大佐はエネルギーを溜めている。
☆前回までのあらすじ☆
バーテックスと戦うたびにデジャヴを強めていく勇者部一同。しかし、夏凜はそれに反発し、更にそれを拗らせて体調を崩してしまい学校を休んでしまった。
「バカは風邪ひかないというのに、なんてことだ」
失礼極まりなくも仲間を心配する勇者部。そんな彼女のお見舞いへ、部内で一番暇だった樹と筋肉が赴く。
夏凜の家を訪ね、半ば当然のようにドアを吹き飛ばし(やることが派手だねぇ)お邪魔する樹とメイトリックス。そこで二人を待ち構えていたのは、幾年も時を重ねたが如くカビ・コケ・キノコに覆われた室内と、その中で呆然と座りこむ夏凜の姿だった。
そんな夏凜の口から語られる、この世界の不自然さ。そして、勇者部の前に現れた謎の少女。
「衝撃の乃木園子!」
今、全ての謎を解く、自分探しの、大冒険!
※
「私は、乃木園子」
女の子は『かめや』のおばさんの身体を脱ぎながらそう名乗った。服装は……テレビでも見たことがある。名門中の名門である神樹館初等科の制服だ。
でも、分かったところで余計謎は深まるばかりだ。神樹館はここから車で一時間以上かかる距離にある。小学生の脚で来れる距離じゃないし、なんだか私達の事を知っている様子だった。
「あなたね、近頃ずっと私達を見ていたのは……」
お姉ちゃんが訊く。園子ちゃんは微笑んだままコクリと頷いた。
「うん、そうだよ~。実は、樹海でだけじゃ無くて、他の色んなところで、ずっと見てたんだ~」
「怖い」
こういうのはストーカーって言うんだ知ってるか? いくら可愛い女の子でも、そのようなことを告白されたら怖がらずにはいられない。
「ところで、もう一度聞くけど、あなたたちは幸せ?」
園子ちゃんの質問に、今度はお姉ちゃんが答えた。
「幸せよ。あなたに言われるまでもなくね」
それについては全く同意で、それは他の皆さんにも言えることだ。私たちには何の憂いもない。それを聞くと園子ちゃんは目を閉じて「そう」とだけ答えた。
「でもね……樹ちゃん」
そして、私の方へグリンと顔を向けた。
「な、なに?」
「幸せなこの世界が、もし夢だとしたら?」
「えっ——」
瞬間、私と園子ちゃんを除いたみんなが突然PON!と音を立てて風船のように破裂した。いや、破裂したというより、煙と共に掻き消えたと言った方が正確かもしれない。みんなが立っていたところには白い煙と色とりどりの紙吹雪だけが残っている。
「な、何が……」
「安心してね、これは夢を見てるだけだから」
「夢を?」
「そう」
園子ちゃんが言うには、この世界は園子ちゃんの作りだした夢で、壁が枯れているのも、バーテックスにデジャヴを感じるのも、すべては私の見ている夢と言う事らしい。
「あなたのお姉ちゃんやみんなも、同じような夢をそれぞれ見ているんだよ~」
「そんなこと……突然言われても……。そもそも、私はあなたの事を何も知らないんだよ?」
「私は……まぁあなた達の先輩だと思ってくれれば良いよ」
「先輩……」
園子ちゃんは言うと私のすぐそばまで近づいてきた。どうでもいいけど、小学生とほとんど背丈が変わらない事実に私は少なくないショックを受けている。
「壁が枯れたと聞いた時、同じバーテックスと戦っていると気付いた時、怖かったでしょ? 夢から覚めたら、それよりももっと辛くて悲しい現実が待ってるんだよ」
「辛い現実?」
「そう。私は、あなた達にそんな思いをしてほしくないの」
何かと怪しさ全開な園子ちゃんだけど、この言葉には妙な説得力があった。心の底から、何かを恐れているような、そんな説得力が。
「私もあなた達と同じように精霊をいくらか持っていてね、この夢は、その力で見せてるんだけれども……この力があれば、あなた達をずっと夢の中にいさせてあげることが出来る。辛い悲しみのない、優しい世界に」
園子ちゃんの言う『辛くて悲しい』世界と言うのが具体的にどういうものなのかは皆目見当もつかないけど、口調や面持ちから信用は出来ると思った。
でも、それと私が夢を受け入れるかは別問題。
「ううん。私は夢から覚めるよ。だって、どんなに楽しくても、それは所詮夢だから」
「そっか……」
園子ちゃんは微笑みを崩さないままゆっくりと頷いた。
「でも、もう少しよく考えてみてね」
「えっ」
その瞬間、上から「うわぁぁぁぁぁあ!」という悲鳴と共にサリーが落ちてきて私の頭に激突、そのまま意識を失ってしまった。
※
「樹、朝よ。起きなさーい」
「う……ん……?」
忌々しい朝陽のあん畜生がカーテンの隙間から私の顔を照らす。うっすら目を開けると、目の前にお姉ちゃんの顔があった。
「いくら今日が休みでも、いい加減起きなさい」
寝起きでけだるい身体を無理やり起こして、ショボショボする目をこする。何だか、凄く変な夢を見た気がする。
「さ、早いとこ顔洗って、歯ぁ磨いてきなさい。ちょっと話したいことがあるからさ……」
「? はぁい」
もそもそとベッドから這い出る。同時に、強烈な寒さが身体を突き抜けた。外を見ると、ハラハラと雪が降っている。寒いわけだ。
ベッドへ戻りたいと悲鳴を上げる身体を黙らせて、洗面を済ませたら台所へ向かう。香ばしいトーストの香りが漂い、テーブルにはおいしそうな朝食がホカホカと湯気を立てて並べてあった。私はのそのそと席に着く。
「はいコーヒー。ミルクと砂糖たっぷり入れてあるわよー」
「ありがとー」
一口含むと、砂糖のミルクの甘さとコーヒーのちょっぴり大人な風味が、口いっぱいに広がる。インスタントコーヒーにもかかわらずここまで美味しく淹れられるなんて、さすがはお姉ちゃん。カフェインが五臓六腑にしみわたる。
「それで、お姉ちゃん。お話って何?」
コーヒーを飲みながら訊いた。
「ああ、それなんだけどね」
お姉ちゃんは自分用のコーヒー(ブラックコーヒー。さすがお姉ちゃんはオトナだ)を手にして席に着いた。そして、ちょっと顔を赤らめながら伏し目がちに言った。
「実はね……赤ちゃんが出来たの」
「ぶぼっ!?」
私は思わずコーヒーを噴出してしまった。
えっ? 赤ちゃ……えっ!?
「樹ったら汚いわよ」
「いやいや、それどころじゃないって! 誰!? 相手誰!?」
さすがに中学生ともなると子供の作り方くらいわかる。小学校で女子だけ集められてそういうことを教えれたのだ。てっきりキスをしたら赤ちゃんが出来ると思っていた私にとってはかなり衝撃的な授業だった……いや、今はそんなことどうでもいい。
「お姉ちゃんまだ中三だよ? これから高校受験だってあるのに……何か月? 何か月なの?」
「樹」
「許しませんよ私は! 許しませんよ~!」
「おい樹」
「なんだお!?」
「落ち着きなさい樹。何も私が妊娠したとは言ってないわ」
「……え?」
目をパチクリさせる。えっ、どういうことだろう。お姉ちゃんの口振りからするに、どう考えてもお姉ちゃんに子供が出来たというものだった。
「まぁ、私の子供であることには違いないのだけど……いいわよ、入ってきて」
お姉ちゃんがそう呼びかけると、リビングの扉が開かれ、中から大佐が現れた。その大佐なんだけど、ちょっと様子がおかしくて、なんていうか……どことなくお腹が膨らんでいるというか……。
「妊娠したのは私じゃなくて、ジョンなのよ」
「僕もママになるんだよ」
そう言いながら大佐は上着を捲って膨らんだお腹を見せてくれた。その幸せそうな顔と言ったら……お姉ちゃんもまばゆい笑顔で私を見ている。
「嘘だあぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は席を蹴って駆け出した。そんな、男が妊娠なんて……それも女々しさの欠片もない大佐が……ナンセンスすぎるっ。
ショックのあまり駆け出した私は、その勢いのまま壁に激突。気を失ってしまった。
※
「樹、起きなさい樹」
「う……ん……ん?」
忌々しい熱帯樹の木漏れ日のあん畜生が私の顔を照らす。薄っすら目を開けると、迷彩の施されたお姉ちゃんの顔があった。
「うなされてたわよ。大丈夫?」
ひどい夢を見た気がする。そんなことより……。
「……お姉ちゃん、ここ、どこぉ?」
「何寝ぼけてんのよ。ここは某国国境付近のジャングルじゃない」
……そうだった。私達勇者部は、この付近に墜落した大臣を乗せたヘリの捜索に来ていたのだった。で、残念ながらそのヘリの乗員は見るも無残な姿となっていて、私達まで謎の捕食者に追われる羽目となっていたのだ。
「とにかく、さっさとこのジャングルを抜けないと。マック軍曹、地図を持って来て」
「ラジャー」
マックと呼ばれた黒人の兵隊さんが地図を広げてくれた。お姉ちゃんはそんな地図とにらめっこして、うんうん唸っている。
「罠の敷設完了したよー」
「こっちも完了だ」
「友奈、ディロン、お疲れ。休んでていいわよ」
友奈さんも、ディロンなる唇さんも、肩にライフルを担いで野戦服を着ている。まぁ当然だ。ここはゲリラの勢力圏なのだから。私だって同じような格好をしている。
「東郷、捕虜は何か喋った?」
「いいえ、何にも。カリーンという名前がわかっただけです」
「ネーロインテンテス」
東郷先輩は大きなスナイパーライフルを持っていて、その傍らには腕を後ろで縛られた女の人がいる。なんか煮干しが好きそうな顔だ。
「一体、何者なんでしょうか」
「もしかして……幽霊?」
友奈さんが言った。
「下らん、恐怖でおかしくなったか? 相手はただのゲリラだ。どうってことない」
「あれ、ディロンさん、もしかしてちょっと怖い?」
「そそそんなわけあるか。相手はゲリラだ。特殊訓練を受けたゲリラだ!」
「ネーロインテンテス……」
カリーンさんも何かに怯えているようだ。
ジャングルは至って静寂で、時折鳥の飛び立つ音や虫の鳴き声が聞こえる程度だ。そんな静けさの中、友奈さんとディロンさんが設置したであろう罠に反応があった。
「罠が!」
「待ちやがれぇえい!」
「あっ、マック! マァーック!」
マック軍曹が一人駆け出してしまった。無理もない、昨日軍曹の親友が一人謎の敵に殺されたのだ。その敵討ちに燃えているのだ。
「いたぞぉ! いたぞおぉぉぉぉぉぉ!」
そして、何かを発見したらしく、チェーンガンをぶっ放し始めた。
「出て来いクソッタレェェェェェェェェェェェ!」
私たちも手持ちの銃を乱射する。放たれた銃弾は木々をなぎ倒し、地面を抉った。しかし、
「ウッ!」
マック軍曹が喉から血を噴いた。それに続くように、ディロンさんも斃れる。敵はえらく素早いようで、私達はたじろいだ。
「みんな! 逃げるわよ!」
お姉ちゃんの号令で、私達は草木をかき分けつつ走りだした。敵の姿は見えないけど、確実に私達を追跡している。
「あぁっ!」
そんな時に、東郷先輩が足を挫いた。
「東郷!」
「わ、私はついて行けそうにありません……! 先に行ってください!」
「東郷さん!」
「友奈ちゃん、生き延びてね……! ここは私が食い止めるから……!」
東郷先輩は来た道に向かって立つと、いかにも強そうなポーズを取って臨戦態勢に入った。
「夜叉の構え!」
「東郷さぁぁん!」
私達は泣きわめく友奈さんを引っ張って走りだした。そして、その姿が見えなくなったころ、ジャングルに悲鳴が響き渡った。
「ううっ……東郷さん……」
「ネーロインテンテス……」
「カリーンちゃん、慰めてくれるの?」
カリーンさんさっきからそれしか言ってない気がするけど、気のせいだろうか。
そうこうしている内に、敵はまた私達に追いついてきた。
「ここは、私が食い止めます!」
「友奈!?」
「大丈夫です! 成せば大抵、何とかなります!」
そう言って友奈さんは私達を逃がして一人立ち向かった。なんやかんやで友奈さんは死んだ。
生き残っているのは私を含めて三人だけ。もうあのころには戻れないのだろうか。ていうかなんでこんなことになってるんだろうか。
……気配が近づいてきた。いよいよ私も年貢の納め時だ。
「お姉ちゃんはカリーンさんを連れて逃げて!」
「樹!?」
私は肩のライフルを手に取るとレバーを引いて構えた。
カリーンさんが心配げに叫ぶ。
「ネーロインテンテス!?」
「それしか言えんのかこの大根野郎!」
「誰が大根野郎よ!」
「樹!」
「早く行って!」
「……分かったわ樹。いい!? 絶対死ぬんじゃないわよ! すぐ逃げるのよ!?」
そう言いながら、お姉ちゃんはカリーンさんを連れて草木の中に消えていった。せめて、大好きなお姉ちゃんだけでも助かって欲しい……お姉ちゃんさえ生きていれば、勇者部は何度でも蘇るだろう。根拠はないけど。
「よぉし! かかってこいプレデターめ!」
そう叫んで、銃を構え直した。その刹那、
「ぎゃあ」
木の上からブレードが飛んできて、私の胸を貫いた。
私は死んだ。
※
私の名前はサイボーグ樹……。バル・ベルデ商店街の町内会長に返り咲こうと画策するアリアス元町内会長の陰謀によりサイボーグに改造された悲劇の少女だ……。元々
サイボーグ化した私は以前からの武器である丈夫な糸に加え謎ビームも撃てるようになり、戦闘力は倍増した。あと金管楽器が吹けるようになり、胸も大きくなった。やったね。
しかし、その代償はあまりにも大きかった……。
言語能力は壊滅的になり、「ペコペコリーン」や「I'll be back」を何の脈絡もなく呟く前衛的なキャラクターとなってしまった。おまけに常に寝不足のような睡魔に襲われ続け、カフェインの錠剤を常時大量摂取しないと起きていられなくなった……。
そのせいだろうか、以前は仲の良かった友達も次第に離れ始め、クラスでは孤立していった。
いや、それだけなら良かった。一番つらかったのは、勇者部にいられなくなったことだ。態度がどこかよそよそしくなり、私に明らかな軽蔑の眼差しを向けてくるようになった……。それはお姉ちゃんの同様で、私は家にすら帰れなくなった……。
夕暮れの河川敷、私は泣きながら座りこんでカフェイン錠剤を食べていた。水面に写った夕焼けが、空しく揺れる。
「I'll be back……」
孤独さが身体を包む。
その後も私はカフェイン錠剤を食べ続け、結果、カフェイン過剰摂取で孤独に死んだ。
つづく
ここら辺はトータル・リコールだけじゃ無くてビューティフルドリーマーも入ってる。