『禍の団《カオス・ブリゲード》』英雄派の魔城、その一室でラスロは久しぶりに得た幸福な一時を満喫していた。椅子に腰掛け珈琲を口に運びつつ最近買い溜めして読めていなかった週刊雑誌のページを捲る。ああ、なんと素晴らしい休日の過ごし方だろうか。
本日しなければならない業務は昨日の内に死に物狂いで終わらせ、朝の鍛錬も先ほどなんとか生を勝ち取り本日は完全な休暇だ。最近なにかと巻き込まれる事が多くこうしてのんびりとした時間を過ごす機会が無かったため、凄く尊く思う。
ああ、今日はもうヘラクレスの筋肉トレーニングに付き合わされなくていいし、ジークに貞操を狙われる心配もないし、ジャンヌに魔の領域へ引き摺り込まれる事もないし、ゲオルグに理解不能な言語で何時間も語られる事もないし、曹操に三途の川を滝登りのごとく逆疾走するような拷問鍛錬を受けなくていいし、レイに命を狙われる恐れもないんだ……!
こうして考えてみるとまともな話が出来るのがレオナルドしかいない時点で英雄派はもう駄目だと思うが仕方が無いことだろう。だって英雄派だし。
どんどんネガティブになっていく思考を首を左右に振って打ち消し、目の前の雑誌に集中する。そうだ、今日は滅多に無い休日なんだ。俺はもう此処から一歩も動かないぜ。これぞ至福の傍観……! と言わんばかりに目元を抑えながら感慨に耽る。あれ、なんか涙が出てきたよお母さん。
今までの出来事に若干涙目になりながらそういやどうすれば禍の団って辞めれんだろうなーと現実逃避していると、何やら雄叫びと共にドタドタと騒がしくなる廊下。耳を澄ますと音は気のせいかだんだんこの部屋に近づいてきているのではないだろうか。気のせいだろうか。いや気のせいですよね? 頼むから気のせいだと言って下さい神様……! と、もうこの世には居ない神様にも祈るラスロだったが、こういう嫌な予感は見事百発百中で的中するのが彼の運勢だった。
「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおラスロぉォオオオオオオオヘルプミぃィイイイイイイイイイイイイイッッ!」
「ゲルゴパァッ!?」
ズドン! と何故か扉ではなくその横の壁が引き裂かれるように縦に割れて黒い影が侵入してくる。ラスロは普段部屋に鍵を掛けておりそれを知っているのは幹部達で、尚且つ城の内部を自由に操作できるのはこの魔城の主である曹操と生みの親であるレオナルドしか居らず、つまるところこの侵入者はどう考えても後者であった。
突然の来訪者(侵入者)の登場に瞬時に把握するラスロだったが、回避すれば幼いレオナルドの身体は壁と激突し怪我をしてしまう恐れがあった。そんな事になれば彼の創造物(自称愛の奴隷)であるレイがどのような態度でネチネチ攻めてくるか分からない。具体的に言えば食事の時自分だけ靴底を出されるような。
なので受け止めようと実行するが右手は珈琲カップを、左手は雑誌を持っていたためそれらを机の上に置くのが時間的に精一杯で容赦無く水平状に飛来してきたレオナルドのヘッドシュートがラスロの鳩尾に炸裂し椅子から転げ落ちる。
「ホントマジで助けて下さいお願いします何でもしますからいややっぱり何でもは無しででもそんぐらい本気でヤバいんだって具体的に真剣とかいてマジと呼ぶくらいヤバいんです頼むから助けてよォラスロぉォッ!」
「……わ、分かったから先ず離せ。重症箇所に頭部をグリグリ押し付けんな逃げないから背後に回した手を離せつぅか落ち着けぇ!」
……バッタンバッタンとしばらく絡みほぐれながらも、ようやく落ち着いたのかレオナルドはベッドに腰掛けて事情を説明する。
「ラスロ、僕と逃避行してくれない?」
「落ち着け。おまえまだ絶賛パニック中だろ」
落ち着かせる為にお茶の入ったペットボトルを渡しレオナルドは一気にそれを飲み干す。ちなみに逃避行とレオナルドが言った瞬間に邪神級の殺気が背筋から感じた気がしたが気のせいだろう。うん、気のせいに決まってる。
お茶の飲んで一息ついたからか、走って此処に来たため赤くなっていた顔が平常に戻る。何度か深呼吸を繰り返すと、レオナルドは本題に入った。
「ラスロ、僕と一緒に旧魔王派勢力と会いに言って欲しいんだ」
「断る」
お帰りの扉はあちらで御座います。
「まさかの即答ォ!? 少しは考えてくれともいいじゃないか!」
「うるせぇ! 誰があんな変態集団と関わりたりと思うんだ! この前来たディオドラって奴なんか与えられた客室で壁一面に女の子の写真を張り巡らせてなんかぶつぶつ呟いていたんだぞ!? 他にもシャルバは五体投地でオーフィスに踏みつけられて至福の笑みを浮かべてたしあんな奴等会いたくないに決まってんだろ!?」
ちなみにラスロがディオドラに会いに言った理由はオーフィスから彼女の力である蛇を渡すようにと頼まれていたからだ。その際に彼に与えられた部屋に入ると、そこは黒魔術の如く真っ暗な部屋に一面隠し撮りされた金髪の少女が写っており、それに対してディオドラは、
『アーシア! アーシア! アーシア! アーシアぁぁあああわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! アーシアアーシアアーシアぁああぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ! アーシア・アルジェントたんの黄金ブロンドの髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!!
間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
僕を助けた時のアーシアたんかわいかったよぅ!! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!!
助けられて良かったねアーシアたん! あぁあああああ! かわいい! アーシアたん! かわいい! あっああぁああ!
悪魔にも転生したし嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!! 僕とアーシアちゃんが会ったの一度だけじゃないか!!!! あ…助けるタイミング逃してた…
ア ー シ ア ち ゃ ん は 僕 を 覚 え て い な い?にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! 聖女ぉぉおおおおおお!!
この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ…て…え!? 見…てる? 写真のアーシアちゃんが僕を見てる?
写真のアーシアちゃんが僕を見てるぞ! アーシアちゃんが僕を見てるぞ! 隠し撮りのアーシアちゃんが僕を見てるぞ!!
映像のアーシアちゃんが僕に話しかけてるぞ!!! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!! 僕にはアーシアちゃんがいる!! やったよマザー!! ひとりでできるもん!!!
あ、水晶に浮かび上がったアーシアちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあ聖アグネスぅう!! ジ、ジャンヌー!! カタリナぁああああああ!!! バルバラァぁあああ!!
ううっうぅうう!! 僕の想いよアーシアへ届け!! グレモリーのアーシアへ届け!』
即座に扉を閉めてオーフィスの蛇を扉付近に置いて去ったラスロの判断は間違っていないだろう。ちなみにその後も幾度か曹操の伝言で旧魔王派と接触することが在ったが、何やらオーフィスをドレスアップして飾っている魔王、自称オーフィス燃え萌え隊を率いる魔王、オーフィスに踏まれて五体投地で歓喜に震える魔王、等身大レオナルド魔獣を「おっ持ち帰りぃいい!」と叫びながら廊下を駆け抜ける魔王。……あれ、オーフィスの割合多くね?
「僕だって嫌に決まってるじゃんか! この前だって試しに僕と同じ姿の魔獣を連絡代わりとして送ったら途中で精神崩壊してて連絡不能になってたんだから! というか何? なんで精神崩壊してるの僕にいったい何が在った訳ぇ!?」
「あー、あの時のレオナルドはそういう事だったのか」
あの時持ち帰っていた女魔王ギラギラした目付きの様子から察するにナニをされたんだろう。確か旧魔王派の部下(苦労人仲間)からショタコンって聞いてたし。
これ以上深く傷つかないように、そっとレオナルドの肩を叩いて諭すように優しく話しかける。
「レオナルド……この世にはな、知らないほうがいい事もあるんだぞ?」
「余計怖いよ!? いったい本当に何されたの僕!?」
優しく諭したのになぜか余計に怯えられてしまった、解せぬ。
「というかそうじゃなくて! 一人だとガチでピンチ何だって! お願いだから一緒に来―てーよぉォおおお!!」
「そー言―てーもーなー。おーれーじゃーなーくーてーもーいーいーだーろー」
胸蔵を掴んでガンガン揺らしながら懇願するレオナルドにラスロはガクガク頭を揺らしながらなんとか答える。そもそもラスロでなくとも英雄派には多くの人材がいるのだ。そっちに頼ればいいだろと思うのだがとラスロが今にも吐きそうな環境下で告げると、レオナルドは揺らすのをピタリと止めてラスロに上目遣いで懇願した。
「……ラスロは、僕のこと助けてくれないの……?」
―――危うく
良く良く考えてみればラスロ以外まともな人材がいないので、此処でラスロに見捨てられれば本当に一人で行くしかないのだろう。レオナルドは歳不相応に大人びているが、実際は未だ十歳前半の幼い少年だ。更に英雄派に入るまではその力ゆえかいつも孤独だったと聞き親に捨てられて曹操がそれを拾ったらしい。だからこそ彼にとって見捨てられるというのは最大のトラウマなのだろう。
そう、それだけのはずだ。ラスロの太股に座り込み身体がすっぽり入るように縮こまりながら胸元に手を置いて半泣きのせいで赤くなった顔で上目遣いで懇願しているのはそういう不安からだろう。決っっっしてそれ以外の理由などない。そして若干その様子に鼓動が高鳴ったのも気のせいだ。俺はホモじゃないし、そもそも俺の好みは金髪巨乳美人だ……!
一瞬なぜか金髪貧乳の腹ペコ娘の姿が脳裏に浮かんだが気のせいだろう。ラスロはやれやれと嘆息すると、不安そうにこちらを見上げるレオナルドを安心させるべくそっと頭を撫でた。
「ったく、わーかったよ。俺も一緒に行ってやるから。だから男がいちいち泣くんじゃねえよみっともねえ」
「な、泣いてなんかいないやい!」
そう言いながら目元を強引に拭うレオナルドを微笑ましく眺める。
「で、いつ行くんだ? ていうかいったい何の理由で旧魔王派の連中と会うんだよ」
「会うのは今からだよ?」
「……は?」
レオナルドの発言に目を見開くラスロだったが、レオナルドはその様子を気にする事無くポケットから何やらボタンのような物を取り出しながら端的に説明する。
「何でも今日悪魔天使堕天使の停戦協定を結ぶ為に駒王学園で会談を行うそうなんだ。そこに魔法使い派と旧魔王派のカテレア・レヴィアタンが襲撃を行うそうだからそれの様子見をして来いって曹操が」
「……ちなみに一応聞いとくが、そのボタンは何だ?」
「これ? ゲオルグに作ってもらったどこでもボタンだよ? これを押せば半径一メートル以内の人物を特定の場所に転移させる事が出来るんだ! 凄くね? やばくね!」
興奮気味に語るレオナルドだが、その様子をラスロは若干引きながらふと気づく。それってつまり……
「ま、待て。もうちょっとだけ心の準備を……!」
「スイッチオーン!」
「人の話を聞けぇええええ!」
問答無用で押されたボタンに反応して、足元に浮かぶ魔法陣。それに連動するように周りの景色が歪んでいく。そのもう取り返しの付かない光景に最後の悪あがきと言わんばかりにラスロは絶叫した。
「だから、俺はこの空間転移が嫌いだっていつも言ってんだろうがアアアアアアぎゃあああアアアアアア!!」
……いったいどれくらいの間気を失っていたのか、気が付くとラスロはグランドに立ち尽くしていた。おそらく此処が会談の場となる駒王学園のグランドなのだろう。
「……うっぷ、あいつ、転移するなら予め言っとけっての……」
ラスロは転移が苦手だった。克服以前に身体が生理的に受け付けないのだ。昔曹操に相談したら克服として耐久二十四時間連続転移大会などとふざけた催しを開いてランダムに適当な位置に転移し続ける術式を創りだして耐久レースなどをしたものだ。砂漠から南極に飛ばされた時は本気で生命の危機を覚えたが。
とりあえず先に来ているはずのレオナルドを探すか―――と意気込み周囲を見渡して、絶句した。
大量に闊歩する魔獣の群れ。食い千切られた魔法使い達。そして何より―――
「あなたに恋をした。あなたに跪かせていただきたい、花よ」
現魔王の関係者、その眷属であろう白髪の少女にプロポーズしているレオナルドの姿があった。
……これ、本気で帰っていいかな?
とりあえず四巻乱入。ラスロとレオナルドのコンビが一番書きやすい。というか他がキチガイすぎて会話できねえ……