「ただいま~…。」
「靖子!」
6時ちょうどに家にたどり着いた靖子の疲れたような声を聞きつけ、リビングから千鶴子が飛び出してきた。
千鶴子は、靖子を見ると駆け寄ってきて、強く抱きしめた。
「ま…ママ…。」
「靖子…!よかった、無事で…心配してたのよ…!」
「…ごめんなさい…。」
目を潤ませてそう語る千鶴子を見て、靖子は申し訳なさそうに小さな声で謝罪する。
そんな靖子の頭をゆっくり撫でながら、千鶴子は靖子と視線を合わせる。
「いいのよ…次からは、家に誰かいるときだけにして…?」
「うん…わかった…。」
「ん…じゃあ、手洗いうがいしてきなさい?」
「はーい!」
靖子の背中をぽんぽんと軽く叩き、千鶴子はそう促した。
靖子はうなずくと、洗面所へぱたぱたと駆けていった。
「…ぁ…。」
靖子は、手を洗いながらあることに気がついた。
(…あの人たち、私と同じだったのかな…?)
仗助と呼ばれていた男性は、背後に自分と同じように『誰か』がいた。
縁と呼ばれた女性には見当たらなかったが、彼女もそれを見えているようだった。
「…ちゃんと聞けばよかった。」
自分の後ろにいるのが、彼らと同じ『それ』なら、初めて自分以外に『誰か』が背後にいる人を見たことになる。
今まで、背後にいる女性が自分にしか見えないのが『普通』だった靖子にとっては、初めて自分以外の『見える』存在かもしれない。
そう思うと、また会いたいと思う気持ちがあるのだが…。
(…でも、ママを心配させちゃうよね…)
先ほどの千鶴子の様子を思うと、会ってもいいものかと靖子は悩んでしまった。
「靖子?」
「!な、なに?」
夕飯時、ぼんやりと考え事をしている靖子に、千鶴子は不思議そうに首をかしげる。
今夜は俊也の帰りが遅いため、二人だけの夕飯である。
「どうかしたの?」
「ううん…なんでもな…」
そこまで言いかけたとき、電話が鳴り始めた。
「あら、パパかしら…?」
そういって千鶴子が立ち上がり、受話器を取る。
それを見ながら、靖子は味噌汁をすすっていた。
「はい、上条ですが…ええ…靖子はうちの娘ですけれど……え?ああ、そうなんですか…?」
どうやら、自分のことのようだ。
なんだろうと首をかしげていると、千鶴子が電話を保留にして、こちらに顔を向けた。
「靖子、落し物を拾ったって人から電話よ?」
「落し物…?」
先ほどのことを頭の中でめぐらせる。
そして、倒れたときにかごから落ちたかばんを、拾わないで帰ってきてしまったのを思い出した。
「…あ!」
「ふふふ、おっちょこちょうねぇ…」
「…その人、何だって?」
「ああ、そうそう…届けたほうがいいですか?って。」
もしかしたら、聞きたいことを聞けるかもしれない。
そう思った靖子は、すぐにこう答えた。
「うん、届けてくださいって。」
「はーい、分かったわ。」
千鶴子はそんな靖子の考えは露知らず、電話の保留を解除すると、電話の向こうの相手に「届けていただけますか?」と返事をした。
■■■
仗助と縁は、その電話の後すぐに上条家に向かった。
まさか、カバンを落としていくとは思っても見なかったが、これで繋がりができれば…と考えていた。
「…仗助が顔出したら怖がられると思う。」
「ぁー…それはあれか、でかいからとかか?」
「そうそう、それに何か悪い勘違いされそう。」
「どーゆー意味だよぉー。」
「とにかく、私が先に立つから!」
そんなことを言い合っていると、上条家が見えてきた。
縁は靖子のカバンを持つと、上条家の呼び鈴を押した。
しばらくすると、インターフォン越しに先ほど電話に出た、靖子の母と思しき人物の声が聞こえてきた。
「はーい?」
「あ、先ほど電話したものですが…。」
「ああ!ちょっとお待ちくださいね!」
インターフォンが切れると、少ししてから玄関が開いた。
扉の向こうから、靖子が顔を覗かせていた。
「あ…。」
「やっぱり、お姉さんたちだったんだ。」
二人の姿を認めると、靖子はにっこりと微笑んだ。
縁は、その笑顔に答えるように微笑を浮かべると、相手の視線に合わせるようにしゃがむ。
「はい、これ…大事なもの入ってるんじゃない?」
「うん!今日渡さなきゃいけないプリント!」
「そう、届けられてよかったわ。」
そんな会話をしていると、靖子の肩に手が置かれた。
縁が視線を上げると、母親らしき人物が靖子の背後に立っていた。
「ママ。」
「届けてもらって、よかったわね?」
「うん!」
その様子を見て、縁は立ち上がる。
そして、軽く頭を下げる。
「どうも、ありがとうございました…。」
「いえいえ、こちらこそ夜分遅くに…そろそろ失礼しますね。」
「あ…。」
靖子は自分の背後の女性のことを聞きたかったが、千鶴子がいてはなかなか切り出せなった。
そんな靖子を尻目に、千鶴子は縁たちに尋ねた。
「上がっていきません?」
「いえ、そんな…もう遅いですし、落し物を届けに着ただけですから。」
「…じゃあ、何処にお住まいか教えていただけますか…?」
「あ、えと…私たち、ここに住んでるわけでは…ちょっと事情がありまして、南黄ホテルに滞在してます。」
「そうでしたか…あ、お引止めしてすみません。」
「いえいえ…では、失礼します。じゃあね、靖子ちゃん。お休み。」
そういって縁は靖子にウィンクして見せた。
靖子は一瞬、それが何を意味するのか分からなかったが「南黄ホテルに連絡すればいい」ということだと理解すると、にっこり笑ってうなずいた。