佳奈多アフター~It's a Wonderful Cross Life~ side Kanata 作:月の海
これもいつものことだ。
今週の彼とはここでお別れになる。
次目覚める時、彼はまたこれまでのことを忘れているのだろう。
これまでも、これかれも続けていく。
彼が取り戻してくれるまで。
おやすみなさい、そして、また会いましょう。
―理樹
電話を借りてから五日後、作業は無事に終わりを迎えた。
皆の協力があってこそだけれど、ここ数日のMVPはくまだろう。
まぁ、くまというか智代さんだけれど。
わざわざ鷹文君に送らせてまで着ぐるみで作業に参加していた。
思うところがあったんだろう。
本当に不器用だ。
村の男の人達の3倍は働くその姿は私達からすれば智代さんにしか思えないけれど、何も知らない人達はただただ驚いていた。
私達が部屋に帰ると智代さんは散歩してくると言って出掛けて行った。
入れ違いに管理人さんが一升瓶片手に現れた。
管「禁止してるんだけどさ、一緒にどう?」
佳「どうも何も未成年なんですが」
管「まぁまぁ固いこと言わないの。18、19くらいなら飲まされるものよ」
葉「私飲んでみたいなぁ」
管「ほらほら、はるちゃんもこう言ってるし」
佳「…一杯だけよ」
理「未成年の飲酒は法律で禁止されています。これを読んでいる20歳未満の人は真似しないように、大人の人は未成年に飲酒を勧めちゃいけないよ」
唯「メタフィクションな発言だな」
理「そこはちゃんとしておかないとね」
管「それにしても寂しいわね、明日には帰っちゃうんでしょ?ずっとここにいれば?」
朋「いや、そういうわけにはいかないから」
管「じゃあ、あなた達が結婚して年取って、やることなくなったらおいでなさいよ」
理「ぶふっ…」
思わず理樹が飲んでいたお酒を吹いた。
私も顔が熱くなった。
気が付くと葉留佳が俯いていた。
佳「葉留佳…?」
葉「…いやほんともうすみませんごめんなさいゆるしてくださいごめんなさい」
理「葉留佳さん!?」
河「あはははははは、泣いてる泣いてる」
朋「こっちはこっちでおかしいんだが。いや、いつも通りか」
唯「どうやら葉留佳君は泣き上戸、河南子君は笑い上戸なようだな」
たった一杯で?
理「酔いやすかったんだね」
そこで来ヶ谷さんの目が怪しく輝いた。
唯「佳奈多君はどうなるのかな?」
来ヶ谷さんはじりじりとお酒の注がれたコップを持って近寄ってくる。
佳「いや、私はいいので」
唯「遠慮するな。ほら」
佳「んくっ――――」
頭がぼうっとして、私の意識は途絶えた。
私達は昼食の後、とも達が来るのを待っていた。
昨日の晩の来ヶ谷さんにお酒を飲まされた後のことはまったく覚えていない。
理樹に訊ねても苦笑いするばかりで何も答えてくれなかった。
あの来ヶ谷さんすら冷や汗をかきながら「すまん」と短く謝っていた。
…何をしたんだろう?
河「きた、あれだ!」
ともが西園さんと鷹文君に連れられて小さな歩幅で歩いてくる。
待ちきれずに河南子と葉留佳は駆け寄っていった。
河「ともーっ、会いたかったよーっ!」
…鷹文君は。
二人に手を引かれながら村へと希望が辿り着いた。
朋「元気だったか、とも」
岡崎さんは膝をついて、ともの頭を撫でた。
と「うんー」
久しぶりのともの笑顔は癒される。
理「西園さんもお疲れ様」
美「いえ、なかなか面白い体験でした。可愛いものですね」
唯「作ってはどうだ?」
美「…セクハラです」
鷹「で、ねぇちゃんは?」
朋「…ちょっとな」
智代さんはこの場にいない。
起きた時にはもういなくなっていた。
本人に現れる気がないなら探しても意味がないということで放っておいていた。
唯「朋也氏、そろそろ…」
朋「そうだな…とも、お母さんに会いにいこうか」
ともは、うんっ、と強く頷いた。
景色が開ける。
村人たちが出迎えていた。
一人残らず、全員がだ。
初めはあんなに閉鎖的だったのに。
旅路の果てであったこの村には、もう未来と希望があった。
先頭に立つのは二人。
管理人さんと、三島さん…ともの母親。
朋「ほら、とも、お母さんだ」
と「ママ!」
ともは駆けだそうとしたが岡崎さんがその肩を押さえているので二人の距離は縮まらない。
伝えなければいけないことがあるから。
ともと三島さんの間に入り、言い聞かせる。
朋「とも、いいか、よく聞くんだ」
ともは暴れて聞いていないようだった。
朋「聞くんだ。ともは、ここでお母さんと暮らしていける。でも、それは長くは続かない。お母さんは病気なんだ」
病気と聞いてようやくともは岡崎さんにピントを合わせた。
朋「重い病気だ。もう治らない」
と「どうなるの…?」
朋「死ぬ」
岡崎さんは至極直接的に言った。
と「しぬの!?ママ、しんじゃうの!?」
朋「まだだ、でも遠くない未来そうなる。それでもともは…お母さんと暮らしていくことを選ぶか?」
と「ママ!ママッ!」
朋「答えろ、とも、それでもお母さんと最後まで一緒にいたいか?」
酷だと知りながらも岡崎さんは訊き続ける。
その答えを聞かなければ、母親の元へ送り出すわけにはいかないから。
「一緒にいたいか…?」
岡崎さんは辛抱強くともの答えを待った。
ともが岡崎さんを見つめる。
そして…
こくん。
頷いた。
朋「そっか」
岡崎さんは安堵したように言う。
朋「じゃあ、俺達とはここでお別れだ。俺達は帰らないといけない。俺達には俺達の生活があるから」
河「ともといられて、すんげー楽しかったよ」
葉「また遊ぼうね」
鷹「僕達のこと忘れないでよね」
美「お元気で」
唯「また会おう」
理「お母さんと仲良くね」
佳「幸せにね」
皆が口々に別れの言葉を口にする。
朋「じゃあな、とも」
岡崎さんがともを解放したがともは走り出さなかった。
と「ママは?」
朋「いるだろ、あそこに」
と「パパのママは?」
朋「智代は…今はいない」
そう答えるしかなかった。
と「そ…」
ともは俯いた。
ポケットから、二つのぬいぐるみを取り出した。
これまで遊んでいたくまとパンダのぬいぐるみだった。
そのくまの方を岡崎さんに向けて差し出した。
と「これ…ママの。こっちはともの。また一緒に遊べるように」
朋「分かった。渡しておく」
岡崎さんが受け取ると、ともは背を向けて歩き出した。
智代さん、本気でもう会わずに別れるつもりなの?
ともの背中を全員で見送る。
まるで自分たちの娘を旅立たせるかように。
母親の元へ歩いていたともが途中で、歩みを止めた。
…そうね、貴女はそういう人だものね。
と「くまさんだ…」
いつからいたのかくまの着ぐるみが黄色い輪を持って立ちつくしていた。
近寄るでもなく離れるでもなく二人ともその場から動かなかった。
くまは少しの間俯くと、覚悟を決めたのだろうともに向けて踏み出した。
手に持っていたのは立派な花飾りだった。
あの花畑で今日まで作ってきたのだろう。
と「くれるの?」
くまは、こく、と頷く。
喋らないつもりなのだろう。
差し出されたそれをともが受け取るとくまはゆっくり背中を向ける。
佳「本当にそれでいいの?」
思わず私はくまに話しかけていた。
佳「貴女がいないわ」
くま「…私は…」
智代さんの声。
く「…笑って見送ってやれないんだ…」
理「そんなことないんじゃないかな」
唯「その通りだな」
朋「ともと過ごしてきた時間を思えば…自然に笑えるさ。な、智代」
逡巡を振り切り…
くまは小さく頷いた。
頭部を持ち上げると長い髪が落ちた。
と「ママっ」
ともの呼びかけに智代さんが振り返る。
智代さんは笑っていた。
智「とも…これから、どんなことがあっても…どんなつらいことがあっても…私はのりこえてみせるから…だからともも…がんばるんだぞ…?」
と「うんっ」
ともは力強く頷いた。
智「どっちがつよくなれるか、競争だな…負けないぞ…」
と「うんっ」
智「………とも」
と「うんっ」
智「大好きなとも…」
と「うんっ」
智「元気で…」
と「うんっ」
智「いつまでも元気で…」
と「うんっ」
智代さんは全て伝えきった。
もう何も言わない。
ともは、最後にもう一度頷いた後…駆けだした。
母親の元に向けて。
智「さようなら、とも」
智代さんが小さくそう呟くのが聞こえた。
智「帰ろうか」
朋「ああ」
私達は振り返らず村を後にした。
もう村が見えないところまで来たところで智代さんが口を開いた。
智「これで…良かったんだよな?」
佳「えぇ」
葉「皆優しいから大丈夫ですヨ」
朋「きっと乗り越えられるさ」
理「…………」
一番後ろを歩いていた理樹に目をやった。
佳「理樹!?大丈夫!?」
理「え………何?」
どこか様子がおかしかった。
ひどく汗をかいていて目も焦点が合っていない。
朋「どうかしたのか?」
理「だいじょ…うぶ……だよ…?あれ…?」
ゆっくりと理樹の身体が傾いていく。
まるでナルコレプシーで眠りにつくように。
理樹は倒れた。
この時まだ私は知らなかった。
これから長い時間を繰り返すことになるということを。