その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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31.エンド・バックステージ

「……―――ッ!―――きろ!

おい、あちら!迷子あちら三尉!!。……目を開けろッ!!」

 

 

呼び掛けてくる、正に悲痛と言ってもいい声が聞こえてくる。

何処かで聞いた声だ。低い様でいて、しかし艶を含む甘い声。誰だったろう?

まぁいい。そんな事より今は眠たいんだ。あと少しだけ眠らして欲しい。

 

―――いや、待て。そもそも何で私は寝ているんだ?

さっきまで私は……―――――――ッ!!

 

バラバラだった物が組み上がる。

身体に響く衝撃と激痛に、拡散していた意識が収束して覚醒する。

 

 

「―――あちら三尉ッ!!目を開けろッ!クソッ!この馬鹿が!!」

 

「……そんなに耳元で怒鳴らなくても聞こえてますよ曹長……」

 

「―――ッッッ!!??あちら三尉!気がついたか!?」

 

 

呼び声に目を覚ますと、まず目に飛び込んでくる赤毛。

本来は鮮やかな彩りの髪はボサボサに乱れて土埃と血に汚れている。

先程までのあちらの戦闘を、管制サポートしてくれていた曹長だった。

曹長はあちらが気がついた事にホッとした表情を浮かべ、目尻に雫を拭い去ると、今度は鬼気迫る勢いであちらに噛み付いた。

 

 

「……こぉぉのぉ―――っ大馬鹿野郎がッッ!!

何処にあんな至近距離で魔力を開放する奴が居るかッ!!ええッ!?死にたいのか!!」

 

「~~~ッッ!?!?」

 

 

耳元で大声で叫ばれた事にあちらは悶絶する。

耳を手で覆えば済む事だが、両手を曹長に押さえつけられてそれも出来ない。

 

 

「確かにあの戦闘機人を打倒するには俺では火力不足だった!

だから火力があるお前にオフェンスを任した!お前も策があるから任せろと!

あぁ確かにお前に丸投げした俺にも責任はある!だからって自爆覚悟で攻撃する馬鹿が何処にいるッ!?

 

俺に味方殺しの片棒を担がせたいのかッ!!」

 

「すいません。説明不足でしたね。でもあの時は時間が―――

 

 

「ばかやろぉ。―――死んだら、それでお終いなんだぞ。」

 

 

曹長の表情が歪む。

咄嗟に顔を見られまいと顔を伏せる。

垂れた前髪に隠れ彼女の目元を隠した。あちらからは彼女を窺い知る事は出来ない。

しかし掴まれた腕からは、隠しきれない微細な震えが伝わって来た。

 

不老不死だとか、そんな事は関係ない。

ただその手の震えが、万弁の言葉よりもあちらの胸に突き刺さる。

 

 

「……すいません曹長。」

 

「…………ぃぃ。生きているなら、いい。」

 

 

少し間を置いた返事は、本当に小さな声だった。

そして今の自分が恥ずかしくなったのか、顔を背けて目元を乱暴に擦った。

 

 

―――軽率だった、かな。

曹長は管理局の精鋭部隊である元・本局武装隊の出身だ。

任務もそれに準じて過酷なモノが多い。……当然、隊の損耗率(・・・)も。

ある程度任務のためと割り切っているだろうが、それでもこれはデリケートな問題だ。

安易に命を投げ出したかのように見える行為は、彼女の触れてはいけない部分に接触してしまったのだろう。

 

―――今そんな事を考えても仕方ない。

話題を変えようと、現在の状況を聞こうとして身体を起こそうと……

 

 

「―――~~~ッッッ痛ぁ!?!?」

 

 

途端、全身の神経に鑢(やすり)を掛けられた様な激痛が走る。

余りの痛みに力が抜け、どさっと受け身も取れないまま再び地面に倒れ込んだ。

口の中に砂利が入る。最悪だ。

 

突然の悲鳴に曹長は吃驚したように顔を上げた。

 

 

「お、おい!?あちら三尉!?」

 

「い、痛いです。」

 

「……ハァ…。当たり前だ、阿呆が。

 

まだ応急処置も終わって無いのに、急に立とうとする奴が居るかバカ!!」

 

 

傍らに置かれた救急キット。

梱包が破かれた包帯と抗生物質、それに血で汚れた厚手のガーゼにアルコール。

どうやら私の意識が目覚めるまで、曹長は私がそのまま逝ってしまわない様に呼び掛けながら処置をしていたらしい。

 

呆れた様子の曹長の向こうには大都市特有の明るい夜空、そして煌めく数多の星達。

その夜空を優雅にふよふよ飛ぶガジェット達に、夜空を明るく彩る燃える隊舎。

遠くから何かが砕ける破砕音と雄叫び。魔法を行使していると思わしき戦闘音が聞こえてくる。

 

どうやら私が気絶してからそう時間は経っていないらしい。

今もシャマル医務官とザフィーラさんが戦闘を継続している様だ。

 

再び上半身を起こそうとしてみるが、全身から激痛が走り身体がそれを拒否する。

特に左腕は傷みが酷過ぎて脳が感じる事を拒否しているのか、それとも痛みを感じないほどにぼろぼろなのか。まったく腕に感覚が無い。

恐る恐るそちらに目を向けてみると―――左手は見るも無残な黒焦げボロ雑巾と化していた。

わーお。まっくろだー。

 

 

「当分、ごはんを食べるのは大変そうですねぇ。」

 

「なんかズレてねぇかお前?……取り合えず手当の続きをするぞ。

 

はーい、ごろーんするよー。」

 

 

うつ伏せに倒れていたあちらを、応急処置の続きを施すために仰向けに転がす。

 

それも無造作に。

当然、その衝撃に全身が軋んであちらは悶絶した。

 

 

「―――~~~ッッッ!?!?

 

……そ、曹長………もう、ちょっと優し、く……」

 

「痛いか?ん?あぁ何も言うな―――見れば分かる。」

 

「お……おに……」

 

「うるせーよバカ。自業自得だ。

痛みを感じるだけマシと思え。普通はあの爆発で痛みを感じないまま死んでる。

 

……あのコートに感謝するんだな。」

 

 

曹長が応急処置の為に、気絶してるあちらから剥ぎ取った茶色いコートを顎でしゃくった。

とある人形師謹製の魔術を遮断するコートは、宝石の爆発時の飛礫によりズタズタに裂け、高温の炎に炙られたせいか大部分が真っ黒に焼け焦げている。

それはあちらが最後に放った攻撃の爆発の規模を如実に表していた。

 

 

「―――今度お礼に行きますよ。

あのコートには大分お世話になってますからね。」

 

 

珍しい銘柄の煙草でも手土産に持っていけばあの赤毛の魔術師は喜ぶだろう。

曹長は手慣れた手付きでそこらに転がっていた廃材を使い、応急キットの包帯を巻き付けてあちらの左手を固定して、さらに治癒魔法を掛けている。

 

 

「爆発の起点近くにあった左が一番酷いな。

肩の脱臼に上腕骨の複雑骨折、深達性火傷(DDB)

他にも全身に擦過傷、裂傷、打撲、打ち身、軽度火傷(EB)多数。肋も数本ひびが入ってるなこれ。

……内向きに折れた肋骨が重要臓器に刺さらなかっただけ不幸中の幸いだな。」

 

「―――よく私生きてますね?」

 

「全くだ。

後もうちょっとで二階級特進だったのに残念だったな。

そうすりゃ晴れて階級の”臨時”が取れて、退官後に貰える年金支給額が増えたのに。」

 

「死んだら年金は使えませんよ。」

 

「知ってる。これは皮肉だ。」

 

「さいですか……。」

 

「まったく命冥加な奴だ。さては聖王の御加護でもあったか?」

 

「さぁ?今度教会にお礼参りにでも行きますよ……。」

 

 

応急処置中、痛む傷を紛らわすようにあちらと曹長は軽口を叩きあった。

麻酔は打たない。打てない。まだ危機は去っていないのだ。

 

 

「そういえばさっきの戦闘機人は?」

 

「あっちで気持ち良さそうに布団(・・)にくるまって寝てるよ。」

 

 

曹長があちらにてきぱき処置を施しながら顎をしゃくる。

首を巡らして周囲を見渡すと、あの爆発で結構吹き飛ばされたようだ。

あのディードと名乗っていた戦闘機人は、遠くの方で昏倒して瓦礫(ふとん)に埋もれていた。

 

 

「奴を掘り起こすのが大変そうだ。」

 

「自分でやっといて言うのも何ですが、彼女生きてるんですか?」

 

「ダメージを受けて失神しているだけだ。奴も至近距離での爆発をカウンター気味に受けてボロボロだが命に別状があるほどじゃない。戦闘機人ってのは頑丈だな。むしろ勝ったはずのあちら三尉の方が重傷だよ。

 

ま、だがあの爆発をまともに喰らったんだ。戦闘はおろか、しばらく動く事さえ困難だろうよ。」

 

 

ギュッと包帯で患部を縛り付け、出血を止めて患部を魔法で癒す。

雑な処置ではあるがやらないよりマシだ。

包帯でガチガチに固定した左腕は首から三角巾で吊り下げた。

少々見た目が不格好ではあるが、それは事態が終結してから病院でしっかり治療をしてもらえばいい。

今は必要最低限の行動さえ取れるように体裁を整えられればそれでいい。

 

 

「……よし、これで一応、応急処置と治癒魔法を掛けたが、それも無いよりマシって程度だ。

もう激しく動くな。戦闘行動は禁止だ。今度こそ折れた肋骨が肺や心臓に突き刺さって死ぬぞ。

シャマル医務官に見せるまでもう無茶すんなよ。」

 

「奴さんがヴィヴィオを諦めて帰ってくれれば私もその指示に従うんですがね。

取り合えず手当をありがとうございます。―――――――痛てて。」

 

 

正直、一回”死んだ”方が身体の原状回復は早いが、死ななくて済むならそれに越した事は無い。

それにいきなり怪我が跡形も無く直ると、要らない詮索を招いて色々後が面倒だし、曹長の厚意を無碍にするのも気が引ける。

だが、それでヴィヴィオを攫われては元も子もない。その時は―――

 

あちらは覚悟を決めて、あっちこっちが痛む身体をぎこちなく起こして立ち上がった。

呼吸する度に罅の入った肋骨がじくじく痛む。呼吸する息が熱い。

 

 

「―――ふ、ぐぅぅ。」

 

 

……身体中がバラバラになるくらい痛かった。

あちらは悲鳴は奥でかみ殺し―――しかし我慢できずに少し涙目になる。

 

 

―――また遠くの方で爆音と風斬り音が聞こえてくる。

 

 

いまだ戦闘が継続中らしい。

戦闘音が外から聞こえてくる事から、シャマル・ザフィーラペアだろう。

グリフィスに状況を確認しようとするも、空電音ばかりでロングアーチとの通信が繋がらない。

先程まで戦域管制を務めていた曹長に今の状況を確かめる。

 

 

「しばらく前から指揮所(ロングアーチ)との通信が断絶してる。

前後の状況から考えて中継機がやられたんだろう。ロウラン准尉達は無事の筈だ。」

 

 

あちらの問いに曹長が答える。

さすが結界魔導師の面目躍如といったところか、システムダウン直後から探査結界・サーチャーにより戦域の状況を把握していた。

 

 

「AMFのせいでノイズが酷くて詳しくはわかんねぇが、ザフィーラ・シャマル両名は、もう一体の戦闘機人相手に、比較的有利に戦闘を推移してるらしい。

やっぱあのボケっとした機人がガジェットの戦域管制してたみてーで、交戦直後からしばらくしてガジェットの組織的行動が乱れて来てる。

おかげでガジェットの浸透圧力も結構弱ってるみたいで、バックヤード警護の第二分隊も防衛に余裕が出て来てるみてーだな。

まァそれでも徐々に防衛ラインを後退させて、今は一本道の通路を最終防衛線(デッドライン)に設定。積み上げたバリケードを盾にガジェットの迎撃に当たってる。

……なんとか救援部隊(ライトニング)到着までは持ち堪えそうだな。」

 

指揮所(ロングアーチ)は?」

 

「少し前にシステム復旧と通信手段確保の為の必要最低限の人員を残して全員退避したらしい。……今はロウラン指揮代行とリリエ二級通信士が残ってる。」

 

「シャーリーさんは?あの人が通信主任では?」

 

「けッ!知らねーよ、あの眼鏡女の事なんざ。ガタガタ震えて引き籠ってんじゃねーの?」

 

 

苦々しく曹長が吐き捨てた。

それに対してあちらは苦笑を浮かべる。

 

 

「なんか辛辣ですね?」

 

「……フン。優秀なのかも知れねーが生理的にダメなんだよ。何でも顔突っ込んでしゃしゃり出るあーゆー奴は。特に、デバイスをファッションか何かと勘違いしてる、あの能天気さが気に喰わね―だけだ。

……安心しろ。公私混同はしねーよ。」

 

「そこは信頼してますよ。」

 

 

あの人懐っこい少女の事だ。

おそらく何時もの調子で話しかけて、なにか曹長の不興を買ったらしい。

まぁ確かに、どこか訓練校の空気が抜けてない感がある後方勤務のシャーリーさんと、元・本局武装隊から現場叩き上げで理不尽に揉まれた曹長とでは、考え方やら価値観が噛み合わなくても仕方ないと言えば仕方ないか。

 

人間、社会で過ごせばどうしてもそりが合わない人間は出てくる。

だがここは次元世界の治安を守護する時空管理局であり、”こいつは嫌いだから一緒の任務には就きたくありません”というのは通らない話だ。そしてそんな事で公務に支障をきたすほど曹長も子供では無い。

 

―――ま、当時の上官をぶん殴って本局に居られなくなった曹長が言っても、あまり説得力は無いのだが……

 

 

「しかしさすが元・本局武装隊の結界魔導師ですね。

通信網が壊滅的な状況でそこまで情報を得られるのは驚異的ですよ?」

 

「ハ、俺みたいな不良魔導師…シャマル医務官みたいなエキスパートに比べたら大した事ねぇよ。

AMFのお陰で結界の密度も精度も低い。精々範囲を絞ってお前の戦闘を管制するだけで精一杯だ。」

 

「それでもですよ。

この突発的な事態でも冷静になって、実際にそこまで出来る人が一体何人いる事か。」

 

「―――ありがとよ。

それでこれからどうする。お前はそう動けないだろう?」

 

「無論、シャマル主任医務官とザフィーラさんの援護に向かいます。

曹長は先程と同じく戦域管制、私はバックアップを。なに、物陰から魔銃を撃つだけなら右手だけでも出来ますよ。

首尾良く機人を無力化した後は居残った指揮所(ロングアーチ)メンバーを回収。

あとは第二分隊が構築した最終防衛線(デッドライン)まで後退してライトニング到着まで立て篭もります。

 

それで万事解決。

私とヴィヴィオはとっておきの茶菓子を食べ、後の残りは怖い怖い女神達が奴らとオハナシ(・・・・)をつけてくれるっていう寸法です。

 

―――他にご質問は?」

 

「それはいい。そいつは素敵だ。

そのお茶会には俺も呼べよ。そのオハナシの高みの見物といこう。

部下(バカ)達も喜ぶ。」

 

「シャマル医務官かザフィーラさんかどちらかと通信が繋がりませんか?

出来れば簡単な罠を仕掛けて誘導し、出来るだけ短期間でケリをつけ―――ッ!?!?

 

 

―――曹長ッ!!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

それらは一瞬の出来事だった。

 

 

 

あちらの悲痛な叫び。

 

 

 

目と鼻の先に迫り来る深緋。

 

 

 

全身を強打する大きな衝撃。

 

 

 

視界が反転して上下入り乱れる空と地面。

 

 

 

 

―――そして鋭いナニカが柔らかい肉に埋没する鈍い音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処へいった?

 

「エンド・バックステージ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あちら三尉の叫びと突然の衝撃。

そして目まぐるしく入り乱れる天地。

 

行き成りの事態に曹長が正気に戻ったのは、自分が地面に押し倒されている事に気が付いた時だった。

自分に覆い被さるのようにあちら三尉が圧し掛かっている。

細身のあちら三尉は、一般成人男性より幾ばくかは軽いだろうが、それでも女の自分にはすこし重たい。

 

 

「ぁ、あちら三、尉……?」

 

「―――怪我はありませんか曹長。」

 

 

囁くような声で、あちら三尉が俺の耳元で話しかけてくる。

衝撃のせいで軽い脳震盪でも起こしたのか、その囁き声は妙に頭の芯に響き、どこか甘く官能的に聞こえてくる。

こんなに異性と密着したのはアルトセイムで酪農している父親か武装隊時代の戦友だけだ。

密着……もとい押し倒されているせいか、あちら三尉の”異性”の匂いが鼻をくすぐる。

 

 

「あ、あぁ。何処にも異状は見当たらない。」

 

「―――それは、よかった。」

 

 

その匂いは不思議と不快には成らず、むしろ何処か落ち着く様な匂いだった。

ただ”異性”の匂いと言ってもそれは色々な匂いが混ざったものであり―――

 

それは汗の匂い

それは柑橘系の石鹸の匂い

それは艶やかな黒髪からシャンプーの匂い

それは泥の匂い、土の匂い、瓦礫の匂い、焼け焦げた建物の匂い、高魔力に焦がされたオゾンの匂い

 

それは生臭い鉄の匂い

 

 

―――命の匂い

 

 

ぴちゃ

 

 

ナニカがあちらから垂れ、曹長のバリアジャケットを染め上げる。

 

 

ぴちゃ…ぴちゃ………

 

 

「あ、あちら三尉?」

 

「―――曹長。今すぐ、隊舎に向かって走りなさい。」

 

 

ぴちゃ…ぴちゃぴちゃ………

 

 

「ど、どうしたんだ?なんか様子が変だぞ?」

 

「―――フ、フフ。よく、言われます。

隊、舎に戻って分隊、の指揮を。もうす、ぐ救援が来ま、す。」

 

「あ、お、おい!三尉!?」

 

「―――ヴィ、ヴィオ、を……」

 

 

……ずるっびちゃッ!

 

そう言って、重く湿った音をたてながらあちらは崩れ落ちた。

覆い被さっていたあちらが居なくなった事により曹長の視界が開けた。

 

まず目に映ったのは―――赤。

 

赤赤赤赤赤赤々赤々紅紅紅紅紅赤赤赤赫赫赫赫赫赫赫アカアカアカアカアカ

 

 

「……ぁち、ら三、尉?」

 

 

曹長の傍らに崩れ落ちているあちらの周りには、あちらから流れたであろう血の河が滾々と溢れ出て、折角巻いた純白の包帯を真紅に染め上げている。

その肩にはどこか見覚えのある深緋の剣(・・・・)が無造作に突き刺さっており、それはまるで征服した新天地に突き立てられた凱旋旗のようだ。

曹長の武装隊の制式バリアジャケットはあちらの血で薄汚れ、寒色系の色合いをよりどす黒く、より禍々しく染め上げている。

 

脳裏に殉職していった戦友達の姿とあちらの姿が重なって見えた。

 

 

「――――あちら三尉?……あちら三尉ッ!?」

 

 

絹を機裂く様な悲痛な叫び声。

 

一体何が起こった?

どうしてあちら三尉の右肩…いや、背中にブレードが突き刺さっている!?

いやそれは今はもうでもいいッ!!

只でさえあちら三尉は重症の身なんだ。これ以上出血すればショック死してしまう―――ッ!!

 

もう先程応急キットの止血帯は使い切ってしまっている。

治癒魔法を使いたくとももう魔力はガス欠寸前だ。なけなしの魔力を使い治癒を掛けるが焼け石に水。

 

 

「あちら三尉!しっかり意識を保てッ!!」

 

 

仕方なしにあちら三尉が着ていたボロボロのコートを使い、ブレードは抜かずに傷口を押さえて止血点を圧迫する。

その間にも曹長の白い手は血によって赤黒く染まっていく。

 

 

「こちらイプシロン02ッ!!迷子がやられたッ!!

指揮所!!第二分隊!!誰でも良いッ!!

医務官か手の空いてる奴に応急キット持たせてこっちに回せ!!!」

 

『――――ザ……こ……――――――……ザザ―――…………―――――』

 

「糞ったれがッ!ジャミングが濃くなってやがる!!」

 

 

曹長は天に向かって口汚く悪態をついた。

 

―――どうするどうするどうするッ!?

 

背中に刺さったブレードは抜けない。抜いた瞬間に血が噴き出して出血性ショック死であの世行きだ。

かと言って抜かないままあちら三尉を動かせば、ブレードが体内で暴れて臓器や血管を傷つける。ましてや隊舎までの道のりや内部にまでガジェットは居るんだ。

こんな状態のあちら三尉を抱えたままの戦闘機動など自殺行為に等しい。

状況は”すこし”最悪。

 

さぁどうするッ!?

 

 

 

 

 

「あは。」

 

 

 

 

 

―――その時、あどけない少女の笑い声が聞こえてきた。

それは全身に冷や汗が吹き出るほどに、怖気の走る純真無垢な笑い声。

歴戦の曹長であっても背筋を伝う冷や汗を止めることなど出来なかった。

 

 

―――あぁそうだ当たり前だバカか俺は!?

 

あちら三尉が攻撃されたんだ。明確な殺意を持って。

誰に?そんなの此処には一人しかいない(・・・・・・・)

あの時、形振り構わず俺は三尉を背負って脇目も振らず逃げるべきだった。

確かにあちら三尉を背負っての戦闘は自殺行為だ。―――でもそうじゃないかもしれない。

 

此処に留まれば万が一つ(・・・・)の可能性も無くなってしまう。

”刈り取られて”しまう。……相当俺も腑抜けていたらしい。

今更気がついても手遅れだが。

 

引き攣りそうになる頬の痙攣を無理やり押えこみ、右手であちら三尉の傷口をコートで圧迫しながら、左手で管理局制式のストレージデバイスを手繰り寄せる。

 

状況は”かなり”最悪。

すでに魔力は尽きかけて結界やシールドを張る余力など無い。

数回バインドが張れれば御の字だ。

もう残り少ない魔力を、少しの無駄も無いように練り上げ。

愛用のストレージを油断無く構えながら、曹長は笑い声の音源を睥睨する。

 

視線の先には瓦礫に埋もれていた上半身を起こし、深緋の剣を投擲した恰好のまま俯く戦闘機人の姿が。

その肩は小刻みに震え、呼気と共に耐えきれない笑い声が漏れ聞こえてくる。

 

そして感情が爆発したかのように天を振り仰ぎ、無垢で空っぽな笑い声が瓦礫の山に木霊する。

 

 

「―――あは。あははははは!!!やった!!!遂にやった!!!

これで私の内の雑音は消え失せて、私は元の―――いや!!!さらに高みへの階梯(きざはし)を登ったッ!!!

 

私こそが完全で最強の戦機だッ!!!あはははははは!!!!」

 

 

周囲の瓦礫を吹き飛ばして立ち上がったディードは、眼から流れ出る涙を拭おうともせずに高らかに勝利の凱歌を歌い上げる。

先程までとは何処か違う戦闘機人の常軌を逸した様子に、曹長は爆弾を解体する処理班の如く、慎重に無用な刺激を与えない様にあちらを背後に隠しながら少しずつ後退する。

自分の様な後衛職の木っ端局員など、迂闊に注意を引いてしまえば直ぐに瞬殺されてしまうと理解しているからだ。

 

 

だがそんな曹長の想いも虚しく―――

 

 

ぎょろり、とディードは倒れ伏すあちらと健気にも抵抗しようとする曹長を視界に捕える。

三日月状につり上がった口角から垂れる血を、手の甲で拭いながらぎこちないギクシャクした動きで近づいてくる。

力無くぶら下げたもう一つの双剣の深緋の輝きが、これから起こる惨事を暗示させる。

 

 

「―――ふ、ふふふ。僥倖でした。

目障りな雑魚を片付けようと、ブレードを投擲したのですが……まさか彼がそれを庇うとは。」

 

 

ずる、ずる、と足を引きずるようにディードがにじり寄ってくる。

やはり魔力を込めた宝石のゼロ距離爆撃は、ディードの戦闘機人としての内部機構に深刻なダメージを与えたようだ。動きが何処か人形じみていて、ディードの清楚な容姿も合わさって『不気味の谷』を連想させる。その薄気味悪さと嫌悪感は、曹長にまるで”死の足音”が近づいているかのように感じさせた。

 

4~5m離れた場所でディードは立ち止まった。

その距離はすでにディードの必殺の間合いだ。一瞬で踏み込める位置。

 

そこでかくん、とディードが首を傾げる。

 

そこにあちら三尉との戦闘中に見せた”人間臭さ”は欠片も感じられない。

人の形をしたガジェットと対峙しているみたいだ。

 

そして何でも無いかのように呟いた。

 

 

 

 

 

「―――まだ、生きてますね。」

 

 

 

 

 

ゾクッ

 

 

 

 

 

「――――ッ!!チェーンバインドォォォオオォオォォォォ!!!」

 

 

今まで感じた中でも最大級の悪寒と、第六感の警告を元に形振り構わず術式を展開。

多少の構成の(あら)は魔力で補強し、自分が出来うる限りの最高速で魔法の鎖を顕現させる。

 

 

ギンッ!!―――ギシ…

 

間一髪。

曹長が己の眼前(・・)に展開したチェーンバインドにより、ディードの剣を受け止めた。縛鎖は剣圧に軋むが断ち切られる気配は無い。明らかにあちらの戦闘時に比べディードのISの威力が落ちている。

曹長の目の前に何の感情の色も映していない、無機質な、奈落の様な瞳がある。その瞳は自身の剣を受け止めた曹長では無く、一心不乱に倒れ伏すあちらを見つめていた。

 

 

「随分なラヴコールだがあちら三尉はお休み中だ。面会なら俺を通して菓子折りの一つでも持ってこい。」

 

「…邪魔です鬱陶しい。雑魚に用はありません。

視界から消え失せるなら見逃してあげますから何処なりと行って下さい年増。」

 

 

少しでも時間を稼ごうと話しかける曹長を、ディードは一瞥すらせずに一蹴する。

それに対して曹長は月の女神も隠れる様な美しい笑顔でニッコリ笑って一言。

 

 

「……フフ。面白い事言うわね、フロイライン。

 

 

―――死ねクソガキ。」

 

 

瞬間、ディードの緋剣を受け止めていたチェーンバインドが剣を圧し折ろう巻きつく。

その僅かな隙をも逃さずに曹長はストレージの杖の先端に魔力刃を形成。ディードをアジの開きみたく正中線から両断しようと斬撃を繰り出した。

だがディードはバインドが巻き付いた緋剣を傾けて魔力刃を打ち払い、曹長の空いた胴目掛けて強烈な回し蹴りを見舞いした。

 

 

「―――グぅ!?」

 

 

バリアジャケットに幾らか衝撃を緩和されたとはいえ、それでも身体の芯に響く重い蹴撃に思わず膝をつく。

噛み殺しても悲鳴が漏れ出した。

 

 

「……やはり大幅なスペックダウンを起していますね。

こんな雑魚のバインドすら斬り裂けないとは…。駆動系、骨格系、神経系も異状有り。

上手く体躯の機動が運用できません。

 

……これはオーバーホールの必要がありそうです。」

 

 

ディードは叩きのめした曹長には目もくれず、自己診断プログラムを走らせて身体の調子を観察している。

 

 

「……随分と余裕だな…。また俺が斬りかかったらどうするつもりだ?」

 

「貴女が?私を斬る?中々面白いジョークです。

例え私が機能を制限されていても、少し腕に覚えがある程度の結界魔導師に後れを取る事はありません。」

 

 

そこで何かに気が付いたか。

ディードは初めて曹長の顔を見据えた。とはいっても路傍の石を見るかのような目だったが。

 

 

「―――そう。結界魔導師。

データによれば貴女は交換部隊イプシロン分隊所属。階級は陸曹長。

 

…そして元は本局次元航行部隊付き武装隊所属で、武装偵察中隊の中核を担う対集団戦防御のエキスパート。」

 

「―――よく知ってるな。

お前、さては俺のファンか?写真は事務所を通せ。」

 

「戯言を。…情報として知ってるだけですよ。

貴女の中隊での役目は武力を行使する手足(ハード)では無く、それを効率良く運用するための頭脳(ソフト)。貴女が海にいる時に、とある管理外世界の軍組織をヒントに書かれた論文……確かイージス理論でしたか。

 

『相手がどんなに強大な力を持っていて、こちらがどんなに弱小な力しか持っていなくても、相手の力をゼロにすれば必ず勝てる』

 

先程の私の居場所を予知したかのような戦闘はその応用ですか?貴女が低密度探査結界で周囲一帯をカバーし、私を感知した後、リンクしている彼にその位置情報をダイレクトに伝達して迎撃する。結果的に高速機動は結界内で意味を成さない。

 

……言うのは簡単ですがこれは机上の空論ですよ。

幾らマルチタスクに長けた魔導師でも個人で処理できる情報量を超えています。

よく彼はこれを実際に実行に移せたものですね。」

 

「あー、その話長くなるか?

取り合えずあちら三尉を治療してから御高説を頂くよ。」

 

「ダ・メ・で・す。―――動けば斬ります。」

 

「だが、俺達の事情は切迫していてね。

 

 

――――――断るッ!」

 

 

言うと同時にストレージを跳ね上げ、手首を返し掬い上げる様に魔力刃を一閃。

先程よりも鋭く速い、予想外の剣戟に一瞬遅れてディードが反応した。

斬り上げられた刃を深緋の剣で巻き上げる。

さらにガラ空きになった胴体にディードの鋭い蹴りが迫る。

 

 

「同じ手を二度も喰らうかッ!」

 

 

背骨をへし折る勢いの回し蹴りを、地面に身を投げ出すように飛び込みながら横に回避。

その勢いのまま立ち上がり、第六感のままにデバイスを横に思いっきり振り回す。

運良くディードの追撃をそれによって弾き飛ばした。

 

さらにディードは独楽の様に回転し、不良による出力不足を遠心力で上乗せし斬撃。

素早い反撃に、曹長はストレージの杖の部分でブレードを受け止め、杖を地面に足と腕で固定して斬撃の威力に耐える。

本来なら頑丈な制式デバイスごと真っ二つに断ち切る威力を発揮するブレードは、しかしダメージで機能を著しく減じたせいで杖の半ばまでに切れ込み入れた所で止まった。

 

……そしてそれは両者にとって予想だにしなかった事態。

 

前者は予想以上のスペックの低下について。

後者はこの時一瞬、相手が動きを止めた事について。

 

 

「―――チッ!」

 

「逃がすか!バインドッ!!」

 

 

ガシャン―――

哀れな獲物を釘付ける光環は、寸前のところで獲物を取り逃がし虚しく空を施錠した。

 

 

「くそっ!!」

 

 

……それは飽くまで低ランクの魔力量しか持たない後衛職の曹長が、オーバーSの戦闘機人を打倒する千載一遇の機会を逃した事を意味した。

そしてそれはあちらの生存率にも関係してくる。

負傷から数分。微弱な治癒魔法と圧迫止血から大出血は治まっているものの未だ予断を許さない状況だ。一刻も早く医務官の元に連れていかなければならない。

 

 

「危ない危ない。

くすくす。どうしました?億に一つもない好機を逃した様な顔をしてますよ。」

 

 

くすくすくすくすくす

 

 

そしてそれは相手(ディード)も重々承知している事だ。

あちらに止めを刺したいならここで時間を稼げばいい。

それだけで迷子あちら三尉は出血性ショック死で二階級特進する。

曹長は内心の絶望感を感づかれぬよう、表情は軽く口元を皮肉気に吊り上げて軽口を叩いた。

 

 

「……あんたも随分イカす髪型になってるぜ。」

 

「なに―――を?」

 

 

はらっとディードの艶やかな髪の一房が風に吹かれて散った。

 

 

「――――――。」

 

「礼は要らな――――がぁ!?」

 

 

そのディードの攻撃に曹長は全く反応できなかった。

曹長が言葉を言い終わるよりも早く、ディードは不完全ながらISを発動させ高速接近しブレードを一閃。

戦闘管制のマルチタスクによる集中力の低下と魔力不足による疲労からその強烈な一撃を浴びてしまう。

 

その剣戟にバリアジャケットは構成を維持出来ず引裂け、曹長の身体を高エネルギー体の刀身が走り抜けた。

そして深緋の剣の勢いのまま、彼女は瓦礫の山に突っ込んでしまう。

 

 

「……ゴフッげほッ!―――は。」

 

「―――何の希少技能も無い、高い魔力資質も持たない有象無象の唯のニンゲンが。

ドクターの最高傑作である戦闘機人の私を傷つけるなど……―――よほど死にたいようですね。」

 

「は、はは。ざまぁ、み、ろ……。」

 

 

―――たったの一撃で勝負は決してしまった。

 

 

全身がバラバラに成りそうなほどの激痛。

バリアジャケットはすでに強制解除され、服装はダサい臙脂色の陸士隊の制服姿。

右肩にかけて切り裂かれた傷口は高エネルギー体のブレードで焼かれている。太刀傷が焼かれ、出血が無いのはせめてもの救いか。

文字通り、身を切られる激痛に漏れ出る悲鳴を噛み殺すが、代わりに珠のような脂汗が吹き出て来る

傷口が持つ熱で意識は朦朧として思考が上手く結べない。

 

一矢報いてはやったが、すでに万事休す。

もう打つ手は尽くした。まだライトニングは来ない。

 

救援は間に合わない。

 

 

―――ここまで、か……。

 

 

諦観が曹長の心を覆い尽くそうとする。

すべてを投げ出し、諦め。このまどろみに身を委ねれば楽になれる。

所詮、低ランク魔導師が束になった所で戦闘機人一体すら倒す事が出来ない。

 

……だがあちら三尉は殺され、ヴィヴィオは連れ去られる。

 

悔しさのあまり涙がこぼれ落ちそうになる。

 

こう言う理不尽が許せないから俺は管理局に入ったんじゃなかったのか?

 

 

傍迷惑な次元犯罪者が。

骨董品のロストロギアが。

避けようの無い次元災害が。

 

 

一般の人々が抗う事の出来ない、理不尽な出来事から彼らを少しでも護るために。

 

そういえばいつかにあちら三尉が語っていたか…。

 

理不尽に抗い、運命に打ち勝った英雄の物語。

―――『あいとゆうきのおとぎばなし』……それに出てくる一節。

 

 

”死力を尽くして任務にあたれ”

 

―――死力は尽くしたか?

 

 

”生ある限り最善を尽くせ”

 

―――もう本当に手はないのか?

 

 

”決して犬死にするな”

 

―――俺はまだ、生きてる。

 

 

 

「……シュートバレット。」

 

 

 

―――まだ、手は残ってる。

 

 

緑色の燐光を放つ一発の弾殻を形成。

 

圧縮魔力を弾丸状に形成し、加速して打ち出す射撃魔法。

ミッドチルダ式魔導師なら誰もが習う基本中の基本の射撃魔法である故に、射撃魔法に適性の無い曹長でも辛うじて使える数少ない攻撃魔法。

 

瓦礫の山に吹き飛ばされた際に罅が入り、中ほどから無残に折れてしまった愛杖を構える。

斬られた傷口の痛みは増し、中破したストレージを構える腕は無様にカタカタ震えている。

 

魔法発動の気配を察して一瞬警戒態勢を取ったディードだが、形成されたバレットに込められたスカスカの魔力量に馬鹿にした様な侮蔑の笑みを浮かべる。

 

 

「―――それで?一体どうするんです?

その風船みたいなスカスカの魔力弾を私にぶつけてどうするつもりですか?

 

まだパーティークラッカーの方が威力があります。」

 

「…こうするのさ。―――ファイア。」

 

 

トリガ―ワードにより発射された、たった一発の緑の魔力弾は真っ直ぐと―――

 

 

真っ直ぐと夜空を目掛けて(・・・・・・・)垂直に駆け抜けた。

 

 

一瞬身構え、その射撃の意図を図ろうとしたディード。

しかし、油断無く見据える彼女の前には、呆然と。愕然と。

茫洋と何処を見ているのか判別がつかない曹長の虚ろな眼差し。

 

 

その覇気無い様子にディードは悟った。

 

―――もう目の前の哀れな局員は魔法を制御する集中力すら残っていない、と。

 

 

「―――ふふふ、あははははははははッ!!!何をするかと思えば!!

どこ目掛けて撃ってるんですか!?満足に魔法も使えないとは!ハハハハハ!!」

 

「……――――――。」

 

「アハハハハッ―――!!……フフ、ふぅ…。

楽しいモノを見せてもらったお礼です。苦しまずに逝けるようしてあげます。」

 

 

魔法の制御に失敗したのがそんなにショックだったのか、茫然自失と夜空を見上げる彼女に、ディードは侮蔑を通り越して憐憫にも似た想いを抱く。

 

 

「……――――――。」

 

「心配なさらなくても、迷子あちらも直にそちらに送って上げます。

先に逝って彼の分の席も取っておくのですね。

 

では―――。」

 

 

ディードは、瓦礫に背を預け、茫洋と空を見上げる曹長のすぐ傍まで近寄り、双剣の片割れを振り上げた。

 

 

「……――――――。」

 

「向こうのオリヴィエ聖王女様に、どうぞよろしくお伝えください。」

 

 

そしてその断頭の刃を振り下ろそうとして―――

 

 

「―――きひ。

 

ひひひひひひひひあははははははははははははは。」

 

「……何がおかしいのです?気でも違えましたか?」

 

「あぁ、おかしいね。

まだ息のある獲物を前に舌舐めずりとは……ド素人(ルーキー)め。」

 

―――A(アルファ)!!」

 

 

突然伏せていた顔を上げ、高らかに宣言するかのように曹長は叫んだ。

その眼は先程の絶望に沈んだ生気の無いモノとは違い、ギラギラと覇気に満ちている。

 

その眼が語っている。

 

―――”俺はまだ勝負を捨てていない”―――

 

 

M(マイク)!!―――F(フォックスロット)ッ!!!」

 

 

曹長が声高らかに叫んだのは、呪文でも暗号でも何でもない唯の単語の羅列。

どういうつもりで叫んだか。ディードには皆目見当がつかない。

 

だがその不穏な響きに、ディードは言い様の無い焦燥感に駆られ、その口を黙らそうと深緋の剣を振り下ろす。

 

 

「なッ!?」

 

 

―――だがその行為は意味を成さなかった。

 

突如現れた光の環に、油断していたディードは瞬時に両腕、両足、胴体、そして首筋を締め上げられて空間に磔にされる。

 

 

「―――レストリクトロック!?」

 

 

指定空間内の物体をその場に固定する機能を持ち、密着状態で発動した場合極めて強固な強度を誇る拘束魔法。

曹長ほどの結界魔法のエキスパートなら、極近接距離限定(・・・・・・・)であれば、ディードが気付く前に縛る事が可能だった。格下相手と不用意に接近し過ぎた、戦場で油断・慢心したツケが、縛鎖となってディードを締め上げる。

 

―――だがそれだけだ。

曹長が万全の状態なら兎も角、底を尽きかけた魔力では、いくら能力を著しく減じたディードでも拘束するには5,6秒が限界だ。

 

あちらと曹長の寿命が数秒延びただけ―――

 

 

「くッ!?無駄な足掻きを!!

こんな物すぐにッ――――ッッッ!?!?」

 

 

―――そう、何事も無ければ。

 

 

レストリクトロックを破砕しようともがくディードの視界の片隅に、キラリと二回(またた)くフラッシュが目に入る。

 

確かあの方角にあるのは、閉鎖された民間の湾岸施設と海だけのはず。

……おかしい。あの方角に地図上で、発光体があるというデータはない。

 

閉鎖された湾岸施設に暗い海。そして―――ッ!?

 

 

瞬間、背筋を悪寒が駆け上る。

 

 

――――――そして、オット―のISで破壊されたはずの屋外訓練場(・・・・・)―――ッ!?

 

 

 

馬鹿なッ!?

 

では、先程の射撃魔法は単なる失敗では無く、こちらの座標位置を知らせるための―――ッ!!

 

 

 

 

 

あばよ(アディオス)ポンコツ野郎(マザーファッカー)ッ!!」

 

 

 

 

 

―――そして寸分違わず。

 

長距離から大気を引き裂き飛来した二発のスナイプショットは、正確にディードの側頭部と胸の中心を撃ち抜いた。遅れて遠くから発射音が轟いて聞こえてくる。

非殺傷設定の魔力弾は、ディードの内部回路を過剰魔力でオーバーロードさせ、強制的に彼女の意識(システム)をシャットダウンさせた。

 

 

「た、だの……ニ…ンゲ……ン………に…」

 

 

心底意味が分からないというふうにディードは崩れ落ちる。同時にレストリクトロックが解除された。今度こそ沈黙して地面に倒れ伏した戦闘機人を一瞥して、疲労の極致なのか曹長は心底疲れたように吐き捨てた。

 

 

戦闘機人(おまえら)はヒトを舐め過ぎだ。」

 

 

……ディードを撃破したのは策でもなんでもない。ただの運頼みの大博打だった。

 

失敗魔法と見せかけて夜空に信号弾を撃てば、もしかしたら無事に広域攻撃を回避したかもしれないイプシロンの部下達が、しかも長距離スナイプが得意なあの04(バカ)が俺達を見つけてくれるかもしれない。

その起こらない可能性の高い奇跡のためにディードをレストリクトロックで拘束した。

 

結果奇跡が重なって賭けに勝ち、ディードは倒され、曹長は二階級特進の機会を失った。

 

もしイプシロンが全滅していれば。04が戦闘不能であれば。信号弾に気が付かなければ。通信も出来ない状況で、04がこちらの意図に気が付かなければ。曹長達を発見できなければ。ディードが無防備にも油断して近づいて来なければ。レストリクトロックが数秒持たなければ。海風の強いここでスナイプが失敗していれば……。

 

 

一つでも奇跡が欠けていればこの賭けには勝てなかった。

だが仮にもオーバーSの難敵を撃破した余韻に浸っている暇は無い。もう時間がない。

 

 

―――ここまで奇跡が重なったんだ!せめてあと一回だけ奇跡を…!

 

 

曹長は斬られた傷を庇いながら這うように、転げるように倒れ伏すあちらの元へ向かう。

袈裟に斬られた傷口が熱を持ち、限界を超えた魔力行使と肉体的精神的疲労も重なって、意識が朦朧とし始める。

 

 

あと少し。あと少しだけ―――!!

 

 

そしてどうにか倒れ込むようにあちらの元へ辿り着く。

 

辿り着いてどうするのか。疲労困憊の曹長に一体何ができるというのか。

朦朧とした意識ではそこまで考えが及ばない。

ただ強迫観念にも似た何かに駆られ、彼女は必死にあちらに縋りついた。

 

 

「―――あちら三尉ッ!!おいッ!あちら!!!

敵は倒した!直ぐにシャマル医務官の元へ―――おい、あちら………?」

 

 

 

―――出血はすでに止まっていた。

 

 

 

「…ぉい。あちら三尉……?」

 

 

 

―――弱弱しく聞こえていた呼吸も聞こえない。

 

 

 

「―――?三尉?」

 

 

 

背中に突き立っている凶器とは裏腹に、あちらの顔は何処か満足気で穏やかだった。

その対比が如何にもアンバランスで現実味が希薄だ。劇の一幕の様にも感じる。

 

 

それ(・・)が理解できない様に、必死に彼女はあちらに呼び掛ける。

 

 

 

「起きてくださいよ三尉……。ヴィヴィオが待ってますよ。あの子が泣いてます。

泣き虫で、愛らしいあの子が。目に涙を浮かべて砲火の音に怯えてます。早く帰ってヴィヴィオを安心させてあげましょう。

 

 

―――だから早く起きろよ。あちら……。」

 

 

 

いつの間にか先程まで聞こえていた戦闘音が止んでいる。

戦場に訪れた異様な静寂の中、炎が爆せる音と彼女の呼び声のみが静かに響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――やがて

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ぁぁ…。ぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――J/S案件【クラナガン中央地上本部襲撃事件】

古代遺失管理部機動六課隊舎襲撃事件:第二次中間報告書より一部抜粋

 

 

 

………である事から、機動六課の実働部隊が公開意見陳述会の警備に出払った、警備の隙を狙った計画的な襲撃であると考えられる。また、地上本部襲撃の前日には警備担当官のデバイス所持を禁ずるなど不可解な命令の発令(別項5)や、また余りに襲撃の手際が良すぎる事から、極秘事項である警備計画や機密区画内の総指揮所の位置が外部に流失していた可能性(別項6)があり、内部の内通者による犯行も視野に入れ捜査を進めて………

 

(略)

 

………戦闘機人二体による人造魔導師素体の少女(添付10)の引渡しを断固拒否、戦闘が開始された。またその時に地上本部より教導資料として提供されていた密輸品である大型質量兵器が、敵戦闘機人の広域範囲攻撃により誤作動・誘爆を起こしたと記録にあるが、当時情報が錯綜し戦域が混乱していた事から詳細は不明である(添付11)。当時現場の最高階級であった迷子あちら三尉は臨時階級である事から、混乱を避けるため同部隊の副隊長でもある序列が高いグリフィス・ロウラン准尉が防衛戦の指揮を取った。迷子あちら三尉はオブサーバーとして前線に加わり、守護騎士や警備部隊であるイプシロン第一分隊と共に戦闘機人の迎撃に参加した。

 

(略)

 

………の結果、戦闘機人一体を撃破する事に成功するも、イプシロン第一分隊はほぼ壊滅(別項15、16)。これにより組織的作戦遂行能力を完全に喪失した。ほぼ同時刻、襲来した敵増援と思しき召喚師と召喚虫による機動六課隊舎の強襲。不意を突かれ膠着していた防衛線は瓦解し護衛分隊は壊滅した。その際、非戦闘員を含む重軽症者多数という甚大な被害を出した。またこの時、第一護衛対象であった人造魔導師素体の少女が拉致されたものと考えられる。その後、もう一体の戦闘機人と交戦中であった守護騎士二名も、召喚師の挟撃を受けて重傷を負った。その際、撃破した戦闘機人も奪還されてしまう。これにより………

 

 

《別項15》

 

死者1名、重傷者3名を出す。内1名はICU。

Sランクに匹敵する戦闘機人を撃破した戦功は特筆に値する。

 

 

 

《別項16》

 

 

【迷子あちら三尉】

 

 

戦闘機人との交戦による戦傷で心肺停止。搬送先の病院で死亡が確認される。

KIA(戦闘時死亡)認定。

 

 

当委員会は彼の功績を鑑み、二階級特進の上で勲章の授与を――――――――――

 

 

 

 

 


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