自由への戦火~The Liberation of World sea~ 作:ずぅみん
1月5日、ソードライン防潮堤外海域大戦艦シャンデローザ
マリネア連合州国の様子見を終えた漆黒に塗装された大戦艦シャンデローザは針路を変更し、防潮堤からゆっくりと離れるように航行していた。シャンデローザ艦長、ドーラー・レジャルドは防潮堤が封鎖されている今ならマリネアに見つかることはないだろうと考えたのだ。
「シャデル、本艦の周囲の様子を教えてくれ」
「了解、防潮堤内の動きに変化なし。防潮堤外は本艦後方90kmに海賊艦1が接近中。本艦の10時方向にある非常に発達した低気圧は連合州国気象台の予報によると時速25km/hで北西に移動。グランドマスターの針路と3時間後に衝突します」
淡々と現在の状況を伝えたのは大戦艦シャンデローザのメンタルモデル、シャデルだ。いろんなものの未来軌道の予測に非常に長けている。その予測精度の良さによる迎撃能力はイージス艦にも匹敵するため、ドーラーはとても頼りにしているのだ。
「そうか…。加速して低気圧に突っ込もう。そしてそのままグランドマスターと合流だ。俺が舵を取る」
「了解、両舷増速開始。操舵をマニュアルに切り替えます」
カチッというロックが外れた音と共に、艦が波に揺られる度に舵輪がわずかにゆっくりと左右に回りだす。それをドーラーが手に取り、片手で舵を操り始めた。低気圧に近づくにつれ、次第に艦の揺れが激しくなる。艦の揺れに従って動く海軍制服の左袖が気になるのか、シャデルはずっと空っぽの左袖を見ていた。その視線に気付いたドーラーが話しかける。
「珍しいか?」
「…え?いや…」
急に問いかけられたことでおどおどしたシャデルは慌てて視線を逸らした。その様子に少しばかり微笑む。「こういう時は普通の女の子なのだが…」ドーラーは密かに心の中で思っていた。
やがて曇天の高波が行く手を阻む海を進んでゆくと、前方の水平線上に雲の隙間からの日差しで照らし出された大艦隊が見えてきた。それを見た瞬間、ドーラーの顔が若干険しくなった。
「シャデル、一応確認を頼む」
「了解、航空戦艦グランドマスターを中心に巡洋戦艦、空母を含む重攻撃隊5隻、駆逐・軽巡の対潜哨戒隊8隻、元日本海軍、元米海軍、元連合州国海軍のイージス艦で構成された長距離迎撃隊3隻を確認。輪形陣で航行中です」
「とうとうマリネアのイージス艦まで手に入れたか…」
全17隻で構成されたこの艦隊が反世界軍の太平洋方面作戦司令本部、第7連合艦隊である。この艦隊の指揮官は太平洋に展開する反世界軍艦を自由に操ることができるのだ。
他の艦の針路を妨害しないよう警戒しながらシャンデローザは艦隊中央の航空戦艦グランドマスターまで近付いていった。ある程度の距離で同一針路に転進して併走すると、ドーラーはヘリでグランドマスターに降り立ち、艦隊指揮官である人物のいる場所を目指した。
航空戦艦グランドマスター管制塔
船には全くと言っていいほど存在しない珍しい構造物、管制塔の最上部まで辿り着いたドーラーは管制室のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。数多くの計器に囲まれた指揮官席に腰掛ける後ろ姿にドーラーはゆっくり歩み寄り声をかけた。
「失礼します、艦隊指揮官」
「あぁ、マリネアの大海賊さん。どうだった?マリネアの様子は」
ドーラーの挨拶に返した彼女、アリーズ・エンドリッヒ。彼女こそが反世界軍太平洋方面作戦司令本部指揮官である。
「はい、我々の偽装工作にうまく騙されております。現在マリネアは欧州と戦争をすべく、開戦準備に入ってます。お互いに消しあう大戦争まで、もうすぐかと」
「そう、あとは成るようになる訳ね。ところで以前あなたが所属していた艦隊はどうなったの?マリネア最強の艦隊と言われてたはずだけど…」
「海藍艦隊は一度解散し、最近になってまた再結成された艦隊…。まだ我々を脅かす程の勢力は持っていません。マリネア最強の艦隊も、今は昔の話です」
「栄えあるものいずれ消えゆく…ね。あなたは引き続きマリネアの監視を頼むわ。何かあったら逐一報告をお願い」
「了解、早速マリネアの監視に向かいます。それでは失礼します」
アリーズに一礼したドーラーは体を反転させ、管制塔を後にした。1人管制室に残されたアリーズは席から立ち上がって窓際に歩み寄ると、グランドマスターが切り裂き巻き上げた波しぶきが打ちつける窓を手でそっと触れながら静かに呟いた。
「私たちに残された時間って…あとどれくらいかしらね?」
大戦艦シャンデローザ
「どうでしたか?本部指揮官のご様子は…」
帰艦したドーラーを出迎えたシャデルが若干心配そうにアリーズの様子を伺った。
「…今のところは大丈夫そうだ。だが我慢してるところが垣間見えた」
「そうですか、では残り時間もそんなに残ってはないですね」
「恐らくな…。再びマリネアに向かうぞ、針路戻せ」
「了解、艦隊から離脱、反転します」
艦隊の針路から次第に逸れ、やがて反転したシャンデローザはドーラー操舵のもと、再びマリネアへと艦首を向けた。
ソードライン防潮堤近海
目的地に到着した瞬間、ドーラーは海に違和感を覚えた。現状を確かめるため、やや早足でレーダーに歩み寄り、画面を覗き込む。そしてシャデルに問いかけた。
「シャデル、防潮堤を包囲していた反世界軍艦はどこいった?」
シャデルは艦から得られる第六感の神経を研ぎ澄ませながら艦橋の窓際まで歩み寄り、実際に目視で確認してから答えた。
「恐らく、燃料と弾薬の補給のため当海域から離れたと思われます。まだ防潮堤の大部分を包囲していますが、ちょうどこの近海の部隊だけ離れたようです」
「よし、早速“姉さん”に報告だな」
そう言うとドーラーは無線席の受話器を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。
「あぁ、姉さんか?俺は片腕の艦長だ。…そうだな、ちょっとばかり報告なんだが…」
ドーラーが誰かと通話してる横で、シャデルは艦橋の窓際から自分の席に戻り、ふとレーダーを見た。するとそこには不審な光点が3つ表示されていた。しかも全てがこちらに近づいている。即座に緊急性が高いと判断したシャデルはドーラーに報告した。
「本艦真っ正面より不審艦3隻!急速接近中!」
「何!?あ、姉さんすまない。また後でかけ直す。…それじゃあ」
やや乱暴に受話器を置いたドーラーは急いでレーダー画面に飛びついた。
「急速潜航。深度200まで潜れ!様子を伺う」
「了解!バルブ解放、急速潜航!」
体が前に倒れないように踏ん張りながら目標深度になるまで潜航角度30°を耐え続ける。潜航開始から20秒で艦全体が海面下に沈んだ。不気味な蒼暗い世界が周囲を覆う。やがて目標深度200mに到達して艦傾斜が水平に戻るとレーダーで相手の詳しい分析を始めた。
「駆逐艦2隻と巡洋艦1隻か…。何しに来た?」
「あれは反世界軍艦ではない別の海賊勢力です。恐らく本艦の奪取が目的かと…」
「お粗末な艦隊でよく本艦を狙いに来たな。奴らの指揮系統を奪う。軽巡の船底目掛けて急速浮上!」
「了解、メインタンクブロー」
次第に浮力が大きくなり、艦首を斜め上に向けたシャンデローザは最大速力で敵軽巡の船底に衝突。一瞬船体がふわっと浮き上がり、大戦艦の巨大な浮力による衝撃に負けた敵軽巡のキールは独特な音を発しながら断裂。呆気なく軽巡は沈んでいった。軽巡が沈んだところにシャンデローザが完全に浮上すると、残りの駆逐艦2隻が砲撃を始めた。
「シャデル、応戦するな。弾がもったいない。体当たりで沈めろ」
「了解、最大速力」
潜航モードから通常モードへの移行を完了したシャデルは左手でアクセル開度を上げる操作を、右手で舵輪を回す動作をし、艦を操り始めた。敵駆逐艦は持っている火力を最大限発揮するために、常に艦側面を見せている。そこへシャデルが操るシャンデローザが勢いよく突っ込んだ。さらに衝突と同時に喫水線下にある潜横舵を操作し、艦首を一旦上げてから降ろす動作をした。確実に船体を折るためだ。やがてシャンデローザの船体に衝撃が走り、金属の断裂音を響かせながら敵駆逐艦は引き裂かれていった。
「あと残りはどこだ…?」
「本艦真後ろです。さっきのを見て学習したんでしょう。衝突コースを取らせない気でいますよ」
さすがに機動力では相手の方が有利だ。相手はシャンデローザが突っ込んでくるのを避けようと後方にぴったりくっ付いている。シャデルがどうにかして衝突コースに入ろうとするが簡単にかわされてしまう。もうこうなっては使わざるを得ないだろう。
「…シャデル、武装の使用を許可する。ただし、1発で仕留m…」
ドーラーが言い終わる前に砲撃音が聞こえた。慌ててシャデルの方を見ると、そこにはリモコントリガーの引き金を引いた後のシャデルの姿があった。
「あんなの、目をつぶってでも当てられますよ。私もそろそろ限界だったので…」
艦橋の外の敵艦に目線を移すと、そこには右舷に大穴が開いて転覆しつつある敵駆逐艦があった。ドーラーはほっと胸を撫で下ろすと報告の続きを始めた。
「もしもし、姉さん?報告なんだが……防潮堤外へ出るなら、今だぞ」