禍の団は今日も平和です   作:宇佐木時麻

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書き足しました。


俺達の戦いはこれからだ――(完)

 百鬼空亡――

 それは百鬼夜行絵巻の末尾に描かれている「夜が明け太陽が昇るとともに妖怪が去って行く」という場面で登場する太陽を、百鬼夜行の終わりに出現する強大な妖怪と見なしたのがそれの正体だ。

 だが、幾ら強大な妖怪といえど所詮妖かしの類。神格を持たず、現在集っている三大勢力の主格達がいるこの場においては相手ではない――そう誰もが思っていた。

 

 ――――だが。

 

「これが、百鬼空亡だと……!? この威圧、神格級、更に主神級じゃねえか……!」

 

 皆の心を代弁するかのように堕天使総督アザゼルが睨みつけるように空を仰ぐ。そこに在るのは巨大な球体、駒王学園を飲み込むほどの巨体が結界を破壊して外へ出らんと振壊を開始する。

 九つの邪龍が慟哭し、それの中心に居座る人型の何かが赤髪の隙間から邪眼で外界を覗く。

 見る。

 観る。

 視る

 覧る。

 みる。

 ミル――

 

「グッ――ガァアアアアアアアアアアぁぁぁ――――ッ!?」

 

 瞬間、訪れし激震の時。空亡が何かをしたのではない。そもそも神とは人間にとって現象の名前だ。故に何かを思ったから行動するのではなく、何かをするから神なのである。

 それが起こしたのは衝撃の波。まるで息を吐くように自然にそれを行い、それに誰も抗えず地に頭を垂れた。結界は一撃で罅割れそれの術者が全身の穴から血を噴き出し絶命する。魔術師の死体もその気に当てられたように木っ端微塵に弾け飛んだ。

 一撃――たった一撃でそれは全てを終われせた。遊戯ですらなく空亡にとってすれば寝返りを打った程度のものだろう。それだけで三大勢力の主格達は全滅の危機に追いやられていた。

 

 その差は絶望的。次元が違う。住む世界が違い過ぎる。あれは妖かしなどではない。あれは――

 

「当然でしょ。あれは妖怪なんかじゃない。あれは人々が思い描いた災害――空を亡ぼすモノなんだからさ」

 

 その光景は異常だった。人の上位種である悪魔や天使、堕天使達が皆地に這い蹲る中、普段と何ら変わらず人間の少年が立っている。上から降り注ぐ威圧など意にも介していないように、レオナルドは飄々と立っていた。

 

「おまえ、何で……!?」

「はいはーい。話は後で聞くからちょっと待っててね。今ここで君たちに死なれちゃうと僕が皆に怒られちゃうから。まったく、曹操もすぐ自分の言ったこと忘れて暴れちゃうんだから、後で怒られる僕の身にもなってよね」

 

 何故堕天使や悪魔でも身動き出来ないこの状況で平然と動けるのか疑問を持つが、レオナルドはそれを一蹴して皆を一箇所に集める。少し離れていた赤龍帝や白龍皇は蹴り飛ばし、他の連中はゴロゴロと転がして運ぶ。子猫だけはお姫様抱っこで運んでいたが。

 皆を一箇所に集めると、レオナルドは祈るように両手を合わせて自分の少し外れた場所に透明な枠で出来た結界を作り上げる。それに包まれた途端、今まで感じていた威圧がだいぶ薄れ何とか立てるまで回復した。

 

「これでよしっと。その中にいれば安全だからしばらく大人しくしててね? いやーホント、ゲオルクは普段何言ってんのかさっぱりだけどこういう技術は凄いよねぇ」

「これは……外部と内部の次元を切り離す結界? これほど高度な結界を一瞬で……」

「それよりもどういう意味だ? あの空亡が人間が思い描いた災害っていうのは」

「えぇー、それ僕が説明しないといけないの? まあ、別にいっか」

 

 レオナルドは辟易とする様子で結界内の彼らを見渡すと口を開いた。

 

「えーと、ミカエルさんでしたっけ? 率直に聞くけど、『システム』って何なのか知ってる?」

「システムとは……主が作りだしたシステムの事ですか? それは神の奇跡を地上にもたらすものでしょう?」

「うん、まあ間違っていないけど、正しくもないかな。そもそもシステムがもたらす奇跡っていうのは副産物に過ぎないんだ。そもそも神様の奇跡なら神が死んだ時点で消滅するのが道理でしょ? あれはそういうものじゃない。あれは阿頼耶――人間の普遍無意識なんだよ」

「阿頼耶……だと?」

「そう。システム自体は阿頼耶と接続するための『窓』でしかない。神はそれを利用して種族の強化及び弱体化を測ったんだろうね。悪魔は聖なる光に弱い、天使は聖なる光を扱えるってね」

 

 だからこそ悪魔や天使、堕天使達は信仰を得なければ弱体化してしまう。人間達の畏れや信仰をシステムによって力を底上げされているため、もし人間達が彼らを忘れてしまえばその力は激変することになるだろう。

 

「ちょっと待て。今はあの空亡の話だろうが。システムと何の関係がある?」

「もぉー、少しは空気読んでよ『閃光と暗黒の龍絶剣』総督ゥ―」

「その名で呼ぶなァ!?」

「まあそこの『閃光と暗黒の龍絶剣』総督が手短に話せって言うから省くけど、じゃあ人間にとって神様ってなんだと思う?」

「何って……それは――」

 

 応えようとして、アザゼルははっと気づく。

 人間にとっての神様。それは即ち種族ではなく現象に他ならない。災害を神の怒りと思い、奇跡を神の神秘と受け取ってきた。

 即ち、人間にとって神とは祀り、鎮めるもの。災害が起こればそれを食い止めるのではなく少しでも被害を抑えようとする。故に戦うという発想自体在り得ない。

 ならば、もし人間にとっての神様が現れたとしたら?

 

「そう。それこそがあの百鬼空亡の正体。人間にとっての災害が具現化した姿。『神』という種族ではなく、『神』という現象そのものだよ」

 

 ゆえに、あの百鬼空亡を殺すことは不可能。人間にとって災害を殺すことなど同じ現象でない限り不可能である。

 

「ま、待ってください。仮にあの空亡がそうだとして、そんなものを呼び出せるはずがありません! 私達でさえシステムの制御は困難だというのに――!」

 

 レオナルドの言葉にシステムに詳しいミカエルが反論する。それに対しレオナルドはまるで出来の悪い生徒でも見るように微笑みながら最悪の真実を告げる。

 

「いるじゃん。それを扱えるものが一人、いや一柱かな?」

「え……?」

「神様はそれを使えたんでしょ? まあ、もっともその神様にはその方法が思い付かなかったんだろうけどね。神様が神様の力を使うっていうのは人間じゃなきゃ思いつかないか」

「神……神の意志……まさか、『黄昏の聖槍』か!?」

「ピンポンピンポン大正ぇぇ解ィッ! それが僕らのリーダー、曹操の神器だよ。お陰でこっちは毎日特訓で死に掛けるはめになってるけどね」

 

 にこやかにレオナルドは笑いかけるが、三大勢力の彼らにとってすれば笑い話に出来なかった。レオナルドの話から察するに、曹操はシステムを離れていても自在にコントロール出来るということになる。更に、あの主神級の空亡を簡単に呼び出せるという事実。それに戦慄しない者はこの中にはいなかった。

 

「なら、あれをどうすれば……」

「簡単な話だよ。あれが人の夢ならば――人の理をぶつければいいだけの話さ」

 

 その言葉にレオナルドの視線が移る。そこに佇んでいたのは彼の同胞。佇むその姿は何の畏れもなく自然体で、微かに震えるレオナルドとは違い全く動じていなかった。その姿に畏れを抱きながら、どこか羨望するような声で呟く。

 

「全く……あれの威圧を受けて平然としてられるなんて君ぐらいだよ――『禍の団』英雄派副首領(、、、)、ランスロット」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「曹操のヤツ、またテンション上げすぎて暴走してやがるな……ッたく、あれほどやり過ぎるなっていつも言ってんのに」

 

 ラスロは普段通りだった。目付きの悪い目を細めながら頭を掻いて、ここにはいない自分たちの大将の文句を口にする。

 だからこそ、ラスロは異常だった。大気が震える、恐怖が伝達する、凶念が憤り狂う。空を覆うは災害の現象。本来ならば立つことすら出来ず恐れおののき頭を垂れて赦しを乞うのが道理だろう。

 だが、ラスロは恐れていなかった。否、そもそも――ラスロは空亡の事すら見ていなかった。

 

「滅・滅・滅・滅ゥゥゥ」

「亡・亡・亡ォォ―――!」

 

 百鬼空亡は咆哮する。それに反応するかのようにそれの周囲にいた百鬼夜行が暴れ回るように軍進する。だが彼らは決して百鬼空亡の眷属などではない。彼らが奔るのは逃避のため。少しでも遠く速く災害から逃げるために頑然の全てを蹂躙しながら離れようとする。

 当然、それは目前に佇むラスロへとも向かうはずだった。しかしそこにあるのは、まるでモーゼの奇跡のようにラスロの左右へ逃げる妖怪の姿だった。

 即ち、彼らにとってラスロは、空亡と同じく避けなければならない存在だった。

 

「――起きろ・『究極の羯磨』」

 

 静かに、そして整然と言霊を紡ぐ。

 その手に在るのは一粒の種だった。黒く禍々しくそれをラスロは握り締める。種に罅が奔り、中のモノが溢れだし――

 

「禁手化――『魔剣・斬撃皇帝』」

 

 刹那、それは世界の侵食を開始した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 迫り来る妖怪達――それを見て、レオナルドは感情の籠もっていない声で独りごちる。

 

「ふーん、僕の方へ来るってことは、要するに僕の方が怖くないって言いたいんだよね?」

 

 百鬼空亡は未だ顕然。ラスロの方へ行かないのは彼が空亡と同じくらい危険だということを察しているからだろう。

 その中で自らの方へ来るのは即ち此方の方が危険が少ないから。有象無象の塵芥にしか見てないという事であり――

 

「――ふざけるなよ、塵屑のぶんざいで。誰を見下ろしているつもりだァァあああああ!!」

 

 我こそ魔獣を従えし君臨する王。

 頭を垂れろ、赦しを乞え。それが王の命令だ。

 それに従えぬというならば――

 

「鏖殺滅殺――皆殺しだ」

 

 レオナルドの気配が膨れ上がる。幾百幾千幾万――更に膨れ上がる魔獣の気配。王に逆らうモノを殺せ。我らの主に叛逆をなす者など一片たりとも残しはしない。忠誠を誓った魔獣共がその憤怒を顕に交じり合う。

 

「狼が槍を飲み込んだ。蛇と雷神が相討った。魔犬と戦神、巨人と光、女神が黒に焼き殺された。混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)混ざれ(満たせ)――」

 

 レオナルドの背後、そこにある影は光もなく伸び始め地面と垂直に立った。厚さを持たない影がその大きさを膨れ上がらせる。その影の中で行われているのは混沌終末。何もかも滅んだその世界の出来事を、北欧神話ではこういった。

 

「蹂躙しろ――終末合獣『神々の黄昏(ラグナロォォォク)』ッッ!」

 

 言葉ともに、主の命令を待ち望んでいた彼の魔獣が影から現れる。そこにいたのは、人であり、蛇であり、狼であり、巨人であり、龍でもあり、炎でもある――異形の身でありながら、どこか神聖さを持つ魔獣だった。

 それは思う。主を邪魔したのは誰だと。僕、俺、私、あたし、ボク、我、儂、の偉大なる主の前に立ち塞がったのは誰だと――幾百幾千幾万もの意志を一つにし、狙いを定める。

 来るのは百鬼空亡から少しでも離れんと蹂躙しながら迫る百鬼夜行。それらを前にし、

 

「―――GYEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!」

 

 お前たちかと、その憤怒を露わにし全てを咆哮の衝撃波という一撃で蹂躙した。

 音が大気を震えさせ振動が内部で拡散し爆発させる――そんな小細工などではない。拳に当たれば吹き飛ぶように、剣に斬られれば切れるように、妖怪達は咆哮の壁に轢殺されただけの話。それ故に恐ろしい。

 誰もが畏怖の念を抱いきつつある中、それを主であるレオナルドはやはりかと少し自嘲めいた声で呟いた。

 自分が生み出した子は最高だ。だが、それでも――まだ、届かない。まだ足りない。

 羨望するような目で見るレオナルドの視線の先――そこには、世界を食らう剣を携えたラスロの姿があった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 種から溢れだした根枝が腕に絡みつきながら成長していく。そこから伸びる剣の限界は所有者の容量(キャパシティ)――つまり、ラスロ自身の限界だった。

 星の生命を喰らい成長する様はまさに魔剣と呼ぶに相応しい。そしてその力は必然的に所持者であるラスロにも注がれる。

 だが、考えれば誰でも分かることだろう。ラスロが倒さなければならないのは百鬼空亡――人が思い描いた災害の現象そのものだ。それを倒すにはそれと同等な力がいる。

 人は神にはなれない。故に、その限界が来るのは必然だ。

 

「ぅ――ァ、ぎ、ィィぁ――」

 

 身体を力の奔流が襲い掛かる。身体は至る箇所から血が噴き出し、精神は発狂寸前まで追い込まれ、魂は今にも砕け散りそうになる。

 とてもじゃないが耐えられない。理屈云々以前の話だ。人間とは脆い種族だ。もうじき限界は訪れラスロは耐え切れず力に呑まれ死ぬ――

 

「まだだ――――ッ!」

 

 それを、ラスロは馬鹿のように気合と根性だけで耐える。

 

 身体が悲鳴を上げている――――耐えろ。

 精神は既に死に体だ――――耐えろ。

 魂はもう罅だらけだ――――耐えろ。

 

 理屈など一切ない根性論。まるで御伽話のように荒唐無稽さ。本来ならば在り得ない限界を超え限界を越え限界を超越する限界突破。

 それこそがラスロが『禍の団』英雄派副首領に選ばれた理由。曹操のように神に選ばれた素質を持つ英雄だからではない。それはもう一種類の英雄――己の意志のみで運命を切り裂く信念をもっているからこそだった。

 

「勝つのは、”俺”だ―――」

 

 そして、人の意志が神に至る。

 その両手に握られし剣は魔剣・斬撃皇帝。人間を守るために世界を滅ぼす人間の在り方の具現化した概念武装。超越種たる星すらも滅ぼす『死』を刻む人の理の魔剣。

 天へと伸びるその剣を前にして、百鬼空亡は白痴の脳で理解する。

 あれこそが己をここまで穢したモノの正体だ。我を祀り、鎮めるのではなく消し去ろうとしている。この地を守り続けてきた我を――守護神を穢し、忘れ、そして己が勝手に消し去るモノ。

 あれこそが――人の理そのものだ。

 

「滅・滅・滅・滅ゥゥゥ」

「亡・亡・亡ォォ―――!」

 

 神の怒りを顕にするように、空亡は大気を振動させながら再度激震する。今度は寝返り程度では済まない。今度こそ本気の、嘗て起こった阪神淡路大震災に匹敵する災害を引き起こそうとし――

 

「悪いな神様。こっちの都合で勝手に起こしたりして。――もう一度、眠ってくれ」

 

 それはさせないと。万物切断を司る斬撃皇帝が激震すらも斬り裂いて空亡に振り下ろされる。それには忠義も畏怖もない、鋼の斬撃。星の時代が終わりを告げ、神代の時代が消えたように――幻想もまた、人の理に断末魔を上げる間もなく斬り裂かれ消滅した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「あの空亡を……一撃だと……ッ!?」

「そんな、馬鹿な……!」

 

 一撃で三勢力の主格達を戦闘不能に追い込んだ邪龍、百鬼空亡を一撃で滅ぼしたラスロにその場の誰もが畏怖の念を抱いていた。まるで凍ったように静けさだけが場を包んでいる中、唯一ラスロは彼の神器禁手『魔剣・斬撃皇帝』をただの種に戻し握りしめながら嘆息する。

 

(つーか、そんなに恐れられてもこっちはもう限界なんだから勘弁して欲しいんだが……)

 

 そもそも、ラスロ自身に百鬼空亡を倒す力はない。彼があの邪龍を滅ぼせたのは彼が所持している神器『究極の羯磨』の恩恵が絶対だったが故の事だ。

 十三個存在する神滅具の一つとされている『究極の羯磨』が、その詳細はほとんど不明だ。他の神滅具とは違いどんな形状をしているのか、どんな能力を秘めているのかすら謎である。本来ならば神滅具として数えられている事さえ不思議だろう。

 だが、それの所持者となったラスロにはその理由が痛いほど理解できた。何故ならこの神器、禁手化しない通常状態ならば、正真正銘ただの『種』でしかないからだ。

 

 植えても何の反応もなし。割っても中には何も入ってなく、食べてみたが無味。握り締めるだけで簡単に壊れ、正直ラスロ自身それが神器だと思うことは一度も無かった。

 それが変わったのは禁手に至ってから。故に応えよう。神器『究極の羯磨』の禁手『魔剣・斬撃皇帝』は―――神滅具の中において、最強最悪の兵器だと。

 『魔剣・斬撃皇帝』は敵対する対象を滅ぼす為に無限に成長する神器だ。どんな敵であろうとそれは恐らく滅ぼすまで進化し続ける。そして、最悪という理由はこの神器には限界停止(ストッパー)が存在しないからだ。

 

 考えれば誰でも分かるだろう。この神器を所持する者は基本人間だ。そしてそれと戦う相手となれば悪魔や堕天使となるだろう。そこで仮に禁手化に至るまで成長した人間が禁手化を発動し『魔剣・斬撃皇帝』を使用するとしよう。

 

 その時点で―――人間の身体は力の奔流に耐え切れず自滅する。

 

 人間とは弱い種族だ。仮に仙術や氣を覚えて肉体強化をしていたとしても、そもそも性能(スペック)に差がありすぎる幻想種と同じ領域まで神器を成長させれば身体の負荷が掛かり過ぎ一体倒すだけで限界が来る。もしその相手が龍や神ならば力の増幅に身体が制御しきれずそのまま力の暴走で爆死するだろう。

 それに、『魔剣・斬撃皇帝』は対単敵概念武装だ。一体倒すことに成功しても、その恩恵は一体倒したのと同時に消滅する。仮に複数に襲われれば一体倒した後瀕死の状態で他の連中を相手にしなければいけなくなる。そうなれば死は避けられまい。

 正直に言えばラスロは既に限界だった。出来れば今すぐにでも膝を折って血辺泥をぶち撒けたい気分だが、そんなことをすれば皆から渾名が『NTR騎士』から『ゲロ騎士』に変わりそうなのでそれだけは避けなければと気合と根性で耐えていた。もしこの場で襲われていればラスロは為す術もなく惨殺されていただろう。それはさせまいと必死にポーカーフェイスを保っていた。

 

「いるんだろう、曹操。いつまで眺めて笑っているつもりだ」

 

 ラスロの声が静寂を保っていたその場に荘厳と響き渡る。誰もがその言葉に一瞬訝しげるが、その疑問は突如現れた人影によって霧散した。

 ラスロの背後、まるで影のように気がつけばその男は立っていた。目を逸らしていた訳ではなく、意識していなかった訳でもない。言葉通り、その男は最初からいたようにその場に立ち、君臨していた。

 

「――見事だったぞラスロ。流石は俺が認めた英雄の一人だ。神すら断つ剣、いや神にすら至るその意志こそまさしく俺が見たかった輝きそのものだ。ゆえにもう一度言わせてくれ。君こそ俺の求めた真なのだと」

「寝言は寝ていえ気持ち悪い。第一おまえ、あのタイミングで空亡吹っかけるとか正気か? 俺達の目的の大前提を覆すような真似するなよ」

「済まんな。あんなモノを魅せつけられればつい先が見たくなってな。ああ、反省はしている。後悔はしてないがなァ!」

「よし、そこになおれテメェ。お前のその暴走癖はいい加減直せって前から言ってんだろうが! 第一あれで本当に全滅したらどうするつもりだったんだよ!?」

「何、それについては何ら心配はしていなかったさ。この場には君がいた。ならば俺がどんな事をしようとも必ず止めてくれると信じている。何せ君は俺が求めた真なのだからな」

「……そういう発言が腐女子(ジャンヌ)を喜ばせているって何で気づかないんだお前は」

 

 曹操、と呼ばれた学生服の上に漢服を羽織る男は愉快そうにラスロと会話していた。だが、誰もがその会話を邪魔することが出来なかった。

 曹操が現れたことに誰もが気付かなかった。そしてそれは、その存在を認識した途端別の印象に変貌する。

 それは即ち、灼熱の太陽。全てを飲み込む、全てを業火で焼き尽くさんと背中を見ただけでその気配に誰もが飲み込まれてしまった。とても弱者である人間とは思えない。これは喩えるならば――漆黒の太陽。

 

「さて、お初にお目にかかりるな、三大勢力の主格達殿。こういうのは何だが、自己紹介をさせてはくれまいか?」

 

 三大勢力の主格達が集うその場で曹操は薄く笑みを浮かべながら申告する。その手には武器を持たず無手だが、その身に纏う覇気は王の気質を持っている。故に誰もがその気迫に呑まれ黙っていた。

 それを肯定と受け取ったのか、曹操は満足気に頷くと声を上げる。

 それは王の宣告。ゆえに、彼の同胞である仲間達が音もなくその場に降臨した。

 

「『禍の団』英雄派《魔獣王》レオナルド」

 

 数多の魔獣を従えし魔獣の王が告げる。

 

「『禍の団』英雄派《魔剣帝》ジークフリート」

 

 万象斬り裂く殺意を剥き出しにし魔剣の担い手が告げる。

 

「『禍の団』英雄派《理想郷》ゲオルグ」

 

 霧に包まれし黒き幻影が蠢きながら告げる。

 

「『禍の団』英雄派《聖龍女》ジャンヌ」

 

 聖剣で生み出されし聖龍の乗り手として聖女が告げる。

 

「『禍の団』英雄派《反英雄》ヘラクレス」

 

 何物をも蹂躙する(筋肉)を持つ最強の英雄が告げる。

 

「『禍の団』英雄派《不死姫》レイ」

 

 不死を司る炎の化身が魔獣王の横に跪きながら告げる。

 

「『禍の団』英雄派《黒騎士》ラスロ」

 

 神すらも斬り裂く刃を担う漆黒の騎士が告げる。

 

「そして俺が、『禍の団』英雄派首領――曹操だ。君達の、いずれ世界の敵となる者の名だ。覚えてくれ」

 

 まるでその仲間達を誇るように、曹操は不敵な笑みを浮かべて告げる。その瞳に宿るは漆黒の業火。見ているだけで飲み込まれそうで、唯一言葉を吐けたのはアザゼルだけだった。

 

「……それで、おまえらはいったい何が目的だ。まさか、今どき時代遅れな怪物を倒して英雄になろうとでも言うんじゃねえだろうな?」

「いや、その真逆だよアザゼル」

「真逆、だと?」

 

 訝しげるアザゼルを無視し曹操はふと視線を上げる。

 

「今代の赤龍帝――いや、兵藤一誠だったか? 先ほどの戦いは実に見事だった。ああ、感激したとも。己が愛のため、譲れるものを守るために己の限界を越え強者に打ち勝つ。ああ、なんて素晴らしいことか」

「え、あ、どうも……?」

 

 その素直は褒め言葉に一瞬何を言われたか分からず兵藤一誠は曖昧に答えを返す。本人からすればおっぱいを半分にされたくないがゆえの死闘だったので冷静になればそこまで褒められることだろうかと首をかしげた。

 

「だが、一つ聞きたい。もし君が人間のままだったら、仮に神器が目覚めないまま人生を送っていたとして、君はこれほど強く生きようとしただろうか?」

「は? ちょ、ちょっと待て」

 

 曹操の言葉に熱が篭っていく。もはや曹操は兵藤一誠の言葉を聞いていなかった。彼は己が信念を熱く語る。

 

「否、その時はきっと君は凡夫として死んでいっただろう。その魂の輝きを放つことなく、何処にでもいる誰かとして人生を終えたはずだ。ああ、俺はそれが非常に無念だと思う。誰もが無謬の輝きを持っているというのに、人々の輝きは色褪せ、己が成長するのではなく他者の脚を引き摺り降ろし、その成長を異端として忌み嫌い、自己進化ではなく狡猾な手段を

選ぶようになってしまった。俺はそれが残念で他ならない。ああ、確かに人間の本質は悪性だ。だがな、俺は信じたいんだよ。人には愛がるのだと。勇気があるのだと」

 

 そう告げながら曹操はまるで天を掴むように手を伸ばし、

 

「故に俺は――”絶対悪”として君臨しよう」

 

 刹那、空から現れたのは空中都市。王の帰還を迎えるが如く降臨したその都市は悪魔達にとって本来ここにあってはならない存在―――空中要塞都市・『アグレアス』。

 

「俺はこの世全てに生きる者達を愛している。故に壊そう。何故なら我が愛は破壊の情がゆえに。愛でるために先ずは壊そう。愛、信念、友情、憎しみ、復讐、正義、秩序、金銭、御題目はなんでもいい。その全てを肯定しよう。その全てを―――壊させてくれ(抱き締めさせてくれ)

 

 神聖と邪悪が混ざり合い曹操を中心に溢れ出す。その言葉に偽りはない。彼は全てを愛している。愛しているがゆえに、彼は”絶対悪”を望んだ。

 

「世界よ、人間よ、英傑よ、神よ、仏よ、悪魔よ、天使よ、堕天使よ、巨人よ、精霊よ、妖怪よ、龍よ、森羅万象三千大千世界に生きる全ての種族よ! 踏み越えろ―――我らこそ不倶戴天の敵、我らの屍の上にこそ正義である―――!!」

 

 人間を愛している。

 その輝きが至高だと信じている。

 ゆえにその時こそ―――我らの悲願は果たされるだろう。

 

 この日―――三大勢力が和平同盟を結んだその日。

 『禍の団』は世界に宣戦布告を告げた。

 

 




もう、何も怖くない――(白目
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