第26話 冥界へ
Side 昴
季節は夏の真っ只中・・・学生達は今日から夏休みに入った。
いつもは慌ただしい朝も今日はゆっくりとした時間が流れている。
「おはようございます。」
「おはようございます、昴さん。」
挨拶を口にしながらリビングに入ると、ソーナさんから挨拶が返って来た。
其方に目を向けると私服に身を包んだソーナさんが優雅に紅茶を口にしている姿がある。
その隣にはだらしなく寝そべって居る黒歌さんの姿もあった。
「ふあぁ~~おはようにゃ、昴。」
朝から寛いでいる黒歌さんの姿を見ると笑みが零れた。
あの会談から数週間・・・彼女も穏やかな生活を過ごす事が出来ている。
あれから『英雄派』の接触は無い・・・と言うより黒歌さんは一歩も外に出ていない。
いや、それは少し違う・・・この世界では一歩も外に出ていない・・・だ。
簡単に言えば、彼女が外に出たくなった時には僕達の世界に行って貰っている。
そっちなら奴等からの接触は無いし、安心して買い物とかが出来るからだ。
キッチンの方に目を向けるとアンナさんとミッテルトさんが忙しく働く姿があった。
ミッテルトさんの両方揃った腕で料理をしている姿は何度見ても嬉しくなる。
再生した彼女の腕は何事も無く動いている様で何よりだ・・・アザゼルさんは悔しそうに同じ報告をしてくれた。
エリカさんと馨さんはカップを片手に真剣な表情で書類に目を通していた。
僕に気付くと優しく微笑みながら挨拶をしてくれる。
「おはよう、昴・・・今日は遅いのね。」
「おはよう、昴君・・・確かに今日はゆっくりだったね。」
「ははは・・・昨日もいつも通りに寝たんですけどね。」
彼女達のからかいに苦笑いで受け流しながら、改めてリビングを見渡し、全員が揃っている事を確認する。
そして今日は本当に僕が最後だったんだと思い・・・少しばかり凹んだ。
いつも朝の弱いエリカさんと黒歌さんが居る事に・・・失礼だけど・・・少し驚いている。
エリカさんの隣に座るとミッテルトさんが冷たい珈琲を持って来てくれた。
朝とは言えもう夏・・・寝起きの冷たい珈琲が美味しかった。
ひと息に飲み干してしまいそのままミッテルトさんに渡す。
彼女は「すぐに朝食を用意するっす」と言ってキッチンに戻って行った。
一緒に生活する様になって随分と僕達とも打ち解けたソーナさん。
じゃれて来る黒歌さんを適度にあしらう姿からは、眷属の前で見せている王としての姿を微塵も感じさせない。
「今日から夏休みなのにソーナさんは早起きですね。」
「早寝、早起きは生活の基本ですから。」
悪魔だから朝は弱い筈なのに・・・ソーナさんは凄いなぁ。
何て感心して見詰めていると、僕の視線に気付いたソーナさんは顔を赤くしてしまった。
それに気付いた黒歌さんはソファから飛び起きると、僕の首に手を回し抱き付いて来た。
「ソーナだけじゃなくて、私も見て欲しいにゃ!!」
柔らかな胸の感触が背中に伝わって来て、少しドキドキしたがそんな様子は微塵も見せず黒歌さんの頭を撫でる。
真っ黒な髪はサラサラで触っていてとても気持ちがいい。
「う~~ん、昴に頭を撫でられると気持ち良いにゃ~~。」
「それは嬉しいですね。」
・・・と言うほのぼのとした朝の風景は突然打ち破られた。
「ジリリリ!!」突然鳴り響く電話の音。
それはちょうど僕の前に朝食が用意された時だった。
電話に出たのは一番近くに居た馨さん・・・彼女は何度か言葉を交わすと僕の方に振り返った。
「君にだよ、昴君。」
「僕にですか??」
今は生活基準をソーナさん達の世界に置いている為、駒王町にある家に居る。
という事はつまり・・・この家の電話を知っている人は極少数しかいないという事。
何となく厄介事の空気を感じ取りながらも受話器を受け取る。
「もしもし、電話を替わりました昴です。」
「あっ、昴さん??私、セラフォルーだよ!!」
朝から電話越しに元気な声が鳴り響く。
少し受話器を耳から話してから口を開いた。
「どうしたんですか、セラフォルーさん?」
「あのね、昴さん達って夏休みの間は時間あるかな?」
「夏休みですか?・・・ちょっと待って下さい。」
意図が分からなかったが取り敢えず手帳を開き今後の予定を確認する。
うん、今は仕事の方も一段落しているから、大丈夫かな。
「夏休みの間全ては無理ですが、少し位なら大丈夫ですよ。」
「ホントに!!」
「え、えぇ・・・それで何かあったんですか?」
「別に何かあったって訳じゃ無いよ。
ただ、夏休みにはソーナちゃんも冥界に戻るからね、もし良かったら昴さん達もご招待しようと思って。」
「あぁ、そう言う事ですか。」
詳しい話を聞くと、夏休みの間に若手の悪魔貴族達のお披露目会が開かれるそうだ。
それにソーナさんも出席しなくてはいけないから、ついでに僕達も遊びに来たら・・・という事だった。
「それに、昴さん達の事をお父さん達に話したら、ぜひ会ってみたいって言ってたんだよね。」
まぁ、自分の娘が人間の家に住んでいるのだから気になるのも仕方がないか。
僕としても一度挨拶をと思っていたし・・・ソーナさんの家族『シトリー家』とはいい関係を築きたい。
僕はエリカさん達に目を向ける。
セラフォルーさんの声が大きかったお蔭で彼女達にも内容は伝わっているみたいだ。
黒歌さんとソーナさんは少し戸惑っていたが、エリカさん達は頷いてくれた。
「わかりました、お言葉に甘えてお邪魔させて貰おうと思います。」
「ホント!!それじゃあ、昴さん達の入国手続きもして置くね!!」
それだけ言い残すとセラフォルーさんは電話を切ってしまった。
・・・まだ日程とか聞いてないのに。
相変わらずだと息を吐くと、皆の方に向き直った。
「という事で、冥界に行く事になりました。」
「まぁ、夏休み全部は無理だけど、昴の力で扉を作れば問題ないわね。」
「そこも交渉次第だろうけど、セラフォルーさんだったら何とかしてくれるよ。」
何事も無かったかの様に話すエリカさん達とは裏腹に、不安げなソーナさん達。
「あ、あの、大丈夫でしょうか?」
「わ、私も行くのかにゃ?」
「もちろん全員で来ても大丈夫だという事だったので、皆さんで行きましょう。」
僕の言葉に安心した黒歌さんだったが、ソーナさんは違った。
「そうでは無くて!!
冥界は人間界とは違って魔力に満ちています。
神殺しである昴さんは大丈夫だとしても、エリカさん達は危険なのでは・・・。」
「それは知りませんでした。
という事はいくら魔術が使える様になったと言ってもアンナさんは行けませんね。」
「・・・残念です。」
「それなら、アンナには最近休暇を与えて無かったし、私達が居ない間は息抜きに遊びに行くといいわ。」
「それはいい考えですね。
お友達の所に行くも良し、実家に顔を出すもよし・・・どうでしょうか?」
行けないと言った時寂しそうな表情を浮かべたアンナさんだったが、休暇と聞いた瞬間に様に顔を綻ばせた。
「いいのですか?」
「構いません・・・いつも僕達のお世話をしてくれているんですから。
僕達が居ない間はゆっくりして来て下さい。」
「はいっ!!」
嬉しそうに頷いたアンナさんを見て安心した僕はソーナさんに向き直る。
「これで大丈夫ですね。
では、僕とエリカさん・馨さん・ソーナさん・黒歌さん・ミッテルトさんで夏休みは冥界に行きましょう!!」
「だから、エリカさん達は・・・!!」
「ん?・・・あぁ、エリカさんと馨さんは大丈夫ですよ。」
何処か話が通じていない事に気付き、少し考えて思い出す。
ソーナさん達にはまだエリカさん達の事を話してなかった。
「彼女達は僕の『眷属』・・・いわば簡易的な神殺しです。」
「・・・どういう事ですか?」
「簡単に言うと、僕の権能の力によって彼女達は僕の眷属となっているんです。
制限はありますけど少しなら僕の権能の力が使えますし、後は僕が生きている限り死ぬ事はありません。」
「まぁ、体のつくりが神殺しに似てるってだけで神に挑める程の力を持てる訳じゃないんだけどね。」
「だから私達が冥界に行っても大丈夫だと思うわよ。」
「そ、そうだったんですか・・・安心しました。」
納得してくれたみたいだな。
僕もこれ以上はこの権能に付いて話したくないからよかった・・・と思っていたら。
「昴、昴っ!!
昴の眷属になるにはどうすればいいにゃ?」
「っ!!・・・え、えっと、そ、それは・・・。」
一番聞いて欲しく無い所を突っ込まれた!!
な、何とかして誤魔化さないと・・・。
「そ、それよりも、冥界には何時から・・・。」
「それなら・・・昴と心を通じ合わせた状態で体を重ねればいいのよ。」
「なっ!!」「にゃっ!!」
意味を理解したソーナさん達は顔を赤くし、僕に視線を向けて来る。
僕は恥ずかしくって思わずエリカさんに文句を言っていた。
「エ、エ、エリカさん!!どうして言うんですか!!」
「あら、これ位なら隠しておく必要ないはと思ったの・・・駄目だったかしら?」
そう言われては何も言い返せない。
唸るだけとなった僕に更なる爆弾が投下された。
「どうしてにゃ!!
私もあの時昴に抱いて貰ったにゃ!!
どうして私は昴の眷属になってないにゃ!!」
「なっ!!どういう事ですか、昴さん!!」
頭を抱えて唸る黒歌さんを見て思う・・・唸りたいのは僕だ!!
ソーナさんには詰め寄られるし、ミッテルトさんも気になるのかちらちら僕の方を見ている。
エリカさん何て何事も無かったかのように優雅に紅茶を飲んでいる。
そんな僕達を見て黒歌さんの下へは馨さんが向かっていた。
「黒歌、少し落ち着いて。」
「か、馨さん・・・私は昴と心が通じ合ってなかったのかにゃ?」
不安気に呟く黒歌さんに馨さんが優しく頭を撫でながら言い聞かせる。
「それは違うよ、黒歌・・・昴君は家族にすると決めた人としか抱かないから。
実際彼が抱いたのは僕とエリカさん・・・そして黒歌だけの筈だ。」
「だったらどうして・・・。」
「多分黒歌達に眷属の権能の事を話してなかったからだと思うよ・・・彼はそういう事を気にする人だから。
だから安心して・・・次はちゃんと眷属にしてくれると思うよ。」
黙って頷いた黒歌さんを見て納得してくれたのだと安心した。
僕がそっちに目を向けていたのは、正面に居るソーナさんが怖かったからだ。
「エリカさん達が居ながら・・・黒歌さんにまで手を出したんですか!!」
「ソ、ソーナさん?お、落ち着いて・・・。」
声を掛けてみるがソーナさんが止まる事は無かった。
もう彼女が落ち着くまで待つしかないと覚悟を決めた時に助けの声が掛かった。
「ソーナ・・・幾ら黒歌が羨ましいからって、それ位にしておきなさい。」
「へっ?」「なっ!!」
エリカさんの声で家中が静まり返った。
全員が体中を真っ赤にさせたソーナさんを見ていた。
「・・・ソ、ソーナさん?」
「ち、違・・・わ、私は・・・・・し、失礼します!!」
耐え切れなくなったソーナさんは部屋を飛び出して行った。
そんな彼女の背中を見送りながら思う・・・どうしよう・・・と。
あの反応はきっとそう言う事だろう・・・でも彼女は・・・悪魔であり、シトリー家の当主だ。
悩む僕にエリカさんが声を掛けてくれた。
「昴・・・貴方は神殺しよ。
貴方の思ったままに行動しなさい・・・私達が誰にも邪魔はさせないわ。」
「エリカさん・・・。」
「そうだよ、昴君。
君にはそれだけの力と権力がある・・・それは世界が変わっても変わらない。」
「馨さん・・・。」
今はまだどうするべきか心が決まった訳では無いけれど・・・2人の言葉に落ち着く事は出来た。
「2人共・・・ありがとうございます。」
「別にいいのよ・・・何だったらこのままハーレムでも作る?」
「それはいい考えだね。」
「あ、あの、ちょっと・・・。」
「別に冗談で言っている訳では無いわよ?
これからもいろんな世界を回っていく事になると思うし、その度に昴は色々な事件に首を突っ込むと思う。
その中で女に惚れる、惚れられる事だって沢山あると思っているの。」
「だから僕達で管理出来る位の人数だったら新しく女の事を侍らしてもいいかなって話してたんだ。」
「勿論私達が許可した子達だけよ・・・それと、私達を蔑にしたら許さないから。」
そう言うと何時の間にか僕の隣に来ていたエリカさんは僕の腕に抱き付いて来た。
そしてそのままの態勢で僕の頬に口付けを落とす。
それを羨ましく思った黒歌さんも参戦してちょっとした騒ぎになり、再びソーナさんに怒られるのだった。
数日後・・・僕達は駒王町の駅に来ていた。
何でも冥界には電車を使って行くと言うのだ。
あの騒ぎの後、改めてソーナさんに冥界に行く日付を確認した。
若手のお披露目会の前日に冥界入りすると言う事だった。
同じくお披露目会に参加するグレモリー眷属の皆さんは、数日前に既に冥界に言っているとの事。
ソーナさん達は生徒会の仕事があって前日に行く事になったそうだ。
既に匙君を除いた全員が集まっていて、彼を待っている状態。
・・・新入りが遅刻しては駄目だろ、匙君。
ソーナさんの『女王』である椿姫さんの機嫌が少しずつ悪くなっている時、漸く匙君が到着した。
「お、遅れてすみません。」
「遅いですよ、匙君!!」
汗だくの彼に厳しい言葉を掛ける椿姫さん。
そんな彼女の御叱りを聞いている時に彼が僕達に気付いた。
「なっ!!ど、どうしてこいつが此処に居るんですか!!」
「匙、貴方は何て口をきくんですか!!」
「で、ですが会長・・・。」
僕を指差しながら吠える匙君に今度はソーナさんから声が掛かる。
そんな彼等の様子を僕達は微笑ましげに見守る事にするのだった。
彼女達の話が終わって、匙君も落ち着いた所で、漸く出発する事になった。
向かった先はエレベーター・・・すし詰め状態で中に入った事でかなり窮屈だった。
エレベーターの中でソーナさんが魔方陣を展開させると、ボタンも押していないのにエレベーターが動き始める。
何処までも降りて行くエレベーターに少し驚いたが、途中から空気が変わった事に気付いた。
・・・へぇ、此処が冥界か。
漸く止まったエレベーターから降りるとそこには何とも豪華な汽車が止まっていた。
その汽車には『シトリー家専用車両』とまで書かれていて、匙君達も驚いていた。
「皆さん、早く乗り込んで下さい・・・そろそろ出発しますよ。」
ソーナさんの声に我に返った匙君達は急いで準備を始める。
僕達も落ち着いた様子で周囲を観察しながら汽車に乗り込んだ。