壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 アテネスと二十日間の休戦協定を結んだクリシュナ。
 王都から去り、そして王都に戻った失意の一行は悲喜交交。




032. 再起晃陽 - Rygart -

―――――

 

 

 ――クリシュナとアテネスが休戦してから四日経った今日、俺は王都のとある墓地へと足を運んでいた。

 軍服を纏い、手には花束を二つ持って。

 

「――ライガットか?」

「……ああ」

 

 俺より先に墓に参っていたバルド将軍が後ろを振り向かずに俺の名を呼ぶ。このおっさんがやたら俺の存在に敏感なのも、俺が特別だからなのだろうか……?

 今まで軍服の将軍しか見てこなかったが、今日は珍しいことに私服らしい。今日ばかりは軍人としてではなく、一人の父親としてここに居るのだろう。

 

 バルド将軍の前の墓――ジルグの墓前へと視界を移す。

 花束が四つ……一つはバルド将軍だとして、残りの三つは――

 

「……お前達の部隊の仲間だろう……他にあいつの事を偲んでくれる人間はいないだろうからな……」

 

 俺の視線の意味を解したバルド将軍が教えてくれる。あいつらが……?

 

「……最期の最期で、ようやくあいつは仲間に恵まれたらしい」

「はは……違いない……」

 

 将軍は立ち上がり、俺に場所を譲ってくれた。花束を一つ、ジルグの墓前に捧げる。

 

「……サクラ殿が言っていた……『カタミワケ』というものか……あいつの軍服を貰ってくれたらしいな……」

「……ああ……部屋に置いてある……」

「そうか……」

 

 カタミワケ……なんでもサクラ近衛大隊長の故郷だか一族だかに残っている風習で、死んだ人間が愛用していた物を貰って偲ぶ、というものらしい。

 そう、俺はジルグの遺品である軍服をバルド将軍からカタミワケされた……それもあの時ジルグが纏っていた物だ。

 正直俺はまだそれに袖を通すことすら悩んでいる。今日だって、それを纏うことを避けるように自分の軍服に袖を通していた。

 ……いや、まだその時ではない、と言うべきか。

 

 次に俺は、ジルグの隣の墓石の前に出て、そちらに残るもう一束を捧げる。

 

 ――セフィの墓だ。

 ジルグと違って、遺体や遺品の類すら埋まられていない……本当に形でしか無い墓石だけのものだ。

 

「……あいつの隣で良かったのか?」

「ああ……あの子に親兄弟は居ないしな。どうせならと思ってよ……」

「……そうだったな、あの娘も不憫なものだ」

 

 あの子の墓をどうするか訊かれて、俺はジルグの隣にしてもらうよう頼んだのだ。

 少し渋る奴もいたが……なんとなく、あの子はそうした方が喜んでくれるような気がしたんだ。

 

「結局、あの娘の事も最期までよくわからなかったな……生まれも、育ちも……なぜここに居ることにしたのかも」

「……そうでもねーよ」

 

 墓前の花束は俺のも含めて七――いや、八束か。ジルグよりも多い、いつもの無表情で得意げになっているセフィの顔が思い浮かんだ気がした。

 ……にしても、ジルグの花束と同じメンツである部隊員とバルド将軍は当然として、残りの花束は誰からだろう……?

 

 

 二人の墓に冥福を祈り、俺はその場に立ち上がる。将軍も俺の横に立つようにして二人の墓を眺めている。

 

「――一瞬だった」

「……」

「あいつが産まれて――そしていなくなるまで――本当に……一瞬だった……」

 

 ……バルド将軍の一人息子だもんな、ジルグは。

 まだ十九……確かに人の一生としては短すぎる。もう大分歳のいったバルド将軍にしてみれば、あっという間だったろう。

 

「……すまんな……感傷に浸る相手がお前しかいないんだ……あいつは一年前の件と私の立場もあって、存在自体がタブーとなってしまっているからな……」

(……ああ、なるほどな……それで……)

 

 セフィがジルグと一緒に飯食った時にちょっとした騒ぎになりかけたのは、そのせいもあるのか……

 

「――今日は……アテネスとの開戦後、初めて休暇をもらった……」

(休暇……か……)

 

 ――そうだな……もう十分だ。

 もう俺は十分休んだ。王都に戻ってから何日も部屋に閉じこもって、ただただ安穏とした時間を寝て過ごした。

 昨日は業を煮やしたシギュンに無理矢理外に連れ出され……遊んで、喚いて、そしてあいつの胸の中でみっともなく泣いて――

 そう、いつまでもこのままでいていいはずがない。いい加減、動き出す時だろう。

 

「……バルド将軍……仕事をくれ……頼む……」

「……」

「俺は魔力無者(アン・ソーサラー)だ……銃が使えない……だから何でもやる」

「……」

「……城壁の修理でも……武器の手入れでも……何でもいい……仕事をくれ……」

 

「……軍を抜けろ」

「……無理だ」

 

 それだけは出来ない。してはいけない。

 

「俺はもう抜けられない……わかるだろ……?」

 

 俺はここに来るまでに、あまりに多くのものを犠牲にし過ぎた。味方も敵も……

 バルド将軍の言う“特別な存在”として……今更、軍を抜けて一般人に戻れなんていう虫の良い話が通るわけがない。

 そして何より……俺自身が納得出来ないのだから。

 

「……ならば、偵察隊に入れ」

「偵察……」

 

 何でもいいとは言ったが……俺に密偵をやれって? そう言いたいのか、バルド将軍は?

 

「クロザワが負傷しつつも帰還して王城で偵察隊の総指揮を執っている。お前を使いたいと言っていた……会ってこい。

「! 生きてたのか……あのおっさん……」

 

 クロザワとかいう偵察隊のおっさんなら知ってる。

 ベクトリア峠で偵察に行こうとして敵のゴゥレムにバイクごと蹴飛ばされてた……あの時てっきり死んだものと思ってたけど。

 ……少しだけ、肩の荷が下りた気がするな。

 

「ゴゥレムから攻撃を受けて地面に放り出された時に足を折って動けなくなっていたらしくてな……痛みを堪え死んだふりをして難を逃れていたらしい」

 

 こ、根性あるな……あのおっさん……

 でもあのおっさんが俺を使いたいって言う理由がイマイチわからんな……魔力が無い俺は唯でさえ石英が扱えないから偵察の仕事にも支障が出ると思うんだが。

 ……まあいい、今は好都合だ。詳細は直接会って聞くことにするか。

 

「わかった、王城だな……会って――」

「ライガット」

 

 墓地を後にしようとしたその時、不意に上の方から俺の名が呼ばれたのを耳にした。この声は――

 

「ナルヴィ……隊長?」

「楽にしていい、今は軍務外だから」

「あ、ああ……」

「……バルド将軍、お疲れ様です」

「ああ……ナルヴィ君も楽にしてくれ、私も今は休暇中の身だ」

「……はい、わかりました」

 

 そう言いながら墓地の階段を降りてきたのはベクトリア峠でのジルグとスペルタ部隊の戦闘以来顔を合わせていなかったナルヴィだった。

 後頭部で束ねていた長髪が襟元の辺りまでの長さになっているのと、バルド将軍と同じくラフな私服であるのが気になるけど……やっぱ気不味いな。

 ナルヴィも二人の墓参りには来ていたはずだから……ひょっとして、俺が来るのを隠れて待ってたとか……? いや、まさかな……

 

「……そんで、俺に何か――」

「ライガット……受け取れ」

 

 そう言ってナルヴィが俺に差し出してきた物を受け取る。……これは……ナイフ? な、なんでこんな物を俺に……?

 ……いや、待てよ……このナイフ、どっかで見た気がする……何処だ……一体何処で――ッ!?

 

「……おいナルヴィ、これってまさか――」

「セフィの遺品よ……貴方が持っていなさい」

 

 そうだ――確かにセフィが携帯していたナイフじゃねーか!

 レガッツ達と別れた時に俺の股間に押し付けて脅してきたり、ナルヴィの救助をしようとした時に見てる。間違い無い。

 

「ど、何処でこれを手に入れた!?」

 

 まさか、セフィの遺体がどこかで見つかったのか!?

 

「……ベクトリア峠で気絶から目を覚ました時、私のゴゥレムの近くに落ちていたのを拾った」

「え……?」

 

 なんでそんな所に――って、あ……

 

(そ、そうか……穴掘ってる途中でジルグが戻って来ちまったから、慌ててその辺にほっぽり出しておいたのを後からナルヴィが拾ったのか……)

 

 あの後でセフィにナイフを返すのをすっかり忘れちまってたのか、俺……

 

「武器がプレスガンしかなかったから、一応拾っておいたのだけど……そのお陰で私は命拾いした」

「は……? どういうことだ!?」

「その後、敵の歩兵に奇襲された時にちょっとね……はぁ……後味悪いったらありゃしない……」

 

 ナルヴィは話の途中でモゴモゴと口を紡ぐ……何があったのかは教えてくれないようだ。

 でも……そうか……ナルヴィがたまたま持って行っていたからこそ、このナイフがここにあると言えるよな。

 俺やナイル、ロギンが持っていた武器や携帯品は捕虜にされたときに没収されちまったし……そう思うと、このナイフが今ここにあるってのも数奇な話だ。

 

「……それで、何で俺に?」

「別に……さっきまでは渡すつもりなんて無かった」

「は……?」

 

 な、何?

 

「ナイル兄に貴方が酷い腐れ方してるって聞いてたから、当分は私が預かっていようと思ってた……あの子は私達の妹分でもあったし」

「う……」

 

 否定出来ん……あいつ、捕虜になってた時に俺に呆れて怒っていたみたいだったし……

 

「でも、行くんでしょ?」

「……ああ」

「なら持って行きなさい……偵察隊なら一本二本くらいなら持っておいて損は無い、魔力を持たない貴方なら尚更」

 

 このお嬢さんは俺がこれから何処に行くかもバッチリ聞いていたらしい。耳聡いものだ。

 

「……出来れば戦闘には使わずに大事にしてあげてほしいけど――」

「ああ……それはたぶん大丈夫だ」

 

 ナイフを使った戦闘術なんて、俺にそんな心得はない。

 ……それにジルグの軍服と同様、今の俺には使えない逸品だろう。いざって時は別の武器を使うさ。

 

「なんか……悪いな、いろいろと……」

「い、いや……別に……」

 

 鞘に納まったセフィのナイフを懐に入れ、ナルヴィに礼を言う。本当にこいつには何から何まで迷惑かけっぱなしだった。

 

「……じゃあ今度こそ行ってくるぜ、おっさん」

「ああ……また花でも持って来てやってくれ」

「おう……ナルヴィもまた今度な」

「ええ、今度ナイルとロギンに礼を言っておきなさい。あれで結構気にしてるんだから」

「……そうだよな……分かった、そうする……」

 

 俺はジルグの墓に向かい合うバルド将軍と、セフィの墓の前に立つナルヴィに背を向けて歩き出す。いつまでも、立ち止まっている訳にはいかない……

 

「――二人共……すまねぇ……」

「……」

「……」

 

 俺は背中越しに二人に詫びを入れ、墓場を後にした。

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 ――王城に出向いた俺がクロザワのおっさんに受けた命令は、二人でチームを組んでのアテネスの勢力範囲となった地域への潜入任務だった。……いきなり任務か。

 

「君がライガット? よろしく!」

 

 俺の相方(チームメイト)チームメイトは――なんというかこう、一見人畜無害でおとなしそうに見える、若い男だった。少し話してみたが、人懐っこそうな笑顔をよく浮かべていて人当たりもいい。

 

「え? 自害? 大丈夫さ、君が出来なさそうだったらその時は僕がちゃんとサポートしてあげるよ! 安心して!」

「は、ははは……そん時はよろしく頼むぜ……」

 

 ……しかし、こんなことを平然と笑顔で俺に申し出る辺り、油断は出来ない男だった。

 それに自害が必要になる、いざという時のことは考えたくない。俺達が生きてビノンテンまで帰れることを祈ろう。

 

 そもそも、現在クリシュナとアテネスは停戦状態にあり、お互いへのあらゆる敵対・攻撃行為が禁止されている。

 当然、クリシュナ領であるとはいえ現在アテネスの支配下にある土地への偵察行動なんて条件違反も甚だしい……そのことがアテネスに知られれば、折角ホズルが苦心して結んだ休戦協定は即時破棄され、再びアテネスの侵略が始まるだろう。

 その為、いざという時――要は俺達が敵に発見されてしまった場合、旅行者か難民を装ってやり過ごす事になっている。クリシュナの軍人であるという証拠は可能な限り取り除いた装備品一式も用意されていた。相方はプレスガンくらいは装備しているようだが……

 ……しかし、敵をやり過ごすことさえ不可能な状況となった場合には、自ら命を絶って俺達がクリシュナの偵察隊の人間であることを秘匿しなければならない、とクロザワのおっさんに言われている。

 にわか偵察兵でもある俺は当然のことながら速やかで苦痛の少ない自殺の方法なんて知らない。それに死ぬのは流石に嫌だし……

 というわけで俺の相方は純粋な親切心で、俺の自殺補助を申し出たのだろう……うん……爽やかにさらっと言われた時はドン引きしちまったが。

 

 ちなみに、この相方の名前を訪ねようとしたのだが「あははは、秘密だよ」とすげなく断られて教えてもらえなかった。こいつ……本当に何者だ?

 

 

――

 

 

 ――俺がビノンテンを出発して既に七日が過ぎた……アテネスとの休戦成立から数えても、もう十日以上過ぎている。特にこれといって収穫も無く、敵の目を避けて黙々と移動する日々が続いていた。

 俺達二人のチームの偵察担当地域は、クリシュナ中央部から北部にかけての峡谷地帯で、険しい地形が多く移動の難所も多い土地だった。

 慣れない山地での移動はヒヤッとなる場面も多々あったが、相方のこの男の的確過ぎるサポートでなんとかこなせていた。

 

 ――そんなある日、俺達が人気の全く無かった深い峡谷に差し掛かった時だった。

 

「――アテネスの偵察兵だ。接触しちゃったね」

「あ、ああ……」

 

 俺達の少し前方に胸から血を流して倒れているアテネス人を遠巻きに眺めながら答える。

 そう、とうとう俺達はアテネスの兵士に発見され、そしてやむなく排除してしまったのだ。

 

「こいつ、仲間は……」

「近場にはいないみたいだ。単独で偵察中だったのかな? 運が良い」

 

 相手は偵察兵が一人……当然ながら、その仕事は俺達と同じでこの周辺地域の偵察だったのだろう。

 殺さないに越したことはないと俺は思っていたのだが、見られたからには仕方が無いというやつなのだろう。

 ……もっとも死んだアテネスの偵察兵は、出会い頭に銃を抜いて俺達を殺そうとしてきたところで、速攻で相方に射殺されていた。ちなみに俺はまだナイフを抜いてさえいなかった……俺一人だったら問答無用で殺されてたな。

 それにしても左胸に問答無用で二発命中かよ。この男、サバイバル関連の技術といい、大人しそうな顔してても、敵にしたら相当厄介な人間だな、やっぱり。

 

「でも休戦中だから交戦したことがアテネスにバレるとマズイ。死体はその辺に埋めて隠そう。シャベル取って」

「お……おう」

 

 相方は俺が手渡したシャベルを手に淡々と殺人の後始末を進めている。人を殺したことに何の感慨も持たず、まるで何かのそれが日常のなんでもない一幕であるかのようだ。

 偵察兵とか密偵って呼ばれる人間って、皆こんな感じなのか? そうなると俺もこいつみたいにならないといけないんだろうか……? 果たして、俺に出来るんだろうか……

 

「ふぅ、少し休憩しよう。あ、君もメシ食べなよ」

「……いや、俺は後でいい」

「ふーん、食べないと保たないよ?」

 

 いや、確かに飯時なんだが……人一人殺して、その直ぐ後に食事とは……こいつどんだけ肝っ玉太いんだ?

 

 

―――

 

 

「――昼なのに、随分暗いんだな……」

 

 俺達はアテネスの偵察兵の死体の隠蔽を済ませた後、さらに移動を続けた。俺にしてみれば道と呼ばえるのかさせわからないルートを相棒は迷わず進み、どんどん渓谷を下に下りていく。

 今など周りと天井を土壁で覆われた洞窟のような地形を、下方向ではなく横に横にと進んでいっている。しかもかなりの広さがある……なんなんだ、ここは……?

 

「大分深く下ってきたからね、さすがに陽の光もここまでは届きにくいんだよ」

 

 となると、日が沈んだら発光石英無しには前にも後にも進めなくなるな。松明もオイル式ランプも持ってきていないし、足滑らせたらヤバそうな所があちこちにある。

 

「それにしても、なんなんだここは……入り口もパッと見わからないような場所にあったし、人や動物が通ったような形跡も無いし……」

「ここは地元民でも知らない山道だからね。アテネスもここを見つけるには三ヶ月はかかるんじゃないかな?」

 

 偵察隊に支給されている地図を眺めつつ、相方が俺の疑問に答える。

 

「山道……これが?」

「うん、専ら僕らの国が表沙汰に出来ないことをするときに使う山道。逃げたり隠れたり運んだり」

 

 ……なるほど。一般的な地図には載らない道か。

 

「うーん、どうしようかな」

「? 何がだ?」

「いやなに、このまま道なりに真っすぐ行っていいものかって迷ってただけさ」

「……なんかあんのか? 危険なポイントとか?」

 

 昨日みたいに崖にへばりついて進んだりするのは勘弁してもらいたいのだが。あれは正直死ぬかと思った。

 

「そういう訳じゃないんだけど……まあいいや。よし、こっちだ。もうちょっと下に下りるよ。あと少しだ、頑張ろう」

 

 相方はそう言うと、地図をしまいながら歩き出す……まだ下へ行くのか。

 ……それにしても、アテネスが知らない道を通ってまで俺達は何処に行くんだろうか? アテネスの奴らが居ないならわざわざ俺達が偵察に行く必要なんて無いんじゃないのか?

 

……

 

「――光……外か?」

 

 その後さらに移動を続けた俺は、洞穴の果てに光が見えたのを確認した。

 ようやく外の空気が吸える所まで辿り着けたようだ……この陰鬱な雰囲気をようやく抜け出せると思うと、自然に俺の足が速まる。

 

「気持ちはわからないでもないけど、慌てない慌てない」

「わ、わかってるっての」

 

 俺の前を歩く相方の歩調に合わせてペースを落とす。ここまで来て転んだら格好がつかない。

 

 

 

 

 ――そして、薄暗い穴から外に跳び出た瞬間だった。

 

「あ…………」

 

 そこにあった物を見て俺は足を止め、息を呑む……いくらなんでも、これは予想外というものだろう。

 

 

 人を模した巨躯。

 

 灰白の装甲。

 

 黒銀のフレーム。

 

 折れた一本角。

 

 

(…………デル)

 

 それは、あの日――俺にとって最も忌まわしい記憶となっている夜、絶壁から転落して遙か眼下の闇へと消えていった、俺のゴゥレム……デルフィングだった。

 

 大地の底とも呼べるこの場に片膝をつき、何かをひたすら待っていたような姿勢で俺を見下ろすデルは、以前とはすっかり変貌してしまっていた。……こう言っては何だが、実に酷い有り様だ。

 

 シギュンによって施された全身の追加装甲は、転落する前までも度重なる戦いの影響であちこち損傷を受けていたが、それがより深刻化している。

 足先や腿、背中の装甲は一部欠落して黒銀のフレームが丸見えになってしまっているし、何よりも酷いのは両腕だ……中のフレームも歪んでるんじゃないのか……?

 左肘についている棒は弾けるように破壊されているし、右の人差し指の先の部分が無い……おまけにトレードマークだった背鰭の破損がより重症化し、より短くなってしまっている。

 

 満身創痍……そうとしか表現できない状態だが、こいつはちゃんと原型を留めた形で、確かにそこに存在していた。

 

「君には内緒だったんだけど、クロザワ殿にデルフィングの回収を命じられていた」

 

 そうか、俺の力が必要って………そういう意味で……

 

「うん……転落時には活動限界で強制待機中だったって聞いてるけど、上の崖面を見る限り素直に落ちてきた訳ではなさそうだね。活動限界であっても、本体に致命的な状況変化にはある程度自動で対応することが出来る……と見るべきかな?」

 

 相方が頭上を見上げながら古代ゴゥレムに関する考察らしきものを述べている。少し視線を上げてみると、崖面を抉ったり何かを引きずったような後が上の方から谷底の近くまで続いていた。勝手に動けなくなった癖に、勝手に助かろうとこいつは足掻いていたらしい。

 

「………ち……いっそのこと……潰れてくれていれば――」

 

 デルの姿を見て、あの夜の事を思い出してしまった……今となっては、このゴゥレムとて俺の憎しみを呼び覚ます、悪夢の象徴と言える存在になってしまっている。

 くそ……余計な抵抗などせずにあのまま地面に叩きつけられて完全に破壊されていれば、俺がこの忌まわしいゴゥレムになんぞ、また乗るようなことも――……

 

「……いや……違う……」

 

 そう、違う。今の俺にこいつは――この古代ゴゥレムは必要だ。

 

 俺の脳裏に、あの凶悪な黒い重ゴゥレムが……そして、ジルグを処刑したボルキュスの悍ましい笑顔が浮かんだ。

 

 ――あいつは駄目だ。許せない。

 あいつは……あいつだけはこの世に存在しちゃいけない存在だ。

 

「これでいい……これでいいんだ……」

 

 そうだ、これでいい……こいつがあれば、俺はまだ戦える。

 

 俺の身代わりになるため、ボルキュスの前へゆっくりと歩いて行くあいつの後ろ姿がどうしても頭から離れない。

 ようやく分かり合えたと思った矢先に――俺の為に、俺のせいで死んでしまった一人の男……もう、あいつは何処にも居ない。

 そして、そいつの墓の前で一人静かに悲嘆する父親の背中も、一生俺の記憶から消えることは無いだろう。

 

 

 

「――俺はボルキュスを殺したい」

 

 俺には力が必要だった。

 ボルキュスを……この世の何よりも憎い、あの男を殺す為の力が。

 ジルグの……俺のせいで命を落とした、あの馬鹿の仇を討つ為の力が。

 そして俺の不甲斐ない決断の果てに招いた全ての惨禍に、決着をつける為の力が!

 

 

 

 ――そして、デルの力だけでは足りない……俺には、あいつ(・・・)の力が必要だ。

 

「――セフィ」

 

 俺は自分の相棒の名を呼ぶ。

 俺とデルと共に戦い続けた、幼い少女の名だ。

 普通に考えれば有り得ないだろう……デル本体は無事だったとしても落下際のショックまでは防げない。中の人間は死ぬ。

 そして仮に生き残っていたとしても、その後に生存する術が無い。水も、食料も、あの日から今日まで生き延びるには不足極まっていたはず。

 

 

 

「――はい」

 

 ――しかし果たして、あいつはそこに居た。

 俺の呼びかけに答え、デルの顔の横にひょっこり姿を現したのは、紛れも無くデルとともに闇に消えた、あの少女だった。

 

 ……だがこいつもまた、デルと同様に以前とは変わり果てていた。

 まず驚くべきは、デルの顔の隣に二本の足で立っているという事実――あいつは、杖や支え無しには三秒とかからず崩れ落ちるほど虚弱だったはずなのに。

 不思議な黄桃色だった髪の毛は、色がすっかり抜け落ちて薄い青白色になっている。一見白髪のようだが艷やかではあり、単純な老化による変貌でないことは明白。

 そしてなにより異質なのはその瞳で……なんと虹のように色々な色が煌めくという、有り得ない様相を呈している。

 普段のあいつの瞳は、俺やシギュンと同じく透き通るような青色だったはず。デルが絡むと時折血のように紅く変貌するという驚愕の事実もあったが……それにしても虹色とは。

 とどのつまり、こいつもまた単純な人間とは言い難い存在だったということだろう。最早古代人とやらが、果たして俺達と同じ人間だったのかすら怪しく思えてくる。

 

 ――だが、そんなことはもはや俺には関係ない。

 姿形なんぞどうでもいい、俺にはセフィの力が要る。

 

 

「俺はボルキュスを殺す」

「……はい」

 

 俺はセフィを見上げながら宣言する。一も二も無く、そいつは頷いた。

 

「俺に力を貸せ」

「……」

 

 セフィは俺の命令を聞くと目を閉じる。何事か考えているのか、何かを決めかねているのか…… 

 だが結局――

 

「はい」

 

 コクリと頷き、セフィは俺の言葉を受け入れた。

 

 ――これでいい。

 俺の相棒が一台と一人……これで必要なものは揃った。これでボルキュスを殺せる――

 

 

「――ですが……その前に」

 

 セフィが重々しく、その小さな口を開いた。何を言い出すのやら……

 

 

 

 

 

「私が無様にここまでフォーリンダウンした後、部隊の皆がどうなったかだとか、なんでまたあの化け物将軍を抹殺だなんていう基本人畜無害なライガットさんらしからぬ物騒な願望を抱くに至ったのかとか、いろいろ訊きたいことはあるわけなんですが、それはまぁあとでじっくりしっぽり訊かせていただくとしましてもですね、これまた随分と迎えに来るのが遅かったですね? 私とデルフィングがベクトリア峠からここに落っこちて実に十日以上――十日ですよ十日!? 少し前からこのまま永遠に置いてけぼりくらって一台と一人で空を眺めるしなかい余生を送る羽目になるのかとハラハラしてましたよ! ああ、別に怒っている訳ではないんですよ。冗談というわけでもないんですが。それにしたっていくらなんでもか弱い淑女(レディ)を待たせ過ぎじゃないですかね、そうは思いませんか? ねえライガットさん!」

 

 ……ん?

 

「あとそちらのクリシュナの密偵の方は初対面ですね、はじめまして。先程のお言葉からするとクロザワ殿の部下の方ですか?」

「……ああ、うん。そうだけど」

「そうなのですか、お努めご苦労様です。わざわざこんなところまでご足労頂きありがとうございました。一応自己紹介させて頂きますが、私はセフィ・ルトゥナと申します。栄えあるクリシュナ王国ミレニル部隊所属のしがない三等重騎士です。この古代ゴーレム、デルフィングの副搭乗士を務めています。さる高貴なお方から頂いた渾名は“ひっつき虫”、年齢不詳の超絶美少女です。趣味は調査と散策。これくらいでいいですかね? ではお名前を伺っても構わないでしょうか密偵殿?」

「あー、あー……僕の名前は秘密ってことで――」

「ヒミツさんですか、随分とけったいなお名前ですね。ああ失礼、悪気はありませんのであしからず。それにしてもあの人生きてたんですか。身体が丈夫な方なんですね、クロザワ殿って。いやはや生きていて嬉しいですよ。顔見知りが死んじゃうのは哀しいですからね」

 

 急激に回り出した舌を得意気に披露するセフィをぼんやりと眺めながら、俺はがっくりと肩を落とした。

 

 ……こいつ、いくらなんでも変わり過ぎじゃないのか?

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.花束内訳:ライガット・シギュン・ホズル・バルド・ナルヴィ・ナイル・ロギン・院長先生
2.思ったよりも早く帰ってきた少女


次回、よろしくお願いします。
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