木製の
「ソラちゃんは、ユクモ村出身って言ってたわよね」
レオンの母、ユキが水の入ったコップをソラの前に置きながら言った。
「はい、そうです」
「いいところよね。温泉もあって」
「はい……。正直に言うと、温泉が恋しいです」
「ふふ。この村にも温泉はあるから、ゆっくりするといいわ」
「温泉があるんですか?」
「火山が近いから、地熱で温められた水が湧き出ているところがあるの」
「へぇ……」
「行きたかったら案内してあげるわ。ちょっと硫黄臭いのを我慢することになるけど……」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
「よかったらウチが案内するけど、どう?」サラが横から口を挟んだ。
「じゃ、そうしようかなぁ。よろしく、サラ」
「任しとき! 夕方くらいでええ?」
「うん」
「……せっかく帰ってきたけど、やることがないんだよなぁ」
「ゆっくりしといたらええやん。別に、何かせなあかんいうことないんやろ?」
「でも、躰が
「うん。いろんなとこ回ってみたいし、ついてくよ」
「今から行くん?」
「……いや、今日はもう行かないことにするよ。ちょっと疲れたし」
そう言うと、レオンは椅子から立ち上がり、
「ソラも、普段着に着替えておけばいいよ」
「あ、うん。そうするー」
ソラが席を立つと、椅子の側にいたナナがソラを見上げた。
「なら、こっちの部屋を使うといいわ」
「ナナちゃん、ありがとー」
「ここには獣がいるからね」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべて、ナナはソラと共に奥の部屋へと入っていった。
「獣ってどんな意味なんやろ……」
「さぁ。あいつ、時々変なこと言うからな……」
「変なこと? なんやそれ」
「別に、深い意味は無いのかもしれないけどな」
「ナナちゃんとは上手くやれてるの?」
突然、母が口を開く。突拍子な質問だったので、レオンは「えっ?」と間の抜けたような声を上げた。
「ほらぁ、最初のほうは全っ然なついてくれてなかったじゃない」
「あぁ……そうだったかな」腕の防具を外し終えたレオンは、いったん頭を掻いてから、胴を外し始めた。
「今はどうなの?」
「うん……、まだまだ、って感じだけど」
「レオンも苦労してるのね。ふふ」
「でも、頼りになるオトモだよ。姉貴に鍛えられただけはあるかな」
「なら、いいじゃない」
そう言うと、母は目を細めた。
*
「遅いなぁ」
すべての防具を外し終え、普段着に着替えたレオンが別室のドアを見ながら呟いた。その部屋ではソラが防具を外しているのだが、それにしては時間がかかりすぎている。
「女の子は、何かと時間がかかるものよ」
ユキがそう言ったとき、部屋のドアが開いて、ソラが姿を現した。
「やっほー」
出てきたソラは着物姿でなく、Tシャツにスカートというラフな格好だった。
「あれ? そんな服持ってたのか?」レオンが驚きのために訊く。
「うん。タンジアの港にあったから買ってみたんだ」
ソラは躰を一回転させた。遠心力で、スカートの裾がふぁっと広がる。
「こういうの着るのは初めてなんだけど……どうかな? 似合ってるかな?」
服装一つ違っても、普段とは変わった印象を受けるから不思議なものだ、とレオンは思う。しかし、感想を求められるとなると、言葉が見つからない。
「あぁ……、似合ってる……んじゃないかな?」
「……もしかして、似合ってないのかな」
ソラが表情を陰らせたので、レオンは慌てて「あ、いや、そんなことは……」と、取り繕うように言った。
「レオンには、センスがないからそんなこと分からないのよ」ナナが言葉を尖らせる。
「ふふ、似合ってるわよ」
「似合うてるで!」
ユキとサラは、笑顔を手向けながらうんうんとうなずいている。
「ありがと!」
ソラは笑みをこぼして、大きく頷いた。
何とかフォローしてもらえたので、レオンはふぅ、と一息ついた。
――そのときである。窓の外を、誰かが通りかかるのに彼は気づいた。その姿を捉えたのは一瞬だったが、レオンにはそれが誰だかすぐに分かった。
「おい……、ルーク!」
木枠の窓をばんっと勢いよく開けて、レオンはルークに向かって叫んだ。歩いていたルークは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……あぁ」ルークは鼻息を洩らした。「なんだ、君か」
「どうした? どこかに行くのか?」
「うん……、ま、そんなところかな」
ルークの反応がいい。レオンは少し嬉しくなった。
「で、どこに行くんだよ?」
その問いに、ルークは片方の眉を吊り上げた。数瞬の間のあと、彼が言葉を発する。
「そんなことより、君はゆっくりしてるといいよ。折角、家に帰ってきてるんだからね」
「まぁ……」レオンは家の中をチラっと見た。「そうしようとしてるところだけど」
「なら、ごゆっくり。じゃあ、僕はこれで」
「え? あ……、あぁ」
ルークはレオンに背を向けると、スタスタと歩いて行ってしまった。レオンはただ、彼の背中を目で追うことだけしかできない。
「どこ行くんやろな?」窓を閉めたレオンに向かって、サラが言った。
「まさか、もうどこかへ行くってのか……?」
「それにしては早すぎないかな?」ソラが口を出す。
「だよな……。だとしたら、火山にでも行ったか」
「なんでレオン、そんなにルークに執着しとるんや?」サラが身を乗り出して訊く。
「えっ?」
レオンは目を丸くさせて聞き返す。なぜそう思われているのか理解できなかったからだ。
「なんか、ルークのことばっか気にかけとるみたいなんやもん」
「あぁ……そうなのかな」
自覚は無かったが、思い返せば、ルークのことをずっと気にしていたのかもしれなかった。さっきの村長の話を聞いて、ルークに一体何があったのか気になっているのも事実である。
「もしかして……彼のことが好きなの?」ユキが口角を上げた。
「はっ?」レオンは顔の前で素早く手を振る。「それはないない」
「男でも……悪くはないと思うわよ」ユキは親指を立てて、それをレオンに向けて押し出す。
「だから……そんなんじゃないって」
つくづく面倒な母だ。
レオンは、微かな吐息と共に、瞼を静かに閉じた。
あっち系の展開はありませんので。