その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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15.魔女のお茶会

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

そこは薄暗い部屋の一室。

そこでは今二人の男女が対峙していた。

部屋の主である女性は高圧的に銃を突きつけ。

対する男性は悠然と自然体で立っている。

 

 

「それでアンタは誰かしら?」

 

「おや。もう経歴はお調べになっているんじゃないですか?」

 

「あんな物が?ハッ!舐められたものね。

私の敷地でこそこそとしたいのなら星条旗でも持ってきなさい。」

 

 

銃を構える女性・・・香月夕呼は心底下らない事を聞いたと言わんばかりに吐き捨てる。

対する男性・・・迷子あちらは偽装があっさりばれた事に頭を抱えている。

 

 

「・・・世界の補正が掛かっているんですけどね。

一応お伺いしますが何でバレたんです?」

 

「ソレをアンタが知る必要はないわ。

 

で?さっさと答えてくれる?私は忙しいのよ。」

 

 

正面に立つ香月副司令が手に持った拳銃の照準をあちらの頭部に合わせた。

だが圧倒的優位な立場の筈なのに、彼女の顔は心なしか強張っている。

 

なぜ?不審者と一人対峙しているから?

 

 

―――違う。

 

 

それならば警備兵を呼べばいい。

 

彼女はこの極東最大の国連基地の副司令にして、とある国連主導の極秘計画の中核だ。

その価値は計り知れない。

ボタン一つで大挙として武装した警備兵が部屋に雪崩込んでくるだろう。

わざわざ危険を冒してまで無防備に相対する意味が無い。

 

 

―――ならば何故か。

 

 

答えは簡単だ。―――この事を他の人間に知られたくないから。

よくよく見れば香月副司令の瞳には緊張以外の色が浮かんでいる。

 

 

 

戸惑い。興奮。確信。――――――歓喜。

 

 

 

・・・驚いた。この人物は本当の天才―――天災クラスの偉才だ。

 

ある程度自身の提唱する因果律量子論で説明できるとはいえ、まさか独力で私の正体に見当を付けるなんて。

さすが(・・・)他の本を(・・・・)繋げようなんて(・・・・・・・)突拍子も無い事を考えるだけの事はある。

 

 

成るほど。やはり此処にいれば厚木さんの依頼も完遂できそうだ。

ではご期待に応えられる様、私の正体の答え合わせといこうか。

 

 

「ではご推察の通りだと思いますが、改めて自己紹介を。

 

―――私は大図書館「あっち」方面書架群管理責任者補佐、迷子あちらと申します。

 

以後お見知りおきを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「魔女のお茶会」

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

ここはこの極東国連軍横浜基地の副司令である香月夕呼の執務室。

副司令という立場にあるため、部屋もそれ相応の広さと調度品の質の良さだが、そこの部屋の主が適当なためあたりに書類や試料が散乱している。オーク材で出来た執務机の上も書類やファイルで溢れ返っており、若干電子端末周辺が申し訳程度に整理されている。

 

・・・無雑作に積み上げたファイルを片付けたと表現するならばそうだが。

 

彼女の副官や親友が片付けようとしても本人曰く何所に何があるかが分かっているらしく、しかも本当に分かっているのだから始末に終えない。

その気苦労耐えない副官であるイリーナ・ピアティフが執務室に三人分のカップを持って現れた。

 

 

「失礼します。コーヒーをお持ちしました。」

 

「あぁ。ありがと。そこのソファの所に置いといて。」

 

 

今、その執務室のソファに座れるスペースを作ろうとあちらと霞が片付けている。

当の本人はそれを少し離れた所から眺めていた。

ピアティフがソファに近づくと彼女に気付いたのか、あちらは一旦作業の手を止めてピアティフに挨拶した。

 

 

「ピアティフ中尉、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

「ええ、中尉。貴方は退役しても遣っている事があまり変らないのですね?」

 

 

くすくす笑いながらピアティフは指摘した。

あちらの軍属時代の所属は戦史編纂資料室。人員僅か一名の閑職中の閑職だ。

余りにも仕事が無く、よく夕呼に呼び出されては彼女の身の回りの世話をしていた。

 

しかしなぜ閑職の戦史編纂資料室の室長でしかない彼が、機密レベルの高いこのフロアを行き来できたのか。それは今も謎だ。

 

そもそも戦史編纂資料室自体も帝国軍旧白稜基地時代にあった部署で、国連軍がここを使い始めた時には閉鎖されていた部署だ。それを香月副司令が復活させた。その意図は不明だ。

その理由を知っているのは僅か香月夕呼、社霞、白銀武、そして鑑純夏の四名のみ。そして彼女らはそれを誰にも話す事無く墓まで持って行くだろう。

 

基地内の噂では資料室は隠れ蓑で彼は凄腕のエージェントだとか、一人で旅団規模のBETAを駆逐できる不死身の衛士だとか、副司令の情夫だとか色々ある。ちなみに最後の噂を流した奴は最前線のユーラシア大陸に転属となった。

 

 

「ピアティフ中尉。もう私は軍属ではないので迷子でもあちらでもかまいませんよ。」

 

「それを言ったら中尉も私に階級は必要ありませんよ。」

 

「ではピアティフさんと。」

 

「・・・ピアティフ、もういいわ。下がりなさい。」

 

「了解しました。・・・ではあちらさん、また後ほど。」

 

「はい。」

 

 

ソファの前のテーブルにカップを並べると、ピアティフは退出していった。

粗方片付いたソファにどかっと腰掛けると優雅に足を組みながら夕呼が口火を切った。

 

 

「さて、あちら。改めて。久しぶりじゃない?くたばったのかと思ったわ。」

 

「私が死なない事は知っているでしょう?お陰様で元気にしてましたよ。

 

社さんも久しぶり。元気にしてた?」

 

「はい・・・。あちらさんも元気そうで良かったです。」

 

「白銀君には海に連れてって貰えた?」

 

「はい。私の大事な思い出です。」

 

 

その時の情景を思い出すかのように目を閉じている霞。

その口元は穏やかな笑みが浮かんでいる。

その様子を満足気に眺めるあちら。

 

最初に出会った時はまるで人形の様だったが、今はもう年相応の少女にしか見えない。

その生い立ちを知っているだけに彼女には幸せになってほしいものだ。

気になるお相手もいるようだし。

 

 

「それでどうしていきなり居なくなったのよ。こっちはあんたが居なくなったのを誤魔化すのに苦労したんだから。」

 

 

夕呼さんは返答次第ではブッ殺すといわんばかりに睨みつけてきた。

社さんも此方をじっと見詰めてくる。彼女に嘘は通用しない。ぴょこぴょことウサギ耳が揺れている。

 

 

「別に理由は無いんですけどね・・・。強いて言うならもうここに居る理由が無かったというべきでしょうか。

この世界に来た目的である(セカイ)への不正アクセスも是正されましたし、元々私は自分の世界を探しています。

本来なら一年その世界に滞在して次に移動するんですが、ここではオルタネティブⅣの完遂を見届けるために三年近くも滞在してしまいました。

 

あの時は桜花作戦も無事成功したみたいですし、丁度BETAの基地襲撃による混乱で人一人居なくなった所でMIAとされるだろうから後腐れないなぁと思って。」

 

 

別に深い意味はないんですとあちらがコーヒーを啜ると、夕呼は心底呆れた風だった。心なしか霞も目に呆れの色が浮かんでいる。

 

 

「アンタ、馬鹿でしょ?」

 

「あちらさん・・・。馬鹿ですか?」

 

 

夕呼に言われるよりも霞に言われる方がダメージが大きかった様だ。いつも飄々としたあちらが沈んでいる。

夕呼は今は英雄と呼ばれている自称・教え子とはまたベクトルの異なる間抜けさに開いた口が塞がらない。

 

この男は自分というものが周囲からどう思われているか知らないのだろうか?

 

 

暇な閑職についているせいか、この男はあっちこっちに顔を出していた。

その所為でやたらと顔が広く、噂もあってこの基地で『迷子の中尉』と言えば良くも悪くもちょっとした有名人だった。

 

 

 

その男がある日突然姿を消した。

 

 

いくら横浜基地がBETA襲撃の余波で混乱していたといっても、何人かは彼の顔を知っている者もいる。

基地襲撃後、生存が確認されていた者が突如姿を消せば事件か脱走かと疑うだろう。

実際にMPが事実の解明に乗り出そうとする事態になり掛けたが、夕呼がそれにストップをかけ、あちらは副司令の特殊任務遂行中に重症を負い退役したという事になった。

もちろん一部からは疑惑の声もあったが、彼と親しかった基地要員や戦闘部隊、更には桜花の英雄まであちらの擁護に回ると、これ以上騒いで薮を突くのを怖れたのかそれもすぐに止んだ。

 

 

「特にA-01の速瀬や涼宮姉妹はしつこかったわよー。

涼宮姉をBETAから助けてくれたお礼を言おうとしたら、当の本人が行方不明なんだもの。

迷子中尉はどこにいったんだーってしつこいたらありゃしなかったわよ。

ったく。そんなのこっちが知りたいわよ。」

 

「それは・・・すいません。」

 

「フン、KIA認定でもすれば楽だったんでしょうけど、社がどーしてもって言うからね。

アンタ、社には感謝なさいよ。」

 

 

あちら自身も今日この横浜基地を訪れた時は営倉か幽霊扱いを覚悟していたので、正面ゲートの警備の伍長に素直に再会を喜ばれた時は面食らった。

別れの言葉も無く失踪同然に姿を消したあちらに対する社の優しさに感謝した。

なんだかんだで三年間を過ごした基地(ホーム)である。それなりの愛着は有るし歓迎されると素直に嬉しい。

 

 

「・・・けど博士もあちらさんがいなくなった後は寂しそうにしていました。それにMIAにならないように骨を折ってくれたのも博士です。」

 

「社、余計な事は言わないの。」

 

 

霞があちらにその時の夕呼の様子を報告すると、夕呼はカップを傾けながらじろりと見遣り釘を刺した。

この才女は普段のつまらなさそうな表情を崩していないし、逆に心外だと云わんばかりに顔を顰めている。

だが、この程度の心中を察する事が出来なければ彼女の友人が務まるはずもない。

香月夕呼という女性は本当に大切な事は口には出さない。

 

 

「夕呼さん。態々ありがとうございました。」

 

「フン。貸し一つよ。」

 

「魔女に貸しとは後が恐ろしいですね。」

 

「言ってなさい。司書。

 

・・・で?アンタ今日は何しにきたの?

まさか復職願いに来た訳でもないでしょう?」

 

「ええ。まだ自分の本も見つかってませんし。

・・・ただ何となく友達の顔を見に来ただけですよ。後の事が一応気がかりだったもので。」

 

 

夕呼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、持っていたカップを置くとあちらに言葉を叩き付けた。

 

 

「わざわざ会いに来てそんなつまんない事言いに来たの?私を舐めるのもいい加減にしなさい。」

 

「つまらない事?」

 

「そんなしょぼくれた顔してんなら何か悩みでもあってここに着たんでしょ?

ここまで来て私の時間を浪費させた以上、次にそんな詰らない嘘でも言って御覧なさい。

 

マスドライバーに括り付けて月までブッ飛ばすわよ。」

 

 

夕呼の物言いにあちらは苦笑した。

もうちょっと回りくどい言い方をせずに言ったら良いものを。

しかし確かにそうだ。ここまで来て遠慮する必要も無い。

 

 

なら遠慮なく悩みを聞いてもらおう。

 

 

 

―――共犯者(トモダチ)のよしみで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――香月夕呼は世間では冷酷で非情な魔女と言われている。

 

彼女はそれを否定しないし、鼻で笑って気にも留めていない。

実際にそれだけの事をしてきたし、常人が知れば怖気を誘うような事もしてきた。

敵味方差別無く、幾人もの人間を欺き、陥れ、見殺しにして死地に追いやってきた。

 

これからも彼女はそれらに謝罪もしなければ省みる事もしない。

すべてを背負い、ひたすらBETAを駆逐する為だけにその狂気に満ちた道を歩み続け、最後にはたった一つの見返りや幸いも無く、ただ残したその結果に満足して笑って死ぬ。

 

 

 

もし彼女に救いが在ったとすれば、それは言うまでも無く白銀武という存在だろう。

―――『力』と『覚悟』を携えて、また再び(・・)世界を超えてやって来た青臭い救世主。

 

 

そしてもう一人いるとすれば、それは迷子あちらという存在。

―――世界の理の外側に立つ、魔女の共犯(トモダチ)として。

 

 

 

この世界の理外に立っている、一切の利益不利益が絡まない究極の部外者。

 

その為、自分の教え子や部下や親友には決して見せる事のできない香月夕呼の人間性(弱み)をさらけ出しても問題が無い唯一の共犯(トモダチ)

 

 

そしてこの共犯は死なない。

例え欺き陥れ見殺しにして死地に追いやったとしても死なないのだ。

 

一番大切な親友さえも目的の為には容赦無く切り捨てる選択をしなければならない彼女にとって、迷子あちらという共犯は、自身がまだ人間性を保っていられているかどうかを計る標だった。

 

恐らくそれを無くした時、香月夕呼は唯の目的を果たすだけの機械と成り果てる。

 

 

 

無論、別に共犯と言っても謀略や研究の実行や幇助をする訳ではない。

ただ起こる事態を容認し、彼女の行いを許容するだけ。

じっと外側から物語(セカイ)を眺めているだけだ。

 

そして彼女が重荷に膝をつき、挫けそうになって立ち止まった時にだけそっと傍らに立つ。

何もせず、何も語らず、ただ立っているだけだ。

 

しかし、たったそれだけで彼女はまた立ち上がり、胸を張って歩み始める。

 

それはなぜ?簡単な事だ。

 

 

 

―――友人に無様な姿は見せたくない。

 

いつか必ず訪れる離別の時に彼が見るのは、いつも大胆不適な香月夕呼の後ろ姿であるべきなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその旅立った友人が、いつも飄々とした彼が珍しく悩み事を抱えて自分を訪ねてきた。

久しぶりの再会だというのにという思いも無くはないが、世界を超えて頼られたのかと思うとまァ悪い気もしなくはない。

それに今まで私も散々愚痴や文句を聞いてもらってきたのだ。偶には逆の立場に立つのも悪くない。

 

 

白銀やまりも達は今ちょうど演習場で実機訓練中だろう。

訓練が終われば、ピアティフからの伝言を聞いて飛んでやって来るに違いない。

 

 

まぁそれまでは時間もあることだし?

取り敢えずはコーヒーでも飲みながら、暇つぶし程度には悩みとやらを聞いてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 


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