その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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―――すべてが終わった後のおはなし。
―――これは蛇足。

―――魔女の最後のおはなし。


Ex2.外伝:二人の旅路

目の覚めるような青。

やわらかくも暖かい陽射し。

遠くから漂ってくる芳しい花の香り。

 

窓から見える木々は皆瑞々しく、青々とした若葉を付けている。

しかしそれよりも目を惹くのは、何といっても鮮やかな桜色だろう。

 

 

満開に咲き誇る桜。

 

優しく木々の間を通り抜ける風。

それによって桜の淡い花弁は吹き散らかされ、季節外れの吹雪を演出している。

世界には戦時中の度重なる戦火や重金属雲などによる環境被害により、絶滅してしまった種が数え切れないほど存在する。

しかしこの英霊の樹だけは全くそれには関係ないように美しく咲き誇っている。

 

 

大日本帝国の帝都にある、帝立病院の一つの病室。

部屋の造りや置かれている設備、セキュリティからVIP専用の病室だと窺い知る事が出来るだろう。

 

その病室のベットに身を横たえるのは一人の女性。

規則正しい寝息を立てながら眠る様子は、まるで御伽の国の眠り姫の様だ。

その様子はあたかも彫刻の様。生気を全く感じさせない無表情の寝顔からは齢を感じさせる。

だがそれでも彼女の美貌は、齢を重ねても尚、全く損なわれてはいなかった。

 

静かな病室には彼女以外存在せず。機器が規則正しく奏でる電子音のみが響いている。

その規則正しい音は鼓動の音色のようであり、確かに彼女が彫刻でなく生きた人間である事を示している。

病室の開け放たれた窓からは、暖かい春風がそよそよ、そよそよと。

それに合わせるかのように、白いカーテンがひらひら、ひらひらと。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

 

 

 

BETAに怯えて暮らした時代も今は昔。

血塗られた道を歩み続け、その役目を果たし終えた魔女は。

 

 

―――ただ静かに。

 

 

―――ただ静かに、魔女は眠り続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?外伝

 

「二人の旅路」

 

 

 

 

 

 

―――そこはとても優しい世界(ものがたり)だった

 

 

 

 

 

 

季節は秋。もう十月だ。

秋の高い空を飛行機が雲を曳きながら飛んでいく。

白陵大付属柊学園の三年生の教室に続く廊下を歩いていた夕呼は視線を空から前に戻した。

目的の教室からは騒がしい喧騒がここまで聞こえてくる。

 

 

「みんなおはよう!席について~~!」

「それじゃ出席をとるわね~。彩峰さん!関心関心、今日はちゃんと来たのね。」

「ごくまれに・・・。」

「鎧衣さんまで!よかった~。」

「はい!父の一瞬の隙をついて、マラッカ海峡から―――」

 

 

本当に騒がしい。

生活指導のむさい先生が、また嫌みの一つでも言ってくるだろうが、そんな事は知った事ではない。

 

自分が受け持つD組の教室の前を通り過ぎ、目的のB組まで歩き続ける。

連絡事項は予め涼宮に言ってあるから少し遅れても大丈夫だろう。

 

ふと気になって後ろを振り返ると、目的の人物はちゃんと自分の後ろをついてきている。

ただ、その儚い容姿は存在感が希薄で、目で確認しないと居るか居ないのかがわからなくなってしまう。

まぁ確かにまりもが忘れて置いて行ってしまうのも無理は無い。

その瞬間、少女の髪留めがしなっと垂れ下がった。

どうも凹ましてしまったらしい。

 

 

「転校生を紹介します。」

「転校生は女の子よ。白銀君よかったわね。さ、入ってきて。」

「ぎゃお―――――――――っ!?」

「・・・え?え・・・・え・・・!?」

「はいはい白銀君、はしゃぎすぎよ。」

「あわわわわわ」

「あうあうあうあう」

「今日から皆さんと一緒に学ぶ事になった、御剣冥夜さんです。」

「冥夜だ。以後、見知りおくがよい。」

「そしてもう一人」

「・・・へ?」

「御剣悠陽さんでーす。」

「悠陽と申します。以後お見知りおきいただきますよう、よろしくお願いします。」

「おお~」

「ふ、双子ォォォォォォ!?」

 

 

目的の教室の前に着いた。白銀の絶叫が五月蝿い。

なんだか中は面白そうな事になっている。

まぁあの(・・)御剣の人間が転校してきた訳だから、平穏無事に物事が終わるはずも無い。

早速御剣の権力(チカラ)を使って白銀の両隣を開けたらしい。両隣の生徒は親が栄転するとかで急に引っ越して行った。

これも正直どうかと思うが、まりもには悪いが傍から見ている分には面白い。せいぜい笑わしてもらおう。

 

 

「み、御剣さん!?な、なんで俺の名前を!?」

「冥夜でよい。」

「そなたに感謝を。昨晩は夢心地であった。傍らにそなたのぬくもりを感じて眠れたのだからな。」

「昨晩、寝床にに姿が見当たらないと思えばそのような抜け駆けを!?」

「先手必勝と申します。如何に姉上といえど、こればかりは易々と譲れませぬ故。」

「おおおお――――――!!転校早々白銀を巡って三角関係ェェェ!?」

「・・・き、気を取り直して席を決めましょう!ね?席!」

 

 

傍に立つ少女に目を向ける。

少女は目に見えて緊張していた。銀髪を括る髪留めが震える様子はまるで子兎だ。

夕呼の無言の気遣いを察したのか、少女が首をこくんと縦に振る。

その様子に笑みを深くすると、夕呼は力一杯教室の扉を引き開けた。

 

 

『そうねぇ・・・白銀の両隣りにしましょ。丁度空いてるから。』

「ゆ、夕呼先生ッ!?しかも俺の両隣りって!?」

『あんたたち、さっさと席に着きなさい。せっかく空けた席でしょ。』

「はぁ!?」

「心得ております。」

 

 

訳が分からないとばかりに、まりもが食いついてくる。

また何かやったのかと言わんばかりだ。

失礼ね。私だって毎回毎回なにかするわけじゃないわよ。

それに今回はあんたのフォローをしているってのに、それは無いんじゃないの?

 

 

「ちょっと夕、香月先生!?どうしてここにいるんですか!?D組のHRは―――」

『なによご挨拶ね~。せっかくあんたの尻拭いをしてあげたのに。』

「わ、私の尻拭い・・・?」

『一人職員室に忘れてたでしょ?』

「一人?・・・ッ!?」

『あらら。担任教師がそんな薄情でいいにかしらね~?』

「はうぅぅぅ・・・それはその・・・」

『そんなんじゃ教師以前に人間失格ね。』

「ぐふぅ!?」

 

 

心のダメージが耐久を超えたのか崩れ落ちるまりも。

しかたないわね。代わりの私がHRを進めといてあげるわ、感謝なさい。

B組の生徒達の顔には、あんたが止めさしたんだろ、と顔に書いてあるがそれは無視する。

後ろの開いた扉に向かって呼びかける。

 

 

『じゃあ、紹介するわ。―――いいわよ、入ってらっしゃい。』

「・・・はい。」

『今日からこのクラスに入る、社霞よ。』

「社・・・霞です。

よろしく・・・お願い・・・します。」

『社は生まれも育ちもロシアで、日本は初めてらしいわ。そうね?』

「はい。」

『ま、見ての通り存在感が薄いけど、よろしく面倒みてあげてちょうだい』

「「「「は~~い!!」」」」

 

 

騒がしいが、お人よしの多いクラスだ。

人見知りの気が強い社でも十分やっていけるだろう。

私がその様子を見ていると、ダメージから復帰したまりもが席を決めていく。

社はたどたどしい足取りで与えられた席に向かっていく。

 

その席には―――

 

 

「席は・・白銀君の前が置いているから、そこに。」

「私、鑑純夏。よろしく!」

「御剣冥夜だ。同じ日に転校とは何か因縁めいたものを感じるな。」

「初めまして、社さん。私は御剣悠陽と申します。今後ともよろしくお願いします。」

「俺は白銀武。よろしくな、社!」

「・・・・・・・・・」

「・・・え?」

「―――ッ」

 

 

その言葉を聴いて、社の顔が歪む。

嗚咽を堪えようとするが、湧き出る衝動がそれを邪魔する。

次第にあの宝石のような瞳からぽろぽろと真珠の滴が零れ始めた。

 

 

「あの・・・どうしたの?」

「・・・ち、ちがいま・・・っ・・・」

「え・・・?」

「え!?ちょ、社!?」

「・・・ぅぅ、す、―――すみか、さん・・・う」

「純夏さん、ありがとう・・・ございます。うぅ・・・」

「あぅ・・・っく、ひっく・・・・ぅぅぅぅぅ」

「あ~~ッ!!タケルちゃん、社さん泣かした―――ッ!?」

「白銀君ッ!?」

「い、いや。俺じゃない!!」

「酷いよタケル~~!」

「違うって!ただ俺はよろしくって言っただけだなんだ!」

『あらあら。白銀ェ・・・転校初日に女子泣かせるなんて、なんか訳ありでしょ。

本当に初対面なのかしらぁ?』

「だぁぁ~~~!!」

 

 

それを愉快気に眺めながら確信する。

 

―――もう、あの子は大丈夫ね。

 

全員が泣いている社に注目しているから気がつかない。

その時の『夕呼』はまるで聖母の様に、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 

皆が白銀を責め立てる中、夕呼と社の視線が重なり合う。

その時、目を見て夕呼は悟った。

 

―――あぁこの子、『私』に気がついているのね。

 

 

ま、あんたはここで幸せになりなさい。

ここには皆居る。まぁ『私』とあちらは居ないかもしれないけど些細なことだわ。

ここで逢えた事、それだけで奇跡なのだから。

 

―――大丈夫。何の心配も要らないわ。

 

なんてったってあんたはこの魔女の助手(むすめ)なのだから。

白銀ぐらい押し倒しちゃいなさいよ?

 

 

「んバカあぁぁぁぁ!!」

「エアバックッ!?」

 

 

 

――――――じゃあね。がんばんなさい。

 

 

魔女が別れを告げる。世界が歪む。

 

 

――――――……また、ね。

 

 

少女が別れを告げる。それは再会を約束する言葉。

 

 

 

「……―――ええ、またね。」

 

 

 

その一言で世界は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、今彼女が立っているのは、一寸先も見通せない闇黒。

自分の体も目視できない程の、のっぺりとした黒が視界を覆い尽くす。

 

だが時間が経つにつれ、黒が薄れていく。

それは黒の絵の具を水で薄めていく様子にどこか似ていた。

 

視界は明瞭になったとは言い難い。未だ視界は薄暗く、あくまで物の判別がつく、といったレベルだ。

自分の眼に映る手は、齢を重ねた皺のある手ではなく、若かりし頃のように瑞々しい張りのある手のようだ。

どういう訳か、今着ているのは国連軍C型軍装といつもの白衣。

しげしげとそれを見つめた後、夕呼は周囲を見渡した。

 

薄暗闇に目が慣れてきて、自分の位置を把握する。夕呼が立っているそこは、照明を落した舞台の上だった。

舞台上から見渡す劇場は長い歴史を感じさせる、そしてどことなく幽玄な造りの建築だった。

 

舞台上には夕呼しかおらず、客席は空っぽ。普通なら不吉な予感に身を震わせるだろうが、残念ながら夕呼は普通ではない。

夕呼はそんな状況にもうろたえず、不思議と声が通る、誰もいない薄暗闇に向かって語りかけた。

 

 

「もう十分、夢は見させてもらったわ。

 

いるんでしょ?

 

さっさと出てきなさい。」

 

 

さも誰かが居るかのように話す夕呼。

誰もいない空間に語りかける様は、性質の悪い冗談の様だが、この時はそれこそが正解だった。

 

 

「……―――別に単なる夢という訳ではないのですがね。

あれは本当に存在する(セカイ)ですよ。」

 

 

誰もいない筈の暗闇からは返答が有った。

その声はどこか聞き覚えのある年若い男の声で、声色には少しの苦笑が含まれている。

 

 

・・・あぁ。そういえばこんな声だったわね。

 

 

その声を聞いて夕呼は思い出す。

確かにあの悪友はこんな声だった。

もう何十年も昔の記憶でもう忘れてしまっていたが、男のからかいを含んだ、どこか胡散臭い語り口は彼のものだ。

夕呼は何かを確かめるかのようにその名を呟く。

 

その当時の記憶を、感情を、想いを思い出すかのように。

 

 

 

「あちら。」

 

 

「ええ。貴女の親友、迷子あちら退役中尉ですよ。副司令殿。」

 

 

 

夕呼の目の前の黒が輪郭を型取り、まるで薄いヴェールを取払うかのように、迷子あちらが姿を現した。

靄が掛ったようにはっきりと思い出せなかった彼の顔が鮮明に思い出される。

彼は確かに夕呼の記憶と一寸の狂いもない容姿、姿だった。

 

 

「ずいぶん元気そうね、あちら。」

 

「そうですね。そちらの主観時間で数十年ぶりですかね?

 

夕呼さんの方こそお元気でしたか?」

 

「ハッ。当たり前でしょ?

私を誰だと思ってるの?・・・と言いたいトコだけど、そろそろ駄目ね。

体のあっちこっちでガタが来てるみたいだから。

 

あんたこそまた随分若々しいままね。さすが不老不死と言った所かしら。

 

・・・ねぇ。あんたの肝食べたら若返るとかない?」

 

「無いです。」

 

「そう。残念ね。

 

ぜひシリンダーに詰め込んで研究してみたかったんだけど。

夢があると思わない?不老不死の研究なんて。」

 

「冗談に聞こえません。

それに夕呼さんなら本当に達成してしまそうで怖いです。」

 

「だって本気だもの。」

 

 

二人の会話は数十年間の時間など全く感じさせない。

昨日の天気を語り合う様な気安さだった。

夕呼は問い掛ける。

 

 

「そう言えばあんた。問題(・・)は無事決着はついたの?」

 

「おかげさまで。万事滞りなく。」

 

「―――そう。ならいいわ。」

 

 

当事者間にしか分からない遣り取りがされる。

だがそれが夕呼の一番の気懸りだったのだろう。

どう決着したかには関心が無い。ただその事実を夕呼は把握する。

 

 

「それで?さっきのアレは何?」

 

「あれは実際に存在する世界に夕呼さんの意識を同調させただけですよ。

貴女がもし望むなら、あのままあの世界で暮らす事も出来ました。

 

・・・すこし服務規程違反にはなりますが、あれから少しは偉くなったんです。

それ位の融通は効きますよ。」

 

「・・・一体、どういうつもりかしら?」

 

 

夕呼は無表情であちらを見つめる。

問い掛ける声色こそ静かだったが、しかし彼女の瞳に宿る苛烈がそれ以上を物語っていた。

 

―――返答次第ではただではおかない、と。

 

夕呼らしい物言いに、あちらは自嘲の笑みを浮かべ首を振った。

 

 

「別に深い意味はありません・・・。

ただ、夕呼さんが幸せで平穏な人生を送る選択肢を提示しただけです。

 

・・・余計なお節介だったみたいですが。」

 

 

本当に深い意味は無い。

 

ただ彼女に教えたかっただけだ。貴女は幸せになる権利があると。

 

今まで彼女は人類のために血みどろの道を歩んできた。

夕呼との別れの後も、それとなく(セカイ)の様子を覗いていた。

 

 

―――悲惨だった。悲劇と言ってもいい。

彼女の人生は血と犠牲と悲劇と謀略によって彩られていたと言っても過言ではない。

 

口さがない人々は彼女を魔女よ女狐よと罵り、恩恵だけを受け取って感謝の言葉は一つも無い。

それどころか、彼女と利害が敵対する人々は嘲笑と謀略によってそれに答える。

 

無論、彼女の功績を讃える人たちもいたが、それは少数だった。

彼女の事をよく知ればその様な事態も起らなかっただろうが、それは完全に封殺されていた。

逆に彼女はそれを利用して、桜花の英雄達の立場を引き上げていった。

魔女が暗ければ暗いほど、英雄の光りは増していく。

 

どうせ英雄は魔女の手駒なのだからどっちにしたって同じだ。

必要なのはBETAを駆逐するのに必要な土壌を作る事、他人の足を引っ張るしか能のない馬鹿共を黙らす事。

 

 

”大人しくしていれば、地球からBETAを駆逐してやる。飴をやるから黙って見てろ。”

 

 

その為には桜花の英雄の存在はとても利用価値のあるモノだった。

それに比べれば、魔女の名誉など些細な事。

 

その事が分かっている彼女の部下は何も言わない。

唇を噛みしめ、骨が軋む程拳を握りしめる。しかし決して目は逸らさない。

彼と彼女たちは自分達に与えられた成すべき事を成すだけだ。

それが何より魔女を支える方法だと知っているから。

 

 

―――香月夕呼は世間では冷酷で非情な魔女と言われている。

 

彼女はそれを否定しないし、鼻で笑って気にも留めていない。

実際にそれだけの事をしてきたし、常人が知れば怖気を誘うような事もしてきた。

敵味方差別無く、幾人もの人間を欺き、陥れ、見殺しにして死地に追いやってきた。

 

これからも彼女はそれらに謝罪もしなければ省みる事もしない。

すべてを背負い、ひたすらBETAを駆逐する為だけにその狂気に満ちた道を歩み続け、最後にはたった一つの見返りや幸いも無く、ただ残したその結果に満足して笑って死ぬ。

 

 

 

―――そして最後まで

 

―――残された手紙と、心に映る冬の桜を心の支えに

 

―――彼女は最後まで歩き切った

 

 

 

だからもし許されるのなら。

そんな彼女に人並みの幸せな人生を歩んでほしいと願うのはいけない事だろうか。

依怙贔屓だと非難する人がいるかもしれない。あの過酷な世界を生きたのは夕呼さんだけではない。

辛い思いも、悲しい思いも皆平等に味わってきた。それなのにどうして彼女だけ。

 

理由は簡単だ。

それは彼女が迷子あちらの”親友”だからだ。

異論も反論もあるだろう。こちらもまだまだ言いたい事はある。

しかし、コストも利益も排除した、究極的な理由がこれだ。

 

 

それ故に私は彼女に選択(じんせい)を提示した。

 

 

そこで首を縦に振れば、すべてを清算して暖かな日常を謳歌できる。もう冷たい計算は必要ない。

そこでは彼女は魔女ではなく、何処にでもいる一人の教師として。

もう親友の女性の前で仮面を被る必要もない。部下を死地に送り出す事も無い。

親友を困らせてからかい、部下達を生徒として祝福の下に送り出す。

 

 

―――そんなしあわせな(ALTERED)おはなし(FABLE)に生きる事も出来た。

 

 

だが、彼女は言った。

 

 

十分だと。十分夢は見たと。

 

ならこれ以上は余計なお世話というものだ。

 

 

「でっかいお世話よ。」

 

 

 

―――あぁ、そうだった。貴女はそういう人でしたね・・・。

 

 

 

「確かに人並みの人生とは行かなかったけど、それでも私は十分満足しているわ。

それに私はこれまで歩んできた路が気に入ってるの。

 

今さら抜けて他の路を歩けだなんて、かったるくてやってらんないわ。」

 

 

夕呼さんはいつもの尊大な態度で鼻を鳴らした。

その白衣を翻して踏ん反りかえる姿は、あぁさすが香月夕呼だなぁと意味も無く感心させられる。

本音をぼかして言わない所も昔と同じだ。この人は齢をとっても全くぶれないらしい。

思わず苦笑いが浮かぶ。

 

夕呼さんらしい。

 

やはりこの女性には敵わない。

 

 

正にその通りだった。

確かに周囲が魔女だ何だと囁いていたが、逆に彼女は己にかくあれとそう望んだのだ。

なのにその稀代の魔女が、我が身可愛さに背負った罪を投げ出すなんてするはずが無い。

親友を自称するのにそんな事も分らないとは情けなくて笑えてくる。

 

 

「そうですね。この世界が夕呼さんの旅路(モノガタリ)ですものね。

 

・・・あぁ、すっかり抜けてました。」

 

「ふん。分かればいいのよ。」

 

「―――ふふ。あっはっはっは!」

 

 

不敵に笑う夕呼さんを見て、こちらもつられて笑ってしまう。

 

いや、本当は理解していたのかも知れない。

ただその時、傍に居られなかった後悔と後ろめたさから、あの世界を用意したのかも知れない。

 

余計なお世話だったみたいですけど。

まぁ夕呼さんはあの夢をそこそこ楽しんでくれたみたいだし。

今はそれで満足しておこう。

 

それに、それならそれで、また別の選択肢がある。

きっとこれなら夕呼さんも楽しんでくれるはずだ。

 

その時、一体彼女はどんな顔をするだろう?

いや、いつもの様に自信に満ち溢れた、挑む様な笑みを浮かべるに違いない。

 

 

「で?これからどうする訳?その前にここ何処?」

 

 

―――そら来た。

 

 

夕呼のその問いにあちらは珍しく。

非常に珍しく、満面の笑顔でそれに答える。

楽しげに。悪戯げに。

 

 

「さぁ?何処でしょうね。

 

・・・さて、夕呼さん。もう暫らく歩き続ける気はありませんか?

 

 

―――続く旅路は歩きやすく、ゆっくり、のんびり。」

 

 

いつもの胡散臭い笑みでは無く。

初めて見るあちらの、心底楽しそうな笑顔にに呆気に取られたのか、目を見開いて夕呼は固まっていたが。

徐々に心の奥底から、自分ではよく分からない、しかし決して不快ではない温かいモノが湧き上がって来る。

夕呼の口の端が段々とつり上がって行く。

 

 

「―――退屈な旅じゃないでしょうね?」

 

 

「景観は保証しますよ。少なくとも退屈とは無縁です。」

 

 

にやりと夕呼は笑い猫の様な笑みを浮かべる。

しかしいつもの様な攻撃的な笑顔では無く、どこか温かみを感じさせる。

 

 

止まった物語がまた動き始める。

一見、終わってしまっていた旅に、さらに続く路が新しく拓けた。

 

今までの旅路は酷い悪路を一人きり。重荷は肩にきつく食い込み、体力を奪い続ける。

でも今度の旅には親友が合流して、さらに案内役まで勤めてくれるようだ。

 

 

「―――案内しなさい。司書。」

 

 

「―――ではこちらへ。魔女。」

 

 

夕呼は優雅に手を差し出す。あちらは恭しい手つきでその手を取った。

その仕草は紳士と淑女の様に。立っている場所が舞台なだけあって、それはまるで劇の一場面を切り取ったかのように美しく映えて見えた。

あちらは静々と舞台袖に夕呼を導いていく。真っ暗な舞台上でもそこからは薄明りが漏れている。

 

薄明りが近づいて行くにつれて夕呼は漠然と理解する。

恐らくここが一つのおはなしのおわり。舞台はスタッフロールと共に幕を下ろす。

今さら他の旅路(モノガタリ)を歩くには背負ったモノが多過ぎるけど。

続きの旅路(モノガタリ)をゆっくり二人で歩くならそれも在りかも知れない。

 

夕呼がくすりと笑う。

その少女の様な笑顔は、残念ながら薄暗闇に紛れてあちらには見えない。

 

それでも夕呼が笑ったのを察したのか、あちらがこちらを窺う様な仕草を見せる。

それが可笑しかったのか、今度こそ夕呼は笑いだし、引かれていた手を逆に引っ張り返す。

立ち位置が逆転して、夕呼はどんどんと進んであちらを引っ張って行く。

 

 

私は魔女だ。

私は王子様に手を引かれるお姫様ではない。

ならばこっちのほうがそれらしい。面白おかしく引っ張り回してやろう。

 

 

あちらは手をいきなり引っ張られ困惑していたが、次第に笑みを浮かべる。

足並みは次第に揃い、二人並んで歩いて行く。

 

今度はゆっくり二人で路を往く。

他愛もないおしゃべりをしながら、風景を楽しみながらのんびりと。たまに騒動を起こしながら。

偶に背負うモノの重さに耐え切れなくなる時があるかもしれない。

その時はおそらく横から彼が支えてくれるはずだ。

 

 

本編はこれにて終劇。

皆様、ご愛読誠に有難うございました。

引き続き続編をお楽しみください。

 

 

二人が舞台袖に消える。

 

 

薄明りは消え失せる。

 

 

幕は下りる。

 

 

 

 

―――ぱたん

 

 

 

 

本を閉じる音が、終了のブザーの様に劇場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の覚めるような青。

やわらかくも暖かい陽射し。

遠くから漂ってくる芳しい花の香り。

 

窓から見える木々は皆瑞々しく、青々とした若葉を付けている。

しかしそれよりも目を惹くのは、何といっても鮮やかな桜色だろう。

 

 

満開に咲き誇る桜。

 

優しく木々の間を通り抜ける風。

それによって桜の淡い花弁は吹き散らかされ、季節外れの吹雪を演出している。

 

大日本帝国の帝都にある、帝立病院の一つの病室。

部屋の造りや置かれている設備、セキュリティからVIP専用の病室だと窺い知る事が出来るだろう。

 

その病室のベットに身を横たえるのは一人の女性。

寝息も立てず静かに横たわる様子は、まるで御伽の国の眠り姫の様だ。

 

静かな病室には彼女以外存在せず、もう何も聞こえない。

その規則正しい音色は既に鳴り止み、周囲を静寂が満たして眠り姫を守護している。

 

病室の開け放たれた窓からは、暖かい春風がそよそよ、そよそよと。

それに合わせるかのように、白いカーテンがひらひら、ひらひらと。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

 

 

それはいったいどの様な風の悪戯か。

暖かい春風に吹かれ、病室に一枚の桜の花びらが飛び込んで来た。

 

ひらひら、ひらひらと舞い込んできた花弁は女性の枕元に着地する。

それはあたかも誰かが彼女に向けて贈ったささやかな贈り物の様で。

優しい風が女性の前髪と花弁を揺らす。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

 

 

扉の向こうが騒がしい。なにかあったのだろうか。

だが、もうそんな事は彼女には関係ない。

何も関係ないのだ。

 

 

―――ただ静かに。

 

 

―――ただ静かに、魔女は眠り続けている。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

 

 

楽しい夢でも見ているのだろう。

彼女の寝顔は楽しげに、淡く微笑んでいる。

 

 

 

もう桜の花びらは、何処かへと飛び去ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---END.

 


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