自由への戦火~The Liberation of World sea~ 作:ずぅみん
ソードライン防潮堤近海 大戦艦シャンデローザ
日も沈み、時計が真夜中を指し示した頃、シャンデローザはリニアブルーを曳航しながらマリネアの防潮堤まであと僅かのところを航行していた。辺りは月明かりだけが煌々と照らし、穏やかな雰囲気だった。
「結構重いなこの艦は…」
ドーラーが舵を握りながらぼそっと呟いた。シャンデローザよりも二回りくらい小さいイージス巡洋艦を引っ張っているのだ。全速で引っ張ってもゆっくりしか進まない。やがて“もしこの状態で敵が来たら…”と万一の時の事を考え始めた。今の状態ではまともに戦闘行動する事ができず、いい的になるだろう。仮に応戦しようとリニアブルーの曳航索を切り離してしまうと逃走する隙を与えてしまう。しかし、いくら考えても襲撃された時の対策が思いつかず、逆に防潮堤が目前にある事から“ここまでくれば襲撃はないだろう”と安心しきっていた。だが、その時は突然やってきた。
「…ん?海中よりスクリュー音探知。向かってきます」
「艦種判別できるか?」
「えぇ、このはっきりと聞こえる力強い4軸推進の音…グランドマスターです」
「ついに来たか…」
シャンデローザの進路上に行く手を阻むように浮上してきたのは反世界軍の太平洋方面作戦司令本部、通称『反世界軍の第7艦隊』の旗艦である航空戦艦グランドマスターだ。艦橋とは独立して造られた管制塔の独特なシルエットがはっきりと見て取れる。元マリネア連合州国海軍の所属艦で、一筋縄ではいかないことがドーラーにはよくわかる。なぜならつい最近まで“向こうの側”にいたからだ。よりにもよってなぜ目的地目前になって面倒なのが現れるのか…ドーラーは頭を抱えそうになった。
≪やぁ、久しぶり≫
唐突に明るいトーンで向こうから話しかけてきた。ドーラーはまだ相手の出方を伺っている。
≪ちょっと聞きたいんだけど、どうして君が同じ仲間であるはずのリニアブルーを引っ張っているんだい?≫
「我が誇り高きマリネア連合州国海軍を離反して情報を流し、国家に戦争を仕向けた国家反逆罪で拘束している。いずれはお前もだ、アルロス」
≪誇り高き…ねぇ。あれのどこがだ?平和ボケし、我々を駒のように使い、自分たちの身のことしか考えない政治家どもが牛耳ってるあの国のどこが誇り高いだと?≫
「ならば聞こう。お前のやってることは正義の下、本気で国を正すためのものだと?」
≪あぁそうだ。国家が存続するために必要なのは永年の平和ではなく、適度な戦火だ。我々は国家の永き歴史の中の小さな一瞬の戦火にしかすぎない≫
真剣なトーンで答える彼にドーラーはため息をついた。
「なるほどな…よくわかったよ。俺とあんたは考えが合うことはない。そこをどけ、さもなくば沈めるぞ」
≪よろしい、受けて立とう≫
そう言ってアルロスは無線を切った。受話器を荒々しく置くと瞬時にドーラーが命令を下した。
「シャデル、対艦戦闘用意。今回は厳しくなるぞ…」
「了解、対艦戦闘用意。敵艦グランドマスターへ照準セット。目標の諸元入力、未来観測演算開始、弾頭の照準リアルタイム反映へ変更。射撃用意よし」
復唱を終えたシャデルの顔も少し強張っていた。相手はかつて現役だった頃マリネアの怪物と呼ばれた航空戦艦、そして今となっては深海の魔物と言われるまでになった艦である。できれば複数隻の艦隊でいれば心強かったが、ロエルエリーザはまだエーデル島でドック入りのために期待はできない。マリネア本国の艦隊にも望みを託したいが、他周辺海域での海賊対応のため、過度な期待は禁物だ。厳しい表情を浮かべるドーラーにじんわりと汗がにじむ。
「やむを得ん。曳航策を切り離して戦闘速度まで加速だ」
「了解、機関出力上昇、戦速まで加速します」
ドーラーの判断は正しかった。加速を始めた瞬間にグランドマスターが発砲、さっきまでシャンデローザがいた位置に全弾が着弾した。
「初弾で全弾当ててくるか、恐ろしいな…。反重力防壁の出力アップして反撃開始だ」
「防壁出力を上げると光学武装の威力が23%低下しますが…」
「仕方ない。1発食らって瀕死になるよりは軽症で動けた方がいいだろう」
「了解、反重力防壁出力上昇。各武装射撃用意よし、撃ち方始め」
シャデルの号令とともに全ての武装が一気に火を噴き、グランドマスターめがけて飛んで行った。しかし放った砲弾は全てグランドマスターのわずか手前で消失してしまった。
「やはり反重力防壁を展開してるか。ということは光学武装でないとダメか…。光学武装に切り替えだ、シャデル」
「了解、光学兵装へチェンジ、レールガン、荷電粒子砲展開します」
するとグランドマスターへ向けて照準を合わせていた全ての砲の砲塔や砲身の冷却ダクトが開き、再度グランドマスターを捉えた。
「いいかシャデル、相手の兵装や通信アンテナを狙うんだ、落ち着けばできる」
「…わかりました」
自分の視界に映るレティクルを波で上下するグランドマスターの艦橋上にある細い通信マストに合わせるシャデル。そこに横風による影響も考慮し、算出された演算結果から0.1°単位で風上へ修正する。1発で決めなければ次はないだろう。
「撃ち方始め!」
シャデルが叫ぶと、いくつもの光筋が夜空を駆け抜けてグランドマスターの防壁を貫通し、見事に通信マストを破壊。これで相手の通信能力は奪うことができた。
「よくやったシャデル!相手の各武装を主目標とし、順次反撃だ」
「了解!」
シャンデローザはドーラー操艦の下、向かってくるグランドマスターと距離を保ちながら攻撃を続けた。
「敵艦、航空機発艦!」
「くそ、数的優位性を確保する狙いか…」
性能がほぼ互角である場合、数が多い方が戦況を有利に進める…。今のままでいれば船体が比較的小さい分シャンデローザの方が加減速性能や旋回性能がやや高く、被弾率も抑えることができて有利である。しかしアルロスはそれを航空機を発艦させて数を増やすことで劣勢を挽回させようとしたのだ。こうなると不安なのはシャデルの処理能力だ。これまでは操艦をドーラーが担っているため、相手を狙って撃つだけでよかった。しかし今度は敵機の挙動や撃ってくるミサイルの迎撃など、演算処理量が一気に増える。演算処理が追い付かなくなると次の行動に移せず、被弾率が上がることになってしまう。
「敵機直上!急降下!!」
「機関最大船速!面舵いっぱい!!」
幸いにも上から急襲してきた艦上爆撃機が放った爆弾を回避することはできた。しかし間髪入れずにシャンデローザに次の危機が迫ってくる。
「本艦3時と9時方向から魚雷確認!航空機から扇状発射!全弾命中コースです!」
「くっ…命中がより早いのはどっちだ!」
「9時方向!!」
「取り舵いっぱい!」
「それじゃあ反対側からの魚雷に当たります!」
「なんとかする!!」
ドーラーは急いで片腕で大きな舵輪を左側へ回した。艦が急激に傾くとともに外の景色も右へ流れてゆく。やがて左側の視界により早く命中する魚雷の航跡を確認した。舵を中央に戻し、最初の魚雷の間を抜けると今度はすぐに右側へ最大に舵を切った。第2波の魚雷群は数百m手前まで迫っていた。
「魚雷3本右舷後部に被弾します!」
「間に合え!!」
次の瞬間、命中するはずだった魚雷は接触する頃には魚雷と艦の角度がほぼ平行になっていたために起爆することはなく、右舷の水中装甲を キィィィィィィ と金属が擦れる時の嫌な音を発しながら通過していった。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、海中の音を聞くと新たな魚雷が迫ってきていた。しかし二人は迫っている魚雷の音で違和感に気付く。
「もしかしてこれは…」
「間違いないです、エンジン音で起爆する魚雷です!10時方向!!」
「取り舵いっぱい!機関停止!!」
「了解!機関停止!!」
二人は今まで聞いていた魚雷のスクリュー音との微かな違いに瞬時に気付き、すぐにエンジンを停止させた。今はエンジンを止めたため、惰性でゆっくりと魚雷が迫ってくる方向へ艦首が向いてゆく。
航空戦艦グランドマスター艦橋
そんな二人の戦い様を艦長席で悠々と見ている者がいた。アルロスだ。彼は淡々と二人の行動を観察しながら分析していた。
「さすがマリネア最速の戦艦を操る艦長だ、頭の回転が速い。確かに今向かっている魚雷はエンジン音に反応して起爆する音波信管を備えている。機関を止めるのは最善の策だろう。だが…」
アルロスが目を落とした先にはレーダー画面があった。グランドマスターの2時方向にシャンデローザがいる形になる。だが、そのシャンデローザ目掛けて既に多数のミサイルが飛翔していることが表示されていた。
「大戦艦ロエルエリーザ型は艦のエネルギー全てをマーキュリーエンジンから補っている。それは2番艦である君たちも同じこと…。エンジンを止めればどうなるか…分かるよね」
レーダー上でシャンデローザへじわじわ距離を詰めるミサイル群のアイコンを眺めながらアルロスがぼそっと呟いた。
「さようなら、マリネア最速の戦艦よ…」