【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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7話

 

 

 

お姫様抱っこで気絶した劉備をあの地獄絵図の場所から運び出した。勿論、置いていった荷物は回収済みである。

そして、賊が出てきた森に向かって歩き出す。賊が根城にしている場所はたいてい近くに水源がある。

水が近くになかったら、賊はそこを根城に出来ない。街で買うわけにも行かず、街で暴れれば官軍も出てくる。

 

だからこそ、水の近くに根城を作るのだ。

その事は既に知っていた徐晃は、さも当然のように森へ向かって歩き出す。

脱力した劉備は…徐晃にとって軽かった。自分もこれくらい軽いのだろうかと、取り留めの無いことを考えながら、川を探す。

 

「う、うーん…」

 

その声が聞こえて徐晃は劉備の顔を覗き見る。

ゆっくりと瞼を開いてその綺麗な瞳を覗かせ、視線が合う。

 

「ひっ」

 

視線が合った瞬間に劉備は恐怖を顔に出した。

それに対して徐晃は、何も言わずに劉備をゆっくりと地面へとおろした。

 

「あ…あ、あの」

 

吐いて気絶して、すこし気分がよくなったのであろうか、木で体を支えながらもしっかりと両の足で立ち、徐晃に声を掛けるが

 

「その前に、血を洗い流しましょう」

 

その言葉で、劉備は自分の体の状態をみる。衣服は血に塗れ、所々に土汚れが付いている。

 

「うっ」

 

気絶する前の光景を思い出し、また吐き気を催したが今回は、何とか耐え切ったようだ。

そうして徐晃の言葉に頷いて返事をして、しっかりとした足取りで水場を探す。

 

「お、あったあった」

 

徐晃の口からその言葉が発せられ、劉備はその視線の先へと体を向ける。その先には確かに、川が流れていた。

川の近くまで来て徐晃が躊躇いもなく、身に纏っていた衣服を脱いだ

 

「え?ちょちょ!?」

 

その事実に劉備は顔を赤くしながら徐晃に向けて言葉にならない言葉を投げかける。

だが、当の徐晃は気にせずに全てを脱ぎ去り、全裸となった。

そこで漸く劉備のほうへと視線を向けた。

 

「大丈夫」

 

劉備にとって何が大丈夫なのかは分からない。しかし、今目の前には劉備から見ても美しい女性が惜しげもなく体を晒しているのだ。

慌てるのも無理はない。

当の徐晃は、先の言葉を発した後は、川に大胆にも全身つかり、布で血の部分を擦って落としていた。

 

「…はぁ」

 

ため息をついた劉備は、川辺で布を濡らし肌に付着している血を拭い落とすのであった。

 

 

 

 

 

夜になり、焚き火を起こし、血を落とした衣服を乾かす。幸い春も終わり初夏に近づいてきた時期であったため、夜の気温は焚き火もあり、丁度良かった。

しかし、劉備と徐晃の空気は若干冷たい。いや、劉備が徐晃との距離を若干空けているのが原因であった。

ただ、その空気は劉備にとってあまり好ましくないのか、ちらちらと徐晃に目線を向け、何か問おうと思って口をあけるが…直ぐに閉じて焚き火をみる。その繰り返し。

 

「……何故殺したか?ですか?」

「!?」

 

劉備のこれまでの行動と、彼女の性格を考慮すれば自ずと分かった。

徐晃の実力があれば、確かに傷を付けるが殺さずに賊を無力化できたかと問われれば、可能であった。

峰打ちをしていけば全員気絶させることも可能だし、その自信も徐晃にはあった。

 

だが、徐晃がその選択肢を取ることはありえない。

 

何故なら彼女は殺人快楽者であるから。

 

 

「…ううん。殺したのは私が捕まったせいです。だから、ごめんなさい」

「?」

 

徐晃の頭は彼女の言動がまるで理解できなかった。

確かに、劉備が捕まったお陰で余計に時間が掛かったのは明白である。

よってその事に対しての謝罪は分かる。現に、その現場で勢いに任せていたが、謝罪は確かに受け取った。

 

しかし、徐晃が殺した事には劉備が原因。だからごめんなさい。まるで意味が分からなかった。

首を傾げる徐晃に対して劉備は言った。

 

「だって私のせいで余計に殺してしまった。貴方を傷つけてしまった。だから」

「意味が分からない。彼らを殺すのは既に決まっていたことだよ。貴方が謝ることは何一つ無いよ?」

「…今までの賊も全て殺してきたのですか?」

「当然。まぁ逃げる奴は居たけどね、大体は殺したよ」

 

劉備は徐晃を見る。徐晃も劉備を見る。

 

「……それ以外の方法を取れなかったのですか?」

「劉備、それは甘い。じゃあ逆に聞こう…何故殺してはいけない?相手は既に此方を犯すか殺すかしか考えていない」

 

徐晃は劉備の真意を見たくなった。

 

「さらに、彼らを生かして捕らえて軍に渡しても、釈放されればまた被害が広がるかもしれない。だったら、殺したほうが今後の為だよ。それなのに、何故?」

 

劉備は徐晃の言葉をかみ締め、理解する。いや、理解している。

誰が考えても徐晃が言っている事は概ね正しいと判断できる。もし、ただ成敗して逃がした賊が他の所で犯罪を犯していたら。

もし、賊を殺さなかったせいで自分達以外にも被害が出たら。考えるまでも無い。取り逃がすや生かすことのメリットはかなり少ない。

 

一度甘い汁をすすった人間が更生するというのはかなり難しい。

 

麻薬と同じなのだ。人が10の努力で得た金品や食料をたった1の行動で奪うその快感。

一度は更生しても、かなり困窮した状況へ陥れば…またその身を落とす事は容易に想像できる。

選択肢が普通の感覚の人間より多いのだ。たった一つだが「奪う」という選択肢が彼らの頭の中で永久に生き残る。

 

その誘惑を振り切るのは至難なのだ。

 

劉備は、馬鹿ではない。そんなものは分かっている。

 

「うん、そのほうが他の人も脅威に怯えないで暮らしていけます…でも、私はそれでも救いたいのです」

 

焚き火に反射され爛々と光る劉備の視線の先には何が映っているのか、徐晃には分からない。

 

「賊に身を落としてしまった人も、元は農民の方が多いはずです。だから救いたいのです」

「無謀だよ、貴方一人で何が出来る?武器も満足に振るえない、身分があるわけでもない」

「…わがまま、何でしょうか。確かに徐晃さんの言うとおりです。でもそれでも、私に出来ることがあるのなら、彼らを…いえ、国を救っていきたい」

 

この国は腐っている。それは一般市民が誰しもが持つ共通の認識である。

しかし、それを表へとは出さない。何故なら官軍に見つかれば死罪になりかねないからだ。

劉備は今まで見てみぬ振りをしていた。いや、違う。彼女は現実というものがまだ完全に分からなかったのだ。

 

そして今日起きた出来事。

 

これがこの国の現実。これがこの国の罪。

心優しい劉備は、彼らを、民を、国を救いたいと、自身の中で始めて決着をつけた。

 

焚き火から視線を外し、再度徐晃へと視線を向ける劉備の瞳は焚き火から視線を外しても爛々と輝いていた。

 

「…貴方は何を言っているのか理解できているのですか?国を救うなんて、貴方がこの国を支配するということですか?」

「違います!私は、救うのです。この国を…そして、あなたも」

 

徐晃は自分を救うと言ってのけた劉備を怪訝な顔で見る。

 

「私を?…何を馬鹿な。私は望むがまま殺人を犯している」

「犯している、という言葉はやっぱり、少しでも罪悪感があるのではないのですか?」

「……」

 

徐晃はその言葉を吟味する。

罪悪感…というものはあまり感じていなかった。強いて言うなら賊に陵辱された女性を殺すときに僅かながらに出る哀れみの事を指せば、罪悪感はあるといえる。

しかし、賊に大しては全くそんなことは無いはずである。しかし「犯した」と徐晃の口からも出たとおり、やはり後ろめたさがあったのか…と考えるが、結論は出ない。

 

だが、徐晃は思う。即断で罪悪感が無いと言い切れないということは迷いがあるのか…と

しかし、やはりそんなものは関係ない。

 

「そうだとしてもやめられません。あの肉を裂く感覚は何者にも変えがたいです」

 

そういいきる徐晃に悲しそうな顔を一瞬だけ見せた劉備

 

「……じゃあ、何故私を切らないのですか?」

「それは…罪の無い一般市民を斬る事には快楽を感じないから……」

「でも、同じ人間ですよ?」

 

確かに、と徐晃は思う。目の前の美しい女性、劉備の腕をこの場で切り落とし、彼女の口から可愛い鳴き声を聞きたい……なんていう感覚は全く無い。

何故か?彼女は犯罪を犯していないから、清く潔癖であるから。でも、今まで切り捨てた人間と同じ体の作りな筈である。

 

「…何故でしょう?良く分かりません。ただ分かることは、賊や犯罪者を斬ることに快楽を覚えることだけです」

「だからこそ、もっと楽しい事がある国にしてあなたをその快楽から…いえ、呪縛から解き放ちたい」

 

常人であれば劉備の引きこまれそうな目を見れば感服していたであろう。それほどの意志の強さやカリスマを出している。

しかし、徐晃はそうは思わなかった。確かにカリスマはある。だが、決定的に自身とは相容れないだろうと確信している。

ようは考え方の違いである。劉備は10全てを救いたいと考え、徐晃は救うのであれば1を切り捨て9を救うほうを取る考える。

 

だからこそ決定的に相容れない。

 

「……ふふ、期待してますよ」

 

だが、認めは出来る。その理想。清濁併せ呑む事を過程にしその果てで10を掴む。

諦めないと言外に言っているその意志の強さ、決意。徐晃はそれを認めた。

 

「はい!待っていてくださいね」

 

にっこりと、綺麗に微笑む彼女を徐晃は今までに出したことが無い優しい笑顔で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、邑が見えてきました!」

 

朝を迎えて、身なりを整え、朝ごはんを軽く食べて出立した。

昨日あれほどの事があったというのに、劉備の足取りは確りとしていた。

無論徐晃も確りしていたが、それでも驚くべきことである。

 

そして歩き続けて夕方にさしかかろうとした所で、劉備がその声を上げた。

徐晃は彼女の視線の先を見ると、確かに、邑が存在している。徐晃の邑と同じくらいの規模であろうか。

ただ木々が生い茂っていて色々便利そうだなと胸中で思った。

 

駆け出した劉備を苦笑しながら歩いて追って、徐晃も邑へと入っていった。

 

 

 

「娘がお世話になりました」

 

劉備の母は劉備と同じく桃色の髪を腰まで流した未だ若々しい姿をしている美女である。

遺伝なのかその体系も熟れていて男だったら間違いなく、胸を凝視するほどである。

 

そんな劉親子が住んでいる家屋はそれほど広くない。と言っても徐晃が借りている家屋よりは勿論圧倒的に広いが。

 

「いえ、此方こそ劉備さんと仲良くなれたので楽しかったですよ」

「ありがとうございます」

「私も、楽しかったです!」

 

親子そろってお辞儀をする姿は微笑ましい。

 

「今日はもう日が暮れるので、何も無い所ですが、もしよければ家に泊まっていってください」

「それでは、お言葉に甘えまして、宜しくお願いします」

 

そうして、その日は劉親子の家に泊まる徐晃であった。

 

その夜

 

徐晃は寝巻きに着替えて庭へとでる、手に持っているのは賊から拝借した濁り酒。

もう一方の手には木製の杯である。

 

手ごろな岩を探して腰を掛けて、杯に酒を注ぎ、仰ぐ。

 

「…ふぅ」

 

あんまり美味しくない。そう思う徐晃であるが、今日は気分が良かった。

人殺ししていないのに気分がいい日は確かに稀にはあった。しかし、ここまで良かった日は今までの人生経験にはない。

だからこそ、その余韻を出来るだけ味わうために酒を嗜もうと思ったのだ。

 

空には満面の星空。

現代では既に失われた、この地球に届き得ない星達が一生懸命輝いていた。

月も綺麗に浮かび上がり、夜だというのに辺りのシルエットは捉えることが出来るほどの明るさ。

 

「……救う…か」

 

思い出すのは劉備が決意を込めて徐晃へと宣言した言葉。

 

救う

 

徐晃はその言葉なんて思いつきもしなかった。

この世界、この時代は残酷である。漢王朝は腐敗の一途を辿り、それに追随する人間も腐りきっている。

その下の役人も、豪族もその土地で好き勝手を行い、農民は農民で生きられない。

 

身売りは当たり前のこと、奴隷にまで身を落としても生きようとしている。

 

尊いことであり悲しいことである。

 

だが、そんなことも今の国には理解できないのだ。いや、理解しているが見ようとしない。

だからこそそれに見限って賊に身を落とす人間が後を絶たないのだ。

 

しかしそんな現実を見ても徐晃は救うという選択を取らなかった。

何故なら彼女は12の時より只一人で生きてきたから。生きるので精一杯であったのだ。

今は生活にも余裕が出来ているが、当初は賊を殺しまわりたいという願望しかなかったため、生活は困窮を極めていた。

 

だが、劉備はそれでも救おうという選択肢を取った。

 

この劉家を見れば分かるが、とてもじゃないが他人に手を差し伸べる余裕なんてある分けない。

 

むしろ、助けを求める側に近い。なのに救う。

 

「…不思議な人」

 

胸中の言葉を一言にまとめて吐露した徐晃は空になった杯に酒を注ぎ、天の星を仰ぎ見るように一口、口内へと流し込んだ

 

 

「……やっぱりもうちょっといい酒が飲みたかったかも」

 

 

そういいながらも不思議と酒の味は悪くないと思っている徐晃が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、お世話になりました」

「此方こそ、楽しいひと時をありがとうございました」

「徐晃さん。また必ず何処かで!!」

 

一晩が開け、邑から出立する際、劉親子からの別れの挨拶を背にして徐晃は出立した。

 

「うーん…世の中には色々な人が居るなぁ……」

 

荒野を歩き半日、一人で旅するというのが久しぶり等と徐晃はありえないけどそう思ってしまっている感覚を楽しんでいる。

たった三日間だけだったが、色々な価値観の人間が居るというきっかけにもなり、充実した日々であった。

そして、劉備みたいにこの国を憂う人たちがああも、輝く人たちなのかと思う。

 

「ま、私にはあんまり関係ない……か」

 

その呟きは風と共に何処かへと流されていってしまった。

 

 

 

 




誤字脱字が御座いましたら、ご指摘の程宜しくお願いします

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