やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。 作:普通のオタク
寒空の下で部活動に励む運動部を横目に校舎の中に入っていく。つーか、昨日の今日で元気過ぎだろサッカー部。主に戸部。ウェイウェイワンチャン聞こえてくるぞ。
そのまま自分の下駄箱に行こうとして、上履きは洗うために持ち帰ったのを思い出す。
仕方なく来客用のスリッパを拝借して部室に向かうことにする。ふえぇ……ペタペタって感触が慣れないよぉ。あと、微妙にひんやりしてるのがより寒々しく思わせてくる。
きっと部室なら暖房が付いていると思い、足早に廊下を歩いていく。
部室に着いた俺を待っていたのは温かい空気と、嗅ぎ慣れた紅茶の香り。そして。
「こんにちは、比企谷くん」
「ヒッキーやっはろー!」
雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の二人が出迎えた。どことなく、上機嫌に見えるのは気のせいだろうか……?
「おっす。で、肝心の雪ノ下さんはどこだよ……寒い中来たのに、実はドッキリで何もありませんでした。とか言われたらさすがに……いや、納得できるけど。むしろ納得できすぎるまである」
「納得しちゃうんだ!?」
「そりゃそうだろ。呼び出し受けてそのまま置いてけぼりにされるまでは俺にとっては当たり前だ。それをやるのが、何を考えているのかわからないあの人なら至極当然の結論だと思うぞ」
由比ヶ浜に答えている間に雪ノ下が紅茶を俺の湯のみに注ぎ入れる。
いつもの仕草なのだがどことなく違和感を覚えてなんとなく見てみる。
「……なにかしら?」
「ああ、いや。なんでもない」
流石に注目されれば気がつくようで問われたがテンプレの誤魔化し方をしつつ差し出された湯のみを受け取る。
その時。ふと、雪ノ下の手首に視線が向いた。そこには、いつもは見慣れないものがあったからだ。
見慣れないはずなのだが、俺はそれを知っていて……ああ、これが上機嫌の理由なのか。などと、また勘違いかも知れないが……思ってしまう。
もし勘違いでなく、想像の通りなのだったら思わず嬉しくなるものだった。
雪ノ下の手首に着いているのはピンクのシュシュ。
それに気がついて視線を向ければ、由比ヶ浜の手首には青いシュシュが。どちらも、俺が昨日贈ったものだった。
……うっわ、なにこれ、恥ずかしい! めっちゃ恥ずかしい!
身に付けるものは重いという小町の言葉が思わず頭にリフレインして恥ずかしさはマッハで加速している。嬉しいけど、嬉しいけどっ!
「……あなたは何を百面相しているのかしら。紅茶、冷めるわよ」
雪ノ下の声で我に返る。
どうやら俺が悶えていたことには気が付かれてないらしく、雪ノ下は定位置に戻っていった。ふぅ、危ねぇ。危うく俺のトラウマが1つ増えるところだった。
動揺を隠すように紅茶を口に含む……舌がヒリヒリする。俺は猫舌だった。
「……あなた、猫舌だって言ってなかったかしら」
目ざとく反応する雪ノ下。言葉の棘が少なく感じるのはただの慣れか? ま、なんにせよ恥ずかしいし、誤魔化すけど。
「……来るまでに冷えきったからな」
「すでに部室は温かいのだけれど……」
ほっとけ。
「で? 話を戻すが雪ノ下さんはどうしたんだよ」
俺がそう言うと雪ノ下は溜息を付くようにし、
「プレゼントしたい物、というのを使用人の人達に運ばせてるみたいね。一人で3個運ぶには少し大きいとか言ってたかしら」
そんなことにまで家の人使うのかよ。雪ノ下さんの権力ここに極まれり!
待ち時間が生まれるとは思っていなかったし、暇つぶしの道具もないので紅茶をゆっくり飲みながら待つことにする。ティータイムは大事にしないとネー。
待つこと数分。部室のドアを勢い良く開き、大魔王がやってきた。
「ひゃっはろー! 比企谷くーん、ハーレムしてるー? お姉さんちょっぴり妬いちゃうよー?」
「してませんから……」
むしろ開放されたいまである。主に貴方から。
「ガハマちゃんもやっはろー! わざわざ呼びだしちゃってごめんねー。家知らなかったからさー、物渡すときは集まってもらったほうが楽かなーって」
「い、いえ! 全然気にしてませんし! ね、ヒッキー!」
こっちに振るな。雪ノ下に振れ。
そんな思いを込めて視線を雪ノ下に向けると、雪ノ下はため息を付きながら開いていた本を閉じた。
「それで、私達に渡したいものって何なのかしら姉さん。手っ取り早く済ませて欲しいのだけれど」
「雪乃ちゃんはつめたいなー。ちょっと待ってね。いいわよ。入れてちょうだーい」
廊下に向けて声をかける。寒い中外で待機させられるとか、使用人さん。マジお疲れ様です。
入ってきた使用人は3人だ。
1人で1箱を抱えて、部室に入ってくる。そして置き終えたら一礼してすぐに立ち去った。使用人はクールに去るぜ……。
置かれた箱に目を向けて感想として一番に出てきたものはその存在感に対する感想だ。
「少し大きいですね」
自転車の籠に入るかどうか分からない。頭一つ分より一回り大きいサイズだ。ラッピングしてあって中身を見ることは叶わない。
「なんだろー。あの、開けてみても?」
「うん。いいよガハマちゃん。趣味には合わないかもだけど、お姉さんとしては喜んでもらえると嬉しいなー」
由比ヶ浜の趣味に合わない。そうなると可愛い系ではない。そして3個とも中身は全部同じであることが伺える。やだ。少ない情報から割り出しとか、それなんて名探偵?
見た目は濁り目、頭脳は文系! その名は名探偵ハチマン! 化学薬品使われたら迷宮入りじゃねぇか。
バカなことを考えている間にも由比ヶ浜が嬉々として包装用紙を綺麗に剥いていく。
剥き終わって出てきた物はスタイリッシュでクールなデザインの箱。そして横に添えてあるように一つのゲームソフト。
思わず俺は息を呑んだ。
「雪ノ下さん、これって」
「比企谷くんは知ってるんだー。やっぱり男の子だねー」
いや、今なら世間の人は大概知ってると思います。俺の思考と同じようなことを思ったのか、雪ノ下が口を開く。
「世界初のフルダイブ技術を使ったゲーム機、ナーブギア。そして天才、茅場晶彦が創りだしたゲームである……ソードアート・オンライン。だったかしら。ニュースで流れるほどに注目を集めていたわね」
「……合わせて15万円(税込み)はプレゼントとして重すぎません?」
「じゅ、じゅうごっ!?」
由比ヶ浜が俺の質問を聴き、そーっと机の上に置く。うん、懸命だ。
そんな様子を見ながら雪ノ下さんは、にこにことした……徹底された笑顔で言う。
「雪乃ちゃんは技術的に興味あるかなーって思って。比企谷くんは男の子だしー、ガハマちゃんは流行りもの好きそうだったから。お姉さん的にもーセンスどうかなーって思いはしたけどねー」
さっきから俺の理由が男の子だけのような気がするのは何なんですかねー? はっ、語尾伸びが伝染った。
雪ノ下は黙ってその箱を見つめ……そう。と呟くように言い、
「せっかくだし、受け取っておくわ。家まで運んで貰うように頼んでくるから、少し席を外すわね」
由比ヶ浜と俺に視線を交互に向けながら言ってから雪ノ下は部室を出た。
彼女は雪ノ下さんを追うことをやめ、自分の道を歩もうとしている。ならば、雪ノ下さんの示した道の意図を疑い、考えたかったのかもしれない。
対して俺も未開封の自分の分の箱を一瞥してから雪ノ下さんに問う。
「こんな物を俺たちに渡して、何考えてるんです?」
「やっだなー。比企谷くん。お姉さんからのただの、細やかな贈り物じゃない」
全然細やかじゃないから訊いたんですけどね。
俺のそんな思いを知ってか知らずか、雪ノ下さんは言葉を続ける。
「ただ……この半年、かな? 二人共雪乃ちゃんの側に居てくれたからね。お姉さんからの細やかなお礼だよ」
半年。俺が雪ノ下に出会ったのが5月。平塚先生に連れられてだ。由比ヶ浜もほぼ同時期である。ああ、なるほど。今が12月末だ。たしかにそれだけの、それ以上の期間が過ぎていた。
そしてそれとは別に、『お礼』という言葉にも俺は納得していた。
思い出すのは夏祭り。花火大会で出会った日のこと。
雪ノ下陽乃は、雪ノ下を一人にしないように。遠回しにではあったが、俺達に頼んでいた。雪ノ下から離れないように。これまであいつに近づいた人達と違うようにと。
雪ノ下に対する嫌がらせにしか見えないが、この人のこれまでの言動は雪ノ下を好き過ぎると俺に思わせるには十分だったし、そこだけは……恐らくでしかないが、この人の貫く真実なのだろう。
彼女は物で繋ぎ止めようとしてこれを渡してきているわけではない。
そういう意図もあるのかもしれないが、俺には、純粋なお礼だと思えた。
思いを組むというほどのことではない。人の思いなど……そこに込められた真意など読み取れるわけがない。本当は全く違うことを考えているのかもしれない。だが。
だが。
「……まぁ、冬休みは全然予定もなかったですしね」
「私もあんまりないかなー。ねぇ、ヒッキー」
「ああ、分かった。今日の……12時からサービス開始だったっけか」
記憶を頼りに時計を見るとまだ昼前だ。時間はたっぷりある。
「サービス開始直後だと人が居すぎてアバターの姿だと誰が誰だかわからねぇだろうし……2時に集合でいいか。スタート地点で」
「うん! ゆきのん、来てくれるかなー」
来るだろう。来る気がないなら戻ってきたアイツを、俺と由比ヶ浜で説得すればいい。
由比ヶ浜には甘いから直ぐに首を縦に振るはずだし、なにより。
俺達3人は少しでも、この部室でなくても一緒に居たい。雪ノ下さんの意図など関係なしに。
そう思えるくらいには『本物』の関係に近いはずなのだから。
次回からやっと、リンクスタートです