「……オレの? 故郷?」
レオンは、少し驚いた様子で訊き返した。
「うん。レオンの故郷のこと、ちょっと気になってたし……」上目遣いでレオンを見つめながら、ソラは続ける。「それに、レオンだって、たまには帰ってみるのもいいんじゃないかな?」
「……そうだな」
旅に出て2年。レオンは一度も、故郷へ帰っていない。
帰る気が無いといえば、そうではない。帰りたくない気持ちや、目的を達成するまで帰らないといった理由も無い。
つまり、故郷に帰ることも選択肢の一つなのだ。
(これも、旅の一環ってことでいいかな)
彼はそう結論づけ、「じゃあ、帰ってみるか」と呟いた。
「決まりだね!」ソラは、親指を立てた右手をレオンに向けた。「えっと、たしか……、火山地方? だっけ?」
「あぁ。火山峡谷地帯の『アルバ村』だ」
「へぇ……。レオンの故郷、アルバ村っていうんだ?」
「あれ、言ってなかった?」
「うん。言ってなかったと思うよ」
「……そうだったかな」レオンはこめかみに指を当てて唸ったが、「ま、それはいいや」と息をついた。
「それで? いつ、ここを出発するのかしら?」ナナが問う。
「あぁ、うん……。早ければ今日でもいいけど……」レオンは、ソラに言葉を向けた。「どうする?」
「んー、思い立ったが吉日、だよね? まえにレオンが言ってたの」
「……そんなこと言ったっけな」
「うん。そんな感じのことは言ってた」
「そ、そうか……」
ソラの記憶力に、レオンは目を見張った。よく憶えているものだ。彼自身、そんなことを言った記憶は残っていない。
「それじゃ……、早速行ってみるか?」
「行こう!」
「よし……。さっきの港から火山地方行きの旅客船が出てるはずだから、それに乗って行こうか」
*
十分して、彼らは港エリアに到着した。たくさんの船が、穏やかな波に揺られている。
「どれに乗るの?」ソラが訊く。
「たしか、これだ。この帆船」
30メートルほどの木製の帆船を、レオンは指差した。高く立ち並んだ3本のマストには、畳まれた白い布が取り付けられている。
「出航は今日の夕方で、明日の昼頃に、火山地方の港に到着するらしい。そこからは荷車で移動だな」
「まだ、ちょっと時間はあるんだね」
「でも、早いに越したことはないさ」
彼らは、桟橋と船との間に掛けられた渡り板の上を歩く。歩くたび、板がギシギシという音を立てていたが、とくに問題なく渡り終えた。
「わたし、こんな大きな船に乗るのは初めてだよ」甲板に足を踏み入れてすぐ、ソラが言った。
「船酔いはしないか?」ソラの後ろからついてきていたレオンが訊く。
「わかんないけど……、たぶん、大丈夫かな」
「ま……、嵐の中でも進まない限りは心配ないだろう」
言ってからレオンは、甲板の上を見回した。人の数はまばらだ。乗客たちは船の中に入っているのかもしれないが、そもそも、火山地方へ向かおうという人は少ない。地質学者やモンスターの生態研究家などが行くくらいだろう。
ゆっくりと見回していると、レオンの視点が一つに定まった。
漆黒の装備を纏ったルークが、手すりに腕を掛けて海を見ている。防具の色にそぐわないブロンドの髪の毛が、風に靡いていた。
「あ。あの人って、さっきレオンが捜してた人じゃない?」ソラが口を開く。
「あぁ……。あいつ……、この船に乗ってたのか」
「もっかい話しかけるチャンスだよ」
「だな」
レオンはうなずくと、ルークの元へ歩いてゆく。
「ルーク――」
そして、背後から声を掛けた。だが、彼は反応しない。じっと、遠くの海を見つめている。
「この船に乗ってるってことはさ、お前も、村に帰るのか?」
「……」
「お前、いったいどうしたんだよ」
レオンがルークの肩に手を掛ける。と、その瞬間、その手はルークに弾かれてしまった。
「……キミには関係のないことだ。ほっといてくれ」
「ルーク……」
レオンは、宙に止まったままだった腕を下げて、「ふぅ」と息をつくと、踵を返してソラとナナのもとへ帰った。
「何、あいつ……。本当にレオンの友達なの?」
少し悲しげにうつむくレオンに、ソラはそう言葉を掛けた。
「……あぁ。まぁ、ルークにもいろいろあるんだろう」
背後のルークを、レオンは
「とりあえず、船の中に入ろう」
甲板の中央に設けられたドアを開けると、下へと続く階段があった。それを降りると、長い廊下が続いていて、その両側に部屋への扉がたくさんあった。
「ニャニャッ。船室をご利用でございますかニャ?」
階段を降りてすぐの場所に、白い服を着たアイルーがいた。船員アイルーなのだろう。
「あぁ」レオンはうなずく。
「お三方は、同じ部屋でよろしいでございますかニャ?」
「いいよな?」ソラとナナに向かって、レオンが訊いた。
「うん。別に気にしないよ」
「あたしも」
「では、こちらへどうぞですニャ」
アイルーは、木の廊下を歩いていく。三人は、彼の後についていった。
少し歩いてから、アイルーは右手側の部屋のドアを開けた。
「こちらですニャ」
案内された船室は、寝泊りするには十分な広さがあった。大きなベッドが二つ。アイルー用のベッドも二つ用意されていた。つまり、ここはハンターのための部屋だろう。
「目的地はどちらでございますかニャ?」
「火山地方の……グリース港だな」
「それでは、そちらに到着次第、お伝えに参りますニャ。宿泊代は、降りるときに頂ますニャ。では、ごゆっくりどうぞ」
船員アイルーはそう告げると、部屋のドアを閉めた。
レオンたちは、荷物を床に置くと、それぞれのベッドの上に腰を下ろした。ベッドが揺れている。ここは既に海の上なのだ。
「あっ、ここから外が見えるんだ」
ソラは、部屋の海側にある小さな窓を覗いている。碧い海に太陽光が反射して、まぶしく輝いていた。
「海を見るんなら、上の甲板のほうがいいかもしれないな」とレオン。
「それもそうだね……。うん、そうしよう! 風も気持ちいいだろうし!」
「じゃ、決まりだな」
跳ねるように立ち上がると、彼らは船室を出て、甲板へ出た。ルークの姿は、既にない。
船は未だに動いてないが、船員がマストの上に登っているので、出航の兆しは確認できる。
爽やかな潮風を感じて、ソラは両腕を大きく伸ばした。
「うーん……、気持ちいいなぁー……」
軽く目を細めると、彼女は一言、「泳ぎたいなぁ」と呟いた。
「……ソラは、泳げるのか?」
レオンが訊くと、ソラは「うん」とうなずく。
「ユクモ農場の側に大きな河があったよね? よく泳いでたんだ、あそこで。……裸になってリクと泳いでたなぁー……なつかしいや」
リクというのは、彼女の弟の名前だ。
「それで、レオンは? 泳げるの?」
「あぁ。泳げるよ、姉貴に鍛えられたからな」そう言ってから、レオンの顔に陰りが現れた。
「……あの極寒の海での修行は、本当に身が凍りつくような思いをした……」
「え……。極寒の海でって……す、すごいね」
「今思えば、とんでもないことだったよ」
「でも、そのおかげで、レオンは躰が丈夫なんだよね」
「……まぁな」
鼻息を軽く洩らして、彼はそう答える。
そして、夕刻になり、帆を下ろした船は、橙に染まった海へと進んでいった。
ソラ「よく泳いでたんだ、あそこで。……裸になってリクと泳いでたなぁー……なつかしいや」
レオン(裸だと!?)
彼は脳内でそれを想像したに違いありません。だって、男だもの。
というわけで次回、レオンの故郷へ。