その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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17.三度目の英雄

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

「世界が改変されている・・・ねぇ。」

 

 

一旦、一呼吸をおいて夕呼は執務机の椅子に腰掛け、あちらの話す内容を吟味していた。

あちらから聞かされる内容は決して穏やかなものではないし、無視できる代物でもない。

 

 

「別にソビエトが崩壊して新国家が誕生したとか、帝国が日本になったとかそういう世界の設定が書き換えられた訳ではありません。」

 

「?そんなの当たり前じゃない。アンタ何を言ってるの?」

 

「いえ、話が逸れました。無視してください。

ここで言う改変というのはある意味もっと性質の悪いものです。

 

この(セカイ)は続きがないんです。」

 

「・・・どういう事?説明なさい。」

 

「どのような条件でかは分かりませんが、ある基点から分岐したはずの総ての(セカイ)があるページに巻き戻っています。

 

・・・もっと分かりやすく言いましょうか。」

 

 

あちらははっきりと夕呼の目を見据えて、厳かに言い放った。

 

それは聞いてはいけない物を聞いてしまったような。寝て忘れられるのならばすぐにでも忘れてしまいたい。

それはおおよそ夕呼に、いやこの世界の住人達にとって決して許容出来るモノではなかった。

 

 

この世界に(・・・・・)未来はありません(・・・・・・・・)

 

たとえBETAに打ち勝とうが、人類が滅ぼされようとも。総て無かった事にされて2001年の10月22日に巻き戻ってしまいます。

 

―――それこそ永遠に。」

 

 

「ッ!?・・・。それでその原因は分かってるの?それにアンタはどうしてここにいるの?」

 

 

さすが、香月夕呼か。

普通ならこんな話をされたらもっと動揺―――いや、心が脆弱な人間なら狂死してもおかしくない。

 

だってそうだろう?

この絶望に満ちた地獄の再現の様なBETAとの戦争を長い年月、膨大な犠牲と資源を投じて続けてこれたのは、いつか地球上からBETAを駆逐し平和が訪れると信じているからだ。

それがすべて無駄になる。

 

人々の願いも。失意も。希望も。絶望も。想いも。信念も。そして挺身も。

 

何もかもすべてが無意味に。

 

 

しかしそれをすぐに最小限に抑えてつけて原因や疑問を模索するあたり、やはり香月夕呼は常人とは異なる。

 

 

「ある程度の予測はつきますが、詳しい原因は分かりません。自分もまだ上司に口頭で説明を受けただけですので。

 

私の目的はこの世界への不正アクセスの原因究明と解決です。

 

本当なら10月22日に直接行けばいいのですが、一旦ループが始まってしまうと途中入場が出来ません。

催し物に入るならば入り口に並んで入らないと。

 

 

・・・それに貴女は非常に興味深い論文をお書きに成っている。」

 

「因果律量子論ね・・・。」

 

「はい。当時若干14歳の少女が片鱗とはいえ世界の本質に辿り着くなんて驚きました。」

 

「けどそれだけじゃ私の所に来る理由が弱いわ。他にもあるんでしょ?」

 

「さすが・・・。ええ、そうです。他にも理由があります。

 

上司の上司に特別措置を貰って本(セカイ)の情報を閲覧して行くうちに、一つ興味を引く情報がありました。

 

 

『オペレーション:ルシファー』」

 

 

「明星作戦?・・・ッ!?まさか!?」

 

 

突然告げられた言葉に一瞬理解が出来なかったが、夕呼のその明晰な頭脳は瞬時にその単語から推論し仮定を導き出した。

その仮定が正しいとすればこの自称司書は一体どこまで知っているのだろう?

まさか本当に本を読むかのよう(・・・・・・・・)に国連軍の最重要機密をも閲覧できるとでも言うのか?

 

 

―――まさか。それではまるで・・・

 

 

しかしあちらはその夕呼の儚い願望を打砕く。

 

 

「はい。明星作戦時に使われた二発の五次元効果爆弾は理論上、条件下次第では空間を歪ませる事も出来るはず。

 

そして・・・BETAからもG弾からも生き残った生存者がここに居ますね?そして因果律量子論の提唱者である貴女がここ横浜基地に居る。

 

私がここに何かあるかも知れないと予測を立てるのは不自然な事ですか?」

 

「・・・フン。そこまで知っているなんてね。セキュリティーなんてあったモンじゃないわね。

 

それで?どうするの?

 

この基地を一切合財吹き飛ばして問題を解決する?」

 

 

余裕の態度を崩さず、頭ではその可能性は限りなく薄いと解っていても、背筋を伝う冷や汗は拭えない。

今相対しているのは正真正銘、この世界の理の外側に立つ人外。平行世界を渡り歩く旅人だ。

 

あちらの偽装を見破ったのも、社のリーディング能力に拠る所が大きい。

逆に言えばそんな反則技が無ければ恐らく見逃していた。

 

こちらは彼が制御できない。

なのに向こうはこっちの事を知っている。酷い話だ。ノーサイドゲームにも程がある。

・・・私がする分には何の問題も無いけど。

 

 

夕呼の緊張を感じ取ったのか、あちらは溜息をついて自分の体の力を抜いた。

どうも話しをしている内にこっちも緊張していたみたいだ。

 

 

「はァ・・・わかってて言ってるでしょ?

 

私の仕事は問題の排除でなく解決です。それを行ってしまえば問題は解消するかも知れませんが、オルタネイティブⅣが頓挫する。

本が元通りに直ったのに登場人物なしでは話になりません。そういう物語もうけるのかも知れませんが、本来外側に立っている筈の私がその要因になってしまっては話になりません。

 

・・・それに何故2001年の10月22日が基点なのかも分かっていませんしね。」

 

 

今あちらに実力行使する意思は無いと確認し、夕呼は体の緊張を解くと今までの会話からあちらがここまで親切に情報を開示した意図を正確に読み解いた。

夕呼の目には計算高い冷徹な光りが灯る。

 

 

「後一年か・・・。つまり私達は協力関係にあるということかしら?

 

 

―――アンタは(セカイ)を直したい。

 

―――私はオルタネイティブⅣを完遂したい。」

 

 

「そういう事です。ここ横浜基地は恐らく物語(セカイ)の中心だ。原因を解決するにはもってこいの場所です。」

 

「世界が直らなければオルタネイティブⅣも無意味になるのだから私は嬉しいけど、アンタはこの取引は損じゃないの?

 

―――いえ、問題の解決が最大の目的なのね。それに私を使おうと。」

 

「その通り。

ここまでの情報を話したのも、この(セカイ)の改変を是正するには貴女の協力が必要不可欠だからです。

 

この世界への不正アクセスの原因ははっきりと解っていませんが、行使されている力は限定条件下においてはカミサマ(・・・・)と同等です。

我々はそれ(・・)の影響を無くしたい。

 

対価はここでの身分保障と解決の協力さえしてもらえれば十分ですよ。」

 

「私の対価(メリット)は?」

 

「―――この閉じた世界の可能性(ミライ)を。」

 

 

「・・・くっ!

 

―――ふふふふふ。

 

フフフフフフフ!!み、未来!?アッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ!!!

 

あんた、サイコーよ!!!!

 

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

暗い地下階層の部屋に魔女の哄笑が響き渡る。

その哂い声はまるで何か呪うかのように。祝福するかのように。

 

それは未来が閉じている世界に対してか、それとも迷子あちらという駒を手に入れた事に対してか。

 

 

世界を旅する迷子と、聖母とならんとする魔女は出会い互いの目的のために手を結ぶ。

今の彼らに友情なんてものは無く、唯在るのは冷たい利害計算のみ。彼女らが互いを友と認め合うのはもう少し未来のお話し。

 

これは力と覚悟を持った英雄が、今度こそ大団円(ハッピーエンド)を目指そうとこの世界にやってくる前の前日譚。

 

 

「―――ふふ。楽しいことになりそうね?司書。」

 

「―――お手柔らかにお願いしますよ?魔女。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「三度目の英雄」

 

 

 

 

 

白銀武にとって迷子あちらとはどのような人物か?

 

その質問は案外答えにくく、言葉にするのは難しい。

 

 

香月夕呼には敬愛と畏怖を。

 

社霞には親愛と友情を。

 

A-01の仲間たちには尊敬と友情と若干の思慕と愛情を。

 

 

ならば、迷子あちらは?

 

 

・・・あえて言うなら、憧れか?何か違う気もする。

 

 

ちょっと分からない。

第一に第一印象があまり良くなかった。

 

だって今までのループにいなかった奴が平然と基地内を歩いてんだぜ?しかもやたらと顔が広い。

 

確かに此処は極東最大の国連軍基地だ。

 

俺が知らない奴が居てもおかしくない。俺だって基地要員全員の顔を知っている訳じゃねぇし。

だけど俺の知っている範囲ではいなかった。見過ごしていたという事も無い。

あんな個性的というか特異的というか胡散臭いとい・・・ごほんげふん、とにかくあんな独特の雰囲気を持った人間はいなかったと断言できた。

 

一度、夕呼先生にその事を話してみた事があった。

万が一、オルタネイティブⅤ推進派の工作員だった場合目も当てられない。

今回の最後のループでの最大の目的はみんなで生き残ってハッピーエンドを迎える事だ。

それを阻害しそうな要因は少しでも取り除いておきたかった。

 

夕呼先生にその話をした時、夕呼先生は一瞬ぽかんとした後大笑いされた。

こんな楽しそうな先生を見たのは、元の世界で有明のイベントにまりもちゃんを連れて行こうとしていた時以来だ。

しばらく笑い続けた後、夕呼先生は彼の素性を教えてくれた。

 

今から考えると当たり障りの無い事しか教えてくれなかった事から、この時期は自分が本当に使えるか(・・・・)どうかを見極めようとしていたに違いない。

まぁこっちも情報を小出しにしつつ、先生にいい様にこき使われないよう対等な関係を築こうとしていたのだから仕方ないけど。

初めてこの基地を訪れた時はシュミレーターでの実力とXM3の情報、未来情報とを引き換えに国連軍少佐の地位とA-01への任官をもぎ取った。

すこし高い買い物になったと思わないでも無かったが、ある程度の信用とA-01への新概念教導には仕方が無かったしな。

 

話が逸れたな。

ま、先生に教えてもらった事はそんなに多くなかった。

 

 

迷子あちら中尉。

戦史編纂資料室室長。

 

 

経歴も教えてもらったが、突っ込み所満載だった。

ピアティフ中尉にも聞いてみると、ちょくちょく夕呼先生に呼ばれて執務室まで行くらしい。

 

あの機密フロアまで?しかも先生が呼ぶ?

 

先生が呼ぶなら、決して不利益な事にはならないと理解していても、前回や前々回のループとは少し異なる違和感がどうも気持ち悪い。

まあそれから俺も207B分隊の総戦技演習やらXM3の教導やらで忙しくなってきて、結局はただの夕呼先生の気紛れだろうと気にしなくなっていった。

基地内ですれ違っても軽く挨拶をするぐらい。

 

 

 

それから俺がまた迷子あちら中尉の事を思い出すのは、オルタネイティブ計画が佳境に入った頃。

 

 

 

・・・たぶん、また俺は懲りずに天狗になっていたに違いない。

 

 

 

12.5事件を狭霧大尉の説得という最善の形で収束させ、さらにクーデターを利用して第五計画推進派や米国の影響を日本から取り除いた。

 

トライアルはBETAの開放ではなく、所属不明機の襲撃という形を取って、一切の死傷者を出さずに横浜基地の士気を高めた。

 

00ユニットの起動には少しの苦悩もあったが無事起動を成功させ、バッフワイト素子を上手く使い反応炉経由の情報漏洩を防いだ。

調律に関しては先生は俺をまた元の世界に飛ばして因果を流出させるつもりだったみたいだが、前回のループの純夏が目覚めたので必要なかった。

おまけに地球上に存在する全ハイブのマッピングデータを純夏は持っていた。

 

佐渡島ハイブ攻略戦はそのマッピングデータを駆使してA-01がハイブに突入し、見事戦死者ゼロで反応炉を破壊した。

前回のようにXG-70b凄乃皇弐型の各坐はなく、史上初の通常兵器のみでのハイブ攻略となった。

マッピングデータのお陰でハイブの規模に比べて比較的短時間で、そしてXM3に換装した国連軍・帝国軍の損耗率も圧倒的に少なくハイブ制圧が完了した。

 

後は飢えて横浜基地の反応炉を奪還しようと群がってくる残党のBETA群を掃討・迎撃するだけだ。

 

この時のために横浜基地の迎撃体制は万全だ。

純夏のODL洗浄のために反応炉の停止という手段は事前に取れなかったが、それでも今回はBETAの陽動にも対応できる。

 

 

大丈夫だ。何の問題も無い。

 

 

 

―――これまでも上手くいった。今度もきっと上手くいく。

 

 

―――あと少しだ。

 

 

 

まぁ俺が何が言いたいかっていうと。

 

俺の見通しの甘さはなかなか直らなかったという事と、それをあちら中尉が尻拭いしてくれたって事だ。

 

 

 

本人は偶然通り掛かったって言い張ってたけど、あんな所を一介の中尉が用も無くうろつける筈も無い。

 

 

反応炉制御室のあるB33機密フロアになんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

 

 

「あら、随分早かったじゃない。白銀?」

 

「白銀君。お久しぶり。」

 

「あちら中尉ッ!?」

 

 

執務室に飛び込んできた青年―――白銀武はのほほんとコーヒーを飲んでいるあちらを見て目を見開いた。

 

 

「ほ、本物だ!足が付いてる!透けてない!」

 

「・・・大体どういう風に思われていたのかよく分かりました。」

 

「当たり前じゃない。それは突然居なくなったアンタの自業自得よ。」

 

 

武の反応に、今まで自分は死んだものと思われていたと理解して溜息を付くと、夕呼は呆れたように言い放った。

 

 

「社さんに聞きました。退役扱いになる様に私の弁護をしてくれたみたいですね。

ありがとうございます。正直、営倉に入れられるのを覚悟してましたからね。」

 

 

あちらが武に改めて礼を言うと、武は苦笑しながら頭をかいた。

 

 

「これぐらいはなんでも無いですよ。

横浜基地防衛戦の時の借りはこの程度では釣り合いません。

 

あの時は桜花作戦前で慌ただしくてちゃんとお礼を言えませんでしたが、改めてお礼を言います。

 

―――涼宮中尉を助けていただいて、本当にありがとうございました。」

 

「偶然通り掛かっただけですよ。避難しようとしたらちょっと迷子になってしまって。」

 

「アンタがそれを言うと妙に説得力があるわね。

 

―――そういやアンタ、ちょっと気になってたんだけど、侵入した小型種はどうやって倒したの?」

 

 

それを聞いた武の顔が引きつった。

無理に笑おうとしているのか、頬の筋肉が伸縮しているが上手く行かず、ピクピク動いている。

その割りに目線は明後日の方向に向いて空ろだ。まるで目の前の現実を直視したくないかのよう。

 

その顔が何と言うかちょっと・・・いや、ごめん無理。フォロー出来ない。

 

武の尋常でない様子に、さすがの夕呼もちょっと引いている。

なぜかあちらは照れくさそうに頭をかいて笑っている。意味が解らない。

 

 

「若気の至りというやつですよ・・・。」

 

「いや、意味分かんないんだけど。」

 

「意味分かんなくたってそれが現実ですよ・・・。」

 

 

なんか武が悟りを開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2001.12.29 極東国連軍横浜基地 地下33階 反応炉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソ!クソ!!クソォォオオオ!!!

 

またやっちまった!!

何で学習しねぇんだ俺は!!!今までが上手く行き過ぎて調子に乗っていた!!!!

俺が天狗になると碌な事にならねぇ!!!

 

 

 

―――気がついたときには手遅れだった。

 

 

 

攻略した佐渡島ハイブの個体群がここ横浜基地の反応炉を奪還しに来るのは分かっていた。

佐渡島ハイブの反応炉はS-11で完全に破壊されていたし、残党のBETA共がやって来るならここか朝鮮半島の鉄原ハイヴだろうと司令部も考えていた。

予めその危険性を帝国軍や他の国連軍基地にも警告していたので、ハイブ攻略後から数日は厳戒態勢だった。(前回は帝国軍や国連軍の損耗率が高く、増援を出す余裕が無かった。)

 

BETAが戦術を使う可能性をリーディングデータから得た成果だと夕呼先生が司令部に具申したので、司令部は半信半疑ながらも陽動に備えられる様に体制を整えた。

一応、バッフワイト素子の応用で情報の流失は抑えてあるが、完全とは言いがたい。

 

兎も角出来る限りの対策は施し、後は佐渡島ハイブの個体群が侵攻して来るのを迎え撃つだけだ。

 

 

そして基地に鳴り響く警報―――。

 

 

『防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は30分以内に即時出撃態勢にて待機せよ!繰り返す――――』

 

 

来た。

これさえ凌げばあとはオリジナルハイブまで一直線だ!!

 

 

―――そう天狗になっていた。いや、あまりに物事が上手く行き過ぎて傲慢に成っていたと言うべきか?

 

―――どちらにせよ。今までの帳尻合わせは直ぐそこまで来ていた。

 

 

そう。敵は来た。

前回のループで横浜基地を襲ったBETAは推定3万。

 

それに対して今回は推定5万(・・・・)。それも希望的観測だ。

おまけに前回とは異なり早期警戒システムは故障していないはずなのに、前回と同様基地の目と鼻の先にBETAは出現した。

奴らはマッピングデータにない地下茎構造(スタブ)を、振動計の探知できない大深度地下に掘り進めながら侵攻してきたのだ。

 

前回とは似ているようで全く違う。

 

悪寒を感じ警告しようとした時はもう遅かった。

 

前回よりも圧倒的な物量で押し寄せたBETAは幸か不幸か陽動など全く行わず、愚直に横浜基地目掛けて侵攻してきた。

前回に比べ基地の要する戦術機の数は増援により格段に増えていたが、5万のBETAではそんなもの正に焼け石に水だった。

 

 

後は前回のループの焼き増し。

5万のBEATとの絶望的な死闘が始まった。

 

多少、BETAが基地に侵入して来る経路や手段は異なっても結果は似たようなものだった。

救いがあるとすれば未だに誰一人としてヴァルキリーズに欠員が出ていないことだった。

しかしそれも時間の問題。

 

夕呼先生は現時点での基地防衛は不可能と判断。

最終案として反応炉を停止させ、凄乃皇弐型を起動。ムアコック・レヒテ機関に引き寄せられたBETAを基地郊外に誘導し荷電粒子砲で一掃する。

かなりリスクの高い作戦だったがそれは承認された。

 

α1・・・A-01及び第十九警護小隊は凄乃皇弐型の直援。

α2・・・白銀少佐及び速瀬中尉は反応炉に赴きα3の作業支援。

α3・・・涼宮中尉は護衛を連れてB33フロアに単独移動、反応炉を制御室から停止させる。

 

それを聞いた時、途轍もない胸騒ぎが起きたが、もう手はこれしか残されていなかった。もっとよく考えれば他に良い手が見つかるのかも知れないが、そんな時間も余裕も無い。

せめてもの足掻きと護衛の数を増やして貰うしかなかった。あとは涼宮中尉を信じるだけだ。

 

 

―――大丈夫だ。あの人はやれる。あの人もヴァルキリーズの一員なのだから。

 

 

それでも胸騒ぎが消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらα3涼宮です。B33フロアに到着しました。」

 

 

武がその通信を聞いたのはメインシャフトを抜け、一足先に速瀬中尉と共に反応炉に到着して、反応炉に取り付いているBETAを掃討している時だった。

 

 

「上出来よ。早速制御室に行ってちょうだい。」

 

 

オープンチャンネルから夕呼先生の声が聞こえてくるが、声色からして戦況は悪化しているようだ。

 

 

「くそ!胸騒ぎがとまらねぇ・・・ッ!速瀬中尉!!」

 

「どうしたんですか少佐?」

 

 

遥の活躍を喜んでいた速瀬は、いつもとは様子が異なる上官にいささか困惑気味だ。

いつもはどんな時でも余裕を見せる白銀少佐が苛立って焦っている。

 

 

「・・・嫌な予感がする。警戒を怠るな。特に隔壁に損傷が無いかチェックしろ。腹一杯に成ったBETAがどこを齧っているか分からん。」

 

「了解。」

 

 

今まで共に戦ってきた年下の上官は十二分に信頼すべきA-01の仲間だ。すこし変な命令でも何か理由があるのだろう。

二機の戦術機はセンサーを最大にして周囲に異常が無いか探りながらBETAを駆逐していく。

まぁ周囲にBETAが居ること自体が異常であったが。

 

しばらくして反応炉に取り付いていた総てのBETAの掃討が終わり、夕呼先生から通信が入った。

さっきまでの涼宮中尉と夕呼先生との遣り取りは聞いていた。

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「白銀―――」

 

「断線したケーブルの交換ですね?3分で終わらせます。」

 

「頼んだわよ。」

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「任して下さい、夕呼先生。―――速瀬中尉!行くぞ!!」

 

「了解!」

 

 

夕呼先生から転送されてきた作業マニュアルを元に交換作業を迅速に進めていく。

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「再起動を確認しました。これより停止作業を再開します!」

 

 

武は無事に停止作業が終わることを祈りながらも、周囲の警戒を怠らない。

前回何所の隔壁が破られたのか記憶が曖昧なのだ。

 

 

 

―――胸騒ぎが

 

 

 

そこで武はふっと最大感度にしていたセンサーが僅かな崩落音を拾った事に気づいた。

すぐさま音源を光学ズームしてみると

 

 

ドクンッ

 

 

何かが(・・・)通り抜けたような孔が

 

 

ドクンッ

 

 

隔壁に

 

 

ドクンッ

 

 

 

      止まらない―――

 

 

 

胸騒ぎは一瞬にして背筋を凍らせる悪寒となり武の背中を駆け上る。

瞬間、武は回線に向かって怒声を上げた。

 

 

「HQ!こちらα2!!隔壁が破られている!!いいか!?第七メンテナンスゲートだ!!研究棟にBETAが侵入した痕跡がある!!」

 

「こ・・・HQ・・・・・・ヴァ・・・キ・・・・・・・α2・・応・・・・・・・・くり・・・・・・」

 

 

無線の中継器がやられたのか!?畜生!!なんてタイミングでッ!!!

 

 

「速瀬中尉ッ!!制御室だ!!涼宮中尉が危ない!!!」

 

 

武が言うと同時に二機は制御室まで跳躍する。

二人の機体が制御室の前に降り立つと同時に制御室の窓ガラスが白く濁った。

 

 

何か柔らかくて(・・・・・・・)重たいモノ(・・・・・)を窓ガラスに思いっ切り叩きつければあのようになるかもしれない。

 

それに紅い塗料(・・・・)でもブチ撒けていれば完璧だ。

 

 

「―――あああああああ!!」

 

 

その声は一体誰の声だったのだろう?

自分か?それとも速瀬中尉か?両方かもしれない。

 

 

「はるかぁぁあああ!!!!!」

 

 

速瀬中尉の不知火が突撃砲の銃口を制御室に居るであろうBETAに向けて構える。

それを見て武は我に帰り速瀬中尉を制止した。

 

 

「やめろ中尉!制御室の破壊は許可されていない!!」

 

「だって少佐!遥が!遥が!!」

 

「分かってる!俺だって撃てるモンなら撃ちたい!!

しかしBETAごと制御室を破壊してしまえば、反応炉の機能停止手段を失う!

そうなれば無尽蔵にBETAが湧き出てくるぞッ!中尉の死も無駄になるッ!

発砲は許可できない!!」

 

「うぅううう・・・畜生畜生畜生ッ!!!」

 

 

前回とは役割が逆転してしまったな。

立場の違いも在るんだろうが、あの時は中尉の気持ちも考えずガキだったなぁ・・・。

速瀬中尉の不知火が銃口を下げたのを見て、どうにかHQと連絡を取ろうとしようとした、まさにその時―――

 

 

 

ドカンッ!!

 

 

制御室の窓が吹き飛んだ。

 

 

 

突然の事態に思わず涙の引っ込んだ速瀬中尉と網膜スクリーン越しに目を見合わせる。

ちらっと目を逸らして速瀬中尉の不知火が装備している突撃砲を見る。硝煙は上がっていない。

またスクリーン越しに速瀬中尉の顔を見ると、全く同じ挙動をしていたのかまた目がばっちり合う。

ちょっと先程とはまた意味の異なる涙目になっている。

 

・・・とりあえず一言言わなければ。

 

 

「あー、・・・速瀬水月中尉?

撃つな、撃つなよというのは、別に撃つ前フリとかじゃ無いんだが・・・・・・。」

 

「ち、違いますよ少佐!?ほ、ほら!砲も硝煙出てないですし!

 

第一あの窓、内から外に向けて(・・・・・・・・)飛んでいったじゃないですか!?私じゃないですよぅ!!!」

 

「ん?」

 

 

―――内から外に向けて(・・・・・・・・)

 

 

それの不自然さに思考を巡らそうとしたその時、この場には場違いな音色を戦術機のセンサーが拾った。

 

 

 

ぎゅいーんぎょわんぎょわんちゅいうぃうぃーーーーん!!!!!

 

 

 

・・・音色?

 

 

その不規則な騒音(・・)の音源は反応炉制御室。

武はまた先程とは異なる、そして妙に懐かしい胸騒ぎを覚えつつ制御室内の様子を光学ズームする。

 

そしてその光景を見た瞬間に武は理解した。

 

 

―――ああ成程、確かに馴染みがあるわけだ。この感覚は元の世界の夕呼先生が一騒動起こす前に感じていたものとそっくりだ。

 

 

そこにはきょとんとした涼宮中尉と呆然としているアジア系と黒人の警備兵。

 

 

そして―――

 

 

そして―――

 

 

分かった。在りのままを言おう。

 

 

 

―――エレキギターを掻き鳴らしながら、でっかいドラム缶(・・・・)を背負っている迷子あちら中尉が居た。

 

 

なにこれ?

 

 

よくよく見れば制御室の窓ガラスに叩き付けられていたのは、何かで体を抉られた二体の闘士級BETAの死骸だ。

制御室では未だ一体の闘士級BETAとあちら中尉が睨みあっている。でもどちらかというと明らかに闘士級BETAの方が怯んでる。

 

不知火の優秀なセンサーは制御室内部の会話も鮮明に拾い上げた。

 

 

「この様に事態に介入するのは契約の範疇外なのですが・・・ま、仕方ありません。

 

たまたま(・・・・)迷子になったら火の粉が飛んできた。

火の粉を払うのは普通なことです。ってことにしときましょう。むざむざ大団円を台無しにする事も無いし。

 

さて?BETA共。

我が友人が作り上げた最高傑作と私のロックをその魂に刻みなさい。」

 

 

 

きゅいーーんぼろんべろんぐわしゃーーーん!!!!

 

 

 

「うわー。絶対ロックじゃない。」

 

 

武が正直な心情を吐露した所で緊張感の無い戦闘が始まろうとしていた。

ピックで六本の弦を掻き鳴らし、特定のメロディーを奏でるとそれが開戦の合図。

 

 

「レッツ・プレイ!!アイム・ロッケンロール!!!」

 

 

あちら中尉がギターを鳴らすと同時に、あちら中尉に突進していくBETA。

武が援護しようにも制御室に向けて発砲することは出来ずに、ただ指をくわえて事態を見守るしかない。

 

しかしもう武には不安などの感情は無く―――もう大丈夫だとなぜか確信していた。

 

狭い制御室の中、BETAが突進などしたら一瞬で距離を詰められてしまうだろうが、あちら中尉は焦る事無くギターを掻き鳴らし

 

 

―――背中のドラム缶が四つに割れた。

 

 

いや、正確にはドラム缶から四本のアームが伸びた。

 

アームの先端にはぎゅいんぎゅいん回転するドリルが。

 

 

 

ドリル。

 

 

 

前から思っていたんだけど、あういう漫画に出てくる様なドリルってどこで売ってるんだろうねー。

 

武が酷い現実から逃避するかのように、自身の思考に埋没している間にも事態は進行する。

闘士級BETAは不快な音源を破壊するべく、凶暴な鼻を振り回して首をもぎ取らんとする。

それに対してあちら中尉の背負う四本のドリルアームは突進してくるBETAを迎え撃つべく、さらに回転数を増し

 

 

「未来の音楽界のために散れ!!」

 

 

ドリルは不条理なまでの威力で突撃してきた闘士級BETAの頭と腹を綺麗に抉り飛ばし、その突進の勢いを殺さずに窓の外へと投げ飛ばした。

 

 

「マジでか。」

 

 

思わずこの世界では部下への体面もあって封印していた白銀語が飛び出してしまった。

もうあれがあれば強化外骨格とかいらねぇんじゃねえの?

なにか真面目に戦争している自分達が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

 

 

ぎょわゆいーーーんじゃいんじゃいんばわーーーーん!!!!

 

 

 

あちら中尉が奇妙な騒音と共に凱歌を上げている。

 

 

「これぞ我輩の友人が造り上げた最・高・傑・作!!!

『スーパーウェスト式ウルトラ|機械式背嚢(メカニカル・バックパック)EX~邪神、クトゥルーなんでも来いや。でもロリコンだけは勘弁な~』の威力であーる!!

 

 

・・・ふぅ。なんかこれを使うと友人の口調が移っちゃうんですよねぇ。なんでだろ?」

 

 

やることやってテンションが下がったのか、迷子あちら中尉はよっこいしょと背負っていたドラム缶を床に下ろして肩を回している。

もう色々なことがあり過ぎてよく分からないが、とりあえず今は為すべき事を為さなければ。

外部スピーカーを使って涼宮中尉に呼びかける。

 

 

「涼宮中尉、停止作業を―――。」

 

「あれ、すごいカッコいい・・・。」

 

 

もう何も言うまい。うん。感性は人それぞれだよね。うん。

 

とりあえず涼宮中尉に反応炉停止作業を再開させ、固まっていた速瀬中尉にはHQと連絡が取れるように情報端末塔に有線接続するように命令を下す。

 

後はとんとん拍子で作戦が進行した。

HQとの連絡を復旧させた後、反応炉を無事に停止させ、純夏が凄乃皇弐型を起動させた。

凄乃皇弐型はα1臨時中隊に護衛されながら、なんとかムアコック・レヒテ機関に引き寄せられたBETAを基地郊外に誘導して荷電粒子砲で一掃、殲滅した。

 

 

HQからのBETA殲滅の報を聞き、武は強張っていた肩の力を抜いた。

未だに基地内に討ち漏らした小型種が居るかもしれないので油断は出来ない。

基地をうろつくのは機械化歩兵の各階の洗浄消毒を待たなければ成らないがこれでひとまず一段落だ。

 

結局、前回と似たような被害になってしまったなぁ。この戦いで失われた人員、物資は計り知れない。

それでもオリジナルハイブ攻略用の凄乃皇四型と反応炉が無傷であるのはとても大きい。

この不知火もXM3の全力機動のお陰でオーバーホールが必要だろうが、今回は不知火弐型を予めハイブ突入用に中隊分用意してある。

 

 

―――まだまだ俺達は戦える。

 

夕呼先生にあちら中尉が涼宮中尉を助けたことを報告すると、しばらく笑い転げた後、そのためにパスを要求したのかしらねと呟いていた。

詳しく話しを聞こうとしても、回線では話せないといわれてはぐらかされてしまった。

 

ま、いいさ。

それに今回はあちら中尉には大きな借りが出来てしまった。

夕呼先生の友達だというから普通ではないとは思っていたけど。

 

 

―――詳しいことは桜花作戦後に教えてもらおう。

 

 

 

そして2002年1月1日に発令された桜花作戦においてA-01部隊はオリジナルハイブに突入し、見事『あ号標的』を撃破して、一人の脱落者も無く意気揚々と横浜基地に帰還した。

 

 

帰還した横浜基地で待っていたのは、

 

 

オリジナルハイブ陥落の報を知り、歓喜の声を上げながら英雄達の帰還を今か今かと待つ人々と―――

 

 

いつも浮かべている余裕のある笑顔に、ほんの少しの寂しさを浮かべている夕呼先生だった。

 

 

 

 

―――その後、夕呼先生の口から迷子あちら中尉がMIAに成った事を聞いた。

 

 

 

 


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