その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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28.逢魔時レチタティーヴォ

―――X・デイ 07:06:12:40

 

 

 

そこは夕暮れの部隊長室。

採光のため大きく間取りを取ってある窓ガラスからは、西の水平線の彼方へと沈んでいく夕陽から差し込む紅光が差し込んでいる。

その紅光は部屋の中まで差し込み、その席に座っている三人……高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、そして部屋の主である八神はやての影を、のっぺりと大きく引き伸ばしていた。

 

落陽の赤と、陰影の黒が混ざり合う。

その光景はどこか非現実めいた様相を呈していて、何かの不吉を暗示させるものだった。

 

普段の悪戯っ気の在る、どこか余裕のある笑顔はそこには無く。

ただ瞳には苛烈と言っていいほどの意思を込めた光が灯っている。

 

―――八神はやてが口を開いた。

 

 

「今日、教会から最新の予言解釈が来た。

 

……やっぱり、公開意見陳述会が狙われる可能性が高いそうや。」

 

 

その表情は苦々しいものだった。

はやてとしては、出来れば公開意見陳述会までに事態を解決させたかった。

わざわざ予言を阻止するのに、もっともリスクの高い公開意見陳述会当日まで待つ必要など無いのだから。

その為に拠点(アジト)の割り出しや不正密輸ルートの摘発など、出来るだけの手は尽くしたが、”襲撃側”もはやての水際阻止の意図が分かっているのだろう。

以前は執拗に繰り返していたガジェット群による襲撃を最近パッタリと止めた。

 

実に、歯痒い思いだった。

事態対処の先手を打つべく機動六課を立ち上げたのに、実際は向こうに振り回されて後手後手に回らなければならない。

そして今日、教会から届いた最新の予言解釈により、はやては予言を未然に阻止する事が叶わなくなった事を悟った。

 

だがまだ手遅れではない。

恐らく”実現してしまう”であろう予言を、発生と同時に地上の警備部隊と共に速やかに鎮圧し、被害の拡大を最小限にとどめる事。

はやてはすぐに各陸士部隊や中央地上本部に警戒レベル(デフコン)の引き上げと、緊急事態時の協力を惜しまない事を申し出た。

 

 

………だが、ここで権力闘争という壁がはやてを阻む。

 

 

「勿論、警備は普段よりうんと厳重になる。機動六課も、各員でそれぞれ警備に当たってもらう。

ホンマは前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど、建物の中に入れるんは私たち三人だけに成りそうや。

 

―――ッ!!あぁのボケ共がぁ!!面子ばっか気にしおってからに!!

くッ、ごめんな……なのはちゃん。フェイトちゃん。」

 

 

機動六課の協力の申し出に、中央地上本部が出した回答を簡潔にいえば一言。

 

 

『他所モンはすっこんでろ、ボケ。』

 

 

機動六課に送られてきた陳述会当日の警備計画書には、機動六課の名が辛うじてあったが警備の端っこに追いやられていた。

恐らく事前の根回しや、後見人であるクロノやリンディ、カリムの後押しがなければ、警備自体にも参加させてもらえなかっただろう。

 

しかも地上本部は『隊長格3名のみ会場入りを認める』と、本来一つの戦術単位である部隊を二つに分散させてきた。

ご丁寧にも『ただし、安全上の観点からデバイスなどの持ち込みを禁ずる』とオマケつきで。

 

これを見た時のはやては、荒れに荒れて、それはもう酷いものだった。

会場を警備する魔導師にデバイスを持つなとは。魔法使い、杖がなければ唯の人。

それはある意味、利敵行為と受け取られてもおかしくないものだった。

 

 

中央地上本部としては、今まで苦々しく思っていた機動六課の意趣返しであると同時に、面子を潰される事への警戒からの措置でもあった。

今回、中央地上本部で開催される公開意見陳述会は場所が首都のクラナガンという事もあるが、”地上防衛用兵器アインヘリアル”運用について議論される事から全次元世界の注目を集めている。

 

慢性的な人材不足を抱える管理局は、貴重な戦力である魔導師や優秀な実務能力を持つ局員が民間に流れない様に全体的な管理局員の待遇は非常に良い。

 

だが、単に人材不足と言っても次元世界を曲りなりにも管理する管理局の職員数は膨大であり、つまりそれに比例して人件費もかさんでいき、それらは年々管理局の財政を圧迫している。

それらの諸経費は管理局に出資している各次元世界の政府当局には切実な問題であり、政府の財政問題は己の政治生命と直結する。

 

 

そこに登場したのが、最高評議会の肝いりで承認された”アインヘリアル計画”だ。

 

それは管理局が持つ慢性的な人材不足を解決するだけではなく、もしアインヘリアル運用が決定されれば、それに掛かる建造費や維持費は長期的にみれば高ランク魔導師維持に掛かる人件費などのコストよりも比較的安く済む。

税制問題や予算編成の財源確保に悩む政府関係者にとってみれば、それは見過ごすには大き過ぎる話だった。

 

 

―――それほどまでに、全世界の目が地上本部に注目しているのだ。

 

 

もし中央地上本部の部隊が厳重に会場を警備している中、本局所属の部隊が警備に参加している事が知れたら

 

 

『地上本部は本局の手を借りないと自分の尻も拭けない』

 

 

と大声で全世界に発信するようなものだ。

 

地上本部の面目は丸潰れである。

辛うじて機動六課が警備に参加できたのは、六課の表向きの登録が地上本部だからだ。

 

はやて達隊長格が会場警備についたにも関わらず『安全上の観点から』とデバイスの所持が認められなかったのは、つまるところ鉄壁の防御を誇る本部が襲撃など有り得ないという上層部の自信と傲慢があるのは確かだ。

……だが万が一、仮に緊急事態が発生した時に、本局所属の六課の人間であるはやて達が地上部隊よりも目立ったり活躍出来ないようにするためという意図もあった。

 

それらの無言の悪意を悟り、はやては腹の奥が煮え滾るような思いだった。

 

だが地上本部襲撃の根拠が、”予言”と言えば聞こえはいいが実際は”割と良く当たる占い”程度の情報しかないというのもまた事実。

もうすでに動き出している警備計画に、他所者である機動六課が口を挟むには、この程度の精度の情報では信憑性が低すぎた。他に確かに襲撃があるという、確たる証拠が無いのだ。

 

所属に隔意を持たない、中央地上司令部の指揮管制室に所属する友人も、この程度では部隊を動かしたり警戒レベルを上げるには難しいと言っていた。

一応それとなく警戒態勢は上げてもらえるという約束は貰えたが、それも一体どこまで効果があるかは分からない。

 

自分の力不足に悔しそうにしているはやてをフェイトがフォローする。

 

 

「まぁ三人揃っていれば、大抵の事はなんとかなるよ。」

 

 

なのはも何の心配もいらないよとばかりに笑顔で語りかけてくる。

 

 

「前線メンバーも大丈夫。しっかり鍛えてきてる。副隊長達も今までに無いくらい万全だしね。」

 

 

……そういってにっこりと笑う幼馴染をみていると、本当に大丈夫になるような気がしてくるから不思議や。

 

きっとこんな感じで、ジュエルシード事件も闇の書事件も解決してきたんやろなぁ……。

 

”不屈の心、レイジングハート”、か。

 

そう。そやな。

周囲がどうであろうと、私は全力で自分の出来る事をやるだけや。

 

 

「ここを押さえれば、事態はきっと一気に好転していくと思う。」

 

 

そう。絶対に予言は阻止する。

地上が当てにならんなら、ウチらだけで阻止する。

 

 

「うん。」

 

「―――きっと大丈夫。」

 

 

だがその言葉は……、何故だろう?

 

ひどく寒々しく、どこか虚ろに辺りに響いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――――――そうとも。

準備は整いつつある。ひとつ大きな花火を打ち上げようじゃないか……。」

 

 

 

それは、どこかに存在する何処か。

 

そこは部屋と言うには余りに冥く、無機的過ぎて、寒々しく、かつ禍々しい。

不吉な空洞というのが適切な表現だった。

 

その伽藍洞の天蓋部と側面を支える骨組みだけと、何の用途に使うか見当もつかない機器に囲まれて、男は立っていた。

男の目の前には窺い知る事が出来ない黒が広がり、手元の台には茫洋と輝く紅がある。

 

男はまるで耐えきれない衝動を抑え込むかのように自身の顔を掌で覆い隠している。

 

掌で抑え込んだ秀麗な顔からは、爛々と狂気を帯びた、黄金色の瞳が禍々しく輝いていた。

 

だがそれでも衝動が抑えきれないのだろう。

やがて男の身体が痙攣を起こしたかのようにぶるぶると震えている。

 

 

―――そして男を見つめる七対の黄金色。

 

薄暗く、冥い影から浮かび上がる陰影達は、それぞれが全て女性特有の丸みを帯びたラインを示していた。

しかしそれが影達を一概に女性と言っていいのかは甚だ疑問だ。

 

その七対の黄金色の瞳には、それぞれの感情の色が灯っていた。

 

それは無関心であったり、思慕であったり、冷笑であり、忠誠であったり様々だ。

だが一人の例外なく、男を物造主であると認め、男の計画実現(おあそび)に尽くそうとしているのは確かだった。

 

 

 

―――ひィ。

 

 

 

それは不気味に周囲に響いた。

突然、震わせていた身体をぴたりと静止させた男から呼気が漏れる。

 

 

……いや、呼気ではない。今、男はワラッたのだ。

 

だがそれを瞬時に、人のワラい声と認識するには無理があった。

そのワラい声には致命的に人間としての何かが欠けていたからだ。

 

男はまるで舞台俳優かのように、両腕を大きく優雅に広げて天を仰ぎ見る。

だがそこに天は無く、ただ在るのは暗い冥い闇黒のみ。

 

やがてその歪なワラい声は次第に大きくなり、それは空洞内部に反響してさらに大きくなり、そしてさらに。

 

 

「ひィひ。

 

ふふ。ふっふっふっふ。

あっはっはははははははははははッ!!間違いなく素晴らしい一時になるッ!!!

 

あは。ひひひ。アハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハアハアハハハハハハハハハハアッハハアアハッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

ワラい笑い嗤い哂い爆笑苦笑失笑冷笑照笑微笑愛想笑高笑独笑馬鹿笑含笑作笑空笑嘲笑憫笑―――――――

 

 

それは常人が聞けば、精神の均衡を崩す、呪詛の様なワラい声。

 

そんなモノが冥い伽藍洞に響く中、暗闇であっても尚煌めく七対の異形の黄金色は、じっとワラい続ける男を見つめ続けていた。

 

 

台の上に置かれていた茫洋と輝く紅が、男のワラい声に反応するかのように輝きを強めていく。

その紅はさらに輝きを強めていき、その輝きは闇黒を掻き消して空洞を明るく照らし出しす程。

 

 

だが不吉な闇黒を払った先には、さらなる不吉が待ち受けていた。

 

 

目の前に広がるのは、静かに整然と並ぶ、数えるのも億劫な程の戦闘機械兵器群(ガジェットドローン)―――

 

 

空洞を照らし出す紅―――レリックの赫光の茫洋とした輝きに照らされた、世に破壊のみを撒き散らす異形の大勢(レギオン)は、それこそ聖書に謳われる終末の軍勢(レギオン)を彷彿とさせた。

 

 

照らし出す赫光

 

伽藍洞に響き渡る狂笑

 

それを見守る、異形の黄金色の瞳をもつ、狂気の堕とし子たる人形達

 

そして伽藍洞の黒と、レリックの紅に彩られて、不気味に浮び上る機械仕掛けの終末の軍勢(レギオン)

 

 

アハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハ!!!アハハハハハハハハアハアハハハハハハハハハハアッハハアアハッハハハハハハハハ!!!!!!!!

 

 

 

 

――――――カチリ

 

 

 

 

その音はとてもとても小さく、戦闘用に調整された機人ですら気がつかない。

だがそれは確実に、確かにこの場でその音を周囲に響かせた。

 

それは周囲に配置されている機材が鳴らす機械音か。

それとも、それは未来を駆動させる、物語(セカイ)の運命を回す歯車の音か。

 

 

なにかはわからない。確かめようがない。

 

 

 

だが確実に。静かに。

 

 

 

 

それはゆっくりと動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「逢魔時レチタティーヴォ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――X・デイ 00:05:24:30

 

   古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

 

『……公開意見陳述会の開始まであと三時間を切りました。

本局や各世界代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的の公聴会。波乱含みの議論となるのも珍しくなく、地上本部からの陳述内容について注目が集まっています。

 

今回は特に、かねてから議論が絶えない地上防衛用迎撃兵器”アインヘリアル”の運用について話し合われると思われます。

陳述会の開始まで内部の映像と共に実況を続けて参ります。』

 

「いよいよ始まりますね……。」

 

「そうですねぇ。」

 

 

MNNによる中央地上本部正門前からの生中継を見ていたグリフィス・ロウランは緊張を隠せない様子だった。

それに対し、あちらは椅子に腰を掛けてのんびりとお茶を飲んでいた。

 

 

うん。うまい。

 

 

さすが、高給取りのアコース査察官に頼んだだけあって、届けられたのは10g幾らの高級茶葉だった。

湯呑に浮いている茶柱が、どこかのほほんとした雰囲気を醸し出していた。

 

それを見たグリフィスもさすがにそれを見て気が抜けたのか。

無意識に緊張に強張っていた体から力を抜いた。

 

グリフィスが苦笑を浮かべる。

 

 

「まったく。迷子さんはどんな時でも変わりませんね?

迷子さんは緊張したりする時とかあるんですか?」

 

「まぁこんな時だからこそ、リラックスする事も必要ですよ。

適度の緊張は反射神経が上がりますが、過度の緊張は筋肉が強張って逆に動きを阻害しますからね。」

 

「―――それで本音は?」

 

「せっかく高い茶葉でお茶を入れたんですからそれを堪能しましょうよ。

 

―――ロウラン准尉も如何です?茶菓子もありますよ。

 

知人の査察官が手作りで97管理外世界の和菓子を作ってくれたので。

なかなかいけますよ?」

 

「ふふ。ええ、頂きましょう。」

 

 

そしてあちらは手元に置いてあった急須から湯呑のお茶を注ぎグリフィスに差し出した。

グリフィスは温かいそれを受け取り、一口口をつけた。

 

 

「―――ふぅ。おいしいですね。ちょっと変わった味ですが、僕はこっちの方が好みですね。」

 

「???

お茶なんて品質は兎も角、そうそう味なんて変わらない物の筈なんですが。」

 

「いえ、甘くないので。」

 

「―――は?」

 

「母の友人にこういう97管理外世界に凝っている方がいらっしゃるんですが、僕が小さい頃にその方のお茶を御馳走になった事があるんです。

それが、何というか……こう………甘痛い?

 

なぜかそのお茶はお茶なのに歯茎が痛み出すくらいに甘くてですね。底がじゃりじゃりしてました。

まぁその時はこれが管理外世界のお茶なのかな、と納得していたのですが「断じてそれはお茶とは言いませんよ?」……みたいですね。

 

……そう言えばその時、隣にいた友達が僕を憐れむ目で見てましたね。

『可哀想に……明日にはお肉になちゃうのね……』みたいな。」

 

「――――――。」

 

「――――――。」

 

「……お茶、おいしいですね。」

 

「……ええ、おいしいですね。」

 

 

静かにお茶を啜る音が辺りに響いたが、しばらくしてグリフィスが話を切り出した。

 

 

「迷子さん。今回の陳述会、どう思われます?」

 

「……どう、とは?

私達も彼らの様に己の政治論を戦わせ合いますか?」

 

 

グリフィスは視線をウインドウに向ける。

そこではMNNのキャスターと複数のコメンテイターが、今回の意見陳述会についての己の見識を交わし合っていた。

 

人権派として知られている評論家が旧暦の質量兵器を例に出し、誰でも扱える”アインヘリアル計画”が如何に危険で野蛮であるかについて辛辣なコメントを出していた。

 

それに対して今の管理局システムに懐疑的な著名な歴史学者は、個人で所有出来た銃火器などと、当時政府の文民統制下にあった戦略兵器とを同一して考えるべきではないと述べ、魔力や希少能力が有るからと言ってジュニアスクールの子供を前線に出す、今の体制を変革する重要なプロセスになると力説する。

 

次第に議論は白熱してエスカレートし、スタジオは喧々騒々の様相を呈していた。

子供のように口汚く言い争う有識者達に、司会役のキャスターが呆気に取られている光景が印象的だった。

 

 

「まさか。違いますよ。それは政治家の仕事です。

僕が聞きたいのは”予言”についてです。

 

―――つまり、八神部隊長が危惧していた通りに、地上本部襲撃は本当にあるのかどうか、という事です。」

 

「……ロウラン准尉はどう思われます?」

 

「僕は正直、可能性は低いと考えています。スカリエッティが本部を襲撃するメリットがまるで見当たりません。

仮に新型兵器の戦闘証明やデモンストレーションにしても、他に最適な場所はそれほど腐るほどあります。

わざわざ警備が厳重な公聴会を襲う意味が……。」

 

「まぁ普通に考えたらそうでしょうね……。私が思いつくのは三つ。」

 

 

あちらは湯呑をテーブルに置き、グリフィスに指を三本、立てて見せた。

 

 

「一つ。もう彼は正常な思考が出来ないほどに狂っている。

二つ。彼は地上本部(りく)や本局(うみ)、管理局を全面に敵に回しても勝算がある。

 

そして三つ。それは”自分はここに居る”と全世界に向けてアピールする事。

 

―――まぁずいぶんと遅い思春期ですね。

私はこれが実は一番当らずとも遠からずじゃないかと思うんですが。」

 

「そんなまさか。確かにスカリエッティは劇場型愉快犯的な所もありますが……そこまでは。」

 

 

腕をだらんと下げたあちらはもう興味がないように、湯呑にお茶を注ぎ足す。

グリフィスの湯呑にもお茶を注ぎ足してから、だるそうに背もたれにもたれ掛った。

 

 

「さぁて?まぁスカリエッティの犯行動機は犯罪精神アナリストに任せるとして。

 

……私は地上本部襲撃は必ず(・・)起きると考えていますよ。」

 

「何故です?」

 

「それは―――――――禁則事項です。」

 

 

唇に人差し指を添えて、にっこりと笑うあちら。

本人はにこやかに笑っているつもりなのだろうが、実際はとても胡散臭い笑顔を見て、グリフィスはあちらに答える気がない事を悟る。

 

 

―――どことなく迷子さんを見ていると、八神部隊長が二人居るような気がしてくるから不思議だ。

 

 

精神衛生上、あまり体に良くない事を考えたグリフィスは、何か諦めたような深い溜め息をつく。

その様子を見たあちらはくすくす笑いながらも話を続けた。

 

 

「まぁ冗談はこれくらいにして。

それよりも機動六課が襲われる危険の方を心配した方が良いと思いますけど。

 

もし襲撃が有るとしたら、隊長陣やフォワードが出払っている今が狙われますね。」

 

 

「―――――――ッッ!!!

 

……どうしてそう思われるのです?」

 

「『ホテル・アグスタ』。」

 

 

あまりに淡々と紡がれたその言葉に、最初グリフィスは一瞬あちらが何を言っているのか理解できなかった。

だがその言葉が耳から脳に伝達されると、聡明なグリフィスの頭脳は瞬時に解答を導き出した。

 

それは恐ろしく、外れていて欲しい答え。

だが優秀な頭脳はそれを否定し、冷たい現実がそれは最も可能性のある未来だという事を指し示していた。

 

 

「―――ッ!!陽動ッ!?

 

つまり地上本部襲撃は囮で、機動六課への襲撃が本命ッ!?

 

……しかしなぜ?どうして六課なのですか?

今までレリック回収を妨害した意趣返し?それとも自分への捜査を遅らせるための遅延工作?

 

……いや、そんな事しても何の意味もない。

すでに回収したレリックは本局の保管庫に、捜査資料も本部と本局のサーバーにそれぞれバックアップがあります。

今更、六課を攻撃したところで……。」

 

 

思考の海に沈みこむグリフィスにあちらは自身の考えを語った。

それは誰もが一度は考えながらも、それから眼をそらし続けた推測。

 

 

「―――数ヶ月前のクラナガン近郊の廃棄区画で発生した戦闘機人遭遇戦……。

 

ヴィヴィオを保護した下水道近くで、人造魔導師用の調整ポッドを発見しましたね?バラバラにされたAMFを搭載したガジェットの残骸と共に。

状況からして、恐らくヴィヴィオが破壊したと考えるのが妥当でしょう。

 

しかしそんな事は、本来ならある筈がない。

 

熟練した武装隊局員ですら、AMFを破るには相応の魔力と技量が必要になるんです。

教会傘下の病院で調べた限り、ヴィヴィオの魔力値は一般的な子供とほぼ同等……AMFを突破する事はおろか、装甲を破壊する事すら出来ない。

魔導師でも何でもない幼子が、数機のガジェットを瞬時に破壊する事なんて普通は出来ない。

 

だが現にガジェットはバラバラにされている。

高町隊長はあえて考えない様にしているみたいですが、ヴィヴィオには何かが有る。

本当にヴィヴィオはただの(・・・)人造魔導師素体なのか?

 

あの時、ヴィヴィオを保護した後、輸送ヘリを襲った砲撃は

 

―――本当は一体何を狙ったんだ(・・・・・・・・・)?」

 

「―――ヴィヴィオ……くッ!迷子さんッ!!!」

 

 

そのヴィヴィオを『異様』だと言い切るあちらに、グリフィスは思わず声を荒げた。

 

 

―――迷子さんは何も感じないのかッ!?

 

 

今まで迷子さんはヴィヴィオを可愛がってきたのではないか。

ヴィヴィオと楽しそうに遊んでいた裏側では、その異常性を監視するために冷徹な思考を働かせていたのかッ!?

 

迷子さんはヴィヴィオが六課に来てからよく笑うようになった。

それは胡散臭げな、人をからかう様な笑みではなく、心が温かくなる様な幼い笑み。

 

今六課で一番ヴィヴィオが懐いているのは、母親役であるなのは隊長だ。

 

だが、誰と一番時間を過ごしているかと言えば、それはこの迷子あちらだ。

 

 

兄と妹の様な二人。

 

姉と弟の様な二人。

 

年の離れた友達の様で、どこかそっくりな二人。

 

 

二人が手を繋ぐ、その温かい、優しい光景が―――

 

 

―――それが。嘘だなどとッ!!

 

 

そしてあちらの目を睨みつけ、グリフィスは急速に頭が冷静になって行くのを感じた。

 

 

だってその目は。

迷子あちらの瞳は、今までにない、真剣な明りが灯っていたからだ。

 

 

「……誰かが考えなければならない事なんです。

 

嫌でも。反吐が出ても。たとえ嫌われようと。

怖気を催す冷酷な事実でも、少しでも正確に把握しなければならない。

 

―――それがヴィヴィオを守る事に繋がるからです。」

 

「……なぜ、それを部隊長達に報告しなかったんですか?

それに、私たちにも何の相談もありませんでしたね……。」

 

 

グリフィスの少し咎める様、拗ねたな視線を、あちらは何の痛痒も感じていない表情で受け流した。

 

 

「どちらにしろ、八神二佐や高町隊長は”予言”阻止のために地上本部に行かなければなりません。

そのために機動六課は設立され、彼女らが招集されたのですから。

 

確証の無い『かもしれない』だけでは、貴重な戦力が六課に残留して防衛する理由としても薄い。

一部を除いた本局上層部も、地上への影響力を拡大するために貴重な予算を割いて六課設立を承認したんです。たかだが戸籍もない実験体の孤児のためにそれをふいにする事は決して認めないでしょう。

 

それならばいっそ、教えない方が良い。

あっちこっちに気を取られて足元を掬われるより余程マシです。」

 

「……恨まれますよ。」

 

「慣れてますよ。

それにこれがただの私のミスリードかも知れない。

善意の第三者が襲い来るガジェットを破壊してヴィヴィオを開放し、颯爽とその場を立ち去った可能性も―――まぁゼロではない。

 

それに八神二佐達が手の届かない所では、私たちがフォローすればいいんですよ。

 

 

ね?頼りにしてますよ、機動六課部隊長補佐官殿。」

 

 

悪戯気に笑うあちら。

それに苦笑いを浮かべながら、グリフィスは頭をかいた。

 

 

「簡単に言ってくれますね……。

どれくらいの規模でやって来るかも分からないというのに。」

 

「地上本部襲撃が囮とはいえ、出し惜しみして各個撃破されれば本末転倒です。

恐らく向こうに戦力の大半が割振られているでしょうね。戦闘機人が何体いるのかは知りませんが、来るとしても一体。他はガジェットでしょう。

それでも十分脅威ですが。

 

対してこちらの戦力は交代部隊の2分隊とヴォルケンリッターのAAランク騎士二名に、多少戦闘の出来る私って所ですかね。

しかし非戦闘員とヴィヴィオの護衛も考えると一分隊は必要ですから、実働戦力は1分隊にプラス三名と言ったところですか……もう予め近隣の沿岸部に駐留している部隊には協力要請してあるので、異常に気がついた隊長達がここに戻って来るまで持ち堪えれば我々の勝ちです。

 

……なんだ。こう言ってみると酷く簡単に思えますね。」

 

 

楽勝楽勝。

 

そう言って笑うあちらにグリフィスは空いた口が塞がらない。

こちらの戦力は少なく、オーバーSの戦闘機人とガジェットの大群がやって来るかも知れないのに、それのどこが楽勝なのか、ぜひ分かり易く教えてほしい。

 

そこに一仕事終えたシャーリーがやって来た。

 

 

「あちらさーん。言われた通りに、渡された三角測量プログラムを司令部のシステムにインストールしましたよ~。

 

―――あっ!!おはぎですか!?一つ戴いてもいいですかっ!?」

 

「どーぞどーぞ。おいしいですよ?

あ、お茶も如何です?」

 

「いただきまーす!」

 

 

シャーリーは差し出されたおはぎとお茶を受け取りご満悦だ。

その幼馴染の様子に、見事にシリアスな雰囲気を壊されたグリフィスは頭を抱えた。

 

 

「けどあちらさん。あんなもの一体何に使うんですか?

誘導システムならすでにシューティング・サポート・システムがありますし、そもそも超遠距離魔法が使えるはやて部隊長がいないのに、あんな物使いようがありませんよ?」

 

「―――まぁ念には念を、という事ですよ。使わないに越した事はないのですから。

友人には大分無理を言って備品(・・)を揃えて貰いましたからね。」

 

 

そう言うあちらの脳裏には、美しく妖しげな”撫子の髪色をした女性”の姿が浮かぶ。

お礼に贈ったプレゼントは気に入って貰えただろうか?

 

 

「??念には念???」

 

 

さっぱり話が見えてこないシャーリーは小首を傾げる。

だがそのやり取りでグリフィスはあちらが何か裏でしている事に思い至ったのだろう。

もうここまで来ると、呆れとか何とかを通り越して、もう勝手にやってくれという感じだ。

 

 

「『三角測量プログラム』……?

迷子さん……貴方は一体何を……。

 

―――そう言えば訓練場の有るコンテナ……あれ迷子さんですね?」

 

「まあ細工は流々、あとは仕掛けをごろうじろってね?

ロウラン准尉、警戒態勢の件。よろしくお願いします。」

 

「ええ、分かりました。

警戒レベルをイエローに引き上げましょう。交代部隊には待機命令を。

 

部隊運営に支障のない非戦闘要員は、最低限を残して帰宅させましょう。」

 

「え?え?何のことですか?説明してくださいよッ!?」

 

「じゃ交代部隊の所に顔出してくるので、あとはよろしくお願いしますね。指揮代行殿。」

 

 

そう言ってあちらは席を立つ。

グリフィスは苦笑を浮かべながら、あちらを見遣る。

 

 

「はぁ……了解です。

僕は迷子さんの暗躍が日の目を見ない事を祈ってますよ。

色々、僕の常識が壊れていきそうですからね。」

 

「失礼な。人をまるで胡散臭い人間みたいに。

”転ばぬ先のデバイス”という奴ですよ。」

 

 

そう言ってあちらは手をひらひら振りながら立ち去って行った。

 

 

「はぁ……、自覚ないんですね……。」

 

「二人とも無視しないでぇ~~~!!

一体何の事なのかちゃんと説明してくださいよッ~~~!!!」

 

 

グリフィスの何度目かわからない溜め息が漏れる。

そしてシャーリーは全くかまってくれない二人に抗議の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は刻々と流れ、気がつけば周囲は紅一色。

その紅は、どこかレリックの茫洋とした赫光を連想させ。

 

 

 

誰そ彼時、黄昏時。

その赫光はすべてのモノを、赤と黒の濃淡で染め上げる。

 

 

 

―――逢魔ヶ時。

 

 

 

明るい昼と暗い夜が、境界を無くして溶け合い混ざり合って出来た、不吉の紅。

 

 

そしてその紅を合図に、ついに人ならざる者達は動き出す。

 

 

 

 

―――そしてクラナガンを舞台にした、大凶狂騒曲の幕が開けた。

 

 

 

 

 


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