その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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27.ルーズ・ワンズ・ウェイ

―――そして二人の目が合った。

 

 

 

幼い少女は、煌びやかな紅玉と翠玉をはめ込んだ、珠玉の様に美しい瞳で青年を見詰めた。

目蓋の縁にはいまだ涙の痕が残っているが、それでも構わずに、彼女はただじっと青年の顔を見上げている。

 

 

どれ位の時間が流れただろう。

 

 

いや、時間にすればそれはおよそ数十秒の出来事。

だが青年にとって、それはとても永い時間の様に感じられた。

 

 

ぎゅ

 

 

青年がはっと我に返り、ふいに圧力を感じて下に目を向けてみると、少女にぎゅっと上着の裾が握られていた。

かなり身長差があるためか、少女は限界まで首を傾けて青年をじっと見上げている。

重力に引かれ、少女の蜂蜜色の髪がさらりと流れた。

 

一方、青年は握られて始めて少女の接近に気がついた様で呆然としている。

いつもは何が起きても飄々としている青年の、その非常にらしくない(・・・・・)様子に周囲は驚いているようだ。

そしてそんな事にも気がつかないほど青年はうろたえていた。

 

しかし青年はすぐに気を取り直したのだろう。

普段浮かべている、人を煙に撒く笑顔ではなく、珍しい優しい柔和な笑みを口元に浮かべて少女と向き合った。

その笑みにまた周囲がざわつく。

 

そのあまりのものやわらかさに。暖かさに。

 

 

しかし少女はそんな周囲に気にも留めず、ただひたすらに青年を青年の瞳を覗き込んでいる。

 

 

 

―――青年を見上げる少女

 

 

―――少女を見下ろす青年

 

 

 

それは傍目には少女が、青年の縋り付いているようにしか見えないだろう。

普通に見れば、幼子が青年に構ってほしいと縋っている、微笑ましい光景のはずだ。

 

 

だが。

 

 

しかし何故だろう。

 

 

 

それは不可侵で―――

 

 

誰もその大気を揺らす事は許されない様な―――

 

 

何人たりとも犯してはいけない、一つの荘厳な絵画の様で――――

 

 

 

そして、幼い少女は鈴を転がす様な、見た目通りの可憐な声で、青年に問い掛けた。

 

 

 

 

「……―――ねぇ。どこか、痛いの?」

 

 

 

 

その時

 

 

ピシリ―――と

 

 

 

何かが、ひび割れる音がした気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ルーズ・ワンズ・ウェイ」

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

休暇中のエリオ・キャロによるレリック発見の報に端を発した、クラナガン市街地の廃棄区画及び湾岸で発生した大規模戦闘の翌日。

麗らかな昼下がりの部隊長室で、機動六課の主要である八神はやてとフェイト・T・ハラオウンは、昨日の隊長級デブリーフィングと今後の方針について打ち合わせを行っていた。

本来ならばスターズ分隊隊長である高町なのはも参加しているはずだったのだが、昨日の戦闘で保護した人造魔導師素体と思しき少女を引き取るため、聖王教会傘下の病院へ向かっている為に不参加。

午前中に六課を発ったため、時間的にそろそろ聖王教会から帰ってくる頃だろう。

 

ならば代わりに副隊長であるヴィータが参加するものなのだが、昨日の大規模戦闘時に演習先の部隊から援軍に駆けつけた為、その後処理と始末書に追われている。

普段なら不得手な事務処理などをあちらなどに手伝ってもらうのだが、彼もまだ無限書庫から帰ってきていないため、普段の倍以上の時間が掛かりすっかりヴィータは涙目だ。

だが普段強気なヴィータが涙ぐんでいる、その愛らしい姿にロング・アーチの面々は悶えており、手伝う気はさらさらないようだ。

それどころか一部の局員などはその様子を、鼻息荒く記録しており、そのテンションはもう最高潮。ぶっちゃけその姿は犯罪者予備軍だ。

 

そんな事が起きているとは露とも知らず、二人は次々と部隊運営について案件を処理していく。

 

 

「―――それでホテル・アグスタで強奪された違法ロストロギアについては分からんかったんか……。」

 

「うん。どうも強制捜査時にオーナーが目録とかの証拠を隠滅したらしくて……。

今、カルタス捜査官が関係者の供述を元に目録を復元しようとしてるけど、復元にはしばらく時間がかかるって。」

 

「まぁ、そこから先は密輸事件専門の108の管轄やなぁ。ウチとしても出来る事は限られるしな。」

 

 

機動六課は一応捜査もできるが、どちらかと言うと純軍事的な緊急即応部隊としての側面が強い。

本格的な捜査活動経験者ははやてとフェイトしかおらず、人員的にも今のレリック案件で手一杯で、地道な広域捜査活動というのはどちらかというと苦手な分野だ。

 

 

「その辺は私が共同で捜査する事になったよ。これは私が長年追っているスカリエッティ案件にも繋がるしね。」

 

「―――よろしくな。フェイトちゃん。」

 

「任せて、はやて。」

 

 

フェイトが自信有り気に、そのたわわに実った胸を力強くたたき、それがはやての目の前で大きく揺れた。

 

ぽよん。ぽよん。

 

その圧倒的な戦力差に、はやての頬が引きつった。

はやては無駄な抵抗とは知りつつも自分の胸元を見下ろす。

 

”大丈夫、大丈夫。ヴィータには勝っとる……”

 

逆を言えばヴィータにしか勝ってない。余りに空しい勝利に、その姿は心なしか煤けていた。

その様子にフェイトが頭の上にクエスチョンを浮かべるが、それよりも早くはやてが話題を変えた。

ある意味、その辺りの情緒が幼いというか無垢なフェイトに、そんな話をするのは自身が負う精神的なダメージが大きすぎる。

 

 

―――なんや、いろいろ負けた気がする……。人でも胸囲でも。

 

 

振り払うように話題が次の案件に移り、はやては露骨に顔をしかめた。

まるで嫌な事を思い出したと言わんばかりだ。

 

 

「―――臨時、査察?って機動六課に?」

 

 

フェイトが疑問の声を上げた。

どうやらその話の信憑性を疑っているようだ。

 

当然だろう。

事前に査察の情報が漏れる様なら、それは査察の意味が無い。

 

 

「うぅ~ん。まぁ、地上本部にそんな動きがあるみたいなんよ。

 

……ま、前々からそんな動きはあってんけどなぁ。

それがどうやら本格的になってきたらしくてな。」

 

「地上本部の査察ってかなり厳しいって噂だけど……。」

 

「うへぇ……。ウチはただでさえ突っ込み所満載の舞台やからなぁ。

正直、勘弁してほしいんやけど。」

 

「今、配置やシフトの変更命令が出たら、正直致命的だよ。

それこそ後ろめたい事がありますって宣言しているものだもの。」

 

「…―――ふぅ。何とか乗り気らななぁ。」

 

 

だるそうにはやてが溜息をつく。

しばらく何かを考え込んでいたフェイトは、意を決したかのように、はやてに問いかけた。

 

 

「……ねぇ。これ査察対策にも関係してくるんだけど、六課設立の本当の理由・・・

 

そろそろ聞いてもいいかな?」

 

 

―――来るべき時が来た。

 

 

機動六課が設立された真の目的。

もしそれを知った時、彼女達と今までと同じような関係が続けられるだろうか。

 

ある意味、彼女らのキャリアを勝手に賭けにベットしたのだ。

しかもそれはお世辞にも、分の良い賭けとは言い難い。

それに自分たちが万が一、取り返しのつかないミスを犯した場合、本局に責任問題が及ばないよう切り捨てられる事になっている。

なるべくフォワードメンバーには被害がいかない様に手回しをしているが、隊長格主要メンバーはそうもいかないだろう。

 

 

……今更、か。賽はとっくに投げられたのだ。

 

後は河を渡るだけ。

 

あの子(・・・)に救って貰ったこの命。私はその人生を費やして、あのような悲劇をこの世から無くすと誓ったのだ。

 

こんな処で立ち止まってはいられない。

それが十数年に及ぶ友情に終止符を打つ事になろうとも。

 

 

―――ただ出来たら。

 

 

―――これからもそれが続けば嬉しいなぁ……。

 

 

フェイトのその問い掛けに、はやては気が抜けたかのように、ふっと微笑んだ。

 

それは安堵したような。

重い肩の荷を下ろしたかのような。

覚悟を決めたような。

 

そんな笑み。

 

 

「―――うん、そやね。

 

そろそろ良いタイミングかな。

今日これから聖王教会本部、カリムの所に定期報告に行くんよ。クロノ君も来る。」

 

「クロノも?」

 

「なのはちゃんと一緒に着いて来てくれるかな?そこでまとめて話すわ。

 

―――それに私もカリムやクロノ君達に聞きたいことがあるんよ。」

 

 

はやての行間の含みに、フェイトはすぐに理解を示す。

それはフェイト自身も感じていた、そしてなるべく考えないよう(・・・・・・)にしていた疑念。

 

 

「…―――あちらさんの事だね?」

 

「そうや。どうも引っかかる。

……別にあちらさんの事を疑ってる訳やない。あちらさんは信頼しとる。同じ六課の仲間やからな。

 

だからこそ(・・・・・)

 

だからこそ気に入らへん。

ウチの可愛い部隊員を変な陰謀に巻き込まんでほしいわ。カリムやクロノ君がそないな事、考えたとは思われへんけどなぁ。」

 

 

二人とも聡明に成長してそれぞれ重責の在る役職に就き、世間の荒波に揉まれ、世の中の薄暗いモノもそれなりに見てきたとはいえ、少々箱入りで潔癖症なところがある。

その二人がこのような絡め手を良しとするのは、正直想像もつかない。

 

 

「うん。それにあちらさん、何か裏で動いてるものね。」

 

「……なんや、フェイトちゃん。気が付いてたんかいな。」

 

「ふふ、薄々はね。これでも私は執務官だよ?

 

……それでも分かったのはたったそれだけ。

”何か”動いているのは分かっているのに、”何が”動いているのかが丸で分からないの。

 

自信なくすよ…。自分ではそれなりに優秀なつもりだったのに。

巧妙に足を掴ませないあちらさんは一体何者なんだろ?……ただの無限書庫の職員ではなさそうだよね。」

 

「ユーノ君の推薦で入局してるけど、それ以前の経歴が白紙なんやよねぇ……。

今更こーゆーんも何やけど、あちらさん。

 

……あやしさ大爆発やね。」

 

「……大爆発だね。」

 

 

「「はぁ……。」」

 

 

そしてはやてとフェイトは、それはそれは深い溜め息をついた。

二人の脳裏には、人を食ったような笑みを浮かべた、出向の事務員の姿が浮かんでいた。

 

 

「じゃあ、そろそろ教会本部に向かおうか。騎士カリムを待たしちゃ申し訳ないし。

なのは、そろそろ戻ってるかな?」

 

 

フェイトがなのはに通信を開く。

すぐに通信は繋がり、ウインドウを開いたその瞬間――――――

 

 

 

『うぅうぇええええぇええええええ!!!!!!ええぇぇえええええぇえええええええぇんんん!!!うううええええええぇえええええええええぇえええええぇええええええええええ!!!!!!!』

 

 

「「は?」」

 

 

 

――――――幼い少女の泣き声が、高品質・大音量で流れ込んできた。

 

表示されているウインドウには、なのはの腰元にひしっと抱きついている、鮮やかな金の髪の少女が。

 

少女の年の頃はおよそ10才くらいだろうか?

本来、笑えば愛らしいであろうその顔は、今は悲痛な表情に歪み、まるで大事なものが奪われると言わんばかりの必死さがにじみ出ている。

 

 

『あぁ~ほら、ね?泣かない、泣かないで。』

 

 

なのはが少女を必死にあやしているが、それは全く効果をなさずに、ただ大きな泣き声が部屋に響いている。

スバルらフォワードメンバーも、あやそうと一生懸命になっているのは伝わってくるが、四人に子守スキルなど有る筈もなく一緒になってオロオロしている。

 

呆気に取られていたフェイトとはやての中で、いち早く我に返ったフェイトがなのはに語り掛けた。

 

 

「……あの、何の騒ぎ?」

 

『あ、フェイト隊長!』

 

 

それになのははまるで救世主でも見たかのように、縋るような視線をフェイトに向けた。

慣れない子供相手に相当参っていたようだ。

 

 

『実は』

 

「あぁ~~だから言わんこっちゃない。めっちゃ怯えてるやん、なのはちゃん。」

 

『え?』

 

 

なのはの言葉を遮るかのように、はやてはひょっこりウインドウに顔を出して呟いた。

そのはやての「全部わかってますよ」的な発言に、どうして見ただけで状況が分かったのだろうと、なのはは小首を傾げている。

 

だが、その疑問はすぐに氷解した。

 

 

「なのはちゃんの顔見て怖がったんやろ?」

 

『違うよッ!?』

 

 

間髪いれず否定する。

 

 

「え?ちゃうの?」

 

『どうしてそんな不思議そうなの!?』

 

「いや、だって『悪い子の所には、白の魔導師がオハナシにやってくるぞ』ってミッドじゃ有名やん。

そう言うとどんな言う事聞かへん悪ガキでも、古参の武装局員みたいにきびきび動くらしいで?」

 

『なんかナマハゲ扱いッ!?ひどいよ!!

というか、私もミッドにいて長いけどそんな話聞いたことないよ!!

 

 

……――――――え?嘘だよね?ね、冗談だよね?

 

お願いだから嘘だと言ってはやてちゃんッ!!』

 

「ほんまかどうか知らんけど、どっかの管理世界の管理局特集の番組でなのはちゃんの教導映像流したら、その年の犯罪発生率が下がったちゅう話やで?」

 

『それはそれで良い事だけどなにか納得がいかないっ……!!』

 

「だからあれ程言ったやろ。

 

幾ら非殺傷設定やからって、バインドしてからのスターライト・ブレイカ―はほどほどにしときやって。

まぁ大抵の奴は逮捕した後、めっちゃいい子(・・・・・・・)に成るらしいから、悪いことばかりやないらしいけど……。

 

……なんかピンク色見せると錯乱するらしいで?」

 

「それ私の魔力ずるいずるいずるいずるいずるい私のなのにずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいああお母さんアリシア収束魔法がピンクがくるよピンクがくるよピンクがピンクがピンクがががが」

 

 

フェイトはメンタル面の紙装甲を遺憾なく発揮して見事にSLB(オハナシ)のトラウマを発動している。

しばらくは現世(こっち)に帰ってこないだろう。

 

 

『嘘言わないでよ、はやてちゃん!!

そんなに頻繁に(・・・)私の切り札は使わないよッ!!』

 

「でもバインドして砲撃魔法はぶっ放すやろ?

ディバイン・バスターとかクロスファイアとか。

 

それでも十分オーバーキルやで?」

 

『うッ!?』

 

『なのはさんホントにごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にナマ言いました凡人でごめんなさいごめんなさいだから許してください許していやだいやだピンクがピンクが来るよおにいちゃぁぁあぁああん!!』

 

『ティア―――ッ!?』

 

 

画面の向こうで、ティアナはメンタル面の紙装甲を遺憾なく発揮して見事に模擬戦(オハナシ)のトラウマを発動している。

こちらもしばらくは現世(こっち)に帰ってこないだろう。

 

 

 

幼い少女は場の喧騒に煽られてさらに泣け叫び

 

 

執務官とフォワードリーダーは絶賛トラウマ発動中で

 

 

教導官は自分の意外な(?)裏話にショックを受け

 

 

残されたメンバーは場の混沌に右往左往し

 

 

部隊長はそれを見てからから笑っている

 

 

 

『……一体、何してるんです?』

 

 

 

そんな混乱の中、無限書庫での引き継ぎ作業を無事に終えた機動六課の出向要員―――

 

 

 

―――迷子あちらは帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 談話室

 

 

 

 

 

これはどういう状況なんだろうか……?

というか、あの高町隊長の腰に顔を埋めてわんわん泣いている、幼い金髪の少女は一体誰だ?

 

 

『あぁあちらさん、おかえり。久しぶりの古巣はどないやった?』

 

「どうって事ないですよ。万事滞りなく。

まぁ帰る時に司書達に仕事が終わらないと泣き付かれた以外は。」

 

『そかそか。

 

まあ、あちらさん。お仕事お疲れさんやったね。』

 

「はい、お疲れ様です。

 

……ところで質問いいですか?」

 

『ん?なんや?可愛い部隊長は何でも答えたんで?』

 

「じゃ遠慮なく。

 

―――この状況は一体?それとなんかハラオウン執務官とランスター二士の目が虚ろで怖いんですけど……。」

 

 

年頃の女性二人が揃いも揃って、焦点の合ってない虚ろな眼で、ぶつぶつと壁に向かって語り掛けている。

それが麗しい美少女ともなれば、なにか幽玄的な狂気すら感じる。

 

ふつーに怖い。

 

 

『あぁそれな。ちょっと開けたらあかんアルバム開いてもたみたいでな。

そっとしといたって。』

 

「いいんですか?彼女らには無言の優しさよりもカウンセリングが必要みたいですが……。」

 

『ええねん。どうせいつもの事やから。』

 

「じゃあいいですね。」

 

「「「いいんですかっ!!??」」」

 

 

あまりにあっさりと出た最終結論に、あちらに事態の収束を期待していたスバル、エリオ、キャロの三人が悲鳴を上げる。

 

 

「―――大丈夫。

彼女達はとても強い心を持った人ですから。きっと自分で乗り越えますよ。」

 

「なんかそれだけ聞けばすごい良いセリフですけど、あちらさんのその面倒臭そうな顔で全部台無しですからねっ!?」

 

「まぁそれは置いといて。」

 

「置かないでっ!?」

 

 

ご丁寧にモノを脇に寄せるジェスチャーまでするあちら。

切実なスバルの叫びを完全にスル―して、あちらは自分の疑問をぶつけた。

 

 

「あの高町隊長の腰にしがみ付いている小さい女の子は一体どこのお子さんです?」

 

「うぅぅ無視する……いじめっ子だぁ……しくしく。いじめかっこわるい。」

 

『あぁ昨日の廃棄区画での一件で、保護した女の子でな。

ちょっと事情があってな(・・・・・・・)。六課でしばらく預かる事になってん。』

 

「…そうですか。」

 

『……まぁ今からそっち行くわ。なのはちゃんに連絡しなあかん事もあるしな。

 

ほらフェイトちゃんしっかりし。壁とお話ししても別世界には旅立たれへんで。』

 

『がががががが―――へ?はやて?ふぎゃっ!?』

 

 

ブツ

 

 

開いていた回線が閉じ、ウインドウが消える。

最後に見えたのは、はやてがフェイトの首の後ろを引きずって行く光景だった。

 

 

周囲には未だに少女のぐずる鼻声が響いている。

なのはの懸命のあやしの効果か、先ほどのような泣き声はもう落ち着いている。

 

未だしっかりとなのはの腰にしがみ付いているせいか、あちらからは少女の顔を窺い知ることは出来ないが、それでも表情を涙で歪めているであろう事は容易に想像がつく。

 

 

―――彼女が報告書にあった人造魔導師素体か……。

 

 

108部隊のナカジマ捜査官から簡易報告書では、近辺を走行中の輸送トラックをガジェットが襲撃。

普通はレリック絡みと考えるが、蓋を開けてみれば運送トラックの中には素体調整用ポッドの残骸があり。

 

輸送トラックを所有する卸業者の、主な卸先は表向きはただの民間の医療機器メーカー。

……ただそこの筆頭株主が最高評議会に名を連ねる一人となると話は別だ。

 

 

―――偶然か、それとも飼い犬に手を噛まれたか。

 

 

何はともあれ、彼女に何かあるのは確実だ。

最低限の警戒はするべきか……。

 

 

プシュと後ろでスライド式のドアが開き、はやてとフェイトが談話室に入ってきた。

その音を聞き付け、背を向けていたなのはが、一旦少女を腰から引き離してこちらの方に向き直った。

 

その時、あちらは初めて少女を正面から見据えた。

 

 

年相応の可愛らしい顔立ち。

蜂蜜色の、綿菓子のようなふわふわした髪。

そして左右非対称の色彩を持つ、赤緑の珠の様な瞳。

 

なぜか、どこかひどい既視感を覚え、もう一度その少女の顔を確かめようとして

 

 

 

 

―――そして二人の目が合った。

 

 

 

 

幼い少女は、煌びやかな紅玉と翠玉をはめ込んだ、珠玉の様に美しい瞳であちらを見詰めた。

目蓋の縁にはいまだ涙の痕が残っているが、それでも構わずに、彼女はただじっと、あちらの顔を見上げている。

 

 

どれ位の時間が流れただろう。

 

 

いや、時間にすればそれはおよそ数秒の出来事。

だがあちらにとって、それはとても永い時間の様に感じられた。

 

 

ぎゅ

 

 

あちらがはっと我に返り、ふいに圧力を感じて下に目を向けてみると、少女にぎゅっと上着の裾が握られていた。

かなり身長差があるためか、少女は限界まで首を傾けてあちらをじっと見上げている。

 

重力に引かれ、少女の蜂蜜色の髪がさらりと流れた。

 

一方、あちらは握られて始めて少女の接近に気がついた様で呆然としている。

いつもは何が起きても飄々としているあちらの、その非常にらしくない(・・・・・)様子に周囲は驚いているようだ。

 

そしてそんな事にも気がつかないほどあちらはうろたえていた。

 

しかしあちらはすぐに気を取り直したのだろう。

普段浮かべている、人を煙に撒く笑顔ではなく、珍しい優しい柔和な笑みを口元に浮かべて少女と向き合った。

その笑みにまた周囲がざわつく。

 

そのあまりのものやわらかさに。暖かさに。

 

 

しかし少女はそんな周囲に気にも留めず、ただひたすらにあちらの瞳を覗き込んでいる。

 

 

 

―――あちらを見上げる少女

 

 

―――少女を見下ろすあちら

 

 

 

それは傍目には少女が、あちらの縋り付いているようにしか見えないだろう。

普通に見れば、幼子があちらに構ってほしいと縋っている、微笑ましい光景のはずだ。

 

だが少女の瞳は子供のお遊びで説明するには真剣過ぎた。無垢過ぎた。

まるであちらの瞳から、その奥に潜む感情を読み取ろうかとしているように。

 

 

馬鹿な。

 

そんな事ありえない。

 

たかだか数年しか生きていない小娘が、物語(セカイ)の理の外側を旅する人外を読み取ろうだなどと。

そんな馬鹿な事が。

 

だがあちらはその瞳をそらす事が出来ない。

体が凍ったように動かない。

背筋を汗が伝う。

 

世界がたった二人きりであるかの様な錯覚に陥る。

 

 

―――だがそれも直に終わりを迎えた。

 

 

幼い少女は鈴を転がす様な、見た目通りの可憐な声で、あちらに問い掛けた。

 

 

 

「……―――ねぇ。どこか、痛いの?」

 

 

「――――――……っ!」

 

 

 

その問いにあちらは目を驚愕に見開いた。

周囲の人間は突然の少女の質問に困惑する。

 

一体何の事を話しているのだろう?

 

それは当事者同士でないと分からないやりとりだった。

 

当然だ。

今見る限り、あちらは傷など負っていない。

事実、あちらは肉体的な損傷を一切負っていない。

 

では一体どこ?

 

―――それこそ愚問だ。

そんなもの(・・・・・)決まっている(・・・・・・)

 

 

「ねぇ。大丈夫?」

 

「ふ、ふふ。えぇ大丈夫ですよ。

 

―――ねぇ、優しいお嬢さん。お名前を聞いても?」

 

「ふぇ。ヴィ、ヴィヴィオ……。」

 

「―――ヴィヴィオ。綺麗な響きの名前ですね。

 

私の名前はあちらと言います。よろしく、ヴィヴィオ。」

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

「ええ。大丈夫です。」

 

「……痛くないの?」

 

「ええ。痛くありません。慣れました。」

 

「……苦しくないの?」

 

「ええ。苦しくありません。慣れました。」

 

 

「……――――――寂しくないの?」

 

 

「―――ええ。実は言うと、少し寂しいです。」

 

 

そして”迷子”は笑った。

それは困ったような、泣き方を忘れてしまったような、少しいびつな泣き笑い。

 

その笑みは、普段のあちらの胡散臭い雰囲気をなりにひそめさせ、あちらを幼く見せた。

それは恐らく、あちらが『迷子あちら』として生まれ、そこから始まった永い永い旅路で初めて見せた、厚木にも見せた事のない無防備な笑顔。

 

 

もうすでに自身でも分からなくなっている心の奥底。

そこは永い永い旅路を経て、さまざまな思いや想い、思い出が降り積もっていき、もう自分では窺い知ることは出来ない。

もうずいぶんと永い間、泣いていない。

 

……だがそれでいい。

でないと郷愁と孤独に囚われて旅が続けられなくなる。

 

 

そう。

 

だから。

 

 

「あの、ヴィヴィオね。おうちが分からないの。」

 

「じゃあ私と同じですね。実は私も帰り道が分からなくて迷子なんですよ。」

 

「―――あちらも?」

 

「ええ。だからヴィヴィオのおうちも一緒に探して上げますよ。」

 

「ほんと?」

 

「本当ですよ。だからそれまでここがヴィヴィオのおうちですよ。

 

ヴィヴィオ、高町た―――いえ、なのはさんの事は好きですか?」

 

「うん。」

 

「……そう、よかった。なのはさんもヴィヴィオの事は好きですよ。

そして出来れば、他の人も好きになってあげてください。

 

そうすればヴィヴィオの事を好きだと言ってくれる人がもっと増えると思いますよ?」

 

「あちらは?」

 

「え?」

 

「あちらはヴィヴィオのこと、好き?」

 

「―――ええ、もちろん。

 

自分が不安とさびしいのを我慢して、私を気遣ってくれた優しいヴィヴィオが大好きですよ。」

 

「えへへ!」

 

 

そう言って優しくヴィヴィオの蜂蜜色の髪を撫でると、ヴィヴィオは嬉しそうに、くすぐったそうに笑った。

その様子になのは達は頬を綻ばせながら、優しく微笑ましそうにヴィヴィオを見つめていた。

 

 

 

 

そう。

 

だから。

 

 

ヴィヴィオを”迷子”にはさせない。

 

 

確かにいい加減な約束をした。果たせない嘘をついた。

人造魔導師素体であるヴィヴィオに、本来帰るべき家など、無い。

あえて言うならあの壊れた冷たい調整ポッドだ。だがそんな事は知らなくていい。

 

新しい家族についてはそれほど問題ないだろう。

見た所、ヴィヴィオは高町隊長にべったりだし、高町隊長もそれが嬉しくて仕方ないようだ。

もし里親が見つからなかった場合、彼女がヴィヴィオを引き取るだろう。

それにここはなんと言ってもあの機動六課だ。こちらが心配になるくらいのお人よしが集まっている。

ヴィヴィオが少しでも不幸になるような目にはあわせないだろう。

 

いつまでも六課がヴィヴィオの防波堤代わりになればいいのだが、生憎一年間の実験部隊なのでいずれは無くなる。

事件が解決した後、ヴィヴィオの出自に関して、要らないちょっかいを掛けてくる奴がいないとも限らない。

まぁそこはユーノがくれたデータを元に作り上げた閻魔帳でお願い(・・・)すればいいか。

それに今回の件で仲良くなったミッドチルダ政府に後ろ盾を頼んでもいい。

 

すると、目下の危険はスカリエッティか。

公開意見陳述会もある事だし、生命操作のエキスパートである彼が、今更ただの(・・・)人造素体に興味を持つとは考えにくいが……。

とりあえず、念の為に保険だけは打っておくか。

 

 

 

―――そこでふっとあちらは考えた。

 

 

 

あちらとヴィヴィオ。

 

同じ帰る家が分からない迷子たち。

だが同じ迷子のように見えて、実は少し違う。

 

 

”ヴィヴィオはもともと帰る家がない”

 

 

 

 

――――では、私は?

 

 

 

 

分からない(・・・・・)

 

だって誰もその存在を見た者はいないのだから。

 

旅を始める前、まだあちらが『迷子あちら』と名を授けられる前。

「結縁」についての説明をする時、世界の司書たる彼女は言っていた。

 

 

『縁が切れる。

 あなたと他者を結ぶ縄が切れる。

 

 つまり、あなたをあなたとして観測していたものがなくなるということです。

 観測できないものは無いも同じ。』

 

 

 

     ”観測できないものは無いと同じ”

 

 

 

その瞬間、あちらを今まで感じた事のない、最大級の悪寒が駆け巡った。

 

 

―――だめだダメだ駄目だ!それ以上考えるな『迷子あちら』ッ!!

 

 

すぐさま今まで考えていた思考を破棄する。

今までは緊張で無意識に呼吸を止めていたのだろう。

肺が酸素を求めて、横隔膜が激しく伸縮する。まるでフルマラソンを走った後かの様に呼吸が荒い。

さっきまで確かに立っていた筈なのに、いつの間にか膝立ちになっている。

その尋常ではない様子に、眼の高さがほぼ同じくらいになったヴィヴィオが、泣きそうになりながらも心配そうに声をかけてくる。

 

 

「うぅぅ。大丈夫?あちらぁ……。

やっぱり痛いの?苦しいの?」

 

「……ごほごほ。

いやぁ、早く六課に帰るために二日貫徹で無茶しちゃいましたからねぇ。

やっぱり無理が出たみたいです。」

 

「あちらぁ……。」

 

「大丈夫ですって。ほら?もう元気になりました!

こう見えて私、今まで病気になった事も、事故に遭って怪我をした事もないんですよ?」

 

 

不老不死なのだから当たり前だ。…その前はどうか知らないが。

心配そうなヴィヴィオの頭をくしゃくしゃ撫でてにっこりと笑いかけた。

 

 

「さてヴィヴィオ。なのはさん達はお出かけみたいですし、仲良くお留守番でもしてましょうか?

 

そうだ、食堂へ行きましょう。

……たしか厨房のチーフがチョコアイスを隠してるはずです。」

 

「あいす!たべるー!!」

 

「わ、私もッ!!」

 

「そうと決まればさっそく行きましょう。

だがスバルさん、あんたはだめだ。

 

じゃ、皆さんお仕事がんばってくださいね―。」

 

「てねー!」

 

「ちょちょ!あちらさんっ!?」

 

 

スバルの慌てる声と、なのはの苦笑を背に受けながら、あちらはヴィヴィオの手を引いて歩きだす。

ヴィヴィオと食堂までの道中、楽しくおしゃべりをしながらも、先程の考えがまるで消えない。

 

 

頭蓋の裏側に汚泥がへばりついた様に、いくら考えない様にしても、それが頭から消えてくれない。

 

 

 

気づいてはいけない事に気がついてしまったかのように。

 

 

 

―――何処からともなく、乾いたインクと古紙の薫りが漂ってきた気がした。

 

 

 

 


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