「オーガン・ロメロ」
「おぅ、俺がオーガンだが、お嬢ちゃんなんか用か?」
自然と口から洩れた呟きを聞かれているとも思わず、眉をひそめるよりも前にニコリ笑みを作った。自分より頭いくつも高い彼は闇夜の中でもしっかりと柔和な笑みを見せて返答してきた。
女子中等部に通う自身よりもふたまわりは大きなその身体をかがめて目線を合わせる彼に、努めて明るい声で答えた。
「你好、私の名前は超鈴音。最近この辺の森に牧師サンが出ると聞いてネ、懺悔しに来たヨ」
超鈴音は記憶の蓋を開ける。しかして膨大な知識を誇る彼女の頭の中にも彼――オーガン・ロメロの名はなかった。
「これから用事があるが……迷える子羊を救うのもこの俺の役目。ま、話してみな」
手の中のお茶は暖かい。それを起点に反転させるように頭の中を冷していく。冷静に、整理にしていかなければならない事情があるのだ。
「フム……実は色々と将来について悩んでいてネ」
「ありがちな話だな――と、すまねぇ」
「イヤイヤ、思春期特有の悩みだとは自覚しているヨ。とも将来について悩んでいるカラ年長者サンの意見が聞きたくてネ」
肌寒くなった夕暮れ時の公園。からからと笑ってみせると、次に腕を組んであごに指を当ててから超は口を開いた。
「オーガン牧師は随分と牧師サンが似合っていないけド、どうして牧師サンになったのカ?」
怒るか――そう思って問いかけた言葉であったが、彼は気にした様子もなく苦笑する。
「あ~牧師に拾われたからねぇ」
と、聞かずとも超はオーガンのことを知っていた。語弊があるとすれば調べていたということだ。
二十二年周期で起こる世界樹大発光。前回のその折に拾われたのが彼であり、拾ったのが教会の牧師だった。初等部、中等部、高等部と牧師の手助けにより麻帆良の学園で学生生活を送り、初等部、中等部、高等部と牧師の期待を裏切る麻帆良の学園では知らぬ者のおらぬ札付きの不良として過ごし、初等部、中等部、高等部と牧師から折檻を受けていたというのがこれまでの彼。
しかしそれは問題ではない。確かに不良であり、魔法先生からも目をつけられ出張らせていたことは問題だが、それも問題ではない。高等部の折に育ての親だった牧師を亡くしたことで更生し、十字架を首から下げたことが問題でもない。
「恩返しというかなんつーか、教えてくれたことに納得でき始めたからっつーか……難しいな。ま、かっこよかったからってとこかね」
頬をかきながら空を見上げるオーガンは照れ臭そうに笑う。
「使命感、というやつカ?」
「そこまでややっこしいことじゃねぇさ。ただ……」
「ただ?」
「俺のこの手で変えれそうなもんがある。だったらやるのが男ってもんだろ」
今度は少し誇らしげに笑った。
こんな笑みに超は見覚えがあった。同じだとは思えないし、思いたくもない――ただかぶったのは事実で、それが嫌でもない自分が不思議だった。
とも、感傷に浸り目的を忘れるほど超は愚かになるつもりはなかった。笑みを深く作る。意識を深く研ぎ澄まし、水面のように揺れない心持で尋ねた。
「魔法の蔓延る世界に足を踏み入れたのも同じ理由からカナ」
すっとんきょうを張り付けた顔でオーガンは妙な視線を向けてきた。きっとさまざまな思考が彼の頭の中をぐるぐるとまわっているのだろう。故に、間髪入れず続けた。
「私も関係者だヨ。ほら、プラクテビギ・ナル火よ、灯れ」
ちりと、微かながら怪我をした時とは違う、骨の奥からくるような痛みが奔り、超の指先から小さな火が灯った。
「おおっ、やるなぁ」
オーガンの言葉に嘘も牽制もなかった。そこにあるのは純粋な賞賛で、拍手する彼にそんな小器用な真似ができるとも思えなかった。うんうんとうなずいて、
「で、俺が魔法にかかわっちまったわけだっけ」
飲み干した空き缶をゴミ箱に捨てて立ち上がると、懐から煙草を見せながら、
「吸っても?」
「構わないヨ」
「いやーやめてたんだがな、またなんか急に吸いたくなっちまってな、よくないことだとはわかってんだがな、どーもな」
つらつらと言葉を並べるのは、言った通りあまりよくないと思っているからなのだろう。くわえた煙草に火をつけて、煙を吐き出しオーガンは答えた。
「さっきの答えと一緒さ。俺のこの手で変えれそうなもんがある――だったらってことだ」
超は再び記憶の蓋をあける。超鈴音はオーガン・ロメロを知らない――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルから師事を受ける牧師など、彼女の未来の知識の中には存在しないのだ。
超鈴音は未来より過去を訪れた、時空を越えたタイムトラベラーだ。
許容しがたい惨事に覆われた世界で、超は生を受けた。そこは魔法と、科学と、異形と、人間と――本来なら決して交わることのない要素が血で血を洗う戦場だった。火星で生まれ、出自ゆえにいいようのない差別を受け、魔法を扱えないからこそ同じ立場の魔法使いからも見放され、科学に手を染め根底から世界を覆すためにこの時代に来たのだ。
だからこそ入念に下調べをし、予想し、己の夢想を確固たる真実とする努力を重ねてきて、現在進行形で重ねている。
そのためにあえて懐に飛び込んだ。誤魔化しきれると――必要な情報だけ手に入れてあしらい計りきれると思っていた。しかし、
「ところで話は変わるが,何をそんなにはち切れそうなんだ?」
獣の勘だろうか――実に非合理的で、実に合理的だった。魔法や気のあるこの世界で第六感というものは馬鹿にならない。
「先も言ったヨ。思春期だからいろいろあるし,女の子の心の中をのぞくのはデリカシーがないネ」
うっと息をのんだオーガンの姿をしっかりと両目で確認してから,超は認識を改めた。偶然なのか必然なのかはわからない。もしかしたら自分自身がこの時代に来たから起こった状況なのかもしれない。だがエヴァの師事を受けるにはなにがしか根拠があるのだ。
(生まれながらの強者だとエヴァンジェリンは言っていたガ,ならばなぜ私の知る過去にはこの男はいないのダ? 彼女にそうまで言わせる人間が簡単には死ぬとは思えない……探りなおすべきカ)
ふと,監視ロボットから手に入れた情報を元に思考の海に沈みかけるがかぶりを振って脱出する。考えるのはこの場を立ち去ってからすればいい。今,重要なのはオーガンを見極めることだった。
「女はずりーよな。シスターだって俺にはあーだのこーだの言いたい放題なくせ,ちっと俺が言ってみればすぐに振り払っちまうのによぅ」
ぶつぶつ誰かを思い浮かべて文句を言うオーガンをひと目,向き直ったこちらに気付くと彼はわざとらしく咳払いして,火の消えた煙草を携帯灰皿の中にねじ込んだ。そしていかにもばつが悪そうな顔で,お手本のように鼻をかいた。
「いや,とも,そんなわけで俺はこっちの世界に踏み込んだってわけよ」
声が大きくなったのは誤魔化すためだろう。わかりやすく,同時に都合がよかった。
「恐ろしくはなかったのカ?」
「昔はちっと悪さやっててな。喧嘩は慣れっこさ」
「きっかけは何だったのカ?」
「たまたま巻き込まれて,助けてもらってだな。いや,最初に聞かされた時は動揺しちまって声荒げちまったが……そいやぁ悪いことしたよなぁ」
「エヴァンジェリンのことをどう思ウ?」
「助けてくれたみたいだし,感謝しかねぇよ。いろいろ教えてくれるし」
「貴方がそこまで揺らがないのはどうしてなのかネ?」
「そーだな……超は神って信じるか?」
オウム返しのような問答の中,不意にやってきた問いかけに胸が苦しくなった。踏み越え踏み出すために過去にやってきたつもりだったが,その根源は変わらず超の中で渦巻いているようで,だから額にしわが寄るのを止められなかった。
それに気づいてか,オーガンはまるで牧師のように――牧師なのだがどうも祭りの出店の兄ちゃんのような雰囲気がぬぐえない――優しげな声で続けた。
「俺が教わった神様ってのは全知全能じゃねぇ。俺たち人間にほんのちょっぴり手助けしてくれるもんらしくてな,日々の生活に感謝して,前に踏み出す勇気をくれるやつらしい」
「ほんの少しの勇気……というやつカ」
「そうだ。だったら神様の言葉を伝える俺がそれをしねぇとマズいだろ」
その言葉に超は覚えがあった。彼女の生まれた時代よりずっと昔,今のこの時代よりもさらに昔――それはかつて魔法使いの始祖が残した言葉。
◆◇◆◇◆
「こんばんは龍宮サン,出前持ってきたヨー」
発してみて反応した長身の彼女は首を傾げ,月光を吸い込みぬれた黒髪をかき上げながら怪訝な目を向けてきた。
「肉まん三個に小籠包と焼売が十二個ずつネ」
「……何をしにこんなところに」
明らかに,警戒した様子の真名に超は気にかけるという思考を脳みその外に投げ捨ててからにこり笑ってみせる。悪巧みするのは勝手にさせてもらえるだろうが,取り繕った態度は通用しないだろう――そんな直感じみたものがあったのだ。それをあてにするのも何となく悪くないと思ったのだ。
(そういえば龍宮サンは学園長と専属契約をしているんだったナ)
無論,論理的な根拠もあった。真名にせよエヴァにせよ,鉄火場に身を置きすすけた日々を過ごしてきた女子中学生――もとい女子中学生(笑)というやつだ。外してくれない真名の視線を受けながら,超は彼女の背後に鉄と火薬のにおい漂う情景を見た。
「やはーオーガン牧師に懺悔を聞いてもらってネ,そのお礼にと思った私の心意気ヨ」
「そういえば相談を受けたと上機嫌だったな」
「というわけでやってきたのサ」
「なるほど,納得だ」
とことこ近づいた真名の肩越しに大柄な男と小柄な少女が小さく見える。両手に湯気立つせいろを持ちながら,暗い闇の帳が張る森の中にぼぅとうかぶように,ういている白い丸テーブルにそれを下した。正面で椅子を揺らす真名の瞳が金色に光った――錯覚だったのだろうか,もう一度彼女の顔を見たときにはいつもの黒い瞳だった。
「ところで――」
「はやー魔眼というものは初めて見るネ」
ひくり。まぶたが微かに動いたのを超は見逃さなかった。畳みかけるように言葉をつづける。
「いやー魔法使いの知り合いがいなかったからネ」
「ほほう,それはそれは」
「魔法もあまり使えないシ……せっかく麻帆良に来たというのにダ! 日本の魔法社会の本拠地だというに寂しかった私……この出会いをくれたオーガン牧師には感謝感謝だネ,謝々だネ」
「パイプが何もなかったのか?」
「ヨヨヨ……悲しい限りネ」
「フッ,お前ほどの女がか?」
魔法使いの社会はいうなれば巨大な親類関係のようなもので,その力の発現は血筋なり,環境なり,師弟によって生まれるのがおおよそを占めている。ごく稀にまるで導かれるようにして魔法使いへの扉を開く者がいるが,例えそうだったとしても手が差し伸べられることが多く,皆無とは言い難いが魔法使いはおしなべて魔法使いの知り合いを持つものだ。
テーブルの上に肘をつき,はかるような真名のしぐさにあっさりと――本当にあっさりと超は告げた。
「私が魔法にふれたのは麻帆良に来てからだからナ」
口調は変えず超はふんすと,鼻息荒くしながら胸を張った。腰に手を当て自慢げに見えるポーズをとり――奇妙なことを言っただろうかと自問してから,さらに自答する。ひとつ,ふたつと繰り返しうなずき,
「うん,龍宮サンに認められているのはうれしい限りに事実,私はものすごーく頭がいいネ」
「……あー……」
かなり長い沈黙を含みつつ,半眼になった真名――そこにはかなり呆れというか,諦めというか,とにかくそんな感情が入っているのは間違いない――そして思い出したというよりもひねり出したような言い方で,
「図書館島か」
「あの場所は楽しい限りだネ,知らないものを知っていくというのはやはり人生を豊かにしてくれるヨ」
右を見ても本棚,左を見ても本棚,上も下も全面と本棚に覆われた図書館島という施設が麻帆良学園都市には存在する。その歴史は麻帆良学園の創設と同時であり,元々多かった蔵書は年月を経るにつれて加速度的に増加し,下へ下へと建設をつづけられたその空間の全体像は,現在では司書ですら把握できないほどに巨大化してしまっていた。ちなみにそこまで広大になった図書館島を探検し全貌を解き明かそうと図書館探検部なる部活までできているのだから驚きだ。
と,ここまでは表の話。実際の所、図書館島に所蔵されている本の価値を知る者は数少ない――簡単に言ってしまえば魔法使いのみがその真の価値を知っている。図書館島の上層部こそ通常の本から貴重な古書や希書が集められて並べられているが,下層部に行くに従い魔導書の類が姿を見せ始めてくる。魔法使いの街,麻帆良の歴史が凝縮した場所こそが図書館島なのだ。
(ま,図書館島に行ったのは事実だが魔法書を見つけたというのは嘘だがネ。見つけてみたいのは事実だから嘘はついてないヨ~……ほとんど)
口には出さずにひとりごち,ぽんと手を叩いてから超はにっこりした。
「今度は龍宮サンも一緒に行くカ?」
「いや,私は遠慮しておこう」
「それにしても今日はいい日だヨ」
せいろを開けると白い湯気が黒い闇に溶けていく。見ただけでもふわふわだとわかる,我ながら良い仕事をしたと納得できる肉まんを手に取り口に含めばじゅわり,肉汁が口中に広がった。
「ふぉがふぉごご,ほむむむっ」
「……差し入れじゃなかったのかい?」
「ふぉがっ! ふぉむむがふぉ」
「飲み込んでからしゃべることだね」
テーブルの上に置いてあった缶コーヒーを口に含むと真名は目に見えて肩を落とした。そして彼女が遠くで吹き飛ばされたオーガンの方に視線を移したのを見据えて,超はこれまでで一番に明るく弾んだ声音で断言した。
「真名サンというパイプもできたことだシ,オーガン牧師には悩みがいくらか晴れたと報告できるヨ」
熱を一気に下げた冷たい目を――先ほどまで宿っていた感情は通り越したように見えた――見つめ返して,真名は返事をする。
「そういうのは――」
「ところで龍宮サン,世界を変えることに興味はないカ?」
口を開かせる間もなく超は続ける。ふざけた態度で,ふざけた口調で,されども真剣な眼で。
「この火星から来た火星人に力を貸す気はないかネ?」
もう一度,超は暗闇に金色の瞳を見た。
言外に言う隙もなくそれは愚行だ。たかだか十数年生きた程度の小娘が,齢六百歳の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを謀ろうというのは――
今の感情を表すならば憂鬱な――というよりも跳ねる心臓を抑えるのに手いっぱいで――煩憂といったところだろうか。つとめて感情を顔に出さないようにしながら超は偉そうに椅子の上で胡坐をかいたエヴァの方へゆっくりと顔を上げた。
「これはこれは,麻帆良最強頭脳と噂高い超鈴音がいったい何の用だ?」
震える心が肉体に反映する前に意識の外に掃き出してやる。ニコリ,笑顔を作って口を開く――
「超,なんかおめぇ緊張してんのか」
とより前に,抜けた声が脇から飛び込んできた。ずずずと音を立てながら作法も品格もひったくれもなく紅茶をすするオーガンはごくりと喉を鳴らすと,もちゃもちゃ焼売を食べ始めた。喜色満面そのものに表情を緩めた彼の顔はすり傷だらけで,しかし血は流れていないようだった。
「言ったじゃねぇか,エヴァは普通にいいやつだって」
「……オーガン」
「クラスメイトなんだろ? 仲良くしろよぅ」
「オーガン」
ため息が聞こえた――出どころは真名で,苦笑するその顔は何とも楽しげだ。
「気楽にいこうぜ。せっかくの魔法使い仲間だ――」
ろ。そう告げきることは叶わなかった。超の目の前をきりもみしながら巨躯の男が吹き飛び通り過ぎていく。
「なんなんだアレはっ!」
「いつものことじゃないか。オーガンさんに探りの入った会話なんて無理だということはエヴァンジェリン,貴女もわかっていたことだろう」
ぷりぷり憤慨する――ハンカチがあればきっと噛み裂いていることだろう――エヴァをいさめる真名は堂に入っていた。
「仲良しなのだネ」
「まったく,使えん男だよアレは。この私がだぞ,この私が毎日のようにしごきにしごいてやっているというに」
すう。息を吸い込み口は真一文字,風船のように両頬を膨らませる。沈黙の後に破裂するように,決壊したダムからあふれる水のごとくエヴァの言葉は堰を切った。
「なぜ教えたことができない! なぜ魔力すらも巡らせることができない! なのにふと気づけば『氷爆≪ニウィス・カースス≫』などと教えた覚えもない魔法を使ってみせる……普通にやれば練習用の杖で氷も出せない男がだぞ」
「それは何というカ,師匠冥利に尽きないというカ……」
「そうだろう,そうだろう! ばかすか打ちまくるアレを見ていると自分が馬鹿なんじゃないかと思えてしまう。アレにしろナギにしろ平気で人の気持ちを裏切って勝手にどこかに――」
そこまで言ってエヴァは口を閉ざした。と,しばらく考え込んでから苦虫を噛み潰したような顔で,
「とにかく,お前はなんの用で来たんだ」
言ってから彼女はがぶがぶと紅茶を飲みほした。闇夜の中,金糸の髪は月のように浮かんで見えた。エヴァは深々とため息を吐くと,うめくような声が喉の奥から聞こえてきた。実に面倒くさげに超には感じられた。
(オーガン牧師はやはりバグの一種カ。しかしそうなればなぜ記録に残って……いや,よそウ)
回転する頭の中でそんなことを考えてみるが,もう一度塗りつぶしてやる。
「いいぞ,好きに話してみろ」
くつくつ耳に入ってきた声をにらむ目で制すエヴァを見ていると気を張っていたのが何となく馬鹿らしくなってきて,
「いやいや,実はエヴァンジェリンに頼みたいことがあってネ」
そう,砕けた口調で話しかけていた。
「頼み事だと? この吸血鬼の真祖エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに――なんだか空しくなってきたな,この空気では。とにかくいうだけ言ってみろ,聞くかどうかは別だがな」
「それはもちろん,ふさわしい条件を提示させてもらうヨ」
ひらひらと手をふるエヴァの前に懐から小さな箱を取り出し置く。真ん中に赤いスイッチが付きアンテナの伸びた,いかにも何かありますよというデザインだ。
「ささっ、ご覧あそばせ――今宵始まるのは世紀の瞬間! 人類の進化の証!」
演劇風に身振り手振りを振りまいて声高らかに謳い上げる。エヴァと真名からの視線が寒いのは気にしないでおく。いつの間にかずりずり足を引きずって戻ってきたオーガンからの拍手に救われたのは超だけの秘密だ。
「我が全ての工学知識を結集し盟友葉加瀬聡美とともに開発した人型ロボット――」
赤いスイッチを押せばぴぴーと心地よい電子音が聞こえてきた。顔をしかめたままの二人を見ているとちょっぴり胃が痛くなるので、興味津々といった風なオーガンのほうへ顔を向けていたずらっけな笑みを浮かべてみる。
やがてそれは訪れた。車のエンジン音とは違う、飛行機のジェット音に近いものをBGMに。夜空よりふってきたそれは地面に生えた雑草を吹き出す圧力で押さえつけている。
降り立ち一礼したそれは少女のようで、少女ではなかった。
「『KK10』ネ!」
緑色の髪の毛に整った――しかし無機質な顔。耳から伸びた機械的なパーツが彼女を人間ではないことを教えているようだった。
「はじめまして」
拍手が一層強くなり、先ほどまでの寒さはもう超には感じられなかった。それが超鈴音の研究者魂を刺激する。
「外部電源から――すなわち家庭用コンセントから充電可能で連続稼働は二十四時間を突破! 夢の人工知能となるAIシステムの基礎にはMITの天才・神戸兄妹作成のものを使用! それを支えるのは巷に漂う有象無象を振り切って演算する量子コンピュータ! ちょいと指示すればハッキングだってお手の物ネ!」
気づけば言葉があふれていた。きょろきょろとKK10の周りをエヴァと真名がもの珍しそうに回っているが、ただ一人の観客――目をぐるぐるさせながら拍手だけはやめないようにと続けているオーガンに向けて溢れ出す情熱を吐き出していた。
「体高174センチメートル、体重は女の子型だから秘密ネ! スリーサイズは上から84・60・84と男子が喜ぶ眉唾スタイル! お茶くみ人形をモチーフに、ボディは日本の宝であるフィギュアを参考に球体関節人形風に組み上げたヨ! 故にマスクは彫刻のような黄金比にちょっぴり市松人形のテイストを含めて日本人受けするようアレンジ! 皮膚には特殊ポリマーを使用した人工皮膚でダッチワイフなんてけちょんけちょんな肌触りニ!」
「なかなかのディティールだな」
「もちろん人間のように飲食をする真似やレンズ洗浄液だが擬似的に涙を流すことができるという遊び心も忘れてはいないヨ!」
「これは……凄いな」
「凄いのか?」
「魔法を使っていれば別かもしれないが、少なくとも現代の科学で自立二足歩行のロボットを作り上げたなんて話は聞いたことがないね。貴女だって知っているだろう?」
「機械なんて難しいことはよくわからん」
「……とにかく現代の知識では不可能ということだけは間違いないさ」
「更にこの度エヴァンジェリンにお披露目するため格闘技から大型銃器の扱いのといった戦闘データをアップデート済! 武装も装着済みネ!電力放出により擬似的な磁場を作り出した『磁力ジェット』により短期飛行やホバリング、高速移動も可能! ロボのロマンであるロケットパンチも両腕の前腕部から有線式の射出させることで実現! 眼球部からのレーザー光線完備! おまけに腕関節部の噴射機構による加速装備もつけといたヨ!」
充実感に包まれてあたりを見渡せば、ちょうどエヴァと真名の二人が椅子に腰かけるところだった。拍手はまだ続いている――それを手で制してから、超はKK10の隣に立ってその肩に手を置いた。
「と、まぁなかなかな出来栄えだとは自負しているんだガ……エヴァンジェリン、率直な意見が聞きたいがこれを見てどう思ったかナ?」
返答は予想通りで、実にシンプルだった。
「美しくないな」
「えー綺麗にできてるじゃねぇか」
「はっ、女の扱いに慣れていないなオーガン。これはいうなればただのヒトガタに過ぎん」
右の人差し指で言葉を紡ごうとする彼の唇を押さえて、エヴァはどこからともなく人形を取り出し、くいと左の指を動かしてみた。それはまるでダンスでも踊るかのように滑らかに、流麗にKK10の前でお辞儀をして見せた。
「機械で、これが出来るか超鈴音。魂も何もないマリオネットにすら劣る、それが戦闘データとやらといれれば人に勝ることができるとでも? 下らん空想の世界だな」
「お辞儀してたじゃねぇか」
「……着地の瞬間の関節の動きが甘い。頭を下げた時も数段階に動作を分けて動かしているのだろう……傍から見れば違和感の塊だ」
エヴァの言うことは事実だった。超の持つ工学知識を結集して生み出したKK10には欠陥がある。人の形をしている、文字通り人形に過ぎない。
「嬢ちゃん好きなこととかあるか?」
「まだプログラムされていません」
「趣味とかも? おしゃれとか興味ある時期なんじゃねーの?」
「オーガンさん、わかっていると思うがロボットなんだぞ」
「でも女の子じゃねーか」
首をかしげるオーガンにため息で返す真名を横目にしながら、超は勝ち誇った顔で笑うエヴァの視線を正面から受け止める。
「故に貴女のところに来たのだ『人形遣い≪ドール・マスター≫』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
「あの人形を代償に何がほしいんだ、星のかおり漂わせる小娘?」
「なぁに、単純なことサ」
目を開き、鼻の穴を広げ、今度は口をゆがめてみせる。無機質な鉄仮面を変えないからくり人形に四苦八苦するオーガンを見て、にっこり満点に微笑むと、
「貸しひとつネ、毎度ヨ~」
◆◇◆◇◆
――質問されるのは嫌いだった。それは相手の望む答えを出せる気がしなかったからだ。
「夜間警備の方は順調に励んでくれているようじゃの」
「迷える子羊を救うのが俺の役目ですからね」
麻帆良女子中等部校舎のとある一室。白髭をたくわえた好々爺――近衛近右衛門の問いかけに、オーガンは自分でも驚くほど流暢に返答ができていた。
「偉そうなこと言えるほど偉いつもりはないっすけど、気にくわねぇやつら殴ってりゃバイト代ももらえますし、性に合ってると思うんすよ」
「ふぉふぉっふぉ、そうか。ワシはてっきり――」
言いかけて口をつぐむ。そんな仕草もお前にかける言葉はもうないと言われているようで嫌いだったが、最近はどうでもよくなってきていた。許容することが増える、それが大人になったということなのだろうか。
「イヤ、よそう。しっかし仕事をしてくれているのであれば、ワシから言うことは何もないからのぅ」
質問されるのが嫌いではなくなったのは、結局自分は自分だと、自分のことは自分の意志で決めて自分で進んでいかなければならないと教えてもらったからだろう。
「ではこれからも期待しておるぞ」
聞く限り、どうやら話は終わったようで、教会にあるソファーよりもずっと座り心地の良いそれから腰を上げると、オーガンは頭を下げた。
「ところで、オーガン牧師よ」
と、退室しようと踵を返したところ、そんな言葉で学園長はオーガンを引き留めた。振り返ってみれば先ほどと変わらぬ好々爺な笑み。そして今日の夕食を尋ねるような口調で問いかけてきた。
「お主は……正義と悪とはなんじゃと思う?」
耳から入った言葉を頭で理解して、まず浮かんだのは何故オーガンにそんな問いかけをしてきたのかという疑問だった。
(俺に聞いたってしかたねぇ気がするけどなぁ)
率直な答えはそんな感じのことだった。だが、学園長には学園長なりの理由があるのだろう。札付きの不良というのが自分の過去に張られたレッテル。その為か――実際のところは元賞金首でもある吸血鬼のエヴァと関わっているために距離を置かれているのだが――同僚である魔法先生たちからの評判はあまり良くない。
そんな事情は露と知らず、人様に迷惑かけるもんじゃねぇな等と考えながら口を開いた。
「ただのほーべん、ってやつじゃねぇんすか」
「方便とな」
「誰かを心から想って笑顔にすることは良いことだと思うっす、逆に誰かを自分が気持ちよくなるためだけに泣かせるのは悪いことだとも思うっすけど、そーゆー難しいことはどーも俺にはさっぱりで……」
うむむと唸りながら絞り出してみて、かえってきたのは笑い声だった。からからと、からからと、その声が収まってみればやはり先ほどと変わらぬ軽い口調で、
「では今夜もよろしく頼むぞい」
学園長室を出てみれば、窓の外はすっかり闇の中。ここ最近つけだした黒い手袋に包まれた拳を握って、開いて、オーガン・ロメロは夜へと消えていった。
書き溜め投稿は終了。