その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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16.続・魔女のお茶会

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

「へぇ・・・。それでアンタは自分が違う世界から来たと言張るわけね?

とんだお笑いだわ。」

 

「ええ、その通りです。正確には世界の外側ですが。」

 

 

香月副司令は嘲笑を浮かべ、表面上は(・・・・)侮蔑の色を隠そうともしない。

大方こちらの譲歩を引き出してから、いい様に情報を聞き出して駒にするつもりだろうがこちらにも目的がある。

香月副司令の協力が必要とはいえそこまで謙る必要はない。

なにしろ相手はこっちのことを何も知らないのだから(・・・・・・・・・・)いくらでも揺さぶり様がある。

 

 

「貴女の提唱する因果律量子論で大体の説明は付くと思いますが。

それにある程度予測がついていたからわざわざ人払いしてまでお会いになったんでしょう?」

 

「ッ!!・・・そこまで知っているなんて。

 

確かにあの理論で説明は出来るけど、それがアンタに証明できるかしら?

それにアンタが敵対勢力のスパイだって可能性の方が高いとは考えられないかしら。」

 

「・・・・・・ふぅ。強情な人だ。いや、この場合は強欲ですか?

 

まぁいいでしょう。そこまで腹の探り合いがしたいのならこちらにも考えがあります。」

 

「・・・へぇ?面白いことを言うのね?どういう考えがあるっていうのか教えてもらいましょうか。」

 

 

あちらの纏う空気の変化を敏感に悟りながらも夕呼は余裕の笑みを崩さない。

逆にこの程度で逆上するような男なら御し易いとでも考えているのだろう。

 

 

「この手はあまりに恐ろしく、外道なのであまり使いたくなかったのですが・・・仕方ありません。」

 

「薬でも使おうっての?やれるもんならやってみなさい。私の引き金は軽いわよ?」

 

 

あちらは覚悟を決めたように夕呼を見据え、夕呼は拳銃を両手で構えながら、隣の部屋でこちらの部屋をリーディングをしている霞に警備兵を呼ぶ準備をさせる。

その時、霞がプロテクション能力で困惑したイメージを投射してきたが、それに意識のリソースを割いている余裕はない。

 

緊迫した空気が執務室を包み、二人は油断なく相手の出方を伺う。

職業軍人でもない技術将校の夕呼の胆力はそれらとまったく見劣りしない。

 

そしてこの緊迫した状況がいつまでも続くような錯覚に陥りそうになった時。

 

 

―――迷子あちらは悪魔も泣き出す禁断の手段を行使した!

 

 

「香月夕呼。25歳。結婚、出産歴無し。元帝国大学応用量子物理研究室所属。

家族構成は三姉妹の三女。好みの男性は年上。

 

 

・・・最後におねしょをしたのは

 

 

 

 

どんどんどんちゅいーん。

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・14歳の春、量子論の論文検証の片手間に自作したポエ

 

 

 

 

どん!どん!どん!どん!カチカチカチカチカチ

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 

にやりと悪魔(あちら)が笑う。

 

 

 

「・・・・・・まだ続けますか?」

 

「・・・・・・チッ。

 

分かった。分かったわよ。

話を聞いたげるからその話は記憶から抹消しなさい。

・・・でないとアンタの脳と脊髄を引き抜いてシリンダーに詰めるわよ?」

 

「はて?一体何のことですか?・・・何事も話し合いが一番ですね。香月副司令?」

 

「ハァ・・・。とりあえず黙んなさい。」

 

 

―――フッ、勝った。

 

 

その名も黒歴史ノ書(デス・ノート)

(セカイ)のページを遡って相手の弱みを握るまさに外道の業である。

 

 

あちらは銃弾が掠った頬から血をダラダラ垂らしながら空しい勝利の余韻に浸っている。

彼が生きているのは奇跡以外の何物でもない。夕呼に少しでも射撃の腕前があればあちらは随分風通しが良くなっていたに違いない。

 

隣の部屋から呆れた様な溜息が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「続・魔女のお茶会」

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

あちらが前の(セカイ)での長谷川千雨との関係や想い、旅についての悩みを夕呼に語ると、それまでは黙って話を聞いていた夕呼は一言だけ呟いた。

 

 

「アンタ、ロリコン?」

 

「ちょ」

 

「社、こっちに来なさい。食べられちゃうわよ。」

 

 

隣に座っていた霞のウサ耳がピンッと立ち、ふるふると怯えるような目でこっちを見てくる。

同時に何もしていないはずなのに湧き上がるこの罪悪感。

擦り寄ってくる子猫を蹴り飛ばしたら似た様な罪悪感が湧くかもしれない。

 

 

・・・なにこれ死にたくなってきた。

 

 

思わずすがる様な目で霞を見るが、それはどうやら霞の怯えをさらに煽っただけの様で、すすっと霞は夕呼のそばに退避した。

 

 

心が折れる。

 

やばい。不老不死のはずなのに魂が昇天(ゴール)してしまいそうだ。

 

 

落ち着けあちら。これは魔女の姦計だ。落ち着いてハッキリと順序だてて論破するんだ。

そうすれば社さんも隣の席に戻ってきてくれるはず。そう、何も恐れることはない。

だって私はロリコンじゃないんだから!

 

 

「夕呼さん、それは違います!私は」

 

「でもそのチサメって娘、中学生なんでしょ?おもいっきり未成年じゃない。」

 

「そ」

 

 

―――そ、そういえばそうだった!

あまりに凛々しいから忘れていたが、千雨さん中学生(14才)じゃん!

 

想いを自覚する前は普通の中学生として接していたのに、自覚してから完全に意識から抜け落ちていた。

けど別に中等部だから好きになってしまったわけじゃないし、それを認めることは千雨さんを侮辱する事にも繋がる。とても認められない。

 

だいたいもう私には年齢という概念はあまり意味を成さない。

永い長い旅を続け、様々な物語(セカイ)を巡り、いま私は此処にいる。

年という概念が磨耗した今の私には時間の経過に重きを置くよりも、その内面、魂の輝きに心惹かれる。

つまり何が言いたいかというと、私はロリコンではなく、たまたま惹かれた心の持ち主が未成年だったというだけです!」

 

 

「戯言も大概にしときなさいよ。年齢不詳者(クソじじい)

 

アンタの場合は齢90の老婆でもロリコンで犯罪よ。」

 

 

 

――――――。

 

 

 

「げふ」

 

 

あちらは言葉のナイフで精神に大損害を受け、座っていたソファーから崩れ落ちる。

 

なんだ今のは!?精神面(アストラルサイド)からの攻撃か!?

じ、じじい?確かに年齢的にはそうかもしれないが、いや待て!考えるな!

今まであまり年齢のことを意識したことが無かったし、それでも私が生まれるであろう遥か前から存在している様な人たちもいた。

精神は肉体に引っ張られるともいうし、私はまだまだ青年だ!断じて年寄りなんかではない!

あれ?けどもしかしてエヴァンジェリンさんやレミリアお嬢様は年下になるのか?600歳どうなんだろう。微妙なところだ。自分の年齢を数えていなかった事が悔やまれる。

・・・まさか紫や勇儀はないよな?彼女らにじじい呼ばわりされたら憤死する自信がある。

よし、深く考えるのは止そう。たぶん年齢の話は自身の急所になりうる。肉体が無事でも精神が死んだら洒落にならない。

 

 

「―――ら!―--・・・ち―――ら!!いい加――――――ろ!!あちら!!!」

 

「え?」

 

 

微妙な振動を感じ、意識を呼び戻されると、近くに夕呼さんの顔のドアップが見えた。

どうやら私の胸倉を掴んで引き摺り上げて乱暴に揺すっていたらしい。

随分と攪拌してくれたのか、少し吐き気を感じる。

 

 

「え?じゃないわよえ?じゃ。

いきなり床に額こすり付けてブツブツ床とおしゃべり始めるもんだから、もうちょっとで衛生兵呼ぶとこだったわよ。」

 

「・・・社さんは?」

 

「退室させたわよ。あんな醜態、社に見せれる訳無いでしょ。」

 

「・・・ちなみに、私への、フォローは、して、くれたんで、しょうか。副司令殿?」

 

 

もしそのままフォローも無く社さんがここでの事を信じ誰かに話でもしたら、二時間後には横浜基地の全ユニットはおろか、佐渡島の基地にまで飛び火する可能性がある。

折角の好意で退役扱いなっているに、彼らと再会する前にこんな噂が耳にでも入ったら目も当てられない。

 

 

 

―――おーい。『ロリペドの迷子中尉』!お久しぶりです。あと霞には近寄るな。

 

 

―――お久しぶりです!お元気でしたか?『ロリペドの迷子中尉』。あと霞ちゃんには近寄らないで下さい。大声出しますよ。

 

 

 

・・・なんだか目頭が熱くなってきた。

折角、復帰を始めた精神(ココロ)がまた悲鳴を上げ始める。

 

一縷の望みをかけて夕呼さんに訪ねてみるとアンタ、何を分かりきった事を聞いてるの?と言わんばかりニッコリと返される。

 

ああ、だめだ。夕呼さんがニッコリと嗤っている(・・・・・)

 

 

「私がすると思う?」

 

「ですよねー。」

 

 

 

さようなら。そしてこんにちは、『ロリペド中尉』。

 

 

 

 

あちらがフヒヒと軽く現実から逃避していると、夕呼はカップを持って執務机の端に腰を掛けて、じっとあちらを見詰めている。

そこに先程までの悪戯めいた雰囲気は欠片も無い。

しかし真剣でもなく、真面目さも欠片もない。

 

 

「さっきの話の続きだけどね・・・。」

 

 

あえて言うならどうでもよさげに、投げやりに語り始めた。

 

 

「アンタはもうソレでいいんじゃない?」

 

「え?」

 

 

突然の言葉にあちらは夕呼の顔を見詰め、彼女もあちらの眼を見詰め返す。

 

 

「だってアンタは何を言ったって旅を辞めないつもりでしょう?

今までいろんな世界で振り切ってきた思い出や友情、想いがせめて無駄にならないように。」

 

 

夕呼はただ淡々と話す。どうって事はないといった風に。

しかしあちらはそれに口を挟めず、その声をただ聞いている。

 

 

「―――アンタはね。もう本当は故郷なんて物はどうでもいいのよ。

 

そりゃ始めの内はそうじゃなかったかも知れないけどね。・・・けど今は違う。

故郷を理由に出来た絆を振り切るには、アンタには思いや想いが重過ぎる。

ましてやソレはアンタが求めて止まなかったものでしょ。

 

ただ、それらを振り切った理由が嘘にならないように旅を続けている。

それさえ無くしてしまえば、アンタはもう立ってはいられない。

 

旅をするために(・・・・・・・)旅をする(・・・・)

 

今までも、そして此れからも、在るかどうかも(・・・・・・・)分からない(・・・・・)世界を探して。

手段を目的に変えて。」

 

「臆病ね。滑稽だわ。

 

そのチサメって娘の件でもそう。あと一歩踏み込んだらいい物を、今までの旅路が邪魔をして躊躇する。

そこで躊躇わなければ、幸せな人並みの人生が送れるってのに。

 

・・・世界を探して、旅をして、求めて止まない繋がりを得ると、今度は怯えて自分からソレを振り切ってまた旅に出る。―――とんだマッチポンプだわ。

 

いいわよ?それが別に悪いだなんて一言も言わないわ。

ただ勝手になさい。

 

……精々知る人が誰もいない故郷で、見知らぬ誰かさん達に囲まれながら、孤独に生きて死になさいな。」

 

 

 

―――アンタにはそれがお似合いよ。

 

 

 

ひとしきり話を終えて、夕呼はまたコーヒーを啜っている。

もうこちらには興味を失った様に一瞥もくれない。

 

しばらく神妙な顔でそれを聞いていたあちらは、やがて肩を細かく振るわせ始めた。

 

それは腹の底から込み上げて来る堪えようの無い衝動。

それは怒りでもなく、悲しみでもなく、歓喜でもない。

 

 

 

 

「ふふふふふふふ。あはははははは!」

 

 

―――笑いの衝動。

 

 

駄目だ。笑いが止まらない。

 

香月夕呼は(・・・・・)本当に大事なことは(・・・・・・・・・)口には出さない(・・・・・・・)

 

だからって遠回しすぎる!!横浜の魔女が思春期のティーンエイジャーじゃあるまいし!

悪態をつかなければ、アドバイスの一つも出来ないなんて!!

よくよく夕呼さんを見てみると、口元をコップで隠しているが首筋がほんのり色付いている。

 

老獪な政治家や軍高官と同等以上にやり合うあの(・・)香月夕呼が!!

 

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!げふごほ!!」

 

「・・・なによ。」

 

「な、なんでもな・・・ック!はははははははははははは!!」

 

 

夕呼さんがこちらに投げつけてきたカップを手で受止めて机の上にそっと置く。

本人は力一杯投げたつもりが、自分に余裕綽々で対応されたことが更に腹ただしいのか、こっちを物凄い眼で睨みつけてくる。

いつもは背筋の凍るような思いをするであろう鋭い視線も赤い顔では威力が無い。

顔が赤いのは怒りかそれとも羞恥だろうか。

恐らく後者だろうが。

 

未だに笑いの衝動が収まらず、あちらが笑っているとさすがに決して丈夫でない堪忍袋の尾が切れたのか。

あちらの笑い顔を強制終了させるために、執務机の引き出しから物騒な代物を取り出そうという段になって、さすがにあちらは笑うのを引っ込めた。

それでも完全には消せず、顔はニヤついている。先程の仕返しの意味もあるかもしれない。

 

 

「ふふ、ごほ・・・。すいません。

 

そうですね、色々考えて見ます。そうならないように。」

 

「フン。私は勝手にしろと言ったのよ。」

 

「ええ。そう(・・)します。」

 

「・・・そうなさい。」

 

 

あちらに笑われて血管が浮き出そうになっていた顔も、あちらが夕呼の言いたい事を悟ったと分かると今度はなぜか不機嫌そうになっていく。

言葉の真意を受け止めてくれたのは嬉しいが、内心を悟られたみたいでそれもそれで面白くないといったところか。

なかなか難儀な性格なようである。

まぁそこが夕呼の良い所だと言えなければ友人は務まらない。

 

 

気晴らしにピアティフに空になったコーヒーの御代りでも頼もうかと、夕呼が内線に手を伸ばすと同時に執務室のドアがスライドした。

スライドと同時に一人の男性が飛び込んでくる。

 

歳は20代前半といったところか。黒目黒髪の容姿で身体を国連軍C型軍装で包んでいる。

胸元には国連軍中佐の階級章と衛士の証である徽章が輝いている。

 

あちらも夕呼も行き成り青年が飛び込んできたのにまったく動じた様子も無い。

なぜなら彼は二人共よく知る人物だったからだ。

 

 

「あら、随分早かったじゃない。白銀?」

 

「白銀君。お久しぶり。」

 

 

 

「あちら中尉ッ!?」

 

 

 

彼こそがオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、通称A-01の部隊長にしてオリジナルハイブの反応炉を破壊した『桜花の英雄』。

 

 

そして三回目(・・・)の救世主―――白銀武中佐その人だった。

 

 


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