パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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84.浴衣店2

 カツアゲには失敗したが、そのかわりになのはタソから3000円の臨時収入をもらった。 これでヴィヴィオに小物を買ってあげることができるはずだ。

 

 ヴィヴィオと手をつなぎながら小物売り場を物色することに。 ちなみになのはは嬢ちゃんに捕まってしまい、今頃嬢ちゃんをフルボッコにしてるはず。

 

 ほら、耳を澄ませば──

 

『なのはさんらめぇっ! そんな、公共の場でそんな所を刺激したら……! あ! イっちゃう……!』

 

『いやしてないから!? どこも刺激してないから!? ただ、口頭で説教しただけでしょ!?』

 

『そうやってじらして私の体を弄ぶつもりですね! でも──そんななのはさんも、ス テ キ 』

 

『この部下キモイ!?』

 

 いつも通りのやり取りが聞こえてくる。

 

 それにしても嬢ちゃんって、ガチな方だから色々と危ないんだよね。 なのは的にも俺的にも。 俺の場合、下手したら恋敵に……なわけないか。

 

「パパー、ガーくんはずーっとあそこでまってるのー?」

 

「そうだねー。 アヒルは店内には入れなかったみたい。 まぁ、アヒルを連れている俺たちの常識がおかしいのかもしれないけど」

 

「ガーくんかわいそう……」

 

 店内に入るさいに、店員側からアヒルは入れるなとのお達しがあった。 当たり前のことなんだけどね。 浴衣を扱うようなお店なんだし。 だから現在のガーくんは外

で道行く人に挨拶交わしながらひたすらにヴィヴィオをまっている状態だ。 うん、お前は立派な騎士だな。 できれば当たり前のように喋るのも止めてくれると嬉しいけど。

 

 店外のガーくんを見た後にヴィヴィオに視線を移す。 ヴィヴィオはちょっとだけしゅんとした顔をしてガーくんのほうを見つめていた。

 

 そんなヴィヴィオを元気づけるだけにだっこしながら明るい声で話しかける。

 

「大丈夫だって。 ヴィヴィオが可愛い浴衣を着てくれたらガーくんはそれだけで元気になるから! そしてヴィヴィオが可愛くなったらガーくんはもっと元気になるぞ!」

 

「ほんと?」

 

「パパは嘘つかないだろ?」

 

「うん!」

 

 ごめんヴィヴィオ。 パパ何回か平気で嘘ついてるような気がするんだ。 パパ嘘つくことに関しては誰よりも吐いてきたと思ってるし。 呼吸をするように嘘ついてい

くから。

 

 ヴィヴィオを強く抱きしめながら小物を二人で見ていくことにした。

 

「ほー、小銭入れの巾着とか可愛いな。 あ、このひよこなんかヴィヴィオの髪色と似てるしいいんじゃないかな?」

 

「うーん、ヴィヴィオもっとかわいいのがいい」

 

「可愛いのかぁ……」

 

 ヴィヴィオの髪色と合わせるつもりでひよこが手を振っている巾着を提案してみたもののヴィヴィオにはお気に召さなかったらしく×判定を喰らってしまった。

 

 しかしそうなると増々わからなくなってくる。 おかしい、ギャルゲーでは百戦錬磨の無敵なのに現実では負け戦なら百戦錬磨になりそうだ。 まったくどこの負完全だよ。

 

 そうしてあれでもない、これでもないとヴィヴィオと二人で言いながら小物を選んでいると、ふいに肩をとんとんと軽く叩かれた。 半回転して向かい合うと、ハワイアンな服でキめているフェイトが笑顔で立っていた。 どうやら浴衣の試着は終わったらしい。

 

「浴衣決まった?」

 

「うん、決まったよ。 明日きちんと見せてあげるね」

 

「そりゃ楽しみだな」

 

「ところで、二人はいま何してるの?」

 

 ひょこっと左に上半身をずらしながら先程まで見ていた小物売り場を覗く。

 

「ヴィヴィオの?」

 

「そうそう。 やっぱりパパとして娘にプレゼントしたいなー、なんて思ってさ」

 

「ふふ、俊もパパらしくなってきたね。 私のために頑張ってね、パパ」

 

「残念ながらその誓いは既に済ませております。 そうだ、フェイトも一緒に選んでくれないか?」

 

 小物を指さしながら頼むと、笑顔で了承してくれたフェイト。 あぁ……なんでこんなに可愛いんだろ……。

 

 ということで、フェイトもいれた三人で再び物色することに。

 

「扇子は……ちょっと古いよな」

 

「うーん、ヴィヴィオにはちょっと合わないかなー。 どちらかというと、それは俊むきかも。 買ってあげようか?」

 

「あー、どうしよう。 ちょっと欲しい気もするけど……ヴィヴィオのを最優先にしよう」

 

「はいはい。 ヴィヴィオはどんなのがいいかな?」

 

「うーんとね……ヴィヴィオこれがいい!」

 

 しばらく視線を彷徨わせた後にヴィヴィオが選んだものは、光沢が眩しいかんざしであった。 もう全身から高級感溢れてる超エリートです。 流石ヴィヴィオ、お目が高い。 でも値段も高いよね。

 

 隣ではフェイトがとても困ったような顔で俺のほうを見ていた。 顔にはこう書いてある。

 

『俊、無理なら無理っていったほうがいいよ……?』

 

 僕らはいつも以心伝心なんです。

 

 しかしながらこれは困った。 俺のいまの金は3000円。 これで買える額ならいいのだが……。

 

 不安でいっぱいのまま、そろりとかんざしを手に取り値段のほどを見る。

 

 かんざし (30000円)

 

「ごめんねヴィヴィオ。 パパは無力な存在だったよ」

 

「パパ!? いきなりちをはいてどうしたの!?」

 

「うーん……、流石に俊には厳しい額かも。 ヴィヴィオ、私が買おうか?」

 

 俺からかんざしを受け取ったフェイトはしげしげと見回しながらそう提案してきた。

 

 だがヴィヴィオはそれに首を横に振ることで答えた。

 

「ううん、パパがかってくれるからだいじょうぶ。 ヴィヴィオ、パパがかってくれたのがいい」

 

「ヴィヴィオ……」

 

 俺の首にがっしりと抱きつくヴィヴィオについ声が漏れる。 もう絶対にヴィヴィオを離さない。 もうヴィヴィオと結婚することにきめた。

 

 フェイトは困惑した表情でこちらの様子を伺ってくる。

 

「(どうするの? ヴィヴィオ、俊が買ってくれると信じてるみたいだよ?)」

 

「(いっそのこと、万引きなんてのはどうだろう?)」

 

「(局員の前でよくそんなことが言えるね。 そんなことしたら一生軽蔑するよ?)」

 

 

 どうやらこの案は海に沈むようだ。 フェイトに一生軽蔑されるとか死んだほうがマジです。

 

 しかしながら、これは本当に困ったことになった。 ヴィヴィオはかんざしが欲しい。 俺はお金が欲しい。 どうにかして……値引きできないものか。

 

 表面上は笑顔を取り繕いながら必死に悩んでいると、店員さんが営業用の笑顔でこちらに向かってきていた。

 

「いらっしゃいませ。 小物をお探しですか?」

 

「えっと、一応決まってはいるのですが……。 ちょっとお金が足りなくて……」

 

「あ、それなら内緒で値引きいたしましょうか? 大丈夫です、私権限がありますのでちょっとの値引きなら問題ないですよ」

 

 店員さんは胸を張りながら笑顔で答えてくれた。

 

 この店員さん、なかなか話の分かる人のようだ。 値引きもしてくれるみたいだし……。

 

「それじゃ、27000ほど値引きしてくれませんか?」

 

「お客様、失礼ですが義務教育はお済でしょうか?」

 

 こいつ……! バカにしやがって……!

 

「俊、いまのは俊がバカだと思うよ。 どこの世界にそんな値引きしてくれるお店があるっていうの」

 

 やれやれ……とでもいいたげに溜息を吐きながら掌を額にあて天井を仰ぐフェイト。

 

 そんなフェイトの顔をみて、店員は俺とフェイトを交互にみた。

 

「失礼ですが……お二人の関係は……?」

 

「え? 家族ですけど。 それがどうかしましたか?」

 

「い、いえ……。 お二人とも随分と若い印象を受けましたので」

 

「フェイトも私もともに19歳なので、まだまだ若いですよ。 店員さんだって美人で若いじゃないですか。 失礼に値しないのであれば、年齢を伺ってもよろしいでしょ

うか?」

 

「今年で30になりますけど……。 え、19歳って……」

 

「30歳ですか。 とてもそのように見えませんね。 20代前半といった感じでしょうか。 いやー、それにしても美人で綺麗だ。 もう少し早く会っていたのならば思わず告白をしていたかもしれませんね」

 

 営業用スマイルで店員を口説くことにした。 これで店員が堕ちてくれれば27000円値引きしてくれるかもしれない……!

 

 パキっ

 

 ……なんだろう。 右の小指から強烈に痛みと熱が俺に襲い掛かってきた。

 

「ねぇフェイト……。 いま小指折らなかった……?」

 

「そんなことないわよ、あなた」

 

「いやでも、めちゃくちゃ小指が熱いんだけど……」

 

「気のせいよ、あなた」

 

「フェイト……怒ってる?」

 

「私の目の前で女性を口説こうとした罰。 感謝してよね、これがなのはだったら小指じゃ済まないんだから。 この頃、なのはは本気で俊を調教するつもりだし。 ……気持ちはわからないでもないけど」

 

 そっぽを向きながらすまし顔で受け答えしていくフェイト。 なんだか怖い。

 

 取りあえずフェイトとの会話が怖いので、店員さんとの会話を続行することにしよう──そう思い改めて店員さんの顔をみると、俺とフェイトとヴィヴィオをこれで

もかというくらいマジマジと見ていた。 おばさん、ちょっと落ち着いて。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

「あ、いえ。 その……娘様もとても可愛らしい子でございますね」

 

「私とフェイトの大事な娘ですから。 もうヴィヴィオは世界一可愛いと思っております」

 

「(……やっぱり、あの女性との子ども……? でもそうなってくると色々と……) ヴィヴィオちゃんは何歳ですかー?」

 

「ヴィヴィオは5さいだよ!」

 

 店員さんはヴィヴィオのすぐ近くまで顔を寄せて俺と接するよりも高い声で明るくヴィヴィオの年齢を聞く。 ヴィヴィオも5歳なんだよなー。 あと10年で結婚できるねー。 したら桃子さん辺りからガチで殺されそうだけどさ。

 

 一瞬脳裏に桃子さんが俺の生首をもったまま、首から滴り落ちてくる血の雫を舌で舐めとるという光景を想像してしまい身震いする。 流石はモ・モモコ。 人類を征服するために生み出された──いや、やっぱ止めとこ。 後が怖い。

 

 ところで、さっきから店員さんがやけに動揺しているような気がするが……。 トイレにでも行きたいのだろうか?

 

「あの、大丈夫でしょうか?」

 

「は、はい! 大丈夫ですよ。 (娘が5歳で……二人とも19歳ってことは……。 あんなことやこんなことを14歳でやってしまい、そして妊娠……!? きっとこの人達は大変な思いをしたに違いないわ……!)」

 

 密かに妄想を爆発させている30歳店員である。

 

 実際にはそんなことありえないのだが。 もしそうだとしたら、いまのこの関係は成り立っていないだろう。

 

 しかし妄想店員は止まらない。

 

「(だとしたらこの女性は騙されているんだわ……! この男、明らかにダメ男臭が漂っているもの! ちょっと顔がいいだけの男ね。 可哀相に……こんな素敵な方ならもっといい男が沢山いるでしょうに……!)」

 

「フェイト、店員さんどうしたと思う?」

 

「さあ? それよりどうするの? 買えないってことはわかったでしょ?」

 

「えー! パパかえないの……?」

 

「へ? い、いや……そんなことないぞ!」

 

「……はぁ。 まーた泥沼に嵌まっていく……」

 

「(そうだとしたら、きっとこの女性は苦労してるはずよ。 私の予想では男は無職ね……) お二人とも19歳で子持ちならさぞ大変なことだと思います。 共働きでしょ

うか?」

 

 おばさんが精神攻撃をしてくる。 フェイトがあはは……と曖昧な笑みを浮かべる。 そっか、『職業、魔法少女です』 なんてこと口が裂けてもいえないよな。 なのはじゃあるまいし。

 

 まぁ、適当に嘘でもつくか。

 

「私は外資系の企業に勤めております。 妻は専業主婦で娘と一緒に帰りを待ってくれてますね」

 

「え? その年齢でですか?」

 

「え、えぇ……。 まぁ、コネも若干あったりしますが」

 

 言って気付いたのだが、翠屋でパティシエやってることにすればよかったと後悔した。 あ、でももうすぐミッドに帰るし意味ないか?

 

 店員さんが訝しむようにこちらを見てくる。 面倒だ、顔面に一発いれて逃げてしまうか。

 

 そんなことを考えてしまう。 ヴィヴィオの前だからやらないけどさ。

 

「(怪しい……。 とてつもなく怪しい……) 19歳で外資系の企業……。 奥様も鼻が高いですね!」

 

「え、えぇ……そうですね。 自慢の夫ですし、よく噂になっていますので。 (いえない……! 無職なんですっていえない……!)」

 

「(どうしよう……。 フェイトの視線が痛い……。 そしてヴィヴィオが退屈してきたのか欠伸をしはじめた。 うーん、ここはやっぱり巾着を買って退散するべきだろ

うか。 かんざしは……桃子さんがどうにかしてくれるはず) ふぇ、フェイト! そろそろ行こうか」

 

「そ、そうねあなた! で、では……私達はこれで……」

 

 四つの巾着を取り、フェイトと二人愛想笑いを浮かべながらゆっくりと後ろに退散することに。 店員さんはまだこちらのほうを見ていたが、やがて何かを悟ったかのように俺たちにも聞こえる声量で呟いた。

 

「できちゃった結婚か……」

 

 この人絶対勘違いしてるな。

 

        ☆

 

 おばさんの発言により、フェイトとの間に微妙な壁が出来てしまった。 なんかよそよそしいのだ。 二人の間が1mほど開いているレベルのよそよそしさだ。

 

「そ、それにしてもあのおばさん妄想が激しかったよな。 まさかヴィヴィオが俺とフェイトの子どもって……。 いや、家族であることには間違いないんだけどさ。 な、なぁ?」

 

 努めて明るく振るまいながらそうフェイトに話しかけると、よそよそしかったフェイトがこちらをジーっと見つめていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「……嬉しくなかったの、そう思われて」

 

「え!? そ、そんなことないって!」

 

 

「ふーん……。 で、でも確かに私とヴィヴィオは同じ髪色だし……そう勘違いしてる人がいてもおかしくないよね」

 

「確かにな。 そんなことありえないのにさ」

 

「……ありえない?」

 

 フェイトの声が低くなる。 次いで俺の顔をみて少し寂しそうな顔をするフェイト。

 

「やっぱり……私は嫌なんだね……。 そうだよね、俊はなのはといるほうが楽しそうだし……」

 

「ふぇ、フェイト?」

 

「俊……、私のこと……嫌い?」

 

「そんなことあるわけないだろ!」

 

 涙をためて質問するフェイトは体以上に小さく思えて、ヴィヴィオが寝ていることも忘れて俺はフェイトを抱きしめようとした。 直前にヴィヴィオに気付くことができてそれはしなかったのだが。

 

「俺がフェイトのことを嫌いになる? そんなことあるわけないだろ。 お前のためなら死ねる。 お前を守るためならどんな奴でも相手になる。 フェイトの笑顔を見た瞬間、その笑顔を守ろうと決めたんだ。 守りたいと思ったんだ。 フェイトが俺に愛想をつかして離れることはあっても、俺がフェイトから離れるなんてこと絶対にありえない」

 

 ざわざわ……ざわざわ……

 

『若いわねー』 『私にもあんな時期がありまして──』

 

「あ……」

 

「しゅ、俊……。 あ、ありがと……」

 

 大声を上げたせいで、周りの婦人方たちから好奇と微笑みの視線に晒されていた。 フェイトも顔を下げてお礼をいうだけであった。

 

 フェイトと視線に晒されてこちらも顔が赤くなる。

 

「お、俺もうちょっと見ていくからヴィヴィオを預かっててくれないかな!」

 

「へ!? あ、俊!? ちょっとまってよ!?」

 

 フェイトの制止も聞かずに、ヴィヴィオを預けてその場を後にした。

 

 顔が熱くて死にそうだ。

 

            ☆

 

 フェイトから離れて10分。 冷静に思い返してみれば、あそこで恰好よく昔のように決めることができたら違った未来が待っていたような気がしてきた。 ほんと、なんであそこで恥ずかしくなって逃げたんだ……。

 

「あー、まだ顔が熱い。 ごほごほ! うーん、咳もひどくなってきたような気がしないでもないけど……。 明日まで持つよな。 さて……巾着を買って戻るとするか」

 

 広い店内を見回してレジを見つける。 試着室の通りを歩いてレジのお姉さんに話しかけようとした矢先──

 

「え……!?」

 

 試着室の一室、閉じていたカーテンから腕が伸び俺の首根っこを掴むとそのまま引きずり込んできた。 抵抗することもできないまま、中へと入れられる。

 

 そこで待っていた人物は俺のよく知る人物ではあるが、浴衣を着ている分色気が増していた八神はやてであった。

 

「おかえり……、あなた……」

 

「えーっと、ただいま?」

 

 そうじゃないだろ上矢俊。 なんでお前は普通に返事を返してるんだ。

 

「えっと……綺麗な浴衣だな。 青を基調としたスミレの刺繍が施してあるのか。 ……俺が選んだものとは違うけど」

 

「俊が選んでくれたものはもう買ったで。 これはなんとなく着てただけや。 もう皆自分の浴衣買ったみたいやし、そろそろお暇する時間やと思うんやけど」

 

「まぁ、そうだな。 そろそろ帰るとするか」

 

 はやての言葉を受けて俊は試着室を出ようとする──が、俊が一歩を踏み出した瞬間にはやては足払いをかけよろめかし、首根っこを掴んで後ろに強引に引き奥のほうに叩きつける。 一瞬の早業で受け身をなんとかとることしかできなかった俊。 はやてはそのまま押し倒す形で俊の腰に体を落とした。

 

「俊……そんな、大胆にもほどがあるで……」

 

「嘘つけ!? これ100%お前のほうが悪いだろ!? 女の子がこんな乱暴なことを──」

 

 俊の声はそこで途切れる。 途切れるしかなかった。 何故なら、俊の口をはやてが塞いだからである。 驚く俊をよそにはやては舌をねじ込み口を開けさせる。 口腔内に侵入してきたはやての舌は俊の歯を丁寧に一本一本舐め、それが済んだなら今度は俊の舌を探しそれに触れると触手のように絡め取る。

 

「んちゅっ……あ、ずちゅっ……、……んっ……

 

 俊の舌が咽喉の奥にさがるとそれを追うようにはやての舌も咽喉の奥に侵入していく。 それと同じようにはやての 体自身も俊に密着するようにくっついていく。

 

「んーーっ!? んーーーーーっ!?」

 

「んっ……、ぷはっ! ごめんなー、俊。 これ病みつきになるんよ」

 

「い、いや、お、おま、おまままままままままままままままま」

 

 俊を上から見下ろしながらはやてはくすりと笑う。 ついいましがた触れた俊の唇を指で撫でていく。

 

「あはっ、やっと二人っきりになれたなー……。 しかも密室……。 俊、わたし……風邪がぶり返したみたいで動けへんのよ。 だから誰かが来るまでこの体勢でまって

てくれるやろ?」

 

「いや、お前はなにをいって──」

 

「げほげほ!」

 

「だ、大丈夫か!? すぐ助けを──

 

 呼ぼうとする俊の口を今度は手で抑え込む。 そしてすぐ近くまで顔を寄せて

 

「あんっ。 そんなつまらんことするなんて、俊らしくないで?」

 

 そう蠱惑的に笑う。 たったそれだけで俊は何も言えなくなってしまった。

 

 

 それをみたはやては手をどけて、馬乗りになったまま可愛らしく小首を傾げながら俊に話しかける。 先程の行動など微塵も感じられないような少女ともいうべき可愛さで、俊に話しかける。

 

「既成事実って便利な言葉だとおもわへん?」

 

「はやて、可愛い顔してとんでもないこと口走ってるぞ」

 

「便利やと思うんやけど……俊はどう思う?」

 

「……まあ、便利かどうかはともかくアレはすごいと思うよ。 それこそサヨナラホームランみたいなもんだろな」

 

「うんうん! わたしもそう思う。 ところで、俊は既成事実とかあったらどうするつもりなん?」

 

「そりゃ……責任とらないとダメだろな」

 

「そっか……。 責任取るんやな……」

 

 俊の言葉を受けて、はやてはニヤリと笑った。

 

 血走った目で荒い息を吐きながら俊に詰め寄る。

 

「そっか……! それなら思う存分やっても大丈夫なんやな……!」

 

 バインドで俊の手足を動けなくして、舌なめずりをしながら俊の衣服を脱がしていく。 一つ脱がすごとにはやての口元はほくそ笑んでいく。

 

「いやっ!? はやて落ち着け!? いまのお前マジ怖いよ!? い、一旦落ちつこ! 深呼吸、深呼吸!」

 

「酸素が欲しいん? だったら人工呼吸してあげるで」

 

「お前頭やられてるんじゃないのか!?」

 

 喚く俊の口にはやてはもう一度口つける。 そしてそのまま酸素を与えることなく、逆に溜まっていた唾を俊の口腔内に流し込む。

 

 くちゅりくちゅり……ぴちょぴちょ……、甘美な音だけが試着室という狭い世界を支配する。 はやては目をとろんとさせながらひたすらに俊の口を犯し続ける。 俊はそんなはやてをただ見つけるだけしかできず、次第に力が抜けていく──直前で目にした。 発見してしまった。

 

 試着室の間から覗き込むシグナムの姿を──

 

 その瞬間、俊の背筋に悪寒が走る。

 

 次いではやてを火事場の馬鹿力でどかし、体を左に可能な限り寄せる。 俊がその行動をとった瞬間──シグナムの拳が鼻先をかすめていった。

 

「きさまぁああああああああああああああああああ!! 主にはやてになんということを……! コロスコロスコロス……!」

 

「いや、落ち着け!? 話せばわかる! お前はベルカの立派な騎士だろ!」

 

 

「コロスコロスコロス……コロコロコロコロコロコロコロコロ……!」

 

「お前コロコロみる年じゃないだろ! ってんなこと言ってる場合じゃな──」

 

 シグナムの拳をかろうじて避けた俊は、そのまま試着室から全速力で逃げる。 それを追うシグナム。 殺意の波動に満ちている。

 

 逃げる俊の手前、試着室から現れたのはニコニコ笑顔を浮かべ浴衣を眺めていたヴィータ。 ヴィータは俊とその後方で修羅になっているシグナムをみてうんざりしたように声をかけた。

 

「おーい、ひょっとこー。 あんまり店内で騒ぐと迷惑になるぞー」

 

『そんなことよりシグシグ止めろ! お前らのリーダーだろ! どうにかしろよ!?』

 

「……どうせお前が悪いに決まってるんだろ……。 見てなくてもなんとなくわかるぞ」

 

 溜息一つ。 ヴィータは突っこんでくる俊の進行方向に足を置く。 全速力で走ってきている俊には当然ブレーキをかけることなどできるわけもなく、その足に引っかかり文字通り宙を舞った。 思わず店内の人間が感心を上げる。 感心を受けながら宙を舞い、盛大に浴衣の見本を倒す俊。 どこか破片で切ったのか、頭からは少量の血が垂れてきている──が、いまの俊にはそんなもの気にもとめることができなかった。 何故なら──頬をひくつかせながら仁王立ちしている店員や首を鳴らし拳を鳴らしている店員が目の前に大勢いたからである。 そんな店員たちに愛想笑いを浮かべながら一歩、また一歩と後退していく俊。 そして──勢いよく加速をつけてその場を後にする。

 

『いい加減にしろてめぇーーー!』

 

「いや、今回は俺のせいじゃないんです!? ほんとです信じてください! ぎゃぁあああああ!? 前からシグシグ来てるーーー!?」

 

 前にはシグナム、後方には店員。 まさに絶体絶命である。

 

 そんな俊を見ながら、ヴィータは呟く。

 

「なんかすまん」

 

         ☆

 

 俊が店外に逃げるのをみながら、はやては少し残念そうな顔をして、寂しそうな顔をして、つまらなさそうな顔をして呟く。

 

「唾と一緒にその気にさせる魔法をかけたんやけど……もうちょっと早くかけておけばよかったなー……。 まぁ、押し倒した時点でしっかり反応はしてたんやけど」

 

 俊を見ながら、はやてはそう呟いた。

 


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