佳奈多アフター~It's a Wonderful Cross Life~ side Kanata 作:月の海
佳「えぇ、いってらっしゃい」
ストレッチャーに乗せられた理樹が看護師に押されて手術室へ運ばれていった。
…………
ほとんど言葉も交わさずに皆で待ち続けた。
数時間して「手術中」のランプが消える。
自動ドアが開き、白衣に身を包んだ先生が現れた。
佳「理樹は…どうなったんですか?」
先「手術は成功しました。目を覚ませば直枝さんは記憶を取り戻していると思います」
その言葉にこの場にいた全員がほっ、と息をついた。
先「ですが…―」
いつもの病室に理樹を移し終える。
麻酔が効いているので目覚めるのにはまだ時間を要するだろう。
理樹はぐっすり眠ったままだ。
その寝顔はひどく安らかだったが、それを見ている私の顔はきっと酷いものだろう。
くぅ~…
どんな状況でもお腹はすくらしい。
待たせている皆に合流するため個室を後にした。
消灯時間はもう過ぎているのでほとんど人工の光はなく、月明かりで照らされていた。
?「―――――!―――――!!」
ロビーまで来ると誰かが騒いでいるのが分かった。
十中八九知り合いだろう。
ゆっくりと声が聞こえるところまで近づく。
葉「なんでッ!!なんで理樹君なのさッ!!」
葉留佳の叫びが響いていた。
葉「理樹君が一番幸せになるべきなのにッ!!どうしてッ!!」
唯「葉留佳君、ここは病院だ。せめて声量を落とせ」
葉「…姉御はすごいですよね。そうやっていつも冷静で。どうせ私達のことなんか――――」
美「三枝さんッ――」
恭「やめろ三枝。お前のためにも」
小「皆のためにゆいちゃんは落ち着いてるんだよ…」
葉「……すみません、姉御。頭に血が上っちゃって…」
唯「気にするな。だが、一つ言わせてもらうなら、私とて何も感じないわけではないよ」
葉「はい…」
唯「それに、一番近くにいた佳奈多君が耐えているのに…私達が動揺するわけにはいかないだろう」
来ヶ谷さんの声が少しだけいつもより震えている気がした。
これ以上黙って見てはいられないのでまるで来たばかりのように振る舞った。
皆もさっきまでの様子が嘘のように平然と話している。
普段通りにしてくれること、その気遣いが嬉しかった。
理樹の手術は“記憶を取り戻すことに関してのみ”成功した。
だが、長時間に渡る手術に理樹の身体は耐えきれなかった。
次に眠りについた時もう目を覚ますことはないだろうとのことだった。
これが未来を求めた者に神様が下した罰だった。
食事を済ませ病室に戻る。
理樹はまだ眠っていたがもうじき目を覚ますだろう。
私は普通に接することが出来るだろうか?
理「………ん」
理樹の目が開かれる。
恭「目が覚めたか」
理「きょう…すけ、うん」
謙「それでどうだ?記憶の方は」
理「思い出したよ、何もかも」
美「記憶喪失の間の記憶もあると」
理「うん、一部思い出したくないものもあるけど…」
おそらくあの劇のことだろう。
理「ごめん、もっと皆と話してたいんだけど佳奈多と二人にさせてもらえるかな?」
皆は顔を見合わせると次々と一言ずつ遺して退室していった。
唯「じゃあな少年、佳奈多君はすぐ隣だ」
佳「?」
ガラガラと音を立てて扉が閉まる。
これで二人っきりだ。
理「皆もう行っちゃったよね?」
佳「えぇ」
ふぅ、と息をつき理樹は微笑む。
理「来ヶ谷さんは流石だなぁ…」
佳「さっきのあれはどういう意味だったの?」
理「今ほとんど目が見えないんだ。この手もあんまり見えてなかったりする」
理樹が上げてる手は顔からそう離れていない。
つまり、もうその程度の距離すら見えていないのだ。
佳「でもさっき…」
理「声のする方に反応してただけだよ。失明なわけじゃないから人のいる位置くらいはわかるけど」
だから来ヶ谷さんは最後にああ言ったのか。
理「佳奈多…」
佳「な、何…?」
理「ありがとう…こんなになった僕でも愛してくれて」
佳「そんなこと…当たり前じゃない…理樹は理樹なんだから」
理「そっか、嬉しいな。だから…今度は僕の番だ」
佳「どういうこと?」
理「こっち…いや、あっちの話かな。はは、分かんないよね?疲れてるのかな」
少しだけテンションの高い理樹に若干戸惑う。
理「ねぇ佳奈多、もっと近くに来てもらえるかな?最期にちゃんと佳奈多の顔が見たいんだ」
佳「最期って」
理「自分のことは自分が一番わかるよ。たぶんこれが最期」
佳「理樹…」
理「こっち来て」
理樹に抱き寄せられる。
理「うん、よく見える。佳奈多本当に綺麗になったよね」
佳「そんなことな――んっ」
不意打ちでキスされた。
これまでの分を取り戻そうとするかのように長いキスだった。
理「体力も落ちちゃったなぁ。息が続かない」
佳「無理しすぎよ」
理「そうみたいだね、眠くなってきた」
終わりは着実に近づいてきている。
理樹を直視できなくて顔を背ける。
理「最期の記憶の定番って最愛の人の笑顔だよね」
佳「そうね」
理「…………」
佳「…………」
理「ねぇ、顔見せてよ」
佳「嫌よ」
理「どうして?」
佳「涙できっと見せられない顔になってるもの」
理「気にしないよ」
佳「私が気にするのよ」
理「いいからいいから」
佳「…………」
理「ね?」
佳「……彼女の泣き顔が見たいなんて…最低ね……最低……」
顔を上げた。
佳「これで…満足…?」
理「うん」
理樹の瞼がゆっくりと降りていく。
佳「理樹…?」
理「…………」
返事は返ってこなかった。
佳「おやすみなさい…理樹……………………っぅ………」
私の最愛の彼氏は、この世のもうどこにもいなくなった。