その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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29.クラナガン大凶狂騒曲

―――世界の何処かの、陽の射さぬ薄暗い場所で

 

 

彼に、ジェイル・スカリエッティにとって、およそ『選択肢』と言うモノは縁遠い存在だった。

 

 

生まれを選べず。

白い闇に閉された研究所で、非合法なフラスコベビーとしてこの世に生を受け

 

 

生き方を選べず。

最高評議会に首輪をつけられ、言われるがままに研究を続け

 

 

自分すら選べない。

自分でそう自らを任じたのではなく、他者にそうあれかしと”存在意義(ワタシ)”を与えられた。

 

 

すべてを他者から与えられ、自分で歩いているつもりの様で、実は歩いていない。運ばれているだけ。

”無限の欲望”とは名ばかりで、その衝動の根源はすべて他から発生したものだ。

 

いつも自分は空っぽだ。何も無い。

零に何を掛けても有にはならず零のまま。

零が無限になる筈もない。

 

だからかも知れない。

―――彼が生命操作技術に興味を持ったのは。

 

 

生命とは何か?

人間とは何か?

尊厳とは何か?

 

 

人間とは神に創造された神の似姿だという。

ならば人に造られた人は”人間”ではないのか。

 

だから私はこんなにも空虚なのか?

遺伝子工学上、他の人間と同一の構造を持つのに?

 

 

―――分からない。

 

 

もし。

もし私が。

 

”人間”を造り上げれば、それが分かるのか。

いや、”それ以上”の存在を造り上げる事が出来れば、私にも”空っぽ”が何なのかを知る事が出来るかも知れない。

 

 

――――――知りたい(・・・・)

 

 

そしてそれが最初の種。

空虚を満たす欲望への最初の架け橋。

 

零を無限へと至らせる、原初の一/湧き出た欲望。

 

 

この時初めて、彼は彼として。

”無限の欲望”として正しく世界に生まれ堕ちた。

 

―――逃れ得ぬ(フェイト)を覆す”プロジェクト・F”

―――安定的に高品質の駒を量産する”戦闘機人計画”

―――素質の高い魔導師をさらなる高みへと導く”レリックウェポン計画”

 

いくら貪欲に。

すべてを呑まんとする様に研究や技術、古代遺失物やアルハザードの知識を貪っても衝動は収まらない。

 

 

もっと

もっともっと

もっともっともっともっと

もっともっともっともっともっともっともっともっとッ!!!!

 

 

権力者の無限の欲望を叶えるべく、万能(アルハザード)の杖として生み出された彼は、いつしか自らの際限なく溢れ出る欲望を満たすべく行動を開始する。

 

知りたい。もっともっと。

世界とは。人間とは。魔力とは。ロストロギアとは。

 

人は何処から来て何処へ行く。

過去とは。未来とは。現在とは。

 

嗚呼。

嗚呼、世には未知が溢れているのに。

数多の世界は広大で、しかし私の世界は狭すぎる。

 

その為には、この私を狭い(セカイ)に閉じ込める首輪が邪魔だ。

 

 

―――そして知らしめたい。私は此処にいると。

 

 

私は私の知る世界のすべてを知っているのに。

誰も私の事を知らないのは不公平だ。そんなのはずるい。

 

 

どうすればいい?

どうすれば世界の人間に私は刻まれる?

誰も知らぬフラスコの中の小人では終わりたくない。

 

 

生まれは選べなかった。

生き方も選べなかった。

存在意義すら選べなかった。

 

だが『ジェイル・スカリエッティ』として、この世界で生きる事は自分で選んだのだ。

ならば確かに此処に私が存在した事を証明するモノを。

 

私が私であるが為に。

 

私は”無限の欲望”、世界に唯一無二のジェイル・スカリエッティであるからしてッ!!

 

 

―――考え悩み、考え抜いて。

 

 

そしてこの日の、この時の為だけに。

彼は自らの曲を、真っ白な楽譜の上に書き続けてきた。

 

 

―――いつかこの曲を、皆に聴かせるために。

 

―――いつかこの曲を、世界に向けて演奏する事をだけを夢見て。

 

 

欲望の、欲望による、欲望の為の嬉遊曲。

 

楽器は用意した。奏者達は用意した。舞台も用意した。

後は開演時刻を待つだけだ。指揮者による合図を持って演目は開始する。

 

 

心臓が興奮から激しく脈打つ。

溢れ出る脳内麻薬に、立っているだけで快感が背筋を貫く。

 

 

やっと。

やっとだ。

 

満願成就の夜が来た。

さぁ狭い(セカイ)を食い破ろう。世界に私の名を刻みつけようっ!

 

私が”無限の欲望(ワタシ)”であるためにッ!!

 

 

自ら脚本と演出を手懸けた男は、溢れる衝動を抑える事無く指揮棒(タクト)をかざす。

 

 

 

「さぁ―――!!始めようッ――――――!!!」

 

 

 

そして彼の第一の従者が指揮に合わせて鍵盤を叩き―――

 

 

 

 

―――X・デイ 00:00:00:00

 

 

 

 

物語(セカイ)に荘厳なるオルガンの音色が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処へいった?

 

「クラナガン大凶狂騒曲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――X・デイ -00:00:00:15

 

   古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

 

その異常を機動六課のロングアーチが感知したのは異常発生から15秒後。

指揮所のセンサーが中央地上本部周囲から異常な魔力反応を感知した。

 

 

「ち、中央地上本部周囲から高エネルギー反応ッ!!」

 

「エネルギー反応が広域に亘っていて―――こ、これは召喚魔法ですッ!!

地上本部周囲に機影多数ッ!!機影、20。30。50、100、200……ッ!!

 

ガ、ガジェットです!」

 

「地上本部の通信管制システムに異常が発生!?

地上本部の中央指揮所(ヘッドクォーター)との相互戦術データリンク断絶!!

早期防空警戒システムも沈黙しましたッ!!」

 

「―――来たかッ!

 

どんな些細な事でも良いッ!!情報収集を急げ!!

HQとの交信も引き続き継続しろッ!!」

 

 

グリフィスが唸るように言葉を吐き出した。

報告を聞くグリフィスの握りしめた拳から血の気が失せる。

 

展開されたウインドウには公開意見陳述会を生中継していたMNNのキャスターが、突如出現した機械兵器群に絹を裂く様な悲鳴を上げる。

しかしそのウインドウもすぐに砂嵐に切り替わった。通信が妨害されたのだ。

 

 

「通信システムの異常ッ!?強力なジャミングが仕掛けられていますッ!!」

 

「中央地上にクラッキングが仕掛けられています!!

緊急防壁展開が次々と破られ、予備サーチシステムも起動していません!!

沿岸及び地上部隊との周囲警戒網が次々と―――シ、システムダウン!?

 

ヘ、中央指揮所(ヘッドクォーター)完全に沈黙しましたッ!!応答ありません!!」

 

「中央地上本部地下で爆発音!!

しょ、障壁出力減少ッ!?恐らく中央地上本部の魔導炉が破壊されました!!

ガジェットが地上本部の障壁に取りついています!!

 

……一体、何をして―――ッ!!

ガ、ガジェットのAMF出力濃度が上昇ッ!!取りついている所から障壁の負荷増大!!

防護障壁が破られます!!」

 

「――――――ッ!?大変です!!

中央地上本部から数キロ先に高エネルギー反応!!推定魔力オーバーSッ!?

あ、発射されました!!着弾まで3,2,1……着弾!!

 

―――中央地上本部ビル、タワー正面に被弾!!

……損害軽侮!!爆発規模にしては爆炎と火災が無く、それに比べて異常に煙が多い事から、恐らく弾種は暴徒鎮圧用のガス弾の様です。

しかし部隊指揮官の詰所の着弾したらしく、指揮系統の混乱が広がり被害が拡大しています!」

 

 

シャーリーとルキノ、アルトが次々と舞い込む凶報に悲鳴を上げる。

ショックから逸早く立ち直ったグリフィスはすぐさま命令を下す。

 

 

「―――防衛基準体制2に移行。全戦闘ユニットに警戒待機命令!!

非戦闘要員(バックヤードスタッフ)は所定の指示に従い避難を。

すぐに近隣部隊に協力要請を出せ!!」

 

「了解!!」

 

「シャーリー!部隊長達と交信を継続しろ。

同時に中央地上本部に呼び掛け続けるんだ!」

 

「了解!!」

 

 

グリフィスはすぐさまあちらに通信を開いた。

 

 

「―――迷子さん。迷子さん、グリフィスです。」

 

 

すぐに相互通信が開く。

まだ六課の隊舎内の通信機能は健全なようだ。

 

本来、あちらは事務員とは言えロングアーチスタッフであり、今の最上位である三尉相当官の階級を持っているので指揮所に入る事も出来た。

しかし、あちらは指揮系統の混乱を懸念して指揮所には入らず、臨時のオブサーバーとして隊舎の玄関口で配置についていた。

 

ウインドウに映る姿は、先程まで身に着けていなかった茶色いコートを身にまとい、緊急を知らせるアナウンスにも焦る事なく落ち着きを払っている。

そのどんな状況にも揺るがない、普段通りのほほんとしているあちらに、グリフィスは軽い安心感を覚えた。

 

 

『ロウラン准尉、呼びましたか―――って聞くまでも無いですね。

先程から隊舎内にデフコン2のアナウンスがひっきりなしに流れていますからね。』

 

「”予言”が実現してしまいました。

今、中央地上本部が敵勢力の襲撃を受けています。

今は八神隊長達との通信が繋がらず、通信手段の確保と情報の収集に努めていますが……状況は刻々と相当悪化しています。」

 

『……それは一体どの程度で?』

 

「中央地上本部周辺から高魔力反応を感知してからおよそ数十秒で全警戒システムをクラッキングによって掌握されました。

その後、地上本部中央指揮所(ヘッドクォーター)が完全に沈黙。ガジェットが少なくても大隊規模で地上本部を襲撃している模様。

また、HQが沈黙し現場指揮官が不在のため、ガジェットに対する防衛も組織的反撃が取れず散発的になっており効果が薄いです。

 

それにオーバSランクの砲撃も確認されています。

……未確認ですが、戦闘機人が複数体投入されているでしょう。いくらなんでもHQが陥落するのが速過ぎます。」

 

『数か月前の廃棄区画の大規模戦闘で確認された物質透過型の特殊技能者ですか……。』

 

「しかしどうして彼らは正確に機密区画にある中央指揮所(ヘッドクォーター)と魔導炉の位置を把握したのでしょう?一部の将官しか知りえない最重要機密ですよ?

いくら戦闘機人とは言え、手並みが鮮やか過ぎる気がするのですが……。」

 

『―――まぁそうでしょうよ。よほど内通者(・・・)が優秀だったのでしょう。』

 

「―――なんて事だ。」

 

 

グリフィスが呻く。

ならば今日の警備計画もだだ漏れだったという事だ。

自分達は敵にご丁寧に料理を盛り付けた後に食前酒も付けて差し出した事になる。

 

 

『近隣部隊への緊急要請はどうなっています?』

 

「事態発生からすぐに要請しました。

シグナム副隊長の古巣である首都航空隊が「ロウラン准尉ッ!!」―――どうしたッ!?」

 

「数分前、警戒待機任務に就いていた首都航空隊第11部隊が緊急出動(スクランブル)し……クラナガン上空で戦闘機人二体と交戦―――壊滅しました。」

 

「なぁッ!?」

 

『……――――――。』

 

「外からの攻撃は止まってますが中の状況は全く不明です。

通信妨害が酷く、本部の中のはやて部隊長達と連絡が取れませんッ!!」

 

「―――ッやった!!

地上本部の周辺警備にあったていたヴィータ副隊長と通信が繋がりましたっ!!

前線フォワード部隊共に無事ですッ!!」

 

 

繋がった通信は通信妨害の為、映像は砂嵐で届かずに音声も不鮮明で内容も途切れ途切れだった。

 

 

『……こちら……ターズ2、ロン…アーチ…。聞こ…るか……?』

 

「こちらロングアーチ。聞こえます。そちらの状況は?」

 

『……通…妨害……強い。こち…はガ……ットの襲撃を受けて……。……部の障壁も役に立た…い。

今か…はや……にデバ…スを』

 

「レーダーに反応ッ!?首都上空を本部に向かって航空戦力が急速接近中!!」

 

「―――速い!速度推力からランク推定、オーバーSです!!」

 

『……首都航空…は何…っているッ!!あい…らの目……節穴かッ!?』

 

「真っ先に早期防空警戒システムが落とされました。

緊急出動(スクランブル)した首都航空第11隊は先程戦闘機人二体と交戦、部隊が壊滅しました。」

 

『……チッ!私とリイ……上空に上が……撃する。本部はこい…等がやるッ!!』

 

「了解しました。ご武運を。」

 

『全部終わったらヴィータ副隊長の好きなアイスでも奢って差し上げますよ。』

 

『……この声…あちらか?……こに居……のか?アイス…たっ…り用意し……けよ!!リイ……フォワー……ンバーの分…な!!』

 

『了解ですよ。』

 

『……以上だ!』

 

 

通信が途切れた。

その間にも他のロングアーチスタッフが情報の収集に努めている。

 

グリフィスはあちらと向き合った。

真剣な表情なグリフィスと、いつになく何を考えているか分からないあちら。

ディスプレイに流れる情報を、頭の中で整理しながらグリフィスが呟いた。

 

 

「―――来ると思いますか。」

 

『……どうでしょう?

生憎、来ない理由がないと思いますが―――来なければ私が間抜けと言う事で万々歳なんですがねぇ。』

 

「ッ!!高エネルギー反応二体、高速で飛来!!真っ直ぐ六課に向かってます!!!」

 

「アンノウンをボギー1、ボギー2と呼称。マーキングします。」

 

『―――そうそう上手くは行かないですね。しかも戦闘機人を二体も大盤振る舞いですよ。やったね!』

 

「……全く、言ったそばから……冗談じゃ無いですよ。

 

アルトッ!防衛基準体制1へ移行!!

第一分隊は迷子臨時三尉と共に所定の位置に。守護騎士二名と第二分隊はヴィヴィオと非戦闘員の避難誘導と護衛を。

ルキノ、六課の防衛システムを展開させろ。

シャーリー、相手側に即座停止命令を出せ。」

 

「了解。

 

 

『―――This is the Administration Bureau.Lost Property Riot Force 6.

【―――こちら時空管理局。古代遺失管理部 機動六課です】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴方の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ません】

Please stop immediately.Please stop immediately.

【直ちに停止して下さい。直ちに停止して下さい】

If you proceed any further,we will intercept.

【それ以上進めば迎撃に入ります】

 

Repeat.

【繰り返す】

 

This is the Lost Property Riot Force 6.

【こちら古代遺失管理部 機動六課】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴官の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ない】

Please stop immediately.Repeat.Please stop immediately.

【直ちに停止せよ。繰り返す。直ちに停止せよ】

If you proceed any further,we will intercept.we will intercept.

【それ以上進めば迎撃する。迎撃する】』

 

 

……ダメです。侵攻止まりませ―――ッ!?いえ、湾岸線500m手前で止まりました!!

 

―――アンノウンから通信を求めています!!オープンチャンネルです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 ロビー

 

 

 

 

 

 

『―――This is the Administration Bureau.Lost Property Riot Force 6.

【―――こちら時空管理局。古代遺失管理部 機動六課です】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴方の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ません】

Please stop immediately.Please stop immediately.

【直ちに停止して下さい。直ちに停止して下さい】

If you proceed any further,we will intercept.

【それ以上進めば迎撃に入ります】』

 

 

「機人二体とは……予想より多いな。」

 

 

あちらの側に控えていた見目麗しい女性下士官が、不穏な気配を察してか疑問の声を上げる。

 

 

「どうしたんです?あちら三尉?しょんべんですか?」

 

 

……だが粗野な物言いや振る舞いが、その天に愛された美貌を台無しにしていた。

 

彼女は交代部隊の第一分隊の副隊長であり、交代部隊の長であるシグナムの副官でもある。

彼女とはシグナムを通じて何度か共にお茶を飲んだ事もあった。

 

その為、今更彼女の口の悪さなどあちらは気にも留めなかった。

本人もそれを気にして直そうとするのだが、なかなか武装隊時代に染み付いた言葉使いは直らない。

 

 

「曹長……違いますよ。

あと私は三尉ではなく、ただの司書で三尉相当官なんですが。」

 

「嘘つけ。

ただの司書が机上演習で仮想敵部隊(アグレッサー)を指揮して正規部隊(うちら)を打ち破るなんて聞いた事が無ぇーよ。」

 

「伊達に横浜の魔女の棲み家で過ごしていませんよ。

 

……まぁ遂に当たって欲しくない方の事態が起こったな、と。」

 

本部(ホーム)の事ですかい?そんな事ならあっちもこっちも既に大騒ぎですよ。

俺も早く家に帰りたいんですがねぇ。」

 

「いいえ。六課(こっち)に二名お客さんがお見えですよ。」

 

「―――マジか。……いえ、正気ですか?」

 

「大マジですよ。第二分隊の方は?」

 

「ブリフィ通り、既にお姫様の護衛についてます。

六課から避難させようにも本部が落ちた状況ですからね。逆に動き回ると危険と判断しました。

まぁ奴らの平均ランクはC~Dですが、ガラクタごときには遅れは取りませんよ。

 

……ですが戦闘機人は無理ですね。秒殺です。瞬殺です。」

 

「そこはヴォルケンリッターと私達でどうにかしなければね。

 

―――さて曹長?例の物の準備を。」

 

「ひひ、了解です。おい!お前ら(レディース)、おもてなしの準備だッ!!」

 

「りょーかーい。」

 

「ハァハァハァハァ。もうすぐ会えるね、ルーたん。ハァハァハァハァ……。」

 

 

分隊員二名が事前にブリーフィングで指示されていた通り、例のコンテナ装置を起動させるために、それが安置される屋外訓練場に向かって飛び出していく。

 

 

「……なんか最後の隊員。ほんとに警察機構の一員ですか?

去り際の台詞が丸っきり性犯罪者一歩手前なんですが……。」

 

「―――はぁ……。奴も腕は悪く無いんですがねぇ。

 

数年前にドジって頭打ってから『マイ息子がいない!?』『俺のTSとか誰得』とか『キャロタソエリオタソハァハァ』とか支離滅裂で。

あいつは未婚で彼氏もいないから息子なんて居るはず無いんですがねェ。」

 

 

曹長は諦めたように溜め息をつく。

あちらは何となくその意味を察したが、今はそれどころでは無いので脇に置いておく。

 

 

『……ダメです。侵攻止まりませ―――ッ!?いえ、湾岸線500m手前で静止しました!!

 

―――アンノウンから通信を求めています!!オープンチャンネルです!!』

 

「シャーリーさん、チャンネルをオープンに。あと三角測量プログラムの起動を。」

 

『了解です。―――回線オープン。誘導プログラム起動。ユーハブコントロール。

 

……でもこれ、本当に何に使うんですか?』

 

「アイハブコントロール。

 

……ふふ、それは見てのお楽しみですよ。

あぁ、それと合図と同時に訓練場のシュミレーションを落として(・・・・)下さいね。」

 

 

あちらの不可解な指示にシャーリーが疑問の声を上げようとした所で、飛行禁止空域を侵入して来たアンノウンからの通信が繋がる。

 

そこに映ったのは長い栗色の髪をカチューチャで留めた、硬質な雰囲気を漂わせる美少女。

その背後にはどこかぼんやりとした風情の、短髪の中性的な顔立ちの美少女もいた。

 

だが彼女達が身に着けているボディスーツが、彼女が唯人では無い事を示していた。

胸元には無骨な『8』、『12』を示すプレートが無機質に輝いている。

 

 

『―――機動六課の皆々様。お初お目に掛かります。

私はドクター・スカリエッティの作品であるナンバーズが一人、ディードと申します。後ろに居るのはオット―。

以後、お見知りおきの程を。』

 

「身体のラインが浮き出たエロいスーツ着てんな、おい。

 

……くッ!?これが若さか!!もう俺はあんなモン恥ずかしくて着れねぇよ……。」

 

 

今年25歳を迎える曹長が、天を仰いでもう過ぎ去りし日々を思い返している。

……大丈夫さ、曹長。20になっても魔法少女はいるらしいから。

 

 

『現在、私達の姉妹達がガジェットドローンを率いて中央地上本部を攻略中です。

地上本部攻略は75%完了しており、作戦段階も最終フェーズに移行しました。

 

私達は現在、機動六課に主戦力であるスターズ・ライトニング分隊及び部隊長である八神はやてが不在である事を把握しております。

そして守備戦力がAAランクの守護騎士二名、それに低ランク魔導師で構成された交代部隊しか居ない事も。

直ちに私達がガジェットを用いて攻勢を掛ければ、それを貴方達は防ぐ事は敵わないでしょう。

 

因みに援軍は有り得ない、と申しておきましょう。

スクランブルした首都航空隊は私達の姉妹が殲滅致しました。

また、頼みの機動六課主力も地上本部にて他の姉妹が足止めを行っております。

 

さて、そこで機動六課の皆様にご提案が有ります。我らが主人は無用の争いを好みません。

 

……数ヶ月前、そちらで保護した人造魔導師素体の少女を引き渡して頂きましょう。

 

もし引き渡して頂ければ、私達はこのまま沿岸部500mから一歩も動かずに引き揚げましょう。

 

もし提案が受け入れられない場合……。

その場合は双方にとって、とても悲しい不幸な結果になるでしょう。

 

―――五分待ちます。

 

色良いお返事をお待ちしております。』

 

 

淡々とそう言い放ちディードは通信を一方的に切った。ウインドウが砂嵐を映す。

あちらがにやりと隣の曹長に問い掛けた。

 

 

「―――ですって。どうですか曹長?」

 

「―――ハッ!!俺らが低ランクとは言ってくれるぜ、腐れ●ッチが。……いえ、言いますね。この野郎。」

 

「微妙に直ってませんよ曹長。―――ロウラン准尉、如何します?」

 

『五分も議論の必要が?』

 

「……ですよねぇ。」

 

 

あちらが肩を竦めた。

グリフィスが隊舎内にアナウンスで呼び掛ける。

 

 

『さて、機動六課の皆さん。部隊長補佐のグリフィス・ロウランです。

先程、オープン回線で呼びかけが有りましたが、ディードと名乗る戦闘機人からの一方的な降伏の通知を受けました。

 

その条件と言うのが……我らが麗しきお姫様(ヴィヴィオ)の引渡すこと。

 

―――賛成の方は?』

 

『「「「「「「『『「「「絶対、反対だッ!!」」」』』」」」」」」』

 

 

間髪入れず反対の声が上がる。

それも余りの大声に、回線を通さずに扉越しに声が届いてきた。

 

 

『満場一致で否決、と。―――あちらさん。』

 

「あいさー、ロウラン副隊長殿。曹長?」

 

 

あちらからの言葉を合図に、曹長が屋外訓練場に送り出した分隊員達に通信を繋げた。

 

 

「おう、イプシロン03。04。首尾はどうだ。」

 

『こちらイプシロン03。制御装置起動。レーダー感度良好。いつでも準備は整ってますよー。』

 

『こちらイプシロン04。後はゴーサインを貰うだけです。

 

くッ!?敵にやる位なら愛しのヴィヴィたんは私が犯―――ハァハァ………ふぅ。』

 

「よし。指示を待て。

あと04(バカ)、これが片付いたらお前はやっぱり性犯罪担当の陸士隊に引き渡す。」

 

『え!?ちょ待―――ブツ…』

 

 

通信途中で曹長は回線を切った。

 

 

「前から気になっていたんですけど、イプシロンってどういう意味なんです?」

 

「イプシロン―――E(イプシロン)。

Eは交代部隊……使い捨ての交換品(Exchange)という意味さ。……いえ、意味ですよ?」

 

「……――――――ふふ。

では、百戦錬磨の交換品(Exchange)諸君。低ランク部隊の意地を見せましょうか?」

 

「―――ひひひ。

あいさー、りょーかい。迷子あちら臨時三尉殿。

あの戦闘機人(バージン)共に一泡吹かせてやりましょーぜ。」

 

 

そう言って曹長はニタリと笑い、ぴしりと見事な敬礼をする。

無造作に首筋で切り揃えられた赤毛の髪がさらりと揺れた。

それは彼女が幾百も繰り返しただけあって、妙にくだけた敬礼なのに洗練された心地好いものだった。

 

そしてあちらが妙に芝居がかった口上を述べる。

 

 

「―――では皆々様、特と仕掛けをごろうじろ。

 

迷子から03へ。三角測量誘導プログラム、リンク。」

 

『03了解。リンクスタート。バイパス接続完了。パス承認しますかー?』

 

「パス承認。誘導リンク同期確認。迷子から04へ。目標ロック。」

 

『04了解。同調完了。ボギー1、ボギー2を間接照準。マルチロック。

あちらの旦那、周りにうようよ居るガジェットどもはどうします?』

 

「あんなにたくさん居るんだから撃てば当たるでしょう。

最終安全装置オフ。04、ユーハブコントロール?」

 

『04、アイハブコントロール。

いいですねぇ。食い放題だ。

しかも管理局に居たらなかなかこんなモン撃てないですよ。』

 

「04へ。トリガ―は貴様だ。しくじるなよ。」

 

『02へ。分かってますよ副隊長。私だって犯る時は犯る女ですよ!!』

 

「それが余計に不安を煽るんだボケ!!字が間違ってんぞ!!」

 

『そんな!?言い掛かりだ!!―――くやしいっ!でも感じちゃう!!ビクンビクン……。』

 

「はァ……。ばか野郎が。」

 

 

もう曹長はいつもの事と諦めて、彼女の言動を無視する気のようだ。

だけど大丈夫。04はヤレば出来る子。放置プレイおいしいです。

 

そして再びディードからオープンチャンネルで通信が入った。

 

 

『―――五分経過しました。そちらのご返答は如何に?』

 

『機動六課の留守を預かっている指揮代行のグリフィス・ロウランです。

ごせっかくのご提案ですが……断固拒否します。』

 

『そうですか。残念です。

では実力を持って障害を排除するとしましょう。

 

―――オットー。』

 

 

その言葉を合図に、遂に沿岸部500m手前で待機していたガジェット群が一斉に侵攻を開始した。

オットーと呼ばれた戦闘機人がガジェットの前線指揮を務めているのだろう。

 

ガジェットの編隊は数えるのも億劫で、ものの数秒で機動六課の隊舎に到達するだろう。

 

 

『現時刻を持ってガジェットを投入した殲滅戦に移行します。

非戦闘員は直ちに避難を。―――あと数十秒で出来れば、ですが。』

 

「一つ、言っておきたい事が。」

 

『……貴方は?』

 

「申し遅れました。

機動六課に勤めています迷子あちらと申します。」

 

 

あちらが名乗るとディードは目を細めた。

何かしらの心当たりがあるようだった。

 

 

『貴方が……。それでご用件は。』

 

「いやねぇ……。あまり六課を舐めない方がいいですよ?」

 

『―――それだけですか?』

 

「04、てめーも何か言ってやれ。」

 

『てめーは偽物ロボっ!!

ロボっ娘なら語尾にロボとつけやがれロボ!!』

 

「てめーに振った俺がアホだった。」

 

 

いつも通りの04(バカ)だった。

 

 

「シャーリーさん、屋外訓練場の擬装(カモフラージュ)展開解除!!」

 

『了解!!』

 

『何を―――ッ!?ロックオン警報!?いったい何処から―――!?』

 

 

―――まさかッ!?

 

 

ディードは未だ映ったままウインドウに目を向ける。

 

 

そこには人を食ったような、胡散臭い満面の嗤いを浮かべたあちらと。

 

そして赤いトリガースイッチを掲げ、こちらに手を振る管理局員(イプシロン04)の姿が。

 

 

「たーまやー。」

 

『それポチっとな。』

 

 

 

しゅががががががががッ!!!

 

 

 

辺りに気の抜ける様な、どこか間抜けな音が連続して鳴り響いた。

 

 

 

一斉に解き放たれた数多の光条。

それらは音速に近い速度で、一瞬の内に夜空に白光の軌跡を描いて駆け抜け―――

 

 

 

『―――なッ!?回―――』

 

 

 

そして、どど――――ん。と。

 

 

 

 

機動六課上空に高性能爆薬(・・・・・)の紅い赤い、爆炎の大輪の華が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『「「「……――――――。」」」』』』

 

 

 

機動六課の面々はあまりの事にぽかーんと呆気にとられている。

それに相対するようにあちらとイプシロン分隊の面子は和気藹々。

 

 

「おーおー。景気良くガラクタがぶっ飛んだなァ、あちら三尉?」

 

「第一陣はほぼ壊滅ですね。03、戦闘機人は?」

 

『ノイズが酷くて……センサーが役に立ちませんねー。

爆発の影響で目視では機影は確認できません。』

 

『ふははは!あの爆発だ!!まさか生きてはいまい!!』

 

「04ッ!!てめー余計な事を言うんじゃねー!!」

 

 

 

『『『「「「―――本物の質量兵器ッ!?」」」』』』

 

 

 

やっと夢現から現世に帰って来た面々が悲鳴のような声を上げた。

代表としてグリフィスがあちらを問いただす。

 

 

『ま、迷子さん!?……い……今のは?』

 

「あれは直前まで屋外訓練場の立体投影で、ミサイルのレーダー波や発射台を覆い隠しといて、いざ敵が攻勢に出ようとした瞬間にその隙を突いただけですよ?

いや、直前の通信で意識がこちらに向いていたのも大きかったですね。

 

どうやら戦闘経験の浅い戦闘機人の様で助かりました。絡め手や予想外の突発的な事態には弱いみたいですね?」

 

『そうじゃなくて!!アレ!!アレはなんです!?』

 

「うん?種類としては地対空ミサイルと呼ばれる兵器ですね。

その中でもこれらは一番連射性能と空間制圧効果に優れたモノです。闇市場では売れ筋らしいですよ?」

 

『そういう事を聞いているんじゃありませんッ!!

ど、どこからそんな兵器持って来たんですか!そんなもの!?』

 

「あのコンテナ運用型ミサイル発射装置は、以前に地上本部が逮捕した武器商人から押収した密輸品の一つです。

大方、どこかの紛争地帯にでも売りつけるつもりだったんでしょう。」

 

『なんでそんなモノがここにあるんですか!?』

 

「本来なら直ぐにでも解体処理をされる筈だったらしいのですが、それは親切な方(・・・・・・・)が中央地上本部にいらっしゃってですね。

日頃から次元犯罪者の質量兵器達と戦っている機動六課の皆様に、質量兵器と言う物は一体どういう物なのか、それを知るための参考資料として欲しいとして提供されたものなのですよ。

 

―――それが何かの手違い(・・・・・・)があったみたいでですね。

信管やら爆薬やらが抜かれずに、そのまま新品状態で送られて来て、おまけに偶然発射装置もそのままだったみたいで。

 

それが偶然(・・)たまたま(・・・・)誤作動(・・・)を起こしたらしくて。

質量兵器がガジェット目掛けて飛んで行きましたとさ。ちゃんちゃん。

 

いやー、やっぱり質量兵器って怖いですね!!」

 

『嘘をつけッ!?聞いてないですよそんなこと!!』

 

 

ある意味、”予言”よりも予想外の事態に、ストレスでグリフィスのキャラが崩れた。

あちらの事だからどうせ碌でもない事を企んでいるとはグリフィスも考えていたが、まさか鹵獲した質量兵器を平気で運用するとは。

 

……しかも現役の時空管理局員が。

 

予言が成る成らないよりも、その後の懲戒免職の心配をした方が良いのかも知れない。

 

 

「あぁ、後の事は心配しなくていいですよ?”どうとでもなります”。」

 

 

そうして、さらっと聞き捨てならない事を言った。

 

 

『―――どうとでもなる……?一体どういう意味ですか?』

 

「知りたいですか?―――本当に(・・・)?」

 

『いえ、結構です。本当に。』

 

 

そのあちらの言葉を、もうグリフィスはげんなりした様子で遮った。

もう深く考えるだけ無駄だと思い至ったのだろう。

 

屋外訓練場で上空を監視していた03が報告を上げる。

 

 

『爆発の影響で周囲に漂っていた煙が、沖合の風で流されて晴れます。

目視でガジェットを数機確認。損傷が激しいらしく機動がぎこちないですね―。

 

まぁ対魔導師用の装甲しか持たないガジェットが、大型ミサイルの空間制圧飽和爆撃喰らったらああなるでしょうがねぇ。』

 

「02から03へ。戦闘機人は確認できるか。」

 

『03から02へ。いえ、はっきりとは確認出来ません。』

 

『私、これが終わったら結婚するんだ……。』

 

「03ッ!04(バカ)を黙らせろ!!それとさっさとこっちに戻って来いッ!!

ミサイルなんて奇手が通用するのは初めの一回だけだ!!

 

戦闘機人がたったそれだけで撃破出来たら、オーバーSの魔導師はおまんま食上げだからな!!」

 

『03了解。バカを引き摺って帰還しま―――』

 

 

 

『―――ッ!!沿岸上空にて高エネルギー反応ッ!!』

 

 

 

 

そして屋外訓練場と機動六課隊舎を、禍々しくも幻想的な、緑碧の光渦の嵐が薙ぎ払った。

 

 

 

 


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