『かめや』は讃州中近くのうどん屋さんで、私達勇者部お気に入りのお店。うどんのメニューがとてもバラエティに富んでて、基本的な素うどんからきつね、たぬき、山菜、肉、プロテインなど老若男女弱肉強食それぞれ楽しむことが出来る。
「ずるる、ずるる、うまっ! この一杯のために生きてるって感じよねぇ」
「もーお姉ちゃんったらお酒じゃないんだから……」
お姉ちゃんが一心不乱にうどんを啜る。脇には既に三つの器が重ねられていた。一体うどんの麺はお姉ちゃんの身体のどこに吸収されているんだろう。
隣に座る大佐の横には空になった器が五つある。これに関してはうどんはもれなく筋肉に消えていることが解るから問題ない。
「壁って、今も枯れ続けてるんですよね?」
うどんを啜るみんなに私はそう訊いた。
「そうよ。今はまだ耐えてるけど」
と答えたのは夏凜さんで、神妙な面持ちでうどんをちゅるりと吸った。
壁……四国を取り囲む防壁。それが崩れたら、バーテックスが大挙して押し寄せてきて、人類はなす術なく滅ぼされてしまう。
「大赦は何か言ってないの?」
と、東郷先輩。
夏凜さんは首を横に振ってそれを否定する。
「相変わらず『現在調査中』の一点張り」
「なんにせよあれだ」
大佐が八つ目のうどんを平らげながら会話に割りこんできた。
「壁が崩れようが、その時は弾幕を張って迎え撃つだけだ」
「相変わらず大佐は無茶言うわね」
「だが、それならまとめて倒すことだってできる」
なるほど、そういう考え方もできる。でも、いくらなんでも残りのバーテックスを全て倒すことなんてハードな戦いは難しい。大佐がいるからなんか出来そうな気がするけど、所詮は机上の空論。
「まったく。風、アンタどう思うよ?」
夏凜さんはお姉ちゃんに話を振った。でも、お姉ちゃんの意識は完全に五杯目のうどんに向かっていて、こちらの話は微塵も耳に入っていない様子であった。
「うまっ! ずるるー。うまうま」
「…………」
「ウマっ! 美味し糧!」
「おい犬先輩!」
「うっ!?」
夏凜さんの生み出した斬新な略称でびっくりしたお姉ちゃんがうどんで盛大にむせ返った。
「犬言うな!」
「アンタが話聞かないからでしょ。全く……」
「聞いてるわよちゃんと。 壁の事でしょ? 今さらどうこういっても遅いわよ」
その時、テレビからひときわ力強い声が聞こえてきた。私達はその声につられて一斉にテレビを見やった。
『弾けろ筋肉! 飛び散れ汗!』
それは、今晩テレビで放映される映画の宣伝で、筋骨隆々なマッチョメンが銃を撃ったりターザンしたり銃を撃ったり銃を撃ったりするという映画だった。なんだか、他人事とは思えない内容である。
「樹、今夜はこれ見るから夜更かしOKよー」
「東郷さん、一緒に見ない?」
「私洋画は……でも、友奈ちゃんと一緒なら……」
「おいそこの友奈にだらしのないヴァカ女! 今はそれどころじゃないでしょ!?」
「ああそうだ! 夏凜ちゃんも一緒に見ようよ!」
「そうじゃないわよ!」
「ええ、もしかして一緒に見るの嫌だった……?」
「だからそういうんじゃ……ああもう! 大佐助けなさいよ!」
しかし大佐は十二杯目のうどんに掛かりっきりで夏凜さんの声を聞いていなかった。
「うん美味いね」
「まったく!」
夏凜さんは呆れ果てて椅子に深く身体を埋めた。大佐は気にする様子もなく十三杯目のうどんを注文しようとしている。食べ過ぎだわ!
でも、大佐がこの十三杯目のうどんにありつくことは、その後永遠になかった。
軽やかで、不快指数の高い音楽——樹海化警報がそれぞれのスマホから流れ出したのだ。
「ふざけやがってぇ!」
大切なうどんタイムを邪魔されたお姉ちゃんと大佐は怒り狂った。これは、今日も修羅場となりそうだ。バーテックスにとって。
※
遠く望むバーテックスはどことなくサソリを思わせるデザインで、大きな棘をつけた尻尾をブンブン振り回している。えらくゴキゲンな様子。
対してお姉ちゃんと大佐はお世辞にもゴキゲンと言えない雰囲気を纏っていた。この威圧感だけで並みの星屑は消し屑にメタモルフォーゼしてしまうだろう。
「樹……」
「なぁにお姉ちゃん」
「あなたには秘密にしていたことがあるの。その名も、『勇者部裏三箇条』」
「えっ、なにそれは」
「俺と風で決めた、勇者部の邪魔をする者が現れた場合のガイドだ。内容は、『追いかけ、見つけ出して、殺す』」
「今回の事件、例の女の子がカギを握っていると見て間違いないわ。つまり、その女の子を」
「追いかけ、見つけ出して、殺す」
「まぁ物騒」
このうどんにだらしのないヴァカ女と、うどんにだらしのないヴァカの怒りは絶大だ。そんな二人に友奈さんが、
「そんな物騒なのじゃなくて、一緒にうどんでも食べながら、ゆっくりお話聞きましょうよ」
「そうね………友奈の言う通りだわ。分かったわ。追いかけ、見つけ出して、うどんを食わせて殺すべきよね」
「風先輩全然分かってねぇじゃないですか」
「ま、なんにせよ!」
お姉ちゃんは得物を肩に載せて息巻いた。
「アイツを倒してしまえばいいのよ。あの女の子も捕まえれるわよ」
「こればかりは風の言う通りね」
夏凜さんも手をパァンと叩いて賛同した。つまるところ、いつもとやることは同じと言う事。
「勇者部、出撃よ!」
「了解!」
星屑は相変わらず数が多いけど、大佐と東郷先輩が弾幕を張ってくれるおかげで全く気にしないで済む。私達はサソリもどきのバーテックスへ一直線で進んでいける。
「あの尻尾には気を付けた方が良いわね。針もそうだけど、横なぎに振って来ることもあるでしょうし」
「お姉ちゃん、分かるの?」
「何となくね……何でかしら……?」
お姉ちゃんが首を傾げる。
それを他所に、バーテックスは相変わらず尻尾をブンブン振り回していた。このブンブン振り回される尻尾は私達が近づくたびに振り降ろされて、中々懐に入りこませてくれない。私たちではバーテックスに傷一つつけることが出来ない。
「くっ、こんな時にジョンの手が空いていれば……」
「空いてるよ」
「うわ」
いつの間にか大佐と東郷先輩は星屑を文字通り全滅させてしまっていたようで、私達の背後にスタンバっていた。二人の持つ銃は赤く焼けていて……ていうか東郷先輩の銃がいつもの洒落乙な銃じゃなくて軽機関銃を装備しているのはどういうことだろう。
「先輩、どうしたんですかそれ」
「これは九九式軽機。銃剣突撃もできる優れものよ。余裕の命中精度だ、信頼性が違いますよ」
「いやそうじゃ無くて」
まぁ、どうせ大佐からかしてもらったか何かしたんだろう。先輩の武器は優秀だけど、弾をばら撒くのに向いていないといつも言っていた。
「まぁ東郷の機関銃は置いといて、ジョン、アイツどうにかしてよ」
「OK!」
ズドン!
「オウフ」
大佐は返事と同時にお姉ちゃんを撃ち倒すと、ロケットランチャーをサソリもどきに向けた。
「ぶっとべ!」
引き金を引くと同時、数発のロケットが火を噴きながらバーテックスへ突っ込んでいく。
しかし、バーテックスはロケットを認めるや否や尻尾を大きく振るって全ての弾頭を叩き落とした。
「大佐のロケットランチャーが!?」
私達は驚愕せざるを得ない。
大佐の攻撃は強力無比だ。つまり、大佐の攻撃が通用しないということは、あのサソリ野郎に打つ手がないということ……。
「何てこと……」
「どうしよう……」
冷静沈着な東郷先輩の顔には絶望の色が広がって、いつも明るい友奈さんの顔には暗い影が差している。夏凜さんも歯を噛みしめながら、
「く……風の奴はサッサと死んじゃうし……」
「生きてるよ」
「みなさんどうしましょう……」
バーテックスは私達を嘲笑うかの如く尻尾を振り回してゆっくりと前進を始めた。目指すは神樹様。レッツ審判の日。
「いや、まだだ」
絶望に打ちひしがれる私達。しかし、大佐はまだ希望を失わず、目と筋肉をギラギラと輝かせていた。
「でも、どうするの? まるで地獄じゃない(展開が)!」
「東郷、その台詞は先までとっておけ。まだ打つ手はあると言ってるんだ」
「どんな手ですか?」
私が訊くと、大佐は自分の胸をトントンと指さしつつ叩いた。
「実は俺は水素電池で動いている」
「衝撃の事実」
「これを爆発させれば、あのバーテックスを吹き飛ばせるだろう」
「マジかよ」
「でも、それって………」
それはすなわち、大佐の自爆攻撃を意味する。大佐が死んじゃうなんて、そんなの嫌だよ。
でも、お姉ちゃんは顔をうつむけながら、幽かな声で、
「ジョン、お願いするわ……」
「お姉ちゃん!?」
勇者部のみんなを大切に思っているお姉ちゃんの口から出た言葉とは到底思えなかった。私はお姉ちゃんに詰め寄る。
「どうして!?」
「あのバーテックスを倒すにはジョンの自爆攻撃が不可欠だわ」
「でも、それじゃぁ大佐が死んじゃうんだよ!?」
「それはいわゆる、コラテラル・ダメージというものに過ぎない。軍事目的のための、致し方ない犠牲だ」
「致し方ない犠牲!?」
突然の理不尽に泣きわめく私。そんな私の肩を、大佐は優しく叩いた。その手で、私の涙をそっと拭ってくれた。
「人間がなぜ泣くか分かった。俺には、涙は流せないが……」
「大佐も、私達と同じ人間じゃないですか……」
「樹。水素電池で動く物を、普通は人間とは呼ばない」
「まぁそうですけど」
大佐はみんな一人一人とかたく握手をした。大佐の手はとても大きくて、私達の手なんかすっぽり覆い隠してしまえるほどだった。おまけに力が強いから、かたく握るとちょっと痛かった。ちなみに夏凜さんは指の骨が折れた。
「それじゃぁ、いってくる」
大佐は踵を返して私達に広い広い背中を向けた。みんなが涙をこらえながら(夏凜さんは痛みをこらえながら)その死にゆく背中を見送る。
「ジョン!」
お姉ちゃんが、背中に呼びかけた。大佐は足を止める。
「……また会おうメイトリックス」
お姉ちゃんの声に、大佐は振り向いて答えた。
「もう会うことは無いでしょう」
「撤収!」
号令一下、私達は一斉に動き出した。大佐の自爆範囲から逃れるためである。
「時間だわ」
お姉ちゃんが呟く。
その瞬間。
「あっ!」
凄まじい地響き、耳をつんざく爆音、目を焼かんばかりの閃光。それら全てが、サソリもどきのバーテックスを包み込んだ。そして、それが晴れた時、バーテックスの姿は無く、透明水彩を溶かしたかの如く幻想的な樹海の風景が延々と広がっているだけだった。
そう、大佐は自らと引き換えにバーテックスを
未来へ続く道は、まだ闇に包まれていますが、僅かに希望の光が見えてきました。 大佐が、筋肉モリモリマッチョマンの変態が命の大切さを学べるのなら……私たちにできない筈はありません(サラ・コナー並みの感想)。
完
結論から言わせてもらうと、どっこい大佐は生きていた。
悲しみに暮れている私たちのところに例のごとく全裸で現れたのだ。
大佐の出現に私達は喜びはすれど驚きはしなかった。こういうオチになることは、大体予測できていたのだ。そうでもなければ、お姉ちゃんが大佐に自爆攻撃を支持するはずがない。
本人も動力源を自爆させると言っていたけど傷一つ負っていなかった。それに関してはギャグ時空のなせる業としか言いようがない。夏凜さんの指もいつの間にやら治っていた。
しかし、問題はそこではない。
※
戦いが終わり樹海化が解けると、私達はいつの間にやら学校の屋上にある祠の傍へ移動している。空は夕焼け模様で、これから訪れる暑い季節を彷彿させる。
「なんで気付かなかったのかしら」
お姉ちゃんは赤く焼けた空を見上げながら言う。
「今日戦ったバーテックス……いえ、今まで戦ってきたバーテックス全てと、私達は一度戦ったことがある」
「風先輩も、そう思いましたよね?」
友奈さんが心配げに言う。東郷先輩も、同様の感触だったらしく、膝に視線を落としている。夏凜さんも遠くを見つめていた。大佐は全裸で腕を組んでいる。
「しかし、バーテックスは全部で十二体と決まっているのだろう」
「そうよ。だから困ってるんじゃない。それとジョン、服着なさい」
「君の着ている——」
「あげない」
「でも、バーテックスが十二体以上いるとなると、困ったことになりますね」
大赦に問い合わせても回答はなかった。『現在調査中』の一点張りである。
そんな中、夏凜さんがワナワナと身体を震えさせ始めた。
「何よみんなして! バーテックスは十二体しかいないの! 分かり切ったことじゃない」
「でも夏凜さん、あのバーテックスだけじゃ無くて、今まで戦ってきたバーテックスも、今まで何度も戦ったような気がしませんか?」
「『気がする』だけよ。みんなで集団催眠にかかってるんだわ。デジャヴでしかないのよ!」
「落ち着け夏凜」
「ええい触るな前を隠せ筋肉バカ!」
大佐の手を払いのけると夏凜さんは大声で泣き叫びながら右往左往した後に屋上を飛びだしていった。
「なんなんだアイツは」
「ジョンよ、その言葉をそっくりそのままお返ししよう」
「夏凜ちゃん大丈夫かなぁ」
「心配ね」
あの混乱っぷりは変質者に出会ったそれとはまた違ったものだったように見える。明日学校に来られるのだろうか。
樹海の記憶は銀のイケメンボイスを聞く為だけでも買う価値はあった。
80デイズは筋肉王子を見る為だけでも買う価値はあった。
欲を言うなら鷲尾三人組を動かしたかった。