去年のエイプリルフールに投稿しようと思っていた嘘予告だけどすっかり忘れててメインの続きを書いてる時に執筆中の中で埋もれているのを偶然発掘してしまってせっかくだし載せてみるかーと思ったけど続きを書こうと思うと予想外に長くなりそうで何が言いたいかというと、とりあえず短編であげます。この設定で自分が続きを書いてやるぜ!という奇特な方がいらっしゃったらどうぞ。

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はじまりのおはなし

がさがさと、ノイズのようなものが頭の中を蠢く。手足の感覚が無い。目を開けようにも、どうやって開ければいいのか分からない。ここはどこだ。僕は誰だ。

 

悠久にも感じられるほどの長い時間の末、或いは刹那ほどの一瞬の後、世界が急速に形作られる。ガラスが割れるような音と共に視界が広がって行く。不意に、あらゆる感覚が僕を襲った。風を肌で、光を目で、大地を足で感じた。

 

ふと気が付くと、僕は草原に立っていた。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

なんだか自分の声を久しぶりに聞いた気がする。最後に聞いたのはいつなんだろうか。僕はゆっくりと首を動かし、周囲を確認した。

 

緑の草。青い空。白い雲。遠くに見える煌めく川面。涼しい風。その風に吹かれながら、草原のど真ん中にぽつんと佇む僕。

 

「やあ、大丈夫かい?」

 

否、僕だけではなかった。鈴の音のような声が聞こえる。見ると、目の前にいたのは、なんというか、天使だった。柔らかそうな金色の髪に、深く青い目。そして極め付けは12枚の純白の翼。紛うことなく天使だ。

 

中性的な顔立ちの幼い天使は、僕の顔を下から覗き込むように訊ねた。

 

「おーい……もしかして聞こえていないのかな?」

 

少し不安そうな表情を浮かべる天使。なぜか僕は狼狽し、慌てて「い、いや、聞こえてるよ」と上ずった声で答えた。

 

すると天使は、どこか安堵したように、にっこりと微笑んだ。

 

「そっか、それはよかった」

 

思わず見惚れてしまいそうになる。僕は薄く赤みが差した顔を隠すように、遠くへと視線を投げた。

 

「えっと、その、差し支えなければいくつか質問したいんだけど……」

「なんだい? ユウタロウ。ボクに答えられることなら何でも構わないよ」

 

僕の言葉一つ一つに嬉しそうに反応する天使。表情は変わらないが、頭から生えた羽根がぴょこぴょこと揺れている。……ユウタロウ? どうやら聞くことが増えたようだ。

 

「じゃあ、まず、えーっと、ここはどこなんだ?」

「デジタルワールドさ」

 

間髪入れずに返答がくる。デジ……なんだって?

 

恐らく僕はとんでもなく間抜けな面をしていたのだろう。天使は苦笑し、今度はゆっくりと説明してくれた。

 

「ここはデジタルワールド。デジタルモンスター、通称デジモンと呼ばれるモンスター達が住む世界さ。ボクもそのデジモンの一体だよ」

「へぇー、モンスター……モンスター?」

 

自称モンスターの天使を上から下までじっと眺める。……いやいやいやいや。モンスターってのはもっとこう、がぁーって言ったり、ぶおーって吐き出したり、大きかったり、『■■■■■■ーーーーッ!』そうそうこんな感じの何て言っているのかも分からないような叫び声をあげる……え?

 

鼓膜を揺さぶる咆哮。直後、地震が起きたかと思うと、少し離れたところの地面がひび割れ、盛り上がった。そして再び言葉にならない雄叫びがあがったかと思うと、大地が爆ぜ、黒い甲冑が現れた。正確には、黒い鎧のような外殻を持つ白い恐竜のような、まさしくモンスターと呼ぶに相応しい生物が、地鳴りを響かせ出現した。

 

「ちょうどいいところに出てきたね。あれもデジモンの一種だよ」

 

冷静に解説を続ける天使。対する僕はというと、突然の出来事にろくなリアクションも取れずに硬直していた。見かねた天使が、再度僕の顔を覗き込む。

 

「ユウタロウ、大丈夫かい?」

「あ、いや、大丈夫っていうか、え、なに、あれ」

 

幻覚? 作り物? 否、大気をびりびりと軋ませるこの咆哮はまさしく本物だ。光沢を放つ頑強であろう黒い鎧、大きく反りあがった一本角。一目見ただけで強靭だと分かる顎と、そこから覗かせる鋭い牙。あのモノトーンルックな恐竜にかかれば、僕などスナック菓子のようにいとも容易く粉砕されてしまうだろう。そう思うと、今更になって手足が震えだした。呼吸が乱れ、血の気が引いていくのが分かる。立っていられなくなり、思わず地面にへたり込んだ。

 

「■■■■■■ーーーーッ!」

 

かの恐竜は再び咆哮をあげ、土煙を撒き散らし、大地を揺らしながら走り出す。徐々に地鳴りが大きくなってくる。というかこちらへと近づいてきているようだ。

 

「あ、こ、こっちに来る!」

 

悲鳴を上げ、尻餅をついたまま後ろに下がろうと見っとも無くばたつく。そんなことをしていて逃げられるはずもない。何と滑稽なことだろう。わずかに残った頭の中の冷静な部分が嘲笑する。その一歩一歩が死を与える存在が徐々に大きくなって行く。立ち上がって、逃げないと。

 

涙目になりながら、地鳴りに足をもつれさせる僕の上に、ふと影が差した。

 

「大丈夫だよ、ユウタロウ」

 

死はもうそこまで迫っている。

 

「キミはボクが守る」

 

天使はしかし、余裕を崩さない。ゆっくりとその白い腕を恐竜へと翳す。

僕には天使の後ろ姿しか見えない。この天使は今、どんな表情なんだろうか。

 

次の瞬間、

 

「■■■■■■ーーーーッ!」

 

僕の身体を吹き飛ばさんばかりの咆哮と共に、鋭い牙が並ぶ咢が視界一杯に大きく開かれた。

 

「っ!」

 

思わず目をきつく閉じる。僕は死ぬのか。どこかも分からない場所で、何もかも分からないまま、僕は死ぬのか。

 

ずしん、と、一際大きな音が響く。

 

 

 

「まったく、この程度で怖がりすぎだよ。ユウタロウ」

 

天使の声が聞こえる。やはり僕は死んだのか。ゆっくりと目を開ける。きっとここは天国だ。視界の先、そこには先程とは打って変わって……

 

「……うぇ?」

 

……打って変わって、草原と青空、そして苦笑する天使がいた。

 

「あ、あれ? さっきの恐竜は?」

「ああ、あれならあそこに」

 

天使が指さしたのは僕の遥か後方。そこにある大地に突き刺さるように、というか先程のモノトーンな恐竜が文字通り突き刺さっている。思わず目をこする。あれは現実か? 誰がやった? 自爆? 否、僕を通り越して地面にダイブする意味が分からない。だとするとやはり──

 

「えーっと……あれやったの、君?」

「うん。それがどうかした?」

 

──やはり、この天使しかいない。

 

しかしこの華奢な身体のどこにそんな膂力が宿るというのか。背丈は僕よりも小さい。腕や脚だって僕よりも細い。訳が分からない。

 

一方で僕の疑問など知ったことではないとでも言うように、僕の視線にくすぐったそうに天使は身を捩った。

 

「も、もう、どうしたんだい? 急にじろじろ見てきて」

「え、うぇあっ、ごっ、ごめん!」

 

あまりにも予想外な反応に、僕の口からも予想外の呻き声のようなものが飛び出す。

 

「なんていうかその、さっきの……恐竜? すごくその、大きかったし、投げ飛ばしたって、どうやったのかなって……」

 

ぶつ切りに下手くそな文章を紡ぐ。自分で口にしておきながら、なんだか焦り具合が露骨すぎて滑稽だった。一度軽く呼吸を整え、再度口を開く。

 

「その……君の身体より遥かに大きかったじゃないか。さっきの」

「大きさなんて関係あるのかい? ユウタロウは面白いことを言うね」

 

間髪入れず、返答。天使は小首を傾げ、ころころと笑みを浮かべていた。思わず見惚れる自分を自覚しながらも、どうやらこの天使に常識は通じないらしいと謎の納得をする僕の理性。

 

「あ、そういえば」

 

今度は何だというのか。もう何を言われても驚かないぞ。僕は密かに決意し、耳を傾けた。

 

「さっきから『君』だとやりづらいよね。遅くなったけど自己紹介といこう」

 

言われて気付く。目の前の天使は僕のことを『ユウタロウ』と呼んでいるが、僕はこの天使を何と呼べばいいのか分からない。僕は天使の提案に頷き、続きを促した。

 

「ボクは……」

 

天使がその可愛らしい口を開く。

 

「ボクは……」

 

続きを待つ。この天使の名前が気になる。

 

「ボクは……あれ?」

 

きょとんと首を傾げる天使。僕も倣って首を傾げる。

 

 

 

 

「ボクの名前、なんだっけ?」

「いや知らないけど……」

 

 

 

 

沈黙。これは困った。まさかまさかの展開だ。

 

「……えっと、記憶喪失ってやつかな?」

 

僕の問いが沈黙を破るも、先程とは違い、なかなか答えが返ってこない。再度訪れる沈黙。

 

「……ごめん、わからないや」

 

やっと得られたのは、前進も後退もしない回答だった。

 

「自分のことが何にも分からないんだ。どんなデジモンだったのか、どんな名前だったのか、どんな目的があったのか」

 

ぽろぽろと言葉が零れていく。「君のことは分かるのにね」天使はそう言って自嘲気味に笑う。ああ、気持ちは分かる。僕も今の自分の状況について、何が何だか分かってないから。分からないから分かるというのも変な話だが。しかしこの良く分からなかった天使に対して、僕が親近感に似た何かを抱き始めたのも確かだった。

 

「そういえば名前ついでに聞いていいかな? いくつか気になってたことがあるんだけど……」

「分かることで良ければね」

 

天使はどこか悲しげな笑みを浮かべている。必死に保とうとしているその微笑みは、恐らく僕を不安にさせまいという気持ちの表れだろう。地雷を踏みぬかなければいいが、さてはて。

 

「じゃあ……そもそも君って男? 女?」

「デジモンに男女の概念はないよ」

 

あっさりと返される。天使君(仮)か天使ちゃん(仮)と呼ぶ作戦は使えそうにない。さて、まだ聞きたいことは残っている。僕は一番最初から気になっていた質問をすることにした。

 

「じゃあ次……さっきから僕のことを『ユウタロウ』って呼んでるみたいだけど」

 

意を決して二の句を継ぐ。

 

「『ユウタロウ』って誰?」

 

ぽかんとする天使。そりゃあそうだ。こんなことをいきなり言われたら僕だって多分呆ける。さらにこの天使はどういうわけか、『ユウタロウ』のことを以前から知っていて、尚且つやたらと献身的に接しようとして来る。天使に取って特別な人物なのは間違いなかった。その人物の存在をいきなり否定するようなことを言ったのだから無理もない。

 

「ああ、ごめん。別に僕がユウタロウではないって言いたいわけじゃないんだ」

 

今度こそ、誤解のないように率直に告げる。

 

「僕も自分が誰なのか分からないんだ。君と同じだね。だからこそ君に聞きたい。僕はユウタロウという名前なのか?」

 

 

 

 

 

記憶を無くした男と、記憶を無くした天使。

 

これはそんな一人と一匹が織りなす、どこにでもありふれた、記憶を探す二人旅。

 

 

 

「ぷっ、あははははっ! なんだ、ユウタロウもそうだったのかい?」

「な、なんで笑うんだよ!」

「ごめんごめん。なんか安心しちゃって。ボクだけが何も分からないわけじゃないんだなって」

「むしろ安心できないんだけど。分からない同士で一体何が分かるんだか」

 

 

 

 

瓦礫と埃にまみれた、創世神話の始まりだった。




続きを書きたい方は感想欄にわっふるわっふると以下略


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