その人は何処へいった?   作:紙コップコーヒー

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9.ウェルカム・トゥ・ザ・ブラック・パレード

結果として言えば、あちらは千雨を説得する事に成功した。

 

未だにフェルナンドに対しての羞恥と怒りを持っていたが、彼女自身そこまで怒りを持続できるタイプではなく、あちらに感情的なままこの件に深入りする事の危険性を説かれ、渋々納得した。

 

ホームページがバレてしまった事は自分のセキュリティが甘さが原因だとも考え、フェルナンドに対して怒りを抱くのも見当違いだと考えたからだ。

 

だが、

 

 

「あんな誰が聞いてるか解らねぇ所で、聞く必要ねぇだろうが・・・!」

 

 

だがフェルナンドの無神経さに気分が悪いことには代わりはない。

多少理不尽と感じる人が居るかも知れないが、

 

 

「それはそれ。これはこれ。

納得した理性と乙女心とは違うもの。」

 

 

と完璧に反対意見を封殺されてしまった。

 

溜まった鬱憤を晴らすべく、あちらの出したとっておきの栗羊羹と玉露を千雨は食べ尽くした。

それでも気が治まらぬと、さらに千雨はあちらにイタリアンレストランのディナーを奢らせて、後日修学旅行用の買い物に付き合う事を約束させた。

 

眉間に寄っていた皺が消え、楽しそうに話をしながら夕食を食べる千雨を見て、あちらは一安心してテーブルワインを飲み干した。

 

 

……これでこの件は大丈夫だろう。

基本的にカミサマの被害者達(トリッパー)は堕とされた世界に愛情を持っており、そこの住人に無闇に危害を加えることはあまりしない。

ブッ飛んだ過激な連中もそれなりに居るが、今までの話を聞いている限りフェルナンド先生は大丈夫だろう。

千雨が大人しく気付かないフリをしていれば、彼にとって彼女は唯の一般人だ。

気にも留めないだろう。

 

給仕にテーブルワインのお替りを注文しながら、あちらは安心で緩んだ脳でどうでも良い事を考えていた。

 

 

千雨さん、明日は怖くて体重計乗れないだろーなー

 

正しく、その通りであったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そう、結果として言えば、あちらは千雨を説得する事に成功した。

 

 

 

 

 

だが、あちらは幾つか勘違いしている。

 

あちらが今まで本世界を旅している間に出会った被害者達(トリッパー)は理由は兎も角、悲劇の数を少なくし世界がより良くなる様に行動していた。

 

 

曰く、生き残るため。

曰く、あの人に死んで欲しくない。

曰く、なんとなく気に喰わない。

 

 

それがどんなに因果が重く、回避できない出来事でもだ。

それこそが被害者達(トリッパー)主人公(トリッパー)たる最大の所以である。

 

 

―――貴賎関係なく、常に世界を最善に導こうとする行動こそが人々を主人公にする。

 

 

つまりスザク・神薙・フォン・フェルナンドすでに資格を喪失していた。

あちらの知っている彼ら《トリッパー》とスザク・神薙・フォン・フェルナンドは一線を画していた。

 

 

―――スザク・神薙・フォン・フェルナンドは、自己の利益のために他者の悲劇を容認できる。

 

 

あちらが考えていた「彼らもしなかったから大丈夫だろう」「住人に無闇に危害を加えることはあまりしない」はただの妄想でしかなかった。

 

 

 

次にスザク・神薙・フォン・フェルナンドがすでに長谷川千雨に最大の関心を抱いている事である。

 

これもあちらには想像すらつかなかった。

コスプレが趣味で対人恐怖症気味のこの優しい少女が、この本(セカイ)の中心近くに立っているなんて事は。

しかも英雄の雛を導くという使命を持っているなんてオマケ付きで。

 

未来を知る者にとって、長谷川千雨が唯の一般人であるという主張は失笑モノだった。

普通を愛する千雨からすれば卒倒モノである。

 

 

一般人でありながら裏の世界に巻き込まれ、しかし自分の立ち位置を見失わず、前を見て英雄を導くその姿。

 

その姿は毅然として美しく、スザク・神薙・フォン・フェルナンドはその輝きを欲していた。

 

 

 

 

そしてこれが最大にして一番のあちらの誤算であるが、すでにスザク・神薙・フォン・フェルナンドが迷子あちらに敵愾心を持っていたことである。

 

 

うまく物事が進まない、妨害されている原因として、フェルナンドは第三者の介入という事態を考えていた。

まったく見当外れの解答であったが、この見当外れの答えを補強するような噂がクラスに流れた。

 

 

 

―――長谷川千雨に恋人が居る。

 

内容はこの間の日曜日にレストランで、長谷川が楽しそうに男と一緒にディナーを取っていたというだけだった。しかし早乙女ハルナや朝倉和美といった面々は「ラブ臭が!?」「スクープ!!」と騒ぎたて、次の日長谷川が登校してこなかった事も更に事態を煽った。

 

多くはあの長谷川千雨が・・・と思いつつもここ最近機嫌の良い長谷川を思い出し、唯の噂なら笑い話、本当なら祝福しようと考えていた。

 

 

しかしそうは受け取らない人間が一人居た。

 

本来、長谷川千雨に恋人が居るはずがないと知っている(・・・・・)スザク・神薙・フォン・フェルナンドである。

 

すぐにフェルナンドは校内の風紀を盾に朝倉和美に知っている情報の開示を迫り、朝倉和美はいつもとは様子の異なる副担任に疑問を持ちつつも当たり障りのない情報を教えた。

 

 

最近、長谷川は放課後になるとすぐに何処かに行ってしまう。

たまに二人で出掛けているのを見かけるらしい。

相手の男性は本屋の店員であるらしい。

 

 

聞けば聞くほど自分の考えが正しかった事が証明されていった。

朝倉和美にお礼を言った後、廊下を早足で歩きながらフェルナンドは考えを纏めていた。

 

 

やはり第三者の介入があったのか。

しかし相手は何者だ?

もしかして自分と同じトリッパーか?

それだと原作が始まって数ヶ月経つのに全く接触が無いのはおかしい。

 

・・・恐らく一般人のオリキャラだろう。

 

原作に関りたくない系のトリッパーとも考えられるが、そうだと千雨に関ったら意味が無い。

オリキャラの魔法関係者とも考えられるが、それなら商店街本屋の店員というのはおかしい。

いざという時、自由に身動きが取れない。

恐らく原作では描写すらなかったモブキャラが何かの間違いで千雨の恋人・・・いや、知り合いになったに違いない。

 

念のためにバルディッシュに命じて麻帆良の魔法関係者の名簿を洗い出させる。

結果はすぐに分かった。

 

 

 

「Not Found.」

 

「分かった・・・よく分かったよ。くくく。良い子だなバルディッシュは。ふふふ。」

 

 

こみ上げる笑い声が抑えられない。

周囲の生徒が不審そうこちらを見ている。

どうにか自分を落ち着け、爽やかな笑顔を浮かべる。

それだけで周りの生徒達は顔を赤らめた。

 

そうだ。こうでなくてはならない。

これまでがおかしかったのだ。

 

しかし問題は無い。

問題は原因を取り除けば(・・・・・)解決する。そうすれば彼女も目を覚ますだろう。

 

さてどうしたモノか。

しばらく考えて良い考えが浮かんだ。

 

 

「ふふふ、もうすぐ大停電の日だな。

 

・・・不用心に外を出歩けば危険だな。事故(・・)に遭うかも。怖い怖い。」

 

 

悪いがエヴァには残念だが踏み台になって貰おう。この間、俺の厚意を無碍にしたお仕置きだ。

千雨も少し怖い目に遭うだろうが、大丈夫、守ってやるよ。

ネギや明日菜は・・・ま、いいや。ついでだ。

死んだら原作知識が使えなくなるからな。

 

だが"そいつ"はいらない。わざわざ殺す気も無いが、タダで済ます気もない。

精々無様に足掻いて千雨に幻滅されるといい。

後の事は心配するな。彼女はちゃんと俺が幸せにしてやるからな。

 

 

 

グニャリと銀髪白貌、金銀妖瞳の美貌が歪む。

 

浮かんだ笑顔はとても愉快気に、とても醜悪に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ウェルカム・トゥ・ザ・ブラック・パレード」

 

 

 

 

 

「あたしに恋人だぁ!?」

 

 

学校を一日休んで登校した長谷川千雨を3-Aのクラスメイトは生暖かく迎えた。

登校してきた千雨に、朝倉和美はマイクを千雨に突きつけ開口一番に質問してきた。

千雨の周りには野次馬が出来、それ以外のクラスメイトたちも聞き耳を立てて興味津々である。

 

 

「なんで何所からそんな話が出てくるんだよ!」

 

「いやーそれがさー、柿崎があんたと男の人が楽しそうに食事してたって言うからさー。

 

それで次の日休んだってなったら、ヤッちゃったのかなって。ムフフ。」

 

 

それを聞いて千雨は後悔した。

 

あぁあんなに暴食するんじゃなかった。

日曜の夕食の後、千雨は食べ過ぎで体調を崩してしまっていたのだ。

その結果次の日の授業を休んでしまい、火に油をそそいでしまった、と。

 

 

「で、どうなの!?どういう関係なの!?出会いは!?きっかけは!?告白はどっちから!?初体験はどうだった!?よかった痛かった!?全部吐け、スクープ!!!」

 

「暴走するなバカ!あちらとは恋人じゃねーよ!!つーか朝倉、本音が出てるぞ!!!」

 

「嘘だ!千雨ちゃんからラブ臭が漂っているよ!!」

 

「てめーはしゃしゃり出て来て話をややこしくするんじゃねーよ!!」

 

「逃がさないわよ、次の私のマンガのネタ!!」

 

「てめーもか!?」

 

「でそのあちらさん?だっけ?どーいう関係なの!?

今まで欠片もそんな浮いた話がなかったちうちゃんに、一緒に食事をする親しい男が出来たってことは悪からずおもってるんでしょ!?」

 

「ギャー!てめーちうちゃん言うんじゃねぇ!!!つーかどこで知った!?

 

それにあちらは・・・あちらとは別に・・・・・・ッ!」

 

 

いやいやなぜそこで言葉に詰まるあたし!?

意味深過ぎるだろ!?

そもそもあちらは戸籍不明だし経歴不明だし出身不明だし年齢不明だしけど困ってるやつは何だかんだ理由付けながら助けるほどお人よしだし結構顔は悪くないって言うかまあ良いしあまり良くても他に女が寄ってきたらいやだしって何考えてるんだあたし!?

 

お、落ち着け。

 

 

「・・・あちらは恩人だ。それ以下でも以上でもない。」

 

 

心の機微を敏感に感じ取ったのか、朝倉と早乙女はニヤリと邪悪に笑い

 

 

「ホッホー?間が?気になるけどー?」

 

「ホッホー?今はー?」

 

「それでー?」

 

「誤魔化されてー?」

 

「「あげましょう。だってそっちの方がおいしい気がするから!!」」

 

「さっさと失せやがれ!見せもんじゃねぇぞ!?」

 

 

キャーとわざとらしい悲鳴を上げながら散り散りになっていく野次馬たち。

他のクラスメイトも今はまだ(・・・・)恋人ではないと納得したのか自分の席に戻っていく。

千雨も一気に体力の削られた体を引きずり自分の席に移動した。

隣の席の綾瀬のキラキラした好奇に満ちた視線を意図的に無視し、誰とも目が合わないよう黒板の端っこをひたすら凝視し続ける。

白髪の古い制服を着た、体の薄い女の子がこちらに手を振っていたのは気のせいだ。

 

・・・気のせいだっつてんだろ!

 

 

やっとホームルームの時間になり担任のネギが出席を取りに現われた。

なにやらマクダウェルを見て驚いている。どーでもいいが。

 

早く授業が始まらないかと、いつもは思わないことを考えていると点呼が千雨に回ってきた。

 

 

「長谷川千雨さん。はい、いますね。体調は大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ないです。」

 

「それは良かったです。それと・・・」

 

 

瞬間、とても嫌な予感がした。いや、確信といってもいい。

 

 

「恋人ができたらしいですね!おめでとうございます!」

 

 

ガツンと机に額を打ち付けて、千雨は意識を夢の世界に飛ば(シャットダウン)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨が気が付くと既に放課後だった。

予想以上に威力が大きく、一日中伸びていたらしい。

痣になっていないのは不幸中の幸いか。

 

千雨が起きた事に気が付いたのか、まだ教室に残っていた朝倉が近寄ってきた。

朝の事を思い出し、千雨が身構えていると朝倉は手を振りながら苦笑した。

 

 

「もう今日は何も聞かないよ。」

 

「・・・今日”は”?」

 

「ま、細かい事は置いといて。フェルナンド先生が呼んでたよー。話があるって。」

 

 

朝倉が物を脇に除ける仕草をしながら千雨に告げる。

 

 

「フェルナンド先生が?なんで?」

 

 

一昨日あちらに口をすっぱくフェルナンド先生には関わるなと告げていた事を思い出した。

しかし、先生として呼び出されたら生徒に拒否権など存在するはずも無く。

学校では何も起こさないだろうと、仕方なしに机を片付け職員室に向かおうと

 

 

「ちうちゃん。気をつけなよ。」

 

 

朝倉に呼び止められた。

ちうちゃんと呼ぶなと怒鳴り返そうと朝倉の方を振り返り、

 

遊びが一切入ってない、真剣な表情をした朝倉を見て怒りは萎んで行った。

 

 

「・・・分かったよ。気をつけようもないが気をつける。」

 

 

千雨は停電前に帰れよーと朝倉にひらひらと手を振りながら職員室に歩み去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去っていった千雨の後姿を見送りながら、朝倉は考える。

 

どうしてあんな事をいったのか。

しばらく考えて思い当たる節が出てきた。

 

 

フェルナンド先生だ。

 

 

朝倉は今までパパラッチの名に恥じない、何人もの写真を撮ってきた。

その今まで積んできた経験が告げていた。

 

去年の三学期からこのクラスの副担任に就任した金銀妖瞳の青年。

いつも爽やかな笑顔を浮かべているフェルナンド先生の写真を撮るとき、なぜかまるで眉目秀麗なプラスチック製の人形を撮っているような感覚に襲われていた。

 

その彼が千雨の恋人疑惑の話が出た時、まるで別人のように人間味を出したのだ。

 

生徒に向ける感情にしては、やけにギラギラして生々しかったような――――

 

 

そこまで考えて朝倉は考えを打ち消した。

いくらなんでも下衆の勘繰りだ。それはジャーナリストがすべき事じゃない。

 

 

彼女の行き先は職員室。大丈夫だ、問題ない。

 

こんな気分にさせた罰だ。明日になればまた千雨をからかってやろう。

 

 

朝倉は気分を切り替え、停電用のろうそくを買い足すために商店街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な思惑が絡み合った黒い夜の帳が遂に下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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