雪ノ下によるガハマさんへの料理教室から数日が経った。
事の顛末を簡潔に語るとするならば、奉仕部に1人新しく仲間入りする人物が出来ただろう。
料理の腕に関していうのならば……うん、まぁ今後に期待ということで一つお願いしたい。
歯に衣着せぬ雪ノ下とガハマさんはどういうわけか馬が合うようでゆるゆりしている。
その過程で内のクラスの、プライバシーのため名前は伏せるが金髪縦ロールの女子と一悶着あったが概ね良好な関係に治まっている。
そんなこんなでいつも通り周り変化を遠巻きに眺めながら俺は週末を迎えた。
余談だが、比企谷家では完全週休二日制を採用している。普段馬車馬のように働く両親ですらその休みを満喫する。
なので長男として自信を持って休日は休むと決めているのだが、今週は川崎から連絡が来ていた。
川崎 沙希
宛先:×××-⚪︎⚪︎⚪︎@◻︎◻︎◻︎.ne.jp
件名なし
2015年×月⚪︎日
相談したいことがあるんだけど週末時間ある?
簡素な短文の通知が届いたのは昨日の晩のことだ。
断ってもいいんだが、なにかと世話にはなっている身だ。それに珍しく川崎から相談だと頼み事をしてきたのだ。
話くらいは聞いてやることにした。
なので俺は今、待ち合わせ場所に向かっている。お互い家には両親がいるから都合が悪いのだ。
両家の親達は共に川崎と俺が2人きりでいると茶化してくるのだ。本当にたまったもんじゃない。特に親父が嬉しそうなのは腹が立つ。
まぁ、この話は置いておくことにしよう。待ち合わせは千葉駅近くのとある俺1人で入るにはハードルが高いオシャレといっていい店だ。
川崎はそういった店に詳しいほうじゃないと思っていたが、それなりに女子高生していたみたいだ。
電車に揺られ目的地に向かう。わざわざ遠出してまでの相談とは一体どんなものだうか?
恐らくは知り合いの目に触れたくないからこその遠出だろう。しかし、そこまでしなくてはならない程の問題に川崎が直面しているのだろうか。少なくともここ数日、そういった素振りは見せていないと思う。
答えが出ない問いだ。いくら考えても埒はあかないだろう。
各駅停車の電車はゆっくりと千葉駅に向かっている。まだ千葉駅まで少しある。
駅に止まった電車の窓から駅名の看板が見える。その前を知った顔が通り過ぎて電車に乗り込んできた。
「いやー、時間危なかったわー。マジで乗り遅れるかと思ったわー」
「戸部が遅れなければ余裕があったんだけどな…」
「ちょ、ハヤトくーん。それは言わないで欲しいわー。
反省してるって!次からしないから絶対!」
「遊びに行くときに少し遅れるくらいなら大目に見るさ。
ただ、部活動の時は気をつけろよ。先輩に迷惑が掛かるし、後輩にも示しがつかないからな」
「おうよ!任せてよハヤトくん。
…ん?あれ比企谷くんじゃね?」
クソ!気付かれたかステルスヒッキーを最大出力で展開していたというのに…
土曜の正午過ぎなのに電車内の客は疎らだ。いや、正午過ぎだから疎らなのか?
そのせいか気付かれたくないのに気付かれてしまった。しかし、まだ慌てる時間じゃない。
奴らより一足先に気付いた俺は既にイヤホンを装備し、スマホを弄っている。
完璧だ。俺なら例え知り合い相手でも、この状況なら絶対声掛けないね。まぁ、目が合ってもスルーするんですがね。
「やぁ、比企谷。奇遇だな」
しかし、葉山は隣の座席に腰を掛けてきた。肩を叩き自身の存在を主張してくる。
これだと無視をするわけにはいかない。
「葉山と戸部か」
俺は今気づきましたという体でスマホから視線を葉山に移した。
「君もどこかに行くのか?
俺と戸部はこれから優美子達と遊びに行くんだ。良ければ一緒にどうだろう」
爽やかな笑みを浮かべ、葉山隼人は俺を遊びに誘う。
正直にいってしまうのなら、葉山と戸部の2人と遊ぶのは億劫だ。そこに三浦達が加わった状態でとなるとさらに
差す嫌気が増すというものだ。
時々、葉山は俺を遊びに誘う。1年の時に一度だけその誘いにのったことがある。
その時の内容はここで語らずとも明らかなものだろう。葉山が何かと俺を気に掛けたのは見て取れたのだが、正直余計なお世話だった。それならばいっそのこと始めから誘わないで欲しかった。
そんなこともあり、今でも誘われることはあるが基本的に断っている。川崎と行動を共にすることも多いため、断る口実には困らない。
理由が家の用事だからな一部の隙も無い完璧さだ。ふっ、敗北を知りたい。
「すまんが、これから川崎と待ち合わせだ」
なので無理だ。と告げておく。
これがただ本屋に行く時などに見つかっていれば断るのに上手いこと言わなければいけないので大変だが、今日は立派な口実がある。
「あー、じゃあしゃーないべハヤトくん。比企谷くんと遊ぶのはまた今度にするべ」
いいぞ戸部。その今度は一生こないと思うが、もっと言ってやれ。
「なら川崎さんも一緒にってのはどうだろう」
しかし、以外にも葉山は食い下がった。
しかもガハマさん曰く、クラス中が俺と川崎が付き合っていると思っている。ならば葉山もその括りに漏れないだろう。それなのに食い下がってくるその珍しさに驚く。今まで誘われることは数あれど、一度断ったら引き下がっていた葉山隼人が食い下がっている。
「……川崎とは遊びに行くわけじゃない。お互い用事があるんだ。
だから無理だ」
今度ははっきりと無理と言う言葉を使って断る。
流石にこう言えばどうしようもないだろう
「そうか…なら、仕方ないな」
「しゃーないな。また今度遊ぼうぜ比企谷くん!」
先程まで葉山の前に立っていた戸部がサムズアップしながら葉山の横に腰かけた。
おい、そこ座っちゃうのかよ。どうやらもう十数分の間はこいつらに付き合わなくてはいけないらしい。
その憂鬱さに小さく溜息を吐いた。
◆
千葉駅に付きようやく解放されるかと思ったのだが、どうやら待ち合わせ場所が近いようでまだ俺は葉山達と行動を共にしていた。
この分だと川崎も三浦達と一緒にいるかもしれない。三浦達と言うからには海老名さんとガハマさんも一緒だろう。なのでガハマさんが川崎を見つけている場合一緒にいる可能性が無きにしも非ずということになるだろう。
「あれー?隼人じゃん。こんなところで何してるの?」
待ち合わせ場所に向かう道中、葉山に女性が声を掛けた。
葉山に声を掛けたのは凄い美人だった。爆発しろ!
「えっと、2人は隼人のお友達かな?」
その美人がこちらに振り返る。その整った顔が笑顔を振りまいている
「ハヤトくんの親友の戸部翔です!」
「……同じクラスの比企谷です」
「二人ともこちらは雪ノ下陽乃さん。俺の幼馴染みたいなものかな」
「雪ノ下陽乃です!よろしくね!」
雪ノ下?雪ノ下っていうと…あの雪ノ下?
注視すると確かに似ている。見た目からして姉かなにかだろう。
「戸部はクラスとサッカー部で一緒なんだ。
比企谷は同じクラスだけど部活は一緒じゃないんだ。戸部と遊びに行く所で偶然会ったんだ」
「ふーん、じゃあ君は部活やってないんだね」
興味無さげに雪ノ下の姉は一度俺に視線向ける。
一応やってますよ。貴女の妹さんが部長の奉仕部の一員ですね。
まぁ、わざわざ言う必要も無いので黙っているが…
「陽乃さん、彼は奉仕部の一員だよ」
葉山が余計な事をしてくれた。
このまま黙っていれば何事も無く、この雪ノ下姉の印象にも残らずに済んだであろうに…
「へー、そうなんだ。それならそうといってくれれば良かったのに
改めまして、雪乃ちゃんの姉の雪ノ下陽乃でーす。あの部活に男の子がねー?ふーん、雪乃ちゃんとはどうなの?このこのー」
興味無さげな視線から一転。
新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぎ出す雪ノ下姉。
今も俺の肩に手を起き答えを促すようにスキンシップを交えてくる。
「…別にただ部活が一緒ってだけですよ。他にも部員はいるし、仲が良いとかじゃないです
あと近いです離れてください」
「あはは、君は面白いねー」
おい、葉山。なんとかしろおまえの知り合いだろと恨みがましく葉山に視線を送る。
すると通じたようで葉山が助け舟を出してきた。
「陽乃さん。俺達はこれから待ち合わせがあるから、またの機会にでも」
「そっか、残念。学校での雪乃ちゃんの様子とか教えて欲しかったんだけどなー
それならしょうがないか。じゃあ、またね。隼人と比企谷くん!」
そういうと、雪ノ下姉は去っていった。今ナチュラルに戸部が無視されてませんでしたか?
可笑しい。そういうのは俺の領分の筈なのだが……戸部の様子を伺うと元気に手を降っていた。戸部がそんな感じなら気にすることもないか。
「いやー、マジで美人さんだったわー。隼人くんあんな人と幼馴染とか羨ましいわ」
「はは、そんな良いものじゃないよ幼馴染なんて」
戸部は予期せぬ美人との会合にまだ興奮が冷めやらぬ感じだ。
そんな戸部に冷めた感じで答える葉山。そんなものなのだろうか?俺も幼馴染なんてものはいないからわからないが、葉山の様子を見るに本当にそう思っていそうだ。
しかし、葉山と雪ノ下が幼馴染ね。昔から雪ノ下と近しい関係にあるとは…なんというかご愁傷だな本当に。
さっきの一癖二癖じゃきかなそうな姉と毒舌妹。俺には無理だな。
なんて自分勝手な感想を抱いていると約束の相手が見えてくる。
先ほどの心配事は杞憂だったようで川崎は1人だった。
「よう」
「……」
いや、返事くらいしましょうね?
後ろの2人を睨み付けて威嚇しなくてもいいんじゃないですかね?一応同じクラスの人ですよ。…いや、ひょとすると俺も威嚇されているまである。呼び出したのそっちじゃないですか。勘弁して下さいよー。
あと戸部、そんなにビビらなくてもそいつ別に噛み付いたりしないから安心しろ。
「なんで?」
何を問うているかは一目瞭然だろう。
「やあ、すまないね川崎さん。
比企谷とは偶然に電車で会ってね。ここまで一緒になったんだ」
葉山が答える。このあたりは流石は葉山といった所か、すかさずフォローを入れてくる。
「まぁ、そういうわけだ」
「そうそう!川崎さん俺ら分かってるから!邪魔とかしないし安心してよ!な、ハヤトくん」
川崎の視線は一層鋭さが増して戸部を再びビビらす。
もう行くか。ここにいても互い損はあっても得はないだろう。
「…行こうぜ。言ってた店、場所知らないから案内してくれよ。
昼飯食ってないから腹減った」
「分かった」
そういうと川崎は歩を進めた。ついて来いということだろう。
素直にその後に続くことにする。
「じゃあな」
「あぁ、また学校で」
「またね比企谷くん!また今度遊ぶっしょ!」
いや、それは勘弁して下さいと心の中で断っておく。
一応の挨拶を済ませ、川崎の横に並ぶように歩を早めた。10分程歩いたところで、目的地に到着したようだ。
俺と川崎は小さいテーブルを挟んで対面している。話は飯の後でことで適当に注文する。
女子が好きそうなものが並ぶメニューから、比較的食べ応えのあるものをチョイスする。
しかし、目の前に来たそれは少し物足りない感じだった。まぁ、しゃーないか。かーっ、ラーメン屋ならこんなこと無いんだけどなー!
ラーメン屋で相談聞くとかシュールだな。
なんてくだらないことを考えながら箸を進めた。手に持っているのはスプーンなんですけどね。
相談は飯を食べてからだろう。早々に食事を終えて、コーヒーを2杯頼む。これで話をする雰囲気になっただろう。
「それで、相談ってなんだ?珍しいじゃないか」
というかコイツから相談を受けるのは初めてだな。
川崎は視線を泳がせ話にくそうにしている。川崎が話始めるまで待つことにした。こんな時は話を促したって逆効果だ。
コーヒーを飲みながらやっぱ練乳も欲しいなと思っていたら川崎がようやく口を開いた。
「……アルバイトしようと思ってるんだけど」
「…すれば?ってか今もしてないかおまえ」
コイツは土日は家に両親がいるのでアルバイトに出ている。
新しく増やすということなのだろうか。しかし、それなら俺にわざわざ相談することもないと思うが…
「今やってる軽いのじゃなくて、そこそこ稼ぎの良いやつを捜してるんだ」
「…」
早急にでは無いが、近い将来に金が必要になるのだろう。
こいつは金使いが荒い人間では無い。常識的な金銭感覚を持った人間だ。
「金が必要な理由を聞いても良いか?」
「大学行きたいし、もう2年だから夏から予備校通いたいんだけど
親にはあまり頼れないって言うか…そのお金を自分で用意しようと思って」
付き合いがあるとはいえ、俺は当然川崎家の経済事情なんて知らない。
一つ思い当たる節があるのは春から川崎弟が小町と同じ塾に通い出したことぐらいか。なんか今思い出しても腹立つな…
まぁ、それは一旦忘れよう。
川崎が総武高校に通っているということは、こいつも中学時代にそれなりに勉強をしてきた筈だ。
ガハマさんを見ていると自信が無くなるが、一応進学校を謳い文句にしているのだ。入るのはそれなりに難しい。
つまり、こいつも中学時代に塾にでも通っていたのだろう。その時に経済事情に思うことがあったのかもしれない。
「そうか…通う予備校はもうどこか決めてるのか」
「うん、この間あんたがパンフレット見てたとこにしようかなって」
それならば一つ、思いつく解決方法がある。
スカラシップという制度がある。これを使えば恐らくは川崎の問題を解決できる。
雪ノ下曰く、飢えた人に魚を与えるのでは無く、魚を獲る方法を教えるとうい奉仕部の理念。それに従うことにしよう。
「スカラシップって知ってるか?」
「知ってるけど、あれって特別優秀な生徒しか受けれないんでしょう?」
「それは違う。おまえが思ってるより枠は広いぞスカラシップって」
「そうなの?けど、それでお金出してばっかりだと予備校儲からないんじゃ…」
「別に俺らが予備校の心配をする必要は無いだろう…
一応あの制度は予備校も受ける生徒も損をしないもんだぞ。予備校ってのは生徒が増えても掛かる経費が少ないんだ。
教室に満員でもガラガラでも必要経費はそう変わらない。やること一緒だしな。
そこで空きを埋めるのにテストをして優秀な生徒を引き込むんだ。その生徒が有名大学に入れば宣伝にもなる」
これまた余談だが、各予備校の発表する有名校への合格者数がその年の有名校の合格者数を上回ったりするアレ。
これも少なからずスカラシップは関わっている。
「詳しいんだね…」
感心したように川崎は呟いた。
「…まぁ、俺も狙ってるしなスカラシップ」
「そうなんだ。じゃあ、無理にバイトする必要なんて無かったんだ」
どこかホッとしたように呟く川崎。
「金があるにこしたことは無いけど、まぁそういうことだな。スカラシップ受けれればだけどな」
「うん、だからさ。あんたが教えてよ勉強。
学年3位なんでしょう?」
そう言ってからかうように川崎は笑った。
まぁ、復習にもなるし勉強することは悪いことじゃない。
「…国語だけな。数学とか無理だぞ」
「うん、流石にあんたに数学は頼まないよ」
真顔で言われた。…そうですか。
兎も角、川崎の悩みは解決されたのだ。それで満足しよう。
少し冷めてしまったコーヒーを口に運び、そういえば誰かと勉強するのは初めてだなと気付いた。
さといもの煮っころがし!
美味しいよね!!