その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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6.スプリングフィールドの息子

拝啓

 

桜の花も咲きそろい、心躍る頃となりました。厚木様はいかがお過ごしでしょうか。

そちらの図書館でも桜は見れるのでしょうか?

 

私めは今―――

 

 

 

「あちらァアア!!あのクソ餓鬼をぶっ殺すぞ手を貸せぇエエ!!!」

 

 

 

―――殺人事件の共犯を強要されています。

 

 

 

「ははは待ってろよォ?前頭葉の風通しを良くして余計なことを覚えていられないようにしてやっからなァ?

ぎゃははははっははっははははっははっはははははっははははははっははははははは!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「スプリングフィールドの息子」

 

 

 

 

 

 

「……あー、つまり秘密の趣味を見られた挙句、みんなの前ですっぽんぽん、と?」

 

「すっぽんぽん言うなッ!!!」

 

 

しばらくして正気に戻った彼女に事情を説明され、簡単にあらましを纏めると怒られた。

 

この長谷川千雨という少女は一風変わった趣味を持っている。

普段は人見知りをし、伊達眼鏡まで掛けて自分と世間を遮っているのにコスプレが趣味なのだ。

しかも唯のコスプレではない。

持ち前の情報処理技術をフルに活用して写真を加工・修整し自前のブログにアップするのだ。

 

 

―――ネットアイドル・コスプレイヤーちうの爆誕である。

 

 

なにげにネットアイドルの中でも1、2を争う人気っぷりである。

加工・修正しなくても自前の美貌で十分に通用するのだが、そこは譲れないらしい。

この少女は変なところで自分に自信が無いのだ。

なのでこの趣味に関して彼女は徹底して秘密にしている。

 

 

 

それが子供先生に漏れた。おまけに大勢の前で恥まで晒した。

 

 

 

普段、冷静沈着なクールな女を気取っているが本質はかなりの激情家だ。

プッツン切れてその場を猛ダッシュで逃げ出して、服を着替え、その足で我が家に殺害依頼をしに来たと言う訳だ。

 

だが悲しいかな。ここは本屋で暗殺斡旋屋でなく、私はただの司書見習いだ。

 

 

「まあ就任時から今までの話を聞く限り、彼は少しお子様な所はありますが基本的に善良で良心的です。

言いふらすということは無いでしょう」

 

「ぐぐぐ、ぬ・・・くッ!」

 

 

彼女も冷静になれば頭の回転はかなり速い。

一連の騒動にあの子供先生の悪意が欠片も無いことなんて分かっているのだ。

すべてはクラスで浮いている彼女とクラスメイトの交流を深めさせようという善意の裏返しだ。

 

分かっているし理解できる。

 

しかし感情が納得できない。

 

そこまですぐに感情の切り替えが上手く出来る程大人でもないのだ。

彼女にはまだしばらくの時間が必要だった。

 

 

「私は少し買い物をして来ます。今日はご飯はここで食べていきなさい。

あなたの好きな料理でも作りましょう」

 

「……わかった」

 

 

彼女もあんな事があった後ではすぐには寮に戻りたくないようだ。

私の提案を呑んできた。彼女自身もインターバルが必要だと感じたのだろう。

私の淹れたココアの啜っている。

 

 

「では留守番よろしくおねがいします。」

 

 

そう言って私は部屋を出て商店街に向かった。

買い物している間に、頭に上った血も下がるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、ネギ・スプリングフィールドはとても落ち込んでいた。

 

クラスで浮いている存在であった長谷川千雨をなんとかクラスに溶け込まそうと宴会に連れ出したが、見事に裏目に出て彼女を怒らせてしまったからだ。

謝ろうにもすぐに彼女は走り去ってしまったし、どうやら部屋にも帰っていないようだった。

 

 

長谷川千雨が強制ストリップをする羽目になった原因に大変心当たりのある神楽坂明日菜はその事態にカンカンになって怒っていた。

彼女の場合、もちろん義憤もあるが、自分がそうなった当時の事を思い出して怒りを思い出していたというのもある。これは彼が知る由も無いが。

 

 

副担任であるスザク・神薙・フォン・フェルナンドにも責められた。

 

曰く。

 

『婦女子の部屋に無断で侵入するのは何事だ』

 

『英国紳士として恥を知れ』

 

『教師が生徒のプライバシーを侵害するなど以ての外だ』

 

『しかも本人が秘密にしている趣味を暴くとは』

 

『衆人環視の中で、未熟な魔法で一般人を辱めたのは、マギステル・マギ以前の魔法使いとしてのモラルの問題だ』

 

などなど。

 

 

余りに正論で厳しい言葉に、ネギ・スプリングフィールドに半分涙目になってしまい、彼の言った言葉の中に奇妙な違和感があるのにも気付かない。

 

ネギ・スプリングフィールドとスザク・神薙・フォン・フェルナンドは同じ出身とあるが、別にフェルナンドはウェールズ出身ではない。

六年前の雪の夜、突然現れて村人の石化を魔眼で解いて回ったのだ。

解呪不可能と呼ばれた爵位級悪魔の呪いをどの様な原理で解いたのかは変わらない。

村人達も恐らく秘術に属するものだろうと余計な詮索はしなかった。

ただ、命を救われたという結果だけで十分だった。

 

恩を感じた村人たちは戸籍が無いという彼を住人として迎え入れた。

ネギともそれ以来の付き合いだがあまり仲は良くない。

 

といってもネギは大好きな姉の恩人ということで慕っており、嫌っているのはフェルナンドの方だけであったが。

 

 

話が逸れたが叱責と若干の嫌味と自己嫌悪でネギ少年の心は暗く沈み、物事を悪い方悪い方に考える負のスパイラルに陥っていた。

 

 

「だめだ、なんてだめな先生なんだボクは。せっかく正式な先生になれなのに。

……もうこうなったら誰にも迷惑を掛けない様にウェールズに引っ込んでポテトでも作るんだ……」

 

 

終いには定年退職したサラリーマンの老後生活ような人生設計を始めるネギ。

もし、金髪の吸血鬼が聞いていたら計画が台無しになると卒倒していただろうが、運が良いのか悪いのか、公園のベンチの周りにはネギ少年の暗い雰囲気を恐れて人が近寄ってこない。

 

さらに思考は悪い方に進み、ネギ少年が闇の魔法習得まであと一歩という所で彼を引き止めた人がいた。

 

 

「少年、顔が死んでますよ?」

 

 

そこには買い物袋ぶら下げ、「まほら書店」と書かれたエプロンをかけた男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年、顔が死んでますよ?」

 

 

少年に話しかけてみると、少年は俯かせていた顔を上げてこちらを見た。

 

鮮やかな赤毛。

かわいらしい顔立ち。

鼻の上にちょこんと乗っている眼鏡。

そして身の丈ほどもある杖。

 

話に聞いていた通りの容貌だった。

確かにこれでは可愛い物好きの中学生には大人気だろう。

 

しかしその可愛らしい顔は今暗く沈んでいる。

どうやら随分と先ほどの出来事が効いているらしい。

 

私は知らぬ顔で少年に訊ねた。

 

 

「たい焼き食べませんか?」

 

 

少年は、ぽかんとこちらを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お茶をどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

近くにあった自販機で購入したお茶の缶をネギ少年に差し出すと、彼はそれを恐る恐る受け取った。

ベンチに腰を掛けている彼の隣に座り、たい焼きを手渡した。

彼は魚の形をしたお菓子が珍しいのか、興味深げにたい焼きを見つめている。

 

 

「で、どうしてあんな今にも死にそうな顔していたんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 

話を振ると、彼はまた顔を俯かせてしまった。

おやおや少年。そんなにたい焼き握り締めると、口には言えない所から餡子がでてしまいますよ。

 

 

「まぁとりあえずたい焼きを食べなさい。冷めると美味しくないですからね。

甘いものを食べると気分転換にもあるでしょう」

 

 

そういって自分の分のたい焼きを頬張る。うん、おいしい。

学園都市のいい所は安くておいしい店が沢山あることですね。

学生向けなので当然といえば当然なんでしょうが。

 

ネギ少年はじっと自分の分のたい焼きを見つめている。

そしてそっと一口たい焼きを齧った。

 

 

「―――おいしい」

 

「でしょう。お勧めのお店のたい焼きなのです。

食べた後お茶を飲んでまたたい焼きを食べると渋みのお陰でより一層甘味が引立ちますよ」

 

 

ネギ少年はしばらく食べることに夢中になっていた。

たい焼きはあっという間に無くなった。

少し残念そうな彼を見て

 

 

「もうひとつ食べますか?」

 

「ぜひ!」

 

 

楽しい子だ。

そしてたい焼きを食べ、お茶を飲みながら他愛の無いことを話した。

 

 

「見たところ外国の方のようですが、たい焼きを食べるのは初めてだったんですか?」

 

「は、はい。生まれはイギリスのウェールズです」

 

「ウェールズですか、何度か倫敦の大英博物館に行ったことがありますね。

あそこは中々面白かったですよ。スコーンも美味しかったですし。

友人と一緒に真冬のテムズ川に叩き落された事もありましたね。あれは死ぬかと思いました」

 

「え」

 

「犯人はその友人の恋人なんですけどね。

友人はテムズに叩き落とされるのはこれで二度目だとか言ってました。

彼、変な所で人生経験が豊富なんですよねー」

 

「なにそれこわい」

 

 

ちなみに彼も真冬の湖に落っこちた事があるらしい。

どうして落っこちたのかは沈んだ顔をしたので深くには聞かなかった。

たぶんそこまで踏み込むのはマナー違反だし、私の役割ではないと思うからだ。

 

 

「へぇ。お姉さんがいらっしゃるんですね」

 

「はい!とっても綺麗で自慢の姉なんです!!」

 

 

よほどその姉の事が大好きなのだろう。とても嬉しそうにその事を話してくれた。

あと一つ年上の幼馴染がいるらしいのだが、こっちはよくお姉さん風を吹かしてくるのでよく喧嘩するらしい。

たぶんその女の子はネギ少年に淡い恋心を持っているんだろうなぁと感じたが、彼はまったく気付いていなかったようだ。ご愁傷様。

 

 

そんな他愛の無い話をしばらく続けた後、彼に語りかけた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁です。どうです、私に悩み話してみませんか?

事情を知っている人よりも、まったく関係の無い人の話してみた方が気が楽になる事もありますよ」

 

 

彼は暫らく躊躇っていたが、決心がついたのか

 

 

「……話を聞いていただけますか?」

 

「是非に」

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。

ボクは麻帆良学園女子中等部3-Aの担任をしているネギ・スプリングフィールドといいます」

 

「私は―――まあこのエプロン見ればわかりますね。

麻帆良商店街「まほら書店」に勤務している迷子あちらです」

 

 

私は白々しくも先生だったんですね、若いのに立派だと褒めると、何故かどよーんとまた落ち込んでしまった。

―――思っていたよりも結構根が深いようだ。

 

 

 

・・・?

何かおかしい。聞いていた彼の人物像と少し違うような……?

 

千雨さんに騒動の顛末は聞いていたが、ここまで落ち込んでいるというのは予想外だった。

聞いた話では三学期に彼は何度か失敗を重ねてきている。授業にドッチ、期末テスト……。

つまり悪く言えば、失敗に慣れている。

しかし、それを良しとせず持ち前のポジティブさ、千雨に言わせると能天気さで失敗を乗り超えていると聞いていた。

いままで彼がそれを表に出さず、腹に溜め込んでいた可能性はあるが、今話してみて彼にそういう腹芸は無理そうだ。

 

 

そこまで今回の事がショックだったということか?

それもあるだろうが……これは―――

 

 

 

―――これは誰かに相当怒られたな。

 

話に聞く同室の神楽坂明日菜、もしくは副担任のフェルナンド、或いはその両方に。

 

 

そしてぽつぽつとネギ少年は語り始めた。

 

自分の担当する生徒がクラスから浮いていること。

それが心配だったこと。

その生徒がクラスにもっと馴染める様に宴会に連れ出したこと。

そこでその生徒に恥をかかせて怒らしてしまったこと。

そして生徒や副担任にとても怒られたこと。

 

 

私にとってはすでにその被害者から聞かされた内容であったが、この子供先生の落ち込みっぷりには推測が正しかったと納得がいった。

 

話していてその時の事を思い出したのか、また暗い雰囲気になり始めた。

 

私はネギ少年を慰めるように……

 

 

「それは怒りますね」

 

「はぅ!?」

 

「そのフェルナンド先生の言うことも間違ってません。思慮が足りなかったですね」

 

「げふっ!?」

 

「まぁそれはあなたが短慮で未熟だったという事で」

 

「ひぎぃ!?」

 

 

追い討ちをかけた。甘い言葉をかけるとでも?それこそ甘いぜ!!

 

―――実はあちらも千雨の事でちょっとだけ怒っていたのだ。友達だし。

 

精神的追い討ちによりネギが新たな世界の扉を開く寸前で

 

 

「それでもその気持ちを忘れずにいれば、あなたはきっと良い先生になれますよ。」

 

「ぁん・・・え?」

 

 

―――すこし遅かったか知れない。だが気にせず話を進める。

 

 

「ネギ君、君はまだ幼い」

 

「いくら君が天才でも、僅か10歳の君が3,4歳しか離れていない生徒たちを導いていくには圧倒的に経験が足りない。それはもちろん教師としてのもそうだし、対人関係の経験が」

 

「君の倍は年を取っていて経験のある先生でも、生徒にモノを教え導くというのに試行錯誤しているでしょうし、そこにゴールなんか無いし報われない事だってあるでしょう」

 

「だからネギ君」

 

 

私はネギ君の目を見て語りかける。

しっかりと視線を合わせ、ここに居合わせた大人として子供を導くように。

 

 

 

「まわりの先生方に相談すればいいんですよ」

 

 

 

ネギはぽけっとしてこちらを見上げている。

 

 

「あなたの苦労も心境も失敗も、先生方がすでに経験して下さっているでしょう。

彼らに経験談を聞いて回りなさい。教えを請うて回りなさい。

聞いた話を自分の中で整理して、自分が納得した答えを出して、それを基に行動なさい

 

……あなたは未熟だ。これからも失敗はあるでしょう。だがこれからがある。

自分の出した答えを基に行動すれば、少なくとも後悔はしなくなるでしょう」

 

 

ネギ少年は呆然とこちらの話を聞いていた。

やがて弱弱しくそれは教師の独善ではないんですか?と問いかけて来たが、私はそれを笑い飛ばした。

 

 

「教師なんて大なり小なり独善的なもんです」

 

 

こうだと決めたものを教える訳ですからね、と私は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教師なんて大なり小なり独善的なもんです」

 

 

そう言って目の前で愉快気に笑うあちらをぼーっと見ながらネギは考えていた。

もちろんこれはあちらの意見だ。全員の教師がこう考えている訳ではないことは分かっている。

しかしネギが衝撃を受けているのはその事ではなかった。

 

 

―――これが人に訊くということか。

 

 

彼自身は紛れも無い天才である。一を聞けば十を知る。

魔法学校でも図書館に通い続け、授業では習わないような高度な知識を独自に吸収し続けた。

 

それゆえに彼は人に物事を解らないから訊ねるという事をしたことが無かった。

 

問題が起こっても、いつも自分で解決できたし、しなければいけない。

 

そこは彼に両親がいない事も起因するのかも知れないが。

 

 

とにかく彼の固定観念を打ち崩したあちらの話はとても衝撃的だったという事だ。

 

衝撃に打ちのめされて未だショックから立ち戻れないネギに彼は言った。

 

 

「大丈夫。生徒を思い遣れるあなたはきっと良い先生になれますよ。

 

 

 

―――頑張ってください。ネギ・スプリングフィールド先生」

 

 

そう言って笑いながら自分の頭を撫でる姿に、なぜか一度しか会った事のない父が重なった。

人種も容姿も雰囲気も違うのに何故だろうと考え、すぐに答えが見つかった。

 

 

 

 

―――ああ、困った時に颯爽と現れ、悩みに一緒になって悩み、解決するその姿。

 

 

―――まるで正義の味方(お父さん)みたいだ……

 

 

 

 

 

 

この日、未来の英雄の雛はすこしだけ成長した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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