やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。 作:普通のオタク
現ギルドハウス(仮)である教会に帰ったのはそれからすぐの事だ。
アルゴとは酒場で別れ、俺は歩きながら一人で思考を続けた。
主な要点は2つ。
推定でしかないがキバオウ。およびその裏にいるディアベルがキリトの装備を剥奪しようとしている理由……攻略組の戦力を下げようとしている理由。
そして、なぜキリトに目をつけたのか。だ。
後者は正確に言えばその理由はキリトがベータテスターだから、なのだが重要なことではない。
その場合重要になるのはなぜベータテスターと知っているかに加え、なぜキリトなのか。が再び加わるだけだから。
キバオウが会議の場で言っていたことだが、攻略組には他にもベータテスターは混ざっているはずなのだ。なぜベータテスターでいいならそちらを狙わないのか。
それはキリトをピンポイントでベータテスターであると知っているという裏付けにはなるのではないか。あるいは、キリト以外を知らないのか。
二つ目に関しては疑問が派生しすぎるので後回しにすることにした。
教会に戻るやいなや、俺は由比ヶ浜と雪ノ下に声をかけ、茶を入れてもらう。
そのまま奉仕部の保護者室兼来客室に集合し、今日の戦果を報告した。
「まぁ、そういうわけだ。胡散臭い点は見えたが、弱みって言うには弱い。証拠不十分ってやつだな」
「ヒッキー、お疲れ様」
由比ヶ浜がねぎらいとともにクッキーを差し出してきた。
俺は震える手でそれを持ち、一見。
「……見た目は問題ないな。システムアシストすげぇな」
「ひどい! これ実力だし! それにサンドイッチ作ってみせたじゃん!」
「いや、あれはパン切って具材挟むだけだろ。少なくとも自慢はできないと思う」
そんな感想を口にしつつも、俺は恐る恐るクッキーを口に運ぶ。確かに実績はあるのだ。であれば、食べてみるのも吝かではない。
つばを飲み込み、必死の覚悟で口に入れて咀嚼した。
噛みしめること数瞬。口に広がるのはバターの風味とほのかな甘味。由比ヶ浜が作ったとは思えないクッキーだ。
「……雪ノ下が監修したのか?」
「してないわよ。これは紛れもない由比ヶ浜さんの努力の成果ね。凄いわ」
雪ノ下もどこか呆然とした様子で由比ヶ浜を賞賛した。
「二人共、リアルネームになってるって! 口に出さないんじゃないの?」
その調理者である由比ヶ浜は驚愕から素で呼んでしまったことを指摘してきたが、おそらくは照れ隠しなのだろう。顔を赤くして笑っている。
「ちょっと頑張って作って見たんだ。今はまだ材料費とか考えると何度も作れないけど」
今思えば、このゲームが始まり一月弱が経過しているのだ。さらにいえば、由比ヶ浜が依頼を持ち込んでからは8ヶ月。きっと『外』でもこっそり練習を重ねていたのだろう。成長するのは当然であった。
スキル習得の際は冗談として金を稼げるレベルになると言ったが、その時は思ったよりも早いかもしれない。
「システムアシストでだいぶ簡略化されているのだから、次は外で作ってもらおうかしら」
俺の言いたいことを雪ノ下が笑顔で言った瞬間に由比ヶ浜の表情が固まる。
さすがにまだ『外』で作れるとは思っては居ないのか、震えながらこちらに助けを求める視線を向けてきた。
まぁ頑張れ。簡略化されてるだけなら基本的な作り方は同じはずだし、作れないということはないだろう。
2個3個とクッキーをつまみながらそう思った。
✕ ✕ ✕
「少しいいかしら」
報告の後、茶を飲みながら息抜きを兼ねた談笑をしていた俺たちだが、その間も何かを考え込んでいたらしい雪ノ下が口を開いた。
俺と由比ヶ浜は視線を雪ノ下に向ける。
それを確認した雪ノ下は自分の発言をまとめるように一度頷くと口を開く。
「アルゴさんはベータテスターの情報は売らない。と言ったのよね」
「ああ。そう決めてるってな」
あいつなりの義理、ケジメなのか。そこはよく分からないがそこで推理のピースが足りなくなったのも事実だ。事実だが、そこを責めるつもりは毛頭ない。
それがどうかしたのか? と雪ノ下に視線を向けると、雪ノ下はそう。とつぶやいてから一つの疑問を俺に投げかけた。
「そのベータテスター。主語はキリトくんとディアベルさん。どちらだったのかしら」
その言葉に俺は動きを止めた。
どちらだったと言われれば、あの話題はたしかにディアベルが何時キリトがベータテスターか見ぬいたかというものであった。
主語は……メインはディアベルだ。
それに対してのアルゴの解答が先ほどスノウも述べたが「ベータテスターの情報は売らない」。
考えすぎだろうか。いや、アルゴはわざとこの言い方をしたのではないだろうか。
もし、そうだとしたならディアベルもベータテスターということを暗に肯定したということになる。
そうだとしてもどういった情報筋でそれを判断したのか。
あいつは未確定情報は取り扱わない。その心情を曲げては居ないことは確かだ。
同時にベータテスターの情報は売らないというのも貫いているのだろう。
明言できないことに変わりはないが、あいつには判断が付いているのは恐らく確かだろう。だが。
「……けど、具体的な証拠が」
そこだ。俺達の問題はそこに立ち戻る。
「そうね。ごめんなさい。判断材料が増えればいいというわけでもないのに」
雪ノ下がそう謝罪した時だ。
「それなんだけどさ。ベータテスター? のアルゴさんがキリトくんをベータテスターって判断したのって、アルゴさんも知ってたからじゃないの? キリトくんがそうだって」
由比ヶ浜がなんてことの無いように発言する。
その疑問に俺はおそらく。と付け加えつつ肯定する。
すると由比ヶ浜は……そこで首をひねりながら問いかけてきた。
「それっておかしくない? 情報集めるの、アルゴさんはとっても早いし凄いけどさ。リアルを知ってでもない限り分かる情報じゃないじゃん?」
……それもそうだ。そしてリアルの知り合いと言うには二人は別行動してばかり居る。少なくとも、一緒に居るのを見たことはアルゴがキリトを追いかけたのを一度見ただけだ。
であれば。それ以前の知り合いということになる。だがこのゲームが始まってすぐに二人が知り合う手段はあっただろうか。
思考を巡らせると思い当たる。
たった一つの真相が。そこ以外にはありえない。
「……ベータテストだ」
俺の発言に二人が視線を向ける。
「ハンドルネームで区別してるんだ。余程のことがない限り、そこを変える必要はない。だからベータテスターがベータテスターを見分けることは不可能じゃない」
そう。そしてこれがディアベルがキリトをそうだと見ぬいた理由だ。
キリトはアルゴを知っていた。故に情報屋をやっていると知って懇意にしたのではないか。
ディアベルはキリトを知っていた。だからアニールブレードを買い、戦力を削ぎたかったのではないか。
キリトはディアベルを知らずに居たから攻略会議に自然体で参加していたのではないか。
アルゴも確信は持てていないからこそ明言を避けたのではないか。
整合性は取れた。
最後の締めの1ピースをここまでで考えなおす。
ベータテスターが知っていて現行プレイヤーが知らない要素。
それはまだ誰もチャレンジしておらず、実際に目にした者がベータテスター以外に居ない要素。
「ボス戦だ」
ボス戦の何か。勝つだけならキリトの戦力を下げる必要はない。むしろそのままで居たほうがいい。ならば。なにか。俺はその答えを持っている。
そう。俺はボス戦に関しての知識もすでにある程度は得ている。アルゴの手伝いをしているのだから情報は必然的にある程度集まる。
そこから判断できる。情報は足りた。
そして、答えは新たな疑問を生む。
ディアベル。なぜお前は人の足を引っ張ってまでそれを求める。