きんいろティーチャー   作:ケイトラ

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かなり長引いてしまいました。
少なくとも次回まで、こうした回想話になりそうです。
どこかで巻きに入らないと、ずるずる続きそうなので気をつけたいですね……。


第10話 メモリーズ in ラーメン屋(上)

数学教師の野太い声を聞きながら、俄に俺の前に景色が形作られてきた。

 机の茶色、開かれた白いままのノートと教科書、虚しく転がるシャーペン……。

 顔を上げれば、もう既に教師は出席簿を携え、帰途についていた。

 

 

「――やっちまった」

 

 

 ボンヤリとした後で、いつもの虚脱感が襲いかかってくる。

 毎度のことながら、自業自得だった。

 居眠りをしない日なんて無いも同然な日常生活だし……。

 

 

「……」

 

 

 ん?

 俺が額を両手で押さえて俯いていると、隣から視線を感じた。

 とはいえチラチラと落ち着きのなさそうなものだ。

 指の隙間から、こちらもちょいと窺ってみる。

 

 

「――あ」

 

 

 目と目が合ってしまった。

 驚いたようでいてちょっと慌てたような彼女の目と、指の隙間から挙動不審に観ていた俺の目が。

 観念した俺は手を外すと、身体を起こす。

 

 

「……え、えっと」

 

 

 何故かいきなり、彼女は焦り始めた。

 見られることに慣れていないと見える。

 まあ転校初日といい、授業で当てられた時の慌てようといい、さもありなんだけどさ。

 

 

「どうかした……久世橋さん?」

 

 

 相手が慌てていると、こっち側としては落ち着くものだ。

 自然と軽く笑いながら、俺は彼女に問うた。

 お陰で今のところ、コミュニケーションに支障は生じていない。

 

 

「――あ」

 

 

 そんな俺の様子に安心してくれたのだろうか。出来れば、そう思いたい。

 慌てふためいた様子が少し収まったように見えた。

 そして彼女は目を落とし、綺麗に書かれたノートを見つめる――

 

 

「……そ、そっか」

 

 

 居心地が悪くなったのは俺の方だった。

 そうしながら久世橋さんは、俺の方へとまた視線をチラチラと向け始める。

 真面目で内気な彼女は、その実――

 

 

「……あ、明日、絶対に返すから」

「う、うん……」

 

 

 ――気が利きすぎて、恩に着るこっちが困るくらいだった。

 オズオズと差し出されるノート。

 それを出来る限り丁重に受け取り、鞄へとゆっくりと入れる俺。

 

 

「わ、悪いな。普段から、こんなで……」

「だ、大丈夫、だから」

 

 

 こんなに落ち着かない会話を交わすのは大変だと思う。

 我ながらそう思うし、相手の女子も間違いなく感じてることだろう。

 

 

 久世橋さんが転校してきてから、一週間ほど経過した。

 俺はというと、そんな彼女に対し、何だか複雑な気分を抱いていた。

 

 

 そもそも俺が彼女のことが気になったのは、失礼ながら友達らしき相手が見られなかったからだった。

 というわけで席替えで隣になったというきっかけを使って、話しかけてみたのだ。

 第一声が「さっきの授業のノートを……」という頼み事というのは、何とも情けなかった。

 いや「情けなかった」じゃない。現在進行形の「情けない」だ――

 

 

「……誰かの役に立てるなら、それで」

 

 

 そう独りごちる久世橋さんは、俺の方を見ていない。

 軽く見遣ると彼女は恥ずかしそうではあるものの、どこか真剣そうだった。

 呟きは聞かれたくないだろう。俺は気づかない振りをする。

 

 

「一条ー、ちょっといいか?」

 

 

 久世橋さんから視線を逸らした俺の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。

 顔を見なくても分かる。小学校の頃からの付き合いの男子だ。

 

 

「ん、何だ?」

「いや、ちょっと……トイレ行かね?」

「そうだな、そうするか」

 

 

 コイツがトイレに人を誘うことは珍しくない。

 俺が席を立つと、こっちを見た久世橋さんと目が合う。

 ビクッとする彼女。ちょっと目を開いてしまう俺。そんな俺たちを見る友達――

 

 

「で、一条? 転校生と仲良くなれたか?」

 

 

 廊下に出て歩きながら、隣からニヤけ顔に聞かれた。

「仲良く」という言葉は色々と厄介だ。

 浅くも深くも、どんな意味にも捉えられるのだから。

 

 

「ん。ノートを貸し借りするくらいには……」

「え? お前、貸したことあるのか?」

 

 

 隣から疑問符を浮かべた友達の声がした。

 失礼な。俺だってたまには――

 

 

「ま、まあ……この前、久世橋さんが欠席した時、ちょっと」

「へぇぇ……」

 

 

 嘘っぽく聞こえたかもしれないけど、嘘じゃない。

 この前、体調不良とかで休んだ彼女に、ノートを貸したのは本当だ。

「いつもの恩返し」と言った時の彼女の、何とも言えなそうな赤らんだ表情は忘れられない――

 

 

 ああ、なるほど。今、気づいた。

 俺たちの会話らしい会話は――

 

 

(ノートの貸し借りくらいの時くらいしか……)

 

 

 何てこった。

「コミュニケーションに支障は生じていない」なんて、当たり前の話だ。

 

 

 仲良しだなんて有り得ない。

 何とも薄い関係ということを、俺はここで実感してしまった――

 

 

 

――――

 

 

 

「……久世橋先生も、転校生だったデスカ」

 

 

 簡単に話し終わると、まるで私やアリスみたいデス、と何だか面白そうに九条さんは独りごちた。

 しかしまあ、この子みたいに陽気な生徒なら、すぐに打ち解けられたんだろうなぁ……。

 

 

「カレンも最初、苦労してたよなぁ」

 

 

 何てことを考えてたら、意外なセリフが飛び出した。

 左隣で、猪熊さんは感慨深げな表情を浮かべている。

 

 

「いやさ……カレンのクラスの人たち、遠慮しちゃってて」

「私、頑張ったデス! もっと仲良くして下さい、って言ったデス」

 

 

 そう言って胸を張ってみせる九条さんの表情は、とても明るいものだった。

 暗さなど微塵も感じさせない。

 

 

「……そうだよな。言葉にしないと伝わらないことってあるよなぁ」

 

 

 そう言って、俺は水を喉に通す。

 飲み込んだ時、微かに胸に残る冷たい感触。

 あの頃のことを話して、思い出していたせいだろう。

 ……廊下で、俺がクッシーとの関係について思った時の寂しさを思い出してしまう。

 

 

「でさ、センセ? クッシーちゃんとは、それからどうなったの?」

 

 

 コップをテーブルに置くと、猪熊さんが嬉々として問いかけてくる。

 クッシーちゃんというのが、彼女の中での呼び名と相成ったそうだ。

 ほら。今日俺が見せた「隙」のせいで、クッシーの学校での立ち位置がまた一歩近づいた。

 ――いじられキャラに。

 

 

「何だか聞いてるト……仲悪くないみたいデスけど、仲良しってわけでもなかったデス?」

 

 

 両腕で頬杖をつきながら、九条さんは天井を見ていた。

 ボンヤリと考えているのだろう。

「仲良し」と言えるラインのようなものでも……。

 

 

「うーん……まあ、ちょっと思うことはあるけど」

 

 

 猪熊さんは、何だか疑問そうだった。

「ちょっと思うこと」が何なのか、俺には分かるような気がする。

 それを感じて少し照れそうになると、

 

 

「いや――実は、綾も転校生だったんだけどさ」

「小路さんが?」

 

 

 懐かしそうに笑う猪熊さんに、俺は視線を向ける。

 

 

「うん……それで私やしのの後ろを、ちょこちょこ付いてきてたんだ」

 

 

 あの頃の綾、面白かったなぁ、とクスクスと笑い続ける猪熊さん。

 そうしながら、チラッと俺に意味深な視線を向けることも忘れない。

 

 

 ……やっぱり、そういうことだよな。

 

 

「珍しいんじゃない? センセとクッシーちゃんみたいな関係って」

 

 

 案の定、からかわれることになるらしい。

 猪熊さんたちと小路さん、そして、俺とクッシー。

 違いなんて、あからさますぎる――

 

 

「一条先生と久世橋先生、異性ナノニ……」

 

 

 九条さんもそこではたと気がついたらしい。

 右隣から俺を見つめているのが感じられた。

「うんうん」と、そんな九条さんに同調する猪熊さんのおかげで、俺は再び水を口に含む。

 今度の冷たさは、ちょっと感じた火照りを抑えるのに一役買ってくれた。

 

 

「……まあ、色々とタイミングが良かったんだか悪かったんだか」

 

 

 思い返すと、おかしな話だと思う。

 猪熊さんに言われるまでもなく、俺も漠然と感じていた。

 何だかチグハグで照れくさい関係だよなぁ、なんて……。

 

 

「悪かった? 良かったんじゃないかな、結局」

 

 

 猪熊さんは相変わらずニヤニヤと笑っているけど、その目元はどこか優しげだった。

 

 

「だってさ。おかげでセンセとクッシーちゃんは一緒に担任やってるわけで」

「一条先生のおかげで、久世橋先生に近づきやすくなりマシタ!」

 

 

 そう言って、二人の生徒は笑う。

 一方は嬉しそうに、もう一方はちょっとからかいのトーンを混ぜながら。

 

 

(……ま、そうか)

 

 

 この子たちが喜ぶのなら、久世橋先生も本望だろう。

 ……ですよね、久世橋先生? いや、そうと言ってほしいです。ごめんなさい。

 

 

 

「でもさ。それだけの関係なら――今日まで付き合いあったわけじゃないでしょ?」

 

 

 ひとしきり笑った後で、猪熊さんは俺に聞いてきた。

 しかしまあ、物怖じしない子だ。

 自分のクラス担任でもない異性の教師に、ここまでズバズバと――

 

 

「そうデス、それにしては一条先生と久世橋先生は仲良しさんデス」

 

 

 ――まあ、このハーフの子も負けてないんだけどさ。

 ビシバシと、俺の琴線に触れるどころか、思い切った調子で弾き倒そうとしてくるんだから。

 ……ムードメーカーが二人もいると賑やかで話しやすい一方で、押され気味になることも増えるなぁ。

 

 

「……まあ、そうだな。最初は、そんな感じだったんだ」

 

 

 チラッとカウンターの裏を見る。

 店主らしき人が、麺の水切りをしているのが分かった。

 

 

(……もうすぐ出来そうなのに)

 

 

 勝手に動き始める口は、どういうわけなのだろう?

 あの頃のことを思い出したことと、生徒に聞かれたこと。

 両方の意味合いがあるのかもしれない、なんて勝手に自己分析してしまう。

 

 

 

――――

 

 

「あ、丁度良かったわ、久世橋さん」

 

 

 そんな日々が少しばかり続いた、ある日のこと。

 俺が廊下から教室に戻ろうとしていると、階段付近に佇む二人の姿が見えた。

 久世橋さんと担任教師だ。周囲に人影はない。

 俺の方からは、久世橋さんの顔が見える。

 

 

「な、なんですか先生?」

 

 

 相変わらずモジモジした様子で、彼女は先生に応じる。

 

 

「あなた、委員会……まだ入ってなかったわよね?」

「い、委員会……ですか」

 

 

 何となく見ていると、そんなフレーズが聞こえてきた。

 委員会……ああ、そういえば。

 

 

(俺も一応……保健委員だったな)

 

 

 とはいえ、仕事なんて殆どない。

 いや、体育で怪我をしたヤツを保健室に連れて行くのが役目だけど。

 ……それは詰まるところ、授業をちょっとばかりサボれる口実にもなるわけで。

 むしろ「仕事」というより「休憩」ですらある――

 

 

「何かの委員には属してもらいたいかな、って。決まりみたいなものだし」

「……そ、そうですか」

「というわけで」

 

 

 そこで一旦言葉を区切ると担任教師は事も無げに、

 

 

「文化祭実行委員、というのはどうかな?」

「……え?」

 

 

 瞬間、久世橋さんの全身が真っ白になった、ように見えた。

 それくらいに度肝を抜かれた、といった反応だった。

 

 

「せ、先生っ? そ、それは、ちょ、ちょっと……」

 

 

 その後で、アワアワとしながら久世橋さんは先生に詰め寄る。

 見てるこっちが可哀想に思うくらいに赤く、ちょっとばかり目が光ったようにも見える。

 当たり前だけど、決して期待していた時に光るときのそれではない。

 彼女は、涙ぐんでいた……。

 

 

「でも……もう、他の委員会は定員になっちゃってて。実行委員だけは、まだ空いちゃってるのよ」

 

 

 対する先生は、ちょっとばかり困った様子だった。

 眉を下げた、おっとりとした先生の顔つきが想像できる。

 

 

 俺たちのクラスは、何故か実行委員が決まっていなかった。

 男女一人ずつ、ということになっていたらしい。

 図らずも、このクラスは忙しいヤツが多かった。

 やれ部活だ、やれ地元の空手クラブだ、やれピアノ教室、塾――

 というわけで「文化祭は興味あるけど、あまり暇がなくて」という生徒が多かった。

 

 

 先生が今日切り出したのは、もうすぐ文化祭実行委員会の初顔合わせがあるからだろう。

 大方の学校の例に漏れず、うちの文化祭も十月とかその辺の秋頃に行われる。

 学校によってまちまちではあるけど、春の時期から準備を少しずつ進めるというのは早い方だと思う。

 後で聞いたら「生徒の自主性うんぬんかんぬん」というもっともらしい理由が――いや、まあそれはいいや。

 

 

「で、でも……無理、です」

「うーん――でも、他の女の子は、みんな決まっちゃってるしねぇ」

 

 

 身体まで震えていそうに見える久世橋さんと、頬に手をやる先生。

 お互いに、困ってそうだった。その度合いは、勿論違うけど。

 

 

「……あ」

 

 

 ん?

 そんな緊張の中、声がした。

 恥ずかしがり屋の割には、よく通る声が。

 ノート絡みのコミュニケーションで、聞き馴染みのある声が――

 

 

「……あ」

 

 

 俺も、間の抜けた声が出てしまった。 

 いつの間にか、少しずつ近づいてしまっていたらしい。

 そのため、久世橋さんもまた、俺に気づいた。

 

 

「あら……一条くん?」

 

 

 その声にあてられて、先生も振り向いた。

 思った通り、お困りの様子だった。眉を下げて、ほんの少し強張って……。

 久世橋さんほどでないにせよ、先生も担任という手前、大変なんだろう――

 

 

「――ふむ」

 

 

 なんてことを思って、油断してたのかもしれない。

 そんな先生の表情は一瞬の後、何やら嬉しそうなものに変わる。

「あれ?」と思うのも束の間、

 

 

「ねえ、一条くんって保健委員だったわよね?」

「え? ……あ、そうです」

 

 

 頭を掻きながら、間の抜けた返事をする俺。

 それに対し「それじゃお仕事は、あまりない……」と呟く先生。

 そして、何とも言えないほどに不安そうな久世橋さん――

 

 

「それに、一条くんと久世橋さんはお隣同士――」

「い、いや、あの……先生?」

 

 

 俺もまた、不安そうな予感を一気に覚えた。

 チラッと先生から視線を逸したら、空中で久世橋さんのそれとドッキングする。

「!?」とお互いが照れくささに目を逸らした瞬間、

 

 

「……そうね。一条くん、久世橋さん」

 

 

 コホン、と先生は一息つく。

 俺がハラハラ、久世橋さんがドキドキとしていると、果たして彼女は――

 

 

「二人で文化祭実行委員、ということで。いいかな?」

 

 

 

 

――――

 

 

「とんこつ三丁、おまちっ!」

「大将、ありがとございマス!」

「うひゃー、うまそう」

 

 

 テーブルの脇から、何とも食欲をそそられる匂いがした。

 ラーメンの器が三つ――これは、なかなか……。

 

 

「いただきます!」

「いただきマス!」

「……それじゃ俺も、いただきます」

 

 

 思い切り顔を綻ばせる二人に挟まれたまま、俺も彼女たちに倣って割り箸を割った。

 モワモワと浮かぶ湯気の心地よさが、これまたたまらない。これぞ、ラーメンの醍醐味――

 

 

「……そっか、クッシーちゃんとセンセは」

「文化祭――スクールフェスティバル、デスネ」

 

 

 フーフーと麺を冷まし、チュルチュルと口に運びながら二人は呟くように言った。

 それがあまりにも自然な動作だったため「ああ、さっきの話か」と気づくのに少しかかってしまった。

 

 

「文化祭実行委員会――まあ、文実か――が無かったら、俺たちは」

「一緒にいなかった?」

「一緒じゃなかったデス?」

 

 

 息の合いっぷりまでピッタリだった。

 箸でつまんだ麺が、スルッと落ちてしまう。

 ……ちょっとした動揺が、麺類の場合は命取りだ。

 

 

「ま、まあ、確かにそうなんだけど……」

 

 

 気を取り直して、俺は近くの七味を手にとった。

 それをふりかけることで、ちょっと時間を稼ぐ算段だ。

 

 

「何にせよ、話を聞いてると……クッシーちゃんって」

「可愛いデスッ」

 

 

 そう言いながら微笑む二人組を見遣ると、何だか本当に嬉しそうだった。

 ……先生、良かったですね。生徒に愛されてますよ、先生には見えないでしょうけど。

 だから、怒らないでほしいかなと……いや、ごめんなさい、ホント。

 

 

「で、文実に入って……」

「お二人は、どうなったデスカ?」

「――まだ、終われないのか」

 

 

 二人にそう言われて、俺はラーメンに少し目を落としてしまった。

 スープの奥深さを見ていると、不思議と気分が落ち着く、ような……。

 

 

「……」

「ん?」

 

 

 そうしていると、視線を感じた。

 九条さんが俺の視線を、自分の目で追っているようだった。

 見つめる先にあるものは――

 

 

「――ナルト?」

「……ハイ」

「そっか」

「ハイ」

 

 

 真剣な表情だった。

 おそらく、俺やクッシーの前で、こんな表情を見せたことはない。

 ……食べ物が絡むと、こうも本気になるのか。

 

 

「……欲しい?」

「そ、そんなハシタナイ」

 

 

 いや、そこでいきなりその言葉はおかしいだろう。

 と思ったけど、何だかそれすらも照れ隠しのようだった。

 頭に手をやって、顔を綻ばせる九条さん。

 

 

「――あげるよ」

「い、いいんデスカ?」

「タイミングが良かったな、特別だ」

 

 

 箸でナルトを取って、九条さんの器に入れてあげた。

「ワァ……」と目を輝かせた後に「ありがとございマスッ」と嬉しそうに言う。

 ――後で言い回されないことを願うばかりだ。他の生徒にまで大挙されたら、俺の財布が……。

 

 

「ねぇ、センセ? カレンにナルトあげたならさぁ……」

「猪熊さん、さすがに焼き豚は無理だからな?」

「ちぇー……」

 

 

 譲れない一線というものもある。

 そのことを伝えたら期待していた猪熊さんは、ちょっとばかり口を尖らせた。

 ちょっとだけ失望した様子で、自分の器へと戻ろうとする彼女に、

 

 

「まあ、いいや。それ以外の具なら」

「……マジ?」

「マジ」

 

 

 今日、ここにいる猪熊さんは、もうしょうがない。

 その手前、九条さんだけ特別扱いというのも、何かアレだ。

 ……俺は甘すぎるのかもしれない。

 

 

「それじゃ――その、卵を」

「……う」

 

 

 痛いところを突かれた。

 卵と来たか……うーん、一本取られたのかもしれない。

 

 

「……焼き豚以外って、言っちゃったしな」

「ありがとね、センセ」

 

 

 卵を摘んで、名残惜しく思いながら俺は彼女の器に入れた。

 その時の猪熊さんのホクホク顔ときたら――はぁ。

 

 

「しかしまあ、一条先生は太っ腹デス」

 

 

 嬉しそうに食べ続けながら、九条さんが声を掛けてきた。

 

 

「何というか……甘――い、いや、優しいよね、センセは」

 

 

 自分の言葉を、即座に訂正する猪熊さんもいた。

 なるほど、取り繕うのはちょっと苦手らしい。

 そのままからかった調子で居続けた方が、もしかしたら相手側には――それは置いといて。

 

 

「……俺が優しかったら、あの人はもっと――」

「へ?」

「ハイ?」

 

 

 つい呟いてしまうと、二人の視線はキョトンとした様子に変わる。

「つい」と言っても、何だかどこかで話したかったのかもしれない。

 その優しさ、その包容力――そんな人がいると、何だか自分のことのように自慢したくなるものだと何となく思う。

 

 

「なになに? 何か話したそうだね、センセ?」

「一条先生、言いたいことでもあるんデスカ? スッキリしていいんデスよ?」

 

 

 二人の視線が一気に集まり、俺の顔で一つになったのが分かる。

 その好奇心が行き着く所も、おそらく同じだろう。

 ……「あの人」が誰なのか、何となく見当がついていたりするのかもしれない。

 

 

「そういえば廊下で会った時、仲良さそうだったよね」

「私も、久世橋先生と一条先生の三人で一緒にいる所、見マシタ」

 

 

 二人は食べる手を休めて、俺への言葉を止めない。

 ある意味で、俺たちの利害とやらは一致しているのかもしれなかった。

 

 

 

 そこで一息ついてから、俺は言う。

 

 

「俺と久世橋先生は、その初顔合わせで――」

 

 

 あの人の話をする時、どうしてもどこかでかしこまってしまうのは……何故なのか。

 

 

 ――よろしくね、二人ともっ! 一緒にがんばろうね!――

 

 

 初めて会った時の明るさ、優しさ、頼りがい……その全てをきっと、俺もクッシーも忘れられないだろうし、忘れるつもりもない。

 だからきっと……

 

 

 

「烏丸さくら先輩――二人の知ってる烏丸先生に、初めて会ったんだ」




このSSでメインヒロインは久世橋先生。
サブヒロインではない、もう一人のヒロインは、烏丸先生というイメージです。
しかしラーメン屋の話を描写してると、こんな時間なのに食べに……ダメだ、こらえないと。
次回、烏丸先生との出会いです。
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