パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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A's20.球技大会③

 球技大会特別ルール

 ① 試合は5回までのコールドなし 試合時間は1時間以内。 オーバーした場合、その回の裏で試合終了 ※同点のまま試合が終了した場合、延長なしで安打の数で決めます

 ② 試合直前に審判に渡す登録用紙に名前が載っている者なら、何度だって交代を繰り返してもよい

 ③ 故意によるラフプレーは退場とする

 ④ 盗塁は禁ずる ※リードは可

 

「とまぁルールの確認はこれくらいで十分よね」

 

 指で野球ボールを転がして遊ぶアリサと今回の特別ルールについて確認を取る。 今大会、試合が5回までしかないので先に点を取ってからの、逃げ切り型のほうが有利なんだけど──

 

「しょっぱなから楯梨か。 下手したらホームランで同点にされる可能性もあるよなぁ」

 

 ピッチャーマウンドからバッターボックスをチラリと盗み見る。 楯梨は獣のような瞳で俺とアリサを凝視したまま一歩たりとも動こうとしていない。 あれ絶対に指定Sランク危険生物だから駆除したほうがいいと思うんだが、なのは達が動かないのでどうすることもできないか。

 

「ちょっと、あんた私が打たれること前提で話してるんじゃないの?」

 

 頬をフグのように膨らませたアリサがこっちを睨みつけながら怒る。 おぉ……なんか萌える! これはそう、約束の時間を過ぎて待ち合わせ場所にきた彼氏に怒る彼女の態度と一緒じゃないか!

 

「すまんアリサ、お前とは体の関係までが限界なんだ……」

 

「ちょっとまて、あんたの中で何が起きた」

 

「え? 俺のセフレにしてほしいって話だろ?」

 

「それなら一生涯処女のほうがましよ」

 

「またまた~、俺の部屋にきたときどぎついエロ本読んでたくせに~」

 

「あぁあれ? 全部なのはにバラしたわよ」

 

「くそッ! 球技大会なんかしてる場合じゃねえ! 俺はいますぐ帰るッ!」

 

「帰ったところであんたの隣の部屋が地獄への入り口でしょうが……」

 

『二人ともー、いつまで作戦会議してるつもりだー。 早く守備位置につきなさーい』

 

「あ、すいませーん! ほら、守備位置についた。 敬遠なんてサイン出したら顔面青紫色になるまで殴るわよ」

 

「まったく……アリサは頑固だなぁ」

 

 アリサに睨みつけながらもキャッチャーの守備位置につく。 とりあえず、あっちは野球経験者が多いから塁を溜めるとすぐに点を取られるよなぁ。

 

 こちらをじっと見つめるアリサ。 どうやら俺のリードを待っているらしく、アイコンタクトで相談してくる。 う~む……初球は大事だよなぁ。 なんせ相手は楯梨なんだから。

 

 すくりと立ち上がり、キャッチャーミットを楯梨の頭部の直線状に置く。

 

『とりあえず頭部死球で様子をみよう』

 

「いやなんの様子見ッ!?」

 

『心配するな、野球に事故はつきものだ。 それにあっちの主力を潰すことも出来る一石二鳥だろ?』

 

「あんた女子の怖さ知らないでしょ! そんなことしたらあたしが女子の中で恨まれるじゃないのよ!」

 

『そこはほら、アリサの力で抹消すればいいだろ。 お金は万能なんだから』

 

「くっ……もうどうなってもしらないわよ! 責任とんなさいよね!」

 

「あ、それなんか子どもを孕んだ危険性をもった行為をしたときにアリサに言ってもらい──」

 

 カキィンッ!

 

 ホームラン!

 

「ちゃんとしやがれへぼピッチャー! なんだそのへっぽこなボールは!」

 

「頭部死球を本気で投げられるわけないでしょ!? それよりあんたがちゃんとサイン出さないからでしょうが!」

 

 審判にタイムを取りアリサに文句を言いにいくと、アリサが胸ぐらを掴みながら怒ってきた。

 

「いや、だから楯梨を退場させれば勝率がぐんとアップして──」

 

「あんたさ……そもそも故意のラフプレーは禁止って書いてあるのよ?」

 

「俺がラフプレーと思わなければそれはラフプレーとして成立しない」

 

「なんという暴君」

 

 がっくりと肩を落とすアリサ。 なんかアリサの周りにだけどんよりとした靄がかかっている気がするのは気のせいか?

 

「はぁ……あんたのせいで振りだしに戻ったわよ」

 

 べしべしと高速連打でデコピンを繰り出してくるアリサの後方、丁度楯梨がホームに帰ったらしく俺とアリサに聞こえる声で呟いたのを耳にする。

 

「はぁ……ちょっと可哀想になってきちゃうかしら。 まぁでもしょうがないわよね。 だって私はなでしこ野球部のエースで全国レベルなんだから。 みんなー、おまたせー!」

 

「「……」」

 

 恐らく、手を振っている連中は同じなでしこ野球部の連中だろう。 それを証拠に他の奴らはごめんとポーズをとって頭を下げているのだから。 そうかそうか……打ちごろの球か。 まったく──舐められたもんだな。

 

「俊、あともう1点めぐんであげてもいいんじゃない……?」

 

 ぷるぷると肩を振るわせるアリサ。 いまの楯梨の言葉でアリサの中のプライドがボルケーノしたらしい。 もうなんか目が怖い。 笑ってるけど、笑ってるけど暗殺者の目をしてる。 まるで俺のエロ本の中に熟女モノを発見したときのなのはの目と似ている。

 

「……可哀想に。 俺もうしーらないっと」

 

 さて、位置につきますか。

 

      ☆

 

 ストライクッ!

 

 3アウトチェンジッ!

 

 審判の威勢のいいコールがグラウンドに響く。 楯梨からホームランを打たれたアリサは、その後はすぐに立ち直り抜群の制球力と唯一扱える変化球のカーブとストレートとスローボールで後続にバットを振ることすら許さずに3アウトに打ち取って見せた。

 

「ナイスピッチ」

 

「当然よ。 あームカツク! なによさっきのあの態度!」

 

 即席ベンチに戻ってきたアリサは地団駄を踏む。 よほど先程の楯梨の態度が気に入らなかったんだろう。

 

「まぁまぁアリサちゃん。 深呼吸深呼吸」

 

「そうやでアリサちゃん。 こういうのは勝てばいいんよ。 勝った後に一言グサッと心にくる言葉のほうが負け犬には効果覿面やで」

 

 タオルでアリサの顔を拭くすずかの言葉に、はやてが同意する形で補足する。 にこにこと笑う二人を前にアリサも膨らましていた頬を通常時に戻し、頬を掻く。

 

「ん……なんかごめん」

 

「ツンデレ姫可愛いなぁ」

 

「ツンデレじゃないわよ」

 

「俺はヤンデレ大好きだぞ」

 

「「……それ洒落にならない(わ)よ……」」

 

 隣にいた俊のヤンデレ好きにアリサとすずかが可哀想な目を向ける。 対する俊は何故自分がこんな可哀想な目を向けられているのか分からないのか、首を横に捻る。

 

「なぁはやて、俺の周りにヤンデレなんていたっけ?」

 

「さぁ? まぁそんなことより──」

 

『動物園クラスの次のバッターは……はやてさんですか。 はやてさん、早くしてください』

 

「むぅ……もうちょっとまってくれてもええのに」

 

 はやてが何かを言いかけた時、バッターボックスから主審の先生の声がはやてにかかる。 はやては口をアヒル口にし文句を言いながらも、渋々といった雰囲気でバッ

トを持ってバッターボックスに向かっていく。 そんなはやてに俊は後ろから声をかける。

 

「はやて! 頑張れ!」

 

 ビクっと肩を震わせたはやては後ろに振り向き、笑顔で手を振る。 その笑顔に俊の後ろでノコギリを構えて待機していた男子共は撃沈した。

 

『くそッ! なんでいつもコイツばっかり……!』

 

「まてまてまて、その前にお前らはそのノコギリで何しようとしてたんだ」

 

『くそぉ! 俺だってはやてさんに笑顔向けられたい! コイツと俺達と何が違うんだよ!』

 

「まぁ顔だろうな」

 

 発狂した男子共がノコギリでひょっとこに襲い掛かる。 ひょっとこはそれに対し後ろをみずに後ろ蹴りを繰り出す。 そこから始まるベンチ内乱闘。 このクラスに友

情など存在しない。 あるのは殺意のみである。

 

「うるさぁああああい! これだから動物園クラスってバカにされるんでしょうが!」

 

 ひょっとこと男子が殴り合う中、それを強制的に止めたのはアリサの一声であった。 アリサの怒気を孕んだ声に男共は一瞬にしてアリサの目の前で正座し、目をキラ

キラ輝かせている。

 

『うおおおおおおお! アリサさんに説教されるなんて!』

 

『やべえよやべえよ、アリサさんの唾が俺の顔に!』

 

『あッ! お前俺によこせ!』

 

『いや俺に!』

 

「俊、バット持ってきて。 俊は一塁のコーチお願い」

 

 氷のように冷たいまなざしをクラスメートに向けるアリサは、俊から金属バットを受け取った後俊にそう指示を出した。

 

「はいはーい。 そういえばなのは達は──」

 

 アリサに金属バットを渡した俊は、アリサの指示通りに一塁コーチへと向かう途中、なのはとフェイトを探し視線を彷徨わせる。 二人はすぐに見つかった。 ベンチ

の端、隅っこに二人だけの空間を作っていた。

 

『はいなのは、あーん』

 

『あーん。 うん! おいしいね! フェイトちゃんもあーん』

 

「……混ざりたい」

 

 本音を呟きながら、俊は一塁コーチへと向かった。

 

 一塁コーチから眺めるバッターボックスにははやてがバットを長く持って楯梨のボールをファールにしている姿が映っていた。

 

「ファールで出来るだけ粘る気か。 まぁどうせ楯梨のボールなんてはやてにはいつでも打てるもんな。 なぁいまファール何回目?」

 

 一塁ベースにいる女の子にファール回数を聞くと、女の子は6回目だと親切に教えてくれた。

 

 俊は真剣な表情でバッターボックスに立っているはやてを見つめる。

 

「いつだってお前は真剣だもんな……」

 

 カキンッと金属バットと白球がぶつかる音が鳴り響く。 白球はファールゾーンに綺麗に落ちる。 楯梨は嫌そうな顔をしながらもプライドからか、敬遠を選ばない。 対するはやては真剣な表情ではあるが、どこか余裕な雰囲気をうかがわせている。

 

 はやては考える。 もっとずっと粘って、さっさとピッチャーを交代させようと。 そう思いながらバットを振る。 これで8回目のファール。 まだ、まだいける。 そう考えながらはやてはバットを構え直す。

 

「ん?」

 

 バットを構え直すと、一塁コーチに俊がいるのが目に見えた。

 

「あかん、ファールなんてしてる場合やない!」

 

 はやて思わず口に出す。 既にはやては楯梨のボールなど見ていなかった。 視線は一塁コーチにいる俊だけを捉え、バットは的確に楯梨の投げたボールを捉えていた。 小気味よい音を立ててセンターの後ろに深く深く突き刺さるボール。

 

『ナイスバッティング! ゴーゴー!!』

 

 はやての長打に動物園クラスのベンチは沸き立つ。 男子女子ともにベンチ内では声を上げて走れ走れと笑顔で指示を出す。 一方打たれた楯梨は茫然自失。 無理もない日本女子野球界を背負う自分がいとも簡単に打たれたのだから、しかも素人相手にだ。

 

『はやてちゃんランニングホームランいっちゃえー!』

 

 打った本人は自分が打ったボールなど視界から消し、一目散に一塁に走り込み──そこでピッタリと止まった。

 

『なにィイイイイイイイッ!?』

 

「俊みてくれた! わたしが打ったとこ!」

 

「おう! バッチリ見たぜ! でも2塁に進んだほうがいいと思うんだ。 ベンチで修学旅行に俺だけハブろうって提案がいま出されてるし」

 

「そんときは二人だけで修学旅行楽しめばええよ」

 

 一塁ベースにしっかりと足を残しながら、俊の手を取るはやて。 そのままはやては恋人のように腕を組む。 二人の身長差からはやては俊を見上げる形となるのだ

が、見上げるはやてがすっかり笑顔を浮かべるものだから、当の本人は真っ赤になった顔を見せないように視線を逸らすばかりである。

 

『俺来世ではあいつを殺すための殺戮マシーンに転生する』

 

『もうあいつの上履き焼却炉に捨てようぜ』

 

『あたし上矢君が早漏だって校内でいいふらしてやる』

 

 はやての好意の全てが俊に向いていることに憤りを感じるクラスメートからの呪詛のような言葉に俊の背筋は凍る。

 

 そうこうしている間にようやくはやての打ったボールにセンターが追い付き中継を挟みながら二塁へ、そしてピッチャーへと返球される。

 

 楯梨は泣きそうな顔でこちらを見ていた。 瞳に涙を溜めながら1塁で俊に楽しそうに笑顔を振りまくはやてを睨む。

 

 それに気づいた俊ははやてにそれとなく伝えた。

 

「あー、はやて? 楯梨がこっちを見てるぞ?」

 

「せやな。 そういえば俊、今日はお弁当やろ? それでな? ちょっと作りすぎたから俊の分も詰めてきたんやけど……その……よかったら食べてくれへんかなぁって」

 

「え? まじで?」

 

「う、うん……。 だ、ダメやろか?」

 

「いや! まったくそんなことないしむしろ嬉しいよ。 あ、じゃぁ俺の作った弁当も食べる?」

 

「うん!」

 

『俺来世では魚になって骨であいつを殺してやる』

 

『上矢君、顔がいいだけの癖に……! あたしからはやてちゃんを寝取るなんて!』

 

『そうよそうよ! 絶対上矢君は無職になるはずだから、はやてちゃんも今のうちに離れて!』

 

 どうやらこのクラスにはレズ女子が相当数いるようである。

 

            ☆

 

 所変わってこちらはバッターボックスに立っている月村すずかは打席に立つ前に主審の先生に言われた言葉を思い出していた。

 

「『動物園クラスの手綱を掴めるのはあなただけです。 本当にお願いします。 あのクラスは男女ともにおかしい子が多数いますが、あの子たちがいると校内が活気づ

くのです』(って言われてもな~……。 私には無理だよ、絶対に)」

 

 困った表情でとほほと落胆するすずか。 一塁でははやてが楯梨を無視して俊と会話し、ベンチではクラスメートが阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、相手チームはそんな自分のクラスにドン引き、なのはとフェイトは二人だけの世界でポッキーゲームをする始末。 こんなクラスを自分がどう手綱を取ればいいのだろうか。

 

「(だめだめ、いまは打つことに集中しないと)」

 

 首をぶんぶんと振って目の前のピッチャーだけに意識を集中する。 いまなら自分でも打てるのだから。 フェイトとはやてが魔導師であることを知らない楯梨にとって、二人とも素人という枠組みである。 その二人から立て続けに長打を完璧に打たれたのだから落ち込むのも無理ない話である。 しかもそれが二人とも余裕しゃくしゃくで打たれたのだから。

 

 そんな楯梨の投球はストライクゾーンからことごとく外れ、自慢のSFFも一回よりキレがおちていた。 すずかはボールをしっかりと見極めてフォアボールを選び、続く7番8番の野球部も手堅くヒット、1点を追加しなおもノーアウト満塁のチャンスでバッターは9番のなのはへと回ってきた。

 

「お願いしまーす!」

 

 いつの間にか野球帽子を被っていたなのはは帽子を取り、しっかりと挨拶をする。 その様子に主審と野球部はおろか、キャッチャーの女の子でさえもほんわかとした笑みを浮かべる。

 

『なのはー、手が逆だぞー』

 

 ぐっとバットを握りしめたなのはに、一塁コーチの俊が声をかける。

 

「へ? 手が逆?」

 

「あ、なのはちゃん。 バットはね、こう持つのよ」

 

 クエッションマークを浮かべたなのはに、キャッチャーの女の子が優しく教える。

 

「あ、ありがとう! ふんふん、俊くん行くよー!」

 

『おーう! とりあえず打ったらボールは見ずにこっちに全力全開で来るんだぞー!』

 

 なのはが大声で手を振ると、俊も大声で手を振り返す。

 

「クラスの皆もわたし頑張るからねー!」

 

『なのはちゃんがんばってー!』

 

『ノーアウトだからミスっても大丈夫だからねー!』

 

『ファイトー!』

 

 クラスメートも手を振り返しながら声援を送る。

 

 そんな声援を聞きながら楯梨はボールを内角低めに投げた。

 

 魔導師としては天才の域に達しているなのはは、自分が手に持つバットの長さを計測し、視線を楯梨の瞳に奥へと据える。 なのはの雰囲気が変わる。 一陣の風が吹きすさび、長髪を風が遊ばせる。 ゆっくりとバットを構えるなのは。 天才は既に魔導師モードへと移行していた。 全力全開で目前の敵を撃ち抜く一筋の光へと姿を変える。 フェイト・T・ハラオウン、八神はやて・高町なのは──誰を一番敵に回したくない? そう問われたら誰もが高町なのはと答えるだろう。 それほど魔導師としての彼女は敵に回すと恐ろしいのだ。

 

「んにゃっ!」

 

 ストラーイクッ!

 

 だが残念なことにこれはただの球技大会。 魔法の天才も球技はてんでダメであった。 あっけなく空振り三振を決めたなのははクラスメイトの拍手を受けながらとぼとぼと自軍のベンチへと引き返していった。

 

「どんまいなのは! 次があるよ!」

 

「そうそうなのは、次は打てるわよ!」

 

 フェイトとアリサの金髪コンビがなのはを励ます。

 

「そ、そうだよね! 次はちゃんと打てるよね!」

 

「まぁ目をつぶってちゃ打てるもんも打てないけどな」

 

「うぐっ……!」

 

 なのはがベンチに持ち帰ってきたバットを持ちながら俊が一言つぶやく。

 

「う……俊くんのいじわる……」

 

「え? なんだって?」

 

「あんたいつから難聴になったの?」

 

「俺の耳は自分にとって不利益な情報は聞き取れない仕組みになってるんだ」

 

「あんたの人生楽しそうね」

 

 呆れ口調のアリサに笑顔で投げキッスを渡す俊。 その瞬間アリサの足が視認できないほどの速度で俊の頬を取られ俊の体はベンチからバッターボックスまで吹き飛ん

だ。

 

「上矢君、寝てないで構えなさい」

 

「待ってください先生……いまの惨劇を見て言うべきことはそれですか……」

 

「あぁ、打席変更は私のほうで済ませておきましたので」

 

 ピクピクと打ち上げられた鯉のように跳ねる俊に先生は同情することなく進行させる。 その無情ともいえる反応を目の当たりにしたひょっとこはバットを支えになんとか立ち上がり、バッターボックスで構えを取る。 しかし視線はベンチで頬杖をついてこちらを見るアリサに向けられていた。 その横ではなのはが慌てている。 俊に何かを伝えようとしているが、アリサに口を塞がれているため声は届かない。

 

『なのはは黙ってなさい。 こっちのほうが面白いでしょ』

 

『むー! むー!』

 

「なのはたんにあんなことをするなんて……! アリサめ……昼休みに体育倉庫で純潔を奪ってやる……ッ! 泣きながらもトロ顔で俺の──」

 

 ゴッ

 

 デットボール!

 

 満塁でも俊に頭部死球を喰らわせた楯梨は、何故か動物園クラスから賞賛を浴びることとなった。

 

             ☆

 

 5回の野球というのは意外と早く終わるものである。 それに時間制限も設けてあるのだから最長でも1時間である。 とどのつまり、野球というより一種のミニゲーム

と捉えていたほうが分かりやすいだろう。

 

 楯梨クラスと動物園クラスはその後、俊に続くバッターであるフェイトが長打を、アリサが安打で4番が意地を見せてのホームラン。 はやてにすずかで1点を稼ぎ、野球がチャンスを演出、なのはが空振り三振と続き、なんやかんやで計8点も取り一回戦を大勝で終えた。 ちなみに楯梨は泣きながらもひょっとこに一矢報いることが出来たので満足そうな顔をしていた。

 

「まぁ一回戦からなかなか皆いい調子じゃない?」

 

「せやな、なのはちゃんも予定通りの成績やけど守備はぽてんヒットをちゃんと処理してたしいい感じやない?」

 

「えへへ、ありがとー」

 

 アリサとはやてが一回戦の記録を見つつ述べる。 それにすずかとなのはが同意しながら記録帳を覗き込み──

 

「「まぁ問題はうちの大将がすっかりスネちゃったことか(や)な」」

 

 4人ともとある方向に視線を向ける。 そこには体育座りで木と楽しそうにお喋りしている高校生の姿があった。

 

「やぁ木さん。 え! あの銀杏さんついに結婚するの!? へー、お相手は? えッ!? ジェネラル・シャーマンと!? おいおい、あの人確かに淫乱だったけどあの巨根と結婚するなんて……。 やっぱり決め手は巨根かなぁ」

 

「なんであいつあんなに楽しそうに木とお喋りできんの……」

 

「俊……ついにみつけたんやな……俊のレアスキル」

 

「いやはやてちゃん、これ絶対にレアスキルとかの類じゃないと思うよ」

 

「あはは……みんなやりすぎだよ……」

 

 そんな高校生の横には一人、笑顔を浮かべたまま黙って俊を見つめる女子高生がいた。

 

『うんうん、よかったねー俊。 お友達が結婚して』

 

『いや、ほんとほんと! 嬉しいなー! …………俺は頭部死球食らってもクラスメイトが俺を囲ってマイムマイム踊り出すからさ』

 

『よしよし、大丈夫大丈夫。 ちゃんと俊には私って味方がいるからね。 私だけは味方だよ?』

 

 頭を撫でながらそっと触れ合う距離まで移動するフェイト。 フェイトはそのまま頭を撫でるだけじゃなく、自身の豊満な胸にそっと頭を移動させ体全体で抱きしめる。

 

『俊は良い子だから、二回戦も頑張るよね?』

 

 そう笑顔で質問するフェイトに、俊はデレデレの緩みきった顔でこくんと頷いた。 それに対しフェイトは優しく笑い、より一層抱きしめる力を強くする。

 

「流石フェイトね……。 しっかりとあのバカをコントロールしているわ。 まぁそのおかげで──」

 

「「(ギリギリギリ……!)」」

 

「どうどうなのはにはやて。 そんなに怒らなくても──」

 

『ねぇフェイト?』

 

『なーに?』

 

『乳首吸っていい?』

 

『俊が死んだら考えてあげる』

 

「「(ビキビキビキ……!)」」

 

「あれ!? いまのどこに怒る要素があったの!?」

 

「「イチャイチャしやがって……!」」

 

「あんた達ちゃんとフェイトの会話最後まで聞いてた!?」

 

 ギリギリと奥歯を噛み締め、拳を握り耐える二人。 俊とフェイトはそんな二人の光景など知る由もなく、二人笑顔でアリサ達と合流する。

 

「よーし! 二回戦勝ってフェイトの乳首を吸うぞー!」

 

「まって俊、私の話ちゃんと聞いてた!?」

 

「分かってる、照れてるだけなんだろ?」

 

「なんなの俊のその前向きすぎる思考回路は!?」

 

 可愛い奴め……そう思いながら俊はアリサが持っていた対戦表を手に取る。

 

「まぁ分かってたことだったが、やっぱり俺らのチームはほとんどうまい奴らと当たっていくな。 俺らが強いだけで楯梨達だって普通なら初戦で負けるほど弱くないか

らな」

 

「というかどう考えても体育委員と実行委員の悪質な嫌がらせにしか見えないわよ、この対戦表」

 

「うーん、まぁ大方あっち側は大会が盛り上がるように対戦表を決めたんだろうな。 初回からずっと俺達はうまい奴らと戦っていくから見応えはあるだろうし。 逆方向は教師チームが勝ち上がるように細工されてやがる」

 

「えー! それじゃこの大会って仕組まれてるの!? なんかズルくないそれって!」

 

 獣のような唸り声をあげていたなのはだが、俊の説明を聞いて表情を一転させる。 頬をぷくーっと膨らませて両腕をぶんぶんと振り上げ抗議の意思をあらわす。

 

「だがあの誰にでも平等を常とするゴリラと、校長先生がこれに気が付かないわけがないんだよなぁー」

 

「となると、これはゴリ達も共犯ってことになるんやろうか?」

 

「もしくは──そうしなければいけないなんらかの出来事があったのか」

 

 ピンと空気が張り詰める。 自軍のテントとはさほど離れていないので、外からのガヤは聞こえてくるはずなのだが、6人の耳は無音を捉えていた。

 

 均衡を破ったのはやはり俊であった。 手に持っていた対戦表を落としながら、やれやれと首を振る。

 

「なーんってな。 考えすぎだろ流石に! そんなことよりさっさと二回戦の作戦立てて勝利で昼食タイムにするぞ! てめぇら! 全員集合! これより作戦会議を開

く!」

 

 俊の声にベンチでお菓子パーティーをしたり漫画読んだりゲームしていた面々は揃って俊たちのほうへ歩を進めた。 俊は全員が揃ったことを確認し、落とした対戦表を拾い皆に見せる。

 

「この対戦表からいくと、次の相手は十中八九2年の体育専攻科の奴らだ。 んでその次が男子野球部が多く在籍している3年のクラスで、セミファイナルが3年の……こいつらかな。 んで最後にファイナルが100%の確率で教師チームだ」

 

『運がわりーよな俺ら』

 

『これ見る限りだと、ずっと厳しい戦いを強いられるかもしれねえぞ……』

 

『でもアリサ女帝が苦しい顔すると思うと興奮するよな……』

 

『あぁ確かに……』

 

「俊、バット」

 

「死なない程度にな」

 

 ぶんぶんと勢いよくバットを素振りするアリサに男子たちは押し黙る。

 

 俊はそれを確認し、口を開いた。

 

「いいか、いまからお前らに作戦を伝える、一度しか言わないからよく聞いておけ。 まず二回戦は俺の代わりにフェイトがキャッチャーを務める。 ピッチャーは1回か

ら順番にはやて、すずか、アリサ、フェイト、なのはの順で投げてくれ。 主審にはその都度俺から伝える。 二回戦はこれで大丈夫。 キャッチャーをフェイトがする以

上、ボールはバットに当たらない。 俺らが試合をしている間に、ハニートラップ部隊には3年の男子野球部に色仕掛けをしてこい。 あいつらエロいことしか考えてないからな、絶対に襲ってくる。 男子は物陰からいつでも飛びかかれるように準備、スタンガンの使用を許可する。 必ずハニトラ部隊、男子ともに小型のビデオカメラと隠しカメラを忍ばせ証拠を残しておけ。 3回戦時の強請に使用する。 俺らが3回戦勝ったら男子全員でセミファイナルの対戦相手をボコれ。 武器の携帯を許可する」

 

「俊くん、これ絶対に球技大会の作戦会議の内容じゃないよね」

 

「愛するもの(エロ本)のためだ。 俺は修羅になろうと決意した」

 

「もぅ……退学になってもしらないからね!」

 

 ふんとそっぽを向くなのは。 普段から管理局局員として働く彼女としては何か気に障ることあるのだろう。 それか単純に幼馴染のことを心配しているか。

 

 頬を掻く俊に頬を膨らませて怒るなのは。

 

『ていうーかさ上矢君、教師チームってゴリがいるんでしょ? 勝てんの?』

 

「ん? 心配すんな。 ……勝てなかったから物理に切り替えるだけだしな」

 

『なるほど、やっぱお前すげえわ。 退学間近なのに』

 

『上矢君カッコイイー!』

 

「まてお前ら、さりげなく俺単体で襲撃するように仕向けるな」

 

 その後結局、二回戦の呼び出しがかかるまで皆で襲撃に行こうよ派とお前が単体で逝けよ派の二つの意見に分かれ話し合いとなった。

 

「はぁ……バカばっかり」

 

 アリサはそんなクラスメイトを遠くから見ながら呆れ口調で呟いた。

 

              ☆

 

「い や よ ッ ! どうしてあたしがなのは達みたいなことしなきゃいけないのよ!」

 

「これもクラスの勝利のためなんだよ! お願いします!」

 

『お願いしまーす!!』

 

「絶対に嫌!」

 

「アリサちゃん、もう覚悟決めなあかんで?」

 

「うッ!?」

 

「でる! どぴゅッ!」

 

「ぶち殺すわよあんた!? そ、そもそもなんではやて達はそんな恰好で平気なの!? ──チアガール姿なのよ!?」

 

 わなわなと指を震わせはやての恰好を指さす。 アリサが狼狽えるのも納得の光景がそこには広がっていた。 高町なのはがフェイト・T・テスタロッサが八神はやてが

月村すずかが──チアガール姿でベンチに座っていたのだから。

 

 

 青をベースに黄色の線と白い線で縁取られた上に、チラリズムを完璧に抑えたスカート。 ちょっと激しい動きをすればパンツが見えてしまうのではないかと期待感が高まる服装となっている。

 

「大丈夫だよアリサちゃんー。 ちゃんとブルマ履いたままチアガール姿になってるから。 上も完全防御だし」

 

「コスプレイヤーと一緒にすんな!」

 

「魔導師だよ!?」

 

「そもそもあんた達は何もおかしいと思わないわけ?」

 

「まぁわたしはいつもバリアジャケット着てるし」

 

「私はお母さんに色んな服着せられて写真撮られてるし……。 それに俊からもコスプレお願いされて着てたこともあるし……」

 

「わたしは俊がコスプレ好きやから普段から色んなモン着とるよー」

 

「(ダッ!)」

 

 上矢は逃げ出した。 しかしなのはに捕まった。

 

『落ち着けなのは!? 俺は何もしていない!?』

 

『ねぇ……俊くんはなのはの所有物って子どものとき約束したよね……?』

 

 馬乗りで俊と5cmほどの距離で触れ合う距離まで顔を近づけるなのはを見ながら、アリサはフェイトとはやてに言う。

 

「あんた達……あれのどこがいいのよ?」

 

「いや~、あれでちゃんとカッコイイとかあるんよ?」

 

「……右に同意」

 

「ふ~ん、さっぱりわからん」

 

『わたしのこと好きなんでしょ? 世界一可愛いんでしょ?』

 

『世界一かわいいよ!』

 

「うん、やっぱりわからん。 まぁ確かにコスプレになんの抵抗もない2人は分かるけど、なんですずかも抵抗なく着てんのよ?」

 

 フェイトの横で苦笑いを浮かべていたすずかに目標を変えると、すずかは照れながらも

 

「こういう服を着る機会ってあんまりないし……。 ちょっとやってみたかったなぁって思ってて」

 

 もじもじしながらえへへと笑うすずかに、クラスの男子が射抜かれたのは言うまでもない。 そしてその間にはやてがなのはと俊を引っぺがし、自分が俊を独り占めし

たのも言うまでもない。

 

 はやてとなのはの板挟みになっている俊にアリサが気持ち悪いモノでも見るかのように見つめる。

 

「キモイ……」

 

 とても理不尽ではあるが、とてもよくあたっていた。

 

        ☆

 

 結局その後、すずかとクラスメイトの説得もあって嫌々ながらアリサもチアコスを着ることとなった。 なんとこの二回戦、あちら側は5人全員がチアガールのコスプ

レになるまでずっと正座で待機してくれていたのだ。

 

 しかしながら、ここで一つ問題があった。

 

「なんであたしのチアコスがこんなにスカート短いのよッ!」

 

「す、すいません! 間違って一着だけエロコス持ってきてしまって!」

 

「あぁん!? あんた学校をなんだと思ってんの!」

 

「猿共の交尾場」

 

「……まぁ一理あるわね、それも」

 

 荒ぶる神よ鎮まりたまえ、そう何度も何度もクラスメイトは心の奥底から願う。 そうでもしないと1人の男子生徒が死んでしまうから。 俺達の使い捨て装甲板がいなくなってしまうから。 クラスメイトは彼を助けたい一心で願う。

 

『エロコスってすげぇ……、基本的にパンツ丸見えの構造なんだな……』

 

 所詮彼は使い捨て装甲板。 クラスメイト的には意外とどうでもよかったようだ。

 

「あ、アリサちゃんもう整列だからちょっとだけ手を止めよ? その後にゆっくりシゴいても問題ないでしょ?」

 

「……まぁそれもそうね」

 

 ぼろぼろになった俊は引きずりながら、一同は整列へと向かう。

 

「えー、今回の審判は動物園クラスの担任の愛ぽんでーす! 上矢君、大丈夫?」

 

「先生……ババコンガが俺を……」

 

「はいはいアリサちゃんストップストーップ! 上矢君をあんまりイジメないの!」

 

 脳髄を引きずり出そうとするアリサを止める愛ぽん。 既に使い捨て装甲板は完全に心が折れフェイトの後ろに隠れている。 尻を揉んで往復ビンタを受けている最中だ。 彼のエロへの欲求はいまだ折れてはいなかった。

 

「ほらほらアリサちゃん、そのコスもかわいいよ? ブルマも着用してるし問題ないでしょ?」

 

「そ、そうですけど……。 み、皆……これ変じゃない?」

 

 頬を赤らめスカートの端を摘まんでみせるアリサに、皆は笑顔でこう言った。

 

「うんかわいいよ!」

 

「すんごくかわいい!」

 

「アリサちゃんスタイルいいし、よく似合ってる!」

 

「女帝流石! よ! 姉御!」

 

「おっす痴女」

 

「はーいそれじゃ二回戦はじめるよー!」

 

 元気いっぱいに二回戦の開始を宣言する愛ぽん、アリサ達の対戦クラスは心底こう思った。

 

『(こいつらと試合とかもう帰りたい……)』

 

 二回戦

 

 動物園クラスVS2年体育専攻科クラス

 

 動物園クラス、重傷1名。




クラス内の俊の評価
『良心が痛まない消耗品』

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