寄生獣 on the Magic World 作:なまびーる
ある日、右手に羽根のない天使がやってきた。
そいつは兎に角口が悪くて、顔もお化けみたいなやつなんだけど…
これは、そんな天使、ミギーと、僕…小泉慎一(コイズミ シンイチ)、
通称"ダメイチ"の織り成す事となった物語。
始まりは、小学四年生…進級したての、春の日の事だった。
「うわぁぁああああっ!?」
今日も元気にーーとは少し違うが、いつもの如く此処、海鳴市のとある町では、少年の悲鳴が響き渡る。
背中にはオーソドックスな黒ランドセル、黒縁メガネを掛けたどこか冴えない少年…小泉慎一は、
「バウバウ!」
野良犬に追いかけ回されていた。
「ハァハァハァ…!? な、なんで…何デェ!?」
本人は気づいていないが、この犬、実は慎一が持っている(給食の残りの)ソーセージが目当てで追い回しているのだ。
駆けっこ"も"得意ではない慎一は、兎に角走るしかない。
だって追いかけてくる犬は慎一に対してかなり大きい。捕まったらかなりシャレにならない。
「ガウッ!」
「ヒィィッ!?」
ランドセルの金具に一瞬だが齧り付く野良犬。
振り払う拍子に一回よろけ、ランドセルの中身が一部流出する。
「あ゛ぁ〜ッ!? きょ、今日のテストがぁ〜ッ!」
気になる点数の方は…言わないでおこう、ただその教師手作りの答案用紙には、真っ赤な丸が一つ、デカデカと書かれているという事だけ述べておく。平常運行だ。
そして、その答案用紙が宙に舞った瞬間、待ってましたとタイミングを見計らったかの如く春一番の突風が吹き抜け、答案用紙は一気に遠ざかった。
「わぁああ! ま、待っ「ガウッ!」イヤァアア!?」
慌てて回収しようにも、野良犬はまだ追いかけてくる。
「オイオイ、見ろよアイツ…一組の"ダメイチ"だぜ?」
「あー…そういや、何をやっても"1番にダメなヤツ"たっけか…? 」
「今日返ってきたテストもクラスでビリ、俺間違ってでもあんな奴にはなりたくねー。」
野良犬に追いかけられながら、同じく下校途中の生徒の陰口を聞いた。
いや、陰口というよりかは"嫌味"だ。
慎一はそんな嫌がらせを無視し、生徒の横を擦り抜けた。
ほんの少ししゃくり上げそうではあったが、なんとか我慢しながらひたすら逃げる。
結局、慎一はこの日ソーセージのことに気付くまで追いかけられる事となった。
彼の名前は小泉慎一。彼の通う学校…海鳴市立第一小学校で、彼は"ダメイチ"と呼ばれている。
理由は単純明快、何をやっても"ダメ"であるからだ。
先程挙げたテスト…勉強は国語以外全てクラスビリ。
スポーツ…マラソン大会万年ビリ。走っている途中で抜かしたことすらない。
おまけに春先から視力が落ち始め、先程の様にほぼ毎日のように不幸な出来事に出会う。
典型的な"のび太タイプ"だ。
当然の如くクラスからは白い目で見られ、先程の方ならまだしも酷い嫌がらせを受けた事も実はある。
ただ彼のちっぽけなプライドとして、親にはこのプチいじめを報告していない。
いや、報告して心配される方がよっぽど惨めじゃないか、それこそ本当に"ダメイチ"だ…そう思っている。
今日も誰もいない家の玄関の鍵を開ける。
慎一の身体にはそこらに痣や切り傷があったが、いつもの事なので気にしない。
毎日こうしてズタボロになって帰るのもどうなのか…がしかし、その手当は自分でするしかない。
慎一の家庭は母子家庭…父が慎一が生まれて間もない頃に他界したので、母はいつも夜遅くまで帰ってこない。
まぁ、この惨状を見られないだけよしとしているのだが。
今日も散々な1日だった…と、憔悴しながらリビングに足を運び、食卓に並べられた、ラップのかかった肉じゃがをレンジにかける。
白米は慎一が帰って来る時間にちょうど炊けるよう、母が配慮してくれたようであった。
走り回ったので家に帰って早くも腹の虫が鳴り響くが、まずは怪我の手当てが先決。
無音の我が家はやはり怖い。慣れているとはいえ、9歳の少年にはこの静寂は耐えがたいものだったので、慌てて部屋のテレビの電源を入れる。
ニュースキャスターの明るい口調が部屋に響くだけでだいぶ違う、慎一はすっかり使い込まれている救急箱を取り出し、イチチ、と言いながら傷薬を塗り始めた。
怪我の手当てと食事を済ませると、慎一は二階の一角の部屋に足を運んだ。
父の書斎である。
元々、父は読書家だったようで、此処には多種多様な本が本棚に並べられ、並べきれなかったモノが床に積まれている。
慎一は、ここで本を読むことが好きだった。
当然の如く難しい小説が多い…というよりもそれしかないこの部屋だが、本を読むということは、素直に楽しいと感じていた。
読めない漢字や分からない単語を辞書で調べ、頁をめくる。
それが、宝探しをしているような気分になれて、とても楽しかった。
慎一の家にはゲームが無い…それを買い与えられるほどの余裕はない。
だから、家での慎一の娯楽は全てこの部屋にあった。
幼い頃は、ここにいて本を読んでいれば、顔も見たことのない父が助けに来てくれるかもしれない…という、淡い期待を寄せてもいたが。
因みにこの部屋のお陰で、実は国語でだけは真に"一番"であったりする。
問題で出てくる文章の殆どが此処にあったし、漢字も相当な量を覚えている。
が、普段が普段なので全くもって目立っていないのが現状だ。
そうして、今日も取り立てする事なく眠りに就く。
いつもと変わらない、いつもと同じダメライフだったなぁ…などと思いつつ、灰色の天井を見つめる。
彼が5歳の頃…その時が、一番楽しかったのか。
だが小学校に上がると同時に引っ越してしまったので、その時できた友達はこの広い市内の反対方向だ。
結局その時以降、連絡も取っていないし、自分の名前がその人にまで伝わってしまっていたとすると…など考え、怖くなる。
ダメイチ、その呼び名でその人達が呼んできたらどうしよう…と。
「カッコ悪いなぁ…僕。」
ふと呟いた言葉は、虚しく自分に返ってきただけであった。
その日はどうにも寝つきが悪かった。
目が冴え、ギラギラと天井を見つめ、ハァ、と溜息をつく。
こんな時、昔はいつも母さんが読み聞かせてくれたっけ…
なんとも無しにそう思い、急にあの時読んだ絵本が読みたくなった。
リビングに降りて、本棚を少し探せばあるそれは、とある一人の少年が、ある日流星に願い事をしたところ、それが本当に叶ってしまうという内容であった気がする。
枕元にその絵本を置き、うつ伏せで眺める慎一。
母がまだ忙しくなかった頃、コレを何度もせがんで何度も読ませてもらったことをよく覚えている。
今思えば子供騙しで、父の書斎の本を読み漁っている慎一から見れば稚拙なモノ。
だが、ついつい心の中で願い事をしてしまうのだ。
ーーーもし、
もし、欲しいものが一つだけ手に入るとしたら。
ーーー友達をください。勉強も、運動もできないけど…それでも、僕と一緒に居てくれる友達を。
とある春の夜。
流星が一つ、海鳴市のある民家に落ちていく。
緑色の光を放つソレは、その家にたった一人でいる少年の"右手"に溶け込むと、
雪のように、溶けて消えた。