その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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30.人機ディヴェルティメント

ガラ、ガラガラ

 

 

 

何かが崩れる音に、非常事態を知らせる鋭い警報音。

非常用電源に切り替わったのか、屋内は非常灯のみを残して薄暗かった。

 

 

ぼやけていた意識が覚醒する。

ものの数秒だろうが意識が飛んでいたようだ。

 

周囲には瓦礫と薄っすらと土埃が舞っていた。

 

 

「―――――~~~!?ファァァァッック!!痛ぇええ!!」

 

 

すぐ側から曹長の声が聞こえた。

悪態つける余裕があるなら大丈夫そうだ。

ロングアーチからの警告で咄嗟に隊舎の奥に、曹長と共に飛び込んだのが幸いしたのだろう。

 

 

「大丈夫ですか?曹長。」

 

「ああ。何んとかな。糞ッ!おもいっきしデコぶつけちまった。」

 

「ちょっと見せてください。」

 

「あ、ちょ」

 

 

柱にもたれ掛って額を押さえている曹長の手を強引に剥がす。

あまり刺激しない様に、そっと曹長の頬に手を添わして傷の具合を見る。

 

たしかに赤くなっているが、バリアジャケットのお陰もあるのだろう。たんこぶにも成りそうにない。

 

……なにやら曹長が頬を紅くして口をぱくぱくさせていた。

 

 

うん?

 

―――あぁ確かに。この体勢はまずいな。

 

 

あちらは曹長に覆い被さる様な姿勢のまま、左手で曹長の右手を柱に押さえつけ、彼女の頬に手を添わせて瞳を覗き込んでいる。

 

……どう見ても口づけを迫っている様にしか見えません。本当にありがとうございました。

 

顔を自慢の赤毛と同じように染めるその姿は、いつもの粗野な雰囲気からは想像が突き難く。

現場叩き上げの下士官特有の泥臭い印象が強い彼女には意外な一面だった。

 

気まずい空気にならない様ににっこりと笑い掛ける。

 

 

「案外、初心なんですね曹長。金魚みたいですよ?」

 

「うるせぇボケ!!ワリ―か!?」

 

 

失敗した。

 

下から抉り込む様にして打ち上げられた魔力の篭った拳(乙女の恥じらい)をひょいと避けてあちらは彼女から離れた。

フッー!と猫の様に威嚇している陸曹長(24歳=恋人いない歴)を意図的に無視して、改めて周囲を見渡すと、よほど高エネルギー性の物理攻撃だったのだろう。

機動六課に整備されている防衛システムの障壁を易々と突破して、その余波で先程まで立っていた玄関口のロビーは滅茶苦茶に荒らされて半壊していた。

もし無防備にそこに突っ立ていたらと考えるとぞっとしない。

この分だと隊舎全体の被害も大きそうだ。

 

 

「こちら迷子。ロングアーチ、誰か聞こえますか?」

 

『―――ザザ、ザ…迷子さん!?大丈夫ですか!?』

 

 

少しの空電音の後、通信が繋がる。今の一撃で六課の通信システムも少なからず損害が出たようだ。

先程までと違い、音声しか受信できない。

ウインドウが表示されないから詳しくは分からないが、グリフィスの背後からはロングアーチスタッフが慌ただしく状況確認と情報収集に当たっている様だ。

 

 

「ロウラン准尉。私と曹長は無事です。被害状況は?」

 

「……たった一撃で甚大な被害です。

隊舎は防衛システムのお陰で、なんとか致命的な被害は免れましたが稼働率が25%を切りました。

しかし次にあのクラスの攻撃を撃たれると、今の稼働率では紙も同様です。防ぎ切れません。」

 

「そうですか。」

 

 

これは失策だったか……?

 

正直、戦闘機人のスペックを見誤っていたかもしれない。

まさかあの亜音速で飛来するミサイル群の飽和爆撃を凌いですぐさま反撃を返してくるなど。

撃破までとは言わないでも、時間稼ぎくらいにはなると思ったのだが……。

 

実際、ガジェットやディードと名乗る戦闘機人に撃ち込んだ質量兵器は、小さな街一つを瓦礫と化す量の高性能爆薬を積載していたのだ。

正直、過剰火力だと思わなくも無かったが、あの友人(・・・・)は意味深に『これでも足りないかも知れないわよ?』と微笑んだのでミサイルコンテナ5基を有難く頂戴したのだ。

さすが剣と魔法(ファンタジー)物語(セカイ)。これ位は物ともしないらしい。

 

あちらが考えに耽っていると、曹長が発言を求めてきた。

さすがに正規の局員、それも上官にはそれ相応の口調で話していた。

 

 

「発言よろしいでしょうか、ロウラン副隊長。」

 

『許可します。』

 

「―――現在、野外訓練場に居た私の部下と連絡が取れません。

故障やジャミングの影響も考えられますので、そちらのセンサーや監視カメラで二人を確認出来ないでしょうか。」

 

『今訓練場のセンサー類は沈黙しており、イプシロン03とイプシロン04のシグナルを確認する事は困難です。

……野外訓練場は防衛システムの範囲外です。遮蔽物も余り無く、攻撃が減衰せずに広範囲を薙ぎ払っています。

 

――――――恐らく二人は……』

 

「―――ッ。……了解であります。」

 

 

グリフィスの発言を最後まで聞かずに遮った。

あちらがその横顔を窺うと、その美しい(かんばせ)はきつく口元が引き結ばれており表情が抜け落ちている。

瞳からもその感情を読み取る事は出来なかったが、肌が血の気を無くして白く染まるほどに握りしめられた拳から、曹長の心中を容易に察する事は出来た。

 

グリフィスも例え映像に見えなくてもそれが分かっているのだろう。

彼女が上官の発言を遮った事に関して何も一切注意を言わなかった。

 

 

「戦闘機人の動向は?」

 

『現在、海上で第二波のガジェット群を編成中の様です。もう間も無く攻勢を仕掛けてくるでしょう。

 

非戦闘要員(バックヤードスタッフ)護衛対象(ヴィヴィオ)は隊舎の最奥に避難完了。

ガジェットの規模から考えて侵入は完全に阻止できないと判断。現在、護衛の第二分隊がバリケードを構築中です。

守護騎士二名は間も無くそちらに到着すると思います。』

 

「あれだけ減らしてもまだ在るんですか……。」

 

『むしろアレだけ減らせて万々歳ですよ。

飽和爆撃(アレ)が無ければ一方的に物量で押し潰されてまともな」戦闘にも成りませんよ。』

 

「おやおや。

名門出の未来の幹部候補が質量兵器容認発言とは。本局の魔法至上主義から転向ですか?」

 

『元々僕は魔導師資質は高くないですからね。

それに”俺の魔力(イチモツ)はこんなにビックなんだぜ”という風潮は余り好きじゃありません。

僕は技巧派ですから。』

 

「―――フフ。それはそれは。

それでこれからの作戦か何かは?」

 

『……非常に不甲斐無いですがありません。場当たり的な物になります。

これから野外・屋内を含めた大規模な乱戦になる事が予想されます。

大まかな方針は立てられますが、緻密な作戦行動は不可能でしょう。』

 

「それもそうですね。

私達と守護騎士は前衛及び遊撃。なるべく戦闘機人を釘付けにして時間を稼ぐ。ガジェットは遺憾ながら素通りさせて第二分隊で対処って所ですか。」

 

『そうですね。―――よろしくお願いします。』

 

「了解、副隊長殿。

ロウラン准尉も指揮所を放棄して避難して下さい。」

 

『いえ、ここに残ります。

だって僕はこの機動六課の副隊長ですよ?八神部部隊長の留守を守るのが僕の役目だ。

ここに残って出来るだけ防衛システムの復旧と、隊長達との通信の確保に努めますよ。

 

……なに、前線で戦う迷子さん達とは違って、端末の前に座っていれば誰にでも出来る簡単なお仕事ですよ。』

 

 

―――そんな筈はない。

 

 

逆に何の戦う力も魔力も無い人間が、最も狙われ易い指揮所を居残って復旧に励む事の何と難しい事か。

 

 

怖かろう。

 

恐ろしかろう。

 

ウインドウが映らないため向うの様子を窺い知る事は出来ないが、よくよく聞けば彼の声は微妙に震えている。

 

 

―――だがそれを一体誰が笑うだろうか。

 

たったの一人も、そんな人間は居ないはずだ。

 

はやてが不在の間、指揮を代行するといっても、グリフィスは元々事務畑の人間なのだ。指揮官資格は持っていない。

 

だがそれでも、それを言い訳にせず、歯を食いしばって恐怖を押し殺して。

持てる全てを出し切って、己の職務を全うしようとするその姿を、誰が笑えるものか。

 

その困難さを。恐怖を。

そしてそれが、どれ程勇気のある行動であるかを二人は知っている。

 

 

ざっ

 

 

あちらが背筋をぴんと伸ばし、踵を打ち鳴らして気を付けの体勢を取った。

それに続いてそれを側で聞いていた曹長もあちらに倣う。

この見目麗しいだけでは無い、現場からの叩き上げの下士官も、年下で経験も浅いグリフィスが形式ではなく、真に敬意を払うに値する上官だと認めたのだ。

 

 

「では指揮官殿(・・・・)。」

 

ご命令を(・・・・)。」

 

 

その時、見えないはずの向こうが見えた気がした。

彼は、グリフィス・ロウランは。

 

確かに。

 

―――確かに震えながらも、それでも万軍の指揮者の様に不敵に笑った。

 

 

『奴らに目に物見せてやれ。』

 

「「了解ッ!!」」

 

 

ざっと彼らは敬礼をする。

 

あちらはかつて横浜基地で使い慣れた国連軍式の敬礼に対し、曹長は管理局式の洗練された美しい敬礼。

 

 

二つの敬礼の様式こそ違えど、そこに込められた敬意は見えぬ向こうにもきっと届いた筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処へいった?

 

「人機ディヴェルティメント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 エントランス

 

 

 

 

 

 

 

「それでこれからどうするの?あちらさん。」

 

「ヴォルケンリッターの参謀役がそれを聞きますか。

……まぁ出来る事は限られてますが。」

 

 

グリフィスとの通信が切れた後、あちらと曹長は守護騎士二名と無事合流した。

エントランスの物陰から外の様子を窺いつつ、簡易の作戦を立てる。

 

 

「まず相手の戦力は戦闘機人二体とガジェット多数。

しかしこの場合、ガジェットは無視して下さい。第二分隊の方で対処します。

私達の目的は機人をヴィヴィオの元へ行かせない事です。

 

……ここまで異論は?」

 

「無いです。」

 

「右に同じ。」

 

「私と曹長はカチューシャ戦闘機人の足止めを。

 

シャマル先生とガジェットの前線管制を担当しているであろうぼんやり戦闘機人を探し出してください。

ザフィーラさんはシャマル先生の護衛を。もし組織だったガジェットの行動を阻害出来れば、それだけ私達の勝利条件達成の可能性は高くなります。

 

ある意味一番重要な任務ですが行けますか?」

 

「それは私とクラークヴィントに任せて。」

 

「……その勝利条件と言うものを聞かせて欲しいのだが。戦闘機人を撃破する事では無いのか?」

 

 

ずっと沈黙を保っていたザフィーラがあちらに疑問を投げかけた。

先程からの口ぶりだと、どうも戦闘機人の撃退に目標を設定していない様に感じたのだ。

 

そしてそれは正しい。

元々あちらは今の機動六課の戦力で敵を撃破しようなどとは考えていない。

 

 

「違います。

私達が成さなければならない勝利条件

 

―――それは『ライトニング分隊が到着までの時間稼ぎ』です。」

 

「時間稼ぎ?それにライトニング分隊が何故来ると?」

 

「それは奴らにもタイムリミットがあるからですよ。」

 

「タイムリミット?」

 

「今回、スカリエッティ側の地上本部襲撃が成功した最大の要因は、電撃的な奇襲作戦で中央指揮所(ヘッドクォーター)を速攻で陥落させた事です。

そのせいで指揮系統が混乱し、情報が錯綜して浮足立っている所を警備部隊は各個撃破されていきました。

 

ですから時間が経ち、指揮系統が回復して管理局の組織的反攻を喰らう前に、奴らはヴィヴィオを奪取したいんです。

時間が経てば経つほど、他の航空隊の増援が駆け付けますし、逃走するにしてもアジトを捕捉される可能性が増す。

奴らは今後の為(・・・・)にも、そのリスクを最小限に避けたいはずなんです。」

 

「『今後の為』?これで終わりじゃないのか?」

 

「予言に比べて被害規模が小さ過ぎます。

たったコレっぽっちの損害じゃ、管理局の威信に傷はついても崩壊までは成りませんよ。

恐らく、今回の襲撃は本格的なお祭りの前の前夜祭みたいなもんなのでしょう。

 

何か碌でもない事をする気でしょう。―――それに恐らくヴィヴィオが関係してくる。」

 

「……チィ!胸糞悪ぃ。」

 

 

曹長が吐き捨てる。

シャマルは勿論、狼なので分かりづらいがザフィーラも嫌悪に顔を顰めている。

 

 

「ライトニングに関しては簡単です。

 

……機動六課の異常を知って、前線部隊が救援に駆けつけてくる場合。

スターズとライトニングどちらを救援に出すかと言えば、私が指揮官だったら飛べて足が速いライトニングを選びますね。」

 

 

まぁそれも隊長格が足止めをされなければの話ですけどね。

正直、エリオやキャロが来た所で事態が打開されるなど、そこまで楽観できないし。

 

 

「……なるほど。だから遅滞防御か。概要は良く分かっ―――」

 

 

 

シュガガガガガガガ!!!!!

 

 

 

突然暗く静かだった周囲に閃光と、数えるのも億劫な幾つもの噴射音が鳴り響いた。

しかもこの音は先程聞いた事が――――――ッ!!

 

 

「伏せろッ!!」

 

 

隣に居たシャマルを引き倒して床に身を投げ出す。

 

 

瞬間

 

 

―――爆発音

 

 

心胆に響くような、こもった様な爆発音が轟き、機動六課の隊舎を大きく揺らした。

モルタルの天井からはパラパラと埃が落ちてくる。

 

衝撃の影響で配線に不具合が生じたのか、赤い非常灯が不規則に点滅している。

 

 

「な、何ですか!?一体何が……。」

 

 

自明な疑問の声を上げるシャマルに、曹長が律儀に返答した。

 

 

「そりゃ敵の攻撃でしょ。」

 

「で、ですよねー。」

 

 

ドド、ド、ドドン。

 

その間にも炸裂音と爆発音が連続して隊舎を揺らし続けている。

それはまるで幼い子供が癇癪を起して、隊舎の壁や床を叩いている様にも聞こえてくる。

 

 

「さっきの意趣返しのつもりか、ばかすかミサイル攻撃してくるとは……。

ガジェットに搭載出来るサイズでは対魔導師用でしょうが、それでも数を射たれるとヤバいですね。

このままだと防衛システムが過負荷でダウンしますよ。」

 

「意趣返しつーか…普通にキレてんじゃねぇの?

質量兵器の申し子たる最新鋭の戦闘機人が、旧暦時代のミサイル如きに撃破されたらお笑い草だからな。

 

奴(やっこ)さん、スチームポットみたくカンカンになってたりしてな。」

 

「そんなまさか―――」

 

 

『―――誘導弾頭弾とは舐めた真似をしてくれますね。

 

出て来なさい、迷子あちら。……このまま建物諸共焼き払われたくはないでしょう?』

 

 

その声は静かなのに良く周囲に響いた。

青白い炎を連想させる、背筋が薄ら寒くなるナニカを押し殺した様な声色が。

 

 

「……。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「……ご指名だぞ?」

 

 

言われないでも聞こえてますよ、ザフィーラさん。

 

 

「良かったなあちら三尉?

熱烈ラブコールだぜ。しかも相手は機人とはいえ可愛い系のとびきり美人だ。」

 

「よければ代わりますよ曹長。」

 

「残念。俺はノンケだ。百合に興味は無ぇ。」

 

「興味は無くても付き合って貰いますよ。」

 

「フン。任せろ。きっちり背中ぐらいは守ってやんよ。

 

守れなかったその時は―――どんまい。」

 

 

彼女の頼もしい言葉に、思わず涙がちょちょ切れそうだ。だが―――

 

魔力も無い、連携訓練もした事が無いのナイナイ尽くしだが……彼女となら上手くやっていけそうだ。

 

 

「シャマル先生、ザフィーラさん。先程の打ち合わせ通りに。」

 

「任せて。必ずガジェットを止めて見せるわ。」

 

「武運を。」

 

 

にやりとあちらが笑う。

 

 

「―――では。」

 

 

あちらが左拳を掲げる。

 

 

「私は右からで。」

 

 

曹長が右拳を掲げる。

 

 

「じゃ俺は左から。」

 

 

ゴッと拳を打ち鳴らし合い、二人は無言で物影から勢い良く飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 上空

 

 

 

 

1.2.3.4.5.6.7.8.9.10―――

 

 

まだか。まだあの男は出てこないのか。

 

 

ディードは眼下の機動六課隊舎を見下ろしつつ、心の中でカウントを刻む。

戦闘機人らしくない、非効率的なミサイルの過剰運用により、隊舎が一部炎上して黒煙を上げている。

 

側には双子とも言うべき存在であるオット―がこちらを窺っている。

相変わらず何を考えているのか分からない、どこかぼんやりとした風情だが、見る人が見ればいつもと様子の異なるディードを気遣っている事が分かる。

 

 

「……ディード。」

 

「何ですか。」

 

「……どうしたの?いつものディードらしくない。

僕達の任務は”聖王の器”の確保。無茶な攻撃で器を壊したらドクターやウーノ姉に叱られる。」

 

「器はスペック表通りであれば、ディエチ姉様のイノーメスカノンの直撃を受けても壊れません。

たかがこれぽっちの攻撃では掠り傷一つ付きません。」

 

「……それはそうだけど。」

 

「それよりもガジェットの管制に集中しなさい。

後14秒で出てこなければ再度爆撃を開始しなさい。隠れている場所を更地にして炙り出します。」

 

「……分かった。」

 

 

この会話の間もディードは一度もオット―の方を振り返らなかった。

その事にオット―は言い知れない未知の感覚に襲われる。一度でいいからこちらを見て欲しかった。

 

今まで感じた事の無い、ディードとの距離感がたまらなく嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

……可笑しい、か。

 

今の私は確かにヘンだ。

 

オット―に言われるまでも無く、ディードは自分が何時もと異なる事を自覚していた。

 

 

―――私は壊れてしまったのだろうか。

 

 

あの”迷子あちら”と名乗る管理局員から、質量兵器で攻撃を受けた時から自分の制御が甘くなっている。

 

あの時、亜音速で迫って来るミサイル群から離脱した時に爆風で損傷を受けたのだろうか。

自己診断プログラムでは僅かなフレームの歪み以外は目立った異常は発見できなかったのだが。

 

分からない。

 

理解できない。

 

しかしこの胸の奥から湧き上がってくるコレ(・・)は何なのだろうか。

ざりざりざりと胸部の内側を引っ掻かれるような異物感。

 

 

分からない分からない分からない

理解できない理解できない理解できない

 

 

だが原因は判明している。

 

―――あの男だ。

 

ならば原因を消せば|コレ(・・)が消えるのも自明だ。

 

 

あぁ早く。

 

早く出てこい迷子あちら。

 

もう私はコレに耐えられない。

 

一刻も早く原因(あなた)を排除して、元の完璧な戦機に私は戻りたいんだッ!!

 

 

 

―――その時。

 

ディードのアイカメラが隊舎から左右に分かれて飛び出してくる二つの人影を捕捉した。

明りの無い暗闇でも瞬時に鮮明な映像を捉える(センサー)がその二つの人影をプロファイルして判別する。

 

一人は制式のバリアジャケットに身を包んだ女性。

事前に手に入れた内部資料によると、ここを警備する交換部隊の副隊長で、元・本局武装隊の結界魔導師。

総合ランクはBと脅威度は高くない。所詮、私達の敵では無い。

 

 

そしてもう一人は――――

 

 

 

見 つ け た

 

 

 

その時、ディードが浮かべた表情を他の姉妹が見たなら驚いただろう。

 

同じ戦闘機人である姉達にすら「お前は機械的過ぎる」と言われた、あのディードが。

 

脈々と受け継いだ動作データ蓄積・継承により調整が完了した、『最後発の戦闘機人にして、最も完成形に近い純粋な戦機』と讃えられた、あのディードが。

 

 

―――嗤っている

 

 

まるでやっと想い人を見つけた、恋い焦がれる少女の様に

自分の中を掻き乱す忌々しく、憎らしい仇敵を見つけた処刑者の様に。

 

 

「……―――。―――?――――――?」

 

 

もうディードに一切の雑音は聞こえない。

例えそれが双子と言うべきオットーの言葉であってもだ。

 

一緒に飛び出してきた結界魔導師には目もくれず、ディードは一気に天頂部からあちらへと加速し肉薄して行く。

 

 

―――IS発動、『ツインブレイズ』

 

 

双剣の高エネルギーブレードを展開。

 

事前に潜入中のドゥーエ姉様が入手した詳細なプロフィールだと、入局以前の経歴は不明だが、相手の魔力ランクはEであり魔導師ランクすら未修得のただの元司書だ。

ガジェットを以前独力で撃破した事が有るそうだが、ちっぽけな戦術AIが組み込まれただけのガジェットを一機倒した所で自慢にすらならない。

 

このまま一気に刈り取る。

前線部隊ならいざ知らず、たかが後方部隊の司書には反応すら出来まいっ!

 

もう、すぐそこに、相手の無防備に晒された首筋が見える。

深緋の双剣を大きく振りかぶる。

 

 

―――()ったッ!

 

 

……この時彼女は、何故ただの元司書であるはずの詳細な(・・・)プロフィールを、多忙な筈の姉が調べ上げたのかには考えが及ばなかった。

 

 

そして二人の目が合う。

 

それは偶然に視線が合ったとかそういうのでは無く、明確な意思を持ってあちらは天を振り仰ぎディードの顔を認識した。

 

 

馬鹿な―――ッ!?

 

たとえあの『閃光』と名高いフェイトお嬢様にすら競り勝てる自信がある。

それを高い魔力を持たない、ただの人間如きが私を捕捉するなんて!?

 

ディードがあまりの予想外の事態に、双剣を振りかぶった状態で固まってしまった隙を、彼が見逃すはずもない。

 

 

―――彼が構えたのは余りに異質なモノだった。

 

 

それは思わずディードすら息を呑む代物。

それは唯の無機物でありながら、簡単には説明のつかない存在感と威圧感を醸し出していた。

 

 

精錬された銀。

 

耽美なる銀。

 

研ぎ澄まされた刃の如く美麗。何より冷酷。

 

六ある弾倉の最下部より死を吐き出す殺意の象徴―――

 

 

そして確かに。

 

その時、確かにディードと、その昏い銃口の奥に潜むナニカ(・・・)との目が合った。

 

 

瞬間、背筋を掛け上る根源的な恐怖。

 

 

「―――ッ―――!?」

 

 

重厚な銃声が鳴り響き、直撃を受けたディードを思いっきり吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手を打倒しながらも、未だに硝煙をたなびかせる回転式拳銃(・・・・・)を油断無く構えているあちらに通信が入る。

設定をハンズフリーにしているため、それは耳に直接語り掛け来るようだ。

 

何処か呆れた様な調子で曹長が問い掛けてくる。

 

 

『……なぁ、あちら三尉。

なんかこっからだと、お前が質量兵器(ぶっそうなもの)構えているように見えるんだが、それは俺が疲れてるせいか?』

 

「気のせいですよ曹長。これは銃器じゃありませんから。」

 

『だよな。また例の友人から貰ったとか言うのかと思ったぜ。』

 

「―――実はコレ、私物なんです。

リリカル撃鉄を引き起こして、リリカル引金を絞るとリリカル火薬が燃焼し、リリカル弾丸が飛んで行くという、ちょっとお茶目な銃型デバイス(物理)なんです。」

 

『よし良く分かった。

実はお前、法律守る気欠片もないだろ?』

 

 

―――回転式拳銃『イタクァ・レプリカ』

 

かつて”暴君”と蔑まれた最狂最悪の魔術師が愛用し、そしてお人好しの魔導探偵が譲り受けた、”旧支配者”を宿した異形の神器では無く、後からそれを模して造られた模造品。

『彼』と『彼女』が邪悪との闘争の為に”門”を潜り抜けて居なくなった後、かの狂気の天才科学者が宿敵(しんゆう)の居なくなった世界を護る為に作り上げた対怪異装備の一つ。

そのレプリカの性能は、従来の四割も無く、無論神器の真骨頂たる”神獣召喚”など出来ないが、それでもさすが旧支配者の名を冠するだけあって怪異に対してはそれなりの威力と効果を発揮した。

 

あちらの銃の場合、永い永い時間を旅をしている内にレプリカ自体に神性が宿り、本物にやや劣る程度の性能に威力を増していた。

それは”迷子であり旅人”であるあちらと、”風に乗りて歩むもの”イタクァとの相性が非常に良かったという事もあった。

 

 

「……撃ち抜いた手応えは在りませんでした。起きているんでしょう?機人。」

 

『おい?あち―――』

 

「―――フフ…。フフフ。」

 

 

ゆらりと至近弾の直撃を受けた筈のディードが立ち上がる。

被弾した筈の身体には、何処にも異状は見られない―――いや、一つだけ。

 

 

「ブレードで銃弾を受け止めたんですか……これだから戦闘機人は。」

 

 

ディードが両手に持つ深緋色の双剣は、エネルギーブレードが半ばから凍りついて(・・・・・)へし折れていた。

ディードはISを一旦解除して再発動すると、傷一つ無い深緋色の双剣が再び顕現した。

 

 

「貴方も十分非常識です。

エネルギー体を凍らせるなんて……凍結資質持ちでもこんな事は出来ませんよ?」

 

「例えレプリカとはいえ、神性の冷気を帯びた弾丸ですからね。

本家本元みたいに弾丸の全自律追尾なんかは出来ませんが、まぁ撃って凍らせるくらいは朝飯前ですよ。」

 

「……本当に貴方は私を掻き乱す。

私は完全で最強の戦機になりたいのです。なのにノイズが邪魔をする。

 

―――何故です?」

 

「さぁ?初対面でそんな事を言われても、ね。」

 

「フフ、本当に……

 

 

   IS発動『ツインブレイズ』

 

 

       ―――憎らしい人だッ!!」

 

 

瞬時加速してトップスピードに移行し、あちらの背後から強襲を仕掛ける。

ディードは生まれて初めて(・・・・・・・)激情に身を任せたまま、あちらに思いっきり双剣で斬りかかる。

 

並みの魔導師では影させ掴めぬ急襲も、司書には何故か”見えている”かの様に意味が無く、ディードの双撃は硬質の音色を響かせて完璧に防がれた。

 

―――右手の回転式拳銃《イタクァ・レプリカ》のグリップと、左手に持った古惚けた『はさみ』によって。

 

 

「ふざけた真似を。

そんな物で私のISを防ぐなんて、正直自信を無くしそうです。」

 

「なに。このはさみにはこういう使い方もあるんですよ。

(セカイ)のどんな物でも切れるという事は、どんな物にも折れ曲らないと同義ですからね。」

 

「戯言を。シィ―――ッ!!」

 

 

ディードがあちらの腹を蹴り穿とうとするのと、あちらのイタクァが火を吹くのは同時だった。

互いに攻撃しながらも、相手の攻撃を身をよじって避ける。

 

さらに超近接から身を回転させるようにして繰り出された最速の斬戟。

それを迎え撃つあちらは、はさみの刃を深緋の刀身に沿わせるようにして綺麗にいなす。

 

シュィィィン、と甲高い澄んだ音色を立てながら、深緋の剣戟が過ぎ去る。

二人の体がその攻防の勢いに乗って流れ、互い違いの方向に離れていく。

 

 

―――その攻防の間にも、決して途切れる事の無い互いの視線

 

 

青年はただ少女を見つめ。

 

少女は青年を恋にも似た殺意を以って見つめている。

 

 

深緋の双剣を存分に振るう間合いが確保できたディードは、さらに踏み込み距離を詰めて追撃に入ろうとした。

しかし、それも残弾全てを連射したイタクァ・レプリカの、冷気を帯びた弾幕の前に出鼻を挫かれてしまい、一旦距離を取るために跳びずさった。

 

そしてそこにまるで吸い寄せられるように。

意思が宿っているかのように弾丸が曲線を描いて飛翔し―――すべての弾丸をディードが無造作に薙ぎ払った。

その際、凍(こご)えた深緋の刀身を解除・再構築する。

 

―――この間、およそ数秒。

 

そこに何処からともなく一斉に現れた幾条もの縛鎖が、ディードを絡め取ろうと迫り来る。

しかしディードはチェーンバインドを危なげ無く左右のブレードで切り裂いていく。

 

勿論、曹長もこんなものが決定打になるとは思っていない。

だがたったそれだけの時間で十分だった。

 

その隙にあちらは空薬莢を排出。

素早く懐からスピードローダーを取り出して弾倉に術式弾丸を全装填。

数瞬の間にリロードを完了させる。

 

瞬時、発砲。

 

解き放たれた凍風の魔弾は、リロードの隙を窺っていたディードの顔面を喰い破ろうと飛翔する。

ディードは眼前で深緋の双剣を交差させ、魔弾の威力を相殺しながらもその勢いを利用して大きく後ろへと下がって行った。

 

 

―――奇しくも、二人は衝突する前とほぼ同じ位置に戻った。

 

そして状況は、また振り出しへと戻った訳である。

……いや一見互角だが、情報戦という観点から見れば、実はあちらが圧倒的に不利だった。

 

 

「……分からない。」

 

 

ディードが呟いた。

それは別にあちらに問い質そうという意図はなく。

ただ自然と疑問が独り言となって零れ出たといった感じだった。

 

白く凍り付いた、本来は深緋の刀身をしげしげと観察し、一瞬で再構築を果す。

ディードの無機質なようで何か湛えた視線があちらを貫いた。

 

 

「確かにオーバーS級の高機動型魔導師だったら、私の速さに付いて来れても不思議ではありませんが

 

―――貴方はそうじゃない。局員といってもただの事務員、非魔導師のはず。

 

……なのに貴方は完全に私を捉えている。一体どうして私の攻撃を防げるんですか?」

 

「私がわざわざ自分のアドバンテージを明かすとでも?

戦闘中にペラペラと自慢げにネタ明かしするのは三流のする事ですよ。」

 

 

あちらは油断無く警戒しながらも、仰々しく肩を竦めて見せる。

ディードの口元がニィっと軽く歪む。

 

 

「――――――フフ。本当、口が減らない人。胸がざわめく。

ですが、先程の攻防で分かった事は二つ。

 

一つ目。

貴方は私が見えていても、貴方自身が速く動けるわけじゃない。

せいぜい私の攻撃を裁いて、その隙に反撃する事で精一杯。

つまり、戦いの主導権は私にある。

 

そして二つ目。

 

―――貴方の武装の装弾数は六発しかない。

先程、牽制の為に射撃したので残りは五発……そしてリロードには必ず数瞬とはいえ隙が出来る。」

 

「ご明察。

そして貴女の双剣は、例え刀身が凍て付いても一瞬に再構成可能。

 

……まァご安心を。もう”リロードするつもりはありません”。」

 

「―――私相手にはあと五発で十分という訳ですか?……フフ。忌々しい。

私のISが貴方を斬り裂く方が先か、貴方の弾丸が私を貫き凍らせる方が先か。

 

……試してみましょう。」

 

 

―――その言乃葉すら置き去りにした瞬間加速

 

無拍子の境地にすら指を掛ける、戦闘機人としての全性能を十全に発揮した急襲攻撃。

それは例え、ニアSランク魔導師であっても、反応させる間も無く打倒せしうる一撃だ。

 

 

―――だがそれにすら完璧にあちらは反応して見せる。

 

 

両者が交叉する瞬間、双剣の内一本を左のはさみで絡め取り、深緋の刀身を”切断”する。

エネルギー体で構成された刃を断つ、余りの事態に目を見開くディードに、右の回転式拳銃《イタクァ・レプリカ》を照準。発砲。

 

しかしディードは瞬時に動揺から回復し、ISを発動して加速し魔弾を回避。

執拗に追いすがるイタクァ・レプリカの弾丸を再構成したブレードで斬り裂いた。

 

 

「エネルギーを凍らせた事に比べたら、今更切った所で何の不思議もない―――ッ!」

 

「はは!それは(しか)り!」

 

「―――あと四発ッ……!」

 

 

ディードは高威力を誇る、瞬間加速からの一撃離脱・急襲攻撃から、手数に重きを置いた、乱数機動運動による連続波状攻撃に切り替えた。

しかしこれはディードにとって思わぬ正解だった。

 

先程までの攻防戦であちらが発揮した反応速度は、ディードの”必ず死角から仕掛けてくる”速いだけの単調な攻撃という要因もあったが、あれは後の先を利用したしっかりタネも仕掛けもある小細工だ。

 

つまり相手が仕掛けてくると分かっていて初めてカウンターとして効果を発揮する。

図らずとも乱数機動による波状攻撃は木細工を無効化していた。

 

逆手に持ち変えた双剣で素速く小刻みに。でも確実にダメージが蓄積するように。

あちらも魔銃の銃身やはさみを駆使してそれらの攻撃を防ぐが、次第に対処が追い付かなくなっていく。

徐々に小さくコートがブレードでこそぎ落されていく。

 

金属と金属がぶつかり合う不協和音が連続で響き続け

―――間一髪、あちらは致命的な頭部への斬撃との間に銃身を差しこむ事に成功する。

 

ぎち、ぎちりと理外の魔銃と深緋の双剣が噛み合って鳴る。

咄嗟に両手でイタクァ・レプリカを支えてしまった為、はさみを地面に取り落としてしまう。

 

それを見てとったディードは、すぐさまはさみを蹴り飛ばし、美しい貌に浮かべていた薄ら笑いをさらに深めて、斬り結んだ双剣に更に力を込める。

 

 

「―――フフ、どうしたんです?動きが鈍ってきていますよ。」

 

「タ、タイムを要求します!」

 

「残念ながらコンティニューは出来ません。」

 

 

このままでは押し斬られると、あちらはディードの腹部に魔力で強化した蹴撃を仕掛ける。

たまらずに離脱したディードに向かい間髪入れずイタクァを二連射。しかし今度は魔弾の誘導に意識を割く前に全弾を撃墜された。

 

 

残弾、二発

 

 

ディードは可憐な容貌を歪ませて、さらにここぞとばかり攻勢を強める。

乱数機動と双剣の連撃により、コートは擦過によって削れダメージはさらに蓄積されていく。

 

そこでディードは勝負に出る。

それは油断からか、慢心からか、それとも勝利への確信からか。

 

この短くも長い勝負に決着をつけようと乱数機動では無く。

大きく夜空に弧を描いて、遥か高い天頂部から一気に出力を最大にして加速。

 

 

―――それはまるで流星の如く、大気を引き裂き迫り来る

 

 

星の重力を味方につけた瞬間加速による急降下攻撃。

それは音や大気すら置き去りにする、今まででの戦闘の中で最高位の速度。

 

そしてそれをむざむざ喰らう程、あちらもお人好しでは無い。

すぐさま小細工が反応し、あちらは魔銃イタクァ・レプリカを構えて、その照準の直線上にディードを捉える。

 

 

接触までほんの数秒―――

 

 

不思議と照準越しにあちらとディードの目線が合った。

 

ディードが花も恥じらう様な笑みを浮かべる。

それに釣られてあちらもニッコリと微笑んだ。

 

 

重厚な銃声と共に、マズルフラッシュが瞬く。

 

敵を喰い破らんとする飛翔する魔風の顎を、すれすれでディードは身体を捻りながら避ける。

さらに行きがけの駄賃とばかりに双剣で魔弾を弾き飛ばした。白く凍った双剣を再構成して赤く染める。

 

ディードのさらに笑みが深くなる。あと一発。

 

あちらも笑みを浮かべたまま何の表情の変化も無い。これでラスト。

 

 

「風に乗りて疾れ!イタクァ!」

 

 

―――そして模造品の魔獣にして魔銃が、魂凍らせる咆哮を世界に響かせた。

 

 

白銀の銃身から疾走する、シリンダーに装填された異形の殺意。

鈍い青白に輝く魔弾は、堕ちてくる流星を噛み砕こうと夜空を昇る。

 

これが最後の銃弾。

この魔弾さえ相手に突き刺されば、相手は異界の冷気に凍えて砕け散る。

なけなしの魔力と呪言により強化され、縦横無尽変幻自在複雑怪奇な、物理法則を無視した有り得ない軌道を描いて殺意(銃弾)は飛翔する。

 

そして異形の冷気を帯びた術式弾丸は、ディードの喉仏に喰らい付こうとし―――

 

無情にも深緋の双剣に引裂かれた。

迎撃の余波で両腕が霜焼けに覆われるが大した障害でも無い。

 

 

……残弾、ゼロ

 

 

「―――フフフ……アハハハハアハハハハハ!!」

 

 

今度こそ!

今度こそこれで終わり!

 

このノイズが何なのかはもうどうでもいい。

私はここで原因(あなた)を排除して、乱れぬ・揺るがぬ、元の完璧な戦機に私は戻るッ!!

 

 

迫る眼下では、あの人がリボルバーの弾倉(シリンダー)を横に振り出して空薬莢を排出している。

リロードまでの僅かな時間を稼ごうというのか、再びあの女の結界魔導師が幾条ものチェーンバインドを顕現させ、私を絡め取ろうと蛇の様に迫り来る。

 

 

―――今更、留め置こうとしても遅い!!

 

 

まさに鎧袖一触。

深緋の双剣を振るう所か、高機動時に発生したソニックブームで全ての縛鎖を弾き飛ばす。

 

あの人が再装弾のために懐からスピードローダーを取り出すが、再装填(リロード)が完了するよりも私のISが貴方を斬り裂く方がずっと速い―――!!

 

 

激突まであと数瞬。

 

 

もう、すぐそこに、相手の無防備に晒された首筋が見える。

深緋の刀身が直ぐそこ迫る惨劇の予感に震え、紅い輝きが増した双剣を大きく振りかぶる。

 

 

―――さようなら。私の中を掻き乱した憎い人!

 

 

黒髪の掛かる白い首を目掛けて、今までで最高・最速の剣戟を繰り出し―――そして、二人の目が合う(・・・・・・・)

 

 

―――迷子の司書が嗤った―――

 

 

何故?

 

どうして?

リロードはどうした?

まさか終わった?そんな馬鹿な。

私の刃が到達するよりも早く、リロードが完了するはずが―――ッ!?

 

そしてディードは気づく。

 

 

左手に握っている物―――リロード用の弾倉じゃないッ!?

 

 

それは爛爛と輝く、妖艶で鮮血を連想させる高純度の緋色の宝石(ピジョン・ブラット)

それは永い年月に貯めに貯め込んだ、膨大な魔力を開放する瞬間を今か今かと待ち受けていた。

 

 

―――リロードはブラフッ!?

 

つまり最初から”これ”が狙い―――ッ!!

 

 

今更気がついても、もう遅い。

その紅い宝石に内包された魔力は、イタクァ・レプリカの魔弾の比では無い。

ディードは緊急回避を試みるが、重力まで味方につけたトップスピード。いくら戦闘機人とはいえど、慣性には逆らえず急に方向転換は出来ない。

 

あちらは本当に何気ない仕草で、真上にぽーんと宝石を指で弾く。

別に投げつける必要はない。だって相手はもう目と鼻の先で、しかも相対速度であっという間だ。

ディードは龍の(アギト)に自ら飛び込んでいく己の姿を幻視する。

 

 

「あぁ、一つ言い忘れていた事が」

 

 

刹那が千へと分割された様な、妙に体感時間が引き延ばされた中。

本来聞こえるはずの無いその声は、不思議とディードの耳へするりと聞こえてきた。

網膜(アイカメラ)に胡散臭い笑顔が映り込む。

 

 

 

「―――機動六課へようこそ。」

 

 

「ッッッ迷子あちらァァァアアァァァアアァ!!!!!」

 

 

 

もう二人の距離はほぼゼロに。

 

例えるなら恋人同士が口づけを交わせる距離まで接近し―――

 

 

その瞬間、紅い宝石に内包された膨大な魔力がほぼ零距離で解放され、その魔力を燃料に術式が作動。

 

二つの人影と周囲一帯を、火柱と爆圧の渦が蹂躙した。

 

 

 


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