きんいろティーチャー   作:ケイトラ

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二人の教師が、2年A組にやって来ました。
果たして、何がどうなっていくのやら……。


第1話 掴みはOK?

 口頭で一言だけ挨拶をした後、俺はチョークを手に黒板へと身体を向け る。

 隣には整った「久世橋」という字が見えた。

 そのすぐ隣に「一条」と書く。うん、隣の先生に比べたら見劣りするけど上出来だ。

 ……多分。

 

 

「それでは、一条先生。皆さんに挨拶を」

 

 

 俺が教壇に向き直ると、事務的な口調で久世橋先生が促してきた。

 その表情は、いつも彼女が強張っている時より更に緊張しているように見える。

 新年度だから、しょうがない、といえばしょうがないかもしれない。しかし――

 

 

 

 

「えっと、改めまして。一条です。おれ、いや、僕の担当教科は英語で――」

 

 

 

 時間を設けられた俺は、教壇の上から生徒たちを見下ろしながら自己紹介を始めた。

 あれ? 今、何て言ったっけ? それで次は……。

 かくして頭の中は、しどろもどろになりながらも、口調は(多分)淀みないという凸凹な状態となっていた。

 

 

(……あ)

「……!」

 

 

 どうにかこうにか自己紹介タイムをやり過ごしていると、呆けたような表情を浮かべた女子を見つけてしまう。

 またしても目が合った。本日、二回目。

 教室の中頃辺りに、長いツインテールを発見する。

 俺はなるべく、ちょっとした驚きを表情に出さないように努めたものの、相手は分かりやすいくらいに慌てていた。

 ほぼ間違いなく真面目で、素直。教師側としては、一番接しやすいタイプとも言えるのかもしれない。

 

 

 ただ、往々にして――

 

 

(ああいった生徒は人見知りで、おそらく)

 

 

 ドギマギとしていたツインテール――小路綾さん、だったか――は、ついに目線を明後日の方角へ向けた。

 頬が少しだけ染まっていることに気づいてしまう。

 

 

 うん。それに加えて、やっぱり男性が苦手とみた……。

 学生時代の久世橋先生と、どことなく似てるような気がしなくもない。いや、気のせいか。

 

 

 さて――

 こうして一段上から話していると、気付くことがある。

 

 

(……俺たちを指導してくれた先生も)

 

 

 こういった最初の不慣れな感覚を超えてきた、ということに。

 一段下から親しみやすい教師を無意識に選び、よくからかっていたことを思い出した。彼らも、今の俺と同じような気分を乗り越えてきたんだな、と思うと、懐かしいやら少しばかり申し訳ないやら……。

 

 

 ふと、思いついた。

 チラッと、右方を見やる。

 そこでは腕組みをしながら、相変わらず厳しい表情をしたままの久世橋先生がいらっしゃった。

 

 

「――以上です、よろしくお願いします」

 

 

 コホンと一息。これにて終了だ。

 時間にして2分くらいか。結構、長く経ったような気がするけど、実際はそこまででもないというのはよくあること。

 

 

 頭を下げると、パチパチという音が聞こえてきた。

 見れば、右の方で久世橋先生が手を叩いている。なお、笑顔は全く窺えない。

 拍手、というのは誰かが始めれば、メンバーに伝播するという性質がある。

 次第に、教室中から気持ちの良い拍手の音が聞こえてきた。

 

 

(……ああ)

 

 

 やばい、また顔が綻ぶ。あまり崩した表情を見せるわけにはいかないのに――

 嬉しい、な。これは……。

 

 

「はい、一条先生。ありがとうございました」

 

 

 右で腕を組んでいた久世橋先生が、スタスタと俺の立っている場所へと歩いてくる。

 その表情は、やっぱりどこか怜悧とも言えるようなお堅いもので……。

 ほら、先生。最前列の生徒たちが心なし強張った表情になり始めましたよ?

 

 

「それでは、諸連絡を――」

 

 

 さっきまで俺のいた場所に立ち、凛とした佇まいのまま久世橋先生は話し出した。

 俺はというと、久世橋先生と入れ替わるように、さっきまで先生が立っていた場所へと移動する。

 こっちから見える光景は、さっきのとはまた違う。

 しばらくは、いちいち新鮮さを感じるんだろうな……。

 

 

「ということで、明日から早速授業が始まります。皆さん、忘れ物には十分に――」

「……忘れモノ」

「そうです、貴方に言っているんです、九条さん」

「ワッ!?」

 

 

 教室の中頃に座る派手目な生徒が、久世橋先生に捕まった。

 ユニオンジャック柄のパーカーを着こなす金髪の彼女は、明らかに怯えた様子で久世橋先生と向き合っている。

 

 

(……九条、さん)

 

 

 何となく手持ち無沙汰な俺は名簿を探すと、今、ちょっとばかり説教されている彼女と照らし合わせる。

 九条……九条、カレン、さんか。

 なるほど、顔立ちや口調から――ハーフだな、あれは。

 

 

「いいですか、九条さん? 次に忘れ物をしたら――」

「ご、ごめんナサイ!」

「今、謝ってもダメです。謝ることは予防策ではありません」

「Uh……」

 

 

 散々に久世橋先生から言われると、ちょっとばかり口を尖らせたまま、九条さんは机に視線を落とす。

 

 

「……久世橋先生は厳しいデス」

 

 

 最後に何て言ったのかは聞き取れなかったけど、どことなく久世橋先生に対する複雑そうな思いを感じさせるものだった。

 いや。きっと、間違いなくそうだったんだろう。

 

 

「……決めた」

 

 

 思わず、呟いた。

 今の久世橋先生と九条さんのやり取りを見てから、気持ちは固まってしまった。

 新任教師、そして副担任として、どこまで踏み込んでいいのか迷っていたけど……。

 

 

 俺の目の前で、グラス片手に溜息をつく彼女。

 その隣で、彼女を励ます先輩。

 でも、彼女は強張ったままで――

 

 

 そんな光景を思い出しながら、俺は教壇の中心へと歩を進める。

 

 

「それでは、連絡事項はここまで。休み時間を挟んでから、続きとします。

 皆さん、新学期だからといってあまり羽目を外さないように」

 

 

 そう言って、久世橋先生が話をまとめようとした所で、

 

 

「あ、久世橋先生。少し、いいですか?」

「……一条先生?」

 

 

 目の前で、少しだけ久世橋先生の強張りが溶けた、気がする。

 予期せぬ出来事に驚いた様子だった。

 

 

「えっと……そうだな。みんな」

 

 

 キョトンとした様子の生徒たちに呼びかける。

 さっきまでの丁寧語路線のままで行こうかと迷ったけど、まあ、こっちの方がいいだろう。

 

 

「そういえば、言い忘れてたことがあるんだ……えっと」

 

 

 すぐ隣の呆気にとられた様子の久世橋先生を置いて、俺はチョーク片手に黒板へと向かう。

「一条」の下に「湊」、「久世橋」の下に「朱里」と書き足した。

 

 

「……い、一条先生!?」

 

 

 呆けた様子が一転して、一気に慌てたものに変わる。

 よし、ここまでは予想通り。

 

 

「後で、みんなにも自己紹介してもらおうと思うけど……まず」

 

 

 そこで一息ついて、生徒たちを見渡す。

 

 

「僕――いや。俺のフルネームも教えておこうかと」

 

 

 俺が言い終わると、一瞬、教室の空気が変わったような気がした。

 さっきまでの緊張した雰囲気に、ほんの少しヒビが入ったような、そんな感覚。

 

 

 軽く教室を見渡すと、小路さんはキョトンとした様子で、その少し前にいる九条さんは微笑んでいた。

 なるほど、どうやら九条さんは状況を察する感覚に長けているとみた。

 

 

 

「それじゃ、問題。この字は、何て読む?」

 

 

「湊」をチョークで軽く叩きながら、俺は生徒に呼びかける。

 さてと、誰がくるか――

 

 

「一条先生! も、もうそろそろ休み時間――」

「それじゃ、久世橋先生。お願いします」

「は、はぁ……って、先生!」

 

 

 よし、決まり。

 抗議しようと俺に向かってきた彼女を、俺は指名した。

 

 

「ど、どういうことですか!」

「どういうこともなにも……一番早く手を挙げた人が指されるものかと」

「そうじゃなくて! と、とにかく、早く職員室に――」

「もしかして……分からない、とか?」

 

 

 もう慌てた様子を隠そうともしない久世橋先生に、俺は切り札を出すことにした。

 そこで、彼女の言葉が詰まった。

 ピクッと、その肩が一瞬だけ震えたような気がする。

 

 

「……そんなわけ、ないでしょう?」

 

 

 その後で、久世橋先生はキッと俺を睨みつけてきた。

 とはいえ、怖いものではなかった。

 明らかに慌てた様子で向かって来られても、なぁ……。

 

 

「それじゃ、久世橋先生。お願いします」

 

 

 生徒たちに見えるように笑いながら、俺は久世橋先生を促す。というより、煽ってる?

 何はともあれ、久世橋先生は黒板を見つめた。

 その背中から、教師としてのオーラを――

 

 

「……あれ?」

 

 黒板を見て、明らかに動揺する久世橋先生。

 俺の「湊」という一文字を見つめたまま、頬に手を当てて呆けた表情を浮かべている。

 

 

 残念。そのオーラ、感じることはできなかった……。

 

 

 

 

――――

 

 

 SIDE:綾

 

 

(い、一体、何が始まっているの……?)

 

 

 あまりにも事態が飲み込めず、どうすればいいのか分からない。

 周りの人たちも、何だか呆気にとられた風だった。

 

 

 朝、私と目が合ったのが新任の先生だったということにも驚いたけど……。

 それ以上に、あの先生と久世橋先生が――

 

 

「綾ちゃん、綾ちゃん」

 

 

 ドギマギする私に、すぐ前の席から声が掛かる。

 新学期が始まっても変わらない、ほんわかとした声だった。

 

 

「しの……」

「私、ちょっとビックリしました」

 

 

 え、ビックリ?

 相変わらず落ち着かないクラスの雰囲気に混じりながら、目の前では笑顔の友達がいて、混乱に拍車がかかりそうだった。

 

 

「今日、初めてお会いしましたけど……久世橋先生って――」

 

 

 

「一条先生……もう、やめにしませんか?」

「いや、地味にショックなんですけど……というより、さっき職員室で自己紹介しましたよね?」

「あ、あまり集中できてなかったんです」

「……それより、俺と先生の付き合いを考えると」

「そ、そのことは、言ったらダメですっ」

 

 

 

「――可愛い、ですね」

 

 

 何とも絶妙なタイミングで、久世橋先生たちのやり取りが聞こえてきた。

 なるほど、さっきまで凛とした様子で話していた久世橋先生と、今、黒板の前で動揺している先生――

 まるで別人みたい、と私も思った。

 

 

 

――――

 

 

「あっ、思い出しました」

「……カップラーメンが出来そうな時間でしたね」

 

 

 ポンっと手を打って、久世橋先生は得意気な笑顔を俺に向けてきた。

 いや、そこでドヤ顔みたいなことをされてもあまり……。

 

 

「そうです、一条先生は……みな――」

 

 

 そのまま俺に向かって答えを言おうとする久世橋先生の顔が、何故かそこで引きつった。

 そして、何故か顔を赤らめ始める。

 率直に言うと、何だか不気味だった。

 

 

「ちょ、ちょっと。失礼な顔しないでください」

 

 

 そして、俺に当たってきた。

 いつものパターンではある。

 とはいえ、今日はちょっと違う……というのも。

 

 

「……あ」

 

 

 俺の後ろには、2年A組の生徒がいるのだから。

 久世橋先生は、そこで本格的に我に返ったのだろう。

 チラッと生徒の方を見れば、ほぼ全員の顔から緊張成分が消えていた。

 中には、あからさまにニヤニヤとしている生徒も――ほら、あそこの九条さんとか。

 

 

「……ああ」

 

 

 教卓に肘を乗せて、久世橋先生は頬を手で挟みながら俯いた。

 頭から湯気が見える気がしないでもない。

 

 

「それで、久世橋先生? 結局、答えは……」

 

 

 追い打ちをかけるようで申し訳ないけど、答えは聞いておきたい。

 ……少しショックだったのは、本当だった。

 俺は久世橋先生のフルネームをちゃんと言えるから、尚更。勿論、烏丸先生のフルネームだって……。

 

 

 俺が呼びかけると観念したのか、少しだけ肩を震わせた後で、

 

 

「――みな、と」

 

 

 やっと、正解を言ってくれた。

 赤らんだままの顔の温度は、余計に上昇してしまったかもしれない。

 ……そういえば、久世橋先生から名前で呼ばれたことはなかった。

 それを思うと俺も少し恥ずかしかったものの、目の前で絶賛赤面中の久世橋先生ほどでは決してないだろう。

 

 

 俯きながらも、久世橋先生の声はよく通る。

 教師向きの、いい声だと思っていた。

 それこそ、学生時代から――

 

 

 そう、だからこそ。

 

 

「く、久世橋先生」「えっと……一条、先生を」「名前、で――」

 

 

 それは俺だけでなく、すぐ近くに座っている生徒にまで、はっきりと伝わってしまう。

 

 

 

「!」

 

 

 瞬間、久世橋先生は身体を起こした。

 相変わらず、赤らんだ顔のままで。

 

 

 俺が生徒たちの方を見れば、どうやらさっきまで少し残っていた焦った様子は霧消したらしい。

 俺が見る限り、ほぼ全員が笑っていた。といっても、人をバカにするようなものではなく、どちらかというと――

 

 

(……微笑ましい)

 

 

 という感じだった。

 

 

 

 キーンコーン……

 

 

 おっと、どうやらここまでらしい。

 

 

「それじゃ、職員室に戻りましょうか」

 

 

 教卓の前で何とも言えない表情を浮かべたままの久世橋先生を、俺は促した。

 

 

「あっ、そうそう。1限をちょっと使って、みんなに自己紹介してもらう予定だから」

 

 

 おっと、忘れないように。

 きっと今は生徒に何も言えないであろう久世橋先生に代わって、俺が生徒たちに連絡事項を伝える。

 うん、やっぱり俺は「副担任」だな。ああ、仕事してるなぁ……。

 

 

「……一条先生」

 

 

 ギクシャクとした様子で、久世橋先生が俺の顔を見つめる。

 涙ぐむ一歩手前といった所の先生に、俺は――

 

 

「久世橋先生、大丈夫です。こんなこともあろうかと、俺の就任記念で買ってきた、まだ使っていないハンカチが――」

「い、いりませんっ」

 

 

 そう言うと、頬を膨らませたまま目を反らされてしまった。

 少し心配したけど、元気そうでなによりだ。

 

 

 

「それじゃ、また――」

「先生! 少し、いいデスカ!」

 

 

 まだおぼつかない足取りの久世橋先生をフォローしながら扉へと足を進めていると、そんな声が飛び込んできた。

 甲高く、「元気!」ということをいっぱいに表現しているその声の主は――

 

 

 声のした方へ視線を向けると、ユニオンジャックが見えた。

 その子――九条カレンさんは座席から立ち上がり、俺たちに喜色満面のまま視線をぶつけている。

 

 

「えっと……九条、さん? なにかな?」

「一条先生の名前はわかりマシタ。それなら――」

 

 

 そこで九条さんはコホンと息をつく。

 果たして、軽く悪戯っぽく笑いながら、

 

 

「久世橋先生の名前は、何デスカ? シュリ、ですか?」

「――!」

 

 

 隣で、久世橋先生がビクッと身体を震わせた。

 そのまま九条さんの方へと視線を向けるも、ユニオンジャックの彼女は楽しくてたまらないといった様子だ。

 さっきまでならともかく……少なくとも、今の久世橋先生が敵うことはなさそうだ。

 

 

「あー、それもクイズにしようかと思ったんだけど……俺から言うよ」

「――え」

 

 

 あっ、隣で久世橋先生が反応した。

 そして、俺の頬に視線を感じる。弱々しく、温度すらこもってそうな熱い視線が。

 ……でも、今は無視。ごめんなさい。

 

 

「先生、お願いしマス!」

 

 

 ニコニコと笑い続ける九条さんに向き合い、俺は言う。

 

 

「しゅり、じゃなくて、あかり。久世橋朱里先生だ。みんな、ちゃんと覚えて――」

「な、何をしてるんですか!?」

 

 

 あれ、復活したか?

 隣で久世橋先生が大きな声で抗議している。

 ちゃんと見つめると、顔が赤いだけでなく、もはや色々と手一杯というような疲労感すら少し感じられた。

 

 

 あれか、名前で呼んだのが気に入らなかったか。

 やばい、意識したら少し俺も照れてきたぞ……。

 

 

「ありがとうございマス、一条先生」

 

 

 おっと、九条さんが何か言ってる。

 久世橋先生を手で宥めながら、俺は彼女と再び視線を合わせた。

 俺の顔、赤らんでないよな?

 

 

「……先生は、久世橋先生と」

 

 

 そこで少しだけ区切ると、

 

 

「Very Good  Friends! デスネッ!」

 

 

 そう言って、これ以上のニヤケ顔があるかというくらい見事な表情をしてみせるのだった――

 

 

 

 

「……やっぱり、私の勘は間違っていませんでした」

 

 

 教室の外に出ると、ゼエゼエと息を吐きながら久世橋先生は俺を睨んできた。

 とはいえ今度はジト目なので、見慣れたものだった。

 

 

「お疲れ様です、久世橋先生」

「誰かさんのせいで、いつもよりずーっと疲れました……」

 

 

「ずーっと」をこれでもかとばかりに強調すると、久世橋先生は窓際によたれかかりそうになった。

 すんでの所で押しとどまり、相変わらず俺を睨み続ける。

 

 

「ごめんなさい、久世橋先生。ただ――」

 

 

 チョイチョイと、俺は久世橋先生を促す。

 A組の窓に。

「?」としたまま彼女は、そこから中を見つめる――

 

 

 

「久世橋先生!」

「きゃあっ!?」

 

 

 ガラッとドアが開くと、中から女子生徒が飛び出してきた。

 えっと、この子の名前は……いや、後で調べよう。

 

 

「ビックリしました……久世橋先生って、あんな顔もするんですね」

「あ、あんな顔……?」

「一条先生と一緒だと、その……い、いつもの怖さ? が全然なくって」

「――!」

 

 

 その声に、チラッと俺を睨んで抗議の意を示す久世橋先生。

 俺はそれをさらりと流して、内部からやってくる生徒たちを見ていた。

 

 

「ビックリしたよ、先生」「ね、先生? 一条先生と知り合い?」「知り合い、ってだけ?」

 

 

 ……何だか否定した方がいいような内容も聞こえてきたけど、放っておこう。

 少なくとも今、生徒と接するべきなのは俺じゃない。

 

 

「み、みなさん! も、もうすぐ休み時間は――」

「久世橋先生、顔赤いねー」「髪型、かわいー」

「……」

 

 

 男子も女子も、一部の生徒は久世橋先生のそばに近づいていく。

 それに囲まれた久世橋先生の表情に、照れ以外の何かがあったことに、すぐ気付いた。

 

 

「――もう、皆さんったら」

 

 

 疲れた表情のまま、久世橋先生は笑う。

 その笑顔は、いつも俺や烏丸先生に向けるよりも柔らかかったかもしれない。

 

 

(……これで)

 

 

 もう、愚痴を聞くことが無くなればいいんだけどな……。

 

 

 

 ――私、どうしたら生徒に――

 

 

 グラスの中の液体をゴクゴクと飲み干しながら、悲しそうな表情を浮かべる彼女。

 それを宥めようとする、俺と先輩。

 

 

 ほら、こんな風な……。

 

 

「私……もっと、久世橋先生と仲良くしたかったから」

「ちょっと嬉しい、かな」

「そうデス! ね、久世橋先生? 私にも、もう少し優シク……」

 

 

 気づけば、さっき説教されていた九条さんまでやって来ていた。

 パーカー姿の彼女は、他の生徒たちと一緒にいると、その特徴が際立つ。

 

 

 そんな教え子たちに囲まれた久世橋先生は、何だかとても「教師」らしかった。

 ゆっくりと、俺は職員室に戻ろうと足を翻す。

 きっと、久世橋先生は解放されないだろう……というわけで、久世橋先生の机から次の時間に使うかもしれないものも持ってきてあげよう、なんてことを思いながら。




おそらく、久世橋先生も寂しかったんだと思いました。
原作やアニメだと、しばらくは上手い笑顔を作れなかった久世橋先生ですが、このSSでは一応、一条や烏丸先生には笑顔を見せていたという設定です。
漠然と考えてはいますが、いずれこの3人がどういう関係なのかも書いていく必要がありますね……。
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