佳奈多アフター~It's a Wonderful Cross Life~ side Kanata 作:月の海
時は流れ、日曜日を迎えた。
意外と有名な大会なのか、思いのほか多くの参加者がいた。
去年の今頃は部屋に閉じ込められ勉強をしていたのでまったく知らなかった。
誰もが思い思いにアップを行って、スタートの時刻を待っている。
朋「何キロ走るんだ?」
智「鷹文は15キロのコースだ」
気の遠くなる長さだった。
岡崎さんが練習の3キロでさえ、息を切らしていたことを思い出す。
コースの見取り図が大きく張り出されていて、一番長いコースが15キロになっていた。
山を駆け上がり、峠道の側にある森林公園を一周してから、坂道を駆け下りる起伏の激しいコースだった。
小「すごく長いね~」
謙「あいつ、大丈夫なのか?」
智「昔はこれぐらい平気で走っていた。それに優勝しろなんて言ってない。ただ走りきってほしいだけだ。走り終えるためにな」
真「?」
井ノ原を含め他のリトバスメンバーもきょとんとしている。
鷹文君のことを知っているのはこの間話したメンバーと来ヶ谷さんだけ。
…あの人どこから情報得ているのよ…
理「あ、いた。鷹文だ」
理樹が集団の中から鷹文君を見つけ出した。
鷹文君はスタート地点の広場のやや後方にいた。
朋「おまえも、応援してやれよ」
岡崎さんは振り返って、河南子に向けて言った。
河「…………」
ロープで張られた導入口側で声をかけた。
佳「頑張って」
葉「がんばれー!」
ク「頑張ってください!」
鷹「無理しない程度にがんばるよ」
ストレッチで上半身を伸ばしながら、鷹文君が答えた。
スタート30秒前。
参加者が位置に着く。
鷹文君は気の抜けた顔のままで、やや見上げていた。
声「よーい」
スピーカーからスターターの声が響く。
パーーーーン!
号砲が鳴り、一斉に走り出す。
智「鷹文はどこだ?」
恭「あそこだ」
集団の中央、元気なお爺さんたちと同じくらいのスピードだった。
智「よし、朋也、河南子、追いかけるぞ」
朋「は?」
岡崎さんが訊き返す。
智「鷹文を叱咤するんだ。あいつは真面目に走ろうとしていない。だから、追いかけてちゃんと走らせるんだ」
言うが早いか、智代さんは走り出していた。
朋「お、おいっちょっと待てよ!」
岡崎さんは慌てて追いかけていった。
河南子もそれについていった。
残される私達。
魚「私達はどうしますか?」
恭「ミッションだ」
真「よっしゃあ!」
恭「各自ポイントに着き鷹文の応援するぞ。ポイントに鷹文が到着し次第ゴールに戻ってこい」
理「了解」
恭「ミッションスタートだ!!」
棗先輩の合図とともに私達も一斉に走り出した。
ク『おーばー、鷹文さんが来ました』
恭『了解した』
ク『リキ』
理『何?』
ク『今のおーばーの発音はねいてぃぶっぽかったんじゃないでしょうか!?』
理『そうだね』
ク『わーふー』
小『ほわぁ!?』
恭『どうした!?』
小『智代さんたちが草むらから出てきて驚いたよ~』
智『やればできるじゃないかっ』
少し離れたところからだろうが智代さんの声が響いていた。
恭『とりあえずお前たちはゴールに向かえ』
葉『鷹文君来ました。へばってきてますネ』
魚『あ…岡崎さん達も来ました』
朋『死ぬ気で走れよっ!』
鷹『死ぬよっ!』
鷹文君の悲鳴のような声が聞こえた。
その後も他のメンバー達のところに到着するくらいのタイミングで智代さん達が応援に駆け付けていた。
コースとは違って近道しているとはいえ、よく体力がもつわね…
改めて智代さん達の身体能力の高さに驚かされた。
皆がゴール前に息を切らしながら集合する。
朋「きたぞっ!」
智「あと少しだ!頑張れっ!」
皆で声を枯らす勢いで応援する。
鷹「うあああぁぁぁぁーーーーーーっ!」」
ふらふらになっていた鷹文君は最後の力を振り絞り、前を走っていたランナーを抜きゴールした。
全員が駆け寄った。
智「よし、よくがんばったな、鷹文」
鷹「……はぁ……はぁ……」
朋「すげぇラストスパートだったな」
真「ナイスガッツ」
謙「見直したぞ」
鷹「…………」
恭「後はゆっくり休め」
鷹「…ぼくは…」
唯「うん?」
鷹「…優勝した…?」
智「いや…」
鷹「負けたの…?一位じゃなかったの…?」
智「ああ…」
鷹「何位だったの…?」
智「…………それは…」
佳「31位よ」
鷹「…………」
言い辛そうにする智代さんの代わりに私が答えた。
鷹「な…なんだよ、それ…そんな悪い成績、聞いたことないや…はは…」
鷹文くんは目を閉じ俯いた。
そしてか細い声で呟く。
「先生」
きっと報告をしているんだろう。
今は亡き恩師に。
鷹「…先生、僕、走りましたよ…走りました…でも、ぜんぜんダメで…」
智「鷹文…」
鷹「ダメでしたけど…でも…楽しかったです」
朋「…………」
鷹「今も、僕の周りには仲間がいてくれて…それは、先生が集めた陸上部みたいな、毎日馬鹿をしてる人たちで…」
佳「…………」
鷹「あの頃みたいだったんです…一番楽しくて、幸せだった時…みんながいて、一緒に馬鹿やって、盛り上がって…それで、そばにはいつもあいつがいてくれて…」
鷹文君の懺悔のような呟きを誰にも止められない。
鷹「先生…僕は…先生と…あのくそ弱い陸上部と…河南子が…好きでした…大好きでした…」
誰にも止める権利がなかった。
鷹「そして…今も僕は…河南子が好きです…大好きです」
「許すよ」
鷹「…………」
ただ一人を除いて―
鷹「え…」
河「許すよ」
驚いて上げた鷹文君の頬に手を当て河南子が答えた。
鷹「かなこ…」
河「許すから。あたしが許すから…あんたが夢で苦しんだら…あたしがそばで、こうして、許してあげるから…許し続けるから…だから、もういいんだよ…もう…夢の中で走らなくても…」
鷹「もう…走らなくていいの…?」
河「うん、もういいんだよ…」
鷹「もう…勝たなくていいの?」
河「勝たなくていいよ」
鷹「もう…夢におびえなくていいの…?」
河「うん、もう、怯えなくていいよ…許すよ…ぜんぶ。あたしが許すから…」
鷹「…………」
河「だから、もう休みなよ…夢の中でも…おつかれさま」
鷹「…………う…うあぁぁぁーーーー…」
鷹文君は河南子の胸の中で泣いた。
恩師の名前を連呼して。
その後、鷹文君は私達の前で正式に、河南子に交際の再開を申し出た。
普段憎まれ口を叩き続けていた河南子もこの時ばかりは恥じらい顔で、うん、いいよ、と頷いた。
頬を赤く染めて、思わず嫉妬してしまいそうなほど可愛い顔で。
岡崎さんは鷹文君に膝蹴りを入れながら飛びかかった。
続けて棗先輩の指示で男達に囲まれ胴上げされていた。
智代さんは感極まったように、河南子に抱きついていた。
来ヶ谷さんが河南子の肩をたたき、神北さんが智代さんと反対側に抱きついていた。
事情を知らない他の女子メンバーはぽかんとしていた。
そうして三年間ずっと、走り続けてきた鷹文君は…
ようやく走り終えた。