その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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皆さんお久しぶりです。紙コップコーヒーです。

これからも更新期間が開く日々が続くと思いますが完結は必ずさせます。
長い目で見守っていただければ幸いです。

では、最新話をどうぞ。


33.ブラック・ダムネーション

―――これは本来、語られる事の無いお話―――

 

……いや、その言い方には語弊があるか。

正確には、語られるべきではない、忌べきお話しだ。

 

―――なぜか

 

その問い掛けに答える事は簡単だ。

そのお話は、愛と勇気と友情で彩られた魔法の世界(ファンタジー)で語られるには、あまりに生々しく、血生臭く、醜悪で、そして吐き気を催すくらい実に人間らしい(・・・・・)利害計算が潜むからだ。

信念と正義を信じ、次元の海の平和を乱す悪を懲らしめる、勧善懲悪のストーリーにはあまりにそぐわない。

寧ろそれを鼻で嗤い、歯牙にもかけない。

 

だってそうだろう?

愛を信じ、友と背中を合わせて戦い、そして悪い奴らを懲らしめてハッピーエンド。

やはり最後は正義が勝つ!めでたし、めでたし―――

 

―――で締めくくれるのはお伽噺の中だけだ。

残念ながら、世の中はそんな単純には出来ていない。実に残念ながら。

 

完全無欠のハッピーエンドは、思惑という名の無数の歯車でキリキリと廻っている。

彼女らの勇気も、後悔も、理想も、嘆きも、友情も、勝利も、すべて見透かされた上で誰かの掌の上で見事に踊っていただけなのだとしたら……

 

一体、誰がそんな話を受け入れられるだろうか?

そんな計算高い、無機質な現実を。

 

勇気は恐怖の裏返し。

後悔は心を守る自己防衛。

理想は現実を見ていない唯の夢物語で。

嘆きは糞程の役にも立たない。

友情で土壇場にパワーアップはする筈も無く。

勝利はあらかじめ定められた予定調和。

”悪”は滅ぼされ、しかし真実は闇から闇へ。

 

やさしい魔法など存在せず、魔法(チカラ)はより大きな魔法(チカラ)で押し潰される。

魔法に想いを乗せて届ける事なんて出来るはずもなく、ただただ眼下の邪魔な敵を打ち倒すのみ。

 

でも彼ら(・・)は、彼女らのその在り方を決して否定しない。

いや、むしろその在り方を讃えて称賛する事だろう。

 

 

―――こちらの振り付けに従って踊り狂ってくれるのなら都合がいい。

 

 

優しい想いを魔法に乗せて!

仲間達と背中を合わせて戦い!!

そして悪い奴らを懲らしめてハッピーエンド!!!

 

ふ、ふふふ。

あははははははは!これは傑作だッ!!

 

嗚呼、嗚呼!喝采を!喝采せよ!!

彼女らの御名に誉れあれ!!!その御名を讃えよ!!!

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

これは本来、語られる事の無いお話

 

 

でも、敢えて語る事にしよう

 

 

なぜかって?

 

 

だって此処は、夢と希望溢れる、魔法の世界(ファンタジー)なんかでは無い

 

 

―――冷徹な算謀と思惑が渦巻く魔導の世界へようこそ

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処へいった?

 

「ブラック・ダムネーション」

 

 

 

―――時空管理局 最重要機密フロア

 

 

 

……冥い、陰鬱とした闇黒が広がっている。

薄ら寒い雰囲気の漂うフロアには、まるで生者の温もりというものが存在しない。

洗礼されたデザインの内装は冷たく凍えている。まるで機械仕掛けの霊廟のようだ。

 

しかし、そこに死者を悼み、弔う敬意や尊厳は微塵も無い。

まるで邪悪な物、忌避すべき者を封じ込めたかのような、全身の毛が逆立つ陰鬱とした瘴気に満ち溢れている。

 

 

《ジェイルは少々やり過ぎたな……》

 

 

そんな忌まわしき場所に声が響く。

 

一つ。

 

 

《レジアスとて我らにとっては重要な駒の一つであるというのに》

 

 

二つ。

 

 

《我らの求めた聖王の揺りかごも、奴は自分の玩具にしようとしている》

 

 

三つ。

 

 

薄暗い霊廟の奥深くから、その三つの声は響いてくる。

その声はフィルターを通した様な、合成音声の様な。

無機質でありながら、しかして隠しきれない妄執と情念が、滲み出て滴り落ちている。

しわがれた声は、聞く者の生理的嫌悪感を、酷く掻き立てる。

 

……ヒトか?

 

それこそ馬鹿な。

生者(ヒト)がこのような場所に居る筈がない。

霊廟に居てなお声がするならば、それは魑魅魍魎の類と相場が決まっている。

 

そしてそれは正しい。

 

墳墓の黒土を溶かし込んだか様な闇の奥―――

 

 

   それらはあった(・・・・・・・)

 

 

《止めねばならんな……》

 

《だがジェイルは貴重な個体だ。消去するにはまだ惜しい…》

 

《しかし、かの人造魔導師計画もゼストは失敗…。ルーテシアも成功には至らなかったが、聖王の器は完全なる成功の様だ。……そろそろ良いのではないか?》

 

《我らが求るは、優れた指導者によって統べられる世界……。我らがその指導者を選び、その陰で世界を導かねばならない》

 

 

―――脳があった。浮いていた。

正確に表現するならば、脊髄を含む脳幹と、それに付随する神経線維束が。

 

ぷかぷか、ぷかぷか。

淡い薄緑色の培養液が充填されたシリンダの中で、脳髄は重たげに揺らめいている。

 

もし、貴方が一般的な感性の持ち主ならば、まず必ずこう問い掛けるだろう。

『なぜこんな場所にホルマリン標本が?』と。

 

だが残念。ハズレだ。それは標本では無い。

 

時折、培養液の中でこぽこぽと気泡が生じている。

もし鋭い観察眼を持つ人ならば、その気泡が一定の規則性を持って発生している事に気がつくだろう。

 

―――トクン トクン トクン

 

それに合わせ、標本だと信じていた(・・・・・)脳髄の中枢神経系の大脳部分が脈打っている、おぞましい事実にも。

 

 

―――これ(・・)はまだ生きているのだ。

 

 

《そのための生体操作技術。そのための揺りかご》

 

《旧暦の時代より、世界を見守る為に我が身を捨てて長らえたが、もうさほど長くは持たん…》

 

《だが次元の海と管理局は、未だ我らが見守って行かねばならん》

 

《ゼストが五体無事であればなぁ。ジェイルの監視役として最適だったのだが……》

 

 

……。

…………。

聞くに堪えない御託だった。

 

常人が聞けば、吐き気を催すような、常軌を逸した会話。とてもじゃないが正気とは思えない。

いや、肉の器を脱ぎ捨てた時点で、もう狂っていたのかもしれない。

 

世界の為だ、平和の為だと綺麗事を並べ立てて、自己の行いをあたかも崇高なモノと信じている。

要は、未練たらしく現世にしがみ付き、権力と世界を支配する愉悦を捨て切れないのだ。

 

唯それだけの為に、それらは限界に達して崩れた肉体を捨て去り、電極を脳髄に突き刺して無理矢理生き永らえている。

 

もはや戦乱渦巻く次元の海を平定し、仮にも平和を齎した終戦の英雄達の姿は微塵も無い。

あるのは姿も精神も異形へと化したモノ(・・)だけだ。

 

しかし一番おぞましいのは、当の本人達に全く狂っている自覚が無い、という点だ。

 

他人の人生、生命を弄ぶ事に、まったく何の忌避感や罪悪感も無い。

寧ろ、自分達にはその権利が当然の様にあるとさえ考えている。

 

 

「失礼します。皆様、ポッドメンテナンスのお時間ですが」

 

 

其処に、女がスッと、音も無くポッドの前に現れた。

周囲の大気を揺らす事も無く、まるで初めからそこに居たかのようだ。

穏やかな微笑を湛えた、どこか無機質な印象を与える女は、培養液に浮かぶ権力者の成れの果てを見ても、何の変化も見せない。

 

 

《―――あぁ。お前か》

 

《会議中だ。手早く済ませてくれ》

 

「了解いたしました」

 

 

了解の意を示すと、すぐさま女はコンソールを操りポッドの状態をチェックし始める。

もうすでに女の事は意識の外へと追いやられた。もう何回も繰り返した作業だ。女の身元も確りしており、なにより管理局に忠誠を誓っている。警戒するに値しない、いつもの光景。

それよりも今の議題案件の方が重要だった。

 

 

《あれは武人だ。我らには御せぬよ》

 

《戦闘機人事件の追跡情報とルーテシアの安全を引き換えに、辛うじて鎖を着けていただけだ。奴がレジアスに辿り着いてしまえば、それで終わりよ》

 

 

「―――お悩み事の様ですね」

 

 

珍しく女が声を掛けてきた。

普段は一切の無駄口を叩かず、メンテナンス作業を行う女にしては珍しい行動だった。

先のテロ事件で不安に思っているのかもしれない。

 

 

《あぁ、なに。瑣末な厄介事よ》

 

《お前が気にかける事でもない》

 

「……はい」

 

《レジアスや地上からは何の連絡も無いのか?》

 

「ええ。今だにどなたからも……。

先のテロ事件以降、皆様の安全保安上、この区画へのアクセスは封鎖されております。

ましてや中将閣下はスカリエッティ捕縛に奔走されておりますから御連絡がないのも詮無き事かと」

 

《……そうか》

 

《しばらくは慌ただしくなりそうだ。お前にも苦労を掛けるが》

 

 

「いいえ」

 

 

女は作業中のコンソールから顔を上げた。

その美貌に浮かぶのは―――堪え切れぬ、愉悦。

 

 

 

 

「私は望んで、此処にいるのですから」

 

 

 

 

そして、腕を一閃させた。

同時に響く、甲高い、澄み切った破砕音。

 

 

《―――はぇ?》

 

 

砕け散った強化ガラスの破片と共に、最高評議会書記を務めた男の脳も一緒に飛び散った。

よほど強い力で薙ぎ払われたのだろう。床に散らばった”元”書記の脳髄は原形を留めていなかった。

当の本人は一体何が起こったかも分からなかっただろう。

 

突然の腹心の部下の凶行に凍りつくが、いち早く我に返った評議員が非常回線でエマージェンシーを出す。コールを受けた護衛の武装二個小隊が即座に駆けつけ、この慮外者を排除する―――はずだった。

 

 

「無駄ですよ、評議員。警備システムに欺瞞情報が流れています。

あと数分は警備局員も異変には気がつかないでしょう」

 

《貴様!何が目て―――》

 

「がなり立てるな。うるさいですよ」

 

 

そして評議員も書記と同じ運命をたどり、床の穢い染みへと相成り果てた。

女は心底不快だと言わんばかりに、散らばった破片を踏み躙る。ソレをプチプチ踏み潰す感触に溜飲が下がったのだろう。微笑んでいる女の顔には薄っすらと赤味が差して陶然としている。

 

 

《な、何故ッ!なぜだッ!?》

 

 

時空管理局の最高権力である評議長が錯乱したように叫ぶ。

長年苦楽を共にした戦友達の無残な末路に、もはや彼は平静ではいられない。

 

 

こんなにあっけなく、意味も無く、価値も無く、唯の肉塊に成り下がる事が恐ろしいッ!!

我ら最高評議会は次元世界の平和の為にこの身を奉げた身。その為に崩れた身体を棄て、電極を脳髄に突き刺して生き永らえてきたのだッ!!まだまだ世界は我らの導きを必要としている!!

 

―――なのにッ!このような―――

こんな称賛も名誉も無い、無意味な死に様が……!!これが私の死だと!?

 

 

そんな評議長の様子に、愉悦と侮蔑を隠せない女は、優しく、まるで寝物語の様に語り掛けた。

女の姿が、映りの悪いテレビの様に一瞬ぶれる。

 

 

「親孝行な息子からのプレゼントですよ。評議長。

御老体にあまり無理をなされては身体に(・・・)良くありませんからね。

 

―――そろそろお休みを、と」

 

 

女の姿にノイズが走り、輪郭がぶれた。

そこに現れたのは、先程の管理局制服ではなく、魅力的な四肢をぴっちり包み込んだボディスーツ姿。

手には異形の爪が伸び、その艶やかな美貌の(かんばせ)には人外の証である金色の瞳が爛々と輝いている。

 

 

―――戦闘機人

 

 

《―――ッ!? 貴、貴様はジェイルのッ!!》

 

 

その叫びに女は答えず、ただ艶然とした頬笑みを返すのみ。

 

 

「彼を生み出し力を与えてしまった時点で、この運命は決まっていたんですよ。

どんな首輪を着けようと。いかなる檻に閉じ込めようと」

 

 

―――女……いや、戦闘機人No.Ⅱドゥーエは、淡々と、出来の悪い生徒に物を教えるかのように、憐憫と侮蔑と愉悦を以って語り掛ける。肉を引き裂く事を目的とした爪が掲げられる。

 

 

「お喜びなさい。御老体。彼の名は無限の欲望……。

貴方方がそうあれかし(・・・・・・)と望んだ通りに生きるのですから。

 

……名付け親冥利に尽きるというものでしょう?」

 

 

くすくすくす。

 

ドゥーエは皮肉気に嘲笑う。

言うべき事は既に言った。あとはこの後始末のみ。

それにそろそろこの醜悪な肉塊を見るのにはうんざりしてきた。

今日は生ゴミの日だったかしらね?

 

 

《……馬鹿な、馬鹿な!!

こんな。こんな馬鹿な事がッ……!!!こんな結末が私の最後だと言うのかッ……!!!》

 

 

さようなら。過去の英雄。

管理局が崩壊した後、必ず戦争は起こる。

政治、貧困、民族、国境、資源、イデオロギー。

争いの火種は既に無数に在り、その監視機構たる管理局崩壊の余波は、火種を大火に育て上げて全次元世界を悉く覆い尽くすでしょう。

75年前の大戦乱《グレートウォー》の再来をあの世の特等席で見物するといい。

 

 

「―――お休みなさ

 

 

        「申し訳ないが、ストップだ」

 

 

         ―――――――――――――ッッ!!!誰ッ!?!?」

 

 

……システム欺瞞が破られた!?―――こんな速くッ!?

居る筈の無い第三者の声に、鋭い誰何の声を上げて臨戦態勢を取るドゥーエ。

 

その問いに答えるかのように、コツ、コツ、と奥の暗闇から一人の男が現れる。

男は真っ黒なダークスーツに身を包んでいる。顔付きは良く言って平凡、つまり没個性的で、街ですれ違っても記憶の片隅にも残らないだろう。

眼鏡を掛け、何故か小脇には主要紙のクラナガン・タイムズを抱えている。

 

眼鏡男がすっと片手を上げる。

それを合図に、複数の人影が音も無く湧き出し、流れるような動きでドゥーエを半円状に取り囲んだ。

 

ドゥーエを取り囲んだのは魔導師部隊。

しかも相当苛酷な訓練を積んだ陸戦部隊だろう。無駄無く動き、物音一つ立て無い。

闇に溶け込む漆黒の戦闘服(バリアジャケット)にタクティカルブーツを着こんでおり、顔は黒いバイザーで隠している。部隊章、階級章すら付けていない。

彼らの手には、どこか造り掛けの印象を与える、機構が剥き出しのままの魔導デバイスが握られている。

 

―――今まで一体どこに潜んでいたのか。

 

このメンテナンスルームはどの局の機密情報にも載っていない、存在しない区画。また警備のために常に高濃度AMFフィールドが常に張られている。つまり外部からの転移魔法による侵入は不可能。

 

では元々ここに駐在していた護衛部隊か?いや、それにしては装備が管理局の制式装備じゃない―――……。

それにスーツ姿の眼鏡男……場違いにも程がある。しかし、何故か戦闘機人としての勘が警鐘を鳴らしている。

すぐにでもこの場から逃げ出したいが、周囲の特殊部隊員達には欠片も隙は無く突破出来そうにない。

それに、もしこのまま評議員抹殺の任務を達成出来なければ、今後の計画……ひいては下の姉妹達に危険が及ぶ可能性がある。

 

ドゥーエは内心の焦燥を微塵も見せず、降参とばかりにひらひらと両腕を上げて見せる。しかし眼にはこの包囲網を食い破ろうとする不屈の意志が宿っている。

眼鏡男は、それを面白いものを見たかのように、口の端を吊り上げた。

 

 

「……――――――どちら様で?」

 

《おお!よくぞ来た! そ奴は我らを暗殺しに潜入していた戦闘機人だ!

既に二人が殺されているッ!そ奴を破壊―――……いや、拘束しろッ!!何処まで情報が漏れているか知りたい!》

 

 

あわや寸前の所で命拾いした評議長は、極度の興奮からか、眼鏡男にまくし立てる様に指示を飛ばす。

激情に任せて殺害を命じるのではなく、現状把握の為の拘束命令。さすが腐っても評議長、動乱期に一元的に司法・立法権を掌握した手腕は今だ健在だ。

 

―――しかし、現場指揮官と思しき眼鏡男は何の反応も示さず、部隊員達も指先一つピクリとも動かさない。

 

 

《貴様、聞いているのかッ!》

 

「聞いているとも」

 

 

やっと眼鏡男が口を開いた。うんざり気に。

その声も感情の篭っていない平坦な声色だった。

 

 

「我々は貴方の部下ではない。そして貴方の部下達ならもういない。救援は無い。

今頃は全員、自分で汚した(・・・・・)床の染みでも舐めているだろう。

 

……実に、お粗末な連中だったよ。ナイフ一本で十分だった。

折角この高濃度AMFエリアに侵入するために、”あの男”に借りを作ってまでC・テクニクス社から概念実証機をかき集めて来たというのに……これでは無駄骨だ」

 

《―――貴様……。何処の所属だ。誰に指示を受けた?陸か?海か?》

 

 

そして眼鏡男は、評議長の疑問に対して、正しく”爆弾”を落とした。

 

 

「どれも違うな。我々は管理局内部の権力争いなどに興味は無い。

 

―――我らが仰ぐべき頂きは、首都の(・・・)オーバルオフィス(・・・・・・・・)に座する(・・・・)御方(・・)だよ」

 

 

 

《馬 鹿 を 言 う な ッ !!!!!!》

 

 

 

その絶叫は、今まで一番大きく、そして悲痛な物だった。

 

 

――――――在りえない……ッ!!

 

 

《その様な話、信じられるものかッ!!

奴が……よりにもよってクラナガンが我らを裏切るだとッ!?》

 

「貴方達はやり過ぎた。我々としても多少(・・)の事なら目を瞑って来た。

75年前、共に『管理局構想』を打ち立てて以来の盟友だ。少し位の暴走も、次元の海の安寧を守る為には致し方ない事だ、と。

 

―――だがいけない。これ(・・)はやり過ぎだ。

こんな事が明るみになれば、元々管理局制度に反対・懐疑派だった諸世界を刺激する。怒れる真竜の尾っぽを踏む様なものだ。

公になれば管理世界からの脱退・再軍備化に話が飛び火する可能性がある。」

 

《そんなものッ!昔のようにロストロギアを使えば幾らでもやり様があるだろうッ!!幾らでも口実をでっち上げて部隊を派遣できるッ!!》

 

「―――耄碌したか?そんな事をすればオシマイだ。全部台無しになる。

もう昔とは違う。魔法が全てだった時代は終わった。すでに次元世界はトランスポーターと統合共通通貨で統一されている。その根幹を握る我らミッドは大戦の勝利者だ。

 

なのに奴らの管理世界からの脱退を許す?―――馬鹿な。政治と経済は一心同体だ。

統合共通通貨の信用不安による財政破綻。それに伴うハイパーインフレーション。

それは結果的に、管理局システムの崩壊に伴って各世界の経済・物流は連鎖的に崩壊させる。

 

そうなれば血で血を争う資源獲得競争の勃発だ。それに伴って苦労して封じ込めた紛争地は活性化、各世界の再軍備化し……悪夢の旧暦時代の再来だ。

 

―――そんな事、我らは。クラナガンは決して認めない。許さない。

今の管理局システムを守る為なら、どんな手段を講じても障害は排除する。

 

 

……そして、それは貴方方も例外ではない」

 

《例えその様な話が本当だとして、我らにその兆候すら覚られずにいたというのかッ!?

それこそ荒唐無稽だ!!》

 

「……まぁ確かにそう思うのも仕方ない。貴方達のシンパは何処にでも存在する。

政府の御偉い方の中にも大勢いるし、無論、管理局常任理事会や議会にもな。

我々の活動は常に監視され、我々が貴方達の排除を画策しようにも手も足も出ない状態だった」

 

《ならばッ!何故報告が無い!?》

 

「―――だが。それすらも超える早さと規模で計画を立案・実行すれば話は変わる。

 

……数ヶ月前。一人の青年(・・・・・)が我々に接触して来た。これが実に胡散臭い奴でね?」

 

「―――まさか……」

 

 

眼鏡男の口振りに、ドゥーエが何かに気がついたかのような、心当たりのある素振りを見せる。

 

 

「我々は彼とある(・・)契約を交した。彼は非常に有能な男でね。

評議会子飼いの高官・議員の情報提供や、管理局・教会内部の協力者との連絡仲介役を務めてくれた」

 

《それがどうした!?それで何が出来る!!

最高評議会は非公開組織だが、れっきとした管理局の最高意思決定機関だ!

我らを始末すれば問題は解決?愚か者がッ!!

その様な血生臭い権力移譲を誰が認める?その様なやり方でクラナガンが政敵を排除したとなれば、それこそ次の大戦争の火種になる事に考えが及ばぬかッ!!》

 

「えぇ。だからこそ、スカリエッティの本部襲撃は実に良いタイミングだった。」

 

《―――何?》

 

「先の地上本部大規模侵攻に伴い、レジアス・ゲイズ中将は非常事態を宣言された。

疑惑のある中将への諮問委員会を遅らせ、権限の掌握や情報統制が目的だったのだろう。

中々良い手だとは思うが、今回に限りそれは悪手だったな。

 

 

―――外部との通信が繋がらないだろう?」

 

 

眼鏡男が嗤う。

 

 

「非常事態規定に基づき、管理局常任理事会が緊急招集された。

『常任理事会が首都防衛長官の発する非常事態宣言に基づき緊急招集され、重大災害及び戦時下における時空管理局全体が取るべき行動基本方針を定める。』

 

―――ま、これは知っての通り、既に形骸化した条項だ。

理事会は基本行動方針を定めて、可決された議案を指導するだけで、非常時下の部隊指揮権は首都防衛長官に一任されている。何の権限も無い。だからレジアスもそれを知っていて放置したんだろうが。」

 

「先程、管理局緊急理事会で最高評議会の御三方が『高齢による職務遂行が困難』と辞意を表明(・・・・・)されてね。

嗚呼、何て事だ御労しい。

何しろ管理局創設初期から職務に忠実だった偉大な方々だ。

今回の史上最悪のテロ事件を未然に防げなかった事に責任を感じて体調を崩しておられるようでね。

 

理事達も懸命に引き留めたのだが、辞意は固いと時空管理局常任理事会は満場一致で辞表は受理。併せて”最高評議会後任人事の永久凍結”に関する議案43201号が可決。晴れて御三方は御勇退、予備役に編入となられた。

 

―――引退されたものの、御三方は非常に御高齢だ。直ぐに感染症の合併症を併発され、残念ながら”そう長くは持たないだろう”。」

 

《満場一致?馬鹿な事が!それは実質なクーデターではないか!奴らは―――》

 

「貴方子飼いの理事達は”健康上の問題”を理由に職務を離れられ、カリム・グラシア理事に白紙委任状が一任された。また、ミゼット・クローベル統合幕僚会議議長ら三提督が理事会支持を早々に表明した。

実権など無いに等しい名誉職の御老人だが、その分与える影響力は絶大だ。理事会は部隊統帥権を掌握したと見て間違いないだろう。

 

他のシンパ達は非常事態下における情報統制で碌に連絡も取れ合えない。

事態が終息した頃には、管理局理事会は最高評議会からの権力継承が完了している。

それにこれは非常事態下の緊急理事会とはいえ、法律に基づいた正当な手続きだ。辞任理由も”最高評議会の高齢化による職務遂行能力の喪失”と正当性がある。何の問題も無い。

 

―――まあ、この後は裏で違法研究を行っていた管理局施設が何者かに襲撃されるだろうが、恐らく犯人はスカリエッティだろう(・・・)。死人に口無し。証拠は残さない。」

 

《――――――》

 

 

すでに詰みだった。

彼らは、クラナガンは、非常事態下における混乱に乗じて最高評議会を事実上解体し、その違法施設や人員を残らず消してスカリエッティにその罪を擦り付けるつもりなのだ。

政府はミッド経済圏の崩壊と管理世界の分離独立を防ぎ、管理局は組織自浄と違法人体実験の暗部を闇に葬り去り、聖王教会は予言阻止とそれに伴う管理局への影響力を拡大する。

この後は、政府や管理局内部の評議会シンパをゆっくりと摘発・排除していけばいい。

 

もう既に勝負は決していた。

 

しかし、ここで問題なのは―――

 

 

「それを聞いてしまった私は、やっぱり殺されてしまうのかしら?」

 

「いや、殺さない」

 

 

内心冷や汗モノのドゥーエの問いに、眼鏡男は意外にも即答した。

 

 

「まあ確かに始末してしまった方が後腐れないが、これも”彼”との契約の内でね。貴女はこのまま逃がす事になっている。さっさと行くがいい」

 

「―――”彼”? 契約?」

 

 

そう。おかしいといえば”彼”だ。

この計画の青写真を描いたのは、恐らく”彼”だろう。

この計画は迅速に、かつ絶妙のタイミングで行わなければ、逆に最高評議会に感づかれ、その巨大な権力で押し潰されてしまう。

『非常事態宣言が発令されるような大規模テロの発生時期』を正確に把握していなければ成立しないのだ。それを知れる立場に居るのは、聖王教会と機動六課のみ。

ましてや、政府・理事会・教会の三者を線で結び、利害調整を行える人物といえば、経歴が真っ白で特定勢力の背景が存在しない人物が望ましく―――思い当たるのは一人だけ。

 

 

―――だが、一体、何が目的で?

 

 

「悪いが詳しい事は話せない。

あぁ、勿論追っ手も掛けないし、貴女が何者なのか詮索もしない。

それに安心するといい。評議長にはもう少し用事があってね。終われば始末するから心配ない。」

 

「……なら一つだけ。”彼”は一体何を貴方達に対価として要求したの?」

 

「”彼”は特別、金銭などは要求して来なくてね。

ただ、とある実験素体の子供(・・・・・・・)の身分保証と、その子への外部からの干渉に対する政府の後ろ盾を。」

 

「……そう。ありがとう。もう私は聞かないわ。貴方達が何者なのかも。」

 

「それがいい。我々は今も昔も何処にもいない(・・・・・・・)。」

 

 

眼鏡男が手を振るハンドサインを送ると、周囲を警戒していた魔導師達が音も無く去って行く。

ドゥーエはもう言う事も聞く事も無いと、眼鏡男に背を向けて出口に向かっていく。

その後ろ姿は先程までのボディスーツではなく、管理局将校の制服に身を包んでいる。

コツコツと歩み去って行く背に、眼鏡男と議長の会話が届く。

 

 

「―――さて評議長。貴方の最後の仕事だ。

政府内のシンパ、違法研究所の場所、資金洗浄のダミー企業について洗いざらい吐いて貰おうか。」

 

《舐めるな若造が。薄汚い走狗め。》

 

「随分と強気だな老害?

肉体がないから拷問も無理だし、下手に薬物を使えばお陀仏だ。手も足も出ない。」

 

《だから―――》

 

「……とでも言うと思ったか。貴様は処分する。これは決定だ。取引も助命も無い。

それに手段がない訳でもない。……出来れば使いたくなかったがな。」

 

《―――何?》

 

「我々はいくつかの違法研究の成果を鹵獲していてね。

その一つがプロジェクトF.A.T.Eの成果。精製したクローン素体への記憶転写技術。

この技術は実に興味深い応用方法があってね。

 

……記憶を転写するには、まず脳から記憶をデータ化しなければだめだろう?」

 

《なッ!?》

 

「良かったな評議長?貴方が追い求めた不老不死研究の一端だ。

数多の無辜の命と巨額の費用を投じて開発した違法研究の成果をその身で味わう事ができるのだから。

 

―――だから評議長。出来るだけ長く耐えてくれ。

脳味噌から直接記憶を電気信号として数値化して出力するんだ。想像を絶する激痛らしい。

今までの被験者は例外無く(・・・・)発狂した末に廃人と化した。」

 

《ッ!!は、話すッ!!だから止め―――》

 

 

そこでドゥーエは扉に到達した。メンテナンスルームの扉をくぐり出てスライドを閉める。

途端に、先程まで聞こえていた声達は途切れ、辺りを静寂が占める。生者などいないかのようだ。

事実そうなのだろ。先程、眼鏡男が護衛の不正規戦部隊員達を始末したと言っていた。

 

はぁ、と一つ溜息をついて、ドゥーエは再び歩き出す。

まだ遣らなければならない、ドクターから託された任務がある。

 

目指すはミッドチルダ地上本部の長官執務室。

 

……何となくそこで”彼”に再び会える様な気がする。

だがそれは有り得ない。彼は死んだのだ。非魔導師の身でありながら末妹に挑んで惨殺された。

 

しかし、どうしても”予感”が拭えない。

それが妙に嬉しくて心が浮つく。退屈な筈だった後始末の任務も捨てたものではないらしい。

 

 

 

―――ァァァァァァァァッァァァァギギィイィィィィァァァッァァァァァ―――

 

 

 

歩いてきた廊下の奥。スライドの向こう。

メンテナンスルームの最奥から、まるで気狂った断末魔の叫びが聞こえたような気がした。

 

しかしそれはきっと気のせいだろう。

随分距離が離れてるし、そもそもスライドは防音性で、例え爆音がしても外には漏れない。

 

それでも”ソレ”が聞こえたといのなら。

 

 

”ソレ”はきっと、過去に置き去った筈の因果が、逃れ得ぬ(フェイト)が、遂に彼を捕えて喰い千切った音なのだ。

 

 

 

―――だが、そんな事、ドゥーエにとってはどうでもいい。

 

 

楽しい”彼”との逢瀬の予感に、鼻唄を歌いたい気持ちを抑えこみ、軽やかな足取りでトランスポーターへと向かって行った。

 

 

 

 

 




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