『さようなら』
日中の茹だるような暑さもこの時間帯になってくると大分涼しくなってくる。 がやがやとした人の喧騒、それぞれの屋台では客を呼び寄せるために大声を張り上げ、それに比例するように子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。 暗い夜の世界であるのにもかかわらずいまこの場は明るく照らされており、沢山の人混みが出来ていた。 甘い匂いや食欲をそそるような匂いがこの場には蔓延している。
俺は左手でしっかりと娘の手を握りしめながら再度確認を取る。
「いいかヴィヴィオ。 パパの手を離しちゃダメだからな?」
「はーい!」
これで何度目の確認だろうか。 正直、こんなに人が多いのだから何回確認をとっても足りないくらいだと思うが。
ヴィヴィオの傍らに控えているガーくんにも確認を取る。
「いいかガーくん。 俺もヴィヴィオのことを気に掛けるが……頼むぞ?」
「マカセロ。 ダイジョウブ」
「まぁ……ガーくんのそばにいれば安全だからこれで少しは軽減されると思いたいかな」
ガーくんの頭を一撫でする。
「俊くん心配しすぎ。 何度確認取れば気が済むの?」
「そりゃお前……、大事な娘だぞ? できることならずっと手を握りしめていたい」
「……気持ちはわかるけど。 気持ちはわかるけど……、ちょっと親バカっぽい……」
「五月蠅いほっとけ」
ヴィヴィオとは逆隣にいるなのはが呆れた目でこちらを見てくる。
なのはの浴衣は白を基調としたつくりになっており、そこに桜を散らせているものだ。 帯はピンクで髪を結いあげている姿はいつもより色っぽい印象を覚える。
『エリオ、キャロ。 絶対に知らない人に声かけられても返事したりついていったらダメだからね? わかった? 絶対だよ? お金も余分に入れてるから沢山買って大丈
夫だからね?』
「ほら、フェイトだってあんな感じだぞ」
「二人とも過保護過ぎるでしょ……」
なのはが俺とフェイトを交互にみながら溜息を吐いた。
俺がヴィヴィオと手をつなぎながら傍らでなのはと喋っていると、背中に柔らかい感触と同時に浴衣をするりと抜け俺の乳首を誰かが触る。 手は確実に乳首を愛撫す
るようにさわさわと絶妙な力加減で責めてきた。
「ちょっ!? やめろはやて!?」
「姿を見てなくてもわかるなんて……もう一心同体やな?」
「こんなことをする奴はお前しかいないだろ! ったく、ヴィヴィオの手前こういうのはやめてくれ──」
止めてくれないか? そう言いかけて言葉を失う。
「──なんで嬉しそうな顔してるのかな?」
眼前には無表情のなのはの顔があった。 冷徹で冷酷な氷のような瞳が俺を射る。 それに反射して答える自分の口。
「嬉しそうな顔? そんなのしてるわけないだろ? それは見間違いに決まってるぞ」
「……そっか。 そうだよね! ごめんね、俊くん」
「失敗や見間違いは誰にでもあるさ。 そんなことより、フェイトも入れて回っていこうぜ。 ヴィヴィオ、今日はお前が主役だ。 どこから見て回りたい? 食べたい物ややりたいものはあるか?」
無表情から一転、華やかな笑みを浮かべるなのはに笑いかけながら提案する。 それに頷いてくれたなのはをみて、俺はしゃがみ込みヴィヴィオの目線に合わせながらどこに行きたいか聞く。
ヴィヴィオは俺の質問にしばし迷った後、盛大に腹を鳴らしちょっと照れたような顔をした。
「とりあえず、腹ごしらえといこうか?」
「うん! えーっとね……、ヴィヴィオやきそばたべたい!」
「よし、んじゃ行くか。 おーい! フェイト行くぞー!」
『あ、うん! それじゃよろしくお願いします』
フェイトはエリオとキャロに手を振ってたったったとこちらに駆けてくる。 黒を基調とした黄色の花柄模様で彩られた浴衣は猛々しい雷のような白い刺繍を纏い、フ
ェイトのはじめから持つ色気と合わさって効果倍増となった。 その証拠に、先程まではフェイトのことをちらちらと見ている輩が多いこと多いこと。 男持ちでなおかつ俺の姿を確認すると頭を下げてどっか行ったけど。
「そういえばはやて。 お前はヴォルケンの皆と行かなくていいのか?」
「ええんよ。 たまにはヴォルケンメンバーで羽を伸ばしてもらいたいしな……。 主の守護ばっかりやとキツイやろ?」
「まぁ……そんなもんなのかね」
あまりあいつらが守護をしていた記憶はないのだが。 どうせ俺の記憶だ。 きっとあやふやで証拠にすらならないので頼らないことにしよう。
「それより俊。 なんかいうことあらへん?」
「えーっと……、可愛いよ」
「むらむらくる?」
「……多少」
はやての浴衣は青を基調とした作りになっており白と赤のハイビスカスが浴衣いっぱいに広がっていた。 明るいはやてと合わせって爽快なイメージが増々ましてくる。
俺たち四人はヴィヴィオのご所望通り、焼きそばを買うことにした。
焼きそばの屋台──
「なんだひょっとこ。 お前生きてたのか」
「勝手に殺さないでくれ。 それより焼きそば二つくれ」
「はいよ。 まぁ、少しまっちょれ。 もうすぐ出来上がるから」
じゅーじゅーと鉄板の上で麺と野菜にソースを絡めながら捻じり鉢巻きタンクトップの屋台のおっさんは焼きそばを作っていく。
「俊くん。 わたし達五人だよ? なんで二つなの?」
「他にも食うのはあるだろ? 全部少な目にしてたほうが後々の胃袋も嬉しがると思うけど。 それに俺も含めて全員とも大食いってわけじゃないし」
「あ、成程ね。 そういえば俊くんも大食いってわけじゃないね。 もっと食べたほうがいいんじゃない? ……まぁ、細身は好きだから別にいいけどさ」
「俺は食べるより作るほうが好きなタイプなんでな。 それに、作ってる間にだいぶ食欲もってかれるんだ」
「そういえば、前も俊はそんなこといってたね。 食べる側の私達にはよくわからないけど」
なのはとの会話に俺とは反対方向のヴィヴィオの手を握っていたフェイトが首を傾げながらいってきた。 まぁ……これは本当に作る側にしかわからないことだと思う
し、それすらも個人差があるからなー。 俺みたいな奴もいれば、そうでない奴もいる。
「わたしは俊の言ってることわかるでー。 意外に作り終わる頃には食欲もってかれたりするから、ザフィーラとかに多めにいれたりしてるんよ」
「だからこの頃ザッフィー体脂肪がアレな感じになってきたのか」
「なんやその気持ち悪い言い方。 もしかして二人して裸見せ合ったりしたんか?」
「男共でこっそり銭湯に行ったときにな。 士郎さんには、サボりすぎといわれた。 はぁ……また鍛えなおそうかな」
男共で銭湯に行ったときのことを思い出す。 エリオの背中を流したりしてかなり楽しかったな。 スカさんと二人で女湯覗こうとしておっさんに殺されかけたっけ?
いまとなってはいい思い出だ。 願わくばこのまま自然と消滅してほしいルートがあるのだが……あちらさんがそうはいかないのよね。
「カッコつけてもいいことないのにな~……」
「ん? どうしたの俊くん?」
「いや、なんでもない。 それよりヴィヴィオ。 ずっと黙ったまんまだけど、どうかしたのか?」
「ほぁ~……」
ひとりでに呟いてしまった言葉をなんとか霧散させ、俺はヴィヴィオに声をかける──が、ヴィヴィオは俺の言葉が聞こえてないのかガーくんと揃って指を咥えながらキラキラとした眼差しで鉄板をみていた。
「パパ! おっきいよ! おっきいよ!」
「そうだねー、おっきい鉄板だねー」
「だっこ! だっこ!」
「はいはい。 おーいしょ。 ほら、うちとは比べものにならないほど大きいだろ?」
「うわぁー! おっきいーー!」
抱き上げて鉄板の近くまで顔を寄せてやるときゃっきゃとはしゃぎながら、俺と鉄板とを交互にみていた。 ヴィヴィオからしてみたら、俺たちにとっては当たり前の
ことも不思議に思えてくるんだろうか……。
はしゃぐヴィヴィオの頭を撫で、いましがたできたばかりの焼きそばを受け取る──直前で声をかけられた。
「その子、お前の娘か?」
「……あぁ、娘だよ。 大切な娘だ」
「そっか……。 まぁどうせお前のことだ。 またなにか訳ありなんだろうけどな」
「うっせぇよ。 こっちだってもう高校卒業してんだよ、なめんじゃねえ」
「はっ、いうようになったもんだなひょっとこ。 また来年も来い、うまい焼きそば食わしてやるよ」
「あぁ、ありがとよ。 んじゃ──また来年な」
小学生からの顔なじみに片手をあげてその場を去る。 どうやら早々に来年も海鳴に来ることが決まったようだ。
「まて、代金未払いだぞ」
お願い、カッコよく立ち去らせてよ。
☆
焼きそばを買った俺たちはその足でたこ焼きも買いに行くことにした。 買えるだけ買って、後でまとめて食べようということに五人で決めたわけだけど──
「開始一分でヴィヴィオは焼きそばを食べ始めたな」
「ま、まぁまだ小っちゃいしね……。 それに熱々のうちに食べたほうがいいのも確かだし」
「言われてみればそうかも。 折角の出来たてなんだから早く食べた方がいいよな。 あとはやてはいつまで俺の背中で首に腕を絡ませているんだ」
「だって、両サイドはなのはちゃんとフェイトちゃんに取られたんやもん。 それに前にはヴィヴィオちゃんがおるし、背中しか空きがないやん。 けどこれもこれでい
いかもしれへんな、俊の背中に引っ付くのもたまにはありや」
「俺は重いだけだけどな。 それにお前の場合……いや、なんでもない」
言いかけて口を止める。 いまいったら──確実になのはとフェイトの機嫌が悪くなりそうな気がするのだ。 それに俺自身──昨日の試着室での出来事を思い出して軽くどきどきしているので止めておこう。
深く深く深呼吸する。
「かぷ」
「うひゃぁ!?」
「ええなー、そのリアクション。 ほんと俊はかわええな。 食べたいくらい……」
耳を甘噛みしてきたはやてが俺にしか聞こえない声量でそう呟いてきた。 それに曖昧な笑みで答えを返す。 なんか最近のお前おかしいぞ……。
「パパー、あーん」
「あーん。 んー、うまい。 ありがとな、ヴィヴィオ」
「えへへ。 なのはママとフェイトママもあーん」
「ありがとーヴィヴィオ」
「ありがとね、ヴィヴィオ」
俺にだっこされているヴィヴィオが焼きそばをみんなの口に運んでいく。 ちゃんとガーくんにもあげてる辺り、自分の娘ながら感心してしまう。 ところで、ガーく
ん。 食べるたんびにジャンプするのはきつくないのかい?
ヴィヴィオはそのまま、俺の後ろにいるはやてにも焼きそばをあげる。 そんな様子を周囲の人間は微笑ましそうにみていた。 これではまるで、俺たちが雛鳥でヴィ
ヴィオがエサをあげる親鳥だな。
「ん? タコ焼きの前にいるのおっさん達じゃねえか」
前方、目当てのタコ焼き屋へ向かっているとおっさん達の軍団が目にみえた。 あ、リンディさん焼きそば食ってる。
「よおタコ焼き。 タコ焼きもたこ焼き買いに来たのか?」
「誰がタコ焼きだ。 タコ殴りにすんぞ」
「まぁまぁ、祭りなんだしよしとこうぜ。 俺もおっさんのことを見逃してやるからさ」
「それは俺のセリフだ。 しかしなんだ、此処の祭りは中々に活気があっていいじゃねえか」
「俺の育った場所だぜ? それだけで理由としちゃ十分だろ」
おっさんは納得したように頷く。 他の人達とも会話をしようとした矢先──ヴィヴィオが俺のほっぺをぺちんぺちんと叩いてきた。 その瞳は先程の焼きそば屋台と同じように目の中に星でも入っているのかと疑いたくなるほどの輝きを放っていた。 くるりとこちらを向くヴィヴィオ。 そして屋台を指さして言い放つ。
「パパー! タコせいじんがいるよー! あたまつるつるー!」
『ぶっ!?』
その場にいる全員が噴出した。 飲み物を飲んでいたおっさんが吹き出し、焼きそばを食べていたリンディさんの鼻から麺が飛び出した。
なのはが必死に謝り倒す。
「す、すすすすすいません! あの、ヴィヴィオはまだ5歳でうちの旦那がへんなことばっかり教えていて! それでその……たまにこういうこともあるんです!」
「そ、そうなんです! あの、悪気はないんです! ほんと悪気はなくって娘もお祭り自体がはじめてでちょっと浮かれてて──」
なのはとフェイトが頭を下げながら身振り手振りでどうにかこうにか説明しようと頑張っているが──
「お久しぶりです。 どないでっか? 繁盛してますか?」
「ぼちぼちでんなー、ひょっとこ君。 ところでその女の子はキミの娘なのかい?」
「ええ。 世界一可愛いでしょ?」
「狂犬のキミが変われば変わるものですね」
この人はとんでもなく懐が広いのだ。 これしきのことでは怒らないさ。
ただまぁ……一癖も二癖もあるんだけどな。
「狂犬って……俺は道化師ですよ。 あ、タコ焼き2パックください」
「はいはい。 キミの手綱を握れるのは大好きな女の子たちだけですから、ほんと頑張ってもらわないといけないですね。 ところで……訳ありっぽいですから突っこみ
ませんが──母親はどなたでしょうか?」
「そりゃぁ──」
『ごほんっ! ごほんっ! んぅん!』
隣から声ともいえない声が聞こえてきたので、発言人物を見つめる。
「あ、ごめんね俊くん。 ところで、“わたしの”娘のヴィヴィオが早くたこ焼き食べたいみたいだよ? ほら、一緒に食べさせてあげようよ」
「へ? あ、うん……。 はーいヴィヴィオー。 あーん」
『こほんこほん! あ、あー、あー!』
「えっと……フェイト?」
「あ、ごめん俊。 ところで、“私と俊の”ヴィヴィオがタコ焼き食べたそうにしてるね。 ほら、食べさせてあげたら?」
「あ、うん……。 えーっと……」
『パパ早く』
なのはとフェイトの声が被る。 なのははちょっと頬を膨らませて怒ったような拗ねているような顔をして、フェイトは優しい笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「ま、まぁまずはヴィヴィオに食べさせよう。 あーん、ヴィヴィオ」
「あーん! おいしい! パパ! たこやきっておいしいね!」
「だろー? この人のタコ焼きは美味いんだ。 あ、ソースついてるぞ」
「えへへ、ありがと。 ヴィヴィオもパパにたべさせてあげる! あーん」
「あーん。 んー、ヴィヴィオが食べさせてくれるからよりおいしい」
ヴィヴィオのほっぺに頬擦りをする。 ヴィヴィオは嬉しそうに声をあげる。
「パパー、つぎはねー。 わたがしたべたい!」
「綿菓子かー。 それじゃ行くか。 んじゃ、おっさんリンディさん俺たちはこの辺で」
「あ、その前に私飲み物が欲しいかな」
「フェイトちゃんに同意。 ちょっと咽喉が詰まっちゃう」
「それじゃまず飲み物ということでヴィヴィオもいいか? それにはやても」
「「はーい!」」
おっさんたちの軍団に軽く手をあげてその場を去る──リンディさんの横を通った瞬間、リンディさんは小声で俺を嘲笑ように言ってきた。
「ふん、狂犬ね。 確かに、10年前の──あのときのあなたは狂犬そのものだったわ。 中々いい例えじゃない」
その声はかつての高ランク魔導師でありながらアースラの艦長を務め、そして俺を止めてくれたあのリンディ・ハラオウンの姿であった。
ただ──
「リンディさん、鼻からソース麺が飛び出てます」
鼻からソース麺出してる姿は非常に恰好悪かった。
『へっ!? あ、ちょっと! 待ちなさい! だからこっちをみずにどんどん進んでいったのね!? こらーーー! 待ちなさいってばー!』
☆
「だいしゅきホールドって知ってるやろ俊。 あんたもエロゲとかするし、大好きそうやしな。 あれって二次元だからめちゃくちゃ萌えるねんけど……三次元でされたらもう強制──」
「それ以上言うなはやて。 ヴィヴィオがいるんだからマジで止めろ。 というか、なんでお前はいきなりだいしゅきホールドを出してきたんだ」
「んー、なんとなく。 まぁ、俊もだいしゅきホールドされたら観念したほうがええよ、ということや」
「そもそもしてくれる相手がいねえよ」
こいつはいつまで俺の背中にくっついてる気なんだ……? ……胸の感触とかいい匂いとかその他もろもろでかなり嬉しいのだが。
……いや、それをいうのなら俺はいまとても最高な場所にいるような気がする。 右になのは、左にフェイト、ヴィヴィオをだっこし背中にははやて。 間違いなく、俺以上に幸せな人間はこの世にいまいないだろう。
幸せだ
「俊、だいしゅきホールド──」
「もういいから! ホールドはもういいから好きな飲み物選べ!」
「あ、お金は自分で出すからええで。 んーっと、それじゃカルピスとってくれへん?」
「あいよ。 ヴィヴィオはどれがいい?」
「んーっと……これ!」
はやてご所望のカルピスとヴィヴィオが選んだオレンジジュースを一つずつ取り代金を払いそれぞれに渡す。
「あれ? 俊くんは自分の分買わないんだ。 コーラだけどいる?」
「くれんの? サンキュー」
「あ、飲ませてあげる。 はい、どうぞ」
口をつけたばかりのコーラを、そのまま俺の口にあてがいゆっくりと傾ける。 強い炭酸をがんがん流し込んでくるのでかなり咽喉が辛くはあったが、それよりも嬉し
さのほうが勝っていたので何もいわずに飲んでいく。 やがて口からボトルが離される。
「おいしかった?」
「なのはが飲ませてくれるならなんでもおいしいよ」
「知ってる。 あ、でもこれでわたしが飲んだら間接キスだね?」
「おいおい、いまさらそんなこと気にする仲じゃないだろ。 間接キスなんぞ百単位でやってるだろ」
「いわれてみればそうだね。 ……うん、小さい頃からずっと間接キスとかしてるのかぁ……」
「うーん、俺からしてみたら当たり前な感じだけど、ぶっちゃけどうなんだろうな?」
「間接キス? そうだねー……なんか特別な関係とか、そんな感じじゃない? ただの異性同士の友達ならやらないと思うよ」
「ということは、俺となのはは特別な関係か」
「特別な関係だね。 まぁ、ご主人様とペットだから特別な関係なのかな?」
「かもな」
二人して肩をすくめる。 特別な関係か……。 うん、特別な関係だな。
命を預けることができる──そんな関係だと思う
「俊、私のもあげようか?」
「いや、大丈夫だよ。 なのはので充分」
「そうそう、“特別な関係”のわたしだけで充分。 ね? 俊くん?」
嬉しそうに手を重ねながら俺に振ってくるなのは。
ごめんなのは──
「俊……。 間接キスよりもキスしながら口に含んだ飲み物を飲む行為のほうが色々と──」
「ヴィヴィオがみてるから!? ヴィヴィオが俺の胸の中でガン見してるから止めて!?」
助けて──
首を90°向けさせるはやてはそのまま口に含んだカルピスを俺の咥内に流し込もうとする──が、俺の声を聞きなのはとフェイトが振り向くといつもたやすく首の拘
束を解いた。
「どしたんなのはちゃんにフェイトちゃん?」
はやてが素知らぬ顔で首を傾げる。 どうしてこいつはそんなにネコを被ることができるんだ……? それに──はやてのさっきの行動のせいで顔が熱い。
なのはは俺の顔をじっと見つけると──ふいにおでことおでこをくっつけてきた。
「う~ん、やっぱり俊くん熱ある? どうもいつもよりふらついてる感じだったけど」
「へ? そ、そうかな? 俺はあんまりそんな感覚はないんだけど」
「俊くん、自分を信じちゃダメだよ」
「遠まわしに俺のことバカにしてる?」
「バカにしてる。 でも心配もしてるよ? 俊くんが風邪ひいちゃったら……いや、俊くん風邪ひいたほうがいいかもしれない。 この頃、他の女の子にちょっかいかけて
るし、看病ということで独り占めもできるし……」
「な、なのは……?」
「へっ!? い、いや別に好きだからそんなこといってるわけじゃないからね! ただ……ペットの看病はご主人様がするものでしょ!?」
ずいとこちらに詰め寄ってくるなのは。 顔が至近距離にあり、あと数センチで触れ合う距離だ。
「う、うん。 俺もそう思うよ」
そういうと、なのははふと何かに気付いたようにそそと顔を遠ざけた。 そして咳払い一つ。
「ま、まぁ俊くんにはわたしがいるから大丈夫。 ──わたし以外にはいらないから」
何故だろう。 最後の言葉を聞いた瞬間、背筋が急に寒くなった。
そんな俺の感覚を知ってか知らずか、なのはは笑顔で俺にひっつく。
「ほらほらパパ。 早くいこうよ。 次は綿菓子でしょ? 約束もあるんだし」
「ああ、一緒に食べる約束か。 覚えてるよ。 それじゃヴィヴィオ。 わたがし食べにいくぞー!」
「わーい!」
「ヤッホー! ワタガシダー!」
膝でガーくんもはしゃいでいる。 そっか、ガーくんも綿菓子食べたかったのか。
☆
「えーっと、綿菓子を四つ。 あ、キャラ袋もあるんですか。 それじゃこの魔法少女ので」
「……俊くんって、魔法少女大好きだよね」
「俺は被害者だと思う。 お前らみたいなかわいい女の子たちが魔法少女だぞ? それをずっと見てたんだ。 自ずと魔法少女が大好きになっても不思議じゃないと思うんだよね」
「……わたし達が俊くんをダメにしたんだね……」
まぁ、なんとなくだけどどんな人生を歩んでも魔法少女が大好きになっていたと思う。
「それより、そろそろ射的やよーよー釣りも回らないか?」
「そうだね。 そろそろ回りたいかな。 ヴィヴィオも焼きそばとたこ焼きと綿菓子で大分お腹いっぱいになっただろうし」
なのはと綿菓子の袋を半分ずつもって少し離れた所でまっているフェイト達の所まで歩いていく。
「今日はヴィヴィオ中心のはずなのに、なんか他の面々が前に出ているような気もするよな。 俺の思い違いならいいんだけど」
「きっと浮かれてるんだと思うよ。 はやてちゃんやヴィヴィオもテンション高いし。 お祭りだし、楽しいから気持ちはわかるんだけどね」
「なのははどうなんだ?」
「楽しいよ。 俊くんとこうやって歩けてとても楽しいし。 俊くんは楽しい?」
「なのはと歩けて楽しいよ」
そういうと、なのははふと立ち止まりしばし考えた後──おもむろに自分用の綿菓子を取り出し袋を開け、中にはいってる綿菓子をひとつまみするとそれを俺の口にもっていった。
「あの……これはなに?」
「餌付け」
まさかとは思っていたけど、本当に餌付けとは思っていなかった。 いやでも……これはこれでアリなんじゃないだろうか。 だって俺ペットだし、犬だし。
「あーん」
「あーん」
なのはの声に反応してぱくりと綿菓子を食べる。 しかし勢い余ってなのはの指まで食べてしまい二人とも固まり、なんとも微妙な空気が出来上がってしまった。
ちゅぽんという音をたてて口から引き抜かれたなのはの指。 なのははそれを見つけた後、自分の口にぱくりと入れそのままちゅぱちゅぱと舐めまわす。
「えへへ、これも間接キスになるのかな?」
「ははっ……そうなのかな?」
答えに窮し、曖昧に笑う。 何故だか、この頃なのはも少し変わってきたような気がする。 なんというか……恋が実りそうな気がする。
そこで携帯が鳴った。 言い換えるなら──呼び出しを喰らった。
「悪いなのは。 どうやら今夜の裏の主役に呼ばれたみたいだ。 ──行ってくる」
「うん。 いってらっしゃい」
フェイトに自分が持っていた物を渡すとそのまま待ち合わせの場所に走っていく。
「あ、まって俊くん!」
「ん。 どうし──!?」
声につられて後ろを振り向くと──なのはが俺の顔を押さえてキスをしてきた。
それは昨日はやてとやった舌を絡ませるようなキスではなかったのだが、綿菓子の甘い味となのはからほんのり香るいい匂いと──そして大好きな人という要素が合わさって俺の顔が爆発した。
衆人観衆の中、なのははゆっくりと唇を離し、照れながらいった。
「お祭りだし、綿菓子の約束もあるし、ちょっとくらい素直になってもいいかな、なんて思って。 まぁ……かなり恥ずかしいけど。 ──いってらっしゃい、あな……俊くん」
言い直すなのは。 その顔は俺と同じように爆発していた。 だからこそ、俺も照れながらであるがちゃんと答えた。
「いってくるよ──なのは」
なのはに軽く手を振って、今度こそ集合場所に歩みを進める。 それにしても……綿菓子の約束ってそういうことだったのか……。
余韻に浸りながらも、気を引き締めていくことに。 どうやら、お祭り描写はここで終了のようだしな。
あ、ついでに先程見つけたお面屋でアレを買っていこう。
丁度──俺に似合うものがあったんだよな。
☆
祭囃子が遠くのほうから聞こえてくる。
ここは海鳴の神社。 遠い昔に、魔法少女がデバイスを起動した場所である。
そこで男は一人──トイレをしている幼女を眺めていた。
幼女のトイレが終わると、男はおもむろに立ち上がりその幼女に声をかける。
「お嬢さん、パンツ落としましたよ?」
「はぅ!?」
「お嬢さん、パンツはきましたね?」
「ひぅ!?」
「お嬢さん、パンツ見せてくれませんか?」
幼女に迫る男。 その男の背中を誰かがとんとんと叩く。 男は訝しげながらもそれに振り向いて絶句した。 何かを言おうとする男は、背中を叩いて男は有無を言わせず拳を繰り出す。 クリーンヒットして目に涙をためる男。 そんな男を無視する形で、もう一人青年が幼女のほうに近づいてきた。
「ごめんなー、かなちゃん。 翠屋のお兄ちゃんだけど、俺のことわかるかな?」
「お、おにいちゃん……?」
「うんうん、お兄ちゃんだよ。 ほら、此処は変態がいるからあそこのお姉さんと一緒にママの所に帰ろうね? もうここでおしっこしたらダメだよ。 神様が怒っちゃう
し」
青年がそういうと、幼女は黙ったまま頷いた。 そして青年に抱っこされる形で持ち上げられ青年の手から綺麗な女性の手に渡る。
「それじゃウーノさん。 お願いしますね」
「わかりました」
ウーノと呼ばれた女性は幼女に明るく話しかけながらその場を後にした。
それを見送った後、青年は男のほうを向いた。
「スカさん、いまのはヤバイって。 いや、ヴィヴィオにアレなことをさせようとした俺が言えることでもないけどマジでないって。 おっさん落ち着け! 気持ちはわかるがいまスカさん殺したらなんのために此処まで来たのかわからないだろ!?」
青年は隣でいまにも動き出しそうな男を羽交い絞めにする。
「ふふっ、ふーーっはっはっは! ひょっとこ君、どうやら私はキミみたいにはなれないみたいだよ。 ──ほんと、全員がキミのようであったらいいのにね」
「止めてくれスカさん。 人類全員が俺とかリンディさん辺りが発狂して大変なことになる」
「俺は嬉々として皆殺しにしていくけどな」
「お前段々局員の言うべきセリフじゃなくなってきてるぞ」
「ふっ、まぁいい。 座ってくれたまえ。 この話しは少し長くなりそうなのでね」
スカリエッティはそう言って、二人は石段に座らせる。 そして自分は立ったまま話し始めた。
「ひょっとこ君、キミは薄々感じ取ってるかもしれないけど、私は人間ではない。 そして、戦闘機人という存在を生み出した次元犯罪者だ。 その正体は最高評議会と
いう事実上、管理局を裏で操っている存在から生み出されたモノだよ。 コードネームは“
男はそこで一旦言葉を切るが、目の前の二人はなにも喋る様子がないのでそのまま続ける。
「キミの友人であるフェイト・テスタロッサの母、プレシア・テスタロッサとも知り合いさ。 あの件については少しではあるが、私も協力したからね。 ひょっとこ君、何故キミにこんなことを話すと思う?」
「知らん」
「だろうね。 キミだけには話しておきたかったのだよ。 私を変えてくれたキミにはね。 これはもう数年も前のことだ。 無限の欲望である私は毎日毎日、知的好奇心
に満ち溢れていた。 どんなことを──どんな違法をしようか考えていた。 しかし、それと同時に、それを考えると心の中の熱が急激に冷めるような感覚に陥っていた。 自分でもわからなかった。 ウーノに聞いてもわからないと答えるばかりだ。 来る日来る日も、その謎に向き合った。 私に解けないものなどないのだから。 だが── 一向にわかることはなかった。 そんな時だ。 私は何かが欠け、何かが判らないまま、ミッドチルダの臨海空港の火災でキミを見かけた。 その時だよ。 答えはすぐにわかった。 簡単だった」
火災で泣いている子どもたちを元気つけているキミをみたときに、自分の欲望に気付いたのだ。
「私は──キミのような強さが欲しかったのだ。 泣いている子どもを一瞬で笑わせ、絶望している人を勇気づけ希望に変え、魔力もないのに火傷するかもしれないのに、市民でありながら恐れることなく火災の中を人々の士気を高める──エースオブエースやエリート執務官、SSランク魔導師ですらもしかしたら敵わない──そんな強さを私はキミにみた」
「よしてくれスカさん。 空っぽの俺をここまでにしてくれたのは、いまあんたがいった奴らだぜ?」
「ふっ、キミがそれを望むならそういうことにしておこう。 けど、全てが遅すぎた。 私の手は塗り潰されていた。 最高評議会、レジアス。 次元犯罪者の私が真っ当な人生を歩めるなんて思っていないさ。 だけど──私はどうしてもキミと会って話がしたかった。 そしてキミと会って、ますます思った。 こんな風に人生を過ごしたい。 けど……それは無理なことだった。 当たり前だ、キミと私とでは住む世界が違うのだから。 ひょっとこ君。 キミがはじめて私の家に来たとき、ガジェットドローンを破壊したのは覚えているかい?」
「すまんスカさん。 料金ならおっさんが──」
「俺はお前のサイフじゃねえんだよ」
あわや喧嘩を始めるかと思った二人をスカリエッティは制した。
「いや、いいんだ。 あれは元々、二人の内どちらかに壊してもらう予定だったからね。 これでも私は科学者でね、科学者とは難儀な性格で自分で作ったものを壊すこ
とに多少の抵抗はあるのだよ。 だからこそ、私はキミを利用したのだ。 さぁひょっとこ君。 こんな私を軽蔑するだろう?」
「スカさん……。 本当に壊してよかったんだな?」
「ああ、よかったさ」
その言葉を聞いて、俊は盛大にほっとしたような溜息を吐き、快活に笑いながら答えた。
「よかったー! あの件でさ、いつスカさんから請求書くるかビクビクしてたんだよな。 いやー、よかったよかった。 壊しても大丈夫だったのね」
「……怒らないのかね?」
「なーに、利用されるのには慣れてるさ。 そんなもん気にすんなって! それより話聞かせてくれよ」
急かす俊にスカリエッティは聞こえないように小さく呟いた。
やはりキミはかわった男だ
「ではもののついでだ。 最高評議会についても軽く話しておこう。 まだ世界に平和が訪れていなかった時代に三人の人物が時空管理局という組織を作った。 その後、世界は時空管理局のおかげで平和になりつつあったのだが、人の一生とは短いものですぐに三人の寿命はくることとなった。 しかしながら、三人ともとても心配性であったがゆえにその後の未来のことまで心配しだしたのだ。 そして三人は一大決心をして──自らの体が朽ちても大丈夫なように脳みそだけを生かしいまの管理局に留まっている。 かなり適当ではあるものの、大体のことはわかったと思うよ。 この最高評議会は地上本部のトップであるレジアス・ゲイズともつながっている。 彼だって、ただ地上を守りたいだけのはずなのにね……。 ほんと、キミのような人間ばかりだったらどれほどよかったことか」
「スカさん……」
俊が何かを言おうとした矢先、俊の隣にいる男が先に声を発した。
「スカリエッティ。 俺もこいつもお前の思い出話を聞きにきたんじゃねえんだ。 さっさと本題に移れ」
「な……!? てめぇ!」
「なんだひょっとこ。 お前はこいつの思い出話を聞くために大事な人達との楽しい時間を投げてまで此処にきたのか?」
「そうじゃねぇけど……! でも言い方ってもんがあるだろうが!」
俊と男が立ち上がりながら互いに胸倉を掴む。
一発触発の雰囲気の中、それをスカリエッティが止めにはいる。
「二人ともまってくれ! いや、これにかんしては私が悪かった。 つい話し込んでしまったよ。 ひょっとこ君にも悪いことをした。 キミの幸せな時間を奪ってしまったのだから。 そうだね、そろそろ本題に入るとしよう」
スカリエッティは一度大きく深呼吸をして笑いながら二人に向けていった。
「私は自首することにしたよ」
晴れやかな笑顔で言い切った。
俊は唖然とし、男は無表情。 そんな中、明るく振る舞いながらスカリエッティは続ける。
「なに、いますぐにというわけじゃない。 期日は決めてある9月19日。 それまでに私はこの脳を使ってできる限りの技術を残し、管理局に渡すつもりだ」
「……それがお前なりの出した答えか。 悩んで悩んで悩みぬいて出した──後悔しない答えなんだな?」
「……後悔しないといえば嘘になる。 だが──それでも私は後悔しないだろう。 技術を管理局に渡し──それと引き換えに私の大事な娘たちの安全を保障させる」
ギリリ……とスカリエッティから歯ぎしりが聞こえてくる。 ぶるぶると震えるスカリエッティの体。
「どうしようもない私のことを、“ドクター”と呼んで笑ってくれるんだ。 失敗して落ち込んでいるときも皆で励ますために私のことを笑わせてくれるんだ。 どんなときだって……! 私の娘は……私を守ってくれるんだ……! 何一つ、父親らしいことなどすることができなかった私を父親のように慕ってくれるんだ……! 私だけで十分だ……! 子に罪を背負わせるほど無能な大人は存在しない……!」
スカリエッティは涙ながらに男の肩に両手を置き訴える。
「不躾な願いだということはわかっている……! それでも、それでも聞いてほしい……! 私がいなくなった後……どうか──私の娘たちを女の子として幸せで真っ当
な人生を送らせてくれないだろうか……!」
男はその悲痛な叫びを、魂込めた叫びを聞き──スカリエッティの両手を外し真剣な表情で言い切った。
「幸せになる権利は誰にだって存在する。 それが例え戦闘機人であってもだ。 そして俺は──市民の安全と安心を守るのが役目だ。 スカリエッティ、お前も市民だ。 その想い、その叫び、確かに受け取った。 安心しろ、お前の娘たちは俺がなんとかしよう。 この命に代えても貴様の願いは果たす!」
その言葉を受け、スカリエッティは涙を流しながら感謝の言葉を口にする。
そしてそのまま、俊のほうを向く。
「ひょっとこ君、キミにも色んな迷惑をかけてきた。 今日だってそうだ、私の我儘で幸せな時間を奪ってしまった……。 ただ、どうしても私はキミにこの言葉を送りたかった」
止めどなく溢れ、乾く気配のない涙を前にしながらスカリエッティが不細工な笑顔で──されど最高の笑顔で俊に言葉を送る。
「──遊んでくれてありがとう」
俊はただ必死に唇を噛み締める。 言葉を発しないように皮膚を切り裂いてもなお噛み締める。
「キミはやっぱり強い子だ」
そんな俊をみてスカリエッティは笑い、自らの白衣を脱ぎ俊に着せる。
そしてそのまま、歩き去る。 自首するために、娘たちのために茨の道を歩いていく。
「まてよスカさん!!」
そのスカリエッティの背中に俊はある物を投げつけた。 男はそれに驚き、拾ったスカリエッティすら声を失った。 そんな中、俊は指を突き付けながら言い切る。
「白衣はむちむちな女性にしか着せないタイプなんだよ。 こんなもん要らないから貰わねえ。 ただ──貸してはもらうぜ? 代わりといっちゃなんだが、それを持って
てくれないか? 大事な物だ。 傷つけるなよ?」
そうして俊は──スカリエッティが持っているひょっとこのお面を指さした。
「9月19日に返してもらうぜ?」
「ふふっ、あぁ9月19日に返すとするよ」
今度こそスカリエッティは闇へと消えていった。
後に残るは男が二人。
しばし無言の空気が漂った後、男が俊に声をかける。
「ゲームオーバーだ、ひょっとこ。 スカリエッティは俺とお前の選んだ道とは違う、第三の道を自ら選んだ。 こうなると俺たちに出来ることはなにもない。 ただた
だ、月日が過ぎるのも待つだけだ。 ひょっとこ、悔しいのはわかるが──現実はゲームじゃない。 お前もそろそろ分かれ」
「おっさん、現実はゲームだ」
「あ?」
「女がいて男がいて、ご都合主義が起こり、理不尽なことが起きる。 人が死に人が生まれ、泣き、笑い、怒り、悲しむ。 現実はとっても高度なゲームだ。 一人一人が主役なんだ」
「はっ、だからなんだ? それで何ができる? お前に何ができる?」
「理想を騙し、現実に叩き落とすことができるさ。 おっさん、俺は間違ってた。 攻略できなくて当たり前だったんだよ、このゲームは」
カードが全て出揃ってなかったからだ。
俊は自信満々に言い切る。
「おっさん、いまなら特等席で俺の舞台をみせてやるぜ? どうだ、この勝負乗らねえか?」
「……お前の目的がなんなのか分かるまでは乗らねえ。 目的はなんだ」
目を細める男に、俊はチッチッチと指を振り──月をバックに宣言する。
「
俊はピエロの仮面を被り、男はタバコに火をつける。
そして交わすハイタッチ。
今宵──
無印もうすぐ終わります