お次の日、学校にやってきた瑞希はある事に気づいた。
(…朱実…来てない…?)
あの朱実が教室にいない。
ただ、よく一時限目が始まってから悪びれる様子も無くやってくることもあるので、そのときは瑞希は気にしなかった。
むしろ、いない方が気が楽である。
しばらくして、HRのために担任が教室へやってきた。
「出席を取る前に…昨日、月岡が何者かに襲われて重傷だそうだ…。」
その担任の言葉に、瑞希は目を丸くした。
まさか、そんなことになっていたとは。
…瑞希は、昨晩その夢を見ていた。
自分は、上空からそれを見ている。
朱実は恐怖の表情を浮かべ、目の前の『何か』を見つめている。
『何か』はずりずりと、朱実との間をつめていく。
朱実は恐怖で声が出ないのか、口をぱくぱくさせている。
-愉快だった。
あの、人の前では「私はこのクラスの女王です」といった風に振舞っているあの女が、目の前の『何か』に対して恐怖をあらわにしている。
そう思うと、段々と心が満たされていくのを感じた。
不意に、『何か』の左腕と思われる部位が高く翳され、朱実目掛けて一気に振り下ろされる。
「ぎゃっ!?」という短い悲鳴がしたあと、傍らの壁に朱実の血が飛び散る。
それを皮切りに、『何か』は朱実を攻撃していく。
それを夢の中で見つめる瑞希は、満たされた気分を感じ、そのまま意識は深く沈んでいった。
■■■
放課後、瑞希は朱実のグループの何人かに呼び出されていた。
「あんたでしょ。」
「は…?」
何のこと見当も付かず、不機嫌そうな表情を浮かべて瑞希は尋ね返す。
その様子にいらいらしたように、その中の一人が瑞希に歩み寄り、その胸倉を掴む。
「あんたが、朱実のことやったんだろっつってんの!」
「…へぇ。」
はん、と鼻で笑いながら答える。
瑞希のその態度に、その少女はカッとなり、瑞希の頬を張る。
「っー…!」
「言いなよ!あんたがやったんでしょ!」
「証拠は?」
「ッ…!」
瑞希の言葉に、だんだんと背後の「それ」は黒々と色が濃くなっていく。
しかし再び少女が手を振り上げたとき、背後から声が響いた。
「おーっと、少女たち何してる~?」
無駄に明るく、そして間延びした声に、全員が振り向いた。
そこには、見たことの無い女性が立っていた。
「暴力はいけんね~。」
「な…あ、あんたには関係ないだろ!!」
「ふーん…まぁ、何だっていいけど…此処で110番しても。」
「ッ!!…瑞希、覚えてなね!!」
捨て台詞を吐いて走っていく少女たちを見送り、その女性は瑞希のほうへ振り向く。
身構える瑞希に、その女性はにこりと微笑んで語りかけてきた。
■■■
「大丈夫?」
「あ…は、はい。」
「そ、よかったわ…一人によってたかっては無いわよね~。」
気さくに話しかけてくる女性に、瑞希の警戒心が解けていく。
そんな瑞希の頭をぽんぽんと撫で、女性はもう片方の手で前髪をかき上げる。
「ま、なんかあったら言わなきゃ…。」
「は、はい。」
「私でよかったら聞くけどね…。」
「…あの。」
思い切って瑞希はその女性に声をかけ、その声に女性は不思議そうに瑞希を見下ろす。
「…電話番号とか…教えてもらって…も。」
「あぁ!いいわよ。」
そういうと、女性はポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、サラサラと自分の携帯の電話番号を書き記していく。
そして、それをメモ帳からはがずと、瑞希に手渡した。
「いつでも電話していいわよ。出れるときは必ず出るから。」
「え、私のは…。」
「名前言ってくれればいいわ。えっと…。」
「瑞希です。」
「そう、瑞希ちゃんね。そう言ってくれればいいわ。」
にこりと微笑むと、その女性は立ち去っていく。
そんな彼女を見送り、瑞希はそのメモに視線を降ろす。
電話番号と、「縁」という名前が書かれていた。
瑞希は家に帰り、8時を過ぎたころ思い立ったようにその電話番号に掛けてみた。
幾度かの呼び出し音の後、通話状態になった音が響く。
「もしも…、」
『もしもし?』
「…?」
電話の向こうから聞こえたのは、あの女性の声ではなく男性の声だった。
少し固まっていたが、電話の向こうであの女性の声が響く。
『ちょ、仗助!なんで私の電話に出てるのよ!』
『あ~?お前が風呂入ってたからよォ~。』
二人の間にある関係を感じ取り、瑞希はぎゅっと下唇をかむ。
すると、受話器の向こうからあの女性の声が聞こえてきた。
『もしもし…えっと…瑞希ちゃん?』
「ぁ…え…。」
『どうかした?何かあった?』
「い、いえ…ただ、確認のためにです!それじゃ!」
思わずそういうと、瑞希は電話を一方的に切ってしまった。
心のどこかに芽生えた、憧れとも言うべき思い。
そこにいきなり出てきた「仗助」という男。
瑞希の思いは、「仗助」という男へと向かっていく。
「…くっそ…。」
そう呟くと、瑞希はベッドにうつぶせに倒れこんで声を押し殺し、微かに震えながら涙を零す。
その思いに呼応するように、背後の「それ」が揺らめく。
『それ』は、瑞希が泣き止んだころに、窓を通り抜けて闇の中を進んでいった…。