パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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34.彼が此処にいる理由

『この身、この心、すべてをささげよう』

 

 水がタイルを穿つ音が聞こえてくる。 大きな家の中にこれまた大きな風呂場。

 

 その中に大人二人と、子どもが一人。 とても仲好さそうに洗いっこしたりはしゃいだりしていた。 大人の二人の名前は、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。 表面上はとってもにこやかだ。 そして子どもの名前はヴィヴィオ。 碧眼と深紅な瞳のオッドアイが特徴的な天真爛漫な女の子。 この家のアイドルである。

 

「ねぇねぇなのはママー?」

 

「なぁに? ヴィヴィオ?」

 

「どうしてそんなにおこってるの~?」

 

 メキッ!

 

 なのはがもっていたアヒルの人形が深海に放り込まれたかのように圧縮される。

 

「べ、べつに怒ってないよ? ねぇ、フェイトちゃん?」

 

「う、うん。 なのはと私を怒らせたら大したもんだよね!」

 

 湯船につかっているフェイトに同意を求めるとフェイトも首を縦に動かして、努めて明るく振る舞う。

 

 そんな二人の様子をヴィヴィオはおかしそうにみていた。

 

 

           ☆

 

 

 なのははヴィヴィオの体を泡で満遍なくコーティングしながら先程の光景を思い出す。

 

 自分の幼馴染が親友である八神はやてとキスする直前までいっていた光景を。

 

「べつに……なのははアレが誰とキスしても……関係ないからいいもん」

 

 けど、普通に考えておかしくない? 家にはヴィヴィオがいるんだよ? これはあくまでヴィヴィオの教育上で問題がでてくることだと思うの。 あくまでヴィヴィオの教育上でだよ? じゃないと、わたしがこんなに怒るはずないもんね。 だって、相手はあの俊くんだよ? 社会不適合者で人間的に問題があって、いっつもわたしやフェイトちゃんにちょっかいとかセクハラとかかけてくる。 デリカシーの欠片も存在しない男なんだから。

 

 まぁ、そんな人だからなのはやフェイトちゃんが引き取ってあげようと思って、一緒に住んでるのに……俊くんってば、よりによってはやてちゃんの誘惑にかかってさ。 なに? いつもの『はやてとか恋愛対象にはいらないわ』とか言ってるくせに、ちょ~っと女の子っぽいところ見せたらすぐに落ちるんですか? 随分と弱い心ですね。 なに? いつも私やフェイトちゃんのこと『好き』とか言ってるくせに、あれも全部ウソってわけですか? だって、そうですよね。 はやてちゃんには『好き』なんて言葉かけてないもんね。

 

 それなのに、あんなことになったってことはそういうことですよね? あー、なんか腹立ってきた。 家追い出そうかな……。

 

 メキメキメキッ……!!

 

 ギェピー! ギェピー!

 

「な、なのはママ!? アヒルさんがきもちわるいこえをあげていのちごいしてるよっ!?」

 

 おっと、いけないいけない。 なにアレのことで熱くなってるんだが。 私としたことが、もっと精神の訓練しないといけないね。

 

「ねぇー、ねぇー。 ママ?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「おにいさんって、どうしておうちにいるの?」

 

 とっても答えづらい質問です。

 

「いや、それは……その……フェイトちゃん!」

 

「えっ!? ここで私!? え~っと、それは……その……ねぇ?」

 

 誰もいない空間に同意を向けるフェイトちゃん。 そこには誰もいませんよ。

 

「あのね、ヴィヴィオ。 俊くんは普通の人じゃないの。 だから家にいるしかないの」

 

「う~、そうなの?」

 

「うん、そうなの」

 

「それじゃ、なんでここにきたの? ママたちはおしごとなんでしょー? おにいさんがそういってたもん。 それじゃ、おにいさんは?」

 

「え~っと……それは……」

 

 ヴィヴィオの質問に答えれない。

 

 そもそも、なんで俊くんって此処にいるんだっけ?

 

「なのは。 俊が此処にいる理由だったら、アレだよ。 私たちがミッドに行くことになってそのパーティーが開かれたあとに──」

 

 あぁ、そうだった。 今のいままでずっと忘れてきた。 いや、忘れようとしていた。

 

 フェイトちゃんの言葉で思い出す。

 

 ──あれは、高校生活も終わりを迎えるときだった

 

 

           ☆

 

 

「いや~、それにしてもなのはもついにミッドに行くんだねぇ。 毎日会えなくなるんだねぇ」

 

「や、やめてよお姉ちゃんっ!? 髪ぐしゃぐしゃするの禁止っ!」

 

 サイドポニーにした髪の毛を乱暴に触る姉を払いのける。 嬉しい気持ちでいっぱいだが、髪の毛をいじるのはやめてほしい。

 

 わたしこと高町なのははもうすぐ高校生活も終了して、ついに本格的に時空管路局にお勤めになります。

 

 たぶん……高校時代とかわらずそこまで仕事が回ってくるとは思いませんが。 どうしてか、いつもわたしの前であらかた片付いてたりするんです。 あとに残ってるのは細々として書類仕事だけ。 これは親友のフェイトちゃんにも言えることみたいです。 う~ん……とっても不思議です。

 

「それにしても良かったわね、なのは。 ミッドのほうで住む家も見つかって。 大きな二階建ての家なんですって?」

 

「うん! リンディさんが頑張ってくれたの!」

 

「ほんとありがとうございますリンディさん。 大変だったでしょうに……」

 

「いえいえ、大事な娘であるフェイトも一緒ですし、なのはちゃんには数々の恩義がありますわ。 私としても、是非二人には立派な家に住んでもらいたかったの」

 

 フェイトちゃんのお義母さんであるリンディさんが、フェイトちゃんの頭を撫でながら言う。 フェイトちゃんはちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。

 

「そういえば、グレアムさんとこのはやてちゃんと他の皆もミッドに一斉に移動するのよね」

 

「うん、そうだよー。 なんでもはやてちゃんが設立した部隊に皆ではいって頑張るみたい。 これから楽しみだねー!」

 

「でも……そうなると俊君は此処でお留守番かしら?」

 

「あっ……。 そう……なるね……」

 

 いつもふざけた、しかし極稀に真面目な自分の一番付き合いの長い幼馴染を思い出す。

 

 上矢俊。 海鳴一の問題児で、小中高と私は散々な被害を被ったことを覚えている。 中学はまだ男女別だったけど、共学の高校になってからがもうすさまじかった。 私もどれだけ黒歴史を作ったことか……。

 

 でもなんだかんだて、皆には人気がありクラスの破壊役にしてまとめ役なんてこともしていた。 他の生徒たちからも人気はあったみたいだ。 先生からも人気があるらしくよく職員室で名前が出ていた。 処理対象として。

 

 それはずっと傍にいたわたしだから胸を張っていえることなんだけど……そもそもなんで人気があったんだろう?

 

 前に、お父さんがお酒の席で『そういう星の元に生まれてるんだよ。 上矢という家系の人たちはね。 俊君のお父さんなんてもっと凄かったさ。 あいつのカリスマ性は誰もが羨んだよ』そう俊くんに聞かせていたのを覚えている。 俊くんのお父さんは俊くんが小さいときに飛行機事故で行方不明になった。

 

 それ以来、俊くんは高町家と自分の家を行ったりきたりしている。 そんな中でもお父さんとお兄ちゃんには懐いてた。 翠屋でバイトもして、たまに稽古したりして……俊くんは俊くんで人生を謳歌していた。 だから……わたしもフェイトちゃんも皆も俊くんは海鳴に残ると思っていた。 俊くんとお別れなのは少しさびしいけど、べつに今生のお別れってわけでもないし……会いたいときはすぐ会えるし。

 

 だから、わたしはずっとミッドの家に住んでからの家事分担とか家事の仕方について頭の中で考えていた。

 

 ヴィータちゃんが呼びに来るまでは。

 

 

           ☆

 

 

 突然、ヴィータちゃんが念話でわたしとフェイトちゃんを呼び出した。 呼び出した先は道場で、その道場には既に先客がまっていた。

 

「あっ……はやてちゃん」

 

「おー、なのはちゃんにフェイトちゃん。 いま面白いところやで」

 

 面白そうにはやてちゃんが笑いながら指さした先には、お父さんと彼が正座で向かい合う形に座っていた。 距離はおよそ1mくらいだろうか?

 

「なんで俊がいるの?」

 

「まぁまぁ、フェイトちゃんそれはすぐにわかるで。 ほら、そろそろ口にするで。 バカのバカなりに考えたバカな答えが」

 

 はやてちゃんが喋った瞬間、彼はお父さんに向かってこういった。

 

『俺をミッドにいかせてください』

 

 その言葉は耳を疑うような言葉だった。

 

 

           ☆

 

 

 俺の前には真剣な表情で威圧感たっぷりの士郎さんが正座で俺と対面していた。 正直、めちゃくちゃ怖い。 学校の先生なんかよりも1000倍怖い。

 

 それでも、どうしても、この学校の先生よりも1000倍怖いこの人に言わなければいけないことがあった。 伝えなければいけないことがあった。 だからこそ、俺はこうして士郎さんを誘ったんだ。

 

「俊君。 それで、話ってのはなんだい?」

 

「はい」

 

 心臓の鼓動が嫌になるくらい響いてくる。 いまにも口から出そうなほど、吐き出しそうなほど、もう……なんというか心臓が痛い。 でも、それでも、それだからこそ、この痛みを抑えて俺は士郎さんに言わなければいけない。

 

「俺をミッドにいかせてください」

 

「ミッド……というと、なのは達がこれから行く新天地だね」

 

「はい。 俺も二人についていきたいんです」

 

 その俺の懇願を──

 

「それはできない、俊君。 残念だけどね」

 

 士郎さんは跳ね除けた。 それもあっさりと迷うことなく。 『なにをいってるんだ、こいつ』とでも言いたげに。

 

「やっぱり……ダメ……ですか?」

 

「当たり前だよ。 君をそんなところへは行かせることはできない」

 

「ッ……! ど、どうしてですか?」

 

(はじめ)との約束で俺は君を頼まれたんだ。 そう簡単に頷くことはできないよ」

 

「で、でも──」

 

 なおも食い下がろうとする俺に、士郎さんは問う。

 

「では逆に俊君はどうしてそんなにミッドにいきたいんだ? べつに友達がいないわけじゃないだろう。 勉強がついていけないということはない。 君の成績だって親代

りである俺が確認してるんだからね。 それに君は翠屋でバイトだってしてる。 大学だって、友人であるアリサちゃんとすずかちゃんが一緒にいるみたいだし、一人で寂しい思いなんてしないはずだ。 なのに、どうしてそこまでして君は行きたがる?」

 

 士郎さんの問いはもっともであった。 普通に考えてみればそうだろう。 バイトもして、友達関係も交友も広い。 大学ではアリサとすずかと一緒になって色々と大学生らしい生活を送ることだってできる。 でも──それじゃダメなんだ。 そんな“普通”じゃダメなんだ。

 

「それにミッドは魔法があると聞いた。 なのはやフェイトちゃん、それにその他の友人の人たちも魔法があるから行くのだろう?」

 

「たしかに……なのはやフェイト、はやてやヴォルケンの皆は自分の力を世界に役立てたい。 世界を平和にしたい、という志と信念でミッドに行くみたいです」

 

「それで? 君は? 世界の平和とか、世界の役に立つためにミッドに行くのかい?」

 

「いえ……それは……その……」

 

 世界の平和。 それはとっても素晴らしいことで、できるなら俺もやりたいものだ。 なんせそこには親父が見てきた世界が広がってるだろうから。 規模は違うかもしれないけど。

 

 でも、俺の力ではそんなことできるはずもない。

 

 だから俺は口ごもる。 士郎さんに言えなくて口ごもる。

 

「職はあるのかい? 住む家は? お金は? まさか、その全てをなのはやフェイトちゃんに出してもらうわけじゃないだろう。 だとしたら、それは男として最低の行為だぞ。 俊君」

 

「なっ、なんとかします! 職も家も金も! なんとかしてみせますから!」

 

「言うは易し行うは難し。 君にそんなことができるのか? たしか、君は学校からこんな評価を受けているようだね。 『いざというときにはやる男』。 大層な信頼されっぷりだね。 でもな、それは裏を返せば『いざ、というときがくるまでやらない男』なんだよ。 そんな一本竹の橋を渡るような男をどう信じればいいんだ? 俺は君のことは大抵知っているつもりだ。 でもね──だからこそ、君をミッドにやることはできないよ」

 

「……」

 

「俺は君には真っ当な人生を歩んでほしいと思っているし、願っている。 そして望んでいる」

 

 あぁ……この人に言っていることは痛いほどよくわかる。

 

「なのははたまたま魔法の素質があって、魔法と出会い、自分の道を決めた」

 

 体の奥底まで士郎さんの心配している声が届いてくる。 『君も自分のために人生を歩んでみてはどうだ?』 そう聞こえてくる。

 

「君はたぶん、後悔しているのかもしれない。 悔やんでいるのかもしれない。 適当な言葉でなのはの味方をしたことを。 でも、俺はそうは思わない。 君の言葉がなくとも、なのははこの道を歩むと決めていたはずだ」

 

 いつもいつもそうだった。 肝心な時に、ふらっと横にきて俺に助言をしてくれたのはこの人だ。 だからこそ、この人はこんなにも心を押し込めて冷徹に機械のように話しているんだろう。

 

「もう……いいんじゃないか? 誰かのためじゃなく、自分のために生きてみても……いいのではないか? 俊君。 誰も君に何も言わないだろう。 それに、なのは達は言ったじゃないか。 『休みの日や、時間が空いたときは帰ってくる』と。 何も離れ離れになるわけじゃないんだ。 知っているだろう? なのはのことは。 君が一番よく知っているはずだ。 なのはは約束を破らない。 こと、君も関係ある約束ならなおさら。 ──もう、休んでもいいんじゃないか?」

 

 もう休め

 

 その言葉が俺の体を支配する。

 

 あぁ……確かにそれもそうだ。 もともと、俺が勝手に決めた誓いと約束なんだから。 誰も困ることなんてないじゃないか。 そう──誰も困らない。

 

 いや、一人だけ──困る男がいたな。 確かそいつの名前は上矢俊なんていったっけ? ストーカーのように犯罪者のように執拗に高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに引っ付く輩だったな。

 

 けどまてよ? 上矢俊なんて奴は死んだんじゃなかったか? 確か小学校に上がるまえに両親の飛行機事故と同じタイミングで死んだんだよな。 人から人形へと成り下がったんだよな。

 

 いや、思い出した。 そんな出来損ないの奴を救ってくれた少女がいたんだ。 たしか名前は高町なのはだったような気がする。 そいつが上矢俊という人物を立ち上がらせ、背中を押したんだ。 けど上矢俊はそれでも道に迷っているかのように、フラフラと亡者のように自分のやるべきことを見つけられないでいた。 いや、それが本当に正しいのかわからなかったんだ。 そして、そんな上矢俊に答えをくれた少女がいた。 それが、フェイト・テスタロッサだったな。 そうだ、道を示してくれたんだ。 決して迷うことのない道を。 フェイト・テスタロッサは示してくれたんだ。

 

 そんな彼女達をみて、俺はどんな想いを抱いたんだっけ?

 

 憧れ? 羨望? 嫉妬? 憎しみ? 憎悪? 嫌悪? 愛? 羞恥?

 

 彼女達に何を見た?

 

 理想? 絶望? 未来? 過去? 妄想? 願望?

 

 彼女達の何が見たい?

 

 悲しみの顔? 羞恥に悶える顔? 泣いてる顔? 恋人のような笑顔?

 

「士郎さん……。 男って、脆い生き物ですね。 バカな生き物ですね」

 

「……?」

 

「本当に、自分でも怖いんですけど──あの二人のためなら死んでもいいと思えるんです」

 

 士郎さんの目がキツくなる

 

「一度は死んだこの身を、絶望の淵に堕ちたこの身を掬い取って、救い上げてくれたのは高町なのはです。 死ぬしかなかったときに、人間から人形へと堕ちていくときにその手をしっかりと握ってくれたのが高町なのはなんです。 震える背中を、怖くて竦みそうになる足を手を、そっと握ってくれたのが高町なのはなんです。 あいつは俺に生きる希望をくれました。 だけど俺は、ビビリで臆病で弱虫だから……それでも自分の歩む道が正しいのかわからなかった。 そんなとき、フェイトに会い、進む道をもらいました。 進む道を示してくれました。 なにもできなかった自分に、お荷物だった自分に、あいつはそれでも進む道を示してくれたんです。 あいつだって、大変だったはずなのに」

 

 口が自分の制御下を外れて喋りだす。

 

「いま、あいつらは前に進もうとしています。 新しい一歩を踏み出しています。 本当は……本当は俺もあの中に混ざりたい! なのはやフェイトやはやての横で肩を並べて歩きたい! 二人のために戦って、二人を戦闘から守りたい! その身に降りかかる火の粉を全て払いたい! 嫌われても! 疎まれても! 蔑まれても! あいつらを守りたい! ……でも、俺には魔法の才能なんてなかった。 ほんのかすかな使い物にならない魔力しかなかった。 だから俺は、魔法で戦って守ることを諦めた。 それと同時にあいつらの横を歩くのを止めました。 だって、あいつらは前だけ向いて歩いていればいいから。 その横列に俺がいたら皆心配して前に進むことができないから。 だから俺は一番後ろにいることにしたんです。 誰よりも後ろの最下位に、誰よりもみんなをみることができる最後方に行くことにしました。 悔しくないわけじゃなかった。 泣きたかった。 嘆いたりもした。 どうして俺には魔力がなかったのか。 魔力があったら、マンガやゲームのような主人公になれたかもしれないのに。 そう思いました。 でも──俺はそんなことよりもなのはとフェイトの笑顔を見たかった。 結局、俺の中にはそれしかなかったんです。 自尊心なんてものは存在しなくて、ただただ、笑顔にしたい、という意味のない醜く自己中心的な答えしか残っていなかったんです。 でも、俺にはそれだけあればよかった、十分だった。 その答えがあれば俺は堂々と自信をもって後ろにいられた。 なのはとフェイトが困ってれば、いつかされたように優しく背中を押して導けるように。 なのはとフェイトが泣きそうなときは、後ろから叩いて振り向きざまに指をほっぺたに押し付けることができるように。 なのはとフェイトが無意識に手を握る動作をすれば必ず握り返すことができるように。 なのはとフェイトが膝を抱えてしゃがんだときは、後ろから声をかけることができるように。 俺は後ろにいようと決めました」

 

 なにも、戦って守ることはしなくていいんだ。

 

「あいつらのためだったら、神でも悪魔でも魔王でも妖怪でも天使でも女神でも管理局でも相手になります。 あいつらがいるなら、なんだってします。 できることなら、全てやることができます。 ただ──あいつらのいなくなった世界になんてなんの興味もありません。 その時は、1秒でも二人に会えるように舌を噛み千切って死ぬでしょう」

 

 あぁ……こりゃ士郎さん引いてるな。 まぁ、そりゃそうか。 こんな奴、はたからみれば頭のおかしい奴だからな。 でも、それでもいい。 それだってかまわない。

 

 だから宣言しよう。 士郎さんの前だけでは素直になれるから──

 

「あいつらが死んだとき! 俺の命はそこまでで構わない!!」

 

 長い長い、俺の独壇場のスピーチが終わる。 気持ち悪い、犯罪者予備軍まっしぐら。 訴えられたら勝ち目なしのスピーチが終わる。

 

 士郎さんはなにも言わない。 黙ったまま、目をつぶるだけだ。

 

 やがて口を開く。 その答えは

 

「やはり許可はできない」

 

 先程と変わらないものだった。

 

 けど、俺には落胆もなにもなかった。

 

「そうですか。 だったら俺は──」

 

「ただし。 当人たちからの許可が下りればそれは仕方がないことだ。 こちらとしては止めようがないからね」

 

「……は?」

 

「せいぜい、頑張るんだぞ。 俊君。 しっかりな」

 

 士郎さんは謎の言葉を残して、俺の肩を2・3叩くと道場を後にした。

 

 そんな中、俺は一人ポツンと残された道場で呟いた。

 

「……許可……下りるわけないじゃん……」

 

 

           ☆

 

 

 八神はやてはおもむろに口を開いた。 それは関心なのか、感嘆なのか嘲笑なのか落胆なのかわからなかったが、とにかく口を開いた。

 

「自分の恋愛面のことになると、性能とかその他もろもろ一気に落ちていくヘタレキング代表のくせに二人がいないときにはこんなに言えるんやな~……。 まぁ、二人ともいたわけなんやけど。 それで? なのはちゃんとフェイトちゃんはどうすんの? まぁ、もちろんあいつを連れていくなんて選択肢はないと思うけど──」

 

 こんな気持ち悪い男のストーカー気味で危ない発言をした後で、ついてきていいよ、なんてことはいくらなんでも言わないだろう……そう思いながら二人のほうを見たのだが、

 

「ま、まぁ……あそこまでいうなら……連れて行ってあげてもいいかな?」

 

「そ、そうだね……。 幼馴染が死ぬのもなんか嫌だしね!」

 

「そ、そうそう! 私たちのせいで死なれちゃ困るもんね! うん、これはいわば人命救助だよ! 時空管理局の局員としては当たり前のことだよね!」

 

「………………え?」

 

 二人の親友の反応はとても予想外なものだった。

 

 視線はまったく定まっておらず、あちらこちらに目を移し顔は若干先程よりも赤く、手なんか指を絡ませている始末。

 

 どこかよかったのか? 先ほどの男の独りよがりのスピーチのどこが良かったのか? あいつの気持ちは知っている。 だけど、正直言ってあそこまで言い切ってしまう

と一般人の常人の感覚からすればちょっと引いてしまうわけなのだが……

 

「る、留守番の犬くらいはできるだろうしね!」

 

「そ、そうそう! 留守番の犬くらいはできるね! あくまで犬だけど!」

 

 二人はまったく引かずにいた。

 

 どうしてこうなった?

 

 そんなとき、はやての腕をヴィータがちょんちょんとつつく。 首をひねるはやてにヴィータは全てをわかっているような顔で言った。

 

「やっぱり女の子はうれしいもんだぞ。 あそこまで言ってくれると。 若干犯罪チックだけど」

 

 そのヴィータの答えに、はやては首をひねるだけであった。

 

 そして隣で打ち合わせをしてる二人を見て思う。

 

 またミッドでもあいつの世話をすることになるのか……と。

 

 

           ☆

 

 

 当日、わたしたちは高町家に集まってからミッドにいくことになった。

 

 アリサちゃんにすずかちゃんも駆けつけてくれた。 もつべき者は友達である。

 

 わたし達はそれぞれ言葉を交わしながら、楽しく喋っていた。

 

 その傍らで、彼だけがぎこちない笑みを浮かべていた。

 

「どうしたの? 俊くん」

 

「いや、なんでもないよ。 これからの新天地では大変だろうな~……と思ってさ」

 

 確かに彼の言うとおりにこれからとても忙しくなるだろう。 なんせ、仕事と同時進行で家事もしていかなければならないのだから。 けど、それはとっても難しいことで、仕事で疲れたフェイトちゃんとわたしではできないかもしれない。

 

「確かに家事は大変だよね~。 手だってただれるだろうし、洗濯だって毎日しないといけないんだから。 仕事と同時進行はきつそうだねー。 ねぇ、フェイトちゃん?」

 

「うん、きつそうだよね」

 

 そばにいたフェイトちゃんが同意する形で頷く。

 

「でも……しょうがないだろ。 家事だって洗濯だって誰かがやらないといけないんだからさ。 頑張って二人で分担しながらやるしかないだろ」

 

「え~……でもなんか嫌だー」

 

「うん、私も家事とかしたくないかな。 お仕事だけに専念したい」

 

「まぁ、その気持ちはわかるけど──」

 

「「だから──」」

 

 さらになにか言おうとする彼の手をフェイトちゃんと二人、握りしめながら言った。

 

「「私達と一緒にきてくれない?」」

 

「………………ほわぃ?」

 

「「だーかーらー、一緒にきてもいいよ、ってこと!」」

 

 状況を呑み込めてない彼に、私とフェイトちゃんは若干声を大きくして言った。

 

「……ほんとに? ほんとにきてもいいの……?」

 

「ま、まぁ……死なれても困るしね。 あくまで死なれたら困るから、わたしとフェイトちゃんは連れて行くことにしたんだからね! そこ勘違いしちゃダメだよ!」

 

「う、うん……」

 

「絶対だよ? わたしやフェイトちゃんが違う理由で連れていく、なんてことありえないからね!」

 

「お、おう……」

 

 そしてその30分後、私達はミッドの家にいくことになったのだ。

 

 これが、彼が家にいる理由である。

 

 

           ☆

 

 

「なのはママ!? フェイトママ!? タイルにあたまうちつけたらとってもいたいよ!?」

 

「うわあああああああああああん! 今まで封印していたわたしの黒歴史があああああ!」

 

 どうしてあのとき、あんな発言をしてしまったのだろうか? いや、べつに彼が来るのはよかったのだが……それにしてもあんまりなセリフではなかったか? これで

は、まるで──

 

「わたしが俊くんのこと好き、みたいなことになっちゃうじゃん!? いま流行のツンデレみたいじゃんっ!?」

 

「うー……なんであのとき、もうちょっと考えて発言しなかったんだろうね……」

 

 あの時、あの場所で、あの場面を見なければ、彼が此処にくることはなかっただろう。 いつもはダメダメで、でも極稀に真面目になって、日常的にセクハラ発言するのに、肝心なときには全くといっていいほど言ってくれない。 魔導師じゃなく、魔法使いの彼。 あの場面はいまにもレイジングハートの中に入っている。 フェイトちゃんもバルディッシュの中に入れているらしい。 あんなことを言ってくれた彼だから、わたしもフェイトちゃんもまだ家に置いてあげてるんだよ? 本当なら追い出しているのに。 でも──

 

 だからこそ、鼻の下伸ばしてはやてちゃんの誘惑に耐えれなかった罪は重いよね?

 


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