きんいろティーチャー   作:ケイトラ

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先生三人組の話です。


第17話 変わらないもの

 ――全く、昔から変わらないんだから。

 右肩に重みを感じながら、俺は溜息をついた。

 

「朱里ちゃん、大丈夫?」

 

 同じく左肩に重みを感じているであろう先輩のことを思うと、溜息も余計に深くなる。

 三人の中央部に位置するクッシーは項垂れたまま力なく首肯した。

 

「何というか、アレですね。本当に放っておけないというか」

「い、一条くんにはっ! ……うっ」

「ほらほら、朱里ちゃん。安静にね?」

 

 俺に何か言い返そうとしたクッシーを宥めながら俺たちは歩く。

 どこにって? おっと、目的地はもう近いな。

 

「……こうして部屋に上がるのって何度目でしたっけ?」

「私は何度もあるけど。一条くんは数えられるくらい?」

「まあ、その辺りは……」

 

 男女の差、というのもあるんだろう。

 中高大と、別に二人といつも一緒にいたわけじゃないし。

 男共とアホらしい話をしながら過ごした学園生活が懐かしくもなった。

 

「一条くん、なんて……うぷっ」

「だから、朱里ちゃん。喋っちゃダメよ?」

 

 しかし、どうしてコイツはいつも自滅していくのだろう。

 さっきの昼休みのことといい、ついさっきまでの飲み会(参加者は俺たち三人のみ)といい……。

 ここまで自滅行為が続くと、俺は何度も溜息をついたってお釣りが来るだろう。うん。

 

 

 こうなった経緯。

 クッシーがヤケ酒した。以上。

 ……いや、それ以上に説明することはないんだって。

 せめてあの時、度数が低いビールとかならともかく、ウイスキーを飲みまくってればそれはなあ……。

 

 実は、こうなることは今に始まったことでもない。

 大学時代から、こうなったクッシーを自宅(当時から一人暮らしだった)に連れ帰ったことは何度かある。

 その時は大抵、「講義中、学生がうるさかった!」「あそこのお店、そんなに美味しくなかった!」「カラオケの採点は間違ってる!」以下略。

 こういう時に酒飲みに付き合う俺たちも、慣れたくないのに慣れてしまった、という次第で今に至る。以上、回想含めて説明終わり。

 

「朱里ちゃん。鍵、出せる?」

「……」

 

 よろよろとクッシーは懐に手を伸ばし、小さな鍵を取り出した。

 それを受け取った先輩が差込口に突っ込み、右に一度回せば……ある意味、見慣れた光景が広がるといった寸法だ。

 

 さっきの話と重複するけど、俺はクッシーの部屋に上がったことはそんなにない。

 やはり、そこは……まあ、色々な事情で。分かるだろ?

 ただ、こういう状態になったら話は別だ。わざわざ、酔っぱらい一人のために救急車を呼ぶわけにもいかないし、先輩だけじゃ負担が大きすぎる。

 というわけで、なし崩し的に上がることを俺は強いられているというわけだ。……別に、言い訳じゃない。うん。

 

 とりあえず入れば、まあいつも通りの既視感を覚えた。

 ちょっとした小物以外には家庭用品くらいしかない、一人暮らしの女性の割には簡素な部屋。

 何度見たことか。いや、それほど多くないか……。

 

「一条くん。とりあえず、水をくんであげてくれる?」

「あっ、そうですね」

「私、朱里ちゃんをお部屋に連れて行くから」

 

 言いながら、先輩は歩き出す準備をする。

 となると、俺は必然的にクッシーの肩から離れることになる。

 玄関からクッシーの自室までは、そう遠くない。……とはいえ、先輩一人に担わせるのには少し抵抗があった。

 でも、いつものことだった。少しの距離なら、先輩一人でも支えられることは経験上、実証済みだ。

 

「あっ。着替えとかもさせないとだから」

「分かってますよ。しばらく、ここで待ってます」

 

 コップに水を注ぎながら、俺は先輩にそう返す。ここまで、フォーマット通りのやり取りだ。

 フラフラと二人は危なっかしく、クッシーの自室へと向かっていった。

 水を注ぐ俺をチラッと見つめるクッシーが視界に入った。その視線は……何といえばいいんだろう。色んな感情がないまぜになって、ごっちゃになっている印象だった。

 気持ちは分からなくもない。

 

 

「……ふぅ」

 

 たかが水を注ぐという行為だけで疲れを覚えるということを、俺はこの時いつも実感する。

 酒を飲んだ後の高揚感と倦怠感が混ざったような、あの感覚。

 それは程々なら天にも昇るような心地だが、分量を間違えるとおかしなことになる。ドア一枚隔てて着替えさせてもらっている誰かのように。

 ……まあ要するに、俺も結構飲んじまったってことだ。

 

 

「……その辺り、先輩って」

 

 やっぱりさすがだな、と言葉にせずに心の中で呟く。

 彼女は「足るを知る」ということをよく知っている。

 だからこそ、というよりそれだけじゃないんだけど……俺もクッシーも、先輩を尊敬していた。

 

「……一条くん。もう入っていいわよ」

 

 俺がリスペクト的な感情に浸っていると、ドア越しに声がした。

 さて、と。お盆に三人分のコップを載せて、アルコール無しの「二次会」とでも洒落こもうか。

 

 

 ……洒落込めなかった。

 というのも三人の内の一人が完全にダウンし、寝落ちしてしまったからだ。

 何だ。コップ一つ分、損してしまった。

 

「クッシーの様子、どうですか?」

「どうにかこうにか、って感じね。……もう、出す物は全部出しちゃってたし」

 

 居酒屋でトイレを一人で占領し、先輩の介助のもとで彼女は戻し続けていたそうな。

 それにずっと付き合う先輩は、やはり凄いと改めて実感する。

 

「必要ならボウル、取ってきましょうか? あっ、もちろん戻す時は、俺抜けるんで」

「そうね。一応、そうした方がいいかもね」

 

 俺がそう提案すると、先輩はクスッと笑った。

「どうかしましたか?」と聞いてみると、

 

「いや……朱里ちゃんのこと、大事に思ってるのね」

 

 爆弾発言が、あっさり飛び出してきた。

 急に来た爆撃に、俺陣営は何の対策もしていない。

 ただでさえ酔いのせいで赤みが差した頬が、真っ赤に染め上がるのを確かに感じた。

 

「……別に、ただの腐れ縁ですよ」

「腐れ縁の割には、親身ね?」

 

 ああ、駄目だ。この人相手に、やり込められたことは数知れずあれど、やり込めたことは一度もないことを思い出す。

 眼鏡の奥の瞳は、どこまでも優しい色を湛えていた。

 

 

「――それじゃ、俺はそろそろこの辺で。後は、よろしくお願いします」

 

 二人で水を肴に二次会と洒落込んだ後、俺は先輩にそう言って立ち上がった。

 あまり長い間、女性の家にいるのは……うん。やっぱりアレだろう。

 

「朱里ちゃんなら、別にもう気にしないと思うけどね?」

「……うーん」

 

 先輩の問いかけに、俺はしばし思案してから、

 

「きっと、『べ、別に、一条先生に』とか、あれこれマシンガンのようにまくし立ててきますよ」

「ふふっ。全く同じこと、考えてたわ」

 

 先輩と二人で笑い合っていると落ち着く。

 普段から無自覚に振りまいているマイナスオーラに癒やされているからだろう。多分。

 

 

「それじゃ……また、しあさってでしょうか」

 

 今日は金曜日で、明日と明後日は休みだった。

 だからこそ、クッシーが酔っ払っても何とかなるという安心感も生まれるというものだ。

 

「そうね。……土日空いてるし、予定入れてもいいのよ?」

 

 ほんの少しのからかい口調で問いかける先輩に、俺は笑いながら返す。

 

「クッシーがいないとダメですよ。どうせ、『後で仲間外れにされた』とか不貞腐れるんですから……」

「……ホント、それよね」

 

 ひとしきり笑った後で、俺は玄関のドアを閉めるのだった。

 

 

 さて。ここで話は終わらない。

 フォーマットは、まだ続いている。

 

「……一条、くん」

 

 声のした方向を見れば、そこにはベランダから俺を見下ろすクッシーの姿が。

 少し、落ち着いたらしい。少なくとも、もう戻したりすることはなさそうだ。

 

「……あ、ありがとう」

「ん。気にすんな」

 

 このやり取りは、大抵いつも繰り返される。

 その度に……俺はなんとも言えない満足感を覚えるのだった。

 

 そんなクッシーに、「またしあさってな」と返す。

「……うん」という声を背に、俺は自宅へと歩き出すのだった。




少し煮え切れない感じですが、こんな風にして三人は幸せという話でした。
もう少し久世橋先生のも活躍してもらいたかったですが……酔っ払っているので仕方ないですね、はい。
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