きんいろティーチャー   作:ケイトラ

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倉井先生多めかもしれません。


第13話 思い出の、その後で

「昨日、あの後で九条さんと猪熊さんとバッタリ会いました」

「……え?」

「まあまあ」

 

 

 学校に向かう途上で偶然会った二人に、俺は報告している。

「ほう・れん・そう」は基本だからな、なんてことを申し訳程度に考えながら。

 顔を見遣れば、一方は少しピクッとなった表情で、もう一方はおっとりと笑っている風だった。

 

 

「それは可愛かったでしょう、一条先生?」

 

 

 笑顔のままで烏丸先生は俺に顔をちょっぴり近づける素振りをする。

 女性にしては高い方とはいえ、自然と上目遣いになるので俺は照れるのを抑えながら、

 

 

「は、はい……九条さんも猪熊さんも、いい子ですし」

「ふふっ。ニ年生になっても結局、私はカレンさんを教えられないままだから……」

 

 

 そう呟くように言いながら、烏丸先生は身を軽く翻し、今度は反対隣の方を向く。

 

 

「羨ましいなぁ、久世橋先生……」

「べ、別に! わ、私は、九条さんとは二年目ですけど……」

 

 

 烏丸先生の甘い声に対し、どこかキツい印象を覚えさせる久世橋先生の声。

 昨日のことを思い出すと、中学時代から一方は随分と変わったものだと改めて実感する。

 今みたいにすぐ照れる所は変わらないけど、それに対して萎縮して――

 

 

「……一条先生、なにか?」

「ああ。あと、勘も鋭くなりましたね」

「それは中学の頃とは――って!」

 

 

 ほんの少しだけ得意げな様子が見え隠れした。

 そのことはスルーする。突っ込んでも野暮ってものだし。

 

 

「それじゃ行きましょうか、烏丸先生?」

「そうですね、一条先生。久世橋先生も」

「……まったく、もう」

 

 

 頬を少しだけプクッと膨らませた後、彼女も俺たちに付いてくるのだった。

 

 

 

 ――何分か後で。

 

 

「……あれ?」

 

 

 職員室の席で、俺は考える。

 両隣の二人は、今は不在だ。

 烏丸先生はともかく、久世橋先生は最後まで――

 

 

(結局、俺が昨日あの子たちに会ったことについて言及してこなかったな……)

 

 

 実は、ちょっとだけ心配していた。

 俺の見立てでは久世橋先生は身体を震わせて、顔を真っ赤に染めながら俺を睨みつける――

 といった状況を想像していたものだから。

 

 

「うーん……」

「お悩みですか、一条先生?」

 

 

 視線を机に落としながら小さく唸ってしまっていたら、傍から声がした。

 鈴のように軽やかな声が。

 

「く、倉井先生……」

「ごめんなさい。職員室に入ったら、何故か……一条先生がその、唸っていた、様子だったので」

 

 

 俺が視線を彼女にきちんと合わせる前に、彼女はどこか申し訳無さそうな、それでいてちょっとばかり

 悪戯っぽい笑顔を向ける。

 その動作は、どことなく教師というよりはむしろ――

 

 

(……芸能人、だよなぁ)

 

 

 昨日と同じで可愛らしい格好、長い黒髪、長い足、魅力的な所作――

 別に、俺はそこまで芸能人に詳しいわけじゃない。

 それでも……どこか、俺とは違う気がした。

 

 

「一条先生? 久世橋先生たちがいらっしゃらないから悲しいですか?」

「そうですね、まぁ……」

 

 

 そこまで言って気づいた。

 時すでに遅し。

 目の前では倉井先生が優しく、悪戯っぽく笑っていた。

 

 

「い、いや! 今のなしで……」

「やっぱり……幼なじみ、なんですね」

 

 

 久世橋先生のことを笑えない、というのをこれから俺は何度、実感するんだろう。

 幸い、ここに二人がいないことは助かった。

 といっても、それが目の前の美人教師を切り崩すことには繋がらない……。

 

 

「お、幼なじみ、といいますか――えっと」

「なんだか……羨ましいです」

 

 

 しどろもどろになりながら俺が訂正しようとしたら、倉井先生の顔から悪戯っぽさが消えた。

 微笑んだままだけど、心底……愛おしそうな表情だった。

 

 

「私、こちらの卒業生じゃないので……友達どころか知り合いもいないんです」

 

 

 だから、と倉井先生は続ける。

 

 

「いつも仲良くされている先生方が凄く――」

 

 

 く、の後は聞き取れなかった。

 見れば彼女自身、どこかしら恥ずかしそうな顔つきになっていた。

 照れくさそう、といえばいいのだろうか。

 

 

「――大丈夫ですよ、倉井先生」

 

 

 耳に転がってくる、絹のように優しい声。

 俺が口にしようとしていた無骨な声とは全く対照的だった。

 そちらへと顔を向ければ、手にお茶淹れを持ちながら、穏やかな調子で佇む女性教師がいた。

 

 

 瞬間、昔のことを思い出す。

 俺や久世橋先生が逡巡していた時、狙いすましたかのような最高のタイミングで現れる――彼女を。

 倉井先生も、ちょっとだけ驚いた様子で後ろを向く。

 

 

「倉井先生は、子どもたちから好かれています。それはホントですよ?」

 

 

 俺と倉井先生に見つめられながらも、烏丸先生は調子を崩さずに、優しいまま語りかける。

 心底、倉井先生に向けて、愛おしそうな表情のまま。

 

 

「先生。もし、寂しいってお思いなら、私たちは受け止めますから」

 

 

 だから、大丈夫ですよ――

 どこまでも穏やかな調子を崩さずに、烏丸先生は言った。

 そして倉井先生を見た後で、俺も見つめられる。

 ほんの少し照れくさくなり、つい視線を軽く逸らしてしまいそうになる……。

 

 

「……あ、ありがとうございます、烏丸先生」

「ん。大丈夫ですよ、倉井先生」

 

 

 軽く頭を下げた倉井先生に、烏丸先生は柔らかな笑顔で、そう言うのだった。

 ……ああ、何というか。

 

 

「やっぱすごいなぁ……」

「一条先生? そろそろ、HRの時間ですよ?」

 

 

 呆けた顔で見つめる俺に浴びせられる、しっかりした声。

 軽く肩を竦めてから、俺は彼女――久世橋先生に視線を合わせる。

 

 

「久世橋先生。俺、烏丸先生みたいな先生になれると思いますか?」

 

 

 虚を衝かれたのだろう。

 久世橋先生はドキッとしたらしく、しばし言葉に詰まった様子だった。

 ……彼女も見ていたのだろう。

 さっき、烏丸先生が倉井先生を安心させた時の光景を。

 

 

「……な、なれるとしたら、きっとそれは」

 

 

 合わせていた視線をちょっとだけ外して、彼女は照れくさそうにコホンと一息ついた。

 そして、再び俺に軽く視線を合わせたまま、

 

 

「一条先生より私のほうが先に……と、思いたい、です」

 

 

 そしてチラッと倉井先生と烏丸先生の方を見る。

 そこには、心底楽しそうな様子の倉井先生と、本当に嬉しそうな調子の烏丸先生の姿がある。

 ……内心、グッとくるものがあった。

 いつか、俺も――

 

 

「――お願いしますね、『担任』の久世橋先生?」

「『副担任』の一条先生? あまり、私を困らせないでくださいね?」

 

 

 いつも通りの、皮肉交じりの軽いやり取り。

 その後で久世橋先生は「ほら。そろそろ行かないと、ですよ?」と俺を促すのだった。

 それに応じて、俺も椅子から立ち上がり――

 

 

「頑張ってね、二人とも」

「……頑張ってください、一条先生、久世橋先生」

 

 

 二人揃って、そんな言葉を投げかけられるのだった。

 俺が照れそうになっていると、どうやら隣の久世橋先生も同じらしい。

 何で照れてるのかって? それは、まぁ――

 

 

「ね、倉井先生? あの二人ってピッタリと思わない?」

「たしかに烏丸先生のおっしゃる通りかもしれません、ね……」

 

 

 敢えて説明するまでもない話、だよなぁ……。

 とりあえず、赤らみそうになる顔を抑えながら、俺は久世橋先生の後につくのだった。

 

 

 

 ――教室への道すがら。

 

 

 

「……ああ、もうっ。これでいいですね?」

 

 

 階段の踊り場で、俺は久世橋先生に昨日に引き続きネクタイを直してもらっていた。

 ネクタイを締めたことのある人なら分かるかもしれないけど実際、しっかり締めてから確認しても後で崩れるケースというのがある。

 それに今日も俺は引っかかって――いや。というより。

 

 

「昨日だけ、じゃなかったんですね?」

「……あ」

 

 

 何となく気になったことが口を突いて出てしまった。

 そして、そのことに気づき、一気に顔を赤らめる久世橋先生。

 

 

「ありがたいです、久世橋先生。これからも、是非――」

「も、もう知りません!」

 

 

 あ、手が離れた。

 久世橋先生はすぐさま俺の持っていた出席簿を半ばひったくるようにして手に持つと、

 

 

「い、行きますよ、一条先生!」

 

 

 と、俺に声を掛けるのだった――

 

 

 

 ――仲良くしている先生方が凄く……

 

 

 倉井先生のことを思い出しながら、俺も久世橋先生の後を追う。

 凄く、の後で何を言おうとしていたのかくらい、さすがの俺にも分かる。

 ただ……

 

 

(仲良く……か)

 

 

 目の前で敢えてこっちを見ようとしないで、おそらくは赤らんだ表情のまま進む久世橋先生のことを思う。

 たしかに――彼女や、烏丸先生とは、ずっと仲良しだった。

 

 

 考えれば考えるほどに、どこかで照れくさくなるということは分かっていたから、ここで思考を打ち切って。

 俺は、昨日あの子たちに話した彼女たちとの思い出を愛おしく感じながらも、前に進むのだった。




結局、久世橋先生も主人公も、お互いに頼りにし合ってるということかもしれません。
前回の思い出話のまとめとして、後輩組は先輩の烏丸先生を目標にしている、というお話でした。
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