パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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94.曲芸6

 高校時代、一日だけアリサと二人きりで昼休みを過ごした日がある。 そのときアリサは、上矢俊という人物のことをこう評価した。

 

『自分に激甘、身内に甘く、他人に無関心な男よね』

 

 購買で買った俺の紅茶を横取りしながら、アリサはそう平然と言ってのけた。 正直、アリサの評価に感心した。 いつからかはわからない、いやきっと小学校に上がる前のあの事件の時だろうか。 その時から、少しばかり感性が変わったのかもしれない。 壊れたから変わったのか、はたまた壊れてなくてもこうなったのか。 案外、俺はあの事件を言い訳に使っているのかもしれない。 だとしたら、俺はかなりの親不孝者にあたってしまうかな。

 

『自分に甘いのは当たり前さ。 他人に無関心なのも当たり前。 興味ない存在を見続けるほど、俺は暇じゃないんでな』

 

『自分に甘いのが当たり前なんて、いまのご時世では無理があるわよ。 ほら、どこかの正義のヒーローは自分に厳しく律してるじゃない』

 

『それがそもそもおかしいんだよ。 自分の最大の味方であり相棒は自分自身だ。 世界は自分と自分以外の存在で成り立ってるのだからな』

 

『あんたの考え方、いつか身を滅ぼしそうね』

 

 アリサがため息を吐きながら白い目を向けていたのを覚えている。

 

 こればっかりはしょうがない。 あの時から、一部の例外を除いて俺はそう認識してしまったから。

 

 しかしまぁ……、アリサが友達でよかったよ。

 

 ところで、ここにて唐突に脈絡もなく話題を変更させてもらうが、人間とは面白い生き物で、自分より下に存在する者を認識すると途端に尊大になる生き物である。 そこに例外は存在しない。 人によっては、“人間の醜い部分”と評する者もいるだろう。 しかしながら、俺はこう思う。

 

『“醜い部分”があるからこそ、“綺麗な部分”が映えるのだ』

 

 例えば、人間は自分よりも外道な存在を目の当たりにすると、途端に善行な人間へとシフトすることがある。 それは“醜い部分”が存在するからであり、相手の潜在

している“醜い部分”が自分の“醜さ”を凌駕していた場合、脳の処理が間に合わないことによって起きる反動のようなものである。 自分より下の者を認識したから、自分より下がいると自覚したから。 希望が見えてしまったから。 だからこそ、その者は変わることができ、かつ“綺麗な部分”を存分に見せつけることができた。 醜

いと綺麗は常に一心同体であり、表裏一体なのだ。

 

 人間は脆い生き物だ。

 

 軽く手を払うだけで骨を折ることもでき、親しい誰かが傷つくだけで激昂する。

 

 単純で単調で、醜く脆い、自己欲求と自己満足で形造られた存在。

 

 目の前にいる者たちがいい例だ。

 

 管理局という巨大な組織を使って、自分の欲求を満足させる。 今日までどれほど甘い汁を啜ってきたのか……想像するに難くない。 きっと、高町なのはという存在に出会わなかったら、俺もこの者たちと同じような道を辿ったことだろう。 そして最後には高町なのはという無敵のエースオブエースに勝負を挑み散っていく。 そんな未来を何度も何度も想像してきた。 何度も何度も妄想してきた。

 

 不思議なものだ。 俺は彼女に殺されてもいいと思っているのだから。

 

 これぞまさしく歪んだ愛情である。

 

「さて……ここに書かれていることがあなた方の罪状になりますが……異を唱える者はいないのでしょうか?」

 

 白衣に身を包み、ピエロの仮面で顔を隠した俺は不正局員に告げる。 誰か一人が肩を震わせ、こちらを見る。

 

「キミは……何が目的なんだ?」

 

「はて、どういう意味でしょうか?」

 

 風邪をひいた日から2週間が経った今日、俺はレジアス中将とはやてとユーノを中心に集められた不正局員の資料を抱え、この部屋にきた。 八神はやてが事前に呼び出した不正局員、全40名がいるこの場所にだ。 部屋に入室すると、すぐさま局員たちがそわそわとした目でこちらを見て、俺の姿を視認し硬直した。 大方、はやてが来るものだとばかり思っていたのだろう。 それか──自分達の悪事がバレたとでも思ったのか。

 

 悪事を働いた人物が一人残らず召集されたんだ、そう思っても不思議じゃないよな。

 

「キミの目的はなんなのだと聞いているのだ!」

 

 ヒステリック気味の声を上げながら、俺に掴みかかってくる初老の局員。 ハッスルしてますなぁ、この男性は。 目の下には濃い隈、それに明らかに人間不信になりつつある瞳。 どうやら、自分達の悪事がバレるかもしれないというハラハラ気分を味わい続けるとストレスでこんな状態になるらしい。 チラリと周りをみるが……、大方この初老の男性と同じだな。

 

 ふむ……、逆説的に考えるとはやてだけがこの者達には希望だったのかしれない。 いつ逮捕されてもおかしくない緊張の中で、八神はやてという存在だけがいつもと変わらない様子で挨拶を交わしてくれる。

 

 人は不完全であるがゆえに、誰かを頼る生き物だ。 以前、こういった話を猫モドキとしたことがある。

 

 この者達からしてみれば、八神はやてだけが頼れる存在だと思ったのだろう。

 

『彼女は私に挨拶を交わしてくれるから、きっと私のことを見捨てないはずだ』

 

『彼女になら……』

 

 日を追うごとに、そんな感情が支配する。 それ以外に道が閉ざされていく。

 

 俺がなのはに拠り所を見つけたように──この者達もまた、はやてに拠り所を求めようとしていたのだ。

 

 心身ともに限界の中で、“当たり前”な行動を起こすだけで──人は簡単に堕ちていく。

 

 この手のやり方は詐欺や宗教では常套手段である。

 

 人の弱みに付け込み、相手の心を奪い、相手のスキマを埋め、相手を自由自在に操る。

 

 金も地位も名誉も体も命すらも──簡単に手に入る。

 

 全ては計画通りに事が運んでいる。 精神的に不安定の中、まともな話し合いが出来るとは思ってないし、そもそも話し合いをしようとすら思わない。 他人に付き合うほど暇じゃないんだよ。

 

 だから夕食の献立を考えるのと同時並行で事を進めよう。

 

 やるべきことは至ってシンプル。

 

 ──悪人になればいいだけさ。

 

 掴みかかられていた手を握り返す。 骨が軋む音が室内に響き、痛がる声が聞こえても素知らぬ顔で握り続ける。

 

「誰が俺に触ることを許可した、この家畜以下の生物が」

 

 骨を折るのは得策ではない。 何事もほどほどが大事であるし、ここで怪我を出せば不安定なこの者達は襲い掛かってくるかもしれないしな。

 

 握っていた手を離す。 離されていた手が支えとなっていたのか、どさりと初老の男性は崩れ落ち、こちらを恨みがましい目で見つめていた。 それを見下しながら、

 

「そのような薄汚れた汚い眼でこちらを見られても困ります。 眼球を抉り出されたいのでしょうか?」

 

 凄んでみる。 たった一言、いつもより低い声で喋るだけで相手は黙ってしまった。 声を出すことができなくなった。

 

「賢明な判断をありがとうございます。 こちらも家畜以下の返り血を浴びるなど想像しただけで吐き気がしてくるのでありがたいです」

 

 飛ばし過ぎな感じがして否めない。 事実、超小型イヤホン越しのはやてからもストップコールが何度かきているし。 それでも、俺の口は止まらない。 あぁ……いま

この状況がとてつもなく楽しい。

 

「さて、ここに集まってもらったのには勿論理由があるのですが、理解している方は沢山でしょう。 ──あなた方には私の駒になってもらいます。 管理局を潰すためのね。 不正局員のあなた方には相応しい役柄だと思いませんか?」

 

 左手を差し出しながら告げる声は軽やかで、それとは真逆に俺以外の局員は一斉に驚いた顔でこちらを見た。 何をそんなに不思議がっているのだろうか?

 

「おや、どうかしましたか? そんな顔をして、まるで『管理局を滅ぼす? ふざけるな!』 そう言いたげな顔をして」

 

「あ、当たり前だ! 管理局を潰すなんて……そんなことがまかり通ると思っているのか!」

 

 恫喝するように野次を飛ばす後ろの男性に、俺はクスリと笑ってしまった。

 

「いやはや、管理局に寄生している害虫が正義面して何をほざいているのでしょうか?」

 

「当然であろう! 管理局が潰れたら──」

 

「自分達が困るから、とでも?」

 

 そこで言葉に詰まるのが、クズの証なんだよ。 人のこといえないけど。

 

「楽しいですよねぇ。 皆が平和のために頑張っている最中、自分だけが汚職を働くのって。 楽しいですよねぇ、面白いですよねぇ。 必死に頑張っている連中を嘲笑い

ながら、自分は安全な場所でモニターを見ているだけでいいのですから」

 

 実に賢い生き方だ。 実に堅実な生き方だ。

 

 野次を飛ばした男性に近づき、そっと頬を撫でながら俺は聞こえるようにハッキリと一字一句聞き取れるように言葉を紡いでいく。

 

「覚えておくといいでしょう。 地位なんてものは、残飯以下の価値しか存在しないということを」

 

 ヴィヴィオが壊した俺のフィギュアのほうが価値があると断言できるほど、地位というものに価値はない。 服と同じなんだよ。 服は一生同じものを着ることはありえない。 いつかは脱がなくてはならない、その時──人は裸になる。 それと同様に、地位だっていつかは脱ぐときがくるだろう。 そんなものに固執して何になる? 理想としては、なのはやはやてだと考えている俺からしたら、権力や地位に食らいついている人間を見ると同情してしまう。 可哀想になってしまう。 そして、壊したくなってしまう。

 

 さて、そろそろ飽きてきたので本題に入ろう。

 

 俺は入口から一番近い場所に陣取り、全員に向かって告げる。

 

「いいですか皆さん。 私は何も私利私欲のために管理局を潰そうなどと考えていません。 全ては救済なのです」

 

 全員の頭に疑問符が浮かび上がってくる。

 

「考えてみてください。 管理局の行っている行動を。 思い返してみてください、管理局の実態を。 名前が悪いなんて幼稚なことは言いません。 それよりよっぽど酷いことがあるのです。 分かりますか?」

 

 指を突出し一人に問いかけてみるが、相手は何が何だかわからないという風に顔を左右に振るだけに止めた。 まぁ、当たり前といっちゃ当たり前なんだけどな。

 

「いいですか? 管理局は治安維持といってますが、世界の平和のためにと掲げてますが──そんなこと、実現不可能な夢物語なんですよ。 この世に平和なんて存在するはずがない、“平和”という言葉自体が、争いによって生み出された言葉なんです。 つまり、“平和”とは99%の日常と1%の争いから出来た言葉なのです。 本来なら、争いをしていなければ、平和という単語は生み出されていないはず。 そして、世界は“悪”と“善”の二つで成り立っている。 争いと平和の二つで成り立っている。 上層部の連中ならしっているはずでしょう。 世界に平和なんてものは存在しないということを。 だからこそ、管理局は治安維持が限度なんだということが。 ──さて諸君、長くなってしまい申し訳ないが……つまり私の言いたいことというのは──」

 

 すっと息を吸い込み、肺の中の空気を入れ替え、見下しながら上から目線で偉ぶりながら教えを説くする。 出鱈目で出任せを喋る。

 

「管理局という存在自体が──奴隷そのものなんです。 世界という飼い主に、出来ないことをやらされ続ける哀れな奴隷。 勿論、そこで仕事に従事している皆さん

も」

 

 なのはが聞いたらどういった反応をするだろうか? あいつはこういった話題の時は真剣になるからな。

 

「可哀想とは思いませんか? 底なし沼に落ちた荷物を拾ってこいといっているようなものです。 もがけばもがくだけ深みに嵌り、時が経てば何もしなくても悪化す

る。 そんな場所で一生を捧げるなんて可哀想だと思いませんか? あなた達は選ばれた人間です。 管理局に洗脳されていない唯一の局員達! さぁ、どうでしょう? 私と一緒に管理局を潰しませんか? そのほうが、局員達のためでもあるんですよ?」

 

 当然ながらこの誘いに対する答えは決まっている。 人間なんて簡単な生き物なんだ。 自分より下を見つけたら大きくなるように、自分より外道を見つけたらいきな

り善へと走り出すように──

 

「……私はそんなことしたくない」

 

「わ、私も……」

 

「お、俺も管理局を潰すなんてそんなこと……いまさら」

 ──この通り、勝手に“善人”ぶろうとする。 笑えてくる。 人間の優柔不断さと身勝手さに笑みが零れてくる。 猫モドキは人間のことを分からないと言っていた。 当たり前である。 刹那の間に立っている場所を切り替えることができる存在を理解しようということのほうが難しいだろう。

 

 だから言ってやる。 全てのことを棚に上げ、侮蔑と嘲笑を混じらせ言葉を送る。

 

「いまさら善人ぶるなよ、擬善者」

 

 偽るのではなく、義に尽くすのでもなく、善に擬態した者共に言葉を送る。

 

「自分の過ちを忘れたのか? 自分が何をしたか覚えてないのか? 口だけでならなんとでも言えるぜ? 驕るなよ、不正を働いた愚者共がどの口でほざいてやがる」

 

 俺の言葉に室内が凍りつく。 それもそうだろう、なんたってこいつらは不正を働いた局員。 本来なら、この場において発言権など存在しない輩である。 どんな言葉を吐こうとも、それは嘘で作られていると感じ、どんな正論を紡ごうとも、それは罪の前に掻き消される。 そもそもが不正局員と俺であったなら土俵が違うのだ。 対話することすらままらない。

 

 だからこそ──ここで彼女を投入させる。

 

「ちょっとええかな? そこのけったいなピエロの仮面を被った違法さん? ここをどこだか知ってるんか? 身分を証明できるものはもっとる?」

 

 背中からかけられる声に振り向くと、膨大な資料を抱えながらこちらに笑顔を向けている彼女の姿があった。 彼女──言わずと知れた、管理局に置いて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンと並ぶ人気を博しており、こと此処に至っては絶対的なカリスマを確立している俺の幼馴染──八神はやてである。 それはこの場にいてすぐに感じた。 不正局員を取り巻く空気が一変したのだ。 どこか安心したような安堵が部屋を支配する。

「おやおや、これはこれは可愛らしい御嬢さん。 御嬢さんのように可憐な子が、こんな薄汚い連中に用事でもあるのでしょうか。 だとしたら、とても犯罪チックな臭いがしてきますねぇ」

 

 にこやかな笑みを浮かべたはやてが胸ポケットに入れていたボールペンをへし折る。 よし、遊びは止めよう。

 

 コツコツコツ、靴音をわざと鳴らしながら部屋へと入り、俺の横を通り抜け、連中を守るように俺と連中の線上線に割って入るはやて。

 

 背の低いはやてが、俺のことを睨みつけながら精一杯凄んで見せる。

 

「あんた、さっきこういうとったな。 『管理局という存在自体が──奴隷そのものなんだよ。 世界という飼い主に、出来ないことをやらされ続ける哀れな奴隷さ。 勿論、そこで仕事に従事している連中もな』。 中々面白い発想やな、捻くれ者の発想や。 管理局という存在そのものが奴隷とは……そんなこと、管理局で仕事をしている局員は誰一人として思ってないことやな」

 

「ええ、当たり前でしょう? なんせ、既に洗脳されている──」

 

「それは違うで」

 

 俺の言葉を遮る形ではやてが間髪入れずに否定した。 首をゆっくりと横に振り、「それは違うで」そうもう一度繰り返した。 はやては毅然とした面持ちで俺を見つめながら宣言する。 断言する。

 

「わたし達は、奴隷なんかやない。 此処にいま立っているのは自分の意志や。 此処で働いとるのは自分の希望や。 いまわたし達は、自分の意志と希望でこの場所にい

るんや。 自分達で選んだ歩んでいる道なんよ。 それをどこの誰とも知らん、ぽっと出の者に、管理局のことを何も知らん男が──わたし達の選んだ道を否定できるんか?」

 

「……案外、できるかも知れないぜ?」

 

「ううん、できへんよ。 人は誰かの歩む道を否定することなんてできへん。 人間はそこまで器用でもないし、そこまで偉くもない。 そんなこと出来るのは神様くらい

や」

 

「だとしたら、俺は神様になろう。 他人の全てを否定できる神様になろう。 管理局を潰せるほどの神様になろう」

 

 はやては何も言わず首を振る。 可哀想な子供を見る目でこちらを見つめる。

 

「あんた、わかっとるんか? 神様ってのは一人ぼっちなんやで。 神様は何でもできるけど、何でもできるからこそ、頼ることを忘れて一人ぼっちになるんやで?」

 

 おかしいなぁ。 話し合ってセッティングし、台本だって作ったから茶番だってわかるのに──どうしてはやてはこんなにも、本当に心配そうな顔をして、不安そうな目でこちらを見つめてくるんだろう。 まさか俺が本当にこんなバカな真似をするとでも思っているのだろうか?

 

「しかしながら、そこにいる不正局員はどうだ? まさか、そいつらの不正も選んだ道とでもいうのだろうか?」

 

「そうやな、そういうで。 少なくとも、わたしの知っている人物で一人いるで。 『それも選んだ道だろ? だったらちゃんと責任もって歩んで行けよ』 そう笑いなが

ら平気な顔する人物をな」

 

「そいつ、最高にバカだな。 とんだクズ野郎だ」

 

「そうやな、世界一のクズやで。 乙女の純情を弄ぶんやからな」

 

 ……乙女? ……純情?

 

 頬を掻こうとして、仮面をしていることを思い出し手を止める。 そして一度だけ、はやての後ろにいる連中の様子を伺うと、見事にはやてのことを救世主のような目で見つめていた。 ……ふむ、頃合いかな。 これで連中ははやての駒になったようなもんだしな。

 

 大仰に手を左右に広げため息を吐く。 精一杯バカにする形を取る。

 

「……ふむ、これは勧誘に失敗したみたいですね。 こうなってくると、私は次の手段を取らねばなりませんので早急に失礼させて頂きます。 後ろの皆さんも、いつか

またお会いしましょう。 次こそは色よい返事を期待してますよ」

 

 軽く笑いながら、俺は部屋を出る。 これで後ははやての一声であいつら達は堕ちるだろう。 ほんと、ちょろいものだ。

 

 と、そのときポケットに忍ばせていた携帯が震える。 ディスプレイを見ると、クロノからのメールで、内容ははやてを拾ってくるとのことだった。 あぁ、そういえば失敗のことも考慮してクロノに待機してもらってたな。 クロノに、よろしく頼む、とだけ添えて返信する。 さて、今晩の夕食は……すき焼きにでもすっかな。

 

 そんなことを考えながら本局の廊下を歩いていると、背中に衝撃が訪れ思わずよろめいた。 俺へのダイレクトアタックを仕掛けてきた人物は、そのまま真横からひょ

っこりと顔を出してきた。 少女のような笑みで屈託なく笑う彼女。

 

「こんな所で何をしてるのかな~? なのはさんが逮捕しちゃうぞ!」

 

「なのはさんに逮捕されるなら死んでもいい」

 

「いや、死んだら逮捕できないじゃん……」

 

 至極まっとうな意見だった。

 

 そのまま二人で肩を並べて歩く。

 

「そういえば、なんでなのはが此処にいるんだ? 六課は? ヴィヴィオは?」

 

「ヴィヴィオはフェイトちゃんとガーくんが面倒見てるよ。 今日は上層部に名指しで呼ばれたんだ。 『変わったことはないか?』ってラルゴ・キール元帥に聞かれて

さー……。 思わずテンパっちゃって、『ヴィヴィオは毎日元気に過ごしてます!』って、娘のすくすく成長記録を伝えちゃった……。 まぁ、なにもお咎めなしに退室させられたからよかったけど」

 

「ふーん、そっか。 まぁ、俺のほうは本局に落書きでもしようかなー、なんて思ってきたんだ。 皆一生懸命働いてたから止めてあげたけどな」

 

「俊くん、その上から目線は非常におかしいと思います」

 

「今日はすき焼きにしようと思います」

 

「やったー! すき焼きおいしいよねえ。 皆も呼ぶ?」

 

「だな」

 

 六課に帰るつもりだったなのはは、そのまま夕食の買いものに付き合ってくれるそうだ。 ……これって、見方を変えればデートだよな? 将来の予行練習に……とかではなさそうだ、なのはの様子を見る限りでは。

 

 嬉しそうにはしゃぐなのは、携帯に届いた成功メール。 その二つを交互に見ながら思う。

 

 いまさら察知しても後の祭りだ、と。

 


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