きんいろティーチャー   作:ケイトラ

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今回は、ちょっと色々と脱線した感があります。
書いていて楽しかったのは本当ですが……次回は、おそらく大方の読者の方が望んでいる久世橋先生回が見れるかと。



第5話 私と彼と、大好きな先輩

 ――あっという間の五十分間だった。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、生徒たちは思い思いに動き始めた。

 

 

「……お疲れ様です、烏丸先生」

「一条先生も、お疲れ様」

 

 

 まだ教卓の前に立ったままの烏丸先生に声をかける。

 その表情は何とも楽しそうで、授業の疲労感を全く窺わせない。

 

 

「参考になりましたか?」

 

 

 廊下に出てから、彼女は俺に問うてきた。

 俺はつい、身を先生に寄せてしまう。

 ちょっと興奮してしまったみたいだ。いや、別に嫌らしい意味じゃなくてさ……。

 

 

「ありがとうございました。先生が上司で、本当に良かったです」

「あらあら? 私を褒めても、久世橋先生みたいにお菓子は出せませんよ?」

 

 

 ペコリと頭を下げる俺に対し、嬉しそうな表情で先生は言葉を返した。

 

 

 

 英文を読み上げる時の口調は、おっとりとしていて、けれど決してダレてなくて。

 生徒を指名する時のタイミングも、時折、生徒をリラックスさせるための雑談の挟み方も――

「付き合いのある人だから」という贔屓目を差し引いても、素晴らしいとしか評しようのない……そんな授業だった。

 

 

「ごめんなさいね。雑談で、一条先生にもご登場頂いて」

「いえ、ちょっとビックリしましたけど――」

 

 

 

 軽く頭を掻きながら、さっきのことを思い返す。

「新任ですし、もう少し話して頂きましょうか?」と、呼びかけられた時のことを。

 そして、俺が教壇に立って烏丸先生と並んでいると、プッと吹き出す生徒を見つけたことも。

 窓際の方へと目を向ければ、そこにいたのは、ある意味予想通りの――ヨウコさん、改め、猪熊陽子という女子だった。

 俺の視線を感じても、いや寧ろ感じたためか、余計に笑いの色が濃くなっていた。

 

 

「もう、ヨウコ……」

 

 

 そんな猪熊さんを嗜めようとするのは、その前方に座る小さな金髪少女。

 この子も、さっきの猪熊さん同様に、先生の授業中に名簿で確認した。

 名前は、アリス・カータレット。

 ハーフどころか本場の英国人、らしい――英国人にしては小さい、ような……。

 いや、失礼か。

 

 

 

「……おっと」

 

 

 いけない。

 時計を見れば、授業が終わってから四分ほど経とうとしている。

 ……そろそろ、移動しないといけない。

 

 

 ニコマ目に俺は、この学校で初の授業を行うことになる。

 学年は……一年生。

 新任ということもあってか、俺は三年生の授業は担当しない。

 うちの学校は進学校というわけでもないけど、やっぱり大学を受ける生徒が大半だ。

 よくある普通科高校、というのは、高校時代から折にふれて思っていたことだった。

 

 

「……」

 

 

 何故か、少しばかり身体が強張っている、気がした。

 あれ? どうしたんだろう?

 まあ、いいや。無視できる範囲内だろうし――

 

 

「それでは、お先に失礼します。烏丸先生」

「あっ、そろそろですね、一条先生――」

 

 

 俺が頭を下げて、移動しようとすると、

 

 

「大丈夫ですか? 緊張、してませんか?」

 

 

 そんな言葉が、耳に飛び込んできた。

 顔を上げた俺の目の前で、烏丸先生が微笑みながら、そんなことを言う。

 正直、かなり動揺した。

 

 

「いえ大丈夫です、先生。俺も、もう教師です――」

 

 

 右肩に、柔らかい感触を覚えた。

 軽く、本当に軽くつつかれた、そんな感覚。

 ほんの一瞬の空白の後、ようやくその正体が分かった。

 

 

「……やっぱり」

 

 

 そう呟くのは、目の前の女性教師兼俺たちの大切な先輩。

 彼女は肩に指先を当てながら、俺の顔を見つめる。

 

 

「肩、硬くなってます、一条先生」

 

 

 その表情は、さっきまでの笑顔だけ、というものではなかった。

 ほんの少し心配そうで、さらにほんの少し――嗜められている、ような……。

 

 

「緊張、してるんでしょう?」

 

 

 そのまま、先生は俺に言う。

 肩に手が触れていることの気恥ずかしさを吹き飛ばすには、先生の表情は十分すぎた。

 

 

「一条先生。一年の子たちは、まだここに来て、本当に間もないんです。

 だから、先生が緊張しすぎるようなことがあったら、あの子たちが困ってしまいます」

 

 

 ゆっくりと語りながら、先生は俺から視線を離さない。

 言いながらも笑顔のまま。でも、ほんの少しの――厳しさが混ざっていて。

 

 

 

 ……昔から、そうだ。

 いつもニコニコと笑い続けているから、

 

 

「久世橋先生もそうですけど……」

 

 

 だから、俺も久世橋先生も――

 

 

「一条先生も、もっと私に甘えて……頼って下さい」

 

 

 ――このギャップに、何度もやられ続けているんだった。

 

 

 そう言うと、先生は俺の肩から手を離した。

 ほんの一瞬だけだったのに、何故かその部位は熱を帯びているようにすら感じられる。

 先生の顔を窺えば、ほんの少し照れているようだったけど、穏やかなものだった。

 

 

 

「……ごめんなさい」

「いえ、謝らないで下さい。大丈夫ですよ」

 

 

 見れば、もう烏丸先生の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 口元を緩ませ、垂れた目元は優しげで――

 

 

 

「それでは、一条先生。頑張ってくださいね」

 

 

 応援してますから――

 そう言い残して、烏丸先生は職員室へと戻っていった。

 俺はというと、事前に用意してきた高一用の教材を持ちながら、そんな彼女の後ろ姿を見つめ続けていた――

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 Side:久世橋

 

 

 ドアを開けて、私は自分の席へと向かう。

 一コマ目、家庭科の授業だった。

 ……今日も、うまい具合には、生徒と接することは出来なかったように思う。

 

 

「……」

 

 

 だから、というわけでは決してないけど、右隣の席をチラッと見る。

 当然、というべきか、そこの主は不在だった。

 ――彼は、烏丸先生にご迷惑をおかけしてないだろうか。

 

 

「お疲れ様です、久世橋先生」

 

 

 と、思っていた矢先に、私の耳に飛び込んできたのは何とも優しげな声。

 ビクッとしてしまう私の目に、言いようのないほど完璧な笑顔が飛び込んでくる。

 

 

「お、お疲れ様です、烏丸先生」

 

 

 焦りながら、何とか返事をする。

 色々と、お聞きしたいことがあった。

 他の職員の方は、まだ戻っていない。

 それなら、職員室で多少の会話をしても――

 

 

「彼」は、おかしなことをしませんでしたか?

「彼」は、きちんと授業を見ていましたか?

「彼」は――先輩と……

 

 

「……一条先生が、気になりますか?」

「!?」

 

 

 私が何を聞こうかと頭をグルグルとさせていると、いつの間にか近くに来ていた烏丸先生に聞かれた。

 先生は、嬉しそうに笑っている。

 ……でも、その笑顔に油断してはいけない。

 少なくとも私、や、おそらく「彼」のことは――全部、先生にはお見通し、なのだから。

 

 

「でも、ですよ、あか――久世橋先生」

 

 

 私がそんな風に納得していると、烏丸先生はすこしばかり慌てながら私の顔をジッと見つめてきた。

 一息つくと、

 

 

「一条先生は……久世橋先生と一緒にいたい、と」

 

 

 ――とんでもないことを、おっしゃった。

 

 

「え……!?」

 

 

 私は身構えてしまう。

 一条先生? 一緒に? 久世橋……私?

 頭のなかは最早ショート寸前。

 昔、よく見ていたアニメじゃないけど、そんなフレーズすら過ぎるくらい混乱してしまう。

 

 

「せ、先生、何を……」

「あっ、ごめんなさい。そういうわけじゃなくて」

 

 

 私が何とか声を出すと、先生は口に手を当てた。

 そういうわけじゃ……となると、どういう?

 

 

「一条先生は、やっぱり……久世橋先生相手の方が、かしこまってませんから」

「……はい?」

 

 

 クスクスと笑いながら、先生は私に言う。

 その表情は、何の悪気もなさそうだった。

 そもそも、それなりに長い間お付き合いしてきて、烏丸先生の悪どい顔を見たことがない。

 

 

「ああ、私相手じゃ、やっぱり……お二人を緊張させてしまうのでしょうか」

 

 

 悪戯っぽいトーンで言いながら、先生は私をニコニコと見つめる。

 その瞳に映っているのは、当然私と――

 

 

 ――生徒にモテるように頑張ってください――

 

 

 彼、なのかもしれない。

 ちょっとでもそう思ったら、何だかとても落ち着かない気持ちになった。

 

 

「久世橋先生、一条先生に言ってあげてくれませんか?」

「わっ!?」

 

 

 私が勝手に頬の赤みを押さえようとしていると、烏丸先生がそう言ってきた。

 微笑みながら私を見つめたままで、

 

 

「久世橋先生だけじゃなくて……もっと、私にも甘えて、いや、頼ってほしいな、って」

 

 

 ――甘え、て。

 思い返すのは、中学、高校時代の時のこと。

 ベンチに座る私たち。やってくる先輩。翻る三つ編み。

 

 

 ――もう、二人とも? 私にももっと甘えていいんだからね?――

 

 

 ほんの少し照れくさそうにする、大好きで大切な先輩――

 

 

 

 

「……い、いいですか? 久世橋先生?」

 

 

 私が過去に立ち返っていると、目の前で烏丸先生が慌てた様子だった。

 顔を赤らめて、私をジッと見つめる。

 ……何だか、普段とは立場が変わってしまった気もする。

 

 

「ええ、大丈夫ですよ。烏丸先生」

 

 

 幸い、職員室には、まだどなたも戻っていない。

 だから、私は――言葉を続けることが出来る。

 

 

 

 

「でも、私は一条くんと、言うほど仲良くありません。

 ただ、彼が私にちょっかいを出してくるうちに、何だかんだで……

 そう、腐れ縁、というものです。

 ですから、私に彼が、えっと……あ、甘えているなんてことはないですし、それに――」

 

 

 あれ?

 淀みなく言えると思っていたセリフが、そこで途切れる。

「それに……」の後、私は何て言おうとしていたの?

 

 

「あっ、もしかして……それに『むしろ甘えていたのは……』?」

「あっ、はい。それです。ありがとうございます、烏丸せんせ――」

 

 

 解を示されたことが嬉しくて、つい私はそう応えてしまった。

 静寂を保ったままの職員室。

 目の前で笑う烏丸先生。

 不在の席。

 

 

 

 ……ああ。

 

 

「もう……朱里ちゃんは、本当に可愛いんだから」

 

 

 朱里ちゃん。

 学校では封じたはずの言葉を、目の前の彼女は使っている。

 それを聞きながら、私は、

 

 

「――先輩は、変な所でイジワルなんですから」

 

 

 なんて、彼女につられて、そんな言葉を返してしまうのだった――

 




昔の、烏丸先輩とクッシーと主人公の話は、おいおい書いていくことになると思います。
少しずつ小出しにしていく予定です。

……書いていて、先生キャラに益々愛着が湧いていくのが何だか怖い。
そもそもメインキャラが殆ど出てないのに、これでニーズはちゃんとあるのか……あると思いたいですね。先生方は本当に可愛いですし。
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