典韋っていう女の子です。今度手紙を送って陳留へと呼びますね!」

「楽しみにしてるわ。それでは、解散」

 

何でも食べる許緒だが、その舌で判別する旨い不味いの判断力は中々ある。その許緒が是非と進める相手で、しかも女の子というのだ

会って損は無いし、料理が美味しければ、そのまま食事班として雇っても全く問題ない。

戦場での料理品は基本保存食などが中心で味は悪い。これは士気に関わってくる要因なので、これを解決すればまた一歩、天へと近づける。

 

そう思いながら、この場を解散した。その直後

 

「…餃子が食べたくなってきました」

 

ぽつりと、窓を見ていた徐晃がそう零した。その言葉を拾った曹操が眼を光らせて徐晃の方へと向き、口を開いた。

 

「それじゃあ、ご飯を食べに行きましょうか、徐晃」

 

にやりと笑みを浮かべて宣言する彼女を見る徐晃は、あの時の笑顔と変わらないなと思い、頷く。

 

「何!?華琳様!是非この春蘭もお供をさせてください!」

「華琳様!私も是非ご一緒にお食事を!」

 

それに反応したのは夏候惇と荀彧。それはもう、犬が思いっきり尻尾を振るかのように、臣下の礼をきっちりとり、キラキラとした視線を曹操へと向ける

そして、同じ行動をとった夏候惇と荀彧が、互いを見詰め合った

 

「あー…ほな、私ら先にご飯食べに行きますわ」

「ああ、構わないぞ」

 

楽進、李典、于禁はこれから起こるであろう喧騒を目の当たりにする前に、近くにいた夏候淵に一言申して、その場を後にした。

 

「残念だったな桂花。わたしが一足早かったようだ」

「あら、貴方前も華琳様とご一緒に食事をしたわよね?なら、ここは私に譲るべきだわ」

「全く……」

 

そうして、一瞬の間が空いた瞬間に二人は外にも聞こえるような喧騒をあたりへと響かせていた。

 

「あー……やっぱり何時も通りかも」

 

その喧騒を聞きながら徐晃はまた窓を見て、少し欠けた月を見上げるのであった。

 

 

 

 


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