次の日、靖子は家に帰ると、春休み中に「連絡用に」と買ってもらったケータイを手に取り、南黄ホテルへ電話を掛けていた。
下の名前しか知らなかったが、なんとか部屋へつなげてもらった。
『もしもし…?』
電話に出たのは縁だった。
「あ、こんにちは…靖子です。」
『ああ、靖子ちゃん!どうしたの?』
明るい声で答える縁に、靖子は一呼吸置いて言葉をつなげる。
「あの…聞きたいことがあるんです。」
『聞きたいこと?』
「はい…。」
なんと聞けばいいのか悩んでいると、縁のほうから声を掛けてきた。
『…それは、あなたの後ろにいる人のこと?』
「…!!やっぱり、見えてるんですか?」
『ええ…それに、私たちも似たようなものを持ってる』
「やっぱり…!昨日、お兄さんの背中にいたの…。」
『そう、あなたと同じよ…それが何か、聞きたかったのね?』
「…はい。」
『そうね…説明したいけど…電話じゃちょっと難しいわね…会える日ある?』
「あ…じゃあ、土曜…明日…。」
『明日?大丈夫なの?』
「はい…大丈夫です。」
『分かったわ…何時くらいがいいかしら?』
「えっと…午後からでいいですか?」
『ええ、いいわよ?っと…とりあえず、靖子ちゃんの電話番号、教えてくれる?』
「え…あ、ちょっと待ってくださいね…?」
一度耳から電話を離すと、手元のメモ帳を開く。
忘れないようにと、メモしておいたページを開くと、再び電話を耳に押し当てた。
「ええと…090-****-****です…。」
『そう、ありがとう。あ、私のも教えておくわ…メモ、大丈夫?』
「あ、大丈夫です。」
『じゃあ、ゆっくり行くわよ?090-****-****…大丈夫?メモできた?』
「はい…大丈夫です。」
『明日、とりあえず私から連絡入れるわ…それでいいかしら?』
「はい。」
『そう、じゃあ明日ね…。』
「はい…また明日。」
そういって電話を切る。
そして、メモした電話番号をケータイの電話帳に入力していく。
登録し終わるころ、ドアのほうからカリカリと引っかくような音がするのであけてみると、ゆずがちょこんと座っていた。
「あれ、ゆずちゃん。どうしたの?」
そういってゆずを抱き上げ、ベッドの上で戯れる。
そんな靖子を、窓の外から『誰か』が見つめているのに、靖子は気がつかなかった。
その『誰か』は口許に笑みを湛えながら彼女の部屋の窓を、側の樹の枝の上から眺めていた。
しかし、ざあっと風が吹くのと同時に、その姿は掻き消え、ふと靖子が顔を上げた時にはもう誰もいなかった。