その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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25.その人は何処にいった?

ユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースとの会談が終わった後、あちらは部屋に残り思考に耽っていた。

今、部屋に居るのはあちら一人。

 

すでにユーノはオークション会場に向かい。

アコース査察官は妹分に挨拶をしてくると言って部屋を出て行った。

 

 

あちらはそれらを前にただ何も無い空間をじっと見つめている。

あちらは先程までの話し合いの内容を思い返していた。

 

あちらがユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースから依頼を引き受けた後、三人は今後の方針について話し合った。

今後の方針について、二人はあちらに一任するらしく特に無かった。

 

ただ在るとすれば、『機動六課を護る事』ぐらいか。

それが一番の難題と言えば難題なのだが・・・。

 

それによって生じる、本局への多少の不利益をも容認すると言われては、彼らの本気も窺い知れると言う物だ。

そんなに心配なら、彼女達に機動六課を預けなければいいのにと思わないでもないが、そこは彼女たちの自主性を尊重したいとか何とか。

 

よく二人の背景(バックボーン)が不利益を容認したものだとも思ったが、よくよく考えればこの案件で一番得をするのはなんだかんだで本局だ。

あまり利権を得過ぎるとまた余所から余計な嫉妬を買う。余計な難癖を付けられない代わりに、多少の不利益はバランサー代りのつもりなのかも知れない。

 

・・・よく考えてる。

しかもその不利益が、実は不利益になっていない所が特に。

誰もよもや、将来有望な魔導師が在籍しているとは言え、たかが一実験部隊の為に本局の利益を損なう真似をするとは考えないだろう。

例え、頭の切れる誰かがそれに気がついたとしても、自分達の利が多くなるのだから取り立て問題視しないだろう。

 

 

あちらは虚空を見つめていた視線をちらりとテーブルの上に遣る。

 

目の前のテーブルには、すでに中身が冷めきった三人分のティーカップと、まったく手を付けられていない茶菓子達。

 

そしてガラス製の装飾が立派な灰皿が一つ。

 

 

あちらの鼻を焦げた匂いがくすぐる。

だがその大きなガラス皿の中に入っているのは、煙草の吸殻などでは無い。

そもそも三人とも誰も煙草は喫(の)まない。

 

 

―――そのガラス皿に無造作に放られた、真っ黒に黒焦げたモノ。

 

 

念入りに燃やされ、残った灰すらも粉々に砕かれたそれは、アコース査察官が持参した査察部内部の特秘捜査案件についての中間報告書。

それは管理局から外へ持ち出す事はおろか、データの電子化・コピーすら禁じられている部外秘の機密文書だ。

それを一部でも閲覧するにもそれ相応の階級と権限、何十枚に及ぶ機密保持同意書が必要になる。

その中間報告書には、あちらが本来知り得ない管理局内部の情報が仔細に記されていた。

 

 

・・・その内容は推して知るべし。

 

あえて記す事はしない。

 

唯言える事は、やはり権力という物は長時間一か所に滞ると腐るという事。

あと、世の中には知らなければ良かったと思える事が、それこそ腐るほどあるのだという事だった。

それなりにこれまで色々な世界を巡って来たあちらにしてみても、それは胸糞が悪くなる様な物ばかりだった。

 

成程。

そう考えると、アコース査察官のあの軽薄な態度は、彼なりの自身の心を護る処世術なのかもしれない。

 

 

しかしこれで今までバラバラだった出来事が一つに繋がった。

とりあえず分かった事は三つ。

 

 

―――まず一つ目。

準備の良さからして、私の六課入りは大分前から計画されていたという事。

 

少なくても、リニアレール襲撃事件が無くとも何らかの理由で六課に出向させられていた可能性は高い。

一度六課に配属されてしまえばそれまでだ。私の”六課配属”という既成事実こそが大事なのだ。

それで相手のミスリードを誘う餌、状況証拠はばっちりだ。後は腹を探られては都合の悪い奴らが勝手に深読みしてくれる。

 

この間の中央地上本部所属のグラディス・ジェニップの接触はその最たる例だ。

ここまで来ると先の海鳴へのロストロギア回収任務も誰かが仕組んだ策謀の可能性が高い。

もし仮に最高評議会が絡んでいるとすると、本局に正規の命令を下す事なんて朝飯前だろう。

 

目的は八神部隊長以下主要メンバーをミッドチルダ、いや機動六課から離れさせる事。

主に機動六課内部での諜報・情報収集並びに私への離反工作と言った所か。

 

どっちも隊長陣の眼があると遣りにくいからな。

留守はグリフィス・ロウランが預かっているとはいえ、そもそもガジェットなどの外敵ならまだしも、味方である筈の管理局本局から仕掛けられるなんて夢にも思ってないだろうし、そもそも彼は優秀とは言えまだまだ経験が足りないだろう。

 

・・・グラディスさんに誘導されて六課を離れたのは失敗だったなぁ。

 

―――まぁ彼女は彼女で、地上本部とはまた別の思惑がありそうだったが・・・済んだ事は仕方ない。

 

 

―――二つ目。

もう私は引き返せない所まで来ているという事。

 

もうすでに帰還不能限界点(ポイント・オブ・ノーリターン)を超えてしまっている。

私は受けざるを得なかった(・・・・・・・・・・)のだ。

もし私が依頼を受けず六課から離脱した場合、恐らく私は”不慮の事故”や”急病”にでも遭うんじゃないだろうか?

 

私がオーリス・ゲイズの副官であるグラディス・ジェニップと接触した事だけなら未だしも、司書長であるユーノ・スクライアと査察部のヴェロッサ・アコースと会談まで持っている。

今さら抜けた所で無関係だと言い張っても、私が”何かを掴んだと信じ込んでいる”連中は信じてくれるだろうか?

・・・生憎、そこまで楽観的にはなれない。

 

 

はぁぁ・・・。グラディスさんの予言は大当たりだったな。

 

 

『―――”今度の講演会でホテル・アグスタへ行くと碌な事にならない”。』

 

 

正しくその通りだった。

精々、本部(りく)と本局(うみ)の縄張り争い程度に考えていたのに・・・まさかこんなどデカイ地雷だなんて。

もしかするとここまでも監視が付いていたのかもしれない。

 

先程見た特秘捜査案件の中間報告書には、今まで戦闘機人事件やプロジェクトFを追っていた捜査官、果ては民間魔導師の殉職・行方不明者リストが添付されていた。

数えるのも億劫なそのリストの中には地上部隊の最精鋭である筈の首都防衛隊も含まれていた。自らの最良の駒である筈の彼らでさえ消されたのだ。

地上本部や最高評議会はたかが一民間人を事故死させるのに些かも躊躇しないだろう。

・・・まぁ私は殺されても死ねないが。

 

つまり私がこの(セカイ)でつつがなく平和に一年過ごすためには、地上本部と最高評議会を潰した上で余計な真似を出来ない様にしなければならない。

報告書に在った『管理局システムの崩壊』という予言が、管理局の最高意思決定機関である最高評議会の暗部を指すのか、それとも言葉通りの物理的な崩壊を指すのかは分らないが、その予言対策に設立された機動六課がその中心なのはもう間違いない。

いや、ここまで都合良く来ると(セカイ)の主人公が六課の誰かなのだろう。

 

要するに物語的に機動六課が存在しないと予言が阻止できない。

つまり私の目的、本に滞在して自身の縁を引き寄せる事も果たせない。仮に出来ても、世界を管理する組織相手に狙われての目的達成は非常に困難だ。

 

 

・・・非常に業腹だが、私と背景(バックボーン)との利害は一致しているようだ。

 

 

―――私は目的の為に六課を護る必要がある。

 

―――背景(バックボーン)は予言阻止の為に六課を護りたい。

 

 

互いに腹に一物を抱えた状態だが仕方ない。

依頼を受けない理由が無かった。それに同じ巻き込まれるなら情報が有ると無いでは大違いだ。

 

 

 

だが疑問も残る。

 

矛盾しているのだ。本局側の行動が。

 

 

機動六課は表向きはレリックに専任で当たる即応部隊。

しかし裏の目的は、聖王教会の騎士カリムが予言した『管理局システムの崩壊』を阻止するために結成された部隊だ。

それはいい。

 

何故、態々本局所属の隊舎を地上本部のお膝元であるクラナガンに置いたのか。

それは予言の舞台がクラナガンになると詩片を解読したからだろう。

それもいい。

 

あとは予言を未然に防いでみんなハッピー、万々歳だ。

 

 

―――だが、そこにまた別の側面を見出すと話は別だ。

 

 

”管理局の最高権力である最高評議会と、目の上のたんこぶである中央地上本部に背任の疑いあり”

 

 

この情報を”何処から得たのか”は知らないが、聞いた本局の俗な連中は考えたのだろう。

 

―――これは予言と無関係ではない、と。

 

もしこれを暴く事が出来れば大成果だ。

中央地上本部にいる本局に敵対的な連中を一掃できる機会だし、最高評議会を排除出来ればトップの席が空く。

そこに本局が食い込む事が出来れば、まさにこの世の春だ。

 

しかし相手は仮にも管理局のトップだ。

もし失敗すれば管理局の掌握はおろか、私達の現在の地位・・・下手すると首が比喩で無く飛ぶ。

 

ならばどうするか。

なに、簡単な事だ。

 

火中の栗を、自分達でなく他の奴らに拾ってもらえば良いのだ。

 

そう。

例えば。

 

 

―――本局所属の部隊で。

―――優秀な人材を有しており。

 

―――いざとなれば切り捨てる事が出来る試験運用の実験部隊とか。

 

 

無論、本局の良識派は反対しただろう。

管理局そのものの危機に、権力争いを絡めるべきではないと。

ましてや六課を権力争いに巻き込むなど。

 

だがそれでは機動六課設立は認められないと言われればそれまでだ。

『良く当たる占い』程度の精度の予言の為に、貴重な本局の予算と有能な人材・数少ない高ランク魔導師を注ぎ込むのには、それ相応の成果を見返りが必要だと。

 

 

つまり機動六課の真の目的は、起こりうる予言を未然に阻止し、且つ”本局所属の”機動六課が”悪の”地上本部、ひいては最高評議会の暗部を暴く事にある。

 

 

もし中央地上本部がその事に気がつけば、なりふり構わずに有形無形で妨害してくるだろう。

それは本局の俗物連中も望む所では無い。

 

それを阻止する為の目くらましの撒き餌。

 

その為の駒が私か・・・。

 

 

それなのに私に部外秘の機密文書―――もし機密漏洩がばれれば、弁護人無しの査問会の後封印刑―――を見せたり、本局の不利益が生じても機動六課を守れと言う。

つまり本局も表面上はともかく、決して一枚岩では無いという事か・・・。

 

機動六課を使い捨てても良いと考えている連中と、機動六課を守ろうとしている連中。

 

そしてユーノやアコース査察官、そしてその背景は後者と言う事か。

 

 

 

どちらにしても舐められたものだ。

 

 

本局の欲深連中も、いくら無限書庫司書長の推薦とはいえ所詮は駒と考えているに違いない。

 

 

確かに背景的に中立的な立場で無ければ六課を守れない。それは確かだ。

 

だが逆を言えば、後ろ盾が無い。

ユーノやアコース査察官は個人としては協力してくれるかもしれないが、良識派の連中も本局内の組織の中では大っぴらには動けないだろう。

本局連中もこちらが良い感情を持っていないのが分かっているにもかかわらず、私を巻き込んでおいて臆面も無く、さも”依頼”だなんて空々しく言ってくるのは、私が組織的な援護、影響力を持たない一個人だからだ。

契約を反古にして、駒が反旗を翻したとしても、大した事は出来ないと考えているからだ。

 

まぁ?

常識的に考えればそうだ。

 

 

―――常識的に考えれば(・・・・・・・・)、だ。

 

 

だが、その駒は自分で考え、自分で動く。

ルールに縛られずに自身の”決まり”に従って動くのだ。

おまけにその駒はゲーム盤をひっくり返す力を持っている。

 

 

「―――ハァ・・・。

 

ま、いいでしょうよ。

嵌められた様で気に食わない点も多々ありますが、悪法でも法。約束は約束だ。

 

 

確かに機動六課は如何なる干渉からも守りましょう―――」

 

 

あちらが一人呟く。

 

先程から窓より時折見えていた魔弾の魔力光と、散華する鉄屑の煌きはもうすでに見えない。

どうやらホテル・アグスタ警護に付いていた機動六課と鉄屑との戦闘が終結したようだ。

でもそんな事はあちらには欠片も関心が湧かず―――

 

 

「―――そう。私なりのやり方で、ねぇ?」

 

 

何もかも自分の掌だと考えていたら大間違いだ。

精々、皮算用に励むがいい。本局上層部の諸君・・・。

 

ふははははははははははは

 

 

そっと握っていた拳を開く。

その手の平には小型の記録媒体が収まっていた。

 

 

―――それはユーノが部屋を出る擦れ違いざま、さりげなくあちらの手へと押し付けられた物。

もしその光景を他の誰かが見ていたとしても、手が擦れ合ったくらいにしか思わなかっただろう。

 

 

その記録媒体には、あちらにとって魅力的な情報がたっぷりと詰まっている。

だが、それはあちらと相対する者にとっては、まさに厄災の種だ。

 

 

それをじっと見つめ、あちらはにやりと口の端を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「その人は何処にいった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ホテル・アグスタ ラウンジ

 

 

 

 

 

 

 

ガジェット・ドローン群によるオークション襲撃を無事撃退し、事態が終息した後のホテル・アグスタのラウンジ。

そこに二人の男女の姿があった。

 

女性の方はオークション警備の応援に当たっていた機動六課の長、八神はやて。

男性の方は時空管理局本局査察部に在籍しているヴェロッサ・アコース。

 

二人はオークション開始前とはうって変わって、あまり人気の無いラウンジでのんびりお茶を飲んでいる。

オークションに参加していた大部分の客はとっくの昔に帰っていた。

 

―――ロストロギア・オークションが終わり、目的の品が手に入ったのかホクホク顔の参加客が会場から出て来て見た物は

 

 

ホテル周辺から立ち上る黒煙と、機動兵器群の無残な残骸。

 

 

その時の参加客の顔は見物だった。

 

 

まぁオークションを強行したホテルのオーナーの首はすげ替わるだろう。

あと、この警備計画を立てた本局のお偉いさんの首も盛大に飛ぶに違いない。

 

大方、オークションを実施して各次元世界政府の高官と出資者の物覚えを良くしようって魂胆だったのだろうが、見事に裏目に出た形だ。

予め警告されていた、避けれるリスクを冒して、各世界の政治・経済界の重鎮達を危険に晒したのだ。

今頃、本人達は顔色を青くしているに違いなかった。

 

だがそんな事は二人には全く関係が無く

 

 

「―――部隊、上手くいっているみたいだね。」

 

「うん。カリムが守ってくれてるおかげや。」

 

「僕も何か手伝えたらいいんだけどねぇ・・・。」

 

「アコース査察官もサボりと遅刻は常習犯やけど、基本的には忙しいんやん。」

 

「ひど。」

 

 

穏やかな空気が流れていた。二人は互いの近況を軽く報告し合う。

専ら、はやては八神家の近況や部隊での出来事を楽しそうに話していた。

 

しかし次第に話の内容が愚痴になり、そこからさらにある出向要員(・・・・・・)への不平不満に取って変わって行った。

 

曰く、意地悪だ。

曰く、結構部隊に入れた時の事を根に持っている。

曰く、部隊長なのに一番からかわれている。

曰く、隠してあった和菓子を食べられた。

 

などなど。

本来なら部隊のトップが部隊員の悪口を言うなど、決して褒められたものでは無い。

しかしヴェロッサはそれに口出しをしなかった。

それは話をしているはやてが妹分であるという事もあったが、それだけではない。

 

その出来事を話すはやてがとても嬉しそうで、楽しそうで。

 

その浮かべていた表情は、年相応の少女の物だったからだ。

 

特別捜査官という立場から仮面を被る事が多かったはやて。

その傾向は機動六課設立に際して更に強くなってきた。

強迫観念に近い使命感に駆りたてられ、仕事に打ち込む姿を見守る事しか出来なかった。

 

そんな彼女に現れた変化。

 

それは最近、妹分(はやて)が生き急いでいるのではないかと心配していたヴェロッサにとって歓迎すべき物だったからだ。

 

 

―――これはカリム義姉さんやシャッハに良い土産話が出来たな

 

 

ヴェロッサは穏やかな表情を浮かべながら、はやての話に耳を傾けていた。

 

その表情にはやては今さらながら自分が結構恥ずかしい事を言っているのに気がついた。

はやては焦った表情を浮かべそうになったが、それを精神力を総動員してなんとか堪え、動揺を悟られない様に自身を落ち着けようとしたのかカップを手に取ろうとする。

 

茶器ががちゃっと耳障りな音をたてた。

途端、香しい紅茶の薫りが周囲に立上りはやての胸を満たす。

 

 

「……―――――――――。」

 

「……―――――――――。」

 

 

「ま、まぁそんな感じで上手くやっとるわッ!

 

 

・・・ちゃうで!決して部隊員にいじられて悔しいとかちゃうねんで!

 

ほんまやで!!

 

なんで私の面倒をエリオやキャロにお願いすんねんッ!普通逆やろッッ!!!」

 

「オーライ。十分理解したよ、はやて。

 

だから一先ず落ち着いてカップをテーブルに置こうか。

お茶がこぼれてるよ。」

 

 

軽く錯乱するはやてを宥めすかせ、落ち着かせようとするヴェロッサ。

いくら周囲に人が居ないとは言え、店員からの目が厳しくなってきた。

 

 

「まぁ皆と仲良くやっている様で良かったよ。

いくら人員の選抜を入念に行ったと言っても大分横槍もあったしね。

 

カリムやシャッハなんか『どうせ暇なんだから様子を見に行け』って五月蠅くてね。

全く。僕も同じ義弟なのに妬けるよ。」

 

「ふふ。そんなこと言って。

カリムも心配してるんよ、かわいいロッサの事。

 

―――色んな意味で、な。」

 

「・・・その『色々な意味』について知りたい気もするけど、やぶ蛇になりそうだからやめておくよ。

 

それに心配はお互い様だよ。

はやても僕とカリムにとっては妹みたいなものなんだからね。」

 

「―――うん。ありがとな。」

 

 

お互いに見つめ合って笑いあう。

互いに幼少期は家族に恵まれなかったせいか、この絆は大切にしたい。

ヴォルケンリッターら八神家以外にもこのような絆が出来ている事に、はやては言葉では言い表せない暖かいモノがこみ上げてくるのを感じた。

 

湿っぽい雰囲気を払拭するかの様にはやては話題を変えた。

 

 

「・・・そういえばロッサ。ユーノ君とお友達やったん?」

 

「―――あぁ。

僕が無限書庫に調べ物に行った時、直々に案内して下さってね。

 

つい最近の事だよ・・・。」

 

「ふーん?」

 

 

―――なんや?

 

何か、おかしい・・・???

 

それは本当に小さな違和感だった。

特別捜査官として敏腕を奮った『八神はやて』としてでは無く。

小さい頃から彼を兄と慕っていたからこそ感じる事が出来た、本当に極小さな違和感。

 

それは本当に小さいが、決して見逃してはいけない物の様に感じた。

 

その違和感を確かめるべく、はやてはヴェロッサに声をかけようと

 

 

「なぁロッサ。ちょっと『ピピピピピピピピピ』―――ハァ、なんなんやねん。

 

―――通信?グリフィス君かいな。」

 

 

話の腰を折られた形になった。

発信者はグリフィス・ロウラン。

はやてが通信を開く。

 

 

『八神部隊長。失礼します。

 

調査班への現場検証の協力と管轄の陸士部隊への引き継ぎが完了しました。』

 

「あぁごくろーさん。現場検証が一段落ついたんかんな。

 

―――で、どないやった?何か分かった事は?」

 

『ハラオウン隊長の懸念通り、ここでオークションを隠れ蓑に違法ロストロギアの密売が行われていたようですね。

どうやら管理局の警備計画要綱に記載されていない倉庫に隠していたようで。

 

その所為で我々がガジェットに対応している間にそこを突破されてロストロギアを強奪されたようです。ご丁寧に襲撃者は扉を全開にしてくれていたそうで、魔力を検知した局員が急行した時には気絶した警備員と違法物品の山が丸出しだったそうです。』

 

「そら間抜けな話やなぁ。

”開け、ゴマ”てか。洒落が効いとんな。

まぁホテルのオーナーには任意で事情聞くとして・・・。

 

ガジェット共は大方・・・」

 

『陽動でしょう。

ガジェットが敵性召喚師によって召喚・操作された時点でその可能性に気が付くべきでした。』

 

 

悔むように、顔を歪めるグリフィスにはやては声をかける。

今回、機動六課は勝負に勝って試合に負けた様なものなのだ。

 

オークション護衛は達成できたが、違法なロストロギアは奪われた。

 

今回、特に前線メンバーが頑張っただけに、状況分析を行う自分達(ロング・アーチ)がそれに応えられなかったのが余程悔しいのだろう。

 

 

「ま、今回はしゃあないわ。

まさか警護対象が隠し事しとるなんて思わんからなぁ。

 

今回の事は反省材料にしたらええ。

ウチらもまだまだ生まれたての小鹿みたいなもんやからな。

それより何が強奪されたか、まぁそこはゲロッて貰って特定すんのが先決や。」

 

『それに関してはすでに管轄の捜査官が事情聴取に向かっています。

担当は108のカルタス三等陸尉です。』

 

「りょーかい、りょーかい。ならそっちは任せよ。

後で調書がウチにも回ってくるやろからな。

 

ほな私らの仕事はおしまいや。引き上げんで。シャーリー!」

 

 

はやてはもう一つウインドウを開き、通信を繋げる。

ウインドウに丸こい眼鏡を掛けた女性下士官が写る。

 

 

『はーい。何でしょうか部隊長?』

 

「パーティーはおしまいや。お家に帰る準備し。」

 

『了解です。前線メンバーにも通達しときますね。』

 

「まぁウチに帰るまでが任務(えんそく)や。

最後まで気を抜いたらあかんよ。」

 

『『了解。』』

 

 

細かい指示を与えた後、通信は切れた。

はやては軽い溜息をついてヴェロッサの方を見やる。

彼はのんびりお茶を飲んでいた。

 

その様子は普段通りの彼そのもので。

もうそこには先程感じていた違和感は欠片も見当たらない。

 

さっきのは気のせい――――――か?

 

喉に小骨が刺さった様な。

間違い探しの絵を見ている様な。

 

何とも言えない不快感を、カップに残っていた紅茶と共に一緒に飲み干す。

カップをソーサーに置き、はやては席から立ち上がった。

 

 

「ほなロッサ。

私、そろそろ行くわ。

 

お茶ごちそーさん。」

 

「うん。気を付けてね。

また近い内に会いに行くかもしれないから、その時はよろしくね?」

 

「りょーかい。

 

あぁ、そうやロッサ。一つ聞きたい事があるねんけど。」

 

「なんだい?」

 

「無限書庫行った事あるんやろ?

あちらさんの事知っとるの?」

 

「あちら?―――あぁ新しく六課に入った人の事だね?

 

いや、直接の面識は無いよ。」

 

「そかそか。変な事聞いたな。

知ってたらあちらさんの弱味でも教えてもらおと思ってんけど。

まぁええわ。

 

ほなまたなー。」

 

 

はやては手をひらひら振りながらラウンジを出て行く。

そのままヘリの集結地点に向かうのだろう。

 

はやての後ろ姿が見えなくなるまで、じっと見つめていたヴェロッサはぽつりと言葉を漏らす。

その言の葉はとても小さく、無意識に呟いたもので、それは本人にさえ聞こえていない。

 

 

――――――”幸運を”

 

 

それは一体誰に向けた言葉なのか。

 

それは過酷な重責を背負う、己の妹分に向けてか。

それとも己が都合で巻き込んだ司書に対してか。

 

どちらにしろ、その言葉は誰に聞かれる事も無く、大気に溶けて消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――業務連絡。

―――規定値に達しました。

―――物語(セカイ)の流れが分岐します。

 

―――分岐した物語(セカイ)を閲覧される場合はそのまま、閲覧されない場合は(セカイ)を閉じ、近くの職員にお声掛け下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

集結ポイントである中庭を目指しながら、はやてはさっきの違和感について考える。

 

―――やはり何かをロッサは隠している。

 

先程の質問にロッサは上手く不自然にならない様に答えたつもりだろうが、それがすでに不自然な行いなのだ。

確かにあちらさんが唯の出向要員だったらその反応も有りだろうが彼は違う。

とびきりの曰くつきなのだ。

 

あぁ彼の事は余り知らないよと流す時点でもうおかしい。

おまけにユーノ君とも付き合いがあるらしい。それも大した付き合いでは無いと偽らなければならない程のモノが。

 

時空管理局の統合データベースである無限書庫の司書長と、管理局内部の不正を暴く監査部のエースが秘密裏に連絡を取り合う。

 

 

―――きっと、碌でもない事なんやろなぁ。

 

 

思わずそこに身を投げ出して寝ころびたい衝動に買われるが、ここはホテルの庭先で、しかも向かい側から人が来ている。管理局の人間がこんな所でゴロゴロしていたらきっと不審に思われるに違いない。

 

向こうから近づいて来るのは、それはそれは美しい女性だった。

 

 

―――金糸の様に陽光に輝く美しい髪

 

―――清潔感のある白いブラウスに紺のパンツ

 

―――それらに身を包んだ、魅力的な四肢

 

 

近づく。二人は歩み寄って行く。

 

 

―――肩に掛けた闇色のローブ

 

―――まるで中世の魔女の様な、闇色のとんがり三角帽子

 

 

近づく。さらに。二人は擦れ違う。

 

そして目が合う。合ってしまう(・・・・・・)

 

 

―――紅い三日月の様な、裂けた様な嗤い

 

艶めかしい朱色の唇が何故か生々しくて気持ち悪い。

 

 

―――そして単色では無い、全ての色を落とし込んで出来た様な黒い瞳

 

その眼に映る感情は余りに強烈過ぎて、とても19の小娘では測り知る事が出来ない。

 

 

 

―――あぁ。なんかインクと古紙の薫りがするわ・・・。

 

 

 

はやての意識は幸運にも(・・・・)そこで途切れ、彼女は闇黒の海に文字通り沈んで行った。

後に残るのは女性と床に残る若干のインクの染みのみ。

 

はやては幸運だったのかもしれない。

もし、彼女がこのまま機動六課の集結地点に向かっていたら、彼女は愛する家族と仲間達が次々と黒の海に呑まれて行く光景を目の当たりにしただろう。

 

”家族や仲間の無残な最後を見なくて済んだ”

 

この一点において八神はやては幸運だったのかも知れない。

 

 

そして女性は歩きだす。

後ろを振り向きもしない。後に残るのは床の染みだけ。

 

 

歩く。

 

 

ただ粛々と遭遇する人々を黒の海に呑みこんで行く。

いやホテル内に居る人間が一人例外を除いて全員呑みこまれて行く。

 

 

歩く。

 

 

ただ淡々と。粛々と。作業的に。

それはあたかも儀式めいている。

 

 

歩く。

 

 

慈悲を請う声も、嘆きも、怒りも、悲哀も、勇気も。

すべてを黒の海に溶け込まして。

 

 

―――そして彼女はある部屋の前で立ち止まる。

 

そこはユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースが会談に使用した部屋。

 

周囲は異様なほど静かだ。

それこそ大気の音が聞こえてきそうな程に。

 

・・・いや、それも当然かもしれない。

もうこのホテル・アグスタで動いている人影は二つだけ。

後はすべて黒の海―――インクの海―――の呑みこまれ、その存在《記述》をすべて黒く塗り潰されて消えてしまった。

 

 

キィっという音をたてて扉が開く。

 

中に居た人物が今まで見た事の無い様な、とても険しい表情で彼女を迎え入れる。

 

だがそれすらも彼女にとっては至福であり。

今この瞬間、彼を独り占めにしているという証左。

 

 

……―――あぁ、この時をどれほど待ちわびた事か。

 

 

下腹部が思わず熱を持つ。

 

永久に、多由那に、永劫に。

それこそ死すら死せる久遠の時の果てで成った奇跡。

 

 

あぁ、今度こそ(・・・・)

 

今度こそ(・・・・)、彼は私のモノだッ!

 

 

自身では制御できない感情の奔流がココロを軋ませ、その余波が表情となって発露する。

 

―――それは酷く妖艶な笑みだった。

それこそ、むせ返る程甘い匂いを放つ、腐れ堕ちる寸前の果実を連想させる。

 

 

あぁ私の主人公・・・。

なぜそんな顔をする?そんな悲しそうな(・・・・・)顔をする必要など無いというのに。

 

引き裂かれた二人がまた一つに成ると言うのに。

あぁ大丈夫。記憶なんて、そんなもの。もう要らない。貴方さえいれば。

 

溶かして、溶かして、溶かし尽して最後に残ったモノをまっさらな(セカイ)に垂らしましょう。

(セカイ)に錠前を掛けて鍵穴を潰し。表紙とページを糊付けして。

決して外から開かぬように。覗けぬように。

 

そして今度こそ。

二人で幸せに暮らしましょう。永遠に。

 

―――何も無い、しかし全てがあるセカイで。

 

 

キィっと音を立てて扉が閉まる。

 

 

 

がしゃん

 

 

 

ホテルに静寂が戻る。

人の気配は無く、ただインクの染みだけが点々と残るだけ。

 

 

 

―――そしてホテル・アグスタで動く人影は一つも無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある図書館世界 「あっち」方面書架群

 

 

 

ここは昔。

そう、ずっと昔に、とある司書と帰る家の無い迷子が頻繁に利用していた談話室。

山の様に積み上げられた革張りの本が机の上や周囲の床に積まれており、さらに何かを書きなぐった様な紙が辺りに散乱している。

革張りのソファに、執務机に、茶器一式。

他にも彼らが持ち込んだと思われる私物が置かれていた。

 

しかしそのどれにも埃が積もり、永い年月ここが使用されていない事を示していた。

埃が落ちてくる音すら聞こえてきそうな静寂の中、この談話室の時間は止まっていた。

恐らくこのままこの部屋が風化するまで、ここはそのままだろう。

 

 

キィ

 

 

その時、木と木が擦れ合わさる音が聞こえ、時間さえ止まった部屋の空気が流れた。

その気流積もっていた埃が上へと舞い上がる。

 

静寂と埃しかない談話室に一人の人物が入って来た。

その人物は舞い上がる埃に眉をひそめながらも、ゆっくりと談話室の中へ入って来る。

 

その人物―――図書館館長―――は部屋の大気を乱さぬようにとでも言いたげに、ゆっくり、ゆっくりと執務机に向かって歩いて行く。

その決して静寂を乱さぬようにする様子はまるで墓参りの様だ。

ならばここはさながら地下墓所といった所か。

 

しかし、その指摘はあながち間違っているわけでは無く。

かと言って正解という訳でもない。

 

 

執務机の前で立ち止まった。

 

 

館長はじっと机の上の本を見つめている。

 

 

―――その本は異様だった。

 

 

表紙にタイトルや表記は一切無く、色合はまるで処女雪の様に真っ白だ。

だが異彩を放っているのはそれだけでは無い。

 

その本を覆う何重にも巻かれた鎖と、それをロックしている無骨な錠前。

しかも鍵穴は溶接され、もし鍵があっても差す事が出来ない。

手にとって見れば、さらに表紙や頁が糊付けされている事が分かるだろう。

 

 

この本は本なのに、他者に全く物語を読ませる気が無いのだ。

 

 

―――それもその筈だ。

 

 

この本はたった二人の為に作られた(セカイ)なのだから。

それ故に他者(どくしゃ)など不要。むしろ邪魔でしかない。

 

 

館長はその本を暫らく眺めた後、表紙を指で撫でようとして―――止めた。

その表情はまるで自分にはその資格が無いと言っている様で。

 

ただ哀しげに本を見つめている。

 

どれくらいの時間が経ったのか、結構な時が流れた気がする。

 

 

―――仕事を抜け出してきたのがそろそろばれる頃だ。

 

―――見つかる前に戻ろう。

 

 

館長は自分の執務室に戻ろうと踵を返そうとして―――ちょっと立ち止まった。

暫らくためらった後、館長はその本―――正確には中の彼女らに―――に質問を投げかけた。

 

 

「いま、幸せか―――?」

 

 

質問は談話室の静寂に広がり溶けて消えた。

しばらく時が経つ。

何も無い。

 

当たり前だ。本が話をする訳が無い。

こうも辺りが静かだと、空耳さえ聞こえない。

 

館長は自嘲の笑みを浮かべ、今度こそ談話室から去って行った。

 

 

またいつもの静寂を取り戻した談話室。

 

白い本もまたいつも通りに。

 

 

―――ただ机の上に置かれている。

 

 

 

 

もう話す事も見る事も読む事も叶わなくなった彼女と彼。

白い(セカイ)に閉じ籠もり、今一体何をしているのだろう?

 

何も無く、しかし全てがある白い世界で。

 

 

笑っているだろうか?

泣いているだろうか?

怒っているだろうか?

 

 

―――幸せに暮らしているのだろうか?

 

 

それはもう知りようが無い。

ただ想像するだけ。

 

ただ、願わくば―――

 

 

―――叶うならば、続く彼女らの物語が”ハッピーエンド”で結びますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人は何処にいった?

 

―――終劇.

 


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